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(参考資料)

第3次対がん戦略の構築に向けて

− 研究領域と課題 −


― 目次 ―

I. がんの本態解明

 (1)発がん要因
 1 発がんの外的および内的環境要因の解明
 2 発がんの遺伝的要因の解明
 3 発がん要因のリスク評価

 (2)発がん機構
 1 ジェネティックな変化による発がん機構に関する研究
 2 エピジェネティックな変化による発がん機構に関する研究
 3 染色体動態と発がんに関する研究
 4 動物モデルを用いた発がん機構の研究

 (3)がんの特性
 1 遺伝子変異、遺伝子発現変動とがん細胞の個性・特性に関する研究
 2 がん細胞の浸潤能、転移能に関する研究
 3 がん細胞と周辺非がん細胞の相互作用に関する研究
 4 がん細胞に対する宿主の免疫応答に関する研究

 (4)生物学的基盤
 1 細胞増殖、細胞周期に関する研究
 2 個体発生、組織形成と細胞分化に関する研究
 3 アポトーシスと細胞老化に関する研究
 4 細胞の接着能、運動能、極性に関する研究

II. トランスレーショナルリサーチの推進と実践

 生体の免疫機構に関する研究成果の臨床的応用のためのトランスレーショナルリサーチ
 がんの分子標的研究の推進と治療応用のためのトランスレーショナルリサーチ
 新しい原理による治療開発のためのトランスレーショナルリサーチ
 がん予防に関する研究成果の臨床応用のためのトランスレーショナルリサーチ
 がん診断に関する研究成果の臨床応用のためのトランスレーショナルリサーチ

III. がんの予防法の開発と実践

 生活習慣改善によるがん予防法の開発とその評価
 新規がん化学予防剤の同定とがんの高リスク群への応用
 ゲノム情報を取り入れた個別のがん予防法の開発
 感染予防と感染症制御によるがん予防
 発がんリスク軽減に関する適切な知識の普及と環境整備

IV. がんの診断法の開発と実践

 発がんリスクを判定するためのマーカーの同定と高精度解析法の開発
 高感度腫瘍マーカーおよび解析技術の開発
 がんの個性判定法の確立とその臨床応用
 遺伝子多型を利用したがん治療法(化学療法・放射線療法など)に対する副作用予測法の開発
 新規の診断用機器の開発とその評価体制の確立
 コンピューターによる自動診断法の開発と臨床応用
 新規のがん検診技術の開発と導入
 検診の診断精度の向上とその有効性の確立

V. がんの治療法の開発と実践

 新しいがん手術療法に関する研究
 がんの機能温存・機能再建手術に関する研究
 がん治療への内視鏡技術の応用に関する研究
 がんの分子標的治療薬の開発に関する研究
 がんの免疫・遺伝子・細胞療法に関する研究
 新しいがん放射線治療に関する研究
 がんの緩和医療に関する研究

VI. がんの実態把握と、がん情報・診療技術の発信・普及

 がんの罹患と予後についての実態把握に関する研究
 がん患者データベースの構築に関する研究
 がん診療のための医療情報提供システムに関する研究
 国民向けがん情報提供システムに関する研究
 がん患者、家族のための支援技術の開発に関する研究

VII. 支援事業

 トランスレーショナル・リサーチ、臨床研究促進のための研究体制の整備
 がん登録事業等、疫学研究の基盤整備
 国レベルのバイオリソース、データベース機能の充実
 がんの予防・検診センターの設置を含む予防・診断技術の確立とその全国への普及
 国民へのがんに対する的確な知識と最新情報の提供
 産官学連携の強化のための体制整備と産官学協力の推進
 若手研究者ならびに研究支援者の育成と人事交流の促進
 国際協力、国際交流の充実 -国際協力をもとに国際貢献へ-
 がん研究の推進における中核拠点機能の強化による、研究・運営の効率化と充実


第3次対がん戦略の構築に向けて −研究領域と課題−(大要)

I. がんの本態解明

(1)発がん要因
 発がん機構をよく理解し、有効ながん予防法や治療法を開発するためには、発がんを促進、あるいは、抑制する環境および遺伝的要因を明らかにする必要がある。そのためには、実験動物やヒト細胞を用いた分子生物学的な研究に加え、人間集団を対象とした疫学研究から得られる情報を集積し、これらを統合してゆくことが重要である。主に実験動物を利用した基礎研究により、種々の外的および内的環境要因と発がんとの関連を明らかにし、さらに個体レベルの発がんの感受性を規定している遺伝的素因を明らかにする。疫学研究においては、妥当性の高い質問票に加えて、生物学的指標(バイオマーカー)やゲノム情報などを取り入れることにより、環境要因と遺伝的素因との相互作用を検出することが出来る、より質の高い症例対照研究やコホート研究を重点的に実施する。

1 発がんの外的および内的環境要因の解明
 外界に存在し日常生活の中で人体内に取り込まれる食品・嗜好品・薬剤・環境汚染物質・ウイルス・放射線などの外的環境要因や、人体内で生成される代謝・反応産物・ホルモン、あるいは免疫による生体防御機構などの内的環境要因と発がんとの関連の解明に取り組む。実験動物あるいは遺伝子改変動物を利用した基礎研究により、環境中に存在する未知の発がん要因を同定する。既知の発がん要因については、これらにより引き起こされる要因特異的な遺伝子変異や遺伝子発現変化、低容量曝露の影響などについて、遺伝子レベルのデータを集積するための研究を行い、ヒト発がんのリスク評価のための基礎資料を得る。疫学研究においては、外的環境要因としての栄養素や化学物質、電離、非電離放射線などの物理的要因などの個人曝露を定量的に把握することが可能な質問票やバイオマーカーを、また、内的環境要因としての免疫機能や代謝・反応産物を定量的に示すバイオマーカーを取り入れた、質の高いコホート研究を行なう。その結果、外的・内的環境要因を制御することによるがん予防法開発へ向けた基礎的知見が得られることが期待される。

2 発がんの遺伝的要因の解明
 発がんに対する遺伝的感受性の問題は、個々人の発がん予防や治療における個々人の特性に合った対策を実現するために極めて重要な課題であり、早急の解決が望まれる。遺伝子改変動物や実験動物を用いて遺伝的背景の違いによる発がん感受性への影響を解析し、発がん感受性を規定する候補遺伝子の同定・単離に関する研究を重点的に推進する。疫学研究においては、遺伝子多型などのゲノム情報を取り入れた、環境要因との相互作用について検出可能な大規模な症例対照研究やコホート研究を行なう。また、高発がん家系を対象として、新しいがん関連遺伝子の同定の研究を行なう。その結果、遺伝的高リスク群の抽出が可能となり、個々人の特性に合ったがん予防法開発へ向けた基礎的知見が得られることが期待される。

3 発がん要因のリスク評価
 発がん要因について、研究課題1と2で得られた知見に基づき、その現実的曝露量や遺伝的感受性などを考慮して、総合的なリスク評価に取り組む。個々の環境要因の個体に対する量的影響についての遺伝子レベルの解析により得られた成果をもとに、ヒト発がんへの定量的なリスク予測を行なう。疫学研究においては、複数の試験から定量的に評価するメタ・アナリシスや、多くの検体を予め定量分析しておいてそのデータをもとに分析するプールド・アナリシスなどの手法を用いて、複数の疫学研究からの知見を統合し、曝露による影響を定量的に評価するとともに、可能な限り個々人の特性に対応したリスク評価を行なう。その結果、発がんリスク軽減や生活習慣改善などに基づくがん予防法開発のための基礎的知見が得られることが期待される。

(2)発がん機構
 がんを克服するためには、多段階的発がんの分子機構を明らかにすることが最優先課題である。がん化に伴う遺伝子の質的な変異(ジェネティックな変化)と、遺伝子の変異を伴わない遺伝子発現の量的変化(エピジェネティックな変化)、さらには、がんで高頻度に認められる種々の染色体異常を惹起するゲノムの安定性維持機構の破綻の分子機構を解明し、多段階発がん過程における遺伝子変化の全容を解明することを重点的に推進する。さらにがん化関連遺伝子の特定の遺伝子を働かなくしたマウス(ノックアウトマウス)や、逆に特定の遺伝子を働くようにしたマウス(ノックインマウス)、および遺伝子組み換え技術を用いて外部より特定の遺伝子を導入したトランスジェニック系統等の動物モデルを確立し、動物個体内でヒト多段階発がん過程を再構築して、複数のがん関連遺伝子変異の相互作用を解明する。以上の研究により、個々のがんの生物学的及び遺伝学的個性の掌握が可能となり、がん克服のための基礎的知見が集約されると期待される。

1 ジェネティックな変化による発がん機構に関する研究
 種々のヒトがんに関して、ヒトゲノム配列情報に基づいた包括的な遺伝子変異解析を推進し、がん化に伴う多段階的な遺伝子変異を全て明らかにする。さらに、これらの遺伝子変異が細胞のがん化や悪性化を引き起こす分子機構の解析を強力に推進し、これに関与する分子や細胞内信号(シグナル)の同定や、変異遺伝子間の機能的相互作用の解明を行い、変異遺伝子の蓄積による細胞がん化の分子機構の全貌を明らかにする。これらの研究により、多段階発がんの分子機構の全貌を明らかにできるのみならず、個々のがんの生物学的および遺伝学的個性の掌握が可能となり、個々人にあった予防・治療を可能とするテーラーメイド医療の確立に大いに貢献するものと期待される。

2 エピジェネティックな変化による発がん機構に関する研究
 発がんにおいては、変異による各遺伝子の質的変化に加えて、遺伝子変異を伴わない遺伝子発現の量的変化が、重要な役割を果たしていることが明らかになりつつある。したがって、発がん機構の解明には、こうした遺伝子の変異に依らない遺伝子発現変化の分子機構を明らかにし、さらに遺伝子発現の量的変化が、がんの多段階的な進展に果たす役割の解明に向けて研究を推進することが必要である。具体的には、メチル化やアセチル化などの細胞内での遺伝子発現制御の分子機構と、その発がん過程における破綻の分子機序を明らかにすること、そして各種のヒトがんにおいて、遺伝子変異に依らない遺伝子の発現量の変動が、細胞のがん化や悪性化に寄与している遺伝子群を同定することが重点研究課題となる。これらの研究成果により、遺伝子発現の量的変化のがん化における重要性と寄与の程度が明らかとなり、がん治療薬開発のための新たな標的分子を同定することが可能となる。

3 染色体動態と発がんに関する研究
 細胞のがん化は多段階のプロセスであり、その分子機構には、特定の遺伝子の変異や発現変化に加えて、ゲノムの安定性維持機構の破綻が大きく寄与すると考えられている。実際にヒトがんにおいては多倍体化や異数化、転座や欠失・増幅に代表される染色体異常が高頻度で認められ、発がん機構を解明するためには、ゲノムの安定的維持にとって重要な役割を果たす染色体動態の制御機構の解明が必須である。そのための重要研究課題として、DNA複製を含めた細胞周期の各チェックポイント機構や、クロマチン構造の維持機構、そして細胞分裂時の均等な染色体分配機構の解明が挙げられる。これらの研究を推進することにより、DNA複製から細胞質分裂に至る過程での、細胞分裂の正常な進行とゲノム情報の安定的維持のための染色体動態の制御機構が明らかとなり、さらには、がんにおける染色数の多倍体化・異数化や染色体転座・欠失の誘発に関与する分子の同定も可能となる。

4 動物モデルを用いた発がん機構の研究
 がん細胞において認められるジェネティックおよびエピジェネティックな変異について、体細胞レベルでのこれらの遺伝子変化のがん化への直接的な関与を証明する。さらにその分子機構を解明するために、臓器特異的あるいは個体発生・分化の時期特異的に、ある標的遺伝子を働けなくしたり、逆に働くようにするといった操作が可能なコンディショナルな実験系を含めた、がん化関連遺伝子のノックアウトマウスや ノックインマウス、およびトランスジェニック系統等の動物モデルの確立を強力に推進する。これにより、動物個体内でヒト多段階発がん過程を再構築し、複数のがん関連遺伝子変異の相互作用を解析することが可能となる。また発がんモデル動物の確立により、個体の遺伝的背景の違いによる発がん感受性の差の遺伝学的解析や、生体内で発がん過程を正に、もしくは負に制御する機能を有する修飾遺伝子(modifier)の同定も可能となることが期待される。

(3) がんの特性
 がんは個体組織とさまざまな相互作用をしながら進展していく。がんは同じ臓器に発生しても増殖能、転移能、浸潤能などに異なった個性・特性を有しており、また「免疫監視機構」に対してもその反応性は異なる。このようながんの多様性を理解するために、がん細胞内でどのような遺伝子変異やその発現変動が生じているか、その全体像を把握し、がんの特性との関連性を明らかにする。さらに、個体側の血管・リンパ管・細胞間質などの制御機構に関する研究や、がん細胞に対する免疫応答に関する研究は、がんの増殖・転移と臨床的悪性度を分子レベルで理解する上で非常に重要である。以上の研究は新しいがん治療法開発の基礎となり、将来、がんの治癒率を飛躍的に向上させることが期待される。

1 遺伝子変異、遺伝子発現変動とがん細胞の個性・特性に関する研究
 がんは同じ臓器に発生しても増殖能、転移能、浸潤能、薬剤感受性、分化形質など、それぞれ異なった個性・特性を有しており、その違いは細胞内に蓄積している様々な遺伝子変異やメチル化などによる遺伝子発現変動に起因している。がん細胞に特異的に見られる遺伝子変異や特有の発現変動が、がん細胞のどのような性質を規定しているかを明らかにするため、変異や発現変動が認められた遺伝子の本来の機能を解析し、また、変異や発現変動による機能異常をがん細胞に特異的な形質との関連で明らかにしていく。その結果、がんの個々の病態が原因遺伝子との関連で明らかになり、がんの新しい診断法、治療法の開発に役立つ多くの情報が得られることが期待される。

2 がん細胞の浸潤能、転移能に関する研究
 がん細胞は周囲の正常組織に浸潤し、これを破壊しながら増殖を続けて腫瘍を形成し、さらに悪性度を増して他の臓器に転移する。診断時に既に転移を起こしているがんは治癒率が極めて低く、浸潤・転移の機構を明らかにし、その制御法を開発することは、がんの治癒率改善に必須の研究課題である。細胞の浸潤能や接着能、遠隔臓器における増殖能など、がん細胞が転移に必須な形質を獲得する分子機構の解明を目指し、さらに、その制御を目的とした研究を推進する。このような研究の成果により、進行がん、末期がん患者の生命予後の改善が大きく期待される。また、腫瘍細胞の転移能を解析する技術や微少転移細胞を検出する技術の進歩により、がん患者全体の治癒率向上も期待できる。

3 がん細胞と周辺非がん細胞の相互作用に関する研究
 がん細胞は、固形がんや白血病に関わらず、周囲の正常組織、血管系やリンパ管系、間葉系細胞などと密接な相互作用をしながら増殖する。なかでも、血管、リンパ管は遠隔転移に密接に関与し、臨床的な悪性度を決定する重要な因子となる。血管新生やリンパ管新生とその維持に関する分子機構は極めて重要かつ緊急の重点研究課題である。これまでに低酸素刺激による血管新生因子の誘導機構、VEGFなど主要な血管新生因子の特徴と受容体解析が精力的に行われ、新しい知見が次々と得られつつあるが、リンパ管に関する我が国の研究はまだ不十分で、血管系のみならず、これらの領域に関する研究をさらに強力に推進する必要がある。放射線の当たった細胞の周辺細胞への影響(バイスタンダー効果)についての機構解明も重要な課題である。また、発生学、基礎生物学から臨床医学、企業まで連携を強化し、血管系・リンパ管系を標的とした薬剤の開発も積極的に推進することにより、新しいがん治療法を確立することが期待される。

4 がん細胞に対する宿主の免疫応答に関する研究
 免疫系によるがんの監視機構については、最近その証拠が多く提出されており、「がんの免疫療法」は次世代の新しいがん治療法として注目を浴びている。免疫系が、がん細胞という「非自己」に対して応答するメカニズムは、有効ながんの免疫療法を確立するために重要であるが、未だ不明の点が多い。がんに対する免疫担当細胞の活性化、活性化した免疫担当細胞(エフェクター細胞)によるがん細胞排除の機構、がん細胞による免疫寛容の獲得機構に関する基盤的研究や、自然免疫を担う細胞による自然免疫系が腫瘍拒絶に果たす役割、種々の液性因子(サイトカイン)などの抗腫瘍機能の解明についての研究を推進することが重要である。さらに、腫瘍拒絶抗原などの抗原ペプチドによる効果的免疫療法や、抗体療法、ワクチン開発、がんに対する免疫寛容破綻など、実用化に向けた基礎研究を発展させることが重要課題である。一連の成果が実際のがんの免疫療法へ与える効果を判定するため、トランスレーショナルリサーチの体制作りとその実施が重要である。これらの研究の統合的な推進によって有効ながん免疫療法の確立に向けての新しい展開が期待される。

(4) 生物学的基盤
 がんは生命体の発生および恒常性の維持に必須の遺伝子が変異することによって引き起こされることが明らかになってきたが、細胞ががん化する過程は複雑であり、その特性も極めて多様性に富んでいる。細胞増殖・細胞周期に関する研究、個体発生・組織形成と細胞分化に関する研究、細胞死(アポトーシス)と細胞老化に関する研究、細胞の接着能・運動能・極性に関する研究を重点的に行う。種々の臓器における幹細胞の研究も強力に推進し、がんの生物学的特性の総合的な理解を目指し、その成果をがんの予防・診断・治療に役立てる。

1 細胞増殖、細胞周期に関する研究
 正常細胞では、細胞外からの増殖の刺激あるいは抑制と、細胞内でのこれらの信号(シグナル)の伝達によって増殖が制御され、細胞周期に関連する一群の分子が秩序よく機能することによって正常な増殖が維持されている。がん細胞ではこれらのシグナル伝達機構や細胞周期の調節機構に異常が起こることにより、細胞増殖の制御が破綻している。本研究では、細胞増殖における細胞内シグナル伝達機構および細胞周期の制御機構に関する研究を行う。その結果、がん細胞の異常増殖の機構が分子レベルで明らかになり、その制御法の開発に繋がる新たな情報が数多く得られると期待される。

2 個体発生、組織形成と細胞分化に関する研究
 細胞分化は、個体発生と同時に開始し、胚性幹細胞からあらゆる細胞系統への分化が進行して、各組織の形成を担うとともに各細胞の機能獲得という重要な役割を果たす。生体は、このような個体形成における内在的な細胞分化のプログラムとともに、外的環境への適応および恒常性の維持に際しても細胞分化のプログラムを稼働させる。がんは、突然変異によって組織形成や細胞分化の制御が破綻した細胞が腫瘍性増殖を続けることによって形成されたものである。そこで、個体発生、組織形成、細胞分化に関する基礎的研究を推進し、その制御機構とがんの形成過程との関連性を明らかにする。これらの研究成果により、がんの形成過程が明らかになり、がんの特性の理解、がんの予防につながるような成果が期待される。

3 アポトーシスと細胞老化に関する研究
 生体にはアポトーシスと呼ばれる細胞死を支配するプログラムが存在し、個体発生、形態形成、恒常性の維持などを行う上で、生体にとって不要あるいは有害になった細胞を生理的に除去することによって、生体の恒常性を維持している。また、正常細胞には老化をプログラムする機構が存在し、通常は50回程度分裂を繰り返すとそれ以上は分裂しなくなる。細胞死あるいは老化の阻害は不必要な細胞の延命・増殖を来して細胞をがん化へと導くことから、アポトーシスと細胞老化の機構解明を目指した研究を推進し、細胞がん化との関連性を明らかにする。その結果、がんの形成過程における細胞死・細胞老化機構の関与が明確になり、がん細胞を標的として増殖や細胞死を指標とした新たな制御法が開発されることが期待される。

4 細胞の接着能、運動能、極性に関する研究
 生体内では、細胞と細胞あるいは細胞と細胞外基質が接着することによって組織が形成され、組織における細胞機能が調節されている。組織の構築と改変は、細胞外基質の産生と分解、細胞接着・細胞極性の形成、細胞増殖・細胞運動が合目的かつ協調的に起こることによって成立する。がんの特徴である浸潤・転移は、このような機構の破綻によって引き起こされる。本研究では、細胞の接着能、運動能、極性の制御機構に関する基礎的研究を推進し、生体内での様々な組織形成の分子機構を明らかにする。その結果、がん細胞の浸潤・転移機構を細胞の接着・運動能という観点から解明するための分子的基盤が得られると期待される。

II. トランスレーショナルリサーチの推進と実践

 わが国のがんの基礎研究は国際的に高い評価を受けているが、その実用化・臨床への還元については、それを支援・促進する基盤の整備も十分でない。診断、治療、さらには予防を含めたがん医療の新たな展開には、生命科学研究の成果を臨床へ還元していく一つ一つの過程を充実させることが必要であり、その過程に関わる全ての研究(トランスレーショナルリサーチ)の充実が必要である。

  1 生体の免疫機構に関する研究成果の臨床応用のためのトランスレーショナルリサーチ
 ヒトで発見された腫瘍抗原や自然免疫系の 生体内(in vivo)における抗腫瘍効果を検討するために、がん患者への効果を判定するためのトランスレーショナルリサーチを実施する。また、腫瘍細胞の免疫逃避機構の解明も重要であり、その基礎研究の成果をがんの免疫療法の発展に応用する。

  2 がんの分子標的研究の推進と治療応用のためのトランスレーショナルリサーチ
 最近の生命科学の進展に基づいたがんの基礎研究で明らかにされた、がん化、細胞増殖、悪性化、耐性化などに関与する分子標的の研究を進めるとともに、治療への応用を考えたトランスレーショナルリサーチを推進する。これによって新しい分子標的治療法の萌芽を期待できる。

  3 新しい原理による治療開発のためのトランスレーショナルリサーチ
 ナノテクノロジーなどの新しい工学的手法を取り入れて、DDS(ドラッグデリバリーシステム)などの新しい治療法を開発する。

  4 がん予防に関する研究成果の臨床応用のためのトランスレーショナルリサーチ
 発がんの分子機構に立脚した、発がんを制御する低分子化合物、天然物、細胞工学生産物等を用いたがんの予防法を開発することによって、発がん率の低下が期待できる。

  5 がん診断に関する研究成果の臨床応用のためのトランスレーショナルリサーチ
 がん化、細胞増殖、悪性化、耐性化などの分子機構を解明し、その結果、抗体、遺伝子、低分子化合物、細胞工学生産物等を用いた分子診断法を確立することによってがんの早期発見と、より正確な診断が期待される。

III. がんの予防法の開発と実践

 がん予防対策を総合的に進めていくために、一般国民、あるいはがんの高リスク群を対象とした生活習慣改善、がん化学予防剤やがんウィルス感染予防治療による有効ながんの予防法を開発し、それらを実践する。遺伝子多型などゲノム情報を取り入れた予防法や感染症制御による予防法の開発も強力に推進する。また、これらの総合的知見を蓄積することにより、集団と個を対象としたがん予防法の確立を図る。さらにがん予防を効果的に実践していくために、がんに関連した情報の収集、専門家のみならず広く国民へのがん予防知識の普及を系統的に推進する。

  1 生活習慣改善によるがん予防法の開発とその評価  生体外(In vitro)及び 生体内(in vivo)の基礎研究及び疫学的手法を用いた研究により示された、発がんリスクを促進する可能性がある生活習慣(喫煙、飲酒、野菜・果物の低摂取、運動不足など)を改善することによるがん予防の研究に取り組む。そのために効果的・効率的な生活習慣改善の手法(禁煙プログラム、食事・運動指導など)を開発する研究を行う。また、それら生活習慣改善によるがん罹患率減少効果を無作為化比較試験などにより検証する。更に、有効性の確立したがん予防法を、臨床・公衆衛生の場において実践する。特に喫煙に関しては、肺発がん等の一次予防の観点からも一層の喫煙対策の推進が必要であり、禁煙への関心度に応じた簡便で効果的な禁煙サポート方法を開発する。その結果、有効ながん予防法を効率よく国民に普及することが可能となり、我が国の年齢調整罹患率、延いては年齢調整死亡率がより減少することが期待される。

  2 新規がん化学予防剤の同定とがんの高リスク群への臨床応用
 がんの高リスク群としては、1)自己免疫疾患や微生物の感染に伴い発症する慢性炎症保有者、2)白斑症、多発性ポリープ等の前がん病変を有する者、3)PSA等の腫瘍マーカーの異常値を示す者、4)APC遺伝子やBRCA遺伝子等の家族性腫瘍の原因遺伝子に異常を有する者等があげられる。これら疾病の発生メカニズムを解明し、そのメカニズムに基づいたin vitro、in vivoの疾病モデルを構築する。構築した実験系を用いて、主に食品成分、医薬品を対象として、がん化学予防剤の検索を行う。候補物質については種々の動物発がん実験系を用いてその発がん抑制効果及び抑制機構を明らかにする。また、候補化合物の動物に対する安全性についても調べる。得られるデータを基に、がんの高リスク群への介入を行い、その効果を無作為化比較試験により検証する。その結果、がんの高リスク群に臨床応用できる新規がん化学予防剤が開発できる。

  3 ゲノム情報を取り入れた個別のがん予防法の開発
 発がんには種々の発がん要因に対する個々人の感受性が重要な役割を果たしている。これまでに発がん物質の代謝活性化に必要なCYP1A1、2A6の遺伝子多型と肺がんとの関連性等が明らかにされている。個別の発がん感受性要因を更に検索するために、がん患者とそれ以外の者との発がん物質の代謝及び解毒酵素、さらには、DNA修復酵素等の遺伝子多型の差異をDNAマイクロアレイやチップを利用し調査する。また、高発がん家系や発がんの動物モデルを用いた遺伝的解析による発がん感受性を規定する遺伝子群を同定するとともに、その機能を解析する。その結果、個々人に適したがん予防法の情報を得ることができ、それらを基に生活改善による予防法や化学予防剤の選択が可能となる。

  4 感染予防と感染症制御によるがん予防
 発がんへの関与が明らかなウイルスとして、HBV、HCV、HPV、EBV、HTLV-1等が知られている。また、H. pylori等の細菌も発がんに関与している。現在までに、HCVの培養系の確立、中和抗体検出系の確立、遺伝子機能の解明、免疫反応の解明、また、HPVのワクチン開発、中和抗体測定系の確立などの成果があげられている。感染に起因するがんの予防対策をより一層充実させるためには、ワクチン等による感染予防法、感染者の治療法の開発研究が極めて重要である。また、ウイルス遺伝子の発現抑制法の研究を推進する必要がある。得られる研究成果は、感染に由来するがんの予防法を確立する上で有用な情報となる。

  5 発がんリスク軽減に関する適切な知識の普及と環境整備
 がんの一次予防に取り組むためには、生活習慣の改善、発がん物質や放射線などの物理要因の除去、発がん抑制物質の摂取、感染症の予防などへの対策の強化と併せて、それらに対応する適切な知識の普及と環境の整備が重要である。1)がんの罹患・死亡率、発がん及び発がん抑制要因、がん予防の実践に必要な行動変容等に関する知識の収集、2)一般の国民、健康対策の専門家、健康政策の担当者などに新しい情報を定期的に提供できる環境の整備、3)がん予防に有用な正しい知識の構築とそれらを広く普及させるネットワークの整備、4)それらの知識普及効果を評価できるシステムの開発等を強力に推進する。これらの体制が整うことにより、一般国民のがん予防の実践が可能となる。

IV. がんの診断法の開発と実践

 ゲノム研究やたんぱく質科学研究を体系的・網羅的に推進して、新規の発がん要因・腫瘍マーカー・抗がん剤感受性関連因子・抗がん剤副作用関連因子の同定を目指す。また、これらの要因を評価する体制を構築するとともに、これら要因の解析技術の開発を行い、有用なマーカーの臨床への導入を図る。診断用機器の開発と臨床への応用としては、高速コーンビームCT、高磁場MRI、臓器特異的MRIサーフェイスコイル、拡大デジタル画像撮影機器、PETを含む機能画像撮影機器、電子分光内視鏡、新しい造影剤と放射性薬剤の開発を行う。診断支援としては、コンピューター自動診断装置、がん診断画像情報のデーターベースの構築等を重点的に推進する。検診に関しては、新規がん検診技術の開発による検診精度の向上と、死亡減少効果・延命効果・費用対効果等の総合的観点から有効性を明らかにする。

  1 発がんリスクを判定するためのマーカーの同定と高精度解析法の開発
 遺伝的多様性によって個々人のそれぞれの臓器に対する発がんリスクは異なっているはずである。ミレニアムゲノムプロジェクトでは一部のがん種に関する遺伝的発がんリスク要因が検索されている。これらの発がんリスク研究をすべてのがん種に広げ、高発がんリスクの遺伝的な要因を同定し、高速かつ高精度で低コストの解析法の開発を推進する。現在のがん予防方策としては、一般的な生活習慣に対する注意が喚起されているにすぎないが、個々人の発がんリスクに応じた個別の予防や検診メニューの選別の確立を目指す。

  2 高感度腫瘍マーカーおよび解析技術の開発
 がんを早期に発見できれば、そのがん患者の予後は非常に良好である。また、治療後の残存腫瘍の有無、がんの転移・再発などをいち早く判定することや、がんの浸潤の程度を精度よく検出する方法の確立が、早期治療や最小の手術侵襲などを可能とし、患者のQ.O.L.の改善に重要な意味をもたらす。ゲノム科学・たんぱく質科学の進展によって得られる情報や技術を駆使してがん細胞特異的でしかも鋭敏な指標分子を発見し、その解析技術を確立することによって、少数のがん細胞の検出システムの樹立を目指す。特に、膵臓がんや肺がん・卵巣がんなどの予後不良のがんに関して重点的な研究体制の構築が必要と考える。

  3 がんの個性判定法の確立とその臨床応用
 がん細胞の抗がん剤や放射線に対する感受性を予測し、特定の治療法について効果の期待できるがん患者に対してのみ、必要な量の治療を行う「テーラーメイド医療」の確立は極めて重要である。抗がん剤に対する感受性を予測することにより、個々のがん患者における副作用を最小限に抑えると同時に、がん細胞に対しては最大限の治療効果を得ることにつながる「テーラーメイド医療」の実現は緊急の課題である。個々のがんについて発現情報解析やプロテオミクス技術を用いて解析することによって、がん細胞の性質の違い・治療に対する応答性を判別できる分子を同定し、それらの臨床応用を目指す。

  4 遺伝子多型を利用したがん治療法(化学療法・放射線療法など)に対する副作用予測法の開発
 新しく開発される薬剤は当然に、現存の薬剤に対しても、最小限の副作用で最大限の治療効果を得ることにつながる「テーラーメイド医療」は、がん患者のQ.O.L.をよりよいものにする社会還元として緊急の課題である。これまでの生化学的な手法に加え、遺伝薬理学・ゲノム薬理学などの最近注目を集めている分野を取り入れ、抗がん剤治療や放射線治療の副作用に関与する遺伝子やたんぱく質を同定し、副作用予測法を確立する。

  5 新規の診断用機器の開発とその評価体制の確立
 現在使用されている診断機器の診断能力の向上を計るとともに、全く新しい新規の診断用機器の開発を行うものである。精度の高い診断機器としては、がんの生物としての機能を画像化する診断機器、形態画像診断と機能画像診断の両面を有する診断機器、がん病変部の拡大撮影が可能な診断機器、新しい造影剤や放射性薬剤の開発等を行う。さらに、画像診断能向上のための診断ワークステーションと画像情報のデータベースの構築が必要である。評価体制の確立としては、単なるがんの発見率での評価ではなく、治療により救命または長期の延命可能な時点で、がんをいかに正確に効率よく発見できるかの観点からの評価体制についての研究を行う。この研究の成果により、数多くのがんを早期に発見することが可能となり、がん死亡数の減少や低侵襲で効率の良いがん治療が行えることが期待される。

  6 コンピューターによる自動診断法の開発と臨床応用
 がんの画像診断においては、得られた画像情報を優れた診断医が解読して、はじめて高精度のがん診断が可能となる。安定した診断能を確保することはがん医療において大切なことであり、この問題を解決するためにコンピューターによる自動診断技術の開発研究を行う。コンピューターによる自動診断の開発に際しては、医学系研究者と工学系研究者による共同開発研究を行う。その結果、画像解読能が向上するとともに疲労や慣れによる見落としが減少し、コンピューターによる自動診断を臨床に応用することで、どのような医療施設においても高精度の診断能を確保することが可能となり、我が国におけるがん診断機能全体を飛躍的に向上させる成果が期待される。

  7 新規のがん検診技術の開発と導入
 がん検診における精度、効率を向上させるために新規のがん検診技術の開発研究を行う。具体的な開発内容としては生活習慣に基づいた検診項目の設定、検診に応用可能な腫瘍マーカーの開発と検診への導入、各種がん発見に適した新しい診断機器の検診への応用と検診における診断手技の開発、検診用低被曝検査方法等の開発を行う。その結果、検診精度の向上が得られ、早期のがんの発見率が向上するものと考えられる。これらの早期のがんの多くはがん治療により良好な予後が得られること、低侵襲・低費用での治療が可能なことより、医療経済的な観点および広くがん医療の観点から大きな成果が得られることが期待される。

  8 検診の診断精度の向上とその有効性の確立
 がん検診における精度向上と検診の有効性の評価法の確立を行うことは今後のがん検診において大切なことである。がん検診における精度に関しては精度そのものを向上させることと、多施設において共有できる精度そのものに対する実用的な考え方の統一、定義が必要である。検診の有効性に関しては、がんの死亡減少効果を評価指標とした無作為抽出による比較試験を実施することが国際標準であり、これを実施しうる体制を早急に整備する。これらの研究を行うことによって統一された真の検診の精度向上と有効性が明らかになる成果が期待される。

V. がんの治療法の開発と実践

 外科学的療法における効果の客観的評価体系の確立、難治がんに対する集学的治療の検討、ロボット外科をはじめとする新しい手術手技やがん治療のための医療機器の開発、機能温存・機能再建手術などの開発・推進、外科分野における臨床試験支援体制を構築する。内視鏡手術あるいは胸腔鏡・腹腔鏡手術については、適応の拡大、安全性の改善を目指し、新しい機器や人工素材の開発を推進する。分子標的治療薬の開発を進めるとともに、個々の患者におけるがんの細胞学的特性や体質情報に基づき、最適な治療法を選別しうる集学的がん診療体系の研究を進める。また固形がんに対する新しい免疫療法に関する研究を推進する。遺伝子治療については、ベクター開発などの基盤研究を進めるとともに、臨床的有用性につながる新たな分子標的を探索する。また、粒子線治療の臨床的有効性を評価するとともに、強度変調放射線治療、定位放射線照射療法、密封小線源治療などの新しい照射技術についても適応拡大を目指す研究を進める。緩和医療に関しては、疼痛、全身倦怠感、呼吸困難、胸腹水などの管理のための新技術開発に努め、同時に、全人的医療を実現するための患者支援技術についても研究を進める。

  1 新しいがん手術療法に関する研究
 外科的療法による治療効果を客観的に評価できる体系を確立する。膵がんやスキルス胃がんをはじめとする難治がんを対象に、早期発見の技術や薬物・放射線治療などを駆使し、より優れた治癒率を目指した治療法を開発する。また、ロボット外科を含む新たな手術法について、科学的な臨床試験を実施し、臨床的有用性を確認するための支援体制を構築する。

  2 がんの機能温存・機能再建手術に関する研究
 手術後の後遺症を無くし患者のQ.O.L.向上を図るため、手術の対象となる臓器の機能を温存しうる手術法の開発に努めるとともに、人工膀胱、人工肛門など、失われた機能を再建する手術についても研究を進める。さらに、再生医学、臓器移植技術のがん医療への臨床応用を追求する。

  3 がん治療への内視鏡技術の応用に関する研究
 低侵襲性でQ.O.L.の維持においても優れている内視鏡手術あるいは胸腔鏡・腹腔鏡手術については、適応の拡大、安全性の改善を目指し、新しい機器や欠損組織補填のための人工素材の開発を推進する。

  4 がんの分子標的治療薬の開発に関する研究
 新たに解明された細胞がん化のメカニズムに基づき、臨床的に有用な分子標的治療薬の開発を進める。また、個々の患者のがんの細胞学的特性やSNPsに基づく体質情報を得た上で、最適な治療薬を選択し、体系だった治療を実施する集学的がん診療体系を確立する。

  5 がんの免疫・遺伝子・細胞療法に関する研究
 固形がんに対する新しい免疫療法としての単クローン抗体(モノクロナール抗体)治療、がんワクチン療法、細胞免疫療法などの有効性評価に関わる研究を推進する。細胞療法については、再生医療の一分野として、新たな展開を図る。がんの遺伝子治療については、今後、ベクター開発などの基盤研究を進めるとともに、臨床的有用性につながる新たな標的を探索していく。

  6 新しいがん放射線治療に関する研究
 重粒子線あるいは陽子線治療については、荷電粒子線の線量分布特性を生かした最大の放射線治療効果を発揮するための研究、及び治療の普及に向けた治療装置の小型化等の研究を進めるとともに、高LET放射線の難治がんに対する臨床的有効性の評価を行う。強度変調放射線治療、定位放射線照射療法、密封小線源治療については適応拡大を目指す研究を進め、放射線治療の精度管理や放射線感受性の予知技術に関する研究を推進する。

  7 がんの緩和医療に関する研究
 疼痛管理については、より副作用の少ない治療法、あるいは新たな治療薬の開発を推進する。また、全身倦怠感、呼吸困難、胸腹水などの管理のための新技術を研究する。同時に、全人的医療を実現するため、精神腫瘍学、緩和ケア看護学などの患者支援技術についても研究を進める。

VI. がんの実態把握と、がん情報・診療技術の発信・普及

 がんに対して社会全体で取り組んでいくためには、がんの罹患・予後に関する正確な実態把握が不可欠である。その基盤として、信頼性の高いがん患者データベースの構築・整備を推進する。また、全国でがん診療に携わる医療従事者に対して最新のがん診療に関する情報提供を進めると同時に、一般国民、患者及びその家族に対しても、様々な情報を公開する。これにより、医療従事者と患者、家族が十分な情報に基づき、合意の下で診療方針の意思決定ができる情報面での支援を行い、がん診療の有効性、倫理性、そしてQ.O.L.を向上させてゆく。また、がん生存者やその家族の不安や悩みを分析し、それを改善させるための手立てを開発していく。

  1 がんの罹患と予後についての実態把握に関する研究
 地域別のがん罹患は地域がん登録によって把握され、それに基づいて全国推計が実施されている。地域がん登録の制度面・技術面での改善が重点的な研究課題である。日本全国のがん患者の生存率の把握は一層遅れており、現時点ではごく少数の地域がん登録による調査、学会等による自主的な調査等に限られており、わが国のがん診療の方向性を示せるような品質の高いがん生存率情報を得ることが緊急の課題となっている。このような問題点の解決策として、罹患率と生存率の全国推計を中心課題にすえた地域がん登録の再構築、がんセンター、がん拠点病院等の主要がん診療施設における生存率の詳細な分析が必須である。

  2 がん患者データベースの構築に関する研究
 全国の医療機関において、がん患者がどのような診療を受け、どの程度の治療成績が上げられているかを知ることは全国レベルのがん対策の推進にとって必須の情報である。現状では、各医療施設における院内がん登録の整備も進んでおらず、院内がん登録を実施している場合でもその内容は施設によって異なっており、データの相互比較やデータ統合による全国推計等は不可能である。このような現状を踏まえて、全国の主要がん診療機関における院内がん登録の品質の向上を目指した研究が強く求められている。データの書式(フォーマット)の統一をはじめ必要な標準化を進め、各医療機関における治療成績の相互比較を可能とし、全国の医療機関のデータを統合することによって全国推計を可能とする。

  3 がん診療のための医療情報提供システムに関する研究
 がん診療施設における情報基盤の整備は着実に進んでいる。今後さらに推進すべき点として、第一に、電子カルテの導入によってがん患者の診療に関する情報の品質を高め、様々な診療活動に活用し、さらには診療活動の成果の評価にも活用すること、第二に、がん診療の様々な場面で医療従事者が必要とする最新のがん情報を診療の現場において効率よく活用することができるように医療情報を提供することであると考えられる。遠隔医療(テレメディシン)を含むこのようなシステムの開発は、がん診療施設における情報基盤の整備をさらに進め、全国の医療機関において、最新かつ最善のがん診療を受けられる環境の整備に大いに貢献すると期待される。

  4 国民向けがん情報提供システムに関する研究
 がん診療における治療方針の決定は、医師中心の時代から、患者・家族が医師を始め多くの情報源から十分な情報を得て、医師との相談を通じて意思決定を行う患者中心の意思決定に急速に変化しつつある。このような状況の中で患者・家族は、医師から提供される情報のみならず、各自の疾患に関する情報を様々な情報源から得る必要があるが、現状では、そのような情報源は極めて限られており、必ずしも十分な情報が提供されているとはいえない。一方、インターネット等による情報提供システムは急速に進歩しており、そのような最新の情報技術を活用することにより、一般国民、患者・家族向けの情報提供は効率面、効果の面でも大きな改善が期待できる。

  5 がん患者、家族のための支援技術の開発に関する研究
 高齢化によるがん患者数の増加と、積極的ながんの告知、インフォームド・コンセントの実施に伴い、がんに向き合って悩み、闘う人々が著しく増えている。現状のがん医療においては、我が国の医療制度の制約や情報不足により、がんの治療を受けた患者や家族に対する十分な支援がなされているとは言い難い。全人的がん医療の実現に向けて、医師一人ひとりの実践意識の昂揚や生涯教育の施策が重要である。現在で276万人、2015年には500万人を超えることが予想されるがん生存者やその家族に学び、どのような悩みを持ち、またいかにして乗り越えてきたかを、患者の視点に立って分析することが必要である。この研究の成果として、限られた医療資源の中で効率的にがん生存者やその家族を支援するためのツールを開発する研究が期待される。

VII. 支援事業

 がん克服を目指す研究がより一層推進されるためには、種々の支援事業の充実が必須である。まず、基礎研究の成果を臨床の場に導入するための橋渡し研究としてのトランスレーショナルリサーチの促進を図るため、腫瘍やがん患者のDNAを数万人レベルで集積できるようなバイオリソースセンター等の機能の強化を図るとともに、産官学連携のより一層の強化のための体制の整備が必要である。がんの実態を正確に把握するためのがん登録事業、大規模かつ長期の疫学研究の実施を可能とする支援体制の整備も必須である。また、臨床試験の登録、審査等の実施の拠点となるセンター機能の充実も極めて重要である。全国のがんの医療に携わる専門家への最新のがん診療技術の普及と、一般国民に対するがんについての正確な知識や最新情報を提供することを目指したネットワークを整備する。加えて、若手研究者および研究支援者の育成事業、およびがん医療従事者の国際交流および国際共同研究支援事業を推進し、がん克服の研究進展をはかる。

  1 トランスレーショナル・リサーチ、臨床研究促進のための研究体制の整備
 がん患者はますます増加し、その約半数は現行の治療法によっては満足な治療が得られていないのが現状である。しかし、近年のゲノム科学や再生医学の進展に基づく基礎医科学研究は、がんの生物学的な本態解明に止まらず、がんの診断・治療・予防にも直結する多くのシーズ(種)を生みつつある。これらの成果をがん患者のより的確な診断法の確立、個々人の病気に適した創薬や治療法の開発、更にがんの再発・発症予防に一日も早く還元することは国民的要望である。本課題を実現するには、がん患者のためのトランスレーショナル・リサーチ(科学的に実証された非臨床における研究成果をヒトに適応する目的で研究的医療を適正に行う研究、TR)を本邦において促進することが必須である。本邦ではTRを実施するための医療社会体制は整っておらず、以下の支援体制を早急に整備し、患者、医療従事者、社会の理解をえて実施されることが肝要である。
(1)TRは、国際的視野に立ち、産・(省庁を超えた)官・学の共同による包括的戦略としての審議に基づき推進する。具体的には、科学的・倫理的に妥当性のある研究者主導の研究を認知し、患者のための先進・先端医療を推進する。国策としての新規産業創生の一環としてTRを捉え、産・官・学連携による特許制度を生かした知的財産権の保護のもと、ベンチャー企業の育成、TLO(技術移転機関)の機能の充実などを支援する。
(2)TRの推進に必要なセンター機能、ネットワーク機能を整備する。当該機能においては、TRの登録、審査、実施、科学性・倫理性の公開、共同研究や受託研究の調整、啓発活動などを行う。
(3)臨床治験の推進のための治験センターの設置や治験ネットワークの構築を推進する。医師主導の治験についても積極的に推進する。治験ネットワークは世界的・全国的共同研究を視野にいれて構築すると共に、第三者による科学性・倫理的妥当性の評価を受け施行する。
(4)TRを推進する専門員を育成する。臨床腫瘍医、医学統計学専門員、臨床研究コーディネーター(CRC)、リサーチナースなどを育成する。
(5)TR実施施設の組織、設備の充実を図る。TR実施施設は先進・先端治療を施行し、新GCP基準の治療剤などを使用するに必要な組織・設備をリスクマネージメントの観点からも整備する。
(6)産官学の緊密な連携を促進する制度を確立する。

  2 がん登録事業等、疫学研究の基盤整備
 がんの罹患と予後について、実態と動向を正確かつ継続的に把握するため、地域がん登録事業等の疫学研究の基盤となる体制の整備を図る。また、発がん要因の解明や有効な予防法開発のために必須である大規模・多施設・長期の疫学・予防研究を実施可能にする研究支援基盤(生物統計研究者、研究支援者、研究費など)の充実を図る。そして、欧米諸国と比べて相対的に劣っている日本を含むアジア諸国の疫学・予防研究を推進するために、疫学・生物統計学専門家の必要性について社会的により良く認知してもらう努力と同時に、専門家を育成するための国際的な公衆衛生学教育を実施する。その結果、実態に即した、臨床・公衆衛生の場においてエビデンス(科学的証拠)に基づいた、真に日本人にとって有効ながん対策を進めることが可能になる。

  3 国レベルのバイオリソース、データベース機能の充実
 ゲノム研究やたんぱく質科学研究が急速に進展している状況を踏まえ、国家レベルでの広域的なバイオリソースに関するセンター的機能を充実することが不可欠である。質のよい臨床病理情報(臨床病理学的診断、抗がん剤に対する反応性や副作用情報など)の付随した、腫瘍やがん患者DNAを数万人レベルで集積する。また、臨床経過や予後調査なども継続して行うことのできる体制が必要である。また、これらの情報を有効に活用して、SNP、発現情報、たんぱく質情報などのデータ解析を行い、これらをデータベース化するための重点的支援を行う。

  4 がんの予防・検診センターの設置を含む予防・診断技術の確立と、その全国への普及
 がんに対する疾病対策としての基本は予防であり、次いで早期発見・早期治療である。したがって、以下に示す、禁煙活動をはじめとした予防事業への支援、および、標準的検診方式・標準的診療技術の確立と普及のための事業への支援が重要である。
(1)予防と検診に関する市民公開講座の開催
(2)実地医師の基幹病院での研修
(3)基幹病院指導医による市中病院に対するがん医療技術等の普及
(4)予防・検診技術の開発研究や、検診・診療データの集積と解析を行い、情報を発信するセンターの開設

  5 国民へのがんに対する的確な知識と最新情報の提供
 がん予防にとって生活習慣の重要性が指摘されているが、国民一人一人が最善のがん予防を実践してゆくには、最新の科学的証拠を中心に、正確な知識・情報を提供し、意思決定を支援することが重要である。また、がん患者に最善の治療を提供するのが医療機関の責務であるが、そのためにはがん患者ががん診療に関する十分な知識を持ち、医師との話し合いを通じて治療法を選択することが求められており、そのためには患者一人一人にがん診療に関する適切な知識・情報を提供して意思決定を支援することが重要である。情報通信基盤の整備が急速に進む中で、このような情報提供をインターネット等を通じて効率よく実現できる可能性が高まっており、国民向けの情報提供の内容と仕組みの両面について基盤を整備して支援事業を推進することが21世紀のがん対策の極めて重要な課題である。

  6 産官学連携の強化のための体制整備と産官学協力の推進
 がんの基礎研究から得られた成果を速やかに臨床の現場へ移し、応用の成果を挙げるには、産官学連携は極めて重要である。この点について我が国は欧米に比べ大幅に遅れており、抜本的な改革と体制の整備が必要である。その基本としては、独立行政法人化される大学組織のみならず、国立研究機関においてもできるだけ産官学連携の強化を妨げる要因を減らす方向で検討するようにし、大学・研究機関と企業との間のコミュニケーションを容易にする必要がある。また、一定の制限は残しつつも研究者のベンチャー企業や企業への参加(兼業)を大幅に認めること、知的財産権を適切に確保すること、その利用を速やかに行える体制を整備する必要がある。知的財産権を国や独立行政法人に帰属させる場合には、個人に帰属させる場合に比べて企業化が困難にならないよう、企業との連携の自由度を確保するとともに、主任研究者(Primary Investigator)のアイディアと努力に対する正当な対価を還元する体制を確立して、研究者の意欲を損なうことのないシステムを作り上げる必要がある。また、ベンチャー企業育成のために、優れた若手研究者の人材を確保し、支援体制を確立して意欲的な研究開発を促進することが重要である。

  7 若手研究者ならびに研究支援者の育成と人事交流の促進
 欧米の博士研究員(ポストドクトラルフェロー)に相当するリサーチレジデント制度による若手研究者の育成事業は、極めて有効に機能し、がん研究の推進に大きな役割を果たしてきた。また、がん研究の中核となる人材の育成にも有用な制度であった。今後も本事業を更に発展、向上させていくことが、我が国のがん研究を推進していく上で極めて重要であると考えられる。具体的には採用者の資格、待遇、採用期間等の見直し、更には国内のみならず海外への出張、情報交換も積極的に支援することが必要である。また、研究者、リサーチレジデントに協力して、がん研究を行う研究支援者の事業を活用することにより、研究事業全体の推進を一層図ることが可能となる。

  8 国際協力、国際交流の充実 -国際協力をもとに国際貢献へ-
 がんは人類共通の敵であり、国際的な視野とがんの多様性を考えると、幅広い国際協力や共同研究を踏まえて具体的に国際貢献することが重要である。そのためには、研究者の相互交流、がんのゲノム研究に代表される国際比較、総合的ながん診断レファレンスセンターなどの事業を積極的に推進することが大切である。この場合、わが国の地理的及び国際的立場から、欧米諸国に加えて、アジア・太平洋諸国等とのより幅広い国際協力や共同研究も目指す必要がある。ところで、これまで我が国のがん研究には、極めて貢献度の大きい優れた研究成果、独創的な研究が多くある。また今後、産学連携の推進とともに、ヒトゲノム、医用マイクロマシーンに代表されるナノメディシンの研究と応用などが期待される。さらに世界の情報ネットワーク化の時代において、これまでの我が国のがん研究の成果および新たに得られた成果は、世界に向けて積極的に発信することが重要である。

  9 がん研究の推進における中核拠点機能の強化による、研究・運営の効率化と充実
 これらの各種支援事業を統一的に推進させるため、中核的拠点機能をより強化するとともに、がん研究体制の運営事務・研究支援・国際交流などの情報集積・発信拠点、モデル動物・遺伝子操作技術開発支援機能のより一層の充実を図る。


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