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ポリオワクチンを巡る最近の状況と
我が国の将来

平成12年8月31日

公衆衛生審議会感染症部会
ポリオ予防接種検討小委員会


目 次

I はじめに

II ポリオワクチン接種を巡る最近の状況

II−1 日本の流行の動向
II−2 海外の流行の動向
II−3 最近の海外の流行
II−4 WHO本部の描くポリオ根絶のシナリオ
II−5 ポリオワクチンの種類と比較
II−6 諸外国におけるポリオワクチンの接種の方式

III 我が国のポリオワクチン接種の将来

IV まとめ

資 料

資料1 報告症例及び分離ポリオウイルスの型
資料2 生ポリオワクチンの副反応 (1970-2000)
資料3 世界におけるポリオの状況
資料4 生ワクチンと不活化ワクチンの特徴
資料5 生ワクチン由来のポリオウイルスが長期間排泄される可能性
資料6 諸外国におけるポリオワクチンの接種の方式

I はじめに

 1988年5月に開催された世界保健機関(WHO)総会における決議に基づき、現在、世界全体での野生株ポリオ(小児麻痺=急性灰白髄炎)を根絶する計画が推進されている。 我が国が所属するWHO西太平洋地域においても、サーベイランスと予防接種を中心とした対策を推進してきた結果、1997年3月にカンボジアで発生した女児を最後に、野生株ポリオウイルスによる患者発生の報告が途絶えた。このまま患者の発生がなければ、今秋にはWHO西太平洋地域における野生株ポリオの根絶宣言ができる予定である。また、世界全体での野生株ポリオの根絶宣言も間近に迫っていると言われている。
 こうしたポリオ根絶計画の最終段階は、ほぼ二点に集約できる。一つは機関や施設において保管されている野生株ポリオウイルスの管理の問題であり、もう一つは経口生ワクチン接種の継続に伴うワクチン関連麻痺(VAPP:Vaccine-associated Paralytic Poliomyelitis)の問題である。
 前者については、野生株ポリオウイルスを保管している可能性のある施設や研究室に対し、各国が管理の徹底と保管状況調査を開始したところである。
 一方、後者については約400万回の接種に1例の低い頻度とは言え、過去約30年間で36例の報告がなされている。
 前述のように西太平洋地域において野生株ポリオの根絶宣言が出ようとかという時期に、先の某県の事例のような報告があると、そもそもポリオワクチン接種が必要なのか、また仮に必要としても現在の経口生ワクチンのままでいいのかなどの疑問も出てこよう。
 本稿では、日本と海外におけるポリオ流行の動向について概括した後、ポリオワクチンの種類と比較、さらに諸外国の接種の状況を概観し、我が国のポリオワクチンの将来についても案を提示しておく。


II ポリオワクチン接種を巡る最近の状況

II−1 日本の流行の動向

(1)野生株ポリオによる最近の患者発生は、1962年以降で、1968年に1型(北海道)、1971年3型(秋田)、1980年1型(長野)の3例があるのみである。なお1980年の長野事例は輸入株であることが判明している。(資料1)

(2)一方、ワクチン関連麻痺*(VAPP:Vaccine-associated ParalyticPoliomyelitis)については、約30年間で36例が報告されている**。その内訳を検討すると、ワクチン接種後に出現したものが20例で、残り16例はワクチン歴のないもの又は不明のものであって接触感染の可能性が考えられるものである。(資料2)

*被接種者及び接触者から麻痺患者が出た事例の両方を含む

*VAPPの起因ウイルス型では2型が多く、1型は非常に珍しい。

*VAPPの患者の殆どは男性である。

*ワクチン接種後に出現したものについては、ほとんどが第一回目の 接種後に起こっている。
**日本薬局方・生物学的製剤「経口生ポリオワクチン」の添付書では、1997〜1996年の20年間で、「免疫異常のない被接種者から麻痺患者が出た割合は約440万人当たりに1人、接触者の場合は約580万人当たり1人」と記載されている。

II−2 海外の流行の動向(資料3)

(1)1999年時点における、野生株ポリオによる最近の患者の発生の動向については、WHOアメリカ地域事務局管内が1991年、西太平洋地域事務局管内が1997年、ヨーロッパ地域事務局管内が1998年を最後に、それぞれ患者発生を見ていない。ただし、中国においては輸入株由来と見られる1例の患者発生があった。

(2)一方、中東地域、南東アジア地域、アフリカ地域においては、依然として多くの患者の発生をみている。

(3)特に、日本に近接する南東アジア地域においては、1999年に1,160名の患者の発生があった。その内訳は、インド1126名、バングラデシュ28名等である。

II−3 最近の海外の流行

 野生株によるポリオの患者の発生を長期間見ていない場合でも、ワクチン非接種者が多数を占める地域やグループに野生株が流行地から侵入して流行をおこした例がある。オランダでは1992〜93年にかけて3型が、アルバニアでは1996年に1型が流行し、それぞれ60例以上の麻痺性ポリオ患者の発生をみた。

II−4 WHO本部の描くポリオ根絶のシナリオ

 現時点においてWHO本部の描くポリオ根絶のシナリオは次の通りである。

2002年:野生株由来ポリオ患者発生をゼロにする。
2005年:世界レベルの根絶宣言。
2010年:(ポリオワクチン接種の全世界的な中止)

II−5 ポリオワクチンの種類と比較(資料4)

 ポリオのワクチン接種には、生ワクチン(OPV)と不活化ワクチン(IPV)とがある。
 1955年に米国で初めてIVPが導入されて以来、多くの国がこれを使用してきたが、OPVが開発された1961年以降は、多くの国が効果、コスト、投与の簡便性等様々な理由からOPVを使用するようになった。一方、IPVを使い続けた国も少数あり、その後再びIPVを再導入した国もある。
 1960年代の初め頃から現在まで、我が国ではOPVを使用している。
 両者を簡単に比較すると、次の通りである。

(1)OPVは製造コストが安く、高い血中抗体、腸管粘膜免疫が得られるが、前述のVAPPの問題がある他、免疫不全者においては、ポリオが発症したり、毒力復帰したウイルスが長期間排泄される可能性がある。接種法が簡単なので野生株の根絶には適当である。(資料5)

(2)IPVは、製造過程においてOPVより100〜1000倍のウイルス量が必要であり、しかも精製が必要である等の理由から製造コストが高い。腸管粘膜免疫が得られにくい。しかし、高い血中抗体が得られる、ワクチン関連麻痺が生じない等の利点がある。また他の不活化ワクチンと併用し、混合ワクチンとして接種することも可能である。

(3)日本では現在、種ウイルスとしてセービン株を用いたIPVの臨床試験が進行中である。2003年4月から本格的な供給が可能との報告がある。

II−6 諸外国におけるポリオワクチンの接種の方式(資料6)

 ポリオワクチンの接種については、前述のとおりIPVからOPVへと変更し、そのまま使い続けている国、一貫してIPVを使い続けている国、一旦OPVへ変更した後IPVを再導入した国がある等、それぞれの国の事情や経緯の中で、様々な方式で実施されている。

(1)OPV単独使用国

 日本、英国、中国、インド、インドネシア、ブラジル等多数

(2)IPV単独使用国

 アイスランド、米国、オランダ、カナダ、スエーデン、ドイツ、ノルウエー、フィンランド、

(3)IPVとOPV併用使用国

 フランス、オーストリア、イスラエル、イタリア、デンマーク、ハンガリー、リトアニア

(4)なお接種回数についてはOPVの場合通常3〜4回接種であり(日本は2回)、IPVの場合は4回程度となっている


III 我が国のポリオワクチン接種の将来

 WHO西太平洋地域内においては、野生株ポリオ由来の患者の発生について今秋根絶宣言できる予定である。しかしながら、近隣の南東アジア地域においては未だに患者発生の報告があること、研究室、実験室等に野生株ポリオが保管されている可能性があること等から、今後早急に議論する必要はあるものの、結論から言えば我が国において、当面OPVによる接種を継続することは不可避であろう。また、最終的な目標である全面的な接種の中止は、世界根絶が達成された後のことになろう。
 このように、我が国のポリオワクチン接種の将来と言っても、全面中止に至るまで、すなわちりWHO西太平洋地域内における根絶宣言から世界根絶の達成までの期間の対応を考えることになる。
 そこで、諸外国の例も参考にすると大略次の3通りの方法が考えられる。

(1)世界根絶達成及び世界全体の接種の中止が達成されるまで、現行のOPVによる接種の方式を継続。

(2)現行のOPVにIPVを付加した併用方式に早急に移行。世界根絶達成及び世界全体の接種の中止が達成された折りには中止。

(3)当面は現行のOPVによる接種の方式を継続するが、時期を見て(2)の併用方式に移行し、さらにIPV単独による接種の方式に移行。世界根絶達成及び世界全体の接種の中止が達成された折りには中止。
 なお、接種の方式を仮にIPV単独に変更したとしても、再流行の際の緊急接種においては、OPVによる接種が必要となるため、一定量のOPVを常に確保する方策を考えておかねばならない。


IV まとめ

(1)ポリオに関して我が国の置かれている状況を考えると、まずは今秋の定期接種から例年従来通りの高い接種率(カバー率)に戻すよう努力しなければならない。

(2)当面は現行のOPVを用いたポリオワクチン接種を継続する必要がある。

(3)そう遠くない将来と考えられている世界的な根絶達成の暁には、接種そのものの中止が可能となる。

(4)この間は、接種を継続していく必要があるが、接種方式については現行のOPV単独による方式にこだわることなく検討すべきであり、少なくとも以下の視点からの検討を行うべきである。

(1)接種の実施体制
 (注射によるIPVは、本人の負担が大きい)
(2)供給体制
(3)その他
 (混合ワクチンの開発、一般国民、医療関係者への説明)

(5)なお、接種の方式を仮にIPV単独に変更したとしても、再流行の際の緊急接種においては、OPVによる接種が必要となるため、一定量のOPVを常に確保する方策を考えておかねばならない。

(6)より具体的な方針については、今秋予定されている、WHO西太平洋地域内のポリオ根絶宣言以降、あらためて公衆衛生審議会等の場で議論する必要がある。


資料1
国立感染症研究所及び結核感染症課で集計

報告症例及び分離ポリオウイルスの型

報 告
症例数
うちウィルス
検査の
なされた数
うちポリオ
ウイルス
陽性例数
分離ポリオウイルスの型
1 2 3 1,3 2,3 1,2,3
1962 63 27 6 - 1 3 - 2 -
1963 20 19 3 - - 3 - - -
1964 25 17 8 - 2 2 - 4 -
1965 27 18 8 1 1 2 1 3 -
1966 21 15 9 - 2 5 - 2 -
1967 16 15 8 - 2 3 - 3 -
1968 13 12 10 1* 6 2 - 1 -
1969 14 13 8 1 4 2 - 1 -
1970 5 5 3 - 2 1 - - -
1971 2 2 2 - 1 1* - - -
1972 2 2 2 - 1 - - 1 -
1973 6 6 5 - 4   - - -
1974 3 3 2 - 2 - - - -
1975 1 1 1 - - - - - 1
1976 1 1 0 - - - - - -
1977 2 2 2 - 2 - - - -
1978 1 1 1 - - - - 1 -
1979 1 1 1 - 1 - - - -
1980 4 4 4 1* 1 - - 2 -
1981 4 4 2 - 1 - - 1 -
1982 0 0 0 - - - - - -
1983 2 2 1 - 1 - - - -
1984 0 0 0 - - - - - -
1985 1 1 1 - 1 - - - -
1986 1 1 1 - - 1 - - -
1987 0 0 0 - - - - - -
1988 0 0 0 - - - - - -
1989 0 0 0 - - - - - -
1990 0 0 0 - - - - - -
1991 1 1 1 - - - - 1 -
1992 2 2 2 - - 2 - - -
1993 3 3 3 - 2 1 - - -
1994 1 1 1 1 - - - - -
1995 0 0 0 - - - - - -
1996 0 0 0 - - - - - -
1997 0 0 0 - - - - - -
1998 2 2 2 1 - 1 - - -
1999 0 0 0 - - - - - -
2000 1 1 1 - - 1 - - -

* 非ワクチン株


資料2
国立感染症研究所及び結核感染症課で集計

生ポリオワクチンの副反応 (1970-2000)

年次 都道府県 年齢 性別 ワクチン
接種歴
  ウィルス型 材料
1970 岩手 2Y1M F   P2 糞便
東京 7M M 有 (1)   P3 糞便
北海道 11M F 有 (1)   P2 糞便
1971 福岡 31Y M   P2 糞便
1972 愛知 1Y3M M 有 (1)   P2+P3 糞便
北海道 9M M   P2 糞便
1973 富山 8M M 有 (1)   P2 糞便
北海道 5M M   P2 糞便
北海道 3Y3M M   P2 糞便 (髄液も)
群馬 1Y6M M   P3 糞便 (THSも)
広島 7M M 有 (1)   P2 糞便
1974 山梨 3Y11M M   P2 糞便 (THSも)
神奈川 1Y2M M   P2 糞便 (THSも)
1975 福岡 10M M 有 (1)   P1+P2+P3 糞便
1977 神奈川 1Y3M M 有 (1)   P2 糞便
北海道 2Y10M M 免 有 (2)   P2 糞便
1978 福岡 10M M 有 (1)   P2+P3 糞便
1979 広島 1Y2M F 免 有 (2)   P2 糞便 (髄液も)
1980 大阪 8Y8M F   P2 糞便
熊本 5M M   P2+P3 糞便
長崎 8M M 有 (1)   P2+P3 糞便
1981 愛知 8M M 有 (1)   P2 糞便
富山 9M M 有 (1)   P2+P3 糞便
1983 北海道 1Y1M M 有 (1)   P2 糞便
1985 東京 5M M   P2 糞便
1986 福岡 10M M 有 (1)   P3 糞便
1991 大阪 9M M 有 (1)   P2+P3 糞便
1992 福岡 8M M 有 (1)   P3 糞便
神奈川 4M M 有 (1)   P3 糞便
1993 福岡 19Y M   P3 糞便
大分 9M M   P2 糞便 (髄液も)
北海道 1Y6M M   P2 糞便
1994 熊本 6M M 有 (1)   P1 糞便
1998 北海道 36Y M   P1 糞便
京都 2Y1M M 有 (2)   P3 糞便
2000 宮崎 37Y M   P3 糞便
36例     20例 16例    

THS: 咽頭拭い液
免 : 免疫不全者


資料3
世界におけるポリオの状況

WHO:2000年2月21日時点のもの



資料4

生ワクチンと不活化ワクチンの特徴 (Cochi, SL. CDC, USA 他)

特 徴 OPV IPV IPV/OPV併用
1. ワクチン関連麻痺
(VAPP) の発生
約200万人分
使用で1例
無し VAPPは著しく減少
2. 便からのワクチンウイルス排泄
健常者 4〜6週 無し ウィルス排泄期間とウィルス量の減少
免疫不全者 長期(10年以上の報告有り) 無し 不明
3. ウイルス毒力復帰 有り 無し 不明
4. VAPP以外の重大な副反応 不明 不明 不明
5. 血中免疫抗体 高い 高い 高い
6. 腸管粘膜免疫 高い 低い 高い
7. ワクチンウイルスの2次感染 あり(Herd 免疫) 無し 起りうる
8. 追加接種の必要性 不要 不要
9. 計画免疫の受け入れやすさ 高い やや低い IPVのみやや低い
10. 将来他のワクチンとの混合 可能性無し 可能性有り IPVのみ
可能性あり
11. ワクチンの価格 安価 高価 中間


資料5
生ワクチン由来のポリオウイルスが長期間排泄される可能性

国立感染症研究所まとめ

ポリオウィルスの
分離年
地域 排泄期間 ウイルス型 神経毒力
1.生ワクチン由来のポリオウイルスが長期間排泄された例
 a) 免疫不全のポリオ患者
1977年 北海道 3.5 年 Sabin2 強毒化
1981年 米国 9 年 Sabin1 強毒化
1990年 ドイツ 10年 Sabin1  
 b) 免疫不全の健康者
  英国 15年 Sabin2 強毒化
  英国 長期 Sabin3 毒力復帰
2.生ワクチン由来のポリオウイルスが長期間伝播した例
1988年〜 エジプト 6年 Sabin2 *recombinant
3.環境中に長期間存在していた可能性のある例
 河川・汚水
1989年 宮城県 〜5ヶ月 Sabin3 やや毒力復帰
4.感染経路不明のワクチン関連ポリオ麻痺例
1993年 大分県 〜4ヶ月 Sabin2 やや毒力復帰
1993年 北九州市 〜4ヶ月 Sabin3 弱毒のまま


資料6

Vaccine,Vol.14,No.8,1996 "Inactivated poliovirus vaccine:past and present experienceを元に作成

諸外国におけるポリオワクチンの接種の方式

*フランスの場合、両者を組み込んだ「併用」ではなく、別個に使用している。


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