厚生労働省

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資料4

労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会

発達障害のある人を念頭においた本権利条約に対する意見

委員  今井 忠(日本自閉症協会)

1. 法整備のプロセスに対する要望

(1) 翻訳問題・・・・・・・・公定訳では少なくとも次の個所を修正することを要求する。

a. 全体

仮訳:  「障害者」→

修正案: 「障害のある人」

[理由]

障害者という語が、機能の一部が損なわれているというより、全人格を表すようなイメージを与えてしまう。障害はその人の特性の一部であるという意味を込めて、一般の法令用語とは一線を画し、この条約については、差別感がでにくい用語とすべきである。

b. 条約名

仮訳:  「障害者権利条約」→

修正案: 「障害のある人の権利に関する条約」

[理由] aに同じ

c. 第27条 労働及び雇用 1(a) 

仮訳:  「・・・・に関し、障害を理由とする差別・・・・」→

修正案: 「・・・・に関し、障害があることが要因となる差別・・・・」

[理由]

"理由とする"という文言は曖昧である。理由にしなければよいという感じにも受け取れる。
実態としての差別を禁止する表現にすべきである。。

d. 第27条 労働及び雇用 1(d) の

仮訳:  「一般的な」→

修正案: 「一般の人向けの」

Enable persons with disabilities to have effective access to general technical and vocational guidance programmes, placement services and vocational and continuing training;

[理由]

仮訳は、「障害者が技術及び職業の指導に関する一般的な計画、職業紹介サービス並びに職業訓練及び継続的な訓練を効果的に利用することを可能にすること」となっている。

ここで、generalを「一般的」としたのではこの文の趣旨が伝わらない。「一般の人向けの」という意味ではないのか。つまり、「一般の人向けの○○プログラム・・・・に効果的にアクセスすることを可能にすること」の意ではないのか。

e. 第27条 労働及び雇用 1(h) ( )をなくし、原文どおりの順で。

仮訳: 「適当な政策及び措置(積極的差別是正措置、奨励措置その他の措置を含めることができる。)を通じて、民間部門における障害者の雇用を促進すること。」

修正案: 「適当な政策及び措置を通じて、民間部門における障害のある人の雇用を促進すること。この政策及び措置には、積極的差別是正措置、奨励措置その他の措置を含めることができる。」

[理由]

仮訳では、カッコ内が措置の説明のようにもとれる。この項の主たる意味を明確にする。

(2) 協働作業の必要性

公定訳を作るにあたっては、障害者や障害者の団体と密接な協議を行い、その意見を尊重すること。

[理由]

障害のある人と、その障害のない人では、同じ言葉でも異なった意味になることが多い。

障害のない人が頭で思い描く差別と、実際に障害のある人が実生活の中で感じる不便さとの間には大きなギャップがある。いわば強者が作る施策になりがちである。

第四条 一般的義務の3が求めているように、法整備のプロセスにおいても障害者や障害者団体との協働作業が必須と考える。

2. 法整備の要望

(1) 障害者基本法の改正

「合理的配慮を行なわない事が差別である」ことを明文化。

なぜなら、差別は一定の物差しがいる。「差別をしてはならない」だけでは、実効性に欠ける。

(2) 合理的配慮を保障する仕掛けとしての差別監視是正委員会(仮称)の設置

発達障害のある人の雇用を成功させるポイントがカスタマイズ(注2)にあること、すなわち、その環境でその人に合った合理的な調整が重要である。

差別があったのかどうかを個別に訴訟を起さないと解決できないという仕組みは適切でないことは明らかである。

そこで、フランスで実施されているような外部の機関(複数)に救済や是正を求められる仕組みが必要となる。たんなる相談窓口ではなく、認定された機関が是正の勧告を行なったり、職場に直接介入できる仕組みが、雇用側にとっても、また、雇用されている障害のある人にとっても必要である。

この機関での事例の積み上げが、合理的配慮の内容を豊かにしていくことに繋がる。

(3) 雇用率制度などの雇用義務との関係

理念のすばらしさだけでは、障害のある人の生活の質は向上しない。実効性が重要である。

雇用関係を結ぶ段階(就職)での実質的な排除と、雇用関係が結ばれた(従業員となった)後の差別では、施策が異なると考える。前者では、実際に差別(選択排除)が行なわれていても、適性判断との区別が難しい。明らかに雇用側に選択権がある。

したがって、企業側に一定の障害者雇用の義務を課すことが引き続き有効であり、雇用率制度のいっそうの強化と徹底がなされる方向での法整備を求める。

ただし、この制度ゆえに一般社員への門戸が狭まったり、一般社員との職場の分離が定着するなら、条約の趣旨に反すると考える。

雇用率制度が積極的な是正措置であるためには、条約の趣旨にそった運用が極めて重要と考える。 

(4) 合理的配慮を受けることができる対象者の明文化

a. 雇用率制度が量的な義務であるのに対して、条約で言う合理的配慮は雇用の質を義務づけていると理解する。そこで、両者の対象範囲が問題になるが、この条約の合理的配慮の対象者を現行の法定雇用率の対象者に限定してはならない。すなわち、雇用率の対象者も含む障害が理由で差別される人すべてとする規定が必要である。

もしくは、法定雇用率が現行の数倍となろうとも、法定雇用率を障害が理由で雇用されていない人口を基礎に算出して決めることができるなら、雇用率制度の対象者と合理的配慮の対象者を同一とすることも可能かもしれない。

b. 現行の障害者手帳を基礎にした方式は、障害者手帳が主に生活場面のハンディを物差しにしているため、これでは雇用上の差別可能性を判定できない。別のものにする必要がある。社会性に障害が現れる発達障害者は、とくにそうである。

c. 合理的配慮の対象者問題は権利の対象者問題であり重要である。米国ADA法2007年改正案(?)の内容と経緯について、この委員会で取り上げてもらいたい。参考になると考える。

(5) 福祉的雇用(保護雇用)との関係

障害者雇用促進法と福祉的就労(授産や作業所、就労継続A、B)との関係の整理が必要と考える。

今後の法整備によって、従来の福祉的就労の場が狭まることは絶対に避けなければならない。むしろ、従来の福祉的な雇用・就労の価値をこの条約の趣旨に沿って再評価すべきである。当事者はそのサービスを受けているという考えは条約に反するものと考える。そのような場が提供されてはじめて平等になり、障害のある人がその持てる労働能力に応じて社会参加することが可能となっている。彼らはサービスの利用者ではなく、当然の権利としての配慮を受けていると考えるべきである。従って、個人的意見であるが利用料金を本人から取るというのは間違っていると考える。

一方、障害者イコール一般職場で働けない人ととらえる方々が世間にはいまだに多く、一般職場で働けるにも関わらず、多くの障害のある人が福祉的就労で働くしか選択肢がないのも事実である。従って、福祉的就労が存在するから、一般雇用が増えないのではない。むしろ反対である。福祉的就労でなくても働けるようにする本人ならびに雇用側への施策、すなわち、一般雇用をいかに拡大するかが解決の道である。

(6) 障害を拒否の理由にさせないための法整備。(原則は、一般者と同じものが使えるよう)

現実には、「ここでは受け入れられません」や、「責任が持てません」が多いのである。

分かりやすい例として、一般職業能力開発校で説明する。障害を克服するための訓練を求めているわけでも、障害者用のメニューを求めているわけでもなく、自分を知っておいてもらいたいために障害や特性を説明すると、実質的に拒否される場合があると聞く。受け入れ側の過剰反応と言える。障害者は最初から別メニューでなければならないと思い込んでいるのかもしれない。必要な配慮は本人に聞いてもよいし、保護者や支援者に聞けば済むことである。以上のようなことは、どこにでもある。ハローワーク等のように、一般用と障害者用窓口が並存する場合に、「障害者はあちら」と最初から区別することがあったならば、それは差別であると考える。(改善されていると聞いている)

条約の趣旨にのっとり、一般者向けのインフラにおいて、障害があることを理由とする拒否を禁止するための法整備が必要である。

(7) 雇用や職場での差別禁止と合理的配慮

発達障害者の場合に、この規定を現実に有効にすることがとくに重要である。その理由は、この障害(特性)が分かりにくいからである。性格の悪さとされたり、空気が読めない、注意力が足りないなどと人格を攻撃され、精神的病に陥るケースが頻発している。

置かれた人間関係を適宜認識することに困難さを持ち、それゆえ、職場で必要とされるチームワークにハンディをもつ発達障害のある人たちは、仕事ができないのは一方的に当人の責任とされている。そうではなく、英国の報告書(注1)にあるように、気付きさえすれば雇用側ができる調整は数多くあり、そのような調整がなされれば、ときには健常者以上の戦力になる。従って、発達障害者についても差別的取扱いが禁じられ、配慮の対象にすることは特別な意味がある。

しかし、当事者本人だけがストレスを感じているのではなく、周囲もまた、たとえこの障害を理解する意欲があっても、ストレスを感じる場合がある。それは、どのような調整(手立て)が有効なのかがなかなか分からないからである。優しさや平等観だけではうまくいかない。

そのためには、「適切な変更や調整」を行うセンスとスキルを持った職場内サポーターが必要であり、それを育成する施策が必要である。

以上

注1:「アスペルガー症候群を雇用するために」英国自閉症協会による実践ガイド

(独)高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター訳2008.3

注2:「カスタマイズ就業マニュアル」

(独)高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター2007.3


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