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別紙



労働債権の保護に関する研究会報告の要点


1 はじめに(労働債権を取り巻く状況)

  近年、企業倒産に伴い賃金不払事案が増加。企業倒産のうち約8割が任意整理。
 また、法的整理のうちの約8割は破産法の適用を受けた清算型手続であるが、労働
 債権は十分な弁済を受けているとはいえない状況にある。賃金は労働条件の重要な
 要素であり、労働者とその家族の生活の糧であることから、労働債権の意味は重く、
 その回収は極めて重大な課題である。世界的にみても、近年労働債権の保護の問題
 への関心が高まり、その充実が図られてきている。


2 労働債権の保護の必要性

  労働債権については民法等において一般先取特権が与えられているが、労働債権
 に特別の保護を与えるべき理由を整理すると次のとおり。

 <1>〔労働者の生活の保護〕労働者は生計を賃金に頼っているため、企業倒産により
  大きな影響を受ける。

 <2>〔労働者の交渉力の弱さ〕労働者は交渉力の乏しさから約定担保を設定して予め
  債権の履行確保を図ることは期待できない。

 <3>〔個々の労働者にとってみた労働債権の重み〕企業倒産の場合、労働者からみる
 と使用者は唯一の債務者であることから、使用者の支払不能の場合には、金銭債権
 者等よりも生活の維持・継続の点ではるかに不安定な状態におかれる。

 <4>〔労働者の貢献の評価〕労働者は企業の財産形成、企業倒産後における企業財産
 の維持に貢献しており、労働債権はその労働者に帰するものである。

 <5>〔情報のギャップ〕労働者は他の債権者に比べて、企業を取り巻く経営環境や経
 理状況等の情報を得ることは困難であり、情報を得る機会、力の差が不利に働きが
 ちである。


3 労働債権の法的位置づけと実態

 (1) 任意整理における労働債権


    任意整理における各種債権間の優先順位は民法、商法及び国税徴収法等の一
   般実体法による。労働債権については民法等により一般先取特権が認められ、
   一般の債権者に先立って弁済を受けることができることとされているが、抵当
   権等の被担保債権や租税債権等の後に位置づけられている。一般先取特権の範
   囲については、商法等が適用される労働者は全額であるのに対し、民法が
   適用される労働者の場合は最後の6か月分に限定されている。

    この他、農工業の労役者については一定の賃金につき特別の先取特権が認め
   られており、船長その他の船員の労働債権については商法の規定により高い順
   位に位置づけられている。

    任意整理においては、早い者勝ちの処理になることが少なくないとされ、債
   権者会議の招集など任意整理の手続が行われる場合にあっても、不公平な配当
   が行われるなどの問題が指摘されており、労働債権の弁済の程度は相当低くな
   っている。

 (2)法的整理における労働債権

    法的整理における各種債権間の優先順位は各倒産実体法の中で定められてい
   るが、清算型手続よりも再建型手続の方が労働者の協力を得て債権を図るとい
   う観点から労働債権の保護が厚い。

    会社更生手続において一定範囲の労働債権は共益債権、民事再生手続におい
   て一般先取特権の認められる範囲の労働債権は一般優先債権となり、共に手続
   によらずに随時弁済される。

    破産手続においては、一般先取特権の認められる範囲の労働債権は優先的破
   産債権となるが、抵当権等の被担保債権や財団債権に劣後し、手続によっての
   みしか弁済が受けられず、弁済までの期間を要することが少なくない。また、
   会社更生手続から破産手続に移行した場合は財団債権となるのに対し、当初か
   ら破産手続を行っている場合と取扱いに差がある。


4 労働債権の保護を図るための方策について

 (1)法的整理の重要性

    任意整理の多くは早い者勝ちで個別に債権回収がなされており、これにより
   大きな不利益を被るのは、かかる事態への備えをする術もなく、労働債権の回
   収のための知識にも欠ける労働者である。したがって、今後は任意整理をでき
   る限り民事再生法等の法的整理にシフトするよう誘導していくことが労働
   債権の保護を実質的に図る上で重要である。

 (2)一般先取特権の範囲

    一般先取特権の労働債権の範囲について、民法と商法等との間で差がある
   ことは公正、公平の見地から望ましいものではなく、労働債権に先取特権を付
   与した考え方からみてもこの差を説明することは困難であることから、民法と
   商法等との同一化が図られるべきである。

 (3)労働債権の優先順位の引上げ

    一般実体法において労働債権は必ずしも十分な保護が与えられているとはい
   えず、今後の産業構造の変化や国際競争の激化などを考慮すれば、労働債権の
   保護の強化を図る方向で順位の引上げがなされるべきである。しかし、   働債権をどの順位まで引き上げるべきかについては、各種債権の性格、労働
   債権・抵当権等の被担保債権・租税債権の3者間で配当順位が決まらない3す
   くみの問題、範囲の限定の問題、公示の原則との関係等なお検討を深めるべき
   様々な論点があり、広範な観点からの議論が必要である。

 (4)引上げを行う場合の範囲

    労働債権の優先順位の引上げを行う場合、その全てについて優先順位を高め
   ることについては他の債権者との関係からみて、問題が生じかねないことから、
   債権者間のバランス等も考慮し、一定の範囲とすることが適当である。

 (5)引上げを行う場合の方法等

    現行の法体系、秩序を前提とする限り、労働債権の優先順位を引き上げ、ま
   たは実質的に保護を強化する方法は限られてくるが、引上げを行う場合等の
   方法として、a特別の規定を設ける方法、b民法第324条を拡充する方法、
   c登記に着目する方法が考えられる。具体的な内容は次のとおり。

   a特別の規定を設ける方法

    「立木の先取特権」や「船舶債権者の先取特権」のように、特別の規定によ
   り特別の位置づけがなされ、抵当権等の被担保債権や公租公課よりも高い優先
   順位が与えられている例がある。

   b民法第324条を拡充する方法

    特別の先取特権である「農工業の労役から生じた債権」については、サービ
   ス経済化へ対応できるよう適用範囲を拡大し、あわせて先取特権中の順位の引
   上げを行うことが可能であれば、労働債権の保護が強化される。しかし、適用
   範囲の拡大に関しては、特定の財産を労働者の労働との関連でいかに限定する
   かという「特定性」が問題となる。また、特別の先取特権の中での優先順位の
   見直しについても高順位のものは「意思の推測に基づくもの」とされているこ
   とが制約になり得るが、果実について農業の労役者は既に高順位となっている
   ことから、検討の余地はあると考える。なお、動産の先取特権の行使について、
   債権回収を容易にするための方法として物上代位の仕組みの活用も考えられる。

   c登記に着目する方法

    一般先取特権についても登記されたものについては、抵当権等の被担保債権
   と同列に置かれ、租税債権との関係についても登記と法定納期限等との先後に
   より優先関係が決まることとされているが、労働債権の先取特権の登記につい
   ては法律上公示は予定されているものの、以下の理由等により実例は皆無に等
   しい。

   ・労働者一人一人について労働者自身が登記しなければならない。
   ・労働者が登記をしなければならない状況にあるかどうかを把握できない。
   ・目的物や被担保債権が入れ替わる場合にその都度登記が必要となる。
   ・複数の労働債権を一つの登記でできない。
   ・労働債権は未払となった後に債権として成立することから登記が必要となっ
   たときは債権の回収が困難となる。

    以上3つの方法のうち、aについては、一定範囲の労働債権について、例え
   ば登記された先取特権と同一の効力を有するとの規定を設けることにより現行
   法の体系・秩序を維持したままで高い順位に位置づけるという方法が考えられ
   るところである。

    a及びb双方の観点から示唆を得るのであれば、事業所内の動産については
   労働者の存在によりその価値が高まりかつ維持されているという考え方の下に、
   特別の規定を設けることにより、流動動産譲渡担保類似の担保手段を労働債権
   に適用し、事業所内の商品や備品の上に一定範囲の労働債権について法定担保
   権を付与する方法も考えられ得る。

    cについては、労働債権についても、例えば担保付社債信託法のような特別
   な制度を設けて、被担保債権の入れ替わりに対応でき、債権発生前に物上担保
   権が成立し得ることとし、かつ労働組合等を権利者として登記することが可能
   となれば、労働債権の実質的保護の強化につながると考えられる。

    いずれにしても、a〜cの方法についてはなお検討されるべき問題があり、
   更なる検討が望まれる。

 (6)倒産実体法における労働債権

    本研究会における直接の検討事項ではないが、破産手続において、労働債
   権の一部を財団債権化できないか、また、労働組合等に対する一定の関与
   を認めるべきではないかとの指摘があった。


5 その他

 (1)一般先取特権の活用

    労働債権を迅速かつ簡易に確保するためには、労働債権に認められている一
   般先取特権をより積極的に活用することも重要であり、一般先取特権の活用を
   はじめとした労働債権確保のための諸手段に関して、相談援助その他の支援体
   制の整備が必要である。

 (2)未然防止の強化等

    賃金未払事案が後を絶たないことから、賃金支払に係る監督指導を引き続き
   積極的に行うこと等により、賃金未払の未然防止の強化に努めることが必要で
   ある。

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