平成11年版厚生白書の概要

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第2章 社会保障は国民生活上どのように機能しているか

第1節 ライフサイクルから見た社会保障

○ 我が国の社会保障制度は、個人のライフサイクル(一生の過程)全般にわたって、病気やけが、障害、育児、失業、所得の喪失など、およそ社会的な援助を必要とする事態を網羅的にカバーするに至っている。現在では、「ゆりかごから墓場まで」を超えて、誕生前の胎内にいるときから、亡くなったあとまで社会保障の適用の可能性がある(図2−1−1)。

○ 社会保障制度の利用の一般化の例をあげれば、毎日約170万人の乳幼児(就学前児童の5人に1人)が保育所に通っている。毎日約750万人(人口100人当たりで約6人)が医療機関に通院し、約150万人(同1人強)が入院している。公的年金受給者は約2,600万人と、全人口の5人に1人が年金受給者となっている。全高齢者世帯のうち、約6割の世帯は収入のすべてを公的年金に依存している。

○ ライフサイクルにおいて社会保障を中心とした公共サービス(社会サービス)の給付と負担の関係を示すと、図のとおり(図2−1−3)。租税や社会保険料の負担があるが、一方で、ライフサイクルに応じて、児童手当、保育サービス、教育サービス、医療、年金等、様々な給付がある。社会保障を始め、各種公共サービスにより生活の利便や安定の確保、一定の生活水準が保障されているのであり、社会保障の負担を論じる際には、こうした給付面にも十分目をむけて議論する必要がある。

第2節 家計レベルから見た社会保障

○ 家計レベルでの給付と負担の関係を、「所得再分配調査」に基づいてみると、1世帯が1年間に社会保障から受ける給付は、127.2万円となっている。一方、税や社会保険料の負担は、税(直接税の内、所得税、個人住民税、固定資産税など)が63.2万円、社会保険料(公的年金保険、医療保険等)が47.1万円となっている。

○ 給付と負担の関係を世帯主の年齢階級別に見ると、世帯主が60歳未満の世帯では、社会保障からの給付は現物給付が中心であるが、税や社会保険料の負担が給付を上回っている。
 一方、世帯主が60歳以上の世帯では、社会保障の給付が税や社会保険料の負担を大きく上回っており、給付の内容も公的年金・恩給といった現金給付が中心となっている。

○ 「所得再分配調査」に基づいて、社会保障の機能のひとつである所得再分配効果をみると、1996(平成8)年の当初所得のジニ係数0.4412に対して、再分配所得のジニ係数は0.3606となっている。社会保障制度等を通じた再分配によって、所得格差が縮小し、所得の均等化が進んでいる。このように、社会保障が所得格差の改善(所得再分配)に対して大きな貢献をしている。

○ また、世帯の属性別に所得再分配の状況を見ると、所得階層別では、高所得層から低所得層へ、世帯主の年齢階級別では、現役世代の世帯から高齢世代の世帯へという所得再分配が行われている。

○ 一定の前提を置いて年齢階級別の1人当たり所得を試算し、所得再分配の状況を比較してみる。再分配後の1人当たり所得について、全年齢を100とすると、40〜44歳の87に対して、65〜69歳では111、75〜79歳では117と、65歳以上では、全年齢平均を上回る結果となっている。これは、高齢者の場合には、年金や医療給付によって再分配後の所得が押し上げられるが、他方、30〜40歳代では、税・社会保険料負担等により再分配後の所得が押し下げられ、全年齢平均を下回る結果となっている。

○ このように、社会保障制度による所得再分配機能は、所得階層間及び年齢階層間における再分配機能を中心に、高齢者世帯、被保護世帯、母子世帯といったある特定の世帯に対しても働いている。これにより世帯間の所得格差の解消や低所得世帯、高齢者世帯、母子世帯等に対する生活支援が図られている。その効果は母子世帯に比べ、特に高齢者世帯に対して大変大きくなっている。

○ 少子高齢化が進行する中で、高齢世代に対する医療保障や年金制度における給付と負担のあり方や、現役世代と高齢世代との間における世代間の給付と負担の公平性等について検討する際に、所得再分配調査の分析も踏まえて考えていくべきである。

○ 家計における直接税・社会保険料負担をみると、1998(平成10)年の家計調査によると、勤労者世帯の実収入に対するこれらの負担割合は、平均で15.8%となっている。この割合は1963(昭和38)年の7.7%から35年かかって2倍になっているが、この間の実収入も増加し続けたことにより、負担割合の伸びは緩やかである。

○ 各国の統計を用いて国際比較すると、家計における我が国の直接税や社会保険料負担は、欧米諸国と比較して低い状況にある。また、ある世帯を基準にした国際比較を行っても同様の傾向がある。さらに、勤労者の社会保険料率の国際比較をすると、我が国の勤労者の社会保険料率は、民間保険中心のアメリカや財源を税中心に負っているイギリスより高いが、ドイツ、フランス、スウェーデンに比べて低い。

第3節 国民経済的な視点から見た社会保障

○ 社会保障給付費の内訳をみると、社会保険制度が全給付費の9割を占めており、年金が51.8%、医療が37.3%、福祉その他が11.0%となっている。社会保障給付費の増加率への寄与度を年金、医療、福祉のその他の分野別にみると、1970(昭和45)年頃までは医療が増加率の6割程度を占めていたが、1970年代後半から年金の寄与度が5〜6割となっている。
 我が国の社会保障給付は、欧米諸国と比較して、社会福祉や失業給付等よりも、年金及び医療のウエイトが大きくなっている。

○ 社会保障給付費を主な対象者に着目して見ると、高齢者関係給付費の割合が極めて大きい。
 1996(平成8)年度では全体の64%、43兆円となっている。高齢者1人当たり平均約230万円となり、全国民平均1人当たり約54万円を大きく上回る。高齢者関係給付費の割合は、1973(昭和48)年度では25%であったが、毎年増加している。近年では、社会保障給付費の増加率の約8割は、高齢者関係給付費の増大による。高齢者関係給付費のほとんどは、年金保険や老人保健を通じて相当程度が現役世代の保険料負担で賄われる仕組みとなっている。
 一方、高齢者関係給付費以外は、24兆円で、その内訳は、老人以外の医療費が16兆円、失業給付、児童・家庭関係の給付がそれぞれ約2兆円となっている(図2−3−3)。

○ 国民経済の中の社会保障の給付と負担をみると、1997(平成9)年度では、所得税(19兆円)や法人税(13兆円)より大きな金額が、社会保障(社会保険料)負担(雇主分27兆円、被保険者本人分26兆円)として負担されている。この社会保障負担を主な財源(約60%)として、国や地方による一般の行政サービスに並ぶ規模の金額が、年金や医療、福祉その他として国民に給付されている。

○ 社会保障に係る負担について、国民負担率(粗税負担と社会保障負担の合計額の国民所得に対する割合)の視点から議論されることが多いが、1999(平成11)年度の国民負担率は36.6%と、1970年度の24.3%から12.3ポイント上昇している。国民負担率増大のかなりの部分は社会保障の負担の増大によるものである。国民負担率は増加してきたが、可処分所得はそれを上回る伸びを示してきた。

○ 社会保障関係費の増大により、国民経済の停滞を招く可能性や、将来世代の負担が過重なものとなる可能性が懸念されており、国民負担率を高齢化のピーク時においても50%以下にとどめるべきとの指摘がなされている。その一方で、公的負担を抑制しても個人負担等が増大すること、国民負担率が高い国が必ずしも経済成長率が低いわけではないこと、国民負担率(約37%)がそのまま家計における負担であるとの誤解を招く恐れがある等の指摘もある。

○ 国民負担率については、公私の活動の適切な均衡をとる上での指標になり得るという評価があるが、様々な指摘もあり、それらもよく念頭において社会保障についての議論を行う必要がある。

第4節 社会保障の経済効果

○ 社会保障は、経済の安定や成長を支えていく「繁栄の基礎条件」と位置づけられる。なお、社会保障の給付や負担の増大が経済に与える影響に関しては、これまで多方面から様々な指摘がなされているが、必ずしも定説は確立されていない。

社会保障と経済に関する議論

(1) 国民負担率との関係
国民経済の活力維持のため、国民負担率は一定以下に押さえるべき。
国民負担率水準と経済状態との間には明確な負の相関は存在しない。
国民負担率が高くても経済成長率が高い国が存在している。
(2) 負担面と労働供給との関係
社会保険料の増大により可処分所得が減り、勤労意欲が弱まる
社会保険料の増大と勤労意欲の間に明確な負の相関は見いだしがたい
(3) 給付面と労働供給との関係
社会保障給付の増大により勤労意欲が弱まる
社会保障の存在が勤労者に安心感を与える
(4) 高齢化の進展と資本蓄積との関係
高齢化に伴い、社会全体の貯蓄が減少する
高齢化と貯蓄率の間に明確な負の関係は見いだしがたい

○ 産業としての社会保障を見ると、「平成7年産業連関表」によれば、医療、保健衛生、社会保険事業、社会福祉の社会保障部門に医薬品や廃棄物処理等の関係部門を加えると、国内生産額は約58兆円と、全国内生産額の6.2%を占めている。
 他の産業と比較してもかなりの規模に達している。また、社会保障部門の伸び率は、全産業ベースの伸び率に比べて高い。

○ 産業連関表から社会保障部門の経済効果を他の産業と比較をしてみると、全産業平均の生産波及効果(1次効果)は1.850であるが、社会保障部門は1.735であり、全産業平均に匹敵する水準となっている。この数値は、社会保障部門に対する最終需要が1,000億円増加した場合の1次効果は約1,735億円であることを意味している。
 また、社会保障部門の2次効果を試算すると、606億円となり、1次効果と2次効果をあわせた経済効果は、最終需要が1,000億円増加した場合で、約2,341億円となる。

○ 年金と経済についてみると、1997(平成9)年度の年金総額は約35兆円と、国民経済計算における家計部門の可処分所得の約9%、最終消費支出の約12%を占める。公的年金は定期的に支給され、高齢者の消費を支えていること等から考えると、公的年金は高齢者等の年金受給者を安定した規模の「消費者」にさせる効果がある。

○ 現在、社会保障分野で働いている人々の数を推計すると、1996(平成8)では、約446万人、全就業者の15人に1人の割合となっている。このうち、保健・医療・福祉分野の従事者数は、約317万人、全就業者数の約5%を占めている。就業者数の伸び率も、他の産業と比較して大変高い。
 また、少子高齢化の進展に伴い、保育・介護・医療サービスや高齢者向け民間サービスの拡大により、さらに雇用が増大していくものと予想される。

○ 社会保障が地域経済に与える効果も大きい。社会保障制度を通じた地域間の所得再分配効果をみると、大都市圏から非大都市圏への地域間の所得再分配効果が機能していることが推測される。また、年金を基にした高齢者の消費活動が地域経済に占める地位や、都道府県や市町村における社会保障の経済効果など、社会保障が地域内の経済に与える効果も大きい。
○ また、ボランティアをはじめとする民間非営利活動団体の活動を有償評価すると、約7000億円の規模となる(1995(平成7)年度)。




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