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透析医療における標準的な透析操作と
院内感染予防に関するマニュアル


厚生科学特別研究事業
「透析医療における感染症の実態把握と予防対策に関する研究班」


平成11年度報告書


協力
日本透析医会
日本透析医学会



改訂版第2刷




問い合わせ先
医薬安全局安全対策課
福田 内線2748
保健医療局エイズ疾病対策課
加藤 内線2353


 平成11年5月、兵庫県のある透析施設において劇症肝炎が多発し患者が死亡したことが報道され、院内感染として大きな社会問題となった.
 透析医療の黎明期には透析をうければ血清肝炎はほぼ必発と覚悟された時期があったが、輸血用血液のスクリーニングの徹底、エリスロポエチンの臨床応用、透析機器の進歩により、透析現場においてウイルス肝炎は、当時と比べ減少している.現在日本赤十字社から供給される献血血液によるウイルス肝炎の発症はきわめて稀となり、また国民からは「医療行為に伴う感染」は完全に防止されるべきであるとの強い要請がある.すなわち、透析医療を実施することでウイルス肝炎に新たに感染するような事態は、透析患者のみならず国民すべてから、完全に防止することを求められているといってよい.
 医療機関におけるウイルス肝炎の院内感染を予防するために、厚生省保健医療局エイズ結核感染症課の監修による、『ウイルス肝炎対策ガイドライン(医療機関内)』が作成され、広く利用されている.しかしこれは透析に限らない一般医療機関向けのため、血液を直接扱う危険度の高い医療現場である透析医療機関は独自に透析医療向けに改変を加えたマニュアルを作成しなければならなかった.すなわち、透析施設におけるウイルス肝炎院内感染を防止するためにどうしたらよいか?、具体的な透析操作法は?、消毒法は?、感染サーベイランスにどの指標をどんな頻度で測定すべきか?等について各透析施設は独自の判断を求められてきたわけである.
 日本透析医会(会長 平澤由平)は本年の総会で、災害対策委員会を改組して、危機管理委員会とし、そこに災害対策委員会、感染対策委員会、事故対策委員会を設置した.この感染対策委員会(委員長 秋葉 隆)は、日本透析医学会の了解を得て、透析医療における感染予防の対策として、院内感染防止の立場からみて安全で標準的な透析操作と院内感染予防に関するマニュアル案を作成した.このマニュアル案は、standard precautionの原則にたった上で、本邦で広く行われている疾患別院内感染対策をも取り入れた構成となっている.
 一方、厚生省保健医療局エイズ疾病対策課、医薬安全局安全対策課は冒頭の事態を重視し、兵庫県と密接な連絡をとり、その原因究明と再発防止に乗り出した.このような中、平成11年度厚生科学特別研究−透析医療における感染症の実態把握と予防対策に関する研究班 が組織された.本研究班では、現在、透析現場における感染症の実態調査と感染予防策の検討を行うほか、研究の一環として、上記のマニュアル案を引き継ぎ、班員、および透析、感染症、疫学、肝臓病学専門家、日本透析医学会総務委員会感染対策小委員会、さらに透析療法を実施している全国の施設に示して、細部にわたる検討を繰り返し、「標準的な透析操作と院内感染予防に関するマニュアル」を作成した.
 この、「標準的な透析操作と院内感染予防に関するマニュアル」が、各透析施設におけるマニュアル作成の参考となり、透析医療施設における院内感染の予防に役立つことを願っている.

平成12年2月吉日
平成11年度厚生省厚生科学特別研究事業
−透析医療における感染症の実態把握と予防対策に関する研究班
秋葉 隆

目 次

院内感染予防からみた透析診療内容のチェックリスト

第1章 標準的透析操作

I.はじめに

II.基本的感染防止対策の遵守

1.透析室従事者側の準備
2.患者側の準備(患者教育の徹底)
3.無菌操作の徹底

III.血液透析の手技に関する操作

1.血液透析の準備
2.血液透析の開始から終了まで
3.治療施行時および抜針後における操作
IV. おわりに

第2章 標準的消毒洗浄

I. はじめに

II.透析従事者の手指

III.ブラッドアクセスの消毒

IV.薬剤の投与方法

V.透析装置外装

VI.透析液供給装置・回路

VII.医療器具

VIII.リネン類(シーツ・枕カバー・毛布カバー)

IX.ベッド柵・オーバーテーブル

X.食器・ガーグルベース類

XI.便器・尿器類

XII.室内

XIII.その他

第3章 感染患者への対策マニュアル

I. 感染対策委員会の設置

II.患者への感染対策の基本

III.B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス

1.感染経路
2.サーベイランス
3.感染患者対策
4. 消毒方法
5.新たにB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスが陽性になった場合
6.患者教育

IV.HIV

1.感染経路
2.感染患者対策
3.サーベイランス
4.患者教育
5.参考

V.MRSA

1.感染経路
2.感染対策
3.サーベイランス
4.MRSA患者の移送
5.患者教育

VI.結核

1.感染経路
2.感染患者対策
3.サーベイランス
4.患者教育

VII.その他の感染患者対策

1.HTLV−1(ATLV)
2.バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)
3.インフルエンザ

VIII.非感染患者の予防措置

1. HBワクチンの使用
2.インフルエンザHAワクチンの使用

第4章 スタッフの検査・予防と感染事故時の対応

I.はじめに

II.日常の健康管理

1.日常の健康管理の基本
2.検査項目および頻度とその対応

III.感染に関連する事故時(針刺し事故など)の対応

1.HBV感染事故
2.HCV感染事故
3.HIV感染事故
4.ATLV感染事故
5.その他の感染症(特に結核)発生時の対応

IV.医師から都道府県知事への届出のための義務

1.感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律
2.届出の必要な4類感染症(33疾患)
3.医師から保健所所長を経て都道府県知事への届出
4. 急性ウイルス肝炎の診断基準

第5章 スタッフの教育と感染対策

I.感染に関するスタッフ教育の基本

II.定期的なスタッフ教育

III.ケアレスミスより考える感染症教育

IV.透析業務からの感染症教育

V.院内感染調査委員会

VI.症例や専門家を通じての感染症教育

VII.最後に

謝辞

参考文献


院内感染予防からみた透析診療内容のチェックリスト


 本マニュアルを読まれる前に、ご自分の施設の診療内容が感染予防の観点からどのような状況にあるかご判断いただけるように、20項目のチェックリストを作成しました. ■いいえを選択された場合は該当の章節を特にご参照ください.本マニュアルのすべての内容を網羅をしているわけではありません. すべて■はいを選択された場合でも感染に対する備えが万全とは限りません. 院内感染予防の取り組みのきっかけとしてご利用ください.


1 施設と透析医療機器 2 スタッフ
3 透析操作
4 院内感染対策


第1章 標準的透析操作

I. はじめに

 本マニュアルは、血液透析療法における日常の手技について、「これだけのことをしていれば院内感染は起こりにくい」という標準的な「通常の透析」と呼べるものを目指して作成された.各施設でその規模や設備および患者の重症度に大きな違いがあるが、なるべく共通部分に照準を合わせようと意図した.したがって、より細部の手技等は本マニュアルの基本に沿って、施設ごとの実情に合わせて対策を講じる必要があることは言うまでもない.

II. 基本的感染防止対策の遵守

1.透析室従事者側の準備

1)常に爪を短く切っておく.

2)髪は肩にかからないよう束ねる.あるいはアップにする.

3)入念な手洗いを穿刺や創部のガーゼ交換など侵襲的手技の前後に必ず行う.なお、前記手技ごとに新しい滅菌手袋に交換する場合も、できるかぎり手洗いを併用する.

4)うがいは勤務の前後で行う習慣を身に付けることが望ましい.

5)咳の出るときはマスクを着用する.

6)常に清潔な白衣やエプロンを着用する.

7)手指に外傷や創がある場合は創部を覆うなど特別な注意を払い、自らへの感染を防止すると同時に感染を媒介しないよう厳重に注意する.

2.患者側の準備(患者教育の徹底)

1) 内シャントの患者は穿刺前にシャント部を中心にシャント肢全体を通常の石鹸を使って流水でよく洗浄することが望ましい.

2)施設内のトイレや洗面所などでは、ペーパータオル、個人用タオルなどを用い、共用を避ける.

3)咳の出ている患者はマスクを着用する.

4)止血綿やインスリン注射針など血液で汚染された物品は机上などに放置せず、直接所定の感染性廃棄物入れに廃棄するよう指導する.

5)血液、体液、分泌物、排泄物(汗を除く)、正常皮膚組織の剥離した局面、粘膜などは感染の危険があることをよく理解してもらう.

6)手洗いやうがいの励行という日常の習慣を身に付けてもらう.

7)更衣室のロッカーは個人専用であることが望ましい.

3.無菌操作の徹底

1)滅菌物品の取り扱い、創処置、ブラッドアクセスへの穿刺、回収操作、注射の準備、バイアルを共用する薬剤の取り扱い時、プライミングなどの体内に注入する物品や薬剤を操作するときは、無菌操作を徹底する.

2)特に共用することを前提につくられた用具、薬剤を除いて、透析室内で用いられる用具、薬剤は患者ごとに専用とする.

III. 血液透析の手技に関する操作

1.血液透析の準備

 以下にプライミングを透析装置で行う場合の基本操作を示す.透析装置を用いずにプライミングを実施する場合も安全と感染防止に関わる基本操作は本マニュアルに準ずる.

1) ダイアライザおよび血液回路の透析装置への装着

(1)事前に手洗いを十分に行う.

(2)ダイアライザ・血液回路を治療予定患者名、ダイアライザ・滅菌有効期間、異物混入、不良の有無などを確認後、キャップ等に注意しながら滅菌袋から取り出す.

(3)ダイアライザ内部および外観に、異物や不良のないことを確認し、透析装置のダイアライザホルダーに装着する.

(4)血液回路を滅菌有効期限確認後、キャップ等に注意しながら滅菌袋から取り出す.
 次に、外観を確認し、異物や不良のないことを確認する.

(5)静脈側血液回路を装着する.カニューラ接続部より約20cmの位置にクランプを止め、それを透析装置のスタンドに掛ける.血液回路に捻れを生じない様に静脈側エアートラップをホルダーに装着する.

(6)トランスデューサープロテクターの血液汚染がないことを目視で確認後に、圧モニターラインを透析装置の圧モニターに、トランスデューサープロテクターを介して接続する.
 エアートラップ下の回路部分を気泡検知器に装着する.

(7)動脈側血液回路を装着する.カニューラ接続部より約20cmの位置をクランプで止め、それをスタンドに掛ける.血液回路に捻れがない様に、ポンプセクション部を血液ポンプローラー部に装着する.次に、エアートラップをホルダーに装着し、エアートラップ下をクランプで止める.

(8)ダイアライザと回路を接続する.その際、接続部に手や鉗子等が触れないように注意する.

2)ダイアラザおよび血液回路(補液ライン付き)のプライミング

(1)プライミング用生理食塩液(以下生食と略す)は使用説明書に記された量を使用する.

(2)静脈側エアートラップの液面は2/3程度に保持する.

(3)プライミング後、補液・返血用生食にさし替える.

3)上記1)2)の操作は、医学上の清潔不潔概念をよく理解したスタッフが行う.可能な限り臨床工学技士、看護婦(士)、准看護婦(士)、薬剤師などの有資格者が行うことが望ましい.

4)注射薬等の準備

(1)注射薬等を準備する場所は透析室から区別された区画で行うことが望ましい.

(2)注射薬等を準備する前に手洗いを十分に行う.

(3)へパリンやエリスロポエチンなどを準備する場合、およびヘパリン、インスリンなどバイアルを共用する薬剤をシリンジに吸引する場合は、絶対的に未使用の注射器と注射針を使用する.この場合、ディスポーザブル製品を使用することが望ましい.

2. 血液透析の開始から終了まで

1)患者の観察と記録

(1)一般状態を観察し、必要と判断された場合、透析を開始する前に医師に報告する.

(2)穿刺部および周辺の皮膚の状態を観察し、適宜、消毒液や固定テープの変更を行う.

(3)血圧、脈拍などバイタルサインを定期的に測定する.

(4)透析記録用紙を用意して、透析前後および透析中の血圧、患者症状、治療条件確認、薬剤、補液等を記載する.

2)血液透析の開始、終了操作

(1)開始、終了操作は患者側と機械側にそれぞれ1名ずつが共同して行うことが望ましい.1人で操作する場合は、手袋が血液や浸出液で汚染する可能性もあり、その汚染部位が機械に直接触れないように操作する.

(2)開始、終了操作を開始する前に十分な手洗いを行う.

(3)下記の滅菌処理をしたディスポーザブルの開始終了セットを用意することが望ましい.

  開始セット内容: 滅菌紙シーツ、固定用テープ、滅菌紙ガーゼ
終了セット内容: 止血用圧迫綿、バンドエイドなどの保護テープ

 これらのセットの準備が不可能な場合は、開始、終了操作直前に患者ごと別々に滅菌トレイなどに無菌的に用意する.

(4)穿刺針、グルコン酸クロルヘキシジン、ポビドンヨード、あるいは塩化ベンザルコニウム(0.5%ヒビテン、10%イソジン、あるいは0.1%オスバン液等)に浸した綿球、クランプ用物品は開始操作する直前に滅菌紙シーツや滅菌トレイなどに無菌的に用意する.

(5)穿刺部位の消毒は、穿刺部位1点に付き1つの消毒綿を用い、穿刺予定部位の中心から外へと円を描く様に十分に行う.

(6)穿刺および抜針操作をする者は、ディスポーザブルの滅菌手袋を装着する.1人の患者ごとに手袋は交換し、使用後の手袋や汚染された物品は個々の患者ベッドサイドに廃棄物入れを用意し、これに一時的に廃棄する.やむを得ず素手で穿刺する場合は、手洗い後、グルコン酸クロルヘキシジン、ポビドンヨード、あるいは塩化ベンザルコニウム(0.5%ヒビテン、10%イソジン、0.1%オスバン液等)に浸した綿球で手指を十分消毒してから実施する.穿刺後は直ちに手洗いを行う.

(7)穿刺後の針固定は滅菌テープを使用することが望ましい.

(8)穿刺後の血液回路は、穿刺針が引っ張られないよう紐やテープ等でしっかり固定する.

(9)穿刺針(カニューラ)と血液回路との接続はロックできるものが望ましいが、そうでない場合は、滅菌テープ等で固定する.

(10)透析中は滅菌紙シーツ等で穿刺部を覆う.

(11)ダブルルーメンカテーテルや外シャントによる透析の開始・終了操作は、患者側の操作をするスタッフと機械側の操作をするスタッフの2名で行うことが望ましい.患者側の操作をするスタッフは厳重な無菌操作をしなければならない.
(1)患者ごとに新しい滅菌手袋を装着する.
(2)カテーテル接続口をポビドンヨード(10%イソジン等)で十分に消毒する.
(3)滅菌紙シーツなどで局部を広く覆う.
(4)血液回路との接続法以下は通常の開始・終了手順に準ずる.
(12)抜針時は刺入部を中心にグルコン酸クロルヘキシジン、ポビドンヨード、あるいは塩化ベンザルコニウム(0.5%ヒビテン、10%イソジン、0.1%オスバン液等)に浸した消毒綿で消毒する.

(13)抜針後の穿刺針はリキャップせず、感染性廃棄物として処理する.

(14)抜針後の止血は滅菌ガーゼおよび滅菌圧迫綿を使用する.

(15)使用済みのダイアライザ・血液回路は残血が漏出しないように密閉し、感染性廃棄物として施設の基準に従い廃棄する.

(16)他の汚染された、または汚染された可能性のある廃棄可能物(ディスポ製品、ガーゼ、包帯等)も、感染性廃棄物として廃棄する.なお、注射針類は使用後リキャップせず、感染性廃棄物として職員の針刺事故を起こさないように工夫して廃棄する.

3.治療施行時および抜針後における操作

1)穿刺ミスや再穿刺をする場合

(1)穿刺ミスした針や血液に汚染した紙ガーゼなどは、病床の近くに用意した感染性廃棄物入れに一時的に廃棄する.

(2)再穿刺する場合は十分止血した後に行う.

2)止血操作

(1)血液汚染した紙ガーゼなどは感染性廃棄物として処理する.

(2)素手で止血操作を行わない.間に合わず、素手で押さえた場合は新しい手袋を装着した別のスタッフと速やかに交替する.血液等で汚染した手はすぐに流水で洗う.

(3)患者待合室などで不意に出血した場合は、すぐにスタッフを呼ぶよう指導しておく.特に、患者自身で止血し、そのまま黙って帰宅することがないようにする.血液で汚染した衣類は速やかに交換し、他の患者に触れないようにする.掃除等をする場合に透析室従事者は手袋を装着し、その後は十分に手洗いする.

3)透析を一時中断する場合

(1)穿刺針に、留置する目的でヘパリン入りの生食等を充填する場合、未使用のディスポーザブルのシリンジと注射針を使用する.

(2)血液透析を再開する際、ダイアライザ、回路、充填液を捨てる場合は感染性の廃棄物として処理する.

4)創処置をする場合

(1)処置の前後に透析室従事者は十分な手洗いをする.

(2)紙シーツなど、ディスポーザブルのシーツを患部の下に敷く.

(3)汚染されたガーゼは感染性廃棄物として、持ち運ぶことなくその場で適切に廃棄する.

5)ベッド上で排泄された喀痰、便、尿の処置

(1)処置の前後に透析室従事者は十分な手洗いをする.

(2)透析室従事者は手袋を着用して処置をする.

(3)排泄物は汚物流しやトイレに廃棄する.

IV おわりに

 本標準的操作の実行にも関わらず、感染の拡大が認められた場合、第3章に詳述する感染対策委員会でその原因を調査して改善策をたてる.また、原因が明らかでないときは、すべての点にわたってさらに厳密な予防的操作法を実行するよう操作マニュアルを改訂する.

第2章 標準的消毒洗浄

I. はじめに

 透析施設での実施すべき標準的消毒方法について、この章で記述する.この章の内容を徹底させるためには、透析従事者に、器具、機材および(透析の)環境について「清潔(域)」、「不潔(域)」の基本的概念の教育が反復して行われる必要があることはいうまでもない.なお、特殊な感染患者治療時の消毒方法については、「第3章 感染患者への対策マニュアル」で詳述する.

II.透析従事者の手指

 手洗いの励行は感染経路を遮断する最も有効で簡単な方法である.透析室内に自動水栓(足踏み式、肘式でも可)付き手洗い場を充分な数設置し、医療業務の中で石鹸と流水により頻回に手洗いを行う.

手洗いの方法(下図参照)

(1)流水で手に付着した汚れを洗い流す.

(2)まず石鹸の表面を流水で洗浄する.表面の汚染を除去した後の石鹸をつけ、手のひらでもむように泡立てる.

(3)手を洗う.

 手のひらを洗う.
 手指を洗う.
 指の間を洗う.
 手首を洗う.

(4)手を拭く.
 ペーパータオルで丁寧に拭く.


III.ブラッドアクセスの消毒

 血液透析患者ではブラッドアクセスの適切な消毒を怠ると重篤な敗血症に至ることがある.消毒薬には一般に、グルコン酸クロルヘキシジン、ポビドンヨード、塩化ベンザルコニウム(0.5%ヒビテン液、10%イソジン液、0.1%オスバン液等)が用いられる(15頁 主な消毒剤の適応一覧表参照).内シャント穿針・抜針時、血管カテーテルヘの接続・離脱の消毒方法は透析操作に準じる.

IV.薬剤の投与方法

 透析中の経静脈薬物投与は、血液透析回路の静脈側回路ラインにある混注ジョイント部か、静脈側チャンバーの液面調節ラインから行う.これらの部位を消毒用アルコール綿で消毒し、短針を接合した注射器、もしくは、注射器や点滴回路を接合し投与する.

V.透析装置外装

 透析終了ごとに0.1%〜1%次亜塩素酸ナトリウム溶液で清拭する.血液付着時は消毒用アルコール綿等で拭き取り、水拭きし.その後上記操作を行う.特に機械のつまみなどをきちんと清拭する.

VI.透析液供給装置・回路

1.多人数用透析液供給回路は、毎日、0.02%次亜塩素酸ナトリウム等で自動洗浄する.
 また週l回は0.3−1.0%酢酸で洗浄する.

2.個人用透析装置、供給回路は、使用日ごとに、0.02%次亜塩素酸ナトリウム等で洗
浄する.また週1回以上は0.3−1.0%酢酸で洗浄する.

VII.医療器具

1.鉗子・トレイ類は使用ごとに、グルタラ−ル(2.25%サイデックスに30分以上、または、2%ステリハイド等に1時間以上)浸漬後、水洗いする.

2.聴診器は使用後に毎回、消毒用アルコールで清拭を行う.

3.液体の消毒剤を使用できない器具はエチレンオキサイドガスで消毒する.

VIII.リネン類(シーツ・枕カバー・毛布カバー)

 患者ごとに使用後、シーツ、枕カバー上の埃、髪の毛等を清掃する.リネン類は最低毎週1回交換し、血液で汚染された場合は、その都度交換する.

血液汚染時のリネン交換

(1)洗濯可能な物
 交換時はグルタラール(2%ステリハイド等)または0.1%次亜塩素酸ナトリウム液に1時間浸漬後、水洗いし、洗濯室へ出す.または紫外線照射(クリーンライザーなど)60分後、洗濯室へ出す.
(2)洗濯不可能な物はエチレンオキサイドガスで消毒する.
(3)汚染が強度の場合はビニール袋に密閉し、感染性廃棄物として処理する.

IX.ベッド柵・オーバーテーブル

 週1回程度、0.1〜1%次亜塩素酸ナトリウム溶液で清拭する.

X.食器・ガーグルベース類

 食器は使用ごとに、加熱滅菌する.ガーグルベースは使用ごとに次亜塩素酸ナトリウム(1%ミルトン等)に浸漬後、水洗い、乾燥する.

XI.便器・尿器類

 汚物処理後、洗浄、グルタラール(2.25%サイデックス等)に60分浸漬後、水洗い、乾燥する.

血液が大量に混入した排泄物

(1)吐物は2%次亜塩素酸ナトリウム液に1時間浸漬後、汚物槽に流す.
(2)排便は2%次亜塩素酸ナトリウム液または、グルタラール(2.25%サイデックス等)に1時間浸漬後、汚物槽に流す.

XII.室内

 毎日清掃する.床は0.1〜1%次亜塩素酸ナトリウム溶液で清拭する.
 患者控え室などには、止血ガーゼなどの血液汚染された物品を廃棄できるように感染性廃棄物入れを用意する.

XIII.その他

 透析従事者が感染患者と非感染患者を判別できる処置を講ずる.


主な消毒剤の適応一覧表

(出典: 昭和大学藤が丘病院感染対策委員会編 院内感染防止対策マニュアル 第2版昭和大学藤が丘病院、1994.)

消毒剤 適用濃度 適応 適応微生物 無効微生物 備考
1)(消毒用アルコール)
消毒用エタノール(78.9−81.4%)
調製不要 手指、皮膚、器具(15秒以上) 一般細菌、ウイルス、HIV、結核菌、酵母菌、クラミジア、リケッチア、スピロヘータ 芽胞(炭疽菌、破傷風菌)、HBV 水洗不要、火気厳禁
脱脂等による皮膚あれ、過敏症、蛋白除去してから使用
ゴム類変質
2)(塩化ベンザルコニウム0.2%+エタノール83%)
ウエルパス 速乾性擦式消毒剤
調製不要 手指
乾燥するまで手掌を摩擦する
細菌、真菌、MRSA、スピロヘータ 芽胞 水洗不要
火気厳禁
有毒物・石鹸等を除去してから使用
3)(ポビドンヨード)
イソジン液(10%)
ネオヨジン液(10%)
手術用イソジン液(7.5%)
調製不要 手指・皮膚・粘膜・創傷面 一般細菌、結核菌、真菌、芽胞菌、ウイルス、HIV、MRSA、スピロヘータ HBV 遮光、石鹸分を除去してから使用
ヨード過敏症に注意
<蛋白の存在下で効力低下>
4)(グルコン酸クロルヘキシジン)
ヒビテン液(5%)
ヒビテングルコネート液(20%)
ヒビスクラブ(4%)
0.1−0.5% 手指、皮膚、器具 一般細菌
スピロヘータ
芽胞
結核菌
真菌
ウイルス
遮光
有毒物・石鹸等を除去してから使用
0.05% 病室、用具
0.02−0.05% 粘膜(グルコネートのみ)
調製不要 手指
5)(塩化ベンザルコニウム)
オスバン(10%)
0.05−0.2% 手指、器具、衣類等 一般細菌
真菌
芽胞
結核菌
ウイルス
有毒物・石鹸等を除去してから使用
0.01−0.025% 粘膜、創傷面
0.3% 1分以上 排泄汚物不可)
6)(次亜塩素酸ナトリウム)
ミルトン(1%)
80倍(0.013%) 器具、衣類等 ウイルス、MRSA、HIV、HBV、真菌 結核菌 金属腐食
蛋白分解作用
20倍(0.05%)2分 緊急時
7)(クレゾール)
クレゾール石鹸液(クレゾール50%)
0.5−1% 手指・皮膚 一般細菌
結核菌
真菌
スピロヘータ
芽胞
ウイルス
HIV
遮光
過敏症状に注意
<廃水規制あり>
0.5−1% 器具、病室
1.5% 排泄物
8)(グルタラール)
サイデックス(2.25%)用時調製液(2.25%)
ステリハイド(20%)用時調製液(2%)
2%、2.25%
30分以上
器具 細菌、真菌、MRSA、芽胞、結核菌、ウイルス、HBV、HIV   粘膜刺激(吸入接触さける)
皮膚につけないよう注意
浸漬時は蓋付容器で行い、調製後直ちに使用
2%、2.25%
60分以上
汚染器具
9)(塩酸アルキルジアミノエチルグリシン)
テゴー51(10%)
0.05−0.5% 手指、皮膚 一般細菌
真菌
結核菌
芽胞
HBV
蛋白・脂肪共存下で効果低下
石鹸類は効力減弱させる
0.01−0.05% 粘膜、創傷面
0.05−0.2% 器具、病室
0.2−0.5% 結核領域

希釈法
0.15% 0.2% 0.5%
希釈倍率 100倍 50倍 20倍
3)イソジン(10%原液)
5)オスバン(10%原液)
9)テゴー51(10%原液)
10ml 20ml 50ml
全量 1000ml

  0.013% 0.05% 0.1% 0.5% 1% 1.5%
4)ヒビテン(5%原液)   10ml
(100倍)
20ml
(50倍)
100ml
(10倍)
   
6)ミルトン(1%原液) 12.5ml
(80倍)
50ml
(20倍)
100ml
(10倍)
     
7)クレゾール石鹸
(50%原液)
      10ml
(100倍)
20ml
(50倍
30ml
(33倍)
全量 1000ml

( )内は希釈倍数を示す.


第3章 感染患者への対策マニュアル

I. 感染対策委員会の設置

 すべての施設で感染対策委員会を設置する必要がある.感染対策委員会は院内感染予防、および、感染発生時その拡大を防止する場合に中心的な役割を果たすため、委員長は各医療機関の責任者をあてる.
 業務は以下のものが含まれる.

(1) 各施設の実状に合った院内感染対策マニュアルの作成と実行

(2) 院内感染サーベイランスシステムの構築
 院内感染の実態の把握、院内感染が生じた場合の感染経路の推測、院内感染が起きた場合の対応の指示

(3) スタッフへの教育

(4) 患者への教育、情報提供

 なお、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(第4章IV)により、対象となる感染症を診断した医師は都道府県知事等(管轄の保健所)への届け出をおこなう.

II. 患者への感染対策の基本

 患者への感染対策の各感染症に共通する基本方針は以下の通りである.

(1) サーベイランスのための検査をする際には、患者にその意義と必要性を説明し、理解と同意を得る.

(2) 検査結果を患者本人に告知する.その際には、例えば、肝炎ウイルスキャリアであることの意味をウイルス肝炎研究財団刊「HBs抗原の知識」、「HCV抗体の知識」などの小冊子を用いて十分に説明し、またプライバシー保護に努める.

(3) 感染性の高い疾患を有する患者に隔離が必要な場合、患者・家族に対し、疾患の特殊性、隔離の必要性、隔離中の注意事項を十分に説明し、理解と同意を得なければならない.

III. B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス

1.感染経路

 血液媒介感染症であり、透析施設においてもっとも注意を払うべき感染症である.ウイルス陽性の患者血液あるいは体液(脳脊髄液、羊水、精液、膣分泌物、胸水、腹水、母乳)が皮膚を越えて接種された場合や、傷のある皮膚あるいは粘膜への接触によって感染する.また、これらの体液で汚染された器具や手袋、包帯を介しても感染が起こりうる.
 B型肝炎ウイルスはなかでも感染力が強い.特にHBe抗原陽性血は感染力が強い.HBs抗原陽性でHBe抗原陰性の変異株がもし感染を起こした場合、劇症肝炎を起こしやすいので、HBs抗原陽性HBe抗原陰性血に対しても注意が必要である. なお、透析患者では、感染発症時にも比較的GOT、GPT値が低値をとること、HCV抗体が出現しにくいことが知られている.

2.サーベイランス

1) B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスの新たな感染が起こっていないことを確かめる目的で、前者については、HBs抗原、HBs抗体、HBc抗体の検査を、後者についてはHCV抗体の検査を年2回以上定期的に行う.

2) HBs抗原陽性者については、HBe抗原、HBe抗体検査を実施する.

3) HCV抗体陽性患者についてはHCV RNA検査を実施する.

4) 転入時、転出時には上記以外の時期でも実施する.

5) もともと肝炎ウイルスのマーカーが陰性であった患者において、肝機能検査(月1〜2回)で正常だったものが異常値を示す際には、定期外にウイルス関連検査をする.
 肝炎ウイルスの感染が疑われた場合、早期診断をするには、B型肝炎では、IgM型HBc抗体、C型肝炎では、HCV RNA定性検査をおこなう.急性ウイルス肝炎基準と、診断時の届け出法は第4章IVに記載した.

6) 検査結果は患者本人、家族に告知し、スタッフに周知徹底する.ただし、プライバシー保護に努める.

7) HBs抗原あるいはHCV抗体陰性であっても感染者であることがあるので、すべての患者が感染者との認識で対応するのが第一である.

3.感染患者対策

1) 原則として、肝炎ウイルス陽性の患者(キャリア)はベッドを透析室内の一定の位置に固定する.優先順位としては、HBe抗原陽性患者、HBe抗体陽性患者、HCV抗体陽性患者とする.上記の固定は各シフトを通じて実施することが望ましい.共通の固定ができない場合にはシフトごとの固定でも可とする.この場合はシフトごとに、機器の消毒、リネンの交換を行う.

2) 肝炎ウイルス陽性の患者を処置するスタッフはシフトごとに固定することが望ましい.
ただし、血圧測定など明らかに感染の機会が生じないと考えられる行為は除外する.

3) 2)の対策が困難な場合、血液透析の開始、終了は肝炎ウイルス非感染者、 HCV抗体陽性患者、HBe抗体陽性患者、 HBe抗原陽性患者の順番に行うことが望ましい.

4) 聴診器、体温計、血圧計を専用とする.

5) 血液や体液で汚染したものを取り扱う場合はその都度新しい手袋をして、汚染部は直ちに消毒する.

4. 消毒方法

 B型、C型肝炎は血液媒介感染症であり、またスタッフは直接血液を取り扱うため、感染媒体となる可能牲がある.そのため標準的消毒方法に加え、以下の消毒方法の励行が必要となる(HlV.ATLAなどもこれに順ずる).

1)透析従事者の手指

 皮膚の血液汚染時には、すぐに石鹸を用いて手洗いをし、その後流水でよく洗い流す.

2)透析中の薬物投与

 透析中の経静脈薬物投与は、針刺し事故防止のため血液透析回路の静脈側回路ラインに、注射器・点滴回路を接合し投与する方法が望ましい.

3)医療器具

(1)血庄計・聴診器・電子体温計類は専用の物を使用する.
 患者ごと、使用ごとに、0.05%次亜塩素酸ナトリウム液を浸した綿で清拭を行う.
(2)廃棄可能物はビニール袋に密閉し感染性廃棄物として処理する.
 透析セットやトレイはディスポーザブル使用が望ましい.

4)リネン類

 患者専用とするのが望ましい.またはディスポザブルシーツを使用する.

5)ベッド柵・オーバーテーブル・カーテン

 透析後、0.1%〜1%次亜塩素酸ナトリウム液の溶液で清拭し、その後水拭きする.

6)食器類

 吸い飲みなどは、患者専用の物を使用する.使用後ごと、次亜塩素酸ナトリウム(0.l%ミルトン等)に1時間浸漬後、水洗い、乾燥する.

7)室内

 隔離が必要な症例では、個室管理とし入室時ガウン、マスクの着用が必要である.また透析装置は、専用に個室内に設置するのが望ましい.

5.新たにB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスが陽性になった場合

1)患者に対して告知、教育、カウンセリング、そして必要に応じて治療を行う.その際、患者のプライバシー保護に努める.

2)感染対策委員会を中心にスタッフへの情報伝達、感染源、感染経路の検索、感染対策マニュアル通りの治療手技がなされているか再確認し、必要なら再教育を行う.

3)他の患者について、肝機能検査、ウイルス検査を定期外に施行するなど、サーベイランスを強める.

6.患者教育

1) B型肝炎ウイルスの感染経路としては、血液、血液製剤のほか、血液が付着することがある医療器具、カミソリ、歯ブラシ、タオル等などを介しての感染も考えられるので、これらの処理に気をつける.

2) 現実の感染経路としては、注射その他の医療行為、あるいは出血を伴う民間療法、刺青、性的接触(異性間、同性間を問わない)等がある.これは、血液が直接体内に入る場合や性行為に伴うような密接な接触関係がなければ、 B型肝炎ウイルスは感染しないからである.

3) B型肝炎ウイルスに対しては有効なワクチンがあるため、HBs抗原陽性患者の配偶者や同居者のうち、HBs抗原抗体陰性者についてはワクチンを接種することが望ましい.

4) C型肝炎ウイルスの感染経路もB型肝炎ウイルスと同様であるが、B型肝炎ウイルスに比べると血中のウイルスは少なく、感染力は100分の1から10000分の1と格段に低いため、血液にさえ気をつければ、日常生活では感染の心配はない.性的接触も感染経路の1つとして考えられてはいるが、その頻度は低い.

5) 日常生活上の注意(B、C型肝炎ウイルス共通)

(1)傷、皮膚炎、鼻出血はできるだけ自分で手当し、他人に血液がつかないように注意する.血液の付着したものは密閉して廃棄し、廃棄できないものは十分に水洗する.
(2)月経時、鼻出血等の処置後は、手指を十分に流水で洗う.
(3)かみそり、歯ブラシ、タオルは専用とする.
(4)排尿、排便後は流水でよく手を洗う.
(5)食器の洗浄、衣服の洗濯、入浴は通常通りで問題ない.

IV. HIV

1.感染経路

 肝炎ウイルスと同様に血液媒介感染である.感染力は弱く、加熱や消毒により容易に不活化される.

2.感染患者対策

1)CAPD排液中にはウイルスが存在するので、取り扱う際には、手袋、ガウン、マスクを使用する.

2)血液透析を行う場合、ベッドを固定し、感染予防に特に注意して透析を行う.

3)マスク、手袋を常時使用する.手袋は患者ごとに常に新しいものに交換する.穿刺・返血時にはガウンと、フェースシールドマスクあるいはゴーグルを装着する.

4)接続部ロック式の血液回路を使用する.

5)採血、輸液、輸血時に金属針を用いない.すなわち、開始時の採血は穿刺と同時にし、透析中の採血、注射、輸液、輸血はすべて輸液ラインを利用する.

6)終了(回収)操作は2名で行い、抜針後、穿刺部の止血を確実にする.

7)プライバシー保護には特に注意を払う.

3.サーベイランス

1)透析導入時や他院からの転入時には、スクリーニング検査をすることが望ましいが、患者に同意を得る必要がある.

2)スクリーニングで通常用いられるHIV抗体検査で陽性にでても、偽陽性の場合が少なくないので、ウェスタンブロット法や間接蛍光抗体法、あるいはPCR法などによる確認検査が必要である.

4.患者教育

1)専門施設での教育、カウンセリングを要する.

2)血液媒介感染症であるが、感染力はB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスよりもはるかに弱い.

6) 日常生活上の注意は肝炎ウイルスに準ずる.

5.参考

 診療、サーベイランスのための診断規準、カウンセリング等についての詳細は、『HIV感染症診断の手引き』(平成6年12月)、『後天性免疫不全症候群の発生動向の把握のための診断基準について』(平成11年3月3日健医疾発第17号)、『HIV医療機関内感染予防対策指針』(平成元年4月)、『HIVとカウンセリング』(平成2年3月)、『エイズ相談マニュアル』(平成5年3月)を参照されたい.

V.MRSA

1.感染経路

1)MRSAは健常人や合併症のない元気な透析患者では問題になることは少ないが、重い合併症のある透析患者や高齢透析患者、術後の透析患者に感染すると難治化し重篤になることがある.

2)医療スタッフの手指により以下のように媒介されて伝播する接触感染であることが多い.

(1) MRSA患者の処置をした手で他の患者に触れる.
(2) MRSA患者周囲の環境の菌が医療スタッフの手に付着して運ばれる.
(3) 保菌者の医療スタッフが鼻腔などに触れた手で患者の処置をする.
(4) MRSAで汚染された医療機器、物品を介しての接触感染が知られている.

3) 喀痰、塵埃による飛沫感染も知られている.

2.感染対策

1)保菌か感染か

 MRSAの感染症を発症しているか、単なる保菌者かにより対応が異なる.
 この区別は臨床症状、炎症反応をはじめとする検査所見より判定する.すなわち、CRP、白血球増多などの炎症所見も認めず、鼻咽喉にMRSAを認める場合は保菌である.また、痰よりMRSAを検出しても、鼻咽喉の保菌の可能性が高い.尿も本来は無菌であるが、尿道カテーテルや外陰部のMRSAが付着していることをまず疑う.一方、発熱を伴う膿性痰、血液培養、下痢便、褥瘡などの膿にMRSAを認めれば感染の可能性が高い.

2)MRSA感染者に対する対策

(1)特にMRSA腸炎、MRSA気管支炎・肺炎、開放性ドレーンからMRSAが検出されたもの、尿・開放創から大量のMRSAが検出されたものは、感染性が高い.
(2)感染症発症患者に対しては、抗菌薬の適切な使用および接触予防を行う.
(3)感染性の高い患者については個室における隔離透析が理想であるが、ベッド固定でも可とする.必要に応じてカーテンあるいはスクリーンによる仕切りを用いる.
(4)聴診器、体温計、血圧計を専用とする.
(5)手洗いには消毒薬を用いる(手袋をはずした時にも手洗いをする).
(6)隔離を行う際には、患者・家族に対し MRSA感染の特殊性、隔離の必要性、隔離中の注意事項を十分に説明し、理解と同意を得なければならない.

3)保菌者に対する対策

(1)保菌者に対しては隔離の必要はない.手袋、専用の器具、手洗いはMRSA感染者と同様に扱う.

(2)鼻腔内保菌者に対するムピロシン軟膏による除菌の有効性は証明されているが、透析患者ではどうするか、まだコンセンサスが得られていない.

3.サーベイランス

1)MRSA感染者については、2週に1回程度、咽頭、鼻腔、痰、膿などについて、MRSAの有無をチェックする.

2)スクリーニング検査については集団発生時に気管切開、褥瘡、手術創、IVHカテーテルなどを有する患者にのみ施行する.スタッフのスクリーニング検査は原則として不要である.

4.MRSA感染者の移送

 患者移送は最小限とする.車椅子、ストレッチャーは患者専用のシーツなどで覆って用いる.

5.患者教育

1) MRSAはさまざまな抗生物質に耐性をもつ細菌であり、易感染者では時に重症の感染症が発生するが、その場合にもいくつかの治療法がある.

2) MRSA感染患者および保菌者は手洗いを励行し、保菌部位に手を触れないように、易感染者に近づかないようにする.

3) 他の患者への感染防止のために、隔離やスタッフの予防衣、マスク、手袋の着用が必要なことがある.

4) 汚染が拡大しないように使用した機器、器具を消毒し、リネンなどを袋に密閉して搬出する必要がある.

5) 健康者や易感染者以外の患者にMRSA感染症が発症する危険性は非常に低く、家庭での日常生活には支障がない.

VI.結核

1.感染経路

 結核菌は空気感染により感染が広がる.結核菌を含んだ分泌物は咳やくしゃみによって大小の粒子になって空中に放出されるが大きな粒子はすぐに床に落ちる.小さい粒子は急速に水分を失い、5μm以下の飛沫核となり、これを吸入することにより感染する.この飛沫核は空気の流れに乗って長時間浮遊し、広く、遠くまで運ばれる.飛沫核として空中に浮遊した菌が感染源であり、床や壁、寝具や衣服などに付着した痰を介しての感染は無視できる.

2.感染患者対策

1)結核の感染対策でもっとも重要な点は、早期発見、早期治療である.すなわち、結核と診断されるまでがもっとも危険な感染源であり、いったん抗結核療法が始まれば、比較的速やかに(2〜3週)感染源でなくなるからである.

2)排菌のある結核患者では、隔離透析のできる施設へ速やかに転院させる.しかし、転院先が見つからない場合や患者の状態などでできない場合は、個室(理想的には独立した空調を有し、空気が流出しないよう陰圧にする.空調が独立していなければ空調を止め、ドアは閉めて一般病室へ空気の拡散がないようにする)で透析するか、それが不可能なら、時間帯を一般の透析患者と変えて透析する.その際、スタッフは微粒子用(N95規格)のマスク(薄い紙マスクは無効である)およびガウンを着用する.また、換気を頻回に行う(1時間に6回程度).移送の際は、患者にサージカルマスクをしてもらう.

3)シーツや食器などに付着した結核菌は感染源とはならないので、これらを特別に処理する必要はない.

4)透析患者が感染性のある結核であることが判明した場合のほかの透析患者および医療従事者への対応も重要である.感染者に化学予防を行えば、発病を1/2から1/5へ減少させるが、免疫能の低下した透析患者におけるINH投与による化学予防の適応基準や効果の報告はいまのところない.

3.サーベイランス

 前述したように早期発見が重要である.定期検査における胸部X線に注意する.原因不明の発熱や咳が2〜3週間以上持続する際には、結核も鑑別診断に入れ、胸部X線、喀痰検査などをする. 喀痰検査では、塗抹、PCR、培養を行う.

4.患者教育

1) 結核は、飛沫核感染(空気感染)であり、通常は、排菌陽性の肺、気管支、咽頭結核患者のみが感染源となる.呼吸器以外の肺外結核(結核性胸膜炎、胸水例でも)が周囲に伝染する可能性はきわめて低い.

2) 排菌のある場合には、専門の施設での隔離が必要である.

3) 咳をするときには、飛沫が拡大しないように、マスクをし、手で口をおさえる.

4) 疾患の社会に及ぼす影響、治療が中断された場合の再治療の難しさを良く説明し、服用する薬剤の用法、用量を厳守してもらう.

VII. その他の感染患者対策

1.HTLV-1(ATLV)

 成人T細胞白血病の原因ウイルスである.血液を介して感染し、発病すればきわめて予後不良であり、感染対策はHIVに準ずる.

2.バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)

 腸球菌はヒトの腸管および女性外陰部の常在菌であり、病原性が弱く健康人には無害であり、基礎疾患を有し、免疫力が低下した患者にみられる日和見感染菌である.臨床的に問題となる腸球菌はEnterococcus faecalisとEnterococcus faeciumで、尿路感染症、敗血症、感染性心内膜炎、胆道感染症の原因となる.VREはバンコマイシンを始め種々の抗生剤に耐性を示し、治療に難渋する.日本でも最近院内感染の報告がなされ、今後問題となる可能性が高い.
 VREの保菌者の多くはVREが腸管内に定着しており、糞便中に高濃度にみられる.また、尿路感染症患者では、尿中に認められる.したがって、感染経路を遮断するには、手洗い、トイレの清掃・消毒、便尿の取り扱いの注意が必要である.VREの感染者および保菌者に対しては、MRSAに準ずる.
 また、VREの予防として、バンコマイシンを予防的治療や経験的(empiric)治療として使用することを控えること、MRSAの保菌者に対する治療や偽膜性腸炎に対する第1選択薬としての使用も控えることが必要である.

3.インフルエンザ

 径5μm以上の飛沫により感染する.飛沫が到達するのは約1mであるので、個室透析ができないときには、隣のベッドとの間にスクリーンをおくのが望ましい.予防注射がもっとも有効な感染予防策である.

VIII.非感染患者の予防措置

 現在有効な感染予防対策としては、HBVに対する「HBワクチン」とインフルエンザに対する「インフルエンザHAワクチン」がある.非感染患者にはインフォームドコンセントを得た上、これらのワクチンを使用することが望ましい.

1. HBワクチンの使用

 HBs抗原・抗体ともに陰性患者およびHBワクチン未接種患者を対象として10歳以上は下記用量を接種する.3回目接種1ヶ月後にHBs抗体を測定し抗体の獲得を確認する.

初回接種(1回目) 10μg(0.5ml)皮下又は筋肉内
1ヶ月後(2回目) 同量
6ヶ月後(3回目) 同量

2.インフルエンザHAワクチンの使用:インフルエンザ流行前に18歳以上には下記の用量を接種する.

初回接種(1回目) 0.5ml 皮下
4週間後(2回目) 同量

 接種回数については、免疫力の低下している透析患者では1回接種法で55%の有効との報告があるが、2回接種法の方が望ましい.

第4章 スタッフの検査・予防と感染事故時の対応

I.はじめに

 スタッフの感染症発生の予防には「日常の健康管理」と「感染に関連する事故時の対応」が必要である.一概に感染症といっても多岐にわたるので、ここでは透析室で一般的に経験する感染症を対象として取り扱うことにする.

II. 日常の健康管理

1.日常の健康管理の基本

 ウイルス肝炎の病原ウイルスには、経口感染するA型, E型肝炎ウイルスと、血液を介して感染するのはB型,C型,D型肝炎ウイルスがある.従って、A,E型感染に対しては透析室での喫煙、飲食を禁止することや患者の糞便の取り扱いに注意することで十分予防はできる.D型肝炎はB型肝炎感染者のみに感染が起こる不完全ウイルスであり日本ではほとんど問題にする必要がないことから、B型とC型肝炎についての定期的な検査をおこなう.
 ATLV,HIVの感染経路は、母から子への垂直感染、性的接触、夫婦間の水平感染・血液による感染であるので、ATLV、HIVに対しては本人の承諾を得てから、1度は抗体を測定しておくのが望ましい.
 MRSAに対しては感染患者への対策マニュアルの項に従って対応することが重要で、特に定期的な検査は必要ない.Tbcに対しては年1回の胸部X線撮影が必要で、場合によってはツ反応も必要である.

2.検査項目および頻度とその対応

1)定期健康診断

 労働者が50人以上の事業所に、労働省(労働基準監督署)が健康診断結果の報告を義務づけている.したがって50人未満の医療機関でもこの1年1回の健康診断を利用することは施設の質を高め、時には医療資源の節約も考えられる.
 第3章Iで述べられている「感染対策委員会」を設置し、スタッフの健康診断の計画、施行、結果に対して積極的に関与すべきである.

定期健康診断の内容: 労働省で定めた健康診断項目
 ( )内は担当医師の判断で必要なければ省略しても良いとされている場合を示す.

(1)既往歴および業務歴の調査

(2)自覚症状および他覚症状の有無

(3)身長、体重、視力、色覚、および聴力(身長は20歳以上省略可、聴力は35、40歳を除く45歳未満では省略可)

(4)胸部X線および喀痰(喀痰検査は胸部X線で病変なし等の場合は省略可)

(5)血圧

(6)貧血:赤血球、血色素量

(7)肝機能:GOT,GPT,γ-GTP(γ-GTPは35歳を除く40歳未満では省略可)

(8) 血中脂質:血清コレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド(血清トリグリセライドは35歳を除く40歳未満では省略可)

(9)血糖(35歳を除く40歳未満で省略可)

(10)尿中の糖および蛋白の有無(糖については血糖実施時省略可)

(11) 心電図 (35歳を除く40歳未満で省略可)

 このような定期健診に感染対策委員会が積極的に関与し、下記の検査項目などを追加し、スタッフの感染対策に役立てるのが望ましい.
 HBs抗原、HBs抗体、HBc抗体、HCV抗体の測定、場合により、HIV抗体、HTLV−1抗体、ツベルクリン反応などを追加

2)HBs抗原、HBs抗体、HBc抗体、HCV抗体: 年2〜3回施行

(1)HBs抗原およびHBs抗体陰性者に対しては、将来HBV感染の危険性が高いので、インフォームドコンセントの上、できる限りHBワクチンによりHBs抗体を獲得するようにする.

HBワクチン10μg(0.5ml)を皮下又は筋肉内に接種(1回目)、
同量 1回目より1ヶ月後に接種(2回目)
同量 1回目より6ヶ月後に接種(3回目)
HBs抗体の測定: 1回目接種前および3回目接種1ヶ月後

(2)HBs抗体陽性者に対しては、年1回のHBs抗原・抗体の測定で良い.(HBs抗体が検出されなくなる場合があるので年1回は必要である.HBs抗体が検出されなくなったらHBワクチンを追加接種する必要がある.)
(3)HBs抗原陽性者に対しては、トランスアミナーゼ値を測定し肝機能を把握する.できればHBe抗原・抗体およびHBV DNA量を測定する.
 特にHBe抗体陽性の場合、HBV遺伝子のpre-C変異株が存在し、これに新たに感染した場合、急激に肝機能が悪化し、劇症肝炎を発症することがあるため注意を要する.
(4)HBs抗原陽性で肝機能検査正常者は原則として無症候性キャリア扱いとする.HBs抗原陽性で肝機能検査異常者は要治療者として専門医を紹介する.
(5)HCV陽性者に対してはHCV RNAを測定し、HCV RNA陽性はキャリアとして扱う.
(6) HBVおよびHCVキャリアのスタッフの取り扱い
A.感染予防指導
 感染対策委員会が当該スタッフに対して、肝炎ウイルスキャリアであることの意味をウイルス肝炎研究財団刊『HBs抗原の知識』、『HCV抗体の知識』などの小冊子を活用して十分に説明し、下記事項を管理指導する.
 (1)出血時の注意、(2)月経時、鼻血などの処置、(3)日用品の専用、(4)輸血のための供血禁止、(5)乳幼児に接する時の注意など.
B.健康管理
 状態に応じて、3〜12ヶ月ごとに定期的に医療機関を受診するように指導する.
C.労働条件
 上記感染源とならぬように(1)〜(4)の注意事項を守る限り、労働軽減など特別の措置は必要なく、一般健康人と同様通常の労働に従事しうる. ただし、最近刊行されたCDCガイドラインでは、HBe抗原陽性者は陰性化するまで、曝露を起こしそうな手技を行わないように業務制限をしている.

3)トランスアミナーゼ他(GOT,GPT,ZTT,γ-GTP): 年 2〜3回施行

 肝機能障害を認めたときには、HBs抗原、IgM型HBc抗体、HCV抗体、必要に応じてHCV RNAを測定し、感染の有無を判定し、陽性者は前項2)(3)〜(5)に従って要治療者か無症候性キャリアか判定する.

III. 感染に関連する事故時(針刺し事故など)の対応

1.HBV感染事故

 HBV感染事故の事実を診療録に記載し、感染対策委員会に報告する.
 HBV感染対応策は、原則として、HBs抗原・抗体陰性のスタッフを対象とする(HBs抗体価が16倍(PHA)未満の場合にも予防を開始する).
 高力価HBs抗体含有免疫グロブリン(HBIG)をできるだけ早く(遅くとも48時間以内に)投与し、特に感染源がHBe抗体陽性のHBVキャリアの血液であった場合は、必ずHBワクチンを併用する.

HBIG (遅くとも48時間以内): 1000単位(5ml)接種
HBワクチン:
 できるだけ早い時期(事故発生7日以内)(1回目) 10μg(0.5ml)接種
1ヶ月後(2回目) 同量
3ヶ月後(3回目) 同量
HBs抗原・抗体の測定 事故直後、事故後7ヶ月目(必須)
 できれば事故後1,2,3,4,5,6ヶ月にも実施し、最後に12ヶ月目に確認するのが望ましい.

 なお、事故直後から数日以内に採血した血清を保存し、後で評価できるようにしておくことが望ましい.

2.HCV感染事故

 HCV感染事故に対しては特異的な予防法はない.事故の事実を診療録に記載し、感染対策委員会に報告する.
 2〜4週ごとにGOT,GPTと、HCV RNA(必要に応じて)などを定期的に6ヶ月まで測定する. 感染が成立する可能性は低率(1〜2%)である.
 発症した場合には、速やかに治療を考慮し専門医を紹介する.
 最近、インターフェロン(IFN)の投与が、C型慢性活動性肝炎に移行する以前の段階においても効果的であるとの報告もあり、HCV感染が確定した時点で、担当医の判断と責任のもとにIFN投与も考慮する.
 労災保険の適応が医療従事者に限り承認されている(平成6年5月1日). 医療従事者がHCVに汚染された血液などに業務上接触したことに起因してHCVに感染し、業務上の疾病と認められたものについて、IFNの投与が認められている.IFNの種類・量については健康保険に準拠し、投与期間は原則1ヶ月程度とされている.

3.HIV感染事故

 HIV感染事故の事実を診療録に記載し、感染対策委員会に報告する.HIV感染対応策は抗ウイルス薬の投与が感染率を明らかに低下させるので、CDCガイドラインに従って予防内服するのが望ましい.針刺し事故の内容と感染源のウイルス量によりBasic regimenとExpanded regimenとに分け予防的措置を推奨している.
 Basic regimenはジドブジン(AZT 600mg)+ラミブジン(3TC 300mg)の2剤を、重度と考えられるExpanded regimenはこの2剤にインジナビル(IDV 2400mg)又はネルフィナビル(NFV 2250mg)を加えた3剤を4週間服用することを推奨している.内服開始は事故後1〜2時間以内が望ましいとされるので、HIV陽性患者を受持つ施設では薬剤を常備しておく必要がある.
 なお、HIVの感染予防対策についての詳細は、『HIV医療機関内感染予防指針』(平成元年4月)、『針刺し後のHIV感染防止体制の整備について』(平成11年8月30日健医疾発第90号医薬安第105号)を参考にされたい.

4.ATLV感染事故

 ATLV感染に対しては特異的な予防法がない.感染事故の事実を診療録に記載し、感染対策委員会に報告する. ATLV-1抗体陽性者は、要治療者として扱う.

5.その他の感染症(特に結核)発生時の対応

 透析患者が感染性結核を発症した場合の対応として、平常時のスタッフの管理が非常に大切である.定期健康診断で胸部X線およびツ反応の結果が参考となる.患者発生時には診療録に記載し、感染対策委員会に報告する.
 対応策を以下に述べる.

1)ツベルクリン反応の実施(スタッフの希望者)

 ツベルクリン反応の二段階検査法を行う.これにより陰性または疑陽性であった者は3ヶ月後の早い時期にツ反応検査を再度実施する.3ヶ月後のツ反応の発赤径が10mm以下の場合は陰性.発赤径30mm以上あり、かつ二段階検査法実施時の反応よりもおおむね10mm以上大きくなった場合には、喀痰、CRP、血沈の検査、胸部X線撮影を実施す
る.

ツベルクリン検査(1回目)
↓ 2週間後
ツベルクリン検査(2回目)
(陰性(−)および疑陽性(±)者)
↓ 3ヶ月後
ツベルクリン検査
判 定
2)喀痰の検査(MTD、PCR法)および胸部X線で肺結核の疑いがある場合は専門医を紹介する.

3)スタッフの感染予防

(1)感染源である排菌患者を隔離透析できる施設へ速やかに転院させる.
(2)安全マスクおよび予防衣の着用:患者と接触する期間中は、結核菌が通過しないようなマスク(N95規格の微粒子マスク)と予防衣の着用が必要である.


IV. 医師から都道府県知事への届出の義務

1.感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律

 1998年10月2日「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、「感染症予防・医療法」と略)が公布され、1999年4月1日よりより施行された.このうち透析医療と関わりのあるのは、4類感染症の全数把握の対象33疾患中「急性ウイルス肝炎」、「後天性免疫不全症候群」、「バンコマイシン耐性腸球菌感染症」と「梅毒」である.
 また、結核については 従来の「結核予防法」に従って対応することになる.
 ここでは「急性ウイルス肝炎」について記述する.詳細については厚生省保健医療局結核感染症課より自治体および医師会を通じてガイドラインが発刊されている
 (http://www.mhw.go.jp/search/docj/other/topics/todokede/tp1018-1_11.html).

2.届出の必要な4類感染症(33疾患)(下線は透析医療と関わりの深い疾患)

後天性免疫不全症候群(AIDS) 梅毒 マラリア
アメーバー赤痢 急性ウイルス性肝炎 エキノコックス症
黄熱 オウム病 回帰熱
Q熱 狂犬病 クリプトスポリジウム症
コクシジオイデス症 ジアルジア症 クロイツフェルト・ヤコブ病
腎症候性出血熱 髄膜炎菌性髄膜炎 劇症型溶血性レンサ球菌感染症
先天性風疹症候群 炭疽 ツツガムシ病
デング熱 日本紅斑熱 日本脳炎
乳児ボツリヌス症 破傷風 発疹チフス
Bウイルス病 ブルセラ症 ハンタウイルス肺症候群
ライム病 レジオネラ症 バンコマイシン耐性腸球菌感染症

3.医師から保健所所長を経て都道府県知事への届出

1) 管轄の保健所への届出は、迅速に行うため、電話等で行う.

2) 届出は診断後7日以内に行う.届出様式(別紙参照)は保健所に常備されている.

3) 患者にも届出をしたことを説明する.

4. 急性ウイルス肝炎の診断基準

1)定義: 肝炎ウイルスの感染が原因と考えられる急性肝炎(A型肝炎、B型肝炎、C型肝炎、その他のウイルス肝炎)である. 慢性肝炎、無症候性キャリアおよびこれらの急性増悪例は含まない.したがって、透析室ではHBs抗原・抗体、HCV抗体などが陰性であった者が急性肝炎を発症し、ウイルス感染が証明された場合には届出が必要となる.

2)診断のための基準

(1)A型肝炎
 血清抗体の検出(例:血清中のIgM・HA抗体が陽性のもの).
(2)B型肝炎
 血清抗体の検出(例:血清中のIgM・HBc抗体が陽性のもの.ただしキャリアの急性増悪例は含まない).
(3)C型肝炎
 HCVの検出(例:HCV抗体陰性で、HCV・RNAまたはHCVコア抗原が陽性のもの).血清抗体の検出(例:患者ペア血清で、HCV抗体の新たな出現、またはHCV抗体価の上昇を認めるもの).
(4)その他のウイルス肝炎
 HDV,HEVなど上記以外の肝炎ウイルスによる急性肝炎や、その他の非特異的ウイルス(CMVやEBウイルスなど)による急性肝炎.
 病原体検査や血清学的診断によって、急性ウイルス肝炎と推定されるもの(この場合には、病原体の名称についても報告すること).
(5)劇症肝炎
 (1)〜(4)の急性肝炎の診断基準を満たすもので、かつ、劇症肝炎となったものについては、報告書の「症状」欄にその旨を記入する.なお劇症肝炎とは、肝炎のうち症状発現後8週以内に高度の肝機能障害に基づいて肝性昏睡II度以上の脳症をきたし、プロトロンビン時間40%以下をしめすもので、発病後10日以内の脳症の出現は急性型、それ以降の発現は亜急性型とする.


「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」
による届け出の様式(1)

1・2・3類感染症発生届出票


「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」
による届け出の様式(2)

4類感染症発生届(クロイツフェルト・ヤコブ病、
後天性免疫不全症候群、先天性風疹症候群を除く)


「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」
による届け出の様式(3)

後天性免疫不全症候群発生届(HIV感染症を含む)


「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」
による届け出の様式(4)

1類感染症、2類感染症、3類感染症及び4類感染症検査票(病原体)


第5章 スタッフの教育と感染対策

I. 感染に関するスタッフ教育の基本

 患者への接し方の基本は、standard precaution である.このことをすべての職員に繰り返し徹底、啓発する事が必要である.このためにスタッフ教育が必要となるが、医療免許職はその職制上、すでに明らかにされている感染症患者や未知の感染症患者を扱う業務であり、予防などについても熟知している専門職とされている事を認識する必要がある.院内感染が話題性に富むのは、医療者側から見れば、感染症患者を集めるのだから必然的に院内感染の危険が増えるという意見が一部に有るのに対して、世間的常識からすれば、専門集団だからこそ医療機関では感染は起こり得ない、起こってはならない場所と見なされている点である. 医療スタッフに感染症の教育を行う場合は、このことをまず自覚させることが必要である. 実際面では、末端まで感染症対策が充分徹底されないと考えられる場合、1つには施設における感染症に対する組織的な対応がなされていないことが上げられる.次いで、医療従事者個々の自覚の欠如が上げられる. 敢えて「スタッフ教育」の重要性が感染症対策で取り上げられる理由は、両者が相まってその必要性が問われるからであろう.本章ではこういったスタッフ教育の大まかな方法を述べるが、個々の詳細は各医療機関に即した方法が作成される必要がある.

II.定期的なスタッフ教育

 先ず、全ての新人スタッフの教育が必要である.この場合は、できうるなら医師、感染症担当看護婦(専従ではなくても良いが、年間を通じて透析室で感染症への対応を担うと決められた担当看護婦の設置が好ましい)、臨床工学技士による異なった角度からの教育が好ましい.内容は個々の施設のマニュアルに沿った病態、看護行為上での注意、機械・廃棄物の説明、患者の人権保護や感染症患者のアフターケア等も加え、具体性を持った説明を行うこととする.当然、院内感染委員会の説明や届出についての説明は詳しく述べられなければならない.

III.ケアレスミスより考える感染症教育

 院内感染や針刺し事故、さらには医療過誤が起きるとすれば、その前兆として、日常業務上での「ヒヤリハットミス」の件数の上昇数からある程度予知でき、感染を未然に防げることが多いと思われる.したがって、普段から事故につながらなかったミスの報告を義務付けること、件数の移行を観察し上昇傾向にある時期には、再度院内感染・針刺し事故などについて、スタッフ全体の再教育により自覚を喚起する事が望ましい.この場合は、婦長や技士長を中心に「慣れ」を起こしている職種を含めて、再度、感染症の反復学習や医療過誤についての再教育を行うことが望ましい.

IV.透析業務からの感染症教育

 業務の改善や新しい血液浄化法を学び導入するときに考えなければならないが、常に感染症患者の搬入時刻・透析時間・作業導線などを考慮すべきである.さらに定期的に患者の検査結果を集積して施設内の感染症の発生頻度なども周知する必要がある.
 また、透析装置の血液汚染が起こらないようなサーベイランスやメンテナンスが必要となる.いずれにせよ、効率的に患者環境の整備に務める事は、すなわち職員の作業動線の短縮と複雑な動きをしない工夫が、間接的に感染症の伝播を防ぐ事でもある.このことを考慮して透析業務を常に見直し、改善する過程で感染症についての教育を行う必要がある.

V.院内感染調査委員会

 「院内感染の疑い」がある場合は、徹底的に「感染症対策委員会」による調査が必要である.組織的に広い視野から調査する事により、業務手順によるものか、個人の不注意によるものか、明確にさせる姿勢をとることが職員への啓発となる.

VI.症例や専門家を通じての感染症教育

 先に述べたように透析医療では感染のリスクが高いし、すでに感染症を持っている患者の導入もある.こういった新規の患者や感染を起こした患者について、医師、看護婦、臨床工学技士を交えた症例検討を行うこと、それを通して個々の注意事項を具体的に上げ、該当する感染症患者に対するマニュアルに則った透析治療上での注意、症例に即した感染伝播の予防計画、患者の精神的ケアを含めた治療・看護計画を立てることで、感染の問題について再度確認をしあう事が必要である.
 これに加え、マンネリ化してしまう感染症教育の一環として奨められるのは、1〜2年に1回位、日頃顔をあまり知らない、重症感染症患者を扱っている感染性疾病を専門とする講師を呼んで疾病の経過、治療、感染防御について講義を聞く事も重要である.新鮮な講義でマンネリ化し易い感染対策の一環とすることも可能である.

VII.最後に

 以上のように、教育は繰り返しであり習慣づける事が肝心である.肝に銘じないといけないのは、いかなる手だてを取っても感染を防ぎ得ない場合もあるが、ちょっとした1人のスタッフのミスや不注意で他の患者に感染を広げる事がある点である.この点から、いかに精緻なマニュアルを創っても、強固な組織を構築しても、感染防御が完全とはなり得ない.
 個々のスタッフが、基本に忠実に感染を起こさない診療を絶え間なく実践することである.
 その為には、感染が院内で発生しないという、一見目に見えにくいあたりまえの効果を求めて、教育を行い続けなければならない.日常の教育を続けて、感染症患者の人権を守り、マニュアルに忠実に医療や看護を行い、疾病に真摯に立ち向かうスタッフを育てることが大切で、安全な透析医療を行う根源である.


謝辞

 本マニュアルをまとめるにあたって、試案作成に参加され、またご教示いただいた先生方のお名前を下記に挙げ感謝する.また参考とさせていただいた各病院のマニュアル名を挙げ、その作成に携わった方々に感謝する.

平成11年度 厚生省厚生科学特別研究事業
「透析医療における感染症の実態把握と予防対策に関する研究」

主任研究者 秋葉 隆 東京医科歯科大学
分担研究者 吉澤浩司 広島大学
分担研究者 佐藤千史 東京医科歯科大学
分担研究者 山崎親雄 増子記念病院
分担研究者 秋澤忠男 和歌山県立医科大学

日本透析医会 危機管理委員会 感染対策委員会

委員長 秋葉 隆 東京医科歯科大学
副委員長 杉崎弘章 心施会府中腎クリニック
担当理事 秋澤忠男 和歌山県立医科大学
委員 安藤亮一 中野総合病院
委員 佐藤久光 増子記念病院
委員 杉田和代 昭和大学藤が丘病院
委員 内藤秀宗 甲南病院
委員 松金隆夫 東葛クリニック病院


日本透析医学会 総務委員会 感染対策小委員会

委員長 高橋 進 日本大学
委員 西沢良記 大阪市立大学
委員 岡田一義 日本大学
委員 久保和雄 東京女子医大
委員 黒田重臣 国立大蔵病院
委員 酒井 糾 北里大学
委員 田部井薫 自治医大大宮医療センター
委員 長瀬光昌 帝京大学
委員 丹羽利充 名古屋大学大幸医療センター
委員 長谷川廣文 近畿大学

参考とさせていただいた病院マニュアル

聖マリアンナ医科大学腎センター 感染対策
心施会府中腎クリニック事故防止マニュアル
心施会府中腎クリニック消毒法
社会保険中央病院 MRSA感染対策マニュアル
社会保険中央病院 HBV、HCV、HIV院内感染予防マニュアル 1995年度版
松和会西新宿診療所 院内感染防止対策委員会検討記録
松和会西新宿診療所 透析手順マニュアル
松和会西新宿診療所 廃棄物処理システム
昭和大学藤が丘病院透析センター 看護手順1 血液浄化法
昭和大学藤が丘病院透析室 看護手順 感染予防対策
清湘会聖橋クリニック B型およびC型肝炎医療機関内感染予防対策について
東京医科歯科大学医学部付属病院 肝炎ウイルス院内感染対策
東京医科歯科大学医学部付属病院 MRSA院内感染対策
東京医科歯科大学医学部付属病院 結核マニュアル
東京医科歯科大学医学部付属病院 肝炎ウイルス院内感染対策
東京医科歯科大学医学部付属病院 AIDS後天的免疫不全症候群
東京医科歯科大学排水等処理対策委員会 廃液等処理の手引(抜粋)
東葛クリニック病院 透析前後の消毒
東葛クリニック病院 透析開始前後チェック
東葛クリニック病院 回路組立マニュアル
東葛クリニック病院 感染対策スタッフ教育マニュアル
みはま病院 ME研修マニュアル
虎ノ門病院腎センター 透析室の消毒
都立大久保病院 透析マニュアル
都立大久保病院 院内感染対策指針
玄々堂君津病院 感染予防と消毒
玄々堂君津病院 MRSA感染防止看護マニュアル
玄々堂君津病院 結核感染患者対応マニュアル
中野総合病院 院内感染対策マニュアル(結核)
武蔵野赤十字病院 院内感染対策マニュアル 1999年4月
増子記念病院 院内感染対策マニュアル(血清肝炎)
六甲アイランド病院 院内感染対策マニュアル

以上


参考文献

透析医療と感染症に関する一般的な知識

1)東京都衛生局編.感染症治療ガイド 1−14、1999

2)厚生省保健医療局 結核感染症課.医師から都道府県知事等への届出のための基準:東京都医師会雑誌 52:89−193、1999

3)竹田美文 新しい時代の感染症対策 公衆衛生 63:538−539、1998.

4)日本透析医会合併症対策委員会編 透析患者の合併症とその対策No.5 肝障害 日本透析医会、1995

5)三宅千恵、河野茂、原田孝司 透析における(MRSAなどの)院内感染対策の現況秋葉隆、丸茂文昭編 透析療法 new wave 209−216頁 1999.

6)佐藤千史 透析患者のウイルス性肝炎―その対策と意義 秋葉隆, 丸茂文昭編 透析療法 new wave 200−208頁 1999.

7)日本透析医会 安定期慢性維持透析の保険診療マニュアル 平成7年11月29日

8)浅野康、秋葉隆、日台英雄 1透析施設における劇症肝炎発生調査報告 透析会誌 25(5):843−845、1995

9)秋葉 隆 他 日本の慢性透析療法を行っている施設で院内感染防止の現況−院内感染防止に関するアンケート調査より 透析会誌 28(5):847−856,1995.

10)秋葉 隆、川口良人、黒田満彦 他 日本の透析施設におけるHCV感染に関する実態調査 透析会誌 27(2):77−82、1994


院内感染防止マニュアル

11)厚生省保険医療局・エイズ結核感染症課監修:ウイルス肝炎感染対策ガイドライン―医療機関内― 改定III版、1995.

12)Bolyard, E. A., Tablan, O. C., Williams, W. W., et al.: Guideline for infection control in healthcare personnel, 1998. Hospital Infection Control Practices Advisory Committee. Infect. Control Hosp.Epidemiol. 19:407−463, 1998:.

13)Jimenez DA, Sanchez-Peya J. Standard precaution in haemodialysis ? the gap between theory and practice. Nephrol Dial Transplant 14:823-825, 1999.

14)Weinstein JW. Isolation guidelines for hospitals Up To Date (1), 1999

15)Gerberding, J. L. Management of occupational exposures to blood-borne Viruses, New Engl. J. Med. 322:444-451,1995.

16)Public health service guidelines for the management of health-care worker exposures to HIV and recommendations for postexposure prophylaxis. MMWR 47:1-33, 1998

17)日本結核病学会予防委員会: 結核の院内感染対策について Kekkaku 73(2):95−100,1998.

18)Garner JS, et al. Guideline for isolation precaution in hospital、 Am J Infect Control 24:24-52、1996.(http://www.cdc.gov/ncidod/hip/isolat/isolat)


透析施設における感染多発例

19)東京都劇症肝炎調査班報告書 平成7年3月29日、東京都衛生局

20)Tanaka S. et. al. A common-source outbreak of fulminant hepatitis B in hemodialysis patients induced by precore mutant. Kidney Int. 48:4972-1978, 1995.

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22)兵庫県健康福祉部長: 透析患者のウイルス性肝炎の感染防止について 平成11年7月5日

23)兵庫県健康福祉部長: ウイルス性肝炎の感染防止に係わる指導について 平成11年7月1日

24)平澤由平、後藤武男: 安全な透析医療を提供するための改善勧告 平成11年6月22日

25)日本人工臓器工業会: 透析装置の圧力計用エアフィルタについての注意書(工臓協自主基準) 平成11年8月2日


ワクチン投与

26)前田貞亮、福内史子、星野仁彦、他:慢性維持透析患者に対するインフルエンザワクチン接種の効果―1回接種法と本季流行の型について.臨床透析 15:643〜648、1999.

27)CDC, Protection against viral hepatitis recommendations of the immunization practices advisory committee (ACIP). MMWR 34:313-45, 1988.

28)Tokars JI Miller E, Alter MJ et. al. National surveillance of dialysis-associated diseases in the United States, 1997. (http://www.cdc.gov)

29)Holley JL, Immunization in patients with end-stage renal disease. Up To Date (1)、 1999


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