平成12年11月15日

官製ポータルサイトの求人情報提供事業者に与える影響について(U)


木ノ内 博道
 第3回運営協議会において官製ポータルサイトが求人情報提供事業者に与える具体的な影響について説明資料を提出しましたが、この資料では、視点を変えて本システムが、1 「行政改革」の理念等に反すること、2 システムの構築目的である「雇用のミスマッチ解消」に繋がらないこと、3 民間における「ワンストップサービス」について、民間求人情報提供事業者の立場から見解を述べさせていただきます。

 「労働需給政策における官と民の役割」が不明確なまま提案されたものであり、「行政改革」の理念等にも反するものである


1) 行政改革理念に関する問題

 行政改革会議最終報告(平成9年 橋本龍太郎会長)においては「官は、民間でできるものは民間に委ね、市場原理と自己責任原則に則り、民間活動の補完に徹する」という大原則を打ち出しています。今回の官民連携した雇用情報システムは、民間でできる分野、あるいはすでに民間が広くサービスを提供している分野に官が参入することになり、官が果たすべき役割について、上記最終報告とかけ離れたものといえます。WEBサイトによる求人情報提供は、既に民間が多額の投資と創意工夫によって、競争し合いながら広くサービス展開をしています。その民間サイトを統合する形で、官のポータルサイトへの参加を呼びかけること自体、上記大原則から逸脱するものと考えます。官民協調は官民競合よりも遥かにハードルは高いものであり、「労働力需給政策における官と民の役割」を充分論議する必要があります。
 また、官と民の役割を論議するためには、公共職業安定所における求職者一人当たりのマッチングコスト(職種別・地域別等)や本システムの実効性を示す数値など、客観的な行政評価データが欠かせないものであり、速やかに情報の開示が行われる必要があります。


2)「労働力需給政策における官と民の役割」が不明確であることの問題

 今臨時国会に提出されている「高度情報通信社会形成推進基本法案(IT法案)」においても、国家戦略としてIT産業の育成方針を打ち出しており、その基本理念として「民間主導の原則と、官民の役割分担」を謳っています。これは人材関連産業においても全く同様です。
 また、先の平成10年3月労働省委託事業調査「インターネット求人・求職情報の現状とその課題」においても「今後のインターネット求人・求職情報を考えた場合、主導権を握る米国、また類似の戦略をとる国々は、インターネットでの求人求職情報及びそこから派生する多くの新たなビジネスを発展させる方向性を潜在的に有している。」と指摘しています。事実、米国では、職業紹介に関する法的規制は極めて緩く、その結果、官と民が競合する中で、民間の求人求職サイトが急成長し、グローバル化を図りつつあります。ちなみに、米国の人材ビジネスの売上高においては、人材紹介・人材派遣業だけで、'94年637億ドルから4年間で倍に成長し、'98年には1,038億ドル(11兆円)にもなっています。
 一方日本においては、通商産業省産業構造審議会が「新規・成長15分野」に認定した「人材関連分野」ですが、公共職業安定所と民間労働力需給調整事業者との関係は、「政府の行う業務は、政府以外の者の行う職業紹介、労働者の募集・・の指導監督」(職業安定法第5条)であり、「競争相手が規制する」という官主民補の状況です。本システムの検討にあたっては、民間労働力需給調整事業者が、真に自由意志によって参加の是非を表明できるように、先ずは官と民との公正かつ自由な競争の実現が保証される必要があります。また、官と民の役割の問題は、郵貯と銀行や郵便事業と宅配事業と同様に、労働市場においても存在しており、この点においても「労働力需給政策における官と民のあるべき役割」についても充分な議論が必要と考えます。そして、これらの議論を踏まえた上で、人材関連分野におけるIT産業育成の観点で、本システムがいささかも悪影響を与えないように細心の配慮を行い、民間労働力需給調整事業者との対話と説明責任を果たすことが政府に求められています。

 職業安定行政の深刻な課題は7割に達する求人求職のミスマッチであり、情報コンテンツに問題を抱える本システムはこの解消に貢献しない懸念がある


1)内容不十分な求人情報がもたらす問題

 公共職業安定所における平成10年の年間新規求人件数は590万5,235件、新規求職者数は644万 5,232件ですが、年間就職件数は164万7,596件(職業安定業務統計)です。つまり、公共職業安定所 を通じた充足率(就職者数/求人数)は27.9%、就職率(就職者数/求職者数)は25.6%であり、労働需給のミスマッチの深刻さを表しています。
 本システムは、求人者名や連絡先を公表しないことを前提にして、官製ポータルサイトが管理する求人件数を増やすことを目的にしています。しかしながら、民間労働力需給調整事業者が本システムに参加したとしても、自社でマッチングできなかった求人、つまり募集条件の良くない求人を掲示する公算が高い。この結果、求人件数の見かけの増加(水増し)は図れるものの、求人内容に魅力がなく、利便性にも欠けるシステムとの評価がくだされ、求人者・求職者双方に不満の多いシステムになりかねません。


2)求人情報の鮮度とスクリーニングの問題

 さらに情報鮮度の問題は極めて深刻と考えます。現在の公共職業安定所の求人は、企業から充足連絡がない限り、一般に2ヶ月間(求人受理の翌々月末まで表示、最短2ヶ月、最長3ヶ月)は公開され続けています。一方、民間の求人サイトや求人情報誌において、日々求人情報の更新に注力していることは周知のことであります。本システムにおいて、古い情報を削除し、常に求人情報を更新する仕組みが機能しないと求職者の不信をかうことになりかねません。
 また、民間労働力需給調整事業者側から見た場合の、もう一つの懸念は、求人企業としての適格性が審査されないまま、求人情報が垂れ流しにされることです。主な民間労働力需給調整事業者は、問題ある企業は厳正に審査し、スクリーニングした上で、はじめて掲載に至るシステムを持っています。そのための審査データベースの構築と掲載基準の運用に、多大なコストと人材を充て、情報の信頼性の担保に努めています。このようにしてスクリーニングされた情報を提供する民間と、そのような仕組みを持たない民間事業者及び官の情報が同じサイトに載ること自体、情報の信頼性を希釈化するものであり、ネットユーザーに混乱を与えるものと考えます。

 民間の「ワンストップサービス」は、ユーザー(コンシューマー・クライアント)の利便性と、民間労働力需給調整事業者としてのビジネス性の両立の上で初めて成り立つものである

 これまでに、コンシューマーやクライアントの立場から見れば、使いやすい、質の高い情報が安価に迅速に手に入ることが重要で、そのための一つの方法がワンストップサービスであるというような意見がありましたが、民間労働力需給調整事業者の立場から本システムのようなワンストップサービスの問題点を述べたいと思います。


1)民間の事業には、ユーザーの利便性とビジネス性の両立が必要である

 民間の事業には、ユーザーの利便性とビジネス性とのバランス(最適化)が大切です。双方のバランスが保たれる点をどこまでユーザー側に近づけられるかが民間の創意工夫するところです。それができた方が勝つということが市場原理です。ユーザーにとって利便性があるものでビジネスとして成り立てば黙っていても誰かがやる。逆にそのバランスが成り立たないとしたら誰もやらないというのが民間事業の本質でもあります。そういう前提で、本システムのようなポータルサイトを考えると、求人情報提供事業者が持っている情報を提供すればするほどユーザーの利便性は増すが、ビジネス性が失われていくことは前述した通りで、今後重要な役割を担うとされている民間労働力需給調整事業者を育成する方向とは逆行するものです。このバランスを崩さないような方法でユーザーの利便性を最大限にする方法を考えていただきたい。

 ※ワンストップサービスは行政改革の一環として提起されたものである
 「ワンストップサービスの推進」は、元々米国に範をもとめつつ、我が国の行政改革の一環として取り組まれてきたものです。種々の行政事務手続きにおいて、いわゆるお役所仕事によってたらい回しにされたり、一つの案件でいくつもの窓口を渡り歩かざるをえない現状があり、これが、企業や国民にとって、大迷惑な状況を改革するために「ワンストップサービスの推進」が提起されました。平成12年3月31日に「行政情報システム各省庁連絡会議」で改訂を了承された「ワンストップサービスの推進について」によれば、その目的は行政サービスそのものの向上にあることは明白であり、民はそのメリットを享受する立場にあるものです。雇用・労働分野で「ワンストップサービス」が検討されたのは、個別労使紛争に関する問題でありました。
以上




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