1. | コウジ酸について
コウジ酸(Kojic acid)は、味噌、しょう油等の製造に用いられる麹菌(Aspergillus属等)を培養して得られる抗菌作用を持った物質である。コウジ酸は、メラニン生合成関連酵素「チロシナーゼ」を阻害する作用により、カニやエビなど甲殻類の黒変防止、抗菌作用等の用途で、甲殻類、生麺、餃子の皮、加工用原料野菜等に添加物として使われていた実績がある。
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2.安全性についての検討
(1) | 一般毒性等の検討(平成8年度まで)
既存添加物の安全性確認作業の一環として実施または情報収集された安全性試験(亜急性、慢性毒性試験、遺伝毒性試験)において、以下のような知見が得られた。
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(2) | 甲状腺に対する検討(平成8年度〜12年度)(別添4) コウジ酸のラット甲状腺に対する影響及び発がんメカニズムを検討するため、以下のような試験が実施された。
これらの試験結果を踏まえ、コウジ酸の甲状腺に対する作用については次のように報告されている。 |
(3) | 肝臓に対する検討(平成12〜14年度)(別添5) 甲状腺に対する影響を検討する過程において、
CBAマウスを用いた 6ヶ月混餌投与実験の結果では、肝増殖性病変の発現率及び平均発生個数がコウジ酸投与群で増加する傾向が認められ、2%投与群の小増殖巣では有意差が見られた。また、2%投与群では肝細胞巣状壊死の増加傾向も認められた。また、DHPNによる肝二段階発がん実験を実施した結果では、DHPN+2%コウジ酸群において単位面積あたりの前がん病変である胎盤性グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(以下GST-P)陽性巣の個数及び面積が有意に増加し、また、DHPNのイニシエーション処置なしのコウジ酸 2%単独投与群においてもGST-P陽性巣が無処置群に比較して増加した。さらにDENによる肝二段階発がん実験(伊東モデル)を実施した結果では、2%コウジ酸投与群で単位面積あたりのGST-P陽性巣の個数及び面積が有意に増加した。 |
(4) | コウジ酸の遺伝毒性(平成8年度〜14年10月) コウジ酸の遺伝毒性については、上記(1)(2)のとおり、種々の試験が実施されてきたが、肝臓での発がん性と遺伝毒性を再検討するため、DNA損傷性の検出法として単細胞ゲル電気泳動法(コメット法)が、染色体異常誘発性の検討系としては小核試験が実施された。(別添9:平成14年11月報告、別添10-1、10-2:平成14年9〜11月公表) また、平成14年10月末に、マウスリンフォーマL5178Y細胞を用いるhprt試験、V79細胞を用いる染色体異常試験等、およびトランスジェニックマウスを用いた遺伝子突然変異試験結果がすべて陰性であったとする資料を入手した。 これら試験結果をこれまでの報告も含めとりまとめた(別添3)。そのうち肝臓及び造血組織における遺伝毒性試験結果は次のとおりである。
総体的にみると、コウジ酸による遺伝毒性については、否定的なデータもあるものの、in vitroでは遺伝子突然変異誘発性、染色体異常誘発性が共にあるものと考えられる。また、代謝活性化系の非存在下で遺伝毒性が認められ、代謝系の存在で遺伝毒性が弱まる傾向がみられた。 |
(5) | 安全性の総括 甲状腺における催腫瘍性に関しては詳細なメカニズム試験が実施されており、甲状腺においてDNA付加体の形成や酸化的DNA損傷性(8-OH-dGの形成)も認められなかったことから、遺伝毒性的メカニズムではなく、ホルモンを介した発がんプロモーション作用である可能性が強く示唆されている。 一方、肝臓に関しては、F344ラットを用いた二段階発がん試験においてプロモーション作用のみならず、コウジ酸のみを投与した群においてGST-P陽性巣の増加傾向が認められている。また、p53ノックアウトマウスを用いた検討でも、肝細胞腺腫が発生し、その感受性は野生型マウスよりやや高かった。さらに、遺伝毒性についても上述のとおり、生体内で遺伝毒性が発現する可能性が低いものの否定できないことなどから、総括すると、肝臓に対する発がん性は、閾値を設定できる非遺伝的機序によるものであるとする根拠は得られていない。 ただし、コウジ酸の発がん性の強度としては、比較的弱いものと考えられる。また、コウジ酸の肝細胞腫瘍やその前がん性病変が誘発される用量は、ラットで2%以上、マウスで1%以上であり、食品中に含まれるような低用量暴露ではそのような腫瘍誘発の可能性は非常に低いと考えられる。 なお、コウジ酸は、平成12年10月に実施されたIARC(国際がん研究機構)の評価会議において、提出されたデータは今回の検討に比べ極めて限られているが、in vitroでは直接作用性の遺伝毒性物質であると認められているものの結論としては、Group3(ヒトに対する発がん性については分類できない)に分類されている。 |
3. | 食品添加物としてのコウジ酸の使用 日本食品添加物協会は、現在、国内においてコウジ酸を食品添加物として使用している実態はないと報告している。 また、輸入食品の届出を見ると、平成12年 1月から平成14年 8月まで辛子明太子 388件、たらこ51件、穀物酢 1件の合計 440件の輸入実績がある。このうち、辛子明太子及びたらこは特定の企業によるものであって、当該企業に照会したところ、現在、コウジ酸は使用していない旨の回答を得た。念のため、当該辛子明太子及びたらこ各2検体を収去し、検査したところコウジ酸は検出されなかった(検出限界0.4ppm、平成14年10月報告)。 |
4. | 総括 食品添加物としてのコウジ酸は、
(参考) |
<別添一覧>
別添1 | Fujimoto et al.(1998) Induction of thyroid tumors in C57BL/6N×C3H/N. F1 mice by oral administration kojic acid. Food Chem. Toxicol., 36, 697-703 (平成10年公表) |
別添2 | 食品添加物安全性再評価試験 慢性毒性試験 コウジ酸 広島大学原爆放射能医学研究所 伊藤明弘 (平成8年報告) |
別添3 | コウジ酸の遺伝毒性 国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター変異遺伝部 林 真 (平成14年11月8日報告) |
別添4 | 麹酸のラットにおける甲状腺発癌メカニズムについて 国立医薬品食品衛生研究所 病理部 三森国敏、小野寺博志、広瀬雅雄 (平成12年度10月報告) |
別添5 | コウジ酸のラット及びマウスにおける肝発癌性について 東京農工大獣医学部、国立医薬品食品衛生研究所 三森国敏、広瀬雅雄 (平成14年9月26日報告) |
別添6 | コウジ酸のCBA [p53(+/+)]マウスにおける 6ヶ月反復投与実験 東京農工大学 農学部 獣医学科 家畜病理学講座 三森国俊 (平成14年7月3日報告) |
別添7 | コウジ酸のF344ラットにおけるDHPNを用いた肝二段階発がん実験の再検討 国立医薬品衛生研究所・病理部、東京農工大 滝澤 保、今井 俊夫、田村 啓、上田 誠、小野寺 博志、 安原 加壽雄、高木 久宣、三森 国俊、広瀬 雅雄 (平成14年第18回日本毒性病理学会講演要旨集) |
別添8 | コウジ酸のF344ラットにおける肝発がん修飾作用(伊東モデルを用いた検討) 国立医薬品衛生研究所・病理部 滝澤 保、上田誠、小野寺 博志、今井 俊夫、広瀬 雅雄 (平成14年2月4日報告) |
別添9 | コウジ酸の幼若ラットを用いる小核試験 国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター変異遺伝部 林 真 (平成14年11月8日報告) |
別添10-1 | コウジ酸のin vivoコメットアッセイおよび再生肝小核試験 八戸工業高等専門学校 物質工学科 佐々木有 (平成14年9月12日報告) |
別添10-2 | コウジ酸のin vivoコメットアッセイおよび再生肝小核試験(続報) 八戸工業高等専門学校 物質工学科 佐々木有 (平成14年11月10日報告) |
別添11-1 | 味噌、醤油、日本酒中のコウジ酸に関する調査結果 国立医薬品食品衛生研究所 食品部 村山三徳、近藤一成、松田りえ子、合田幸広、米谷民雄 (平成14年10月18日報告) (平成14年11月5日追加報告) |
別添11-2 | 味噌、醤油、日本酒中のコウジ酸に関する調査結果(速報) 日本食品分析センター 衛生化学部 西村正美 (平成14年11月8日報告) |
別添12 | Aspergillus flavus groupのaflatoxin および kojic acid の産生について 真鍋勝、後藤哲久、田中健治、松浦慎治 (昭和56年公表) |
別添13 | 発酵食品中の蛍光成分に関する研究(第7報) 添加した麹酸のしょう油醸造中の分解 進士栄一郎、真鍋勝、後藤哲久、三沢幸子、田中健治、松浦慎治 (昭和59年公表) |
(参考文献)
参考 1 | Ohara et al.(2001) Prevention by long-term fermented miso of induction of clonic aberrant crypt by azoxymethane in F344 rats |
参考 2 | Watanabe et al.(1999) Influence of concomitant Miso or NaCl treatment on induction of gastric tumor by N-metyl-N`-nitro-N- nitrosoguanidine in rat |
参考 3 | Ohara et al.(2001) Inhibition by long-term fermented Miso of gastric tumor by N-metyl-N`-nitro-N- nitrosoguanidine in CD(SD)rat |
参考 4 | Gotoh et al.(1998) Chemoprevention of N-nitroso-N-methylurea
-induced Rat Mammary Carcinogenesis by Soy Foods or BiochaminA |
参考 5 | Gotoh et al.(1998) Chemoprevention of N-nitroso-N-methylurea
-induced Rat Mammary Cancer by Miso and Tamoxifen ,Alone and in Combinstion |
参考 6 | Masaoka et al.(1998) Effect of Miso and NaCl on the Development of Clonic Aberrant Crypt Foli Induced by Azoxymethane in F344 Rats |
参考 7 | Food Factors for Cancer Prevention. Yoshikawaら.Springer (1997) Watanabe et al. Effect of Miso in Reducing Risk of Liver and Gastric Tumors in Experimental Animsls |