IDESコラム vol. 43「ゾンビ映画から学ぶこと」
感染症エクスプレス@厚労省 2019年5月24日
IDES養成プログラム5期生:水島 遼
はじめまして、IDES5期の水島遼と申します。私は国際系の文系学部を卒業後、医学部を再受験し、卒業後は感染症科医として臨床で働いておりました。私が専門として感染症を選んだのは、最初の大学に所属していた際に、帰国子女や留学生・外国人と交流する機会が多く、また海外旅行や生物が好きだったことから、輸入感染症を扱う旅行・渡航医学などに興味を持ったからです。また、元々が文系のため行政に興味があり、輸入感染症と行政に携われるIDESに惹かれ、今年から参加するに至りました。以後よろしくお願い致します。
さて今年のGWは長い長い10連休でした。皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか。私は案の定10連休中は暇を持て余し、空いた時間に映画を見ていました。
今回はゾンビ映画を見ました。私はホラー系の映画が好きで、よくゾンビ映画を見るのですが、感染症が発生し、街や国を越え、世界中に伝播して全てが滅ぶ様は、感染症の怖さがこの中に凝縮されているなと思いながら鑑賞しました。
皆さんご存知の通り、有史上、世界で一番人を殺してきた病は「感染症」です。
ここ百年で人類の寿命は飛躍的に延びましたが、その前までは感染症のために成人を迎えられる人は現在に比べ極端に少なかったのです。今でも七五三を祝う習慣がありますが、裏を返せば子供が七歳・五歳・三歳を迎える前に死亡することが多かったというわけで、多くの人間、特に子供が感染症の犠牲になりました。
また感染症は人だけでなく、国も殺してきました。インカ帝国やアステカ王国は疫病が直接的な原因で滅んだ有名な例ですし、その他多くの国家が感染症を直接的、間接的な原因として滅びました。
さて、ゾンビ映画に話を戻しますと、私はゾンビ映画を見ながらいつも次のようなことを思います。
「実際に人類を滅ぼす能力を持った感染症が広まり、世界がゾンビ映画のような結末になることはありうるだろうか」
一般的に感染症は、伝播(感染症が広まっていく)力と殺傷(宿主を殺す)力の二つのベクトルでその脅威を考えることが出来ます。例えばエボラなどは殺傷力は高いですが、伝播力は一般的に低いです。逆に風邪症候群を引き起こすウイルスたちは伝播力は高いですが、殺傷力はあまりありません。現在、この二つの力を高いレベルで兼ね揃えた病原体は現れていないと先日FETPの講義で耳にしました。なぜなら宿主が死んでしまえば病原体自体も生きていけないからです。ただ、そのような病原体が今後現れる可能性の否定はできないともそのとき同時に伺いました。
ゾンビ映画で出てくる病原体はこの二つの能力が極めて高い病原体です。基本的にこのレベルに至るものの出現は恐らく無いと思い(期待し)ますが、今後これに次ぐレベルのものが現れる可能性はゼロでは無いでしょう。そうなった場合に、国家並びに人類全体に対する損害は計り知れず、我々IDES生はそのような有事の際に、感染症流入阻止や万一の流入後のコントロールのために活躍することになるでしょう。そうなれば、当然我々にも死の危険が伴うため、大きな恐怖を伴います。
私は、医学部の早い段階で、輸入感染症に興味を持っていましたが、感染症を専門にすることに二の足を踏んだ時期がしばらくありました。これは、感染症が移ると治療者自身が死ぬ病だと考えたからです。悪性腫瘍が移って死ぬことは無いし、心筋梗塞が移って死ぬことは無い。しかし、感染症は移れば死ぬ可能性があります。現にエボラ、SARSの流行の際には、治療・防疫に関わった医療者の中で殉職者もいます。
今や、感染予防策の概念とそれを支える器具があり、ワクチンがあり、抗菌薬もあります。感染症に対して、おまじないに近いことしか治療の選択肢が無かった長い人類の歴史を考えれば、我々の持ち得る武器は多いです。しかし、それでも自分が死に至る感染症にかかるリスクはゼロではありません。
私の今の心境としては、以前から興味の対象であった輸入感染症を仕事として扱える楽しみが大きく、4月のFETPでの勤務も知的好奇心を刺激される毎日でした。
しかし、その裏腹に扱っている対象は臨床と同じく、また場合によってはそれをはるかに超えて自分も含めたより多くの人の死につながりうるものであるのも事実です。現在毎日充実しているのは事実ですが、そのような負の側面に対する自覚も同時に必要とも考えております。今後は、折角の頂いた機会を存分に生かし、少しでも皆様の期待に応えられるようにIDESの活動に邁進して参ります。今回ひょんなことから観たゾンビ映画を通して、このような考えに至るとは思いませんでしたが、良い機会だったと思います(ゾンビ関連については神代先生が以前のコラムで書いております。興味があればこちらもお読みください。「ゾンビ・アポカリプスに備える」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188336.html) 。まだまだ未熟な私ですが、真摯に精進していきたいと思いますので、同期の吉見先生、匹田先生ともども今後とも何卒よろしくお願い致します。
●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で3年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
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