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広報誌「厚生労働」

ニッポンの仕事、再発見!

《彫金工》

プラチナ、金、銀、銅、真鍮、鉄、アルミ、錫などの金属を彫ったり削ったりして、装飾品や仏具・家具の飾り金具などの制作を行う。地金を溶かすところから取り組んでいる工芸家もいる。

すずを時代が求めるデザインに加工 煎茶道の道具に新風をもたらす

松下 靖夫
まつした・やすお

1943年、初代錫師・松下喜山の三男として東京に生まれる。66年、明治大学工学部卒業。98年、父喜山に錫工芸を師事。92〜2010年、日本煎茶工芸展文部科学大臣賞など7回受賞。1996年、二代目松下喜山を襲名。2016年、「現代の名工」に選定される。 (錫工芸 住所:埼玉県川口市幸町3-6-11)

抹茶道はほとんどの人が知っていますが、煎茶道を知っている人は少ないのではないでしょうか。松下靖夫さんは彫金工のなかでも、煎茶道で使用する錫の道具を長年にわたってつくり続けている数少ない錫師の一人です。錫の魅力を、煎茶道のおもしろさも含めてお伺いしました。

錫の特徴を知る錫師だからこそ新たな挑戦ができる

 彫金とは、さまざまな金属を使ってアクセサリーや小物などをつくることですが、松下靖夫さんが専門にしているのは錫です。錫の地金を溶かすところから加工まで一連の作業に取り組んでおり、トータルに錫を扱うために「錫師」と名乗っています。父親の代には、皿や水差しなどの工芸的な錫製品をつくっていました。しかし、錫は手間がかかるうえ比較的安価なため、メイン製品は企業から依頼される記念品や銀杯などでした。父親や兄の仕事を手伝っているうちに煎茶道に惹かれるようになり、工芸家として錫製品を制作していきたいという気持ちが高まり、独立。その後、20年前に父親である初代喜山の名を襲名し、松下喜山となりました。
「茶道はお抹茶がメジャーですが、煎茶道もあるんですよ。煎茶道では錫製品を大切にしており、主に茶入れや茶托は錫製品を使います。煎茶を飲むことは中国では古くから行われていましたが、煎茶道として日本で始まったのは江戸時代のこと。歴史的にも抹茶道に比べて新しいんです」
 煎茶道にも流派があり、全日本煎茶道連盟の加盟流派だけで40近くありますが、その人口は抹茶道に比べて圧倒的に少ないとか。そのぶん道具の需要も少ないため、苦労を重ねながら、50年近く煎茶道の道具制作に打ち込んできました。
「錫は軟らかいので、最初にろくろ成形するときに厚みをうまく加減することが重要ですが、加工しやすく、デザインを工夫できるおもしろさがあります。煎茶道の道具なので、サイズや形はある程度限られていますが、ひとつの型でも細工を施すことによって多様な姿になるんですよ。従来のものにとらわれずに、現代の日本人が求めるものをつくっていきたいですね」
 たとえば煎茶道の場合、茶入れは壺型が一般的ですが、松下さんは四角柱や八角柱もデザインします。また、煎茶道の道具は中国的な模様が多いですが、季節を意識したデザインなど日本的な趣のあるものも制作しています。
 銅や銀は融点が高いのに対し、錫は230度ととても低いのが特徴です。錫を熟知していると、削ったり、肌を活かしたり、叩いて傷つけるなど、いろいろな技法に挑戦できます。
「錫は重みがあるので存在感や安定感もあります。また酸化しにくい性質のため15年たっても変わらない光沢があり、たとえば空気に触れない茶入れの内部は50年たってもきれいですよ。使い込んでいるといい味も出てきます」
 松下さんは、煎茶の道具のデザインから成形、ろくろ加工、溶着、絵付け、漆塗り、彫刻まですべての工程を高いレベルで行う卓越した技術を持ち、錫の特徴を活かして細かな加工を施し芸術性の高い製品を生み出していることが高く評価されています。

遊び心がある煎茶道の魅力を錫の道具とともに広めたい

 煎茶道の魅力をこう話します。
「かつて中国の文人たちは煎茶をたしなみながら、詩を詠んだり絵を描くなどして豊かな時間を過ごしていましたし、煎茶が日本に入ってきた江戸時代も、文人や絵師たちにとって煎茶のお茶会はサロンのような存在でした。煎茶道では、あまりお手前を気にせず、自由で遊び心があり、そこに惹かれますね。煎茶の文化的・歴史的背景を探っていくおもしろさもあります」
 茶道というと堅苦しいイメージがありますが、煎茶道は現代でも、煎茶を楽しみながら絵を描いたり、俳句や短歌の会をしたりするなど遊び心を大切にしています。作法を知らない人でも気軽に茶会に参加できるようになっています。
 錫を専門に扱う錫師は数えるほどしかおらず、松下さんには後継者がいません。また、煎茶道界は高齢化しており、若い人が少ないのが現状です。松下さんは、煎茶道や錫の道具を多くの方に知ってもらうため、カルチャースクールで錫工芸の指導したり、工芸家仲間とグループ展などをして普及に努めています。
「煎茶道人口が減っているうえ、錫の道具を扱う店も少ないので、このままでは錫の道具は廃れてしまいます。その魅力を知ってもらうことにより力を注いでいきたいですね」

松下 靖夫さん

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