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【調査の概要】

1 調査の方法

  従業員規模1,000人以上の大企業522社のホワイトカラー職場を対象に、本社の経営企画部門、
 総務・広報・秘書部門、経理・財務部門、人事・労務・教育部門及び営業部門に勤務している
 社員に対して、平成11年11〜12月の期間に、自記式郵送法による調査「仕事の変化が従業員の
 健康に与える影響に関する調査」を実施した。調査票の配布は、各部門の社員1名を対象に総
 数2,610人に配布し、回収数1,127人、回収率43.2%であった。調査対象企業522社は、人事・労
 務管理研究会 企業経営・雇用慣行ワーキンググループが平成11年2〜3月に実施した企業調
 査「新世紀の経営戦略、コーポレート・ガバナンス、人事戦略に関する調査(日本労働研究機
 構委託調査)」に回答を寄せた企業から選出した。なお今回の分析の一部には、この企業調査
 のデータを結合して得られた結果を使用している。
  また、ストレスやメンタルヘルスには性差が大きく影響することや、女性票が十分確保でき
 なかったことから今回の分析は男性票を中心にして行った。
  結果概要については次のとおりである。


   
2 調査結果の概要

  本調査研究では、大きく分けて3つの観点に分類できる。第一に、環境の激変に伴う企業経
 営戦略の変化が労働者のストレスや職務満足にどのような影響を与えているかである。第二に、
 企業経営戦略の変化等により、成果主義及び目標管理の在り方等が労働者のストレスや職務満
 足にどのような影響を与えているかである。第三に、労働者が持っている会社観や仕事観が労
 働者のストレスや職務満足にどのような変化を与えているかである。
  
 (1) 企業経営戦略の変化が労働者のストレスや職務満足に与える影響

  ア 勤務先企業の雇用・人事戦略とその心身影響

    雇用・人事戦略については、「終身雇用制度の在り方」、「60歳代の雇用機会に対する
   考え方」、「人事考課における評価結果の本人への開示」、「本社スタッフの大幅スリム
   化」や「法定外福利厚生費の大幅削減」などがあげられる。
    このような勤務先企業の雇用・人事戦略のうち、心身影響への関連性という点で注目さ
   れたのは、第1に、終身雇用を維持すると考えている企業で働く労働者(ストレス「あり
   」が55.0%)よりも、基本的に見直すとしたり(同62.6%)、終身雇用慣行をとっていな
   いとする企業で働く労働者の方が、ストレスが高かった(同72.7%)点である(図1)。
    第2には、勤務先企業が60歳代の再雇用・勤務延長を考えている企業で働く労働者の方
   がストレスが低く(52.0%)、職務満足が高かった(平均値9.30:職務満足の項目は4項
   目からなり、職務満足が低い場合に最小4点で、職務満足が高い場合に最大13点である。
   )。逆に再雇用等を考えていない企業で働く労働者の方が、ストレスは高く(61.3%)、
   職務満足は低くなっていた(平均値9.06)。

  注:職務満足の平均値は、数値的には大差がないように見えるが統計上は有意な差である。

    第3には、「法定外福利厚生費の大幅削減」や「本社スタッフの大幅スリム化」のよう
   なコスト削減策や効率化の実施は、労働者のストレスを高め、職務満足を低めていた。具
   体的には、「法定外福利厚生費の大幅削減」については、「行われていない」でストレス
   が低く(55.8%)、職務満足は高かった(平均値9.24)。逆に大幅削減が「行われている」
   でストレスが高く(66.4%)職務満足は低かった(平均値8.76)(図2)。
    また、「本社スタッフの大幅スリム化」については、「行われていない」でストレスが
   低く、(55.1%)、職務満足は高かった(平均値9.24)。逆に、「行われている」で、ス
   トレスが高く(61.9%)、職場満足は低かった(平均値9.03)(図3)。
    なお、「人事考課における評価結果の本人開示の有無」については、ストレスとの関連
   性はなかった。

  イ 勤務先企業の経営状態の悪化とその心身影響

    企業の経営状態についてみたところ、経営状況が「とてもよい/よい」でストレスが
   低く(「とてもよい」で54.5%、「よい」で56.9%、)、職務満足(「とてもよい」で平
   均値10.0、「よい」で平均値9.23)は高かった。逆に、経営状態が「非常に苦しい」とす
   る企業で働く労働者では、ストレスが高く(同63.6%)、職務満足(平均値8.81)は低い
   傾向にあった。
  
 (2) 成果主義及び目標管理の在り方等が労働者のストレスや職務満足に与える影響

  ア 成果主義等による仕事の質の変化

    「仕事の効率性・生産性」、「仕事の成果」、「仕事の役割分担」や「仕事の能力開発
   の機会」の4項目について、1年前との変化とストレスの関係についてみたところ、「仕
   事の生産性が高くなった」でストレスが低く(56.8%)、職務満足が高くなっていた(平
   均値9.44)。逆に、「仕事の効率・生産性が低くなった」でストレスが高く(83.6%)、
   職務満足が低くなっていた(平均値8.21)(図4)。
    「仕事の分担・役割が明確になった」については、ストレスが低く(50.0%)、職務満
   足が高くなっていた(平均値9.58)。逆に、「仕事の分担・役割が不明確になった」とす
   る人でストレスが高く(76.2%)、職務満足は低くなっていた(平均値8.30)(図5)。
    「仕事の能力開発の機会が増えた」については、ストレスが低く(49.6%)職務満足は
   高くなっていた(9.67)。逆に「仕事の能力開発の機会が減った」とする人でストレスが
   高く91.9%)、職務満足(平均値7.90)は低くなっていた(図6)。
    「仕事の成果」については、両極に分かれており、「厳しく問われるようになった」や
   「あまり問われなくなった」で、ストレスが高く(前者が64.9%で後者が66.7%)、「変
   わらない」で低くなっていた(49.7%)。
    残業時間とストレスとの関連性については、1年前と比べて残業時間が「かなり減って
   いる」とする労働者は、ストレスが低く(54.4%)、職務満足が高くなっていた(平均値
   9.24)。逆に残業時間が「かなり増えている」とする労働者は、ストレスが高く(78.3%)
   、職務満足が低い(平均値8.86)という関係にあった(図7)。
  
  イ 仕事の評価及び目標管理制度の変化とその心身影響

    勤務先企業において昇進・昇格の査定要素として何が重視されているかにつき、勤務先
   企業を「職務遂行能力重視型」、「業績・成果重視型」、「学歴・勤続年数重視型」に分
   けてみたところ、こうした勤務先における仕事の評価については、「業績・成果重視型」
   でストレスが低く(55.3%)、職務満足が高くなっていた(平均値9.25)。逆に「学歴・
   勤続年数重視型」とする人で、ストレスが高く(67.3%)、職務満足が低い傾向にあった
   (平均値8.62)(図8)。
    目標設定と評価制度については、目標設定と評価制度の仕組みがある企業で働く人は約
   7割であった。この仕組みがある企業で働く労働者のうち、目標を「自分の意向でかなり
   決められる」でストレスが低く(48.5%)、職務満足が高かった(平均値9.52)。逆に、
   「上司から一方的に決められる」という人でストレスが高く(72.0%)、職務満足は低い
   (平均値8.29)という関係にあった(図9)。
    また、目標管理の納得性について、「設定された目標に納得している」、「評価に関わ
   る運用(評価者・評価基準の公開制など)について納得している」、「評価結果には納得
   している」、「納得のいかない評価に対する異議申立が出来る」、「評価に対する異議申
   立に納得のいく説明や結果が期待できる」や「評価の賃金・賞与への反映に関して納得し
   ている」についてみたところ、これらの項目の全てについて、「納得できない」又は「
   期待できない」等の回答をしている人ほどストレスが高く、職務満足も低くなっていた。
    これらを個別にみてみると、「設定された目標に納得している」については、「納得し
   ている」でストレスが低く(45.2%)、職務満足が高かった(平均値9.83)。逆に、「納
   得していない」でストレスが高く(81.3%)、職務満足が低かった(平均値7.44)。
    「評価に関わる運用について納得している」については、「納得している」で、ストレ
   スが低く(43.4%)、職務満足が高かった(平均値10.1)。逆に、「納得していない」で、
   ストレスが高く(72.5%)、職務満足が低かった(平均値8.07)。
    「納得いかない評価に対する異議申立ができる」については、「あてはまる」でストレ
   スが低く(52.7%)、職務満足が高くなっていた(平均値10.0)。逆に、申立が「あては
   まらない」でストレスが高く(71.1%)、職務満足が低くなっていた(平均値8.58)。
    「評価に対する異議申立に納得のいく説明や結果が期待できる」については、「期待で
   きる」でストレスが低く(49.3%)、職務満足が高くなっていた(平均値10.15)。逆
   に「期待できない」でストレスが高く(69.4%)、職務満足が低くなっていた(平均値
   8.47)。
    「評価の賃金・賞与への反映に関して納得している」については、「納得している」で
   ストレスが低く(44.6%)、職務満足が高かった(平均値10.3)。逆に「納得していない」
   でストレスが高く(76.3%)、職務満足が低かった(平均値8.06)。
    目標を設定し、その達成を賃金や昇進に反映させる場合、目標の決め方や目標管理の運
   用の仕方や評価に労働者の参加と納得性が得られているのかどうかが、労働者のストレス
   や職務満足との関係で決定的に重要であるということも、今回の調査・分析の結果明らか
   になった最も重要な点の一つである。
   
 (3) 会社に対する評価及び会社観・仕事観と心身影響との関係

   賃金水準の維持・向上、仕事の量や質、雇用保障、労働者の健康管理、労使間の十分なコ
  ミュニケーションをはじめとする13項目のそれぞれに対する会社側の配慮の程度を回答して
  もらった結果、13項目中7項目で、「十分/配慮している」が「余り/全く配慮していない」
  を上回った(表1)。
   会社の配慮度に対する評価との関連では、いずれの項目でも、会社の配慮度に対する評価
  の高い人ほど、ストレスが低く、職務満足が高いという関係にあった。ただし、この関係が、
  労働者に対する会社側の配慮度が労働者の職務満足やストレスを左右するということにどの
  程度反映しているのかについて今後検討されなければならない。
   会社観・仕事観の中で「会社のためなら多少は私生活を犠牲にしてもやむを得ない」や
  「会社名や社内での地位が自分の励みになっている」の項目について、職務満足との関係は、
  「強くそう思う」という人ほど職務満足が高い傾向(「私生活を犠牲にしてもやむを得ない」
  で平均値9.08、「社名や社内での地位が自分の励みになっている」で平均値10.5)にあり、
  同時に、ストレスも「強くそう思う」人で高くなる傾向にあった(「私生活を犠牲にしても
  やむを得ない」でストレス「あり」が83.3%、「社名や社内での地位が自分の励みになって
  いる」で同84.6%)(図10図11)。会社への忠誠心や仕事への意欲が高過ぎるのも、過剰
  適応や生活の歪みを生んで、ストレスを高めることを示唆する結果であった。


3 今後の課題

  [職場におけるストレスの増大]

   労働者が生活をしていく上で、ストレスは職場に限らず、生活上のあらゆる場面で常に伴
  うものである。さらに、職場におけるストレスについても、人事・労務管理によるストレス
  だけでなく、人間関係や職場の雰囲気等に起因する多様なストレスが考えられる。しかし、
  近年企業の経営環境が厳しさを増す中で、労働者は雇用や将来に対する不安や人事・処遇の
  変化、仕事や職場の変化にさらされ、職場における「人事労務管理によるストレス」は増大
  していると考えられる。
   人事労務管理制度の変化は、企業が経済社会の変化に対応するため不可避なものであるが、
  労働者が過剰なストレスを抱えた場合、仕事の生産性の低下や心身の変調へとつながること
  が懸念され、企業としても看過できない問題である。このため、労働者のストレス対策は、
  今まで以上に重要となっている。
  
  [総合的なストレス対策の必要性]

   ストレス対策は、労働者の許容量を超える過度のストレッサー(ストレスの原因となるも
  の)にさらさない積極的な配慮(ストレッサーコントロール)と労働者が受けたり蓄積した
  りしているストレスをカウンセリング等で解消する事後的対応(ストレスコントロール)の
  2つの面があり、十分なストレス対策を実施するためには両者を有効に組み合わせ、総合的
  なストレス対策を実施することが重要である。
   しかしながら、人事・労務管理の在り方と職場におけるストレッサーに関する研究はこれ
  まで十分に行われておらず、今日の労働者がどのようなストレッサーにさらされているかは
  明確ではなかった。本調査は、近年の人事・労務管理の変化に伴う職場のストレッサーと労
  働者のストレスとの関係(本社スタッフの大幅スリム化といった企業経営戦略の在り方、仕
  事の目標の設定の仕方、個人の会社観・仕事観といったものがストレッサーとどう関わって
  いるかなど)を研究した我が国で最初の調査として意義あるものといえる。
   本研究成果を踏まえると、今後企業には、従来のような労働者が受けたストレスの解消の
  支援(ストレスコントロール)だけでなく、労働者が受けるストレッサーが許容量を超える
  ものとならないとする配慮、すなわちストレッサーコントロールが求められるであろう。労
  働者の健康な職業生活=QOL(Quality of Life)を守るためには、ストレスの問題を個
  人の原因に帰するのではなく、労働者全体の問題として企業がストレッサーコントロールと
  ストレスコントロールを一体的に行うことが必要であり、政府においてもそうした企業の取
  組を促進することが必要である(参考)。

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