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広報誌「厚生労働」

ニッポンの仕事、再発見!

表具師

 掛け軸や襖、屏風などを仕立てる職人。新しく制作するだけでなく、歴史ある文化財等を修復するなど仕事は多岐にわたる。優れた技能はもちろん、和紙や美術品などに関する確かな知識も求められる。

襖や屏風、障壁画などの日本文化を表具手法を駆使して後世に残す

田中正武
たなか・まさたけ
1942年、東京生まれ。59年、高校卒業と同時に父親に弟子入りし表具師の道へ。180年に及ぶ江戸表具師の家系の9代目に当たる。64年に有限会社田中表具店、88年に有限会社アイデイ・タナカと社名を変更。昨年、「現代の名工」に選定される。

 古くから日本人の暮らしとともにあった襖や屏風、障子など“和のしつらえ”。
 それらの製作・修復を、時代を超えて担ってきたのが表具師です。
 生活様式が大きく変わり、技の継承が危機に瀕している今、田中正武さんは、180年という歴史ある表具師家系の9代目として、誇りを持って伝統を守り続けています。

豊かな知識・眼職と卓越した技能で 長持ちする丁寧な仕事に邁進

 表具師という職業が日本の歴史に登場するのは奈良時代のこと。仏教の伝来により、布教を目的に経典を巻物にする仕事をしたのが表具師の始まりです。その後、公家社会から武家社会へと移り変わり、日本独自の文化様式が成熟しました。それに伴い、表具師の仕事の対象も掛け軸や襖、屏風、障壁画など大きく広がっていったのです。
 田中正武さんは、180年守り続けてきた田中家の9代目に当たります。
 「表具師は、襖や屏風などを新しく仕立てるだけでなく、重要文化財や国宝などの修復を行うのも重要な仕事です。修復に関しては日々苦労の連続です。はるか数百年前の美術品のように、初めて目にするものは、いくらでもありますからね。見る目を養うために研究しなければいけないし、美術館にも頻繁に出かけます」
 新しい仕立てと修復のどちらもできるようになって、初めて一人前。それには、少なくとも10年はかかるといいます。特に修復は、豊かな知識と卓越した技能が必要とされます。表具の基本は和紙。田中さんは、全国各地で生産されている和紙に関して深い造詣があるため、修復対象物を見れば、和紙の産地まで見極めることができる目を持っています。
「修復の場合は、たとえば美濃の和紙を使っていれば美濃の和紙職人に発注します。現代の画家の作品を表装する際は、作品に合った和紙を選んだり、時には作者と相談して特注します。掛け軸の場合などは、作品を引き立てる裂地を選び、作品との調和を図ることも大切ですね。歴史ある作品も、新しく手がける作品も、この先50年は修復が必要ない状態を維持できる丁寧な仕事をすることを心がけています」
 表具には大きく本家の京表具と江戸表具があります。京表具は公家文化から始まっているため、きらびやかで雅な趣を、江戸表具は武家社会が求める落ち着きある粋な趣を重視しています。その潮流は脈々と現代まで受け継がれており、田中さんは江戸表具を継承する表具師です。

現代の生活様式に合った作品を 制作しなければ生き残れない

 表具師が手がけた作品は、後世まで残ります。田中さんは、そこに表具師としての誇りと喜びがあるといいます。
 「文化的価値のある掛け軸や障壁画、現代の著名な画家の作品は永久に残ります。これは、表具師冥利に尽きますね。
しかし、表具師は激減しているのが現状で、東京表具経師内装文化協会に所属している表具師は現在207名。15〜20年前は約1000名いたので、 約5分の1に減っています。このままでは表具の歴史が途絶えてしまうと、とても危惧しているんですよ」
 表具師田中家は11代目まで継承者がいるため、しばらくは伝統を絶やす心配はありませんが、田中さんは業界全体の発展を視野に入れて後進の育成に熱心に取り組んでいます。若手の表具師を指導するだけでなく、美術大学で文化財の修復を学んでいる学生にも自身の知識と技術を継承する場を提供することに努めています。また、業界が危機的な状況にある今、表具師一人ひとりが培ってきた技能を個人で囲い込むのではなく表具師同士で情報交換することも精力的に行っています。
  「表具師が激減している背景には、一人前になるためには時間がかかるということもありますが、最も大きな要因は日本人の生活様式が変化したことだと思います。住まいから和室が消えれば、障子や襖、床の間は必要とされません。そのため、表具師から内装業への転向が多くなってしまったんです。表具師は和紙を扱うプロですから、クロス張り職人ではできない和紙の壁貼りなどで評価が高い。需要があるから、転向に拍車がかかるわけですよ」
田中さんは、現代の表具師は伝統を守る一方で、新しい作品を生み出さなければならないと考えています。
「表具を存続させるためには、インテリアになるモダンで小ぶりな屏風や和紙製の宝石箱など、現代の生活様式に合う作品を制作する必要があります。現代アートとのコラボレーションなど、新しい発想で仕事に取り組んでいきたいと思っています」

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