本報告書の構成 本研究会において行われた調査、ヒアリング等(II、III、IV)およびこれを踏まえて行われた意見交換に基づき、V、VIのとおり今後の方向性をとりまとめた。 |
I | はじめに | ||||||
II | 精神障害者の雇用を取り巻く状況
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III | 在職精神障害者の実態
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IV | 専門家、関係者からのヒアリング
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V | 雇用支援策の現状と今後のあり方
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VI | 精神障害者に対する雇用率制度の適用について
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VII | おわりに |
I | はじめに 近年、医療、福祉の進展等により精神障害者の社会参加が進み、精神障害者の就業意欲は一層高まりをみせている。 また、経済・産業構造が転換期を迎え、労働者の就業意識の変化、働き方の多様化等がみられる中で、仕事、職業生活に対する強い不安、悩み、ストレスを訴える労働者や精神疾患の外来患者数が増加してきており、企業に採用されてから精神障害を有するようになった者の雇用の継続も課題となっている。 精神障害者の雇用の促進については、障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「障害者雇用促進法」という。)等に基づいて各般の施策が講じられてきており、平成14年の同法の改正では、身体障害者、知的障害者と並んで精神障害者についても法律上定義されるにいたった。 精神障害者の雇用支援策の整備が着実に進む一方で、精神障害者を雇用義務制度の対象とすることが、上記法律改正にいたるまでの検討過程や国会審議に当たって、残された課題として指摘されており、雇用支援策の展開を図り、当事者を含む関係者の理解を十分得るとともに、採用後に精神障害を有するようになった者を含む精神障害者の実態把握、人権に配慮した把握・確認方法の確立等制度適用に必要な準備を講じることが求められた。 本研究会は、これらの課題について、精神障害者の特性を踏まえた雇用支援策のあり方も含め、調査、検討を重ねてきたが、このたびその結果をとりまとめたので報告する。 |
II | 精神障害者の雇用を取り巻く状況 |
1 | 精神障害者の雇用支援策の推移 精神障害者の雇用支援策については、昭和60年代に職業リハビリテーションサービスの対象とされて以来、順次、障害者雇用促進法等に基づく施策の適用が拡大されてきている。 平成4年には障害者雇用納付金制度に基づく助成金や特定求職者雇用開発助成金の支給対象とされたほか、公共職業訓練の受講指示の対象とされることとなった。また、地域障害者職業センターでは職域開発援助事業が開始された。 平成9年の障害者雇用促進法改正では、精神障害者保健福祉手帳制度が創設されたことを踏まえ、統合失調症(精神分裂病)、そううつ病(気分障害)、てんかん以外の者についても、手帳を所持しており、症状が安定し、就労が可能な状態にある者であれば、適応訓練や各種助成金制度の対象とされることとなり、それまでの精神障害回復者等という呼称も精神障害者に改められた。また、最初から長時間働くことが困難な者が多いという精神障害者の特性を踏まえ、障害者雇用納付金に基づく各種助成金が短時間労働の精神障害者にも支給されることとなるなど、多くの改正が行われた。 平成9年の改正以降も、ハローワークの職員が医療機関等に出向き、就職を希望する精神障害者に就職ガイダンスを行う事業(医療機関と連携した精神障害者のジョブガイダンス事業/平成11年)や地域障害者職業センターが地域の雇用支援ネットワークを活用して実施する精神障害者自立支援事業(平成11年)が実施に移され、精神障害者の職業リハビリテーションサービスは着実に整備がなされてきている。 前回、平成14年の障害者雇用促進法の改正では、精神障害者についても、身体障害者、知的障害者と並んで同法上にその定義が規定された。また、障害者の就業支援に実績のある社会福祉法人や公益法人、NPO法人等を指定して雇用、福祉、教育等の関係機関と連携しながら、障害者の就業およびそれに伴う生活に関する指導助言を行い、職業準備訓練のあっせんを行う障害者就業・生活支援センター事業や障害者の職場での適応を容易にするため、地域障害者職業センターが職場に職場適応援助者(ジョブコーチ)を派遣してきめ細かな支援を行う職場適応援助事業も法律上位置付けられ、精神障害者の特性を踏まえた支援が展開されるにいたっている。 |
2 | 精神障害者の雇用状況 精神障害者の就業ニーズは年々高まりをみせている。 精神障害者の有効求職者数は、精神障害者について統計をとりはじめた平成6年度には2,884人であったが平成14年度には12,553人に増加しており、障害者の有効求職者数全体に占める割合も3.6%から7.5%に増加している。 就職件数は、平成6年度には1,004人であったが、平成14年度には1,890人に増加しており、障害者の就職件数に占める割合も3.5%から6.0%に増加している。 従業員規模5人以上の事業所を対象にした障害者雇用実態調査を5年に1度実施しているが、それによると雇用される精神障害者の数は平成5年に2万3千人であったが、平成10年には5万1千人に増加している。 このように、精神障害者の有効求職者数、就職件数、雇用障害者数ともに年々増えつづけており、精神障害者の就業ニーズの高まりと働く精神障害者の増加の傾向がはっきりと現れている。 |
3 | 関連施策と今後の動向 精神障害者の就業ニーズの高まりの背景には、保健医療、福祉等の分野における施策の進展があり、これら施策の動向は、今後の障害者雇用の将来を見通す上でも重要である。 平成14年12月に策定された障害者基本計画では、「精神障害者ができる限り地域で生活できるようにするため、居宅生活支援事業の普及を図るとともに、ケアマネジメントの手法の活用の推進を検討する。特に、条件が整えば退院可能とされる者の退院・社会復帰を目指すため、必要なサービスを整備する。」としている。 この基本計画に基づき策定された重点実施5か年計画(新障害者プラン)では、「条件が整えば退院可能とされる約72,000人の入院患者について10年のうちに退院・社会復帰を目指す。」とし、精神障害者地域生活支援センターやホームヘルパー、グループホームなどの在宅サービス、生活訓練施設、通所授産施設といった施設サービスの整備目標を掲げている。 精神障害者の雇用状況は2のとおり、年々、有効求職者数、就職件数、雇用障害者数ともに増えつづけているが、こうした保健医療、福祉施策の施策の動向を踏まえると、今後とも、精神障害者の就業ニーズはますます高まることが予想される。 |
III | 在職精神障害者の実態 |
1 | 問題の所在 精神障害者は就職後も医療との関係が継続するとともに、その雇用の安定を図るためには、生活面の指導も重要であることから、職業リハビリテーション機関のみならず、医療・保健や福祉機関等も含めた関係機関の総合的な支援が必要となる。 また、先述の障害者雇用実態調査(平成10年)によると雇用障害者数5万1千人のうち、1万3千人は採用後に精神障害者を有するようになった者(以下「採用後精神障害者」という。)であり、これらのケースは当初から精神障害者であることを前提として雇用関係に入ったわけではないだけに、雇用管理に当たる企業側に相応の負担感が存することは想像に難くない。 このような精神障害者の特性、雇用状況に鑑みると、精神障害者の雇用の促進を図るための環境整備として、現に職に就いている精神障害者の実態を把握し、その就労の継続のための支援や雇用管理ノウハウの普及による企業の負担感の軽減を図ることがきわめて重要である。 こうした観点から、本研究会においては、在職精神障害者の問題を主要な検討課題とし、企業に対するアンケート調査やヒアリング等を実施すること等により、その実態把握を試みた。 |
2 | 企業に対するアンケート調査
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3 | 企業に対するヒアリング調査
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IV | 専門家、関係者からのヒアリング 本研究会においては、就労場面における精神障害の特性および適切な対応のあり方について医療関係者、就労支援関係者、当事者、家族団体関係者等からヒアリングを行った。 すなわち、統合失調症(精神分裂病)、そううつ病(気分障害)、てんかんについて、それぞれの疾患の症状等を踏まえ、障害特性と就労の問題、就労支援の課題等にいてのヒアリングを行い、以下のような知見を得た。 |
1 | 疾患の特性と就労(医療関係者からのヒアリング)
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2 | 雇用支援の課題
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3 | 当事者、家族等の見解
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V | 雇用支援策の現状と今後のあり方 |
1 | 最近の取組み状況 雇用支援策の推移については、IIの1において述べたとおりであり、年々、その充実が図られてきている。平成14年の法改正前後において、創設あるいは整備がなされた事業等についての取組み状況は以下のとおりである。
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2 | 今後の雇用支援策のあり方
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VI | 精神障害者に対する雇用率制度の適用について |
1 | 雇用率適用のあり方 雇用義務制度は、障害ゆえに職業生活上の制約を有する障害者の雇用は事業主の社会的責任であるという考え方から成り立っており、精神障害者についても障害者雇用促進法上に定義されたこともあり、将来的には、これを雇用義務制度の対象とすることが考えられる。 しかしながら、現段階では、精神障害者について事業主の社会的責任を果たすための前提として、精神障害者の雇用を取り巻く環境をさらに改善していく必要があると考えられ、雇用義務制度の導入に際しても、本格的な実施の前にまずは、何らかの形で雇用を奨励し、精神障害者を雇用している企業の努力に報いるような形をとることが適当である。 すなわち、現在の雇用率制度では、精神障害者を雇用していても実雇用率に算定されないが、これを算定することとするとともに、納付金制度の取扱いも身体障害者、知的障害者と同様の取扱いにすることにより、採用後精神障害者を含め、精神障害者を雇用している事業主の努力を評価する形とする必要がある。 なお、制度の改正後は、その施行状況を継続的に把握しながら、適正な運用を図るとともに、制度改正の成果を明らかにしていく必要がある。 |
2 | 雇用率適用に当たっての対象者の把握・確認方法 精神障害者を実雇用率に算定するに当たっての対象者の把握・確認方法は、精神障害の特性を踏まえたものである必要がある。すなわち、疾病横断的に行われるべきであることはもちろん、症状の変化によって障害程度が固定されないことから、障害の継続について慎重な確認手段が求められる。 また、プライバシーに配慮し、公正かつ一律性を保った判定を行うため、専門家からなる第三者機関によって行われるべきであることや、適用に当たっての実務上の便宜を考えると、精神障害者保健福祉手帳(注。以下「手帳」という。)の所持をもって把握・確認し、実雇用率に算定することが適当である。 なお、本人の意に反した雇用率の適用が行われないよう、プライバシーに配慮した対象者の把握・確認のあり方について、企業にとって参考となるものを示す必要がある。 さらに、手帳所持による雇用率適用に当たっては、手帳への写真の貼付等の様式の見直しを行うとともに、心の健康問題の正しい理解のための普及啓発指針(「こころのバリアフリー宣言 〜精神疾患を正しく理解し、新しい一歩を踏み出すための指針〜」(厚生労働省心の健康問題の正しい理解のための普及啓発検討会))の活用等により、本人、家族や関係者、医療関係者に対し手帳制度と職業リハビリテーションサービスの利用についての周知を図っていく必要がある。 なお、精神障害者職業自立等啓発事業をさらに発展させ、雇用率制度、手帳制度、精神障害者の雇用を支援する各種事業の周知を図る機会として活用するとともに、これまで以上に在職精神障害者、企業関係者に対する普及啓発や当事者どうしの互助的活動の活発化を意識した事業内容としていくことが適当である。 |
3 | 将来展望 当面は1に述べたような精神障害者の実雇用率への算定を行い、また雇用支援策の充実を進める中で、精神障害者の雇用に対する企業の理解と雇用管理ノウハウの普及を図ることにより、身体障害者や知的障害者と同様、雇用義務制度の対象とする必要がある。 |
VII | おわりに 精神障害者に対する施策は、全体として身体障害者、知的障害者のそれに追い付く形で進展が図られてきており、障害者雇用の分野においても、関連施策の着実な実施とともに、年々有効求職者、就職件数が増加してきている。 平成14年末に策定された新障害者プランにおいては、医療、福祉の分野において入院医療中心から地域生活中心へという基本的な方向を踏まえた施策が一層強力に推し進められることとなり、職を求める精神障害者は今後はさらに増加することが見込まれ、精神障害者の社会参加の動きはさらにその速度を早めることは必至である。 また、企業に雇用されている精神障害者となった者に対する適切な対応を進めることは本人の職業生活はもとより、企業の損失の拡大を回避し、労働力の有効活用を図る点からも重要であると考えられる。 実雇用率への算定は、企業が直面する在職精神障害者、特に採用後精神障害者の雇用管理上の問題の解決に対する一助となるとともに、精神障害者の新規雇用の促進に資するものと考える。企業が障害者の雇用に関する理解を深め、雇用管理のノウハウの蓄積を図るためには、社会的責任や法的な義務といったもの以前に、自発的に障害者雇用を推し進める機運の醸成が重要となる。さらに、知的障害者の雇用の場合にみられるような、企業間ないしは就労支援関係者等を交えた形での意見、情報交換がきわめて有効であるが、精神障害者の場合も雇用率制度上の手当てを契機にそうした機運が生じることを期待したい。 また、良質なサービスが各地にあまねくいきわたるよう、ハローワークや地域障害者職業センターをはじめとする職業リハビリテーションに関する資源、障害者職業カウンセラー等の人材がさらに整備され、これらが、地域の関係機関とも密接な連携を図る中で精神障害者の支援、特に在職精神障害者支援に当たって積極的な役割を果たすとともに、企業等における関係スタッフの育成、研修等にも効果的に活用されることも求められる。 精神障害者に対する無理解や誤解を解消し、だれもが人格と個性を尊重して互いに支え合いともに暮らしていけるような社会を築き上げるための取組みが、雇用の面でも必要とされている。当事者、家族や就労支援に取り組む関係者の願い、あるいは精神障害者の就労に理解を示し、雇用の場や訓練の機会を提供している企業、精神障害者社会適応訓練の協力事業所(職親)の社会的貢献の重みを制度としてくみとることが、今求められている。 精神障害者の雇用問題は、障害者雇用における残された課題の一つであるとともに、企業の抱える雇用管理全般における今日的な問題の一つでもあると考えられる。本研究会の報告が、こうした問題の解決に向けての処方として着実に実施に移されることを期待する次第である。 |