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東海村ウラン燃料加工施設事故に係る被ばく労働者の健康管理の
在り方に関する検討会報告書
平成12年4月20日
はじめに
平成11年9月30日、茨城県東海村のウラン燃料加工施設においてわが国初の臨界事
故が発生し、3名の急性放射線症を発症した労働者を含め、多数の労働者が放射線に
被ばくした。
今回の事故を踏まえ、同年11月、労働安全衛生規則及び電離放射線障害防止規則が
改正され、原子力施設において核燃料物質等を取り扱う労働者に対して特別教育の実
施と作業規程の作成が義務付けられた。
一方、今回の事故により被ばくした労働者のうち急性放射線症の3名以外の者につ
いては、急性放射線障害は生じなかったものの、未曾有の事故であったこと、被ばく
線量の確定までに3か月以上を要したこと等から、離職後も視野においた長期的な健
康管理の必要性の有無及びその手法について検討が必要とされ、同年12月から本検討
会が開催された。
本検討会では、これまで6回にわたり、被ばく線量と将来の健康影響の発生の可能
性との関係及び被ばく労働者に対する長期的な健康管理について検討した。検討に当
たっては、東海村ウラン燃料加工施設周辺住民の長期的な健康管理を中心に検討した
原子力安全委員会健康管理検討委員会との連携を図り、今般、その結果を取りまとめ
た。本報告書が東海村ウラン燃料加工施設事故に係る被ばく労働者の今後の健康管理
に資するものとなることを期待する。
1 事故の概要等
(1)事故の概要
茨城労働基準局の調査によると、事故の概要は下記のとおりであった。
@ 発生日時
平成11年9月30日(木)午前10時35分頃
A 発生場所
株式会社ジェー・シー・オー東海事業所 転換試験棟
(茨城県那珂郡東海村石神外宿2600)
B 発生状況
本災害は、株式会社ジェー・シー・オー東海事業所の転換試験棟内で濃縮ウラ
ン溶液の濃度を均一にするため、ウラン溶液を沈殿槽に入れる作業を行っていた
ところ、臨界事故が発生し、核分裂により発生した高線量の被ばくをした3名に
は急性放射線症を発症し、さらに多数の労働者が放射線に被ばくしたものである。
当該事業場の作業手順書では、ウラン溶液の濃度を均一にするために、「貯塔
」と呼ばれる装置にウラン溶液を入れて内部で循環させることにより混合するこ
ととなっていた。貯塔は、臨界が起きないような形状に設計されたものである。
さらに、使用するウラン溶液は、臨界が起きないように1回のウラン量を2.4キロ
グラムに制限することとなっていた。しかし、今回の作業では、この貯塔を使わ
ずに撹拌器のついた沈殿槽にウラン溶液を投入することとし、災害発生前日に4
回分のウラン溶液(ウラン量2.3キログラム×4)を沈殿槽に注入したと推定され
る。
災害発生当日は、残りの3回分のウラン溶液を追加するためステンレスバケツ
の中のウラン溶液をビーカーに移し替え、漏斗を使って保守点検・サンプリング
用の穴から沈殿槽に注入する作業が繰り返し行われていた模様である。
午前10時35分頃、3回目のウラン溶液を沈殿槽に注入していたところ(合計7回
分のウラン量は16.1キログラム)で臨界が始まったものと推定される。
作業は、高線量の被ばくをした2名で行っており、このうち1名が注入し、も
う1名が漏斗を支えていた。一方、高線量の被ばくをした他の1名は、沈殿槽の
ある室の隣の室で事務作業をしていた。
臨界は約20時間続いた。株式会社ジェー・シー・オー東海事業所敷地内(以下
「敷地内」という。)で業務中に被ばくした労働者は、高線量の被ばくをした3
名以外に227名であった。
(2)労働省の対応
労働省の事故発生後の対応は次のとおりであった。
9月30日、茨城労働基準局に災害対策本部(本部長:茨城労働基準局長)を設
置した。10月1日、茨城労働基準局長は、労働安全衛生法第66条第4項に基づき、
事故発生時、敷地内にいたすべての労働者に緊急の健康診断を行うよう、敷地内
の各事業者に指示した。翌2日には、各事業者に対して健康診断結果に異常所見
のあった者への再検査等を行うよう指導した。
10月15日、茨城労働基準局は、敷地内の各事業場に対し、労働安全衛生法に基
づく一般定期健康診断又は電離放射線健康診断を緊急の健康診断の対象労働者
(高線量の被ばくにより入院中の3名を除く。)に前倒しで実施するよう指導し
た。また、11月18日、引き続き労働者の健康状態を把握するよう、関係事業者に
対して指導した。
以上の緊急の健康診断、一般定期健康診断及び電離放射線健康診断において、
今回の事故被ばくによるものと思われる異常は認められなかった。
一方、高線量の被ばくにより急性放射線症を発症した3名は、10月26日、労災
認定基準に照らし業務上疾病であると認定された。
同種災害の防止を図るため、緊急に全国の核燃料物質を取り扱っている13事業
場(16施設)に対して、労働安全衛生法上の観点からの総点検を実施し、10月22
日までに終了した。その結果、9事業場において25件の安全衛生管理体制等に係
る労働安全衛生法違反が認められ、また、14事業場に対して55件の安全衛生等に
ついての指導を実施した。
また、11月8日、原子力施設を管轄する都道府県労働基準局及び労働基準監督
署の関係職員を召集し、原子力施設に対する監督指導等を強化するよう指示した。
さらに、労働安全衛生規則及び電離放射線障害防止規則の改正により、原子力
施設で核燃料物質等を取り扱う労働者に対して法令でカリキュラム等が定められ
た特別教育を実施すること及び作業に当たって作業規程を策定し、それにより作
業を行わなければならないことを義務付けた(平成12年1月30日施行)。
2 被ばく線量
平成12年1月31日、科学技術庁事故調査対策本部は、今回の事故による被ばく線
量を確定した。敷地内で業務中に被ばくした労働者の被ばく線量は、次のとおりで
あった。
(1)高線量の被ばくにより急性放射線症を発症した労働者
(2)敷地内で業務中に被ばくしたその他の労働者(線量区分別人数)
3 今回の被ばく線量における健康影響
今回、高線量の被ばくをした3名を除く他の労働者227名(うち女性17名)の被
ばく線量は、最大48ミリシーベルト(mSv)、最小0.1mSvであり、平均は4.9mSv
(女性のみの平均0.22mSv)であった。
これは、過去の多くの放射線被ばく事例をもとに求められている確定的影響のし
きい線量を大きく下回っており、これらの労働者に白内障や不妊症等の確定的影響
が現れる可能性はない。
一方、確率的影響に関しては、原爆被爆者を対象とした疫学調査結果をもとに放
射線被ばくによるがんで過剰に死亡する確率(生涯リスク)を推定したデータによ
ると、1シーベルト(Sv)(=1000mSv)の被ばくにより固形がんで死亡する確率は10
%増加すると予測される。しきい線量の存在しない直線関係を仮定すると、50mSv
では0.5%、5mSvでは0.05%、0.1mSvでは0.001%の固形がんによる過剰の死亡が推
定される。
また、同様に原爆被爆者のデータによると、1Sv(=1000mSv)の被ばくにより白血
病で死亡する確率は1%増加すると予測される。しきい線量の存在しない直線二次
曲線関係を仮定すると、白血病で過剰に死亡する確率は、50mSvでは0.004%、5mSv
では0.0004%、0.1mSvでは0.00001%と推定される。
一般に日本人のがんで死亡する確率は約25%(男性30%、女性20%)とされてい
るので、50mSvを被ばくした場合にはがんで死亡する確率は25.504(=25+0.5+0.004
)%になると推定され、5mSvでは25.0504(=25+0.05+0.0004)%、0.1mSvでは
25.001(=25+0.001+0.00001)%になると推定される。
がんの発生については、特に、食生活及び喫煙歴など、日常生活の諸要因の与え
る影響が大きく、日常生活の違いによりがんで死亡する確率の個人差は10%以上に
も及ぶと推定される。例えば、喫煙者の全がんによる死亡の相対危険度は非喫煙者
の1.65倍と推定されており、この推定値をもとに、我が国のがんで死亡する確率25
%と、男女平均の喫煙率35%を用いて、喫煙者と非喫煙者ががんで死亡する確率を
推定してみると、非喫煙者では20%、喫煙者では33%と、13%もの違いがある。
以上のことから、今回の被ばく線量のレベルでは、がんで死亡する確率の増加は
0.001〜0.48%程度であり、日本人ががんで死亡する確率が食生活等日常生活の違
いにより個人差(10%以上)があることに比べ、はるかに小さい。
4 健康管理の必要性
前述のとおり、被ばく線量からみて、今回の事故によって被ばくした労働者につ
いては、高線量の被ばくをした3名を除き、放射線によるがんの過剰死亡を検出す
ることはできないため、特別の健康診断は必要なく、健康管理、特にがん予防は、
一般に行われている健康管理で十分対応できると考えられる。
放射線業務従事者は、放射線業務に就く際に、放射線障害防止対策、放射線の生
体影響等に関する労働衛生教育を受けている。しかしながら、今回の事故は放射線
被ばくによる死者を出し、また原子力施設の周辺にまで避難等の措置がとられた我
が国の原子力史上かつてない重大な事故であったこと、事故自体が事業者にとって
も労働者にとっても想定外であったこと、さらに事故直後被ばく線量の評価が困難
であったこと等から不安感が増幅された。また、水抜き・ホウ酸水注入作業に従事
した労働者については、線量推定が十分できない状況下で相当の緊張と不安の下で
作業に当たったと考えられる。
上述のような特殊性に加え、今回の事故では、放射線業務従事者以外の労働者も
敷地内で業務中に被ばくした。これらの者は、放射線業務従事者に行われている教
育を受けていない上に、事故によって被ばくすることは全くの予想外の事態であり、
放射線業務従事者以上に大きな不安を抱いているものと考えられる。
以上のように、今回の事故については、放射線業務従事者であったか否かを問わ
ず、被ばくした労働者の不安は大きかったものと考えられる。したがって、不安解
消のために、情報提供、健康相談、カウンセリング等何らかの健康管理対策が必要
である。
5 健康管理対象者の区分
放射線の健康影響に対する不安の内容や程度は、被ばくすることを予想して業務
に当たった場合とそうでない場合とでは異なるものと考えられる。臨界終息後の復
旧作業等の防災業務については、前述のとおり、日常の管理下での被ばくでなかっ
たという特殊性はあるが、線量の評価・予測が行われ、計画的に実施されたもので
あり、これらの作業では不測の事態は生じ得ないものといえる。これに対し、事故
時及び水抜き・ホウ酸水注入作業における被ばく線量は予測できないものであり、
両者を区分して健康管理対策を講じることが妥当である。
この考え方から、健康管理の対象となる労働者を次のように区分する。
(a)事故時に被ばくした労働者(消防署員を含む。)及び水抜き・ホウ酸
水注入作業に従事した労働者
(b)臨界終息後の復旧作業等防災業務関係者
6 在職中の労働者への対応
(1)健康相談、カウンセリング
まず、事業場内に健康相談・カウンセリング体制が必要である。
専門家等による、放射線の人体への影響に関する情報の提供、個別健康相談等
を含めた健康相談、カウンセリングを適宜実施することが望ましい。
その際、事故当時放射線業務従事者であった労働者に対しては、ある程度の基
礎知識があることを前提とした相談が必要であり、一方、放射線業務従事者以外
の者に対しては、基礎的な情報についても分かりやすい説明を加えるなどのきめ
細かい対応が必要である。
このため、事業者は、事業場内で専門家や産業医等が健康相談、カウンセリン
グを実施するために必要な情報を提供する必要がある。
(2)健康診断について
一般定期健康診断は、健康状態が把握できるのみならず、健診結果を踏まえた
健康に関する相談の機会ともなるため、不安解消の手法として有用であると考え
られる。したがって、一般定期健康診断の確実な実施は重要である。なお、当然
のことながら、今後、放射線業務に従事する者に対しては電離放射線健康診断も
実施される。
また、区分(a)の労働者のうち、希望者には、不安解消の観点から、健診項
目を追加することも考えられる。
7 離職した労働者(注)への対応
(注)「離職した」とは、事故発生当時に所属していた事業場を離職したことを
いう。したがって、「離職した労働者」とは、現に職業に就いていない者だけでな
く、他の事業場に所属している者を含む。
(1)健康相談、カウンセリング
離職した労働者も、在職している労働者と同様に健康相談やカウンセリングの
対象とすべきである。
なお、離職した労働者が遠隔地に転居することも予想されるので、産業保健推
進センター、労災病院等の外部機関においても健康相談やカウンセリングを受け
ることができるようにすることが望ましい。
(2)健康診断について
離職後に他の事業場に所属している労働者は、当該事業場で実施される一般定
期健康診断を確実に受診することが重要である。
一方、区分(a)の労働者で離職後に事業場に所属しない者については、一般
定期健康診断と同等の健診が受けられるようにすべきである。この場合、地域保
健機関によって行われる既存の健診を活用することも考えられる。
さらに、区分(a)の労働者のうち、希望者には、不安解消の観点から、健診
項目を追加することも考えられる。
8 記録の保存
特に、区分(a)の労働者については、在職中及び離職後の健康管理について一
元的・長期的に記録を保存する体制が必要である。
その際、プライバシーへの配慮は不可欠であり、記録の保存に当たっては、本人
の意思を尊重しなければならない。
9 その他
急性放射線症を発症し加療中の労働者の健康管理の在り方については、別途検討
する必要がある。
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