(参考2−(3))

日本産科婦人科学会会告(顕微授精法の臨床実施に関する見解)
(平成4年1月)

 「顕微授精法(microinsemination)」(以下本法と称する)は,極めて高度の技術を要する不妊症の治療行為であり,その実施に際しては,我が国における倫理的・法的・社会的な基盤を配慮し,本法の有効性と安全性を評価した上で,これを実施する.本法は,体外受精・胚移植の一環として行われる医療行為であり,その実施に際しては,本学会会告「体外受精・胚移植」に関する見解(注1)に基づき,以下の点に留意して行う.

1.本法は,難治性の受精障害で,これ以外の治療によっては妊娠の見込みがないか極めて少ないと判断される夫婦のみを対象とする.

2.実施者は生殖医学に関する高度の知識・技術を習得した医師であり,また実施協力者は本法の基礎的技術に十分習熟したものでなければならない.

3.本法を実施する医療機関は,すでに体外受精・胚移植(IVF・ET)などによる分娩の成功例を有することを必要とする.

4.被実施者に対しては,本法の内容と問題点について十分に説明し,了解を得て行う.

5.本学会会員が本法を行うに当っては,所定の書式に従って本学会に登録・報告しなければならない.

(注1)日産婦誌 35巻10号,昭和58.10.

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“顕微授精法の臨床実施に関する見解”に対する解説
(日産婦誌44巻1号 pp.129―130)

 IVF・ETは卵管性不妊症の治療法として開発され,その後は乏精子症や原因不明の不妊症の治療法としても広く応用され,今日では不妊症治療の有用な一方法として確立されてきている.

 しかし,乏精子症を主とする受精障害例についてはIVF・ETによっても満足する成果が得られていないのが現状である.
近年の生殖科学分野における著しい技術の発展に伴い,卵の透明帯を機械的又は化学的に開口する方法(partial zona dissection,zona drilling),囲卵腔内に直接精子を注入する方法(subzonal insertion of sperm,microinsemination sperm transfer)や卵細胞質内に精子を注入する方法(sperm injection into cytoplasm)などの新しい方法が開発され,多くの研究業績が報告されるようになった.そこでこれらの一連の技術により受精させる方法をここでは顕微授精法(microinsemination)と総称することにした.

 この顕微授精法は難治性の受精障害による不妊症の治療法として注目され,すでに世界各国において臨床応用も行われ,多数の正常児の出生が報告されてきている.このような世界的な展望に立ち,わが国の多くの研究者から本法の重要性が指摘され,日本不妊学会でも「顕微受精法の臨床応用に関する見解案」をすでに公表している.本学会でも診療・研究に関する倫理委員会で本法の臨床実施に関して種々の立場より検討してきた.とくに世界の現状の把握,安全性,社会性など各方面より有識者の意見を聴取し討議を重ねた結果,ここに「顕微授精法の臨床実施に関する見解」をまとめた.

 本法の臨床実施に際しては,すでに本学会にて公表された「体外受精・胚移植に関する見解(昭和58年10月)」および「解説」(日産婦誌36巻7号pp.1131―1133)を遵守することはいうまでもない.

1.本法は,難治性の受精障害で,これ以外の治療によっては妊娠の見込みがないか極めて少ないと判断される夫婦のみを対象とする.
(解説)
 従来のIVFや配偶子卵管内移植(GIFT)を行っても受精や妊娠しない場合や,精子の所見にとくに問題はないが卵側などの原因により受精しない場合には,現時点までは有効な治療法がなかった.したがって,本法の対象となる患者は,高度の乏精子症,極端な精子無力症,原因不明の受精障害などで,従来のIVFやGIFTを行っても受精や妊娠しないものとする.

2.実施者は生殖医学に関する高度の知識・技術を習得した医師であり,また実施協力者は本法の基礎的技術に十分習熟したものでなければならない.
(解説)
 本法の実施者は生殖医学に関する高度の知識・技術を習得した医師で,その他関連領域の医学知識・技術を身につけた医師であることは当然であるが,本法が技術的にも従来のIVF・ETと比較してかなり高度であることより,実施者および実施協力者は本法の基礎的技術に十分習熟した者に限定した.

3.本法を実施する医療機関は,すでに体外受精・胚移植(IVF・ET)などによる分娩の成功例を有することを必要とする.
(解説)
 本法はその技術上,当該医療機関ですでにIVF・ETやGIFTなどによる分娩の例がない場合には成功する可能性はほとんどないと考えられる.したがって,本法を実施しようとする機関では,すでにこれらの新しい一連の医療技術により分娩の成功例を有することを必要とすることとした.

4.被実施者に対しては,本法の内容と問題点について十分に説明し,了解を得て行う.
(解説)
 本法を行う前に,その成功率などの問題点について十分に説明し,被実施者が了解したうえで実施する必要がある.

5.本学会会員が本法を行うに当っては,所定の書式に従って本学会に登録・報告しなければならない.
(解説)
 現在本学会ではIVF・ETに関しては登録・報告制を施行している.本法はIVF・ETの一環として行われるものであり,本学会としてその実施状況を把握しておくことは医学的にも,社会的見地からも当然のことである.このため,本学会会員が本法を行う場合,所定の書式に従って本学会に登録・報告することとした.

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