Ministry of Health, Labour and Welfare

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SARS

重症急性呼吸器症候群(SARS)関連情報

(参考2)

RT-PCR法によるSARSコロナウイルス遺伝子の検出

国立感染症研究所ウイルス第三部第1室

はじめに

現在WHO webサイト(http://www.who.int/csr/sars/primers/en/)には、RT-PCR法でSARS-コロナウイルスのポリメラーゼ遺伝子を検出するための7種類のプライマーセットが公表されている。これらは、特異性は高いものの感度が鈍いという欠点があり、このため使用するプライマーセットによっては偽陰性による見落としの可能性がある。感染研においても、これらプライマーを用いて至適条件を検討しているが、陽性の臨床検体が限られていることから、現在のところ臨床材料から高感度にウイルス遺伝子を検出できる条件を決定するには至っていない。しかしながら、今回各地方衛生研究所等でSARS-コロナウイルスの遺伝子検出試験が実施されるに際して、不完全ではあるが感染研で行っているRT-PCR法について解説し、参考として供することとした。
 PCRの感度は使用する酵素のメーカーやPCRチューブの材質、サーマルサイクラーの機種によっても大きく影響を受けることが知られている。現在まで感染研が行った検討においてはSAR1s/asのプライマーセットを用いると、比較的高感度にウイルス遺伝子を検出できると考えているが、米国(CDC)、香港、フランクフルト等の研究施設からSARS-コロナウイルスの全塩基配列が報告されていることから、今後さらに検出感度の高いプライマーの設計、RT-PCR条件の改良等を行っていく予定である。
 従って、実施される各地方衛生研究所等の現場担当者の方々からの提案等についても検討をして、共同で検出方法の手順の標準化を行っていきたいので、ご協力をお願い致します。

<原則>
現時点では、ここに示すプライマーを用いたRT-PCR法は、感度、検体の採取日、個人差等で偽陰性となることがあるので、陰性の検査結果はSARSコロナウイルス感染を否定するものではないことに注意していただきたい。


<PCR陽性検体が確認された場合の対応>

1 陽性結果が出た際には、直ちに陽性と判断してはならない。異なる検査施設においてダブルチェックを行うとのWHOの指針に基づいて、最初の臨床検体を感染研に送付し、確認試験を行った上で最終的に判定すること。

2 現時点では、PCR陽性となる病日、検体の種類、個人差などの成績が十分に集積していないので、1検体のみでの判定では信頼性が低い。PCRの結果の解釈に関しては、PCRの結果およびウイルス分離結果を、ペア血清における抗体価の測定結果と比較検討していく必要がある。

3 PCRで陽性例が検出されたときの具体的な対応としては、異なるプライマーセットで再度PCRを行い、予想されるバンドが増幅されるか確認し、さらに塩基配列の決定によりPCR産物を確認する(詳細はマニュアルを参照)。

<RT-PCR法の実際>

1.プライマーについて:

感染研ではWHOから公表されている7種類のプライマーについて、分離ウイルスを陽性対照として種々のPCR条件で検出感度を検討した。それらの中で比較的感度が高かったプライマーは下記の3セットである。

SAR1s:
(sense) CCT CTC TTG TTC TTG CTC GCA
SAR1as :
(antisense) TAT AGT GAG CCG CCA CAC ATG
Fragment length 121 bp

BNIinS:
(sense) GAA GCT ATT CGT CAC GTT CG
BNIAs :
(antisense) CTGTAGAAA ATC CTA GCT GGA G
Fragment length 108 bp

BNIoutS2:
(sense) ATGAAT TAC CAA GTC AAT GGT TAC
BNoutAs :
(antisense) CAT AAC CAG TCG GTA CAG CTA C
Fragment length 189 bp
(Fragment lengthはN.Engl. J. Med. April 10, 2003を引用)

* )BNIinS/As, BNIoutS/Asプライマーセットは、ネストPCR用に開発されたものであるが、実験室内コンタミネーションを極力防ぐために、感染研ではネストPCRを行っていない。

2.上記3種類のプライマーセットでの感度の比較。

SAR1s/as > BNIinS/As > BNIoutAs/S2

3.海外からの臨床検体陽性例のRT-PCR産物の部分塩基配列を決定した例(NIID, Tokyo):

SAR1s/as fragment:
CDCが報告しているSARS-コロナウイルスの塩基配列3098から3158に相当し、その配列は 100 %同一であった。
AAACATAACACTTGCTGTAACTTATCACACCGTTTCTACAGGTTAGCTAACGAGTGTGCGC

BNIoutAs/S2 fragment: BNIinS/As fragment included.
CDCが報告しているSARS-コロナウイルスの塩基配列5988から6127に相当し、その配列は 100 %同一であった。
ATATGTTTATCACCCGCGAAGAAGCTATTCGTCACGTTCGTGCGTGGATTGGCTTTGATGTAGAGGGCTGTCATGCAACTAGAGATGCTGTGGGTACTAACCTACCTCTCCAGCTAGGATTTTCTACAGGTGTTAACTTA

BNIinS/As fragment:
CDCが報告しているSARS-コロナウイルスの塩基配列6027から6074に相当し、その配列は 100 %同一であった。
GTGCGTGGATTGGCTTTGATGTAGAGGGCTGTCATGCAACTAGAGATG

4.感染研で現在行っている検体からのRNA抽出およびRT-PCR法の詳細:

感染研ではSARSの病原体検索をSARS-コロナウイルス同定以前より実施しており、他の病原体検索を可能にするために、逆転写反応(RT)とPCRを独立して行っている。SARS-コロナウイルスのみを対象とするのであれば、1チューブ反応とすることも可能である。

<RNA抽出>
ウイルスRNAの抽出には市販のキット(例えばRNeasy Mini Kit(QIAGEN))を使用し、方法は添付のマニュアルに準拠している。

検体の処理方法について
血清、尿、検体を接種した細胞培養上清等の液体状のサンプルは50?100μlをRLT buffer (β-ME+) 350μlで処理して、それ以降のステップに使用している。その他の主な検体の処理方法は以下の通りである。

喀痰:
50〜100μlをRLTと混合する。20ゲージの注射針をつけた1mlディスポーザブルシリンジで、粘性がなくなるまで混合液を数回出し入れする。夾雑物がある場合は遠心し、上清を使用する。

鼻咽頭拭い液、洗浄液、吸引液:
50〜100μlをRLTと混合する。洗浄液、吸引液に粘性がある場合は喀痰と同様の処理をする。夾雑物がある場合は遠心し、上清を使用する。

便:
適量をRLT bufferに入れ、ペッスルで破砕する。遠心し、その上清を使用する。水様便の場合は、50〜100μlをRLTと混合した後、遠心して上清を使用する。

組織:
適量をRLT bufferに入れ、ペッスルで破砕する。20ゲージの注射針をつけた1mlディスポーザブルシリンジで混合の出し入れを繰り返し、さらに細かく破砕した後、遠心して上清を使用する。

RNAの溶出について
最終的に50μlのRNaseを含まない蒸留水で溶出し、全量を逆転写(RT)反応に使用する。

<逆転写(RT)反応>
市販のキット(現在はReady-to-Go RT-PCR Beads*(Amersham Biosciences))を使用してRT産物を合成している。プライマーは付属のpd(N)6プライマーを0.5μg/μlに希釈して使用する。
 このように精製したRNAからcDNAを合成しておくことによって再検用に使用でき、RNAを保存したものより安定した結果が得られる。

* Ready-to-Go RT-PCR Beads(Amersham Biosciences)はOne-stepでPCRまで行うことのできるキットだが、感染研では試薬調製の手間を省くためこれをRT反応に使用し、RT 産物の一部を次のPCRに使用している。

RNA  50μl
pd(N)6 primer (0.5μg/μl)   1μl
以上をBeadsの入ったチューブに入れる
    ↓
  42℃ 30分
  95℃  5分
    ↓
  5 ulをPCRへ、残りを-80℃で再検用に保存。

<PCR>
市販のキット(PCR Master Mix (Promega))を使用している。

検出に使用しているprimerについて
現時点では以下の3種類のプライマーセットを使用している。

SARS1s - SARS1as(121bp、アニーリング温度:56℃)
BNIoutS2 - BNIoutAs(189bp、アニーリング温度:50℃)
BNIinS - BNIinAs(108bp、アニーリング温度:50℃)

 ・SARS1s - SARS1asで最初のスクリーニングを行う。
 ・陽性のバンドが検出された場合は、以下の方法で陽性の確認を行っている。
 PCR 産物を鋳型にしてSARS1s - SARS1asで再度PCRを行う。陽性であればより鮮明なバンドが検出される。
 RT 産物からそれぞれBNIoutS2 - BNIoutAs、 BNIinS - BNIinAsを用いてPCRを行う(これらのプライマーは、SARS1s - SARS1as setより感度が低いので、1回目のPCRではバンドは検出されない。また、これらのプライマーによって増幅される領域はSARS1s - SARS1asセットによって増幅される領域とは別である)。そのPCR 産物を鋳型にして同じプライマーで2回目のPCRを行い、陽性のバンドの有無を確認する。
 できるだけRT-PCR産物の塩基配列を決定する。

PCRの条件設定(サーマルサイクラーはBioRad iCycler(0.2mlチューブ仕様)を使用)

RT product  5μl
Forward Primer (10μM)  1μl
Reverse Primer (10μM)  1μl
Nuclease free water  18μl
PCR Master Mix, 2X  25μl
    ↓
  95℃  4分
    ↓

  95℃ 30秒
 >
 x40
  56℃ or 50℃ 30秒
  72℃  1分
    ↓
  72℃  7分

(注意1):本プロトコールで特定のメーカーの商品名を示しているのは、それらの使用を推奨しているものではなく、本研究所での実施条件を明らかにする目的からである。

(注意2):現在、SARSコロナウイルス検出用として市販されている種々のPCRキットについては、現時点では性能試験または研究用にのみ使用し、診断用に使用してはならない。

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