平成11年版労働経済の分析 <要  約> ─── 急速に変化する労働市場と新たな雇用の創出───  平成11年7月 労  働  省 目 次 骨 子 第T部 平成10年労働経済の推移と特徴 第1章 雇用・失業の動向 第2章 賃金、労働時間、労働安全衛生の動向 第3章 物価、勤労者家計の動向 第4章 労使関係の動向 第U部 急速に変化する労働市場と新たな雇用の創出 第1章 労働市場の実態  第1節 失業の実態と社会的コスト  第2節 労働市場の構造的変化とその背景  第3節 経済変動と雇用 第2章 雇用創出の状況  第1節 雇用構造の変化  第2節 雇用創出の実態  第3節 雇用発展分野の特徴と課題 第3章 雇用構造の転換  第1節 雇用構造の円滑な転換  第2節 雇用政策の展開  第3節 今後の課題 まとめ 急速に変化する労働市場と新たな雇用の創出 我が国の雇用・失業情勢は、これまでにない厳しい状況を迎えている。完全失業者数は1998年の前半に一気に50万人も増加し、完全失業率は4月以降4%台と我々がこれまで経験したことのない水準に達している。また、雇用者数が比較可能な1954年以来初めて暦年ベースで前年より減少し、特に製造業、建設業の減少が著しい。 こうした動きは、我が国経済全体の景気の低迷によるところが大きいが、それだけではなく、1990年代に入ってバブルが崩壊した後、労働市場が中長期的・構造的に変化していることの反映でもあると考えられる。 すなわち、完全失業率はバブル期にいったん低下した後、1990年代にじりじりと上昇を続けており、しかも、上昇のスピードは1970年代、1980年代と比較してもかなり速い。また、我が国経済全体がグローバル化、情報化等のうねりの中で急激な構造変化のただ中にあり、このことが労働市場の構造に大きな変化をもたらしている。一方、労働力供給面においても、急ピッチで進む高齢化、女性の職場進出等が大きな影響を与えている。また、パートタイム労働者が急激に増加するなど就業形態の多様化が進んでおり、若年層を中心に失業や転職に関する意識が大きく変化しつつある。 したがって、今後の雇用・失業情勢を展望し、雇用政策の在り方を検討するためには、労働市場の中長期的・構造的変化を分析することが重要であり、雇用の安定・確保のため、雇用創出の状況について把握することが不可欠である。 そこで、「平成11年版労働経済の分析」(平成11年版労働白書)では、第T部「平成10年労働経済の推移と特徴」において、景気の動向等を反映して、厳しさを増していった労働経済の動向について、1998年を中心に分析した。また、第U部「急速に変化する労働市場と新たな雇用の創出」においては、上のような観点に立って、失業を中心とした労働市場の実態とその構造的変化について分析するとともに、雇用創出の状況を把握し、21世紀に向けて雇用構造の円滑な転換を進め、雇用の安定を図るための課題を検討した。 その概要は以下のとおりである。 骨 子 第T部 平成10年労働経済の推移と特徴 1998年(平成10年)には、年平均の完全失業率が 4.1%、前年差 0.7%の大幅な上昇となるなど、雇用・失業情勢は急速に深刻さを増した。この背景には、我が国経済に対し、第1次石油危機に匹敵するインパクトが長期間続いていることがある。現金給与総額は調査開始以来初めて減少した。総実労働時間は引き続き減少した。実収入の減少、平均消費性向の大幅な低下から、消費支出は大幅に減少した。 第1章 雇用・失業の動向 (1998年前半に労働力需給は急激に悪化)1998年の雇用・失業情勢の特徴としては、年前半に求人の大幅減少、求職者の大幅増加が続いたことから有効求人倍率が大きく低下した後、年後半には低下が緩んでいる。 この結果、有効求人倍率は0.53倍と比較可能な1963年以降で最低の水準となった。新規学卒労働市場においても、企業の採用意欲は一段と減退している。こうした需給の悪化を受けて、完全失業率は2〜4月にかけて急上昇し、4月には初めて4%を超えた。5月以降も緩やかに上昇を続け、1999年3月には 4.8%となった。非自発的離職失業者の増加とともに、雇用需要の減少、採用の抑制に伴い再就職の困難度が増したことから失業期間は長期化した。また、雇用者数は、建設業、製造業で大幅減少となり、年平均で初めて前年を下回った。さらに、需要不足失業率が急激に上昇したことに加え、構造的・摩擦的失業が増加を続けたことが、失業率の水準を押し上げた。 第2〜4章 賃金、労働時間等の動向 (調査開始以来初めて減少した現金給与総額と引き続き減少した総実労働時間) 所定内給与の低い伸び、所定外給与や特別給与の大幅な減少を受け、現金給与総額は調査開始以来初めて減少した。労働時間は、所定内労働時間の減少に加え所定外労働時間が減少に転じたことから、総実労働時間は引き続き減少した。勤労者家計をみると、実収入の現行の調査開始以来最大の減少に加え、雇用不安や所得環境の悪化、先行き不透明感の高まりを背景に、平均消費性向が大幅に低下したことから、消費支出は大幅な減少となった。 第U部 急速に変化する労働市場と新たな雇用の創出 第1章 労働市場の実態  若年層は自発的離職失業の増加等により失業率が高い。45〜59歳の中年層や世帯主の失業率は低いが、再就職が困難であり失業期間が長期化しやすい。高年齢層は、雇用需要が不足しており、男性60〜64歳層の失業率は高水準となっている。製造業、建設業からの離職者は離職期間が長くなる傾向がある。日米の失業率の逆転は景気動向の違いとアメリカの労働市場の効率性の改善による。失業の増加は、生産、消費の減少、技能損失や心理的ショック等社会に様々な影響をもたらす。失業世帯は配偶者の収入、資産の取り崩しで消費水準の低下を抑えている。 失業は、景気動向で増減する需要不足失業と労働市場の構造で決まる構造的・摩擦的失業に分けられる。構造的・摩擦的失業率は中長期的な上昇がみられ、特に第1次石油危機後とバブル崩壊後に大きく上昇しているが、バブル崩壊後の大幅上昇の背景には、産業間や年齢間のミスマッチの拡大、就業形態の多様化の進展等がある。ミスマッチと関連の強い失業継続期間は第1次石油危機後とバブル崩壊後に上昇し、摩擦的失業と関連の強い失業頻度はバブル期以外は上昇傾向にある。なお、女性の就業意欲の高まりを背景に、女性の労働力率の需給感応度が低下し、失業率が需給に感応的になっている。 今回の雇用者数の大幅減は、建設業、製造業の減少によるが、製造業の大幅減はバブルの精算終了前に再び生産が減少し、労働生産性が低下したためである。先行き不透明の高まり等から、雇用過剰感はかつてなく高まっており、バブル崩壊後、生産や企業収益の変動に対する企業の雇用調整行動はやや速まっている。企業の雇用量調整は、入職抑制中心であるが、今後の産業構造調整の中で、この方法が困難となる可能性がある。 第2章 雇用創出の状況  第3次産業では、バブル崩壊後も雇用者数は増加を続けており、特に情報分野、対事業所サービス、医療・福祉分野、余暇関連分野などのサービス業、スーパーやコンビニエンス・ストアなどの卸売・小売業,飲食店で雇用が創出されている。規模別には、中堅規模の比率が緩やかに上昇しており、今後も中堅規模の雇用創出が期待される。バブル期の雇用創出は大都市圏が中心だが、バブル崩壊後は大都市圏の吸引力は低下した。 新設事業所の雇用創出は、新規企業と既存企業の事業拡大でほぼ同じとなっており、新規企業の4分の3は独立企業、4分の1は子会社の設立によるものである。既存事業所の雇用の増減は、主に雇用創出率の変動によるが、事業所単位では一般労働者からパートタイム労働者への代替は少ない。企業の新規事業展開は、本業関連分野を中心に行われており、必要な労働力は内部調達によろうとしているが、企業内に存在しない人材等を採り入れる姿勢も強めている。 近年雇用の伸びが大きく、今後も雇用創出効果が高く見込まれる分野としては、「情報通信分野」、「医療・福祉分野」、「教育・余暇分野」及び「ビジネス支援分野」の4分野を取り上げることができるが、各分野とも、今後の課題としては、人材の確保とそのための労働条件整備、少子・高齢化が進む中での中高年齢層の活用、高度化・多様化するニーズや技術に対応した人材の育成等があげられる。 第3章 雇用構造の転換  就業構造は産業面、職業面ともに大きく変化しているが、これまでのところ転職の寄与は小さい。今後は、少子・高齢化が進むと、若年層の新規入職と高年齢層の退職のみでは十分な就業構造の変化が行われないため、転職が重要な役割を果たすことになる。職業能力開発については、OJTを中心としつつも自己啓発の比重が高まっている。  雇用対策は、事後的施策から雇用維持やミスマッチ、雇用創出対策へと拡大し、労働市場におけるルールの整備と労働力需給調整機能の強化が図られ、職業能力開発もより重視されるようになってきた。雇用保険の失業給付には、失業中の家計の下支え効果等がある。公共職業訓練は、訓練内容が仕事への定着度等に影響を与えている。近年は専門的・技術的・管理的職業従事者の公共職業安定所の利用も高まっている。国際的にも雇用問題の解決が重要視される中で各国共同で取組が行われている。 長期雇用慣行には、学卒から定年まで1つの企業に勤めるという側面と、不況期にも安易に解雇を行わず、雇用維持に努めるという側面がある。また、社会的にも、企業労働者双方にとっても、メリットとデメリットがある。今後、雇用慣行は緩やかに変化すると考えられるが、企業、労働者とも現在でも支持が高く、安易な雇用調整は企業に対する信頼の喪失を招き、人材確保に支障をきたすおそれがある。  緩やかな変化に対応して円滑な労働移動を支援するためには、エンプロイアビリティの向上、労働市場の整備、セイフティネットの整備、雇用の創出等が重要である。一方、雇用維持の支援も重要であり、特に、中年層の雇用不安の解消のためには、エンプロイアビリティの向上等だけでなく、これまで培ってきた能力をいかす方策が必要である。職業能力開発の課題としては、職業能力開発投資の確保・増強、ニーズへの的確な対応、体系及び評価の整備、若年層の職業能力開発が重要である。 第T部 平成10年労働経済の推移と特徴 第1章 雇用・失業の動向  (平成10年の雇用・失業情勢の特徴) ○ 1998年の雇用・失業情勢は急速に深刻さを増した。この背景には、我が国経済が、バブル崩壊後の景気回復局面を経た後1997年3月を景気の山として再び景気後退局面に入り、実質国内総生産(GDP)が戦後初めて5・四半期連続の減少となるなど、第1次石油危機に匹敵するインパクトが長期にわたり続いていることがある。雇用・失業情勢の特徴としては、@有効求人倍率は過去最低の水準に低下し、完全失業率がこれまでにない上昇幅で上昇するなど年前半に労働力需給が急激に悪化したこと(第1図)、A景気低迷が続く中で、非自発的理由による離職失業者や求職者が大幅に増加し、失業期間の長期化もみられたこと、B雇用者数が初めて前年より減少したこと、これら3つの景気的な要因に加え、C構造的・摩擦的な失業も増加を続けたことが失業率の水準を押し上げたこと、の4点があげられる。1999年に入っても雇用・失業情勢は依然厳しく、完全失業率はさらに上昇し、3月には 4.8%となった。  (大幅に減少した新規求人) ○ 新規求人数(新規学卒者を除く)は1998年平均で前年比11.9%減と4年ぶりに減少した。四半期別の動きを季節調整値でみると、1997年10〜12月期以降、前期比4〜5%の減少を続けたが、1998年後半には前期比1%程度の減少と落ち着きをみせ、1999年1〜3月期には 0.3%増とわずかながら増加した。産業別には、全ての産業で求人が減少したが、製造業と建設業で落ち込みが大きい。特に、製造業は1997年4〜6月期以降大幅な減少が続き、1998年10〜12月期までに約4割も落ち込んだ(第2図)。  (新規求職は大幅に増加) ○ 一方、新規求職者は1997年から増加基調にあったが、1998年に入り、景気の低迷が長引く中で増加幅が大幅に拡大し、1998年平均で前年比15.4%の大幅な増加となった。常用新規求職者の増加を自発的離職求職者、非自発的離職求職者、離職者以外の求職者に分けてそれぞれの寄与度をみると、いずれの寄与も増加しているが、非自発的離職求職者と離職者以外の求職者の増加寄与が大きい(第3図)。ただし、1999年1〜3月期には離職求職者はともに減少となった。こうした状況を背景に、雇用保険の受給者実人員も第1次石油危機後の1975年を上回る過去最高の水準となった。  (有効求人倍率は過去最低の水準に低下) ○ 有効求人倍率(季節調整値)は1998年1〜3月期に0.61倍と前期差0.07ポイントの急落となった後、4〜6月期0.54倍、7〜9月期0.49倍と大幅に低下し、10〜12月期には0.47倍となった(前掲第1図)。1998年平均では、0.53倍となり、1997年の0.72倍を大きく下回り比較可能な1963年以降で最低の水準となった。また、単月でみて1998年10月から12月の0.47倍は過去最低の水準である。その後、1999年1〜3月期には0.49倍とやや水準を戻している。1998年10〜12月期までの低下幅を第1次石油危機後やバブル崩壊直後の景気後退期と比較すると、今回の低下幅は相対的に小さいが、そもそも景気の山の時の水準が1倍を大きく下回っていたため、有効求人倍率はかつてない水準に低下した(第4図)。新規学卒労働市場においても、大学新卒者の就職率が低下、高校新卒者の求人倍率が大幅に低下するなど、企業の採用意欲は一段と減退している。  (男女とも労働力率が低下) ○ 労働力人口は前年差6万人増と増加幅が非常に縮小した。なかでも男性は比較可能な1954年以降で初めて前年より減少した。労働力率の動きをみると、1998年を通じて前年を下回り、年平均では63.3%と前年差 0.4%ポイント低下した。男女別には、男性が前年差 0.4%ポイントの低下、女性が同 0.3%ポイントの低下となった。1998年の労働力率の低下について年齢階級別にみると、男性はほとんどの年齢階級で低下したが、需給に敏感に反応しやすい15〜24歳層と65歳以上層で低下幅が大きかった。女性は、人口構成変化要因を除けばおおむね横ばいであり、1993〜95年に比べ低下幅が小さい。ただし、4〜6月期以降、パートタイム労働者の需要の鈍化等により労働市場への純流入の動きが弱まったため、35〜44歳層を中心に女性労働力率が低下した(第5図)。  (減少に転じた就業者数) ○ 就業者数は、1998年平均で6,514万人、前年差43万人減と1975年以来の減少となり、減少幅は比較可能な1954年以降で最大となった。男女別にみると、男性は年初から前年を下回る水準で推移したが、女性は、パートタイム労働者の増加を背景に1〜3月期までは増加を続けており、パートタイム労働者の需要にかげりがみられる中で4〜6月期以降減少に転じ、その後は男性と同程度の減少幅となった。就業者を自営業主、家族従業者、雇用者のそれぞれに分けてみると、就業者の約8割を占める雇用者が減少に転じたことが、就業者数の減少に大きく影響した(第6図)。  (製造業、建設業の雇用者数が大幅減少) ○ 雇用者数は、1998年平均で5,368万人、前年差23万人減となり、比較可能な1954年以降で初めて前年より減少した。これは、例年は新規入職者を中心に雇用者数が大幅に増える春先に、入職抑制が厳しく行われたことが大きく影響した。産業別にみると、サービス業は増加は続いたが1997年より伸びは大幅に鈍化した。卸売・小売業,飲食店は小売業,飲食店での臨時・日雇の増加を主因に増加基調で推移した。一方、建設業と製造業で雇用者数が大幅に減少した。建設業は、これまで景気後退期には雇用の受け皿として機能してきたが、今回は雇用者数が減少した。製造業については、バブル崩壊後雇用者数が減少基調にあり、1996〜97年に生産の増加によりいったん下げ止まったが、バブル崩壊後の雇用調整が完全に終了していなかったことから、生産が力強い回復に至る前に1997年10〜12月期以降落ち込むのと同時に雇用者数の調整が再発し、これに景気要因が重なり雇用者数が大幅な減少に転じたものとみられる(第7図)。  (職業別にはブルーカラー職種で大きく減少) ○ 職業別に雇用者数の動きをみると、製造業、建設業の低迷を背景に単純工、技能工で雇用過剰感が急激に上昇し、ブルーカラー職種で雇用者数が大きく減少した。また、管理的職業従事者も過剰感がさらに高まり雇用者数は引き続き減少した。一方で、専門的・技術的職業従事者は雇用者数の増加が続いており、雇用不足感も依然みられる(第8図)。  (パートタイム労働者の構成比が上昇) ○ 常用労働者のうち、一般労働者は前年比 0.8%の減少に対し、パートタイム労働者は前年比 4.2%の増加となり、パートタイム労働者の構成比を試算すると18.86%と前年差0.75%ポイントの上昇となった。産業別には、卸売・小売業,飲食店で36.11%(前年差1.30%上昇)と高い水準にあり、上昇の程度も大きい。  (入職率が大きく低下、非自発的な離職率が上昇) ○ 常用労働者の入職率は1.88%と、前年差0.11%ポイント低下、離職率も1.96%と前年差0.04%低下となったことから、1998年平均では0.08%ポイントの離職超過となった。すなわち、常用労働者数の減少は、主に年前半に厳しい入職抑制の動きが起こったため、入職率が低下し、離職超過幅が拡大して生じたものといえる。ただし、1998年上期の離職率を離職理由別にみると、自発的な離職率は低下したが、非自発的な離職率は上昇しており、また、企業倒産による倒産従業員被害者数も大幅に増加したことから、倒産等も含めた非自発的な離職の増加が、後にみるように失業者の増加に大きく影響しているといえる。  (2〜4月に急激に上昇した完全失業率) ○ 完全失業率は1998年2〜4月にかけて急激なペースで上昇し、4月には現行の統計調査開始以来初めて4%を超え、年平均でも 4.1%と1997年よりさらに 0.7%ポイント上昇した。男女別にみても、男性 4.2%、女性 4.0%と、男女ともこれまでにない高さとなった。完全失業者数は1998年平均で279万人(前年差49万人増)、男女別には男性168万人(同33万人増)、女性111万人(同16万人増)といずれも水準、増加幅ともこれまでで最大となった。月別に完全失業率の推移をみると、2〜4月にかけて急上昇した後、5月以降は緩やかな上昇となったが、1999年2月以降再び上昇幅が拡大し、3月には 4.8%(男女とも 4.8%)となった(第9図)。また、完全失業者数も1999年1〜3月期に317万人(原数値、前年同期差63万人増)と初めて300万人台となった。 ○ 1998年前半について、完全失業率が急上昇した背景を整理すると、生産活動の減少、停滞等を背景に1997年末から新規求人が大きく減少し、入職抑制が強く行われたこと、雇用調整実施事業所割合の上昇や非自発的な離職率の上昇、倒産件数の増加等にみられるように離職を余儀なくされる者が増加しており、製造業や建設業を中心に離職求職者数が大幅に増加した結果新たに失業者となる者が急増したこと、労働力需給の悪化により一度失業するとなかなか再就職できない情勢となったことにより完全失業者が大幅に増加したことがあげられる。年後半は、再就職の状況は依然として非常に厳しいものの、生産や新規求人の減少に下げ止まりがみられ、年前半のように離職求職者数が加速度的に増加する情勢でなくなったため、失業率の上昇テンポは年前半に比べれば緩やかであった。今回の失業率の上昇幅を過去の不況期と比較すると、円高不況期やバブル崩壊後の上昇幅を大きく上回り、第1次石油危機後とほぼ同じテンポで上昇した。  (非自発的離職失業が急増) ○ 完全失業者の増加について求職理由別にみると、各属性とも大きく増加している。特に非自発的離職失業者が1998年は前年差31万人増と大幅に増加しており、新たに失業へ流入する者の増加と同時に失業状態も長期化している(第10図)。自発的離職失業者も増加しているが、失業期間が長期化しているためであり、自発的離職から新たに失業へ流入する動きは鈍化している。世帯主との続き柄別に完全失業者数をみると、1998年は世帯主の配偶者をはじめ、いずれの続き柄においても大幅に上昇し、過去最高の水準となった(第11図)。なお、続き柄別の完全失業率は、単身世帯やその他の家族に比べれば世帯主、世帯主の配偶者の完全失業率の水準、上昇幅は低く、相対的に安定しているといえるが、これらの続き柄の完全失業率も過去最高の水準となっている。  (失業への流入、非労働力への流出とも増加) ○ 労働力状態の変化(フロー)をみると、1998年に入り、男性・女性とも、就業者が失業化する流れが大幅に増加しており、新たに失業者となったものが急激に増えたことが確認できる。一方で、就業者が労働市場から退出し、非労働力人口となる動きも男女とも大きく増加しているほか、完全失業者が非労働力化する動きも増加しており、労働力率が低下した。また、この就業から失業、非労働力への動きとも大幅に増加したことで、就業者数がこれまでで最大の減少幅となった(第12図)。また、離職を余儀なくされる者の増加や再就職が困難なことを反映し、1998年は男女とも失業頻度が上昇し、失業継続期間が長期化している。  (需要不足失業が大幅に増加) ○ UV分析を用いて完全失業率を構造的・摩擦的失業率と需要不足失業率に分けてみると、1998年平均の完全失業率 4.1%のうち、構造的・摩擦的失業率が 3.2%、需要不足失業率が 0.9%となっているが、1997年10〜12月から1998年10〜12月期にかけての完全失業率の上昇 0.9%ポイントのうち需要不足失業率の上昇分が 0.6%ポイント程度を占めており、構造的・摩擦的失業率が長期的に高まっていることに加えて、1998年に需要不足失業率が急上昇したことが、失業率を4%台にまで上昇させたことを示している(第13図)。  (障害者実雇用率は前年よりやや上昇) ○ 1998年6月1日現在における障害者実雇用率は1.48%と、前年(1.47%)を上回り過去最高の水準となった。しかし、法定雇用率未達成企業の割合も、49.9%と前年(49.8%)より 0.1%ポイント上昇した。実雇用率を企業規模別にみると、 300人以上規模企業では前年に比べ上昇したが、 300人未満規模企業では1994年以降実雇用率の低下が続いている。また、景気の低迷を受けて、障害者の解雇届出数も増加した。  (外国人労働者の動向) ○ 我が国における外国人労働者数は合法・不法を合わせ1997年現在約66万人で、そのうち就労が認められている在留資格の外国人登録者数は過去最高の水準となり、就労目的の新規入国外国人は1998年には前年に比べ8.5%増加した。就労する日系人等も一貫して増加している。他方、不法就労者も依然として高水準と推測される。また、1998年の外国人雇用状況報告結果によると、直接雇用の事業所数は前年に比べ7.9%増となり、産業別には製造業、サービス業、卸売・小売業,飲食店の3産業で全体の約9割を占めている。 第2章 賃金、労働時間、労働安全衛生の動向  (賃金の動向) ○  1998年の賃金(事業所規模5人以上)は、雇用情勢の急激な悪化と企業利益の減少を背景に、1998年の春闘賃上げ率が過去最低となったことなどを受けて、所定内給与が統計調査開始以来最も低い伸びとなった。これに加え、所定外給与及び特別給与も大幅な減少に転じたため、現金給与総額は前年比 1.3%減と統計調査開始以来初めて減少した(第14図)。このため、実質賃金は、消費者物価が1997年の消費税率の引上げの影響の剥落等により安定したにもかかわらず、前年比 2.0%減となった。 ○ 労働省労政局調べによる1998年の民間主要企業の春季賃上げ率をみると、2.66%と1997年の2.90%を下回り比較可能な1965年以降で最も低い数字となった。また、民間主要企業の夏季一時金は前年比1.11%増であったが、伸び率は1997年(2.89%増)を下回り、年末一時金の伸び率は前年比1.83%減と、1997年(2.78%増)の増加から減少に転じた。なお「毎月勤労統計調査」により、中小企業も含めた賞与(事業所規模5人以上)をみると、夏季(2.1%減)、冬季(2.9%減)ともに減少したが、その大きな要因は経常利益の減少と労働力需給の悪化であり、冬季は、さらに消費者物価が1997年より安定したことも影響した。   (引き続き減少した総実労働時間) ◯ 1998年の総実労働時間(事業所規模5人以上)は、前年比1.1%減(前年同1.4%減)と引き続き減少した(第15図)。所定内労働時間は1997年と同様、小規模事業所ほど減少しているが、これは法定労働時間週40時間労働制の達成事業所割合が増加したことによる。  (大幅に減少した製造業の所定外労働時間) ◯ 1998年の所定外労働時間は、景気の低迷を背景に、製造業で大幅に減少したほか、建設業、卸売・小売業,飲食店でも減少幅が拡大したことから、1997年の増加から減少に転じたが、年後半は横ばい又はやや弱含み傾向で推移した。  (死傷災害の動向) ◯ 1998年における労働災害の発生状況をみると、死傷者数(死亡及び休業4日以上)は14万8,248人(前年比5.4%減)と引き続き減少した。また、死亡者数は1,844人(前年比11.3%減)となり初めて2,000人台を割り込んだ。 第3章 物価、勤労者家計の動向  (物価の動向) ○ 1998年の国内卸売物価は、前年比1.5%下落と、6年ぶりの上昇となった1997年(同0.6%上昇)から再び下落に転じ、弱含みで推移した。消費者物価(総合)は、1〜3月期は前年同期比2.0%上昇となったが、その後は消費税率引上げの影響の剥落等により安定して推移し、前年比0.6%上昇した。消費者物価の動きを、商品・サービス分類別でみてみると、生鮮商品以外のすべての分類が物価の安定に寄与している(第16図)。  (勤労者家計の動向) ○ 1998年の勤労者世帯の家計収入(実収入)は世帯主収入の大幅な減少から、前年比名目 1.1%減少、同実質 1.8%減少と減少幅はいずれも現行の調査開始以来最大となった。また、可処分所得も、名目では現行の調査開始以来初めての前年比 0.2%減少となった。 ○ 家計収入の減少に加え、平均消費性向が前年比 0.7%ポイント低下し、71.3%と現行の調査開始以来最低の水準となったため、消費支出は名目前年比 1.1%減と現行の調査開始以来最大の減少、実質でも同 1.8%減と第1次石油危機に次ぐ減少と低調となった(第17図)。また、一般に実質可処分所得が減少した時には、消費水準はすぐ下がらないため平均消費性向が上昇する傾向にあるが、厳しい雇用・失業情勢を反映した雇用不安や所得環境の悪化と将来の先行き不透明感の高まりを背景に、消費マインドが冷え込んだため1998年は、実質可処分所得の減少にもかかわらず平均消費性向は大幅に低下した(第18図)。 ○ 30〜40歳台の中堅層では雇用不安や将来の先行き不透明感を厳しく受け止め、平均消費性向が大幅に落ち込んだことから、実質消費支出が大幅な減少となった(第19図)。 第4章 労使関係の動向  (1999年春の労使交渉) ○ 1999年春季労使交渉は、我が国経済は依然として極めて厳しい状況にあるが、各種の政策効果に下支えされて下げ止まりつつあり、雇用情勢については雇用者数が減少し、完全失業率がこれまでにない高さに上昇しているという状況下で行われ、賃上げ額は、おおむね1998年を下回る内容となり、主要単産における大手企業の賃上げ額は、電機 500円(ベア・35歳ポイント回答)、自動車 6,626円(定昇込・平均賃金方式)だった。 第U部 急速に変化する労働市場と新たな雇用の創出 第1章 労働市場の実態  第1節 失業の実態と社会的コスト  若年層は自発的離職失業の増加等により失業率が高い。45〜59歳の中年層や世帯主の失業率は低いが、再就職が困難であり失業期間が長期化しやすい。高年齢層は、雇用需要が不足しており、男性60〜64歳層の失業率は高水準となっている。製造業、建設業からの離職者は離職期間が長くなる傾向がある。日米の失業率の逆転は景気動向の違いとアメリカの労働市場の効率性の改善による。失業の増加は生産、消費の減少、技能損失や心理的ショック等社会に様々な影響をもたらす。失業世帯は配偶者の収入、資産の取り崩しで消費水準の低下を抑えている。  (世代によって異なる失業の様相) ○ バブル崩壊以後、各年齢層とも完全失業者は増加し、完全失業率は上昇している。若年層では、労働力需要は相対的に強いため有効求人倍率は高水準であるが、自発的離職失業者の増加、パート・アルバイトの比率の高まり等により、完全失業率が高く、その上昇幅も大きい。45〜59歳の中年層は、完全失業率の水準が低く、相対的に安定しているが、1998年には大きく上昇した。この背景には、非自発的離職率の上昇に加え、再就職が困難なことがある。高年齢層では、定年退職など非自発的な離職が際だって多い一方で、それに見合う雇用需要が不足していることから、男性60〜64歳層の完全失業率は1998年には10.0%に達している(第20図、第21図)。中年層の男性の失業継続期間は長くなっている。  (他産業へ転職しにくい製造業、建設業) ○ 労働者の蓄積した技能をいかそうとする労働者・企業双方の意向もあって、労働移動は同一職業内、産業内移動が主体で、離職(失業)期間も他職業・他産業へ転職する方が長く、労働市場は職業別・産業別に緩やかに分断されている(第22図)。産業間労働移動のなかでも、第3次産業間の移動は相対的に容易だが、製造業、建設業からの移動は困難度が高く、特に製造業は、バブル崩壊後雇用需要の落ち込みが続いているため、離職率は低いが、いったん離職すると製造業への再就職は難しく、失業期間が長くなっている。  (高まりはみられない長期失業率) ○ 男性、正規の職員・従業員で長期失業者割合が高まっているが、女性、パート・アルバイト等の長期失業者割合の低いタイプの労働者が増加しているため、長期失業者割合はさほど高まっておらず、長期失業率は完全失業率の上昇とほぼ同じ動きをしている。  (アメリカは失業期間が短期の者が多い) ○ アメリカと比較すると、日本は長期失業率が高くアメリカは短期失業率が高い傾向にあるが、@景気により上下する長期失業率がアメリカでは低下、日本では上昇(景気局面の違い)、A短期失業率がアメリカで低下(アメリカの労働市場の効率性の改善の可能性)していることから、1998年12月には日米の失業率の水準が逆転した。求職理由別には、アメリカは非自発的離職失業者が約半数を占め日本は自発的離職失業者が多い(第23図)。  (失業の社会的コスト) ○ 失業の増加は社会に様々な影響をもたらす。マクロ的には、供給面では労働力が十分に活用されないことにより、経済が持つ潜在的な生産能力が発揮されなくなってしまうほか、需要面では、所得の減少、消費マインドへの影響の両方を通じて消費の減退をもたらす。 ○ 失業世帯は、世帯主収入の大きな減少に対して、配偶者の収入等で支えるとともに、金融資産を取り崩すことで、消費水準の低下を抑えている(第24図)。しかし、年齢階級別には50歳台の失業世帯で消費を大きく切り下げている。1994年の失業世帯を1984年と比較すると、家計の実収入における配偶者等の収入の役割が大きくなったこと、選択的消費が増加して、消費に節約の余地が増加したこと、貯蓄が増加して、貯蓄の取り崩しが行いやすくなり、消費水準を大きく落とさないことが可能になったことから、家計が世帯主の失業から受けるショックは10年前よりは小さくなっていると考えられる(第25図)。 ○ 失業・転職により、技能の損失が発生しており、中高年齢層で特に損失が大きいと考えられる。また、若年層の転職の繰り返しによる技能形成の機会の損失が懸念される。 ○ 失業が財政面に与える影響としては、失業の増加による雇用保険収支バランスの悪化、税収、社会保険料収入の減少等があげられる。 ○ 失業により受ける心理的な影響も無視できないものと思われる。年齢階級別にみると中高年齢層で失業による心理的な影響が大きいと考えられる(第26図)。  第2節 労働市場の構造的変化とその背景  失業は、景気動向で増減する需要不足失業と労働市場の構造で決まる構造的・摩擦失業に分けられる。構造的・摩擦的失業率は中長期的な上昇がみられ、特に第1次石油危機後とバブル崩壊後に大きく上昇しているが、バブル崩壊後の大幅上昇の背景には、産業間や年齢間のミスマッチの拡大、就業形態の多様化の進展等がある。ミスマッチと関連の強い失業継続期間は第1次石油危機後とバブル崩壊後に上昇し、摩擦的失業と関連の強い失業頻度はバブル期以外は上昇傾向にある。なお、女性の就業意欲の高まりを背景に、女性の労働力率の需給感応度が低下し、失業率が需給に感応的になっている。 (失業の構造とUV分析) ○ 失業は、景気動向で増減する需要不足失業と労働市場の構造で決定される構造的・摩擦的失業に分けることができる。UV分析によると、UV曲線は、1970年代後半以降バブル期にやや下方シフトした以外は傾向的に右上方へシフトし、構造的・摩擦的失業率が中長期的に上昇し、特に第1次石油危機後とバブル崩壊後に大きく上昇している(第27図)。 (ミスマッチ失業の動向) ○ 構造的・摩擦的失業率の上昇の要因として、労働力需給の構造変化によるミスマッチの拡大がまずあげられる。年齢間ミスマッチについては、1980年代後半以降バブル期にかけてミスマッチが縮小した後、バブル崩壊後は拡大しているが、これは、全体の労働力需給の動向と60歳以上定年制の普及の影響による(第28図)。今後については、60歳以上定年がほぼいきわったことから、60歳台前半層の需給の状況が年齢間ミスマッチの鍵を握るほか、労働力需給バランスが悪い45歳以上の中年層の需給状況にも留意する必要がある。 ○ 産業間ミスマッチを、サービス部門と加工部門の比率(前年比)による指標でみると、安定成長期への移行期に当たる1970年代後半に大きく上昇した後、円高不況時の一時的な動きを除けば、1990年代初めまで低い水準だったが、バブル崩壊後に再び大きく上昇している(第29図)。また、高度成長期の方が構造変化は大きかったが、構造変化が発展部門の雇用増主導であったため、失業率は低かった。これに対し、安定成長期の構造変化は需要縮小部門からの排出圧力の増大によるものが大きいため、ミスマッチ失業の増大につながっている。地域間ミスマッチは、特に、バブル崩壊後は格差が縮小傾向にある。 (ミスマッチ以外の失業の動向) ○ ミスマッチ以外の構造的・摩擦的失業率の上昇要因として、就業意識については、若年層を中心に転職希望率が高まっており、特に若年層の自発的離職失業の増加の背景となっている(第30図)。若年層の転職希望率の上昇には、就業形態の多様化に加え、特に自分を活かせる仕事を重視する者が増加し、正規社員の転職意識の高まりが影響している。また、就業形態の多様化(失業率の高いパートタイム労働者等の比率の上昇)は、特に若年層の失業率の上昇につながっている(第31図)。さらに自営業主、家族従業者から失業者になる者は非常に少ないため、雇用者比率の上昇も失業率の上昇要因となっている。 (構造的・摩擦的失業率の性格) ○ ミスマッチの拡大は、失業から就業への確率を低下させ、失業継続期間の長期化要因となり、摩擦的な失業の増加の背景にある意識の変化や就業形態の多様化等は、失業頻度の上昇要因となる。また、需要不足失業の増加は失業継続期間、失業頻度の両方の上昇要因となる。失業継続期間は第1次石油危機の直後に上昇した後、横ばいなしいやや低下気味であったのが、バブル崩壊後、再び上昇しており、失業頻度はバブル期以外は上昇傾向にある(第32図)。 (景気循環と失業) ○ バブル期の年齢間ミスマッチの縮小のように、労働力需給が引き締まっている労働力不足の時期には、労働力供給が不足している層に対する需要が労働力需要が不足している層に対する需要に振り替わる代替需要が拡大し、ミスマッチが縮小する。 ○ 労働力供給行動について、1970年代後半以降、女性の就業意欲の高まりを背景に女性の労働力率の需給感応度が低下し、逆に失業率が需給に感応的になっている(第33図)。 ○ マクロ的にみて、生産の変動に対して、雇用より賃金や所定外労働時間、労働生産性の変動で調整を図る状況は、バブル崩壊後も、基本的に変化がみられていない。 第3節 経済変動と雇用 今回の雇用者数の大幅減は建設業、製造業の減少によるが、製造業の大幅減はバブルの精算終了前に再び生産が減少し、労働生産性が低下したためである。先行き不透明感の高まり等から、雇用過剰感はかつてなく高まっており、バブル崩壊後、生産や企業収益の変動に対する企業の雇用調整行動はやや速まっている。企業の雇用量調整は、入職抑制中心であるが、今後の産業構造調整の中で、この方法が困難となる可能性がある。 (建設業及び製造業の減少) ○ これまで、我が国では、サービス業等の堅調な雇用需要に支えられ、第1次石油危機後も含め、雇用者数が暦年ベースで前年を下回ることはなかった。しかしながら、1998年には、製造業の大幅な減少に加え、不況期に雇用を吸収してきた建設業も減少したことから、前年を初めて下回った(第34図)。 (建設業の雇用創出力低下の背景) ○ 建設業の雇用創出力の低下には、需要の大幅な減退に加え、バブル崩壊後も続いていた雇用者数の増加の後だったため、労働生産性の水準が低かったことが大きい(第35図)。建設需要の見通しに不透明感が強まっていることも影響している。 (バブルの精算終了前に生産が減少) ○ 製造業雇用者数の減少は、第1次石油危機後やバブル崩壊後と同様の動きであり、生産と雇用の関係(雇用弾性値)がこれまでと異なっているわけではない。 ○ 製造業の雇用者数と労働生産性との関係をみると、労働生産性の水準がトレンドを下回ると雇用者数は減少に転じる(第36図)。今回の急激かつ大幅な雇用者数の減少は、バブルの精算が終了しきれていない状況で、再び生産の減少が始まったため、両者の影響が重複したものと考えられる。 (不透明感の増大による雇用過剰感の高まり) ○ ただし、労働生産性の低下幅や企業収益の悪化の程度に比べ、雇用過剰感がかつてなく高まっている(第37図)。将来の不透明感の高まりが、期待成長率を低下させ、雇用過剰感を一層強くしているものと考えられる。なお、グローバル化が進む資本市場の要請を背景として、雇用保蔵の早期解消を図る動きが強まっていることにも留意する必要がある。 (速くなっている雇用調整) ○ 中期的にみると、バブル崩壊後、生産の変動に対する企業の雇用調整行動はやや速まっている。製造業では、常雇の雇用調整速度の速まりに加え、雇用調整速度がかなり速い臨時・日雇比率の上昇も影響している。一方、サービス業ではむしろ遅くなっており、生産の増加に対する雇用増が慎重になっていることを示している(第38図)。 ○ また、企業は、経常利益が2期連続赤字になると大幅に雇用調整を実施するが、バブル崩壊以降、企業収益が赤字になった場合に、より迅速に雇用量を調整させつつある(第39図)。 (入職抑制中心の雇用調整) ○ 製造業では、入職率により雇用変動の7割以上を説明できるのに対し、離職率の説明力は1割にも満たず、企業は入職抑制により雇用量を調整している。また、大企業でその傾向が強い(第40図)。 ○ 一貫して雇用者数の減少が続いている鉄鋼業では、入職抑制による雇用量の調整が限界に近づいているため、雇用量の調整は離職率によるところが大きくなっている(前掲第40図)。 ○ 製造業の入職率は、1990年代に入って一段と低下し、かなり低い水準にまで低下してきている(第41図)。今後、産業構造調整が一層大きくなると見込まれる中で、一層の入職抑制による対応は困難となる可能性があり、既存労働者の雇用に与える影響を注視していく必要がある。 第2章 雇用創出の状況  第1節 雇用構造の変化  第3次産業では、バブル崩壊後も雇用者数は増加を続けており、特に情報分野、対事業所サービス、医療・福祉分野、余暇関連分野などのサービス業、スーパーやコンビニエンス・ストアなどの卸売・小売業,飲食店において雇用が創出されている。また、規模別には、第3次産業を中心に中堅規模の比率が緩やかに上昇しており、今後も中堅規模における雇用創出が期待される。バブル期の雇用創出は大都市圏が中心だったが、バブル崩壊後は大都市圏の吸引力は低下した。  (経済構造の変化) ○ 1980年代後半以降、国際競争の激化、高付加価値化、サービス化に加えて、近年の情報ネットワーク化や規制緩和等の動きが我が国経済の構造変化を促進している。  (産業別雇用構造の変化) ○ 1985年以降の産業別雇用構造の変化をみると、サービス業及び卸売・小売業,飲食店などの第3次産業の雇用者数は、バブル崩壊後も引き続き増加を続けている(第42図)。特に、情報分野、対事業所サービス、医療・福祉分野、余暇関連分野などのサービス業、スーパーやコンビニエンス・ストアなどの卸売・小売業,飲食店において雇用が創出されている。   企業規模別には、第3次産業を中心に中堅規模の比率が緩やかに上昇してきている。産業のサービス化が進む中で、サービス業や卸売・小売業,飲食店の経営主体が個人業主や中小規模から中堅規模へ次第に変化しており、今後も、一定の規模を持って、効率的に事業を実施する中堅規模の企業における雇用創出が期待される(第43図)。  (地域別雇用構造の変化) ○ バブル期の雇用創出は大都市圏が中心であり、地方圏から大都市圏への雇用集中の動きがみられた。バブル崩壊後は、大都市圏の吸収力は低下し、地方圏はバブル崩壊後、前半は公共工事下支え効果で雇用者数の増加が大きかったが、後半はその効果がなくなり大都市圏との差は小さくなっている(第44図)。  第2節 雇用創出の実態  新設事業所の雇用創出は、新規企業と既存企業の事業拡大でほぼ同じとなっており、新規企業の4分の3は独立企業、4分の1は子会社の設立によるものである。  既存事業所の雇用の増減は、主に雇用創出率の変動によるが、事業所単位では一般労働者からパートタイム労働者への代替は少ない。  企業の新規事業展開は、本業関連分野を中心に行われており、必要な労働力は内部調達によろうとしているが、企業内に存在しない人材等を採り入れる姿勢も強めている。  (新規企業設立と事業拡大の雇用創出はほぼ同じ) ○ 雇用創出に大きな役割を果たす事業所の新設には、新規企業の設立によるものと既存企業の事業拡大によるものがある。前者の開業率は1992〜96年の年平均で2.2%、後者は1.0%であるが、前者の規模は後者の2分の1のため、雇用創出はほぼ同じである。雇用創出率をみると、後者による分が比較的安定的に推移しているが、前者による分は2.3%から1.5%に低下している(第45図)。また、新規企業設立の4分の3は独立企業、4分の1は子会社の設立によるものである。 (一般労働者とパートタイム労働者の代替は少ない) ○ 既存事業所の雇用創出率は景気拡大局面と比較して大きく低下しているが、雇用喪失率はあまり変化しておらず、既存事業所の雇用の増減は、主に雇用創出率の変動による。また、1998年上半期には、一般労働者の減少とパートタイム労働者の増加が同時に起こっているが、事業所単位でみると、一般労働者からパートタイム労働者への代替は少なく、一般労働者はパートタイム労働者も減少している事業所で大きく減少している(第46図)。 (新規事業展開に必要な労働力は社内調達が中心) ○ 企業の新規事業展開は、既存の技術・知識の応用、需要の急成長の見込み、既存事業の需要の伸びの低下等を背景に、本業に密接に関連した分野を中心に行われている。新規事業展開に必要な労働力は、新規学卒採用からの育成を含め内部調達によろうとしているが(第47図)、「他社からのスカウト」の採用など企業内には存在しない専門的な技術・知識・能力等を採り入れる姿勢も強めている。  第3節 雇用発展分野の特徴と課題  近年雇用の伸びが大きく、今後も雇用創出効果が高く見込まれる分野として具体的に「情報通信分野」、「医療・福祉分野」、「教育・余暇分野」及び「ビジネス支援分 野」の4分野を取り上げ、雇用構造、労働条件や質の高い雇用機会を提供していくための課題について検討を行った。  各分野とも、今後の課題としては、人材の確保とそのための労働条件整備、少子・高齢化が進む中での中高年齢層の活用、高度化・多様化するニーズや技術に対応した人材の育成等があげられる。  (情報通信分野) ○ 情報通信分野では、女性比率が低く、中高年齢層も少ない(第48図)。正社員・正職員は産業計と比較して多い。また、若年層が多いため、平均勤続年数は短いが、入・離職率は低く、特に労働移動が活発化しているわけではない。労働条件は、賃金は高学歴を反映して高水準だが(第49図)、所定外労働時間が長い。 ○ 情報通信分野では、技術革新等に対処して労働者の専門的知識・技能の一層の高度化をいかに図るかが大きな課題である。また、人材の確保には長時間労働の解消も必要であり、さらに、少子化の進展の中で中高年齢層、女性の活用も重要であろう。  (医療・福祉分野) ○ 医療・福祉分野では、女性比率は高く、特に若年層の割合が大きい(第50図)。女性の非正社員・非正職員比率は全般に低いが、福祉分野では女性の中年層の非正規社員の比率も比較的高い。平均勤続年数は新規参入が多いためか総じて短い。また、賃金水準は、福祉分野の大卒が比較的低くなっている(第51図)。平均労働時間は比較的短い。 ○ 医療・福祉分野では、人材の確保が最大の課題であり、今後社会保障関係の費用が増大する中で、労働条件の整備を図り人材を確保するためには、事業の効率化を進めていくことが重要であろう。  (教育・余暇分野) ○ 教育・余暇分野では、女性比率が比較的高く、学校教育、旅行業以外は正社員・正職員比率が低い。余暇分野では、娯楽業は若年層の割合が、宿泊業は中高年齢層の割合が比較的高い(第52図)。また、平均勤続年数が短く、入・離職率も高く、労働移動は比較的活発といえる。労働条件は、教育分野は賃金水準が高く、平均労働時間も短いが、余暇分野では賃金水準が低く(第53図)、平均労働時間も特に宿泊業において長い。 ○ 余暇分野では、労働者の確保や定着の向上が課題となっており、労働条件の改善を図ることが必要である。また、中途採用者や非正規労働者についてもバランスのとれた人事管理が重要である。教育分野では、生涯学習ニーズが今後ますます高度化・多様化する中で、今後体系的・計画的な人材育成の必要性が一層高まってくるものと考えられる。  (ビジネス支援分野) ○ ビジネス支援分野では、専門サービス業とその他の事業サービス業では状況が異なっている。ともに女性比率は低いが、専門サービス業では、正社員・正職員比率が高く、高学歴化が進んでおり(第54図)、若年層の割合が高い(第55図)。また、平均勤続年数は長く、定着性が高い。労働条件面では賃金水準は高く(第56図)、週休2日制も進んでいる。一方、その他の事業サービス業は、非正社員・非正職員比率が高く、中高年齢層の割合が高い(前掲第55図)。また、平均勤続年数は短く、入・離職率も高い。労働条件についても、総体的に低い(前掲第56図)。 ○ ビジネス支援分野のうち、専門サービス業では、今後少子・高齢化が進む中で、中高年齢層の活用を図ることが重要となる。また、新技術への対応や教育訓練の充実等が課題となる。一方、その他の事業サービス業では、労働者の定着が課題であり、労働条件の改善が求められる。  第3章 雇用構造の転換  第1節 雇用構造の円滑な転換  就業構造は産業面、職業面ともに大きく変化しているが、これまでのところ転職の寄与は小さい。今後は、少子・高齢化が進むと、若年層の新規入職と高年齢層の退職のみでは十分な就業構造の変化が行われないため、転職が重要な役割を果たすことになる。職業能力開発については、OJTを中心としつつも自己啓発の比重が高まっている。  (産業構造は新規入職と退職により変化) ○ 就業構造は、産業面、職業面ともに大きく変化している。産業別に就業者の構成比をみると、1985年から1995年の間に第3次産業就業者の割合は4.5%上昇している。男性については、主に若年層の入職と高年齢層の退職により変化している(第57図)。女性については、結婚・出産を機に退職し、出産・育児が一段落した後に再入職するという就業行動をとる者が多いこと等から、男性より就業構造が大きく変化している。  (職業構造には中年層の昇進も影響) ○ 職業別に就業構造の変化をみると、1985年から1995年の間にホワイトカラーの割合は3.8%ポイント上昇している。男性については、主に新規入職と退職と中年層の昇進で変化してきた(第58図)。女性については、結婚・出産による退職と再入職はホワイトカラー比率を引き下げているが、新規入職と退職の効果が大きいことから、ホワイトカラー比率は男性より大きく上昇した。このように、1985年から1995年の間に就業構造は、@若年層の新規入職、A女性の結婚・出産退職とその後の再入職、B高年齢層の退職に加え、職業構造では、C男性中年層の管理職への昇進により変化したものといえる。  (小さくなる新規入職効果) ○ 今後は少子化が雇用面にも波及してくるため、新規入職の就業構造調整効果は大幅に小さくなる。2005年の産業・職業構造を推計すると、1995年以降の10年間の変化は過去の10年間と比較して約2割縮小する。少子・高齢化が進むと、若年層の新規入職と高年齢層の退職のみでは十分な就業構造の変化が行われないため、在職者の産業・職業間の移動が重要な役割を果たすことになる。  (パート・アルバイトの増加を中心に進んだ就業形態の多様化) ○ 1987年から1997年の間にパート、アルバイトなどの雇用形態の雇用者は急激に増加し、パート・アルバイト比率(雇用者に占めるパート及びアルバイトの割合)が上昇した。特に、産業別には卸売・小売業,飲食店、職業別にはサービス職業で大きく上昇した。就業形態の多様化は、産業・職業構造の変化を背景としている面もあるが、製造業、ブルーカラーでも多様化が進んでおり、必ずしもそれだけが要因ではない。 (構造転換に対応した能力開発の必要性) ○ 我が国企業は急激な構造転換の中で本業の充実・強化、あるいは新規事業展開といった経営戦略の見直しを図っているが、こうした取組を行う場合に雇用面の課題となる点をみると、人材の確保、育成に係る課題が比較的高い割合となっており、企業は急激な構造転換に対応した人材育成を図る観点から、能力開発の必要性を強く認識していることがうかがわれる(第59図)。 (社外にも通用する能力と創造性、柔軟性が重要) ○ 労働者は企業内部だけでなく、外部労働市場でも通用する職業能力(エンプロイアビリティ)の向上を望んでおり、企業は社外にも通用する高い専門性と創造性、柔軟性のある人材を求めている(第60図)。 (OJTを中心としつつ自己啓発の比重が増加) ○ 職業能力開発の手法としては、OJTが中心となっているが、中核的な人材に対しては自己啓発や体系的なOJTを重視している。   能力開発の今後についてみると、OJTを中心としつつも自己啓発の比重が高まっているが、能力開発の在り方としては、個性、能力に応じた多様な選択肢と長期的な視点からの計画的な取組が求められている(第61図)。  第2節 雇用政策の展開  雇用政策は、事後的施策から事前的施策が重視されるようになり、雇用維持対策、ミスマッチ対策、雇用創出対策と次第に拡大されてきた。また、労働市場におけるルールの整備と労働力需給調整の強化が図られ、職業能力開発もより重視されるようになってきた。  雇用政策の効果についてみると、雇用保険の失業給付には、失業中の家計を下支えする効果等がある。公共職業訓練については、訓練内容が仕事への定着度等に影響を与えている。公共職業安定所については、地方圏、高年齢層、ブルーカラーの利用率が高いが、近年専門的・技術的・管理的職業従事者の利用も高まっている。  国際的にも雇用問題の解決が重要視される中で国際的な取組が行われている。  (雇用政策の変化) ○ 第1次石油危機を契機として我が国経済は安定成長へ移行した。こうした中、雇用の安定のための政策は、それまでの離職後の生活安定と再就職の促進を中心とした事後的施策から、失業の予防や雇用機会の増大等の事前的施策が重視されるようになり、雇用維持対策、ミスマッチ対策、雇用創出対策と、次第に政策範囲の拡大が図られてきた(第62図)。  (多様化する労働市場への対応) ○ 労働市場政策については、女性の職場進出、高齢化の進展、経済構造の変化等の構造変化に対応して、労働市場のルールの整備と労働力需給調整機能の強化が図られてきた。  (職業訓練から能力開発へ) ○ 職業能力開発については、技術革新の進展、高齢化社会の到来等からその重要性が増してきたため、職業訓練法から職業能力開発促進法へ改正された。近年においては特に、ホワイトカラーの能力開発が重要視されている。  (セイフティネットとしての雇用保険失業給付) ○ 雇用保険失業給付については、バブル崩壊後受給者実人員が大幅に増加しているが、その効果については、消費の減少による景気の落ち込みを抑制するマクロ経済効果と、失業中の家計を下支えする効果がある(第63図)。  (公共職業訓練の効果) ○ 公共職業訓練の効果について、東京都の調査により分析を行った結果、訓練の内容に対し満足度が高いと、仕事への定着率や就業継続希望率を高めるほか、収入への影響を与えることが分かる(第64図)。  (公共職業安定所の利用) ○ 公共職業安定所(ハローワーク)についても、雇用情勢が厳しくなる中で求職者が増加しており、その役割が重要視されてきている。ハローワークの利用状況をみると、地域別では地方圏、年齢別では高年齢層の利用率が高い。また、ブルーカラーの利用率が高いが、近年は専門的・技術的・管理的職業従事者の利用が高まっている(第65図)。  (欧米諸国の雇用政策) ○ アメリカでは、公共雇用サービスの充実、民間の職業紹介機関との協力等を進めるとともに、インターネットの利用を進めている。イギリスでは、ニューディール政策によって、失業給付への依存に歯止めをかけるとともに、技能の向上を図っている。ドイツでは、前政権による解雇規制の緩和等の企業保護措置を見直すほか、雇用創出、ワークシェアリングを進めている。フランスでは、若年者に対し政府の直接雇用を行うとともに、ワークシェアリングを進めている。オランダでは、賃金の調整政策、パートタイム雇用の促進が特徴であるオランダモデルと呼ばれる政策が好調である。  (雇用問題の解決に向けた国際的な取組) ○ 雇用問題の解決が先進諸国共通の課題となっており、主要国首脳会議(サミット)で雇用問題に重点が置かれるとともに、雇用関係閣僚会合(雇用サミット)が開催されているほか、OECD、ILOなどの国際機関においても、様々な国際的な取組が行われている。こうした中で、雇用可能性の向上と新たな雇用の創出の実現は各国が目指すべき共通の方向性の大きな柱となっている。 第3節 今後の課題 (構造変化と長期雇用慣行) ○ 雇用・失業情勢は厳しい状況を続けているが、今後についても、その改善は通常景気の 回復より遅れる上に、構造的・摩擦的失業率のさらなる上昇が懸念されており、人々の失 業に対する不安はかつてないほど高まっている(第66図)。 ○ 長期雇用慣行は理念的には2つの側面を持っている。一つは高校、大学等を卒業して企 業に就職し、そのまま1つの企業や企業グループの中で仕事を続けるというライフスタイ ルを意味し、もう一つは、雇用を長期的な戦略の下で捉え短期的な景気の波に対する調整 弁としないという企業の方針を意味している。 ○ この2つの側面は互いに関連を有しているが、全く同じではない。例えば、前者は一律 的な労働条件や能力開発と保守的な行動を生みやすいが、後者はそうしたこととは直接の 因果関係はない。むしろ、雇用が保障されているということが、多様な発想と思い切った チャレンジを可能にするとともに、技術革新や事業転換によって生じる新しい仕事に対す る柔軟性や適応力を発揮させる側面がある。 (長期雇用慣行の利点と欠点) ○ 長期雇用慣行の仕組みは、社会的には、雇用の変動を小さくし経済全体の安定をもたら す一方で、産業構造の迅速な転換を阻害するおそれがある。また、企業、労働者双方にメ リットとデメリットがある(第67表)。 ○ 雇用安定のコストの観点からみると、長期雇用慣行主体の場合は、基本的には企業が雇 用維持のコストを負担するが、外部労働市場中心の場合は、失業増加のコストを失業者と 社会が負担することになる。経済全体のコストとしては、前者では、当面の雇用不安の高 まり方は小さいが、収益の回復の遅れ等により景気回復が遅れ、結果的に雇用が悪化する 可能性がある。また、入職抑制中心の雇用調整は、倒産等による失業者や労働市場への再 参入者にとっては就職が難しい状況が続く。一方、後者では、一時的に雇用不安が大きく なる可能性が高く、雇用不安が消費の減退を通じて、景気後退の悪循環を招くおそれがあ る。しかし、企業の事業再構築のスピードアップや労働者が失業中に新しい職業能力を身 につけて新規発展産業に再就職することにより、構造調整が促進される可能性がある (長期雇用慣行の変化と雇用維持の考え方) ○ 長期雇用慣行の動向をみると、安定成長期を通じて平均勤続年数は長期化しているが(第68図)、年齢階級別コーホートでみると、団塊の世代及びその直後の世代までは長期化が進んでいるが、その後はあまり変化していない。   ただし、今後は緩やかに変化していくものと考えられる。まず、若年層の転職意識の変化や就業形態の多様化等が大きな影響を与える。さらに、少子化が進むため、構造変化をこれまでのように労働市場の入口と出口のみで十分に調整することは難しくなり、従来以上に転職の役割が高まることとなる。加えて、期待成長率の低下や経営面のグローバル化が長期雇用慣行を弱める方向に働くことも考えられる。 ○ しかし、一方で、企業、労働者とも長期雇用慣行への支持は現在でも高い(第69図)。 また、チームワークが重要な仕事や積み重ねが必要な職業能力については長期雇用慣行は 今後も大いに有効であり、特に従業員の雇用の安定・維持を重要視し、それを通じた従業 員のモラールアップや柔軟性の確保をてこにして企業の成長を図っていく考え方は、企業 にとっても我が国の経済社会全体にとっても重要であり、安易な雇用調整は企業に対する 信頼を低下させて、人材の確保に支障をきたすおそれがある。また、マクロの観点でみる と、雇用システムは、その国の置かれた状況や国民性と密接に関連しており、この点で、 我が国と、労働市場が流動化し、容易に雇用調整を行っているアメリカとが全く同じ雇用 システムとなる必然性はない。 (長期雇用慣行の緩やかな変化への対応) ○ 長期雇用慣行の緩やかな変化に対応して雇用の安定を図っていくためには、円滑な労働移動を支援することが重要である。そのためには、まず第1に、職業能力開発について1つの企業の中でのみ機能を発揮するものではなく、エンプロイアビリティの向上を重視する必要がある。第2に、職業紹介のシステムについて、官民が互いに連携しつつ効率的・効果的な労働市場が整備されていくことが望まれる。また、失業を経ない労働移動を促進していくことが重要である。さらに、年金制度等について転職に対する中立性の観点からの検討も必要となってくる。第3に、セイフティネットの整備が重要である。雇用におけるセイフティネットの基本となる雇用保険制度の整備を図るとともに、職業紹介制度を整備しつつ離職者に対する職業訓練を充実させることが重要である。第4は新規産業・企業の育成と企業の新規事業展開の促進による雇用の創出が重要であり、また、ミスマッチ失業を減少させるためにも適度な経済成長の維持が重要である。第5に、様々なタイプの労働者についての労働市場の整備や雇用管理、労働条件の改善を進めることが重要である。 (雇用維持努力の支援) ○ こうした長期雇用慣行の変化への対応は、いずれも中期的な視点からの対応であり、直 ちに着手する必要があるが、すぐに効果を発揮するものではない。また、経済と生活の安 定や労働生産性向上努力等の観点からみると、長期雇用慣行の変化は不況期ではなく好況 期に進むことが望ましい。これに加え、現下の厳しい雇用・失業情勢に対応するため、長 期雇用慣行を踏まえた企業の雇用維持努力を支援することも不可欠である。その際に、特 に対策の必要性が高い層への重点的な対応と構造変化を阻害しないことが重要である。 (中年層への配慮が重要) ○ 中年層は、元来、欧米でも安定性向が強く転職率は低い(第70表、第71図)。我が国でもこれまでは失業率が低く雇用が安定していたが、現在はこれまでにない厳しい状況に置かれている。中年層の雇用不安を解消するためには、エンプロイアビリティの向上や再就職しやすい労働市場の整備、新たな雇用の創出を着実に進めることはもちろんであるが、それだけでなく、中年層のこれまで培ってきた能力をいかす方策が必要であり、企業あるいは企業グループ等それまでの職場・仕事とのつながりを保った形での活用が重要である。 ○ とはいえ、1つの企業や企業グループで引き続き働くのであっても、個別性、自律性を重視した働き方を要求され、能力開発もこれから長く続く職業生涯を見通して、個人個人が意識的に専門性、柔軟性を求めることが必要である。また、転職者についてもできる限りそれまでの能力・キャリアがいかせるかたちで再就職することが望ましい。こうしたことはホワイトカラーだけではなくブルーカラーについても大きな課題である。 (職業能力開発の充実) ○ 職業能力開発の課題としては、まず第1に、我が国全体としての職業能力開発投資の確保・増強が重要である(第72図)。第2に、次々に変化しつつ高度化していく人材や能力へのニーズに対応した職業能力の開発が重要である。そのためには個人個人が職業生涯設計に基づいた自律的な努力をすることが重要である。第3の課題は職業能力の体系及び評価の整備である。エンプロイアビリティの向上のためには、社内だけでなく社外にも通用しうる能力について、その体系や評価が示されている必要がある。また、目指す能力及び能力開発の成果を適正に評価できるシステムの整備が重要であり、労働者に対して自主的な能力開発に係るきめ細かな情報提供や相談等を受けられる体制の充実が必要である。第4の課題は、若年層の職業能力開発である。適職選択の支援により不必要な転職の減少を図るとともに、転職してもキャリアが積み重なっていくことが重要である。 まとめ  我が国経済は第1次石油危機以来の激動の時代にあり、労働市場も大きく変化している。こうした状況の中で、雇用の安定を図るために重要なことはバランスと多様性の確保である。第1に、経済の構造調整と社会や生活の安定のバランスが重要である。もちろん、構造調整による経済の活性化なしに社会や生活の安定はありえないが、それが目的となって安定がなおざりになっては人々の生活が混乱するおそれがある。第2は、活力と公平のバランスである。我が国経済の発展にとって企業家精神が重要であり、才能ある人が能力を発揮しそれに応じた報酬を得る機会を与えられることが求められている。しかし、我が国の経済成長は多くの人がそれぞれの役割を真しに果たすことによって支えられていることを無視すべきではない。第3に、短期的な視点と長期的な視点のバランスも重要である。短期的な視点のみに重点がいって長期的な構造調整を阻害してしまうことは適当ではないが、長期的な必要性のみを強調して現状の厳しさを看過すべきでもない。逆に企業にとっては、短期的な収益の維持は重要であるが、併せて長期的な視点からの人材の育成や企業の成長に向けた取組が望まれる。また、以上のようなバランスを確保する上でも、年齢、産業・職業、就業形態等によって様々な性格を持つ労働市場・雇用に対して、多様な状況に応じたきめ細かな対応をとることが雇用の安定を図る上で重要である。