平成11年版厚生白書の概要

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第1章 社会保障の目的と機能について考える

第1節 社会保障はどのように発展してきたか

○ 「社会保障制度」という言葉から具体的な分野を思い浮かべる人の割合が大幅に増加している。これは、社会保障制度が適用される範囲や規模が拡大し、日常生活上密接なものとして認識されてきたことの反映である。

○ 戦後の経済社会や国民生活の大変化の中で、社会保障に対する国民の様々な要望(ニーズ)に応えるために、社会保障に関する具体的な法制度が制定され、運用・拡充が図られてきた。社会保障の充実は、国民生活の安定は言うまでもなく、経済の安定的発展にも大きく貢献してきた。

○ 社会保障給付費の規模は、1996(平成8)年度において67兆5,423億円となっており、90年代以降、毎年約3兆円のペースで増大している。1人当たりにすると平均約53万円、1世帯当たりでは平均約153万円となる。

○ 我が国の高齢化率が7%を超え、国連の定義にいう高齢化社会となった1970(昭和45)年度と比較すると、社会保障給付費は、総額で約19倍、1人当たりでは約16倍となっている。この間の国民所得の伸びは6.4倍であり、国民所得に対する社会保障給付費の割合は、1970年度の5.77%から、1996年度には17.21%と約3倍、12ポイント増となっている(<図1−1−3)。

○ 戦後から現在に至る社会保障の発展過程を、社会経済の変化や社会保障政策の変化等を踏まえて、おおむね4期に分けて解説する。

(1) 戦後の緊急援護期と基盤整備 (昭和20年代)

○ 社会保障の基本的理念を明示した日本国憲法や、1950(昭和25)年の社会保障制度審議会の勧告等を基に、我が国は福祉国家への道を模索し始めた。この時期は、戦後の混乱の中で、特に生活困窮者の緊急支援という救貧(貧困者を救うこと)施策に力が注がれた。救貧施策では、生活保護制度が中心的役割を果たし、1950年には、厚生省予算の46%が生活保護費であった。また、保健所、福祉事務所等の行政機構の整備等、社会保障行政の基盤整備が進められていった。

(2) 国民皆保険・皆年金と社会保障制度の発展(昭和30年代からオイルショックまで)

○ この時期は、高度経済成長や国民の生活水準の向上等にあわせ、社会保障では、生活困窮者や援護が必要な人々に対する救済対策に加え、一般の人々が疾病にかかったり、老齢になることなどから貧困状態になることを防ぐ施策(防貧施策)の重要性が増していった。
○ 自営業者や農業従事者等の医療保険や年金保険の適用外であった人々も対象として、全国民をカバーする医療、年金保険制度が導入され、1961(昭和36)年に「国民皆保険・皆年金」が確立された。国民皆保険・皆年金体制は、現在に至る我が国の社会保障制度の根幹を成すこととなった。また、これにより、我が国の社会保障制度は、それまでの生活保護中心の時代から、被保険者が自ら保険料を支払うことによって疾病や老齢等のリスクに備える社会保険中心の時代へと移っていくこととなった。

○ 昭和30年代後半から40年代においては、社会保障の各制度において給付改善や制度の拡充等が行われた。特に、1973(昭和48)年には、老人医療費の自己負担無料化や年金水準の大幅引上げ等が行われたことから、この年は「福祉元年」と呼ばれた。

(3) 制度の見直し期(1970年代後半から80年代)

○ 1973(昭和48)年秋に起きたオイルショックを契機に、国の財政事情が悪化し、昭和50年代は「財政再建」が目標となった。この時期は、それまで高度経済成長とともに拡大してきた社会保障制度について、安定成長に移行した経済社会の変化や厳しい財政事情に対応し、さらには将来の高齢社会に適合するように、社会保障費用の適正化、給付と負担の公平、安定的・効率的な制度基盤の確立等の観点から、社会保障制度の全面的な見直しが行われた。

○ 具体的には、老人医療費の公平な負担を図ることとした老人保健制度の創設や、被用者保険本人に対する定率負担を導入した健康保険法等の改正、基礎年金制度を導入した年金制度改正が挙げられる。

(4) 少子高齢社会に対応した制度構築 (1990年代)

○ 90年代においては、高齢化の進展とともに、少子化の進展に強い関心がもたれるようになった。合計特殊出生率は低下を続けており、1997(平成9)年1月の将来人口推計では、我が国の総人口は2007(平成19)年をピークにして、以後減少に転じていくという、明治時代以降初めての「人口減少社会」の到来を予測している。

○ この時期は、社会保障の新たな展開が見られる。例えば、高齢者介護問題に対する取組みとして、介護不安を解消するための介護保険制度創設に向けて介護保険法が制定されている。
 また、少子高齢化の進展等による福祉サービスに対する需要の増大・多様化等に対応して、福祉制度の見直しや新ゴールドプラン等に基づく計画的な基盤整備が進められている。介護・福祉分野のサービスの提供に当たっては、措置制度を見直し、利用者の選択を尊重した利用方式へという制度の見直しの動きがみられる。そして、1990年代後半からは、社会保障構造改革や社会福祉基礎構造改革の取組みが行われている。

○ 以上、我が国の戦後の社会保障制度の歴史を振り返ってみると、1970年代前半までは、制度設計に当たって欧米諸国に対するキャッチアップ(追いつくこと)を目標に置きながら、総じて「貧困からの救済と貧困の防止」と「給付内容の充実」ということに力点が置かれてきた。70年代後半以降は、「給付と負担の公平」「長期的に安定的な制度の確立」等を目標に制度の調整と再構築が図られるとともに、社会保障の新たな発展に向けて取り組んできたといえる。

○ 社会保障制度の発展が、(1)生活の安定、(2)貧富の格差の縮小と低所得者層の生活水準の向上、(3)我が国経済の安定的発展への寄与、という面で大きな役割を果たしてきたと評価できる。

第2節 社会保障の定義は何か

○ 英語のsecurityは、ラテン語のse-curusを語源にしており、seは「解放」を、curusは「不安」を意味している。つまり、元来、不安からの解放、危険や脅威のない平静な状態を意味している言葉である。
 一方、日本語の「保障」には、小城を意味する「保」と、砦を意味する「障」の字から構成されており、「ささえ防ぐこと、障害のないように保つこと」等の意味がある。
 英語のSocial Securityも、日本語の社会保障も、言葉の上からは、社会的な仕組みにより危険から守ること、という意味合いになる。

○ 「社会保障」という言葉が意味するところは、国によって異なっている。我が国においても、社会保障の定義は、社会保障制度の範囲、内容、対象者の変化等に応じ、時代の変化とともに変わってきている。最近の定義の例として、社会保障制度審議会において、社会保障とは、「国民の生活の安定が損なわれた場合に、国民に健やかで安心できる生活を保障することを目的として、公的責任で生活を支える給付を行うもの」と定義されている。

第3節 社会保障はどのような目的と機能を持っているか

○ 社会保障の定義の変遷等を踏まえ、社会保障の主な目的を整理すると次のとおり。

(1) 生活の保障・生活の安定
(2) 個人の自立支援
(3) 家庭機能の支援

○ 社会保障の機能は、主として次のとおり。

(1) 社会的安全装置(社会的セーフティネット)
(2) 所得再分配
(3) リスク分散
(4) 社会の安定及び経済の安定・成長
 (表「社会保障の目的と機能」参照)

(表) 社会保障の目的と機能
○社会保障の目的

主な目的

内   容

(1) 生活の保障・
生活の安定
戦後まもなくは貧困からの救済(救貧)又は貧困に陥ることの予防(防貧)にあったが、現在では、救貧又は防貧の範囲にとどまらず、広く国民全体を対象にして、健やかで安心できる生活を保障すること。社会保障は、個人の責任や自助努力では対応し難い不測の事態に対して、社会連帯の考えの下につくられた仕組みを通じて、生活を保障し、安定した生活へと導いていくものである。
(2) 個人の自立
支援
疾病などの予期しがたい事故や体力が衰えた高齢期などのように、自分の努力だけでは解決できず、自立した生活を維持できない場合等において、障害の有無や年齢にかかわらず、人間としての尊厳をもって、その人らしい自立した生活を送れるように支援すること。自立支援という考え方は、生活保護制度等の福祉分野では従来から存在していたが、近年、介護保険法の制定や児童福祉法の改正においても強調されてきている。
(3) 家庭機能の
支援
核家族化の進展や家族規模の縮小等による家庭基盤のぜい弱化や、生活環境・意識の変化、長寿化の進展等により、私的扶養による対応のみでは限界に来ている分野、例えば介護、老親扶養などの家庭機能について、社会的に支援すること。これは、いわば私的な相互扶助の社会化ということができる。

○社会保障の機能

主な目的

内   容

(1) 社会的安全
装置
(社会的セーフティネット)
病気や負傷、介護、失業や稼得能力を喪失した高齢期、不測の事故による障害など、生活の安定を損なう様々な事態に対して、生活の安定を図り、安心をもたらすための社会的な安全装置(社会的セーフティネット)の機能。社会的セーフティネットは、単一のものではなく、疾病、高齢等の様々な事態に備えて重層的に整備しておく必要がある。
(2) 所得再分配 市場経済の成り行きだけにまかせていては所得分配における社会的公正が確保されない状態に対して、社会保障制度等を通じて、所得を個人や世帯の間で移転させることにより、所得格差を縮小したり、低所得者の生活の安定を図ったりする。社会保障による所得再分配については、高所得者から低所得者、現役世代から高齢世代へという再分配のほか、個人のライフサイクル内における再分配等もある。
(3) リスク分散 疾病や事故、失業などは、個人の力のみでは対応し難い生活上の不確実、危険(リスク)に対して、社会全体でリスクに対応する仕組みをつくることにより、実際にリスクに陥ったときに、資金の提供等を通じて、リスクがもたらす影響を極力小さくする機能。
(4) 社会の安定
及び経済の
安定・成長
生活に安心感を与えたり、所得格差を解消したりすることから、社会や政治を安定化させること。あるいはこうした社会保障給付を通じて、景気変動を緩和する経済安定化機能や経済成長を支えていく機能。


第4節 社会保障は合理的かつ効率的な仕組み

○ 社会保障は、社会を構成する人々がともに助け合い支え合うという、相互扶助と社会連帯の考え方が基盤となっている。社会保障制度は社会の他の人々の生活のために役立つとともに、自分や家族にとっても役立つものである。

○ 社会保障は、個々人では対応が困難な危険(リスク)に対して、社会全体で対応するものであり、個人で対応するよりも合理的かつ効率的な仕組みである。なぜなら、社会保障(例えば、社会保険)は、広く薄く保険料を負担することにより危険(リスク)に備え、病気にかかったり、稼得能力が減少する高齢期において相当の給付が受けられるというものであって、これにより、不安感が解消されたり、過剰な貯蓄が不要となったりするという効果がある。

○ 例えば、医療費についてみれば、生涯医療費約2,200万円のうち、70歳以上で約1,100万円必要であり、さらに、月に100万円以上もの高額な医療費がかかる場合もある。
 また、高齢期の所得保障では、公的年金制度が亡くなるまでの終身において年金支給を保障している。例えば、1997(平成9)年に60歳で退職した平均的な厚生年金受給者が平均余命(21年)を生きた場合、約5,000万円の年金を受給できる。
 何歳まで生きられるか予測不能な点も含め、これらについて個人の貯蓄で賄おうとすることは困難であるし、社会全体でみても非効率的である。

○ 社会保障の仕組みとしては、社会保険と社会扶助に大別できる。

○ 社会保険の長所としては、保険料拠出の見返りとしての受給権が明確であり、スティグマ(汚名)が伴わないこと、個々の歳出に対する相関関係が薄い租税よりも負担の合意が得られやすいこと、短所としては、一律の定型的な給付になりがちなことや過剰利用等の問題があげられる。一方、社会扶助の長所としては、一定の要件に該当すれば負担に無関係に給付対象となることができることや特定の需要にきめ細かく対応できること、短所としては、制度に安住する人が生じがちであることや、財政負担の増大につながりやすいこと、資力調査を行って所得制限をかけるなど制限的な運用になりがちなことがあげられる。

○ 我が国では、1950(昭和25)年の社会保障制度審議会の勧告において、社会保険中心が提唱されているが、現在、社会保障給付費の約9割を社会保険で対応しているように、社会保険制度が社会保障制度の中核となっている。
 また、欧米諸国の制度をみても、医療費保障や老後の所得保障については、社会保険方式を採用することが一般的である。



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