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II イギリスのダイレクト・ペイメント制度
我が国の支援費制度は、障害者の自己決定尊重、利用者本位のサービス提供、障害者自らのサービス選択、契約によるサービス利用の仕組み、等がうたわれているが、支援費は事業者と区市町村の間で代理受領申請と支払いが行われ、本人のもとを現金が経由するわけではない。厚生労働省は代理受領のメリットとして、(1)利用者の立て替えが不要であること、(2)事業者が確実に費用取得できること、(3)効率的な事務執行が可能であること、などを強調している。
ここでは、イギリスにおけるコミュニティケア(ダイレクト・ペイメント)法1996、コミュニティケア(ダイレクト・ペイメント)規則1997に基づくケアの直接給付に関する制度を説明する。
1.ダイレクト・ペイメントとは何か
(「障害者福祉制度ハンドブック」(Disability Rights Handbook,2002))
コミュニティケアの利用者は、そのサービスを直接受けることもできれば、ダイレクト・ペイメントで自らサービス購入することもできる。また、両者を併用することもできる。
多くの自治体は、このダイレクト・ペイメントを始めているか、その準備をおこなっている。ウェールズでは、すでに半数の自治体がおこなっている。そして、2003年4月までに、すべての自治体が実施することになっている。
もし、障害者の居住する地元地域で実施していない場合には、自治体に連絡し、苦情を申し立てることができる。自治体は希望する人を考慮しなければならない。
2.ダイレクト・ペイメント利用者の声
自立生活基金を設置しパーソナル・アシスタントを雇用するシステムをコミュニティケア法に乗せてきた過程で、障害者が安定した生活を獲得するいくつかのエピソードが語られているので、以下に引用する。(Angie Carmichael & Louise Brown, The Future Challenge for Direct Payments, Disability & Society, Vol.17, No.7, 2002, pp.797-808)
「ダイレクト・ペイメントは、多くの余分な仕事と余分なストレスや緊張を与えてが、私が今もっている質やフレキシビリティは私個人ばかりでなく、私の家族やライフスタイルに適合するようにデザインされたパッケージである。」
(サービス利用者は、自分の家に来る"多くの異なる人々"を欲していない、との記述もある。)
「それまでは、冷凍の、もたれるような食べ物か何も食べないかというような生活だったのが、パーソナル・アシスタントにより健康でバランスのとれた食事ができるようになった。」
「私は子どもに対して母親の役割が果たせる。ダイレクト・ペイメント無しにはこのことはできなかった。私は、お弁当やおやつや食事やベッドをきれいにすることを手配することができる。私は、子ども達が落ち込むような日には情緒的サポートをするし、気づかい、愛するケアをすることができる。」
「ダイレクト・ペイメントは、大変フレキシブルであり、私のレスパイトのニーズに対応している。しかし、すべての私のニーズに対してダイレクト・ペイメントを用いる責任を取りたくなかった。それはあまりにストレスフルだから。」(この利用者は、ダイレクト・ペイメントをレスパイトの目的で使い、日常の必要なサポートについてはサービスの直接提供を受けている。)
3.ダイレクト・ペイメント制度の基本方針(ロンドンT区)
T区社会サービスでは、ダイレクト・ペイメント制度の提供に関して、次のような方針を掲げている。
(1)ダイレクト・ペイメント制度を、サービス利用者をエンパワーする方法として、また、利用者にコントロールと選択を与えるものとして提供する。
(2)障害の社会モデルを採用する。そして、ソーシャルワークの介入がしばしば障壁となる傾向について認識する。ダイレクト・ペイメント制度は、自立生活を促進する諸種の方法の一つである。
(3)サービス利用者の自立に向かう可能性を最大限に引き出すことを目的とする。
(4)サービス利用者に自己決定をすることができるように、ダイレクト・ペイメント制度のすべてについて包括的な情報を提供する。
(5)私たちは、ダイレクト・ペイメント利用者が自分のケアをマネジメントすることに積極的に成功することができるように、十分なサポートを確保するよう務める。
(6)できる限り効果的に利用者の向かいたい方向や関心を表現することができ、サービス利用者の選択が擁護できるようにする。
(7)ダイレクト・ペイメント利用者が、その費用を搾取されないようにするために安全システムを確立する。
4.ダイレクト・ペイメントの受給資格
(1) |
障害者であること |
(2) |
18才以上であること(保健及び社会ケア法2001にて特定条件の16〜18才に拡大) |
(3) |
コミュニティケア・サービスの必要性についてアセスメントを受けること |
(4) |
(強制されるものではなく)進んで制度利用したいこと |
(5) |
ダイレクト・ペイメントを管理できること(単独またはアシスタントを伴って)
アシスタントをもつ場合でも最終的に自己決定ができること |
イングランドとウェールズにおいては、介護者もアセスメントによってダイレクト・ペイメントを受けることができる。イングランドにおいては、2002年より、ウェールズでは2003年より、介護者はレスパイトケアのバウチャーを受けることが可能となった。
ダイレクト・ペイメントは、自治体がアセスメントによって必要と認めたどのようなサービスにでも使用することができる。自治体が認めれば、福祉用具の購入や移動も含まれる。しかし、施設におけるケアには使用できない。
自治体の責任として、ダイレクト・ペイメントがきちんと使われるよう努力し、アセスメントに基づき使用されているかをモニターし、残額が出たら返金を求める。
NCIL(英国自立生活センター協議会)は、ダイレクト・ペイメントについてのアドバイスを提供している。地域のCILに必要に応じてアドバイスと情報を提供している。
5.コミュニティケアのダイレクト・ペイメントと支援費制度の代理受領の比較
イギリスのコミュニティケアは、ケアの混合市場経済を導入、サービスの提供者と購入者(地方自治体)が分離され、ニーズ・アセスメントやサービス提供を自らの選択とコントロールに基づくことが意図されている。しかし、障害者側からすれば行政主導であるとの見方であり、一部障害者に提供されていた自立生活基金(ILF(Independent Living Fund), IL1993F)の一般化を求め、Community Care (Direct Payment) Act 1996の成立に至っている。
ロンドンT市のダイレクト・ペイメント制度は、2000年4月に社会サービス政策実施委員会にて採用され、2001年9月に改定され、制度の整備が進んできた。現在、ダイレクト・ペイメント制度のスムーズな利用を促すためのサポート機関には障害あるスタッフ(パーソナル・アシスタント利用者でもある)が働いており、情報提供及び介助のマネジメントに関するトレーニングを請け負っている。また、同区社会サービス部ケアマネジャー(ダイレクト・ペイメント担当者)は、コミュニティケアを利用する上での直接サービス提供とダイレクト・ペイメントに関する選択を主体的に行えるよう配慮している。
一方、我が国における支援費制度では、パーソナル・アシスタントに近似する重度障害者介護人派遣事業などある。これらは、この4月より日常生活支援として実施されているが、「日常生活支援従事者養成」としていわゆるヘルパー養成のわずかなコマを当てはめた形式的項目が並んでいる。これらは、障害者自身が雇用するパーソナル・アシスタント制度を求めるならば、検討の余地がある。
表7.ダイレクト・ペイメント制度と代理受領の比較 |
対比項目 |
英国ダイレクト・ペイメント(DP) |
支援費(代理受領)制度 |
方針 |
DPが利用者に選択とコントロールを与えるもので、利用者をエンパワーする方法と位置づけ。 |
償還払いは、立替払いとしての負担、事務処理の煩雑さがあるとして、行政側に委ねる。 |
対象の適格基準 |
自らのケアを管理(適切なアシスタントによる援助も可)することが進んで行えるかについてアセスメントを受ける。精神保健法に基づき制限がある場合など、非該当となる事由がいくつかある。 |
介護人派遣事業、自薦ヘルパー対象は、障害の身体機能に関するめやすが示されている。DPが行われていないので、精神保健法等に基づく基準はない。 |
福祉事務所の責任 |
DPか直接サービスを受けるかの選択・決定ができるような情報提供。利用者の能力と可能性を最大限にするニーズ・アセスメント。使用状況、口座管理などのモニタリング、など。 |
申請、審査、支給量決定など事務処理は明らかにされているが、情報、実行、モニタリングについては不明確である。 |
利用者の責任 |
決定されたニーズのみにDP使用。パーソナル・アシスタントの雇用は法に基づく基準であること。必要な情報を速やかに福祉事務所に提出すること、など。 |
DPがないので、ヘルパーに対する身体や財物を損傷するなどの重大事情発生時の解約に限られている。 |
非該当となるパーソナル・アシスタント |
同一家計で生活している人。親(義親)、子、兄弟姉妹、叔父叔母、孫、これらの配偶者(以上はどこに住んでいても不可)。これらは、身内雇用の防止ではなく、不用意な支払い、利害の争いを避けるためとしている。 |
ヘルパーについては、三親等以内の親族は除かれる。これは、民法上の扶養義務者との関係である。 |
雇用基準 |
国内法、EU雇用法に基づく。療養、出産、有給休暇、最低賃金の遵守。原則として時間給£10以下。 |
事業者との雇用契約。日常生活支援1.5h単価2410円、以後30分900円。 |
記録 |
銀行明細、小切手帳、収支記録、ケアサマリー、時間表、請求・領収書、給料支払い簿、等。(なお、諸費用に、ヘルパーのトレーニング費用、求人の広告費用も含む。) |
記録は、決められた様式に押印する形式で、主体的金銭管理はない。 |
DPのサポート |
社会サービス部は、DPの情報、カウンセリング、助言、経済・雇用の情報、自立生活トレーニング、ピア・サポート、アドボカシー。 |
各地の自立生活センターがこれに近い機能を果たしている。障害者自立生活・介護制度相談センターが全国カバー。 |
推進機関 |
効果的運用のために実施委員会設置 |
なし |
|
6.英国のダイレクト・ペイメント制度の視点からみた支援費制度の課題
支援費制度の代理受領の諸側面にみる問題点を例示すると、(1)支援費制度の考え方として、償還払いは立替払いをするための負担、事務処理の煩雑さがあるとして勧めない方向となっている。(2)介護人派遣事業、自薦ヘルパー利用者(日常生活支援)は、障害の身体機能に関するめやすが示されているが、知的障害者でもその主体性、意欲的な生活姿勢に基づく自薦ヘルパーの利用までは考慮されていない。(3)申請、審査、支給量決定など事務処理は明らかにされているが、情報提供、実行上の方法、モニタリングについては不明確である。(4)英国では、銀行明細、小切手帳、収支記録、ケアサマリー、時間表、請求・領収書、給料支払い簿、等を管理することになるが、我が国では、記録として決められた様式に押印する形式で、主体的金銭管理はない。(5)英国の場合、パーソナル・アシスタントの雇用は労基法に基づく基準であることが要求されるが、我が国では、ヘルパーに対する身体や財物を損傷するなどの重大事情発生時の解約がうたわれているのみである。
我が国ではサービスそのものを受給することが原則であり、現金給付についての取り組みについては、今後の検討が待たれる。
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