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公衆衛生審議会結核予防部会
BCG問題検討作業班報告書


平成11年6月2日



BCG問題検討作業班委員

石川 信克 (財)結核予防会結核研究所副所長
  小池 麒一郎 (社)日本医師会常任理事
  高松 勇 大阪府立羽曳野病院小児科医長
  光山 正雄 京都大学大学院医学研究科教授

五十音順
○:座長


1.はじめに

 再興感染症としての結核の問題は、我が国においても顕在化しており、これまで多剤耐性結核や結核集団感染の多発等の問題が指摘されていたが、平成9年の結核の統計において、平成8年まで減少傾向を続けてきた新規登録患者数及び罹患率について、前者が38年ぶりに、また後者が43年ぶりに増加に転じたことが明らかになった。さらに小児結核についても、平成3年に設けた西暦2000年までの根絶という目標達成は極めて困難な状況であり、同時に予後不良で重篤な後遺症を残すことが多い乳幼児の結核性髄膜炎や粟粒結核が未だに報告されていることは、結核対策上、重視すべき問題である。これらの再興感染症としての結核への取り組みについて、公衆衛生審議会結核予防部会において、現在幅広い観点から審議が続けられている。当作業班においては、結核予防部会からの検討依頼を受け、BCG接種のあり方、特に小学校1年生の時点におけるBCG再接種の取扱い、再接種を続ける場合や見直しを行う場合の対応等について検討を続けてきたところである。検討過程においては、BCG接種を取り巻く日本や世界の状況、BCGの有効性に関する文献の評価、現場の学校医や養護教諭の方々からの意見聴取、動物実験におけるBCG接種の効果に関する検討等を行った。今般、本作業班として結核予防部会から依頼されたBCG接種のあり方について一定の方向性をとりまとめたので、結核予防部会に報告する。結核予防部会においては、本報告書をもとにさらに審議を続けられ、我が国におけるBCG接種の効果的かつ効率的なあり方を踏まえた結核対策全般を取りまとめられることを期待する。


2.BCG接種を取り巻く論点

(1)BCG接種についての世界の状況

 世界各国のBCG接種の取り組み状況を概観してみると、結核のまん延状況の違い、結核に対するBCG接種の有効性や副反応に対する認識の相違から、様々の異なった対応が講じられていることがわかる。まずBCG接種を制度化していない国としては、米国、オーストラリア、オランダ、ドイツ等の西欧・北欧の諸国といった結核の低まん延国等が挙げられる。次にBCGの初回接種のみを制度化し、再接種を制度化していない国としては、韓国、アイルランド、インドその他の開発途上国等が挙げられる。またBCGの初回接種に加えて再接種を制度化している国としては、フランス、中国、シンガポール、ロシア、クロアチア、チェコその他の東欧諸国等が挙げられる。
 世界保健機関(WHO:World Health Organization)は、1995年に発表したBCGに関する声明の中で、「結核の罹患率や有病率が高い国においては、生後可能な限り早い時期にBCG接種を実施するべきである。」とする一方、「BCGの再接種は、有効であるとの証明が存在しないことから、推奨するものではない。」としている。

(2)BCG接種の効果

 本作業班としてBCG接種の効果について、関連する文献を基に検討を行った。
 まず、BCG接種そのものの有効性に関する代表的な文献として、英国医学研究委員会が1977年に発表した調査結果が挙げられるが、その報告によると、中学生を対象としたBCG接種は結核発病を80%減少させ、効果は15年間持続するとして、BCG接種の有効性を結論づけている。しかしその他の様々な報告によると、BCG接種が有効であると結論づけたものから無効と報告したものまで認められるが、これらのBCG接種の有効性に関する多数の研究発表を経て、現時点の世界各国におけるBCG接種の評価としては、1994年に米国ハーバード大学のコルディッツ等が多数の文献を総合的に評価した結果(肺結核の発病を50%防ぐとともに結核性髄膜炎や粟粒結核等の重症結核の発病防止にはさらに高い有効性が認められる。)が、BCG接種の有効性に関する一般的な共通理解となっている。またBCG接種が血行性の重症結核の予防に極めて高い効果があるということについては、動物実験においても同様の結果となっている。
 次に、BCG再接種の有効性に関するものとして、集団を特定したコホート研究(Cohort Study)や厳密な症例対照研究(Case-Control Study)は行われておらず、科学的に有効性を明確に結論づけることは現時点においては不可能である。1990年にBCG再接種を中止したフィンランドの経験に基づいた研究において、「BCG再接種の効果は疑わしく、中止すべきである。」との結論が示されているが、この研究は個々の因果関係の検証を目的とした症例対照研究やコホート研究ではなく横断的研究(Cross-Sectional Study)であること、再接種実施群と非実施群の年齢が異なること等の問題から、施策の方向性を結論づける根拠としては乏しいと考えられる。

(3)BCG接種の目的

 BCG接種の目的について、初回接種と再接種に分類して整理を行った。
 まず初回接種の目的は、結核未感染者を対象として結核に対する免疫を付与し、発病そのものの防止や仮に発病したとしても重症化を阻止することである。大量の結核菌を排菌している患者に接触した場合等にはBCG接種を受けていても発病することはあるが、結核性髄膜炎や粟粒結核等の血行性の重症結核の防止、特に乳幼児の結核発病・重症化防止には極めて有効であるとされている。
 一方、再接種の目的としては、初回接種の効果減弱の補強(有効期間の延長)と初回接種の未接種者や接種を受けたがツベルクリン反応検査が陰性である者(以下「初回接種の洩れ等」と言う。)への対応が一般的に考えられているが、前者については、BCG初回接種の効果が15年以上持続するという報告があり、有効性が残っている期間中に再接種を行ってもその効果が認められるかどうかは不明である。したがって、再接種の目的としては初回接種の洩れ等への対応であり、この目的に即して再接種の必要性や具体的方法論の検討を進めていくことが重要である。


3.BCG接種の基本的方向性

 BCG接種そのものについては、その有効性、日本における結核のまん延状況から考えて、乳幼児期の可能な限りの早い時期での接種が重要である。したがって、乳幼児期における初回接種については、接種率の向上、確実な接種の実施等の観点からさらに充実していくことが重要である。次に、小学生の時期における再接種は、(1)初回接種の効果減弱を補強するという意味での有効性が必ずしも科学的に証明されていないこと、(2)乳幼児期における初回接種の洩れ等の対策と考えた場合に期間が開きすぎていること等の問題が指摘されている。小学生の時期における再接種の目的は初回接種の洩れ等への対応であることから、必ずしも小学生の時期に再接種を行う必要はなく、接種洩れ等対策として必要な場合には乳幼児期における再接種も視野に入れて対策を検討していくことが考えられる。また、小学生の時期が集団生活の始まりの時期であるといった観点も指摘されており、乳幼児期における初回接種の徹底と充実、接種洩れ等対策の実施状況と併せて検討していく必要がある。
 したがって、当作業班としては、小学生の時期における再接種の見直しの前提として、乳幼児期における初回接種の徹底と充実、接種洩れ等対策を提言するものであり、これらの具体的な実施状況等の調査を踏まえた上で、結核の専門家、現場の医療関係者、学校関係者等の意見を総合して、結核予防部会として最終判断されることを期待する。また、中学生の時期における再接種は、BCG接種の効果の持続期間、感染発病の好発年齢等の観点から、当分の間、現行どおり継続することが適当である。


4.今後の具体的対応

(1)乳幼児期における初回接種の充実及び小学生の時期における再接種の見直しに向けての検討事項

 結核予防部会においては、下記3点について、厚生省、都道府県、市町村等の努力を促し、乳幼児期における初回接種の充実を図るとともに、その実施状況を総合的に勘案して小学生の時期における再接種の見直しを検討するべきである。

(1)乳幼児期における初回接種の接種率の向上
 BCGの初回接種は、結核の発病防止、特に重症結核の発病防止に極めて重要な意義を有しているが、特に乳幼児の結核性髄膜炎や粟粒結核の防止、小児結核の根絶に向けて欠くことのできない手段である。現在の結核予防法第13条第4項及び同法施行令第2条の3においては、4歳に達する年までに初回接種を行う旨規定されており、保健所運営報告によると、平成6年の予防接種法改正以降、平成8年までいずれの年においても96%を超える接種率が確保されている。しかしながら、この接種率の算定方式については、必ずしも現状を正確に反映したものとは限らないこと、0歳から4歳のいずれの時点で接種を受けたかが不明であること等の問題を含んでいることから、これらの問題点を解決しつつ、接種率のさらなる向上を目指して厚生省、都道府県等が努力を続けていくことが不可欠である。

(2)乳幼児期における初回接種の早期化の推進
 乳幼児期における初回接種については、可能な限り早い段階での接種が、結核性髄膜炎や粟粒結核等の重症結核の予防、小児結核の根絶にとって重要である。前述のとおり、法律に基づく定期の予防接種としては4歳に達する年までの接種を規定しているが、実際の接種時期として乳児期(3ヶ月から1歳)までの間の可能な限り早い段階での接種が求められる。乳児期における接種率90%以上を目標として努力を続けていくことが不可欠である。

(3)初回接種の接種技術の向上と評価
 BCGの接種方法が、昭和42年に従来の皮内法から経皮接種法に変更されたことにより、局所の強い副反応は減少したが、接種時の管針の押圧等の技術的問題から、接種効果にバラツキが生じると言われている。たとえ接種率が100%に達したとしても、接種技術の問題から被接種者であっても効果が十分に発現しない可能性は否定できない。したがって、まずBCG接種医に対する接種ガイドラインの作成と普及による接種技術の向上に向けた努力を続けていくことが不可欠である。その上で、接種技術の評価のための調査を実施していくことが必要である。具体的な調査の方法としては、全国数カ所の地域において、1歳半検診や3歳児検診等の機会を活用して、BCG接種後1年を目途として局所反応である針痕の調査を行い、16個程度の針痕が見られるかどうかについての検証、ツベルクリン反応検査等を行うことが考えられる。

(2)小学生の時期における再接種の見直しに合わせて必要な施策

○乳幼児期における初回接種の接種洩れ等の対策

 接種率が100%に達したとしても、また接種技術が如何に向上したとしても、初回接種の洩れ等を皆無にしていくことは極めて困難である。したがって、初回接種の推進に合わせて接種洩れ等の対策を実施していくことが求められる。その具体的な方法としては、以下のものが考えられる。
 まず第一に、初回接種から1年後にもう一度ツベルクリン反応検査を全員に対して実施し、陰性の者に対して結核予防法に基づくBCGの再接種を実施していく方法である。第二に、1歳半又は3歳児検診等の機会を活用して、未接種者のチェック、針痕数検査等を行い、未接種者や接種の効果が十分ではないと考えられる者に対して結核予防法に基づくBCGの再接種を実施していく方法である。これらは、乳幼児期におけるBCG接種について、現行で定められた期間(4歳に達するまで)に結核予防法に基づいて完結させようとする方法である。


5.おわりに

当作業班においては、結核予防部会からの依頼を受け、我が国におけるBCG接種のあり方、特に小学生の時期における再接種の取扱い、再接種の見直しを行う場合の対応や見直さない場合の今後の方向性等について、慎重に検討を行った。検討結果については、前述したとおりであるが、我が国における結核の現状は、感染性の強い塗抹陽性患者が過去十数年間で横這いか微増傾向にあること、新規患者数等が減少の一途を辿っていた時期は終わり、今後増加が続いていく可能性があること等を視野に入れて結核対策を講じて行かなければならない結果を示している。さらに、世界的な結核問題の顕在化とHIV感染症と結核の合併、集団感染の多発、多剤耐性結核の出現等により、結核に対するワクチンの期待からBCG接種の再評価が世界各国で行われる機運にある。これらの状況を踏まえた上で、結核予防部会において中長期的な観点からの審議が行われることを期待するものである。
 最後に、当作業班での検討に当たり、作業班会議の場で意見陳述をいただいた学校医や養護教諭の方々をはじめとして、様々な観点から文献その他の情報提供、助言等をいただいた関係者の皆様方に対して、厚く御礼を申し上げるところである。


問い合わせ先
保健医療局結核感染症課
担当:野村(内線2373)、勝又(内線2378)
直通:03(3595)2257


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