5 有期労働契約の雇止め等に関する今後の施策の方向性−まとめ− <有期労働契約に対する評価> アンケート調査で明らかとなったように、有期労働契約を望んで選択した者と やむなく選択した者がそれぞれ約3割いるなど、有期労働契約に対する労働者側 の評価は分かれている。また、企業の約7割が有期契約労働者を雇用している一 方で、現在有期契約労働者を雇用していない企業においては今後の採用意欲も高 くないなど、有期労働契約に対する使用者側の評価も一様ではない。 このように労使の評価は必ずしも一様ではないとはいえ、有期労働契約は広範 に利用されており、また、有期契約労働者の約3分の2は契約期間満了後の更新 を希望し、使用者も、多くの場合更新の可能性があることを前提に契約を締結し ているなど、使用者・労働者とも一定程度の更新を念頭に置いて有期労働契約を 締結していることが多い。実際にも、多くの有期労働契約は平均6回程度の更新 がなされている。こうした実情から、労働市場において現在の有期労働契約は、 その更新による利用を含め、労使それぞれのニーズに基づく制度として相当程度 定着しているものと考えられる。 <有期労働契約の雇止め等における問題の存在> 一方で、アンケート調査からは、更新や雇止めの際の説明やその手続など、雇 止め等に関して有期契約労働者の保護に欠けるものと考えられる問題点もいくつ かみられた。 また、裁判例の分析から明らかとなったように、契約の形式が有期契約であっ ても、反復更新の実態や契約締結時の経緯等により、実質的には期間の定めのな い契約と認められた例、実質的に期間の定めのない契約とは認められないものの 契約更新についての労働者の期待が合理的なものと認められた例や、格別の意思 表示や特段の支障がない限り当然更新されることを前提として契約が締結されて いると認められ、実質上雇用継続の特約が存在するといいうる例があり、こうし た事案では解雇に関する法理の類推適用等により結果として雇止めが認められな かったケースも少なくない。 <有期労働契約に係る多様なニーズと実態> アンケート調査によれば、有期契約労働者の雇用形態や属性は多様であり、ま た、有期労働契約に対する労使の具体的なニーズも、例えば労働者が有期労働契 約で就業している理由としては、全体的には「勤務場所の都合がよかった」や 「家計を補助するため」が多いが、契約社員については「これまでの経験を活か せるため」が多くなっていること、また事業所が有期契約労働者を雇用する理由 としては、全体的には「人件費節約のため」が多いが、契約社員については「専 門的な能力を活用するため」が多いことなど、一様ではないことが示された。ま た、有期労働契約の更新状況等をみても、雇用形態をはじめ、種々の要因による 多様な実態が認められたところである。さらに、裁判例からも、個々の事案ごと に判断要素に係る状況等が異なり、裁判所は、それぞれの状況等を総合的に勘案 して判断することから、裁判所の判断も必ずしも一様ではないことが確認された。 <有期労働契約の雇止め等に関する施策の方向性> 以上を踏まえ、有期労働契約の雇止め等に関する問題点への対処のあり方を検 討すると、有期労働契約に対する評価は必ずしも一様ではないものの、その更新 による利用を含め、労使それぞれのニーズに基づく制度として相当程度定着して いること、有期労働契約に対するニーズや契約関係の実態が多様である現状にか んがみると、有期労働契約の締結、更新、雇止めに対する一律の制約は現時点で は適当ではないが、有期労働契約の更新・雇止めについての改善すべき問題が存 在し、また、実際にトラブルが生じた場合に、事後的に当事者が裁判を通じて司 法的解決を個別に図らざるを得ないという現在の状況は、トラブルの未然防止と いう観点からは問題もある。 このため、行政において当面必要な対応として、有期労働契約の雇止め等に関 するトラブルを未然に防止するため、また労働基準法第 105条の3に基づき当事 者から紛争の解決の援助を求められた場合等において的確な指導を行うため、具 体的には、例えば次のような措置を講じることが適当と考えられる。 <1> トラブルを未然に防止するための措置 (a) 裁判例に係る情報提供・助言 裁判所においては、純粋有期契約タイプと認められる場合を除き、解雇に 関する法理の類推適用を行うなどして、有期契約労働者の実質的保護を図っ ているところである。そこで、トラブルを未然に防止する観点から、行政に おいては、雇止めに関する裁判例の分析により明確になった裁判例の傾向 (有期労働契約の類型化、類型別の具体的な契約関係の特徴・雇止めの可否 の判断等)について広く情報提供を行うことが適当と考えられる。あわせて、 行政においては、労使が個別具体的な有期労働契約の更新・雇止めをどのよ うに取り扱うことが適当であるか適切に判断できるように、参考となる裁判 例を踏まえ、必要に応じて助言することが適当と考えられる。 (b) 留意することが望ましいと考えられる事項に関する周知啓発 アンケート調査の結果を踏まえ、トラブルを未然に防止する観点から、有 期労働契約の締結及び更新・雇止めに当たっては、労使当事者が次のイ〜ニ の事項に留意することが望ましいと考えられることから、行政においては、 これらの事項に関し広く周知啓発を図ることが適当と考えられる。 イ 更新・雇止めに関する説明 アンケート調査によると、有期労働契約の更新について事業主が実情と合 わない説明を行っている例がみられたほか、そもそも説明を受けていないと する労働者もおり、こうした状況が更新に対する労使間の認識のギャップに 結びつき、そのギャップがトラブルの発生の大きな要因となると考えられる。 実際、雇止めに関する裁判例の事案の多くは、まさにこうしたギャップをめ ぐる事案である。 このため、使用者は、例えば、契約更新・雇止めを行う際の当該事業場に おける更新の有無についての考え方、更新する場合の判断基準等を、有期契 約労働者に対し、あらかじめ説明することが望ましいのではないか。 ロ 契約期間 アンケート調査によると、労使ともに一定程度の更新による雇用の継続を 念頭に置いて有期労働契約を締結している。 このため、更新による雇用の継続への期待が一定程度認められるような場 合の労働者の保護という観点から、例えば更新により1年を超えて継続雇用 している労働者については、更新に当たり、その労働契約の期間を定める場 合には、不必要に短い契約期間とするのではなく、労働基準法の規定の範囲 内で、当該労働契約の実態や労働者の希望に応じ、できるだけ長くすること が望ましいのではないか。 ハ 雇止めの予告 アンケート調査によると、多くの事業所においては、雇止めに当たってあ らかじめ30日以上前に労働者に予告しており、労働者の保護が図られている が、一方で事前の予告を行っていない事業所も多少みられたところである。 このため、こうした事業所も視野に入れ、更新による雇用継続への期待が 一定程度認められるような場合の労働者の保護という観点から、例えば1年 を超えて継続雇用している有期契約労働者の雇止めを行おうとする使用者は、 解雇の場合の労働基準法第20条第1項の定めに準じて、少なくとも30日前に 更新しない旨を予告することが望ましいのではないか。 ニ 雇止めの理由の告知 アンケート調査によると、雇止めの理由に関する労使間の認識の相違が認 められたところであり、そのことがトラブルの大きな要因になっている。 このため、更新による雇用継続への期待が一定程度認められるような場合 の労働者の保護という観点から、例えばロ、ハと同様に1年を超えて継続雇 用されている有期契約労働者の雇止めについて、労働基準法第22条の退職証 明における解雇の理由の証明に準じて、使用者は「契約期間の満了」という 理由とは別に、当該労働者が望んだ場合には更新をしない理由を告知するこ とが望ましいのではないか。 なお、労働基準法は、有期契約労働者も含め基本的に全ての労働者に適用 される法であること、同法により労働契約の締結の際に書面の交付により明 示しなければならない事項の一つとして労働契約の期間に関する事項があげ られていること(労働基準法第15条)、具体的には、期間の定めのある労働 契約の場合にはその期間、期間の定めのない労働契約の場合にはその旨を書 面で明示することが義務づけられていること、期間の定めのない契約に係る 労働者を解雇する場合には判例上解雇権濫用法理が適用されることについて も、引き続き周知を図ることが必要であると考えられる。 <2> 労働基準法第105条の3に基づき紛争の解決の援助を求められた場合等にお ける措置 行政は、トラブルが生じている有期労働契約の更新・雇止めに関し、紛争の 解決の援助を求められた場合等においては、参考となる裁判例を踏まえて、当 該契約関係の実態に照らし、上記イ〜ニの諸点を考慮しながら、トラブルの解 消のために労使がどのように対処することが適当であるかについて、助言・指 導を行うことが適当と考えられる。 なお、有期契約労働者の処遇などの問題については、本研究会における検討事 項ではなかったが、労働市場においていわゆる正社員が減少し、有期契約労働者 を含む非正社員が増加する傾向がみられる状況のもとで、雇用形態によっては、 正社員として働ける職場がなかったことを理由に有期労働契約を選択した者が多 く、あるいは契約期間満了後に正社員として働くことを希望する者が多い形態が 見られたこと等の実態を踏まえ、有期契約労働者をめぐるこれらの問題について は、今後別途検討することも必要と考える。