総 社 第 2 7 号
平成12年2月7日

厚 生 大 臣  丹 羽 雄 哉 殿

社会保障制度審議会
会長 宮 澤 健 一

医療保険制度の改正について(答申)

 平成12年1月27日厚生省発保第9号で諮問のあった標記の件について、本審議会の意見は下記のとおりである。

 

(1) 本審議会は、医療保険制度が国民生活の中で極めて重要な役割を果たしていることにかんがみ、平成7年の勧告及びその後の医療保険制度等の改正案の諮問に対する答申において、財政基盤の安定を含む抜本改革の必要性について繰り返し指摘してきた。今回も抜本改革が先送りされたのは遺憾というほかない。
 我が国の高齢化は今後急速に未曾有の高さに達することが予測され、それに伴って大幅な医療費の増加が続くことが見込まれている。このため、現在のような低成長が今後とも続くとすれば、医療費の負担に耐え得なくなって医療保険制度が破綻するのではないかと懸念される。したがって、医療保険制度の抜本改革は、もはや一刻も猶予すべきではない。
 このような医療保険制度の抜本改革は、21世紀においても社会経済の大きな変動に耐え得るような制度を構築するものでなければならない。そのためには、従来の例にとらわれず、医療保険制度を根本から見直していくことが求められる。また、それに際しては、長期的展望に立って、給付と負担を公平なものとし、無駄を省き非効率を排除するとともに、他の社会保障制度との整合性を図ることが重要である。このような改革を行うことによってのみ、国民の合意が得られるであろう。

 (2) 抜本改革の最大の課題は、高齢者医療の制度改革である。急増を続ける高齢者の医療費の問題については、健康増進や疾病予防によって医療への依存を減らすことが最優先されなければならない。また、本年4月からの介護保険法の本格的施行によって、社会的入院等の非効率な医療資源の利用が抑制されることが期待される。
 高齢者の負担能力は、年金制度の成熟・充実により、全体としてはかつてとは異なって向上している。したがって、今後は保険料や一部負担金につき、高齢者間で所得や資産の保有には相当の格差があることに留意しつつも、応分の負担を求めていくことが適当である。しかし、疾病のり患率が高く、多くの疾病をもつ高齢者だけでその医療費を賄うことは困難であり、何らかの形で若い世代がその費用を分担する必要があることはいうまでもない。この費用負担の在り方を含む高齢者医療の制度体系については、広く国民的議論を経て再構築して行くべきである。
 ただし、今回諮問のあった改正案のように一部負担金という医療需要面の改正だけでは不十分であり、現在の出来高払い中心の診療報酬体系の改革、薬価差の解消等の薬価制度の改革、保険者機能の強化などをも行うべきである。それらのみならず、併せて供給面の改革が必須であり、医療サービスの質の向上と利用者の選択拡大、医療機関の機能分担と連携の強化等の医療提供体制の基盤にまで踏み込んだ改革を行うことが不可欠である。これまで、これらの問題の改革への努力が続けられてきたことは認められるものの、関係者の合意が得られないなどの理由により、その多くがいまだ実現に至っていないのは誠に遺憾である。

 (3) 本審議会としては、政府及び関係者に対し抜本改革の取組にこれまで以上の努力を行うよう強く求めたい。しかし、これまでの同様、関係者間において意見の対立が解消されず、改革内容の取りまとめとその実現が遅れるようでは、国民の医療保険制度に対する不信が強まるだけでなく、医療保険制度が崩壊し、国民の生活にも重大な影響を及ぼす事態が来ないとも限らない。
 したがって、この際、政府と関係者のなお一層の努力に期待しつつも、国民の健康の維持向上という究極の目的達成のため、特別の法律に基づき、独立かつ中立の立場から抜本改革案を作成する「臨時医療制度改革調査会(仮称)」のような組織を設け、関係者の利害や既得権を離れて、問題の解決を図るという方法を提案したい。

   

 今回諮問のあった改正案は、老人に係る一部負担金についての定率負担の導入といった抜本改革につながる事項はあるものの、全体としてみれば診療報酬の引上げと老人に係る薬剤一部負担金の廃止に伴う財源対策としての色彩が強く、施策の一貫性も欠いている。特に薬剤の一部負担金は、薬剤に係るコスト意識を喚起し、薬剤使用の適正化を図るという観点から平成9年に導入されたばかりであるのに、その効果も十分見定めないまま廃止するのは問題である。
 また、老人に係る定率の一部負担金の例外措置及び高額療養費の仕組みが複雑で、国民の理解が得られるか疑問があり、その実施に当たっては大きな混乱が生じないよう十分な配慮を払うべきである。更に、今回の高額療養費制度の改正には、上位所得者という新しい階層を設け、しかもその一部負担金が上限なく増加するなどの問題があるほか、高額療養費制度に関しこれまでとは異なる考え方を導入するものではないかとの見方もある。ただし、現行の高額療養費の基準額は一部の低所得者に対するものを除き所得にかかわらず一律であるため高所得者の所得に対する一部負担金の割合が低くなること、高額療養費の限度額を超える医療費について1パーセントではあるが定率の負担を導入する今回の改正案はそれによってコスト意識が高まることが期待される側面もある。したがって、それらの点にも留意し、今後、抜本改革の際に、薬剤に対するものを含めて、一部負担金の在り方全体について再評価・見直しをすべきである。

   
 その他の改正事項としては、国民健康保険の海外療養費の創設、育児休業期間中の健康保険料の事業主負担分の免除等、妥当なものもある。しかし、保険料率の設定に係る上限の見直しについては、介護保険の充実の妨げとなり得る措置を残しておくことにも問題がある一方、介護保険の第2号被保険者にかかる納付金に歯止めがなくなるなどの問題がある。このため、今後の介護保険の実施状況を見ながら、具体的にどのような影響と問題点があるかを踏まえて、今回の措置の再評価を行い、対応策を講じて行くべきである。

 


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