審議会議事録等 HOME


薬剤給付のあり方について

平成11年1月7日
医療保険福祉審議会制度企画部会

はじめに

 薬剤は、わが国の医療の中で重要な役割を果たしている。しかし、患者自身が自分の服用している薬剤についてよくわからないといった問題や、医療機関が処方する薬剤が多すぎて患者が飲みきれないとか、比較的高価格の薬剤が処方されているとの問題が、従来より指摘されている。
 こうした薬剤をめぐる状況や指摘を踏まえ、本制度企画部会では、現在の薬価基準制度の問題点を整理し、新たな薬剤給付のあり方について、これまで21回にわたり審議を重ねてきた。
 この間、2回にわたる関係業界からの意見聴取を実施し、また「薬価基準制度見直しに関する作業チーム」に対し、「21世紀の国民医療(与党医療保険制度改革協議会)」で示されている「薬価基準制度の改革案」について、本制度企画部会での議論を具体的に進めるため、素材提供の作業を依頼したところである。
 以下、こうした意見聴取や作業チームの報告書も踏まえつつ、新たな薬剤給付のあり方に関して審議してきた本部会の審議結果について報告する。

I 総 論

1 薬価基準制度の問題点

(1) 薬価基準制度が行動のゆがみを生み出す

 薬価基準制度は、薬剤をはじめとして全てのものが供給不足であった昭和25年(当時の収載品目2,267品目)に、患者への適切な医療の確保のために必要な薬剤の安定供給を図ることを主たる目的として導入された制度である。この仕組みは、患者の治療の一環として薬剤が使用された場合に、公的医療保険制度より、国が定めた「薬価」に基づきそれに要した費用を支払うというものである。
 薬価基準制度を中心とする現在の薬剤給付の仕組みは、制度的にみて、医療現場では、薬価差に起因した高薬価シフトや薬剤の不必要な多用等の薬剤使用のゆがみを生み出しやすい、また製薬企業についても、開発が容易で薬価差が比較的大きくなる新規性の乏しい新薬(ゾロ新)に研究開発が偏るなどのゆがみを生み出しやすい仕組みであると指摘されている。
 このような高薬価シフトや多剤投与というゆがみが生じやすいもう一つの側面として、患者に薬剤の情報が十分に提供されない、コスト意識が不足しているという患者側の問題も指摘されている。さらには、薬剤を安心料として、患者自らが要求するといった問題もあると考えられる。
 薬価基準制度を中心とする薬剤給付の仕組みについて、逐次見直しが行われてきたものの、こうした行動のゆがみを生み出す基本構造が長きにわたって変更されてこなかったことは、反省すべきものと考えられる。
 限られた財源の中で公的医療保険制度を安定的に維持するとともに、国民に真に有用な薬剤が効率よく提供されるようにするためには、こうした医療現場や新薬開発でのゆがみが発生しやすい構造そのものを解消するような仕組みに改めていく必要がある。

(2) 行動のゆがみの発生要因

 医療現場や新薬開発でのゆがみが発生しやすい構造は、以下のような複数の要因から成り立っていると考えられる。それぞれの問題を解消する制度を構築することによって、はじめて薬剤の使用の適正化、国民にとって本当に意義の高い新薬開発が促進されると考えられる。

(1) 国が薬価を公定することにより薬価差が生じること

 現行の薬価基準制度は全国一律に国が薬価を公定するものであるが、実際の薬剤の取引価格はこの薬価以下であることが通常であるため、「薬価差(国が定めた薬価−市場実勢価格)」が必然的に生じてくる。
 薬剤の供給不足の状況にないにもかかわらず公定薬価を設定し、しかもその価格が高い水準になっているものがあることなどから大きな薬価差が生じている。また、薬剤の銘柄間の競争が乏しく、特に先発品の市場実勢価格は事実上独占価格となっていることから、長期収載品目等でも薬価が高いものがあると考えられる。
 3年連続の薬価改定、外来での薬剤に係る定額負担の導入により、薬剤比率は低下し、また薬価差も縮小しており、問題は小さくなっているとの指摘もある。しかしながら、そもそも薬価基準制度が行動のゆがみを生み出す構造は、市場において質により価格が決定されるのではなく、類似薬効比較方式等により国が公定した薬価を前提に、いわば医療機関と製薬企業、卸の間で利潤を取り合う結果として市場実勢価格が決定され、薬価差に大きく影響された形で薬剤が選択されることとなる制度自体に根ざしているものである。このような構造的な問題点を解消しなければ、資源の効率的な配分は実現されず、また、製薬産業、医薬品流通産業の効率化及び更なる発展を図ることもできないと考えられる。
 また、いわゆるゾロ新等の類似新薬の開発については、平成8年度に導入された薬価算定ルールや新GCP(医薬品の臨床試験の実施に関する基準)の平成9年度からの施行によって一定程度抑制されたとの指摘もあるが、薬価基準制度がある以上、製薬企業の開発行動は大きくは変わらないものと考えられる。
 こうした薬価を公定することにより生じる問題の発生構造自体を改め、薬価差に着目するのではなく、「質と価格」によって薬剤が選択される仕組みとすることが必要である。

(2) 薬剤の支給が原則出来高払いであること

 現在の薬剤給付は、出来高で支払う仕組みであるため、医療機関にとって、薬剤の使用量を増やすことにより薬価差収入を拡大しようとする誘因が働く仕組みである。また、患者も自己負担が低額なため、患者、医療機関の両者とも費用支払上の制約というものをほとんど意識しない。こうした点も高薬価シフト、薬剤の多用といった問題が生じやすい構造的な要因であると考えられる。
 こうした問題は、診療報酬における疾患別の包括定額払い等の包括払い制の導入によって、解決されるとの指摘がある。しかし、諸外国でも、入院医療については包括化が進んでいるが、外来については出来高払いが中心である。我が国の診療報酬体系において段階的に包括化を進めるとしても、出来高払いが残る分野での薬剤の価格対策、適正化対策が必要になると考えられる。

(3) 薬剤の同等性、価格に関する情報が国民や患者に不足していること

 現在、医師が、より効果が高く、副作用が少ない安全な薬剤を患者に処方しようとすると、どうしても薬価が高いものになるとの指摘がある。しかし、一方で、医療担当者には「良い薬は、高い薬」という発想があるのではないか、患者も情報が不足しているため、医師から奨められるとたとえ高価な薬剤であっても断りにくい面があるのではないか等の指摘もある。
 現在のような、薬剤を服用する患者自身がどのような薬剤をもらっているのかわからないという状況や、また患者にコスト意識が働いていないという状況の下では、薬剤の適切な選択が行われず、過大な薬剤利用の誘因が生じてもこれを抑制できないと考えられる。
 なお、情報開示を進めても、患者が主体的に薬剤の選択に関われるのかとの指摘もあるが、薬剤の問題は、自らの健康にかかわる問題でもあり、患者は強い関心を持っていることが普通であり、むしろ薬剤の同等性や価格などの各種情報が、患者の立場に立った医師の適切な説明等により、分かりやすい形で患者に提供されれば、患者自らが薬剤の選択に積極的に関わることになる結果、より適切な薬剤の選択がなされると考えられる。

(4) 薬価差に依存しなければ医療機関経営が成り立たないとされていること

 現在、薬価差は低い技術料収入を補う医療機関の経営原資となっており、これが薬剤の適切な使用を妨げる要因の一つであるとの指摘がある。薬価差に頼った経営を脱却し健全な経営を確立することは、薬剤使用の適正化の条件の一つであり、診療報酬において、技術料を適正に評価することも必要と考えられる。また、診療報酬上、不明確な評価となっている薬剤管理コストについても、診療報酬で適切な評価を行うことが必要と考えられる。

2 薬価基準制度見直しの基本的視点

 現行の薬価基準制度を見直す際には以下の五つの視点から行うことが必要である。

(1) 薬剤の使用の適正化

 高薬価シフト、薬剤の不必要な多用が発生しやすい現行制度の構造的問題を解消するためには、「安くて品質の良い薬剤を、適切な量だけ使用する」という経済的な誘因を、制度上、どのように付与するかという視点が重要である。
 このため、診療報酬体系において可能な範囲で薬剤の包括定額払いを導入することと並行して、出来高払いにおける新たな仕組みを導入することが必要である。

(2) 同等の効果があればより安価な薬剤の使用を促進

 「同じ効果の薬剤であれば安価な薬剤を使用することが患者や医師の利益につながる」という視点が重要である。
 患者主体の安くて良い薬剤の選択がされるためには、医療側と患者の情報の非対称性をどのように克服していくかが鍵である。医師による十分な説明はもとより、臨床薬剤師、保険者などが患者に対し、薬剤について必要な情報をわかりやすく提供することが必要である。
 また、薬剤の分類情報を提供すること等により医師側に同等の効果があれば安い薬剤を処方する経済的誘因が働くようにすると同時に、患者側にも、薬剤情報の公開を行う他、定率負担等の何らかの経済的、財政的な制約を設けることにより患者のコスト意識を高めることが必要である。

(3) 質と価格により薬剤が選択される健全な薬剤の市場の形成

 「薬剤が、薬価差ではなく質と価格で選択される仕組みとする」との視点が重要である。
 同等の効果であれば安価な薬剤が選択されるようにするためには、信頼性が高くかつ安価な後発品などが、安定的に供給される市場を整備することが必要である。また、患者が安い薬剤を望んだときに、それが円滑に提供できる仕組みも必要である。
 また、薬剤市場において、質と価格による銘柄間の競争が働くようにするためには、患者、医療機関双方に対して、薬剤選択に必要な情報−同等性、品質、価格等−が提供されなければならない。
 さらに、製薬企業が、薬価差に着目した価格設定ではなく、患者負担の大小に着目した価格設定を行う誘因を高める必要がある。医療保険制度においても、薬剤市場における製薬企業の主体的判断の変化に対応して給付額が速やかに変化する市場性の高い仕組みとすることが必要である。

(4) 有用性の高い薬剤の研究開発の促進と産業の育成

 新規性に乏しい新薬(ゾロ新)の開発が我が国の製薬企業の研究開発の中心となってきたと言われる状況を改善し、国民にとって真に有用性の高い新薬が開発され、利用が促進されるような市場へと誘導する薬剤給付の仕組みとすることが必要である。この観点から、現在のゾロ新に対する抑制的な給付額設定という考え方は基本的に維持しつつ、有用性の高い新薬開発を促進する産業政策を講ずるべきである。
 また、信頼性の高い安価な後発品を安定的に供給する産業を育成することが必要である。

(5) 制度の透明性・効率性の確保

 現在の薬価算定については、特に新薬の算定に関し、中央社会保険医療協議会へ報告が行われるようになるなどの改善が図られているが、原価計算、類似薬効比較方式等により国が薬価を設定する仕組み自体に不透明感がある。
 こうした薬剤給付に係る仕組みの効率化・透明化を進めるとともに、保険請求事務等を行う5千の保険者、19万カ所の保険医療機関等の事務の効率性の確保にも留意することが必要である。

II 見直しの具体的方向

1 薬剤の分類と情報提供

(1) 薬剤の分類作業の促進

 現在、薬剤の選択の場において、患者は判断をするための基準も情報もない。こうした医療側と患者の間の情報の非対称性を解消し、患者主体の適切な薬剤選択が働くようにするために、患者に対し薬剤の分類、質、効果、副作用、価格等の情報が提供されなければならない。
 薬剤の分類を行うことにより、薬剤に対する患者や保険者の理解も深まり、また患者の立場に立った医師の適切な説明等に基づき、患者が薬剤選択に積極的に関わることができるようになれば、薬剤の銘柄間の競争が促進されると考えられる。
 薬剤の分類を行うにあたっては、薬学的な観点からの検討に加え、臨床的な観点からの検討が必要と考えられる。成分毎に異なる効果を有する薬剤を臨床上の同等性という観点から薬効・薬理作用でグループ化し同一に扱うことは、患者個々の病態に最も適した薬剤の選択を行うことを妨げる危険性があるとの指摘もある。厳密に言えば、一つひとつの薬剤は全て異なるとしても、その違いが大きいか小さいか、ほとんど変わらないかは、臨床上の使用実態の違いで判断されるものと考えられる。
 さらに、現在、最終消費者である患者や医療機関に伝えられていないこうした薬剤の違いの情報について、分類作業を進め情報提供することは、薬価基準制度の見直しとして必要な第一歩と考えられる。
 こうした分類作業については、公正な組織を中央社会保険医療協議会等に設置し、その際の科学的根拠となる情報や分類の仕方について公開するなどの手続きの透明化を図った上で、早急にその作業を進めるべきである。

(2) 薬剤の情報提供体制の整備

 患者が薬剤の分類、質、効果、副作用、価格等に関する情報を得られるようにすることは、患者が自分が受ける医療を判断する上でとても有益なことである。誰でも、そのような情報を容易に得られるような情報提供体制を確立することが重要である。
 国は、従来より行っている後発品の品質再評価を含めた薬剤の信頼性の向上に必要な措置や副作用情報の提供の充実を図るとともに、市場実勢価格調査で把握した個々の薬剤の市場平均価格等の価格情報を、医療機関や保険者に対し、薬剤の分類情報と併せて提供し、また広く公開していくことが必要である。
 医療現場では、薬剤を処方する際に医師が、薬効や価格等について患者に対し適切な説明を行いまた領収書等を発行するなど、患者が薬剤選択に積極的に関わる機会を提供することが必要である。こうした良質な医療機関については公表するなど、経済的な誘因を与えることも検討すべきである。
 保険者も、良質な後発品をはじめとする薬剤に関する情報や使用した薬剤の費用に関する情報を提供するだけでなく、医療の内容や医療機関に関する情報を収集・提供し、被保険者の薬剤に対する理解を高め、医療費の効率化、良質な医療の提供に結びつくよう努力していくことが必要である。こうした情報提供を可能とする基盤整備を進めることが重要である。

2 より安価な薬剤の選択を促進する保険給付の仕組みの検討

 現行の薬価基準制度に代わる仕組みとして、与党協の提示する「実購入価格・給付基準額制」をはじめ、審議会における意見聴取等を通じ、薬剤給付の新しい仕組みとして、いくつかの案(別紙1参照)が提示されている。
 このうち「実購入価格・給付基準額制」、「薬剤定価・給付基準額制」、「市場価格・購入価格給付制」の3案は、保険給付の仕組みに市場原理(質と価格による選択と競争)を取り込み、価格引下げの経済的誘因を質と価格による患者主体の選択に求める仕組みと考えられる。また、「医薬品現物供給制」は価格引下げの誘因を供給機構(保険者)と製薬企業の価格交渉に期待する仕組みであり、「薬価基準制度」は、価格引下げの誘因を医療機関と卸の価格交渉に期待する仕組みととらえることができる。

(1) 患者主体の選択に価格引下げの誘因を求める仕組み

(1) 給付基準額を設定する必要性について
 価格引下げの誘因を質と価格による患者の選択に求める三案いずれの仕組みについても、薬価基準制度とは異なり、薬剤を安く買おうとする買い手が存在せず、こうした市場では、薬剤価格が低下することはないとの指摘や製薬企業の自由価格制のもとでは、製薬企業が好きな値段をつける一方、医療機関は、卸より言い値通りに購入せざるを得ず、競争原理が働かないため、薬剤の価格は青天井に高くなるおそれがあるとの指摘がある。
 しかしながら、そもそもこれらの三案は、薬剤の最終消費者である患者が、薬剤の分類結果や質、価格等に関する情報を得て、患者負担等のコスト意識を通じて薬剤選択に積極的に関わる仕組みを前提にするものであり、いわば通常の商品と同様に、患者自らが、適切な情報を基に、薬剤を安く買おうとする誘因を持つ買い手となる仕組みである。
 普通の商品市場であれば、購入者はその費用全額を自己の負担で支払うため、市場原理により適切な価格形成がなされることとなる。しかし、公的医療保険制度下においては、薬剤の購入者となる患者は、費用全体の一部を負担するにとどまり、少ない負担で高価な薬剤を購入できることとなるため、過剰な需要が発生する可能性が高くなる。こうした状況において、保険給付の対象費用について、どのような手法にしろ制度的に一定の制約を設けなければ、患者負担の大小に基づく銘柄間の競争は行われるものの、結果として、価格水準が高くなる可能性が高い。
 できるだけ市場原理を取り入れた自由な制度とするとしても、公的医療保険制度である以上、ある程度価格の高騰を防止するため、一定の上限は必要であると考えられる。給付基準額を設けない「市場価格・購入価格給付制」については、この点から見て慎重な検討が必要な案であると考えられる。

(2) 実購入価格制と薬剤定価制について
 「実購入価格・給付基準額制」は、実購入価格と給付基準額のいずれか低い額を基礎に保険給付を行う仕組みである。三つの案の中では、薬剤の適正な使用を妨げる要因である薬価差が完全に解消し、より安価な薬剤の使用を促進する誘因を持つ仕組みとしては望ましいと考えられるが、現実的な問題として、次のような点が指摘されている。

○ 実購入価格制では、医療機関毎に、あるいは期間毎に患者負担が異ることによる問題が生じる。同じ薬剤でも比較的実購入価格が安くなる大病院等に患者が集中するなど、保健医療政策と矛盾することとなる。

○ 実購入価格制により、医療機関、保険者双方に現行と比較して大きな事務負担が生じる。薬剤の市場実勢平均価格を把握することは、現在薬価調査も行われているので十分可能であるが、日々変化する個々の医療機関の実購入価格を把握し、それが適正か調査・審査するための仕組みの実現は現時点では困難である。
 また、患者が医療機関を選択する際に、医療機関ごとの薬剤の価格を公開しておくことが必要となるがこれに要する事務コストも大きくなる。

○ 実購入価格制では、トンネル卸により大きな経済上の利点が生じる等の流通上の問題が生じるが、こうしたトンネル卸を公的医療保険制度として禁止することは困難である。

 薬剤定価制は、上記の問題点を解消し、また流通経費率の設定、届出価格の公開、緊急措置等により、一定の流通上の目安が示されることとなり、流通の透明性が促進される仕組みである。
 しかし、取引条件によっては、値引きによる差益が生じる可能性がある点で実購入価格制より劣る面があるが、透明な仕組みの中で小幅な価格交渉が生じることは、自由経済の中では、薬剤流通の効率化を促進し、薬剤市場の健全化が図れるものと積極的に評価できる面もある。また、その効率化に応じて、流通経費率を定期的に見直すことや、個別の薬剤で全国的に大幅な値引販売がなされているものについては、緊急措置として薬剤定価を公定するなど、質と価格(患者負担)による患者主体の薬剤の適正な選択を妨げる状態を解消する仕組みも設定されている。
 このような観点から、価格による競争が適正に生じる、流通経費率・損耗経費率が市場実勢等を踏まえて適正に設定される、緊急措置発動の要件が適切に設定されるなどの条件が満たされれば、患者の選択に価格引下げの誘因を求める三つの案の中では、「薬剤定価・給付基準額制」が、現時点では、実現可能な仕組みとして、その可否について、さらに検討することが必要と考えられる。

 なお、実購入価格制と薬剤定価制の検討について、以下のような意見があった。

○ 同一薬剤について患者負担が異なる点については、通常の商品と同様にある程度の格差が生じるのは当然と考えるべきである。

○ 薬剤の保険給付の基礎となる額をできるだけ市場に任せることとする一方で、全ての患者について同じ負担とすることは両立しないのではないか。

(2) 供給機構と製薬企業の価格交渉に価格引下げの誘因を求める仕組み

 患者は価格(患者負担)より、安全かつ良質な薬剤を選択することを優先するため、医師の提供する情報に頼ることになるが、医師も薬剤の価格は重要視しないため、医療現場での選択が低価格品に変化することはない。従って供給機構(保険者等)がこれに代わって価格交渉すべきであるとの考え方に基づく仕組みが「医薬品現物供給制」である。
 この仕組みは、医療機関での価格交渉を解消し、薬価差の解消が完全に図られるという点で一つの典型的な案と考えられる。しかし、医療機関において薬剤に係る金銭のやりとり(対卸、対患者)がなくなることにより、患者、医療機関は、薬剤選択の場で、薬剤に対するコスト意識が全く働かなくなるため、薬剤の過剰投与等の弊害が生じる誘因が高い仕組みである。また、同等の効果の薬剤の中で、より安価なものを使用するという経済的誘因も生じないと考えられる。仮にこのような案にするのであれば、医師、患者が使用する薬剤の範囲について、保険者がより安価なものに限定できるようにする必要があると考えられる。
 なお、この案は、現在の流通を完全に変えてしまう案であるため、実現可能性の観点から見て、慎重な検討が必要な案であると考えられる。

(3) 医療機関と卸の価格交渉に価格引下げの誘因を求める仕組み

 これまで薬価基準制度の下で多くの改善が行われてきたが根本的な解決が図られなかったのは、国が薬価を公定し、その上で医療機関と卸の価格交渉に価格引下げの誘因を期待するという仕組み自体に問題があったと考えられる。
 現行の薬価基準制度を工夫して、不当に高い薬価を下げ、薬価差が生じないようにすれば、新たな仕組みをつくる必要はないとの指摘もあるが、そもそも今回の薬剤給付見直しは、前述のように、市場において質により薬剤の価格が決定されるのではなく、公定された薬価を前提に、医療機関と製薬企業、卸の間で利潤を取り合う結果として薬剤価格が決定され、薬価差に大きく影響され薬剤が選択されるという制度の構造自体に根ざした問題を解消しようというものであり、薬価を公定する仕組みを前提とする見直し案は、慎重な検討が必要な案であると考えられる。

3 薬剤定価・給付基準額制の検討

 薬剤定価・給付基準額制について、(1) に示すそれぞれの論点について検討を行ったが、全員の意見の一致をみることはできなかったので、その議論の経過を論点ごとにまとめたところである。

(1) 薬剤定価・給付基準額制の基本的考え方

 薬剤定価・給付基準額制は、次のような基本的な考え方に基づく仕組みである(詳細は別紙2参照)。

(1) 薬剤のグループ毎に給付基準額を設定し銘柄間の競争環境を整備する。

(2) 薬剤の銘柄間競争を促進するため定率患者負担を導入する。

(3) 健全な薬剤市場の中で競争が働く環境を整えた上で、市場原理に基づく製薬企業の主体的な判断により、薬剤定価を設定する仕組みを導入する。

(4) 質と価格による薬剤選択を妨げる販売実態の薬剤については緊急措置を講ずる。

(5) 有用性の高い薬剤の研究開発を促進するため画期的新薬等には配慮を行う。
(2) 給付基準額の設定に関する検討

(1) 給付基準額設定の効果について
 製薬企業の自由価格制の中では、給付基準額を設定しても薬剤の価格は青天井に高くなるとの指摘や給付基準額さえ設定すれば製薬企業は価格を引き下げると考えるのは単純すぎるとの指摘がある。しかし、薬剤の同等性に関する情報等が公開され、また給付基準額が設定されこれを上回る部分が全額患者負担となる仕組みの中では、製薬企業は、実際には高い価格をつけられないのではないかと考えられる。むしろ、基本的には、給付基準額まで価格が下がっていくと予測される。
 ドイツの参照価格制度の例でも、参照価格を上回る薬剤のほとんどは参照価格以下に価格を引き下げ、ごく一部だけが参照価格を上回っている状況にあることからも実証できると考えられる。
 なお、同一グループで同一の給付基準額を設定することは、個別企業の自己責任のもとに形成された銘柄毎の市場実勢価格が保険給付に直接反映されないので問題であるとの指摘については、次のような考え方がある。

○ 高品質な薬剤も標準的な薬剤も同一とみなして薬剤を分類し、そのグループの薬剤の加重平均値を基礎に給付基準額を設定するのは反対である。

○ 薬剤のグループ化が臨床上の使用実態に基づき合理的に行われれば、その中の競争で、自社の製品の価格が他社の製品の価格に影響されることは通常の市場では当然のことと考えられる。

(2) 給付基準額を上回る部分の患者負担の評価について
 この仕組みは、保険給付に一定の上限を設け、患者主体の薬剤選択に価格引下げの誘因を求めるものであることから、給付基準額を上回る部分について患者負担を求めることは、この仕組みの中で中心的な枠組みの一つとなる。
 大部分の薬剤は、実際上、その薬剤定価が給付基準額を上回ることはないと考えられるが、薬剤定価は製薬企業の主体的判断に基づき設定されることから、制度的には、給付基準額を上回る部分の患者負担が発生する可能性がある。
 この患者負担については、患者のフリーアクセスという観点から、次のような考え方がある。

○ 給付基準額を上回る部分を患者の全額自己負担とすることは、どんなに高い薬剤も全て現物給付するという原則を大きく変更するものである。患者負担が非常に重くなり、薬剤についてのフリーアクセス・受診機会の平等を侵害するといった重大な問題が生じる可能性が高く、この仕組みの導入には反対である。

○ 給付基準額制では、同一グループ内に同じ効き目の安い薬剤が存在するはずであり、患者が納得の上で、給付基準額を超える部分の患者負担を要する薬剤が選択される仕組みである以上、フリーアクセスを侵害するようなものではない。
 また、公的医療保険制度を安定的に維持していくためには、患者の選択による多少の患者負担の増加は容認しても現行制度の改革を行っていく必要がある。

○ 給付基準額を上回る部分の患者負担については、高額療養費の支給対象としてはどうか。これにより、患者のフリーアクセスと公的医療保険制度の安定性の調整を図ることができるのではないか。

○ ドイツの総額予算制を参考に、給付基準額を上回る部分については、患者が定率負担を行うこととし、その他を医療機関、保険者、製薬企業の三者の負担とすることとしてはどうか。これにより患者のフリーアクセスが確保されるとともに、医療機関、保険者には安価な薬剤を使用する経済的誘因が、製薬企業には薬剤定価を引き下げる経済的誘因が生じるのではないか。

(3) 給付基準額の設定の基礎となるグループの範囲について
 臨床上、薬剤処方の実態からみて同等に使用される薬剤(臨床上、同等の効果がある薬剤)を同一のグループとして分類する作業については、薬効・薬理作用を基本に進め、患者、医療機関に情報として提供することは必要である。この分類情報に基づき、医師は患者に対し適切な説明を行い、患者が積極的に薬剤の選択に関わることが求められる。
 しかし、このグループを基礎として、給付基準額を設定することについては、次のような考え方がある。

○ 本来、成分ごとに異なる効果を有する薬剤をグループ化し、これを基礎として一律の給付基準額を設定することは、患者個々の病態に最も適した薬剤の選択を妨げるおそれがある。また作業チームの作業結果である4薬剤群(金額で薬剤費の20%超)のみの結果で、薬剤が100%分類が可能ということを前提とすることは問題である。臨床上、同一とみなせる許容範囲は同一成分までであり、薬効・薬理作用のグループを基礎とすることは反対である。
 また、同一成分でも明らかに異なる市場が形成されているものは別グループとすべきである。

○ 現在、類似薬効方式で新薬の薬価を定めている以上、同一薬効・同一薬価という意味でグループ化はなされており、薬効・薬理作用のグループを基礎とした給付基準額の設定は可能である。
 患者に対し薬剤選択の判断の材料となる情報としては、薬効・薬理作用単位でなければ意味がない。銘柄間の競争を促進し、また薬剤費効率化を促進する観点より、できる限りグループの範囲は広いことが適切である。

○ 現時点で、作業チームで薬効・薬理作用を基本に実施した4つの薬剤群についての評価のみで、薬効・薬理作用単位のグループを基礎として給付基準額を設定することの適否について判断することは困難ではないか。今後、給付基準額制の導入を検討する場合には、当面は、少なくとも成分単位のグループを基礎として給付基準額を設定することを前提にすることが考えられないか。

(4) 給付基準額の設定水準について

 市場に過度の介入をしない及び患者に標準的な費用については保障するという観点から、原則として、同一グループ内の全薬剤の加重平均値を基礎に給付基準額を設定するとの点について、次のような異なる考え方がある。
○ 給付基準額は、同一グループ内の全薬剤の加重平均値という機械的な数値である必要はない。例えば、同一成分内に先発品、後発品がある場合には後発品の加重平均値を、先発品のみの場合には、当該成分の加重平均値又は当該成分が属する薬効・薬理作用グループの加重平均値のいずれか低い額を給付基準額とするなど、給付基準額は、優良な後発品の育成と研究開発の促進という産業政策的な観点から設定すべきである。

○ 薬剤市場に対する統制色が強い仕組みは問題である。給付基準額の設定は、市場実勢価格に委ねるとの基本的考え方に立つべきである。

(5) 低価格品給付基準額について
 低価格品給付基準額は、通常、低価格である後発品について情報提供等の面で信頼性が低い現状を踏まえた経過措置、及び現在低価格である薬剤の価格上昇を防止するという面での経過措置という両面がある。
 こうした低価格品給付基準額については、先発品と後発品の競争を促進するという観点から必要ないのではないかとの考え方があるが、少なくとも、後発品の情報提供体制の整備等の信頼性の向上が進むまでの間は、低価格品給付基準額を設定することを検討することが必要である。
 いずれにしても後発品の信頼性を高めるような取り組みを国、企業ともに進め、同一の条件で競争がなされるような環境整備を進めることが必要である。

(3) 定率患者負担等に関する検討

(1) 定率患者負担の価格への影響について
 質と価格による選択と競争を促進するため、薬剤定価に連動して患者負担が変化する定率患者負担を導入するとの点については、次のような考え方がある。

○ 定率患者負担による安価な薬剤の選択は機能しない。医療機関、卸、製薬企業のどれも薬剤定価を引き下げようとする経済的誘因を持たないため、給付基準額より低価格の薬剤については、薬剤定価が給付基準額まで上昇し、そこで硬直的になる可能性が高いので、薬剤定価・給付基準額制の導入には反対である。

○ ドイツの参照価格制度では、参照価格以下の薬剤の一部のみが参照価格まで価格上昇したにとどまっている。こうした価格上昇については、患者負担額が薬剤の価格に連動しない包装単位の定額負担であることも要因の一つと考えられ、薬剤の同等性の情報が提供される仕組み中で、適正な定率患者負担が設定されれば安価な薬剤の選択が生じる。

○ 現在の薬剤の市場(約1万2千品目)の状況を踏まえると、薬剤定価制にしても製薬企業は高い価格設定を行うことはできない。できるだけ多くの販売量を獲得するため、患者負担の大小を重要な販売戦略とした競争が生じ、低価格品の薬剤定価が給付基準額まで上昇する可能性は低い。ドイツでも参照価格以下の価格の薬剤が多く存在している。
(2) 薬剤の使用量の適正化の仕組みについて
 薬剤使用の適正化のためには、価格対策と量対策の両面からの取り組みが必要である。
 現在、薬剤の使用量を適正化する仕組みとしては、8種類以上の薬剤を投与する場合の薬剤料の逓減等の診療報酬上の仕組みと、投与された薬剤の種類数に応じて患者負担を求める薬剤一部負担の仕組みがある。前者の仕組みは、量的な適正化の経済的誘因を医療機関に求めるものであり、後者は患者に求めるものである。
 薬剤定価・給付基準額制の導入などの薬剤の適正化対策の導入に併せて、薬剤の量的な使用の適正化に一定の役割を果たしている薬剤一部負担を廃止するのであれば、その影響等についても検討することが必要である。この点については、次のような考え方がある。

○ 薬剤定価・給付基準額制をうまく機能させるためには、薬剤一部負担の量対策が必要であり、廃止することには反対である。仮に廃止するのであれば、例えば定率患者負担を3割や5割にするなど、その分を定率負担に振り替え、患者のコスト意識を高めるべきである。
○ 薬剤の使用量等の適正化を図るため、医師の治療方針や薬剤を処方する場合のガイドラインを作成することが必要である。また、被保険者証のICカード化を進め、薬歴管理等の情報の共有化を図ることにより、重複投薬等を防止することを検討すべきである。

○ 患者の主体的な判断を通じて、薬剤の使用量の適正化の効果を生じさせるため、薬剤の効果、副作用情報を公開し患者に適切に提供することが必要である。

○ 薬剤管理コストを診療報酬で評価する場合、薬剤の使用量増大の誘因を与えないよう、使用量に応じて報酬額が増加するような仕組みは避けるべきである。また、その決定手続きについては、透明性が確保された中で進められることが必要である。

(4) 薬剤定価制・緊急措置に関する検討

(1) 流通経費率・損耗経費率の設定について
 流通経費率や損耗経費率を市場実勢に基づき設定することは望ましいと考えられる。現在、産業界で大きな問題となっているのは流通問題であり、流通経費率を設けることにより、流通にどれくらいの経費がかかっているか公開されることは良いことである。これにより流通の効率化が図られると考えられる。また損耗経費率についても、同様に薬剤管理の効率化が期待される。
 また、流通経費率の設定に当たっては、市場実勢に基づき設定するとしても、価格に関わらず一律に設定すると、高価格品について流通経費額が多くなることから、卸は高価格品を販売する経済的誘因を有することとなる。このため、ドイツの例を参考に価格帯別の率を設定することが必要である。

 その他、流通経費率、損耗経費率の設定については、次のような考え方がある。

○ 流通経費率、損耗経費率の設定については、現状を追認するのではなく、その範囲を明確にした上で、流通、薬剤管理の効率化を促進するための政策的観点から検討すべきである。また、適切な頻度の実態調査に基づき、改定することが必要である。

○ 他の流通業と異なる医薬品卸の独自の機能や諸外国の制度等の違いを踏まえ流通経費率を設定することが必要である。

○ 薬剤流通の効率化の取り組みを進めることが必要である。

○ 流通経費率等の設定については、透明性が確実に担保される仕組みでなければならず、専門家による第三者機関の設置について検討すべきである。

○ 病院・診療所の違いや剤型の違いにより薬剤管理の実態は異なるので、損耗経費率の一律の設定は困難ではないか。また、損耗経費率を一律に設定することは、医療機関に対し、高価格品の使用の経済的な誘因を与えることとなり問題である。

(2) 緊急措置について
 流通経費率の設定は、製薬企業届出価格を基礎に薬剤定価を算出するための仕組みであり、これにより製薬企業と卸との取引及び卸と医療機関との取引を直接規制するようなものではない。しかし、質と価格による患者主体の薬剤選択と銘柄間の競争を阻害するような販売実態にあるものについては、公正な競争環境を確保するため、緊急措置を講ずるとの点については、次のような考え方がある。

○ 自由経済下では一定幅の取引条件格差を容認すべきであり、その理由を問わずに、ある幅を超えた薬剤について、薬剤定価の公定や保険収載の取消等の極めて裁量的な仕組みを設けることは妥当ではない。

○ 取引条件の違いを理由に、質と価格(患者負担)による販売ではなく、大幅な差益で薬剤の販売促進を図るモラルハザード(倫理観の欠如)が生じる可能性が高いので、一定の公的介入を図ることが必要である。

○ 緊急措置の発動要件については、明確に薬剤の市場に公開することが必要であり、市場の実態を踏まえ、適切にその要件の見直しを行うことが必要である。また、この緊急措置の発動等のためには、適正な市場実勢価格調査が必要となるため、法的措置を含め、その適正な実施体制の整備を図ることも必要である。

(5) 有用性の高い薬剤の研究開発促進に関する検討

(1) 医療保険制度として配慮を行う新薬の範囲について

 有用性の高い薬剤が開発されその利用が促進されることによって、手術等が不要になり患者の身体的負担が軽減される、治療期間が短縮されるなどの、患者の療養環境の質の改善や医療費の効率化が促進されることから、公的医療保険制度としても、その研究開発の促進に対し配慮を行うことが必要である。しかし、ドイツの例のようにあまりに広く給付基準額制の例外を設けると、薬剤費の増加要因となる。
 企業の研究・開発活動をより活性化し、国際競争力を高めるため、特許権、商標権等の知的財産権を全て擁護することが必要との考え方もあるが、現在の薬価基準制度においても、新薬(通常、特許を有する)のうち有用性の高い一定範囲のものについて加算を行う一方、新規性の乏しい新薬(ゾロ新)については抑制的な算定を行っており、また、ドイツの例を踏まえると、この考え方は基本的に維持することが必要である。
 なお、画期的新薬等の範囲について次のような考え方がある。

○ 現在の基準では画期的な新薬は、ほとんど認められていない。こうした基準のままでは、わが国の将来の基幹産業となり得る製薬産業の萌芽を摘み取る可能性があり、その導入に反対である。

○ 画期的な新薬に関し、現在のような厳しい条件では、有用性の高い新薬の研究開発意欲を削ぐ可能性が高いので、産業への影響も勘案して再検討することが必要である。

○ 例外的な取り扱いとなる画期的新薬等については、医療保険財政に大きな影響を与えるので、その市場における金額的な占有状況や使用実態を踏まえ、できる限り範囲を限定することが必要である。

○ そもそも画期的な新薬であれば、その薬効の中で市場占有することとなるので、製薬企業の開発意欲を抑制することにはつながらない。この仕組みは、かえって画期的な新薬開発を促進することにつながる可能性が高い。治験制度の充実、承認審査期間の短縮等、新薬開発の環境整備を図るなどの産業政策を講じ、画期的な新薬の開発促進を図ることが必要である。

○ 制度導入の際には、製薬産業への影響を考え、必要な経過措置を講ずるべきである。例えば特許を有する既収載品については、特許期間終了時より「薬剤定価・給付基準額制」の対象とすることなどが必要と考えられる。

(2) 給付基準額を設定しない画期的新薬等の価格動向
 画期的新薬等については、保険給付としての上限である給付基準額を設定しないため、その価格動向について次のような考え方がある。

○ 製薬企業は給付基準額がない条件で自由に価格が設定できるため、価格は青天井となり患者負担が重くなる。患者の経済能力により画期的新薬等の利用が阻害される。

○ 画期的新薬等についても定率患者負担があり、届出価格も公開されることから、市場合理性を欠くような価格設定はなされる可能性は低い。また、画期的新薬等も同じ薬効の中に競争関係にある薬剤があり、自ずと価格の青天井は抑制される。

○ 画期的新薬等の有用性の高い新薬については、その開発の困難性や効果からみて保険給付、患者負担が一定程度増加してもやむを得ない。患者負担が高額療養費の対象となるのであれば、問題は少ないのではないか。

(6) 薬剤費への影響

 以上のような検討を踏まえ、薬剤費への影響に対する評価については、次のような考え方がある。

○ 薬剤定価・給付基準額制の設定による薬剤費縮減の効果は1回限りで、その後は、給付基準額設定対象外の薬剤や給付基準額以下の価格の薬剤の価格上昇、使用量の拡大により、かえって薬剤費は上昇する可能性が高い。「薬剤定価・給付基準額制度」の導入には反対である。

○ ドイツの例を参考に、「薬剤定価・給付基準額制度」がうまく機能するような条件を整えることが必要である。良質で安価な薬剤が安定的に供給される薬剤市場の中で、患者への薬剤情報の十分な提供と給付基準額の設定や適切な定率患者負担によるコスト意識により、患者主体の薬剤の選択が生じれば、薬剤費は継続的に減少する高い可能性があり、これを導入すべきである。

○ この制度の薬剤費縮減の効果が仮に1回限りであったとしても導入する価値がある。継続的な効果が生じないとしたら、その時に、別の新たな仕組みの導入を検討すべきである。また、比較的小規模で実施し、薬剤定価、薬剤費がどのような動きをするかを実際に検証することも考えられる。

III 総括−改革への今後の取り組み

 良質な医療の確保と効率的な公的医療保険制度の確立のため、政府は、医療提供体制、診療報酬体系、高齢者医療制度、薬価基準制度の見直しを総合的な観点から着実に進めることが必要である。
 薬価基準制度の抜本的見直しを行うに当たっても、「患者主体の薬剤選択」を通して、良質な医療の確保と効率的な公的医療保険制度を実現することに最大限努力することが必要であることは言うまでもない。このための第一歩として、薬剤の分類作業を適切な場において透明な手続きの中で推進するとともに、患者、国民等への適切な薬剤情報の提供体制の確立を図るべきである。
 一方、新しい給付制度として審議の中心となった「薬剤定価・給付基準額制」については、「新たな患者負担の発生」「薬剤費への効果の一過性」「製薬産業への影響」等の観点から一部の委員の反対があったが、この仕組みは、患者、保険者、医療機関、卸、製薬産業の5者全てに適正な行動を促す仕組みとして実施すべき価値のある案であるとの合意が他の委員の間で得られたところである。
 次の賛成する意見及び反対する意見の考え方を踏まえつつ、政府においては、具体案を作成し本部会への提出を急ぐべきである。また診療報酬体系、高齢者医療制度の見直しと合わせて中期的財政の見通しを示し、国民の理解を得ることも必要と考える。
 最後に、医療・医療保険制度の抜本改革を総合的に進めるためには、中央社会保険医療協議会、医療審議会等の関係審議会との連携と協調が必要であり、関係審議会においても、この意見書の趣旨を踏まえた審議が行われることを要請したい。

1 賛成する意見

 制度企画部会の委員の多数は、現行の薬価基準制度を廃止し、「薬剤定価・給付基準額制」を採用することを支持する。無論、50年近く続いてきた公定薬価の仕組みを廃止するものであり、不確定な要素があることも事実であるが、「患者主体の薬剤選択」を実現するため、医療機関、製薬産業、医薬品流通業等への影響の事前分析と事後評価を行いつつ、抜本改革にふさわしい新たな取り組みを細心かつ大胆に行うことが必要と考える。
 また、今回の改革の目的は、I.2で述べたように、複数に渡るものであり、その全てを達成し、制度を実効あるものにするためには、「薬剤定価・給付基準額制」の基本的仕組みに加え、更にいくつかの条件整備を行う必要があると考える。
 このような観点から、政府は、制度導入に向けて今後次の措置を採るべきと考える。

(1) 国民が安心して医療を受けられるよう、過重な患者負担が生じない仕組みとすること。同時に、医療費総額の増大とならないよう適切な制度設計・制度運営を行うこと。

(2) 薬剤使用量の過剰な増大を抑制できる適切な誘因を持つ仕組み(患者及び医療機関のコスト意識を高める定率負担、薬剤種類数に応じた一部負担、包括定額払い化・薬剤の種類数に応じた薬剤料の逓減等の診療報酬上の取り組み等)の組み合わせを検討すること。

(3) 画期的新薬等について、その範囲や給付基準額の設定方法について早急に検討すること。また、画期的な新薬の開発促進、優良な後発品育成を図る産業政策を講じること。

(4) 薬剤に関する流通実態、取引価格を的確に把握できる体制の整備を図ること。

(5) 診療報酬体系上、適切な技術料、薬剤管理コストの評価を行うこと。

(6) 新たな仕組みであることから、患者や医療機関、産業界、薬剤費への影響を勘案し、計画を示した段階的導入や適切な経過措置を検討し、一定期間後の評価を経て、必要に応じ見直しを行うなど制度の弾力的な運用を図ること。

2 反対する意見

<糸氏委員>

 次の理由により「薬剤定価・給付基準額制」(いわゆる参照価格制度)に反対する。

1.現状認識の基本的誤り
2.新たな公定価格の設定
3.質と価格による患者主体の薬剤選択という欺瞞
4.始めに結論ありきの審議会運営への不信
5.対案検討の欠如による不公正

 以下、具体的にその理由を述べる。

1.現状認識の基本的誤りについて

 わが国の薬剤に係る制度については、(1)不適切な薬価設定、(2)不透明な医薬品認可や薬価算定のプロセス、(3)非能率な許認可体制、(4)不十分な薬剤情報提供体制等多くの問題点が指摘されてきた。
 本制度の長年にわたる実施責任者である行政当局が、事の次第を明らかにすることから議論が開始されるのが自明の理である。
 ところが驚くべきことに、行政当局はそれらの問題をすべて制度と医療界、薬業界、患者等の責任にしてしまった上で議論を進めてきた。すなわち、薬価基準制度を諸悪の根源と位置づけ、それが引き起こす医療機関や製薬企業や卸業者の「ゆがんだ行動」と、患者負担が低いことによる患者の「コスト意識の無さ」、および薬剤情報の提供を怠った医療機関・保険者・薬剤師の「努力不足」のせいだとしているのである。もちろん、いかなる制度でも長期運用の過程では、いくばくかのひずみゆがみが生ずるであろうが、それを正す最大の責任は行政自身にある。しかるに自らを省みず、もっぱら他にその責任を転嫁するということにもとづいた行政当局の現状認識は明らかに間違っている。これが反対の第一の理由である。

2.新たな公定価格の設定について

 次に行政当局は自らの責任を忘れ、あたかも評論家のごとき立場を装い、「ゆがんだ行動」の原因は薬の価格を公定する薬価基準制度にあるのだから、公定価格の仕組みを廃止すべきであると主張している。これは明らかに欺瞞である。
 すなわち、公定価格の仕組みの廃止とは、現行の薬価基準は廃止するが、より行政に都合のよい新しい公定価格制度、すなわち給付基準額制を設けようということに他ならない。
 「行政に都合のよい」とは、いつでも恣意的に国や企業の負担を減らして、その分を国民の負担にしわ寄せできるという意味での都合のよさである。
 患者にとって、現行の薬価基準制度より、はるかに重い負担の厳しい制度となる。これが「給付基準額制」という新たな公定価格制度である。
 この制度は「償還払い」を前提にしないと設計できず、これを理由に薬剤給付を現物給付の対象からはずすことは、患者の医療を受ける権利への侵害に他ならない。国民にとっては、あまりにも大きすぎる不当な負担と言わざるを得ない。現物給付から償還払いへの動きは、このまま放置すれば診断・検査や医学管理等の技術料にまで波及しかねず、そうなれば、さらに患者負担が激増することは避けられない。このことが、昭和36年から営々と守られてきたわが国の国民皆保険制度の崩壊を招くことは必至である。
 また、この制度の実施には薬価差を認めた方がはるかに設計しやすいので、行政当局は当初の「薬価差悪玉論」から急遽「薬価差善玉論」に論旨を転換したのである。
 給付基準額制度は極めて強力であり、混合診療導入の突破口になるのみならず、究極的には行政当局の判断次第では、保険からの薬剤給付を零にする可能性すら内包しているのである。
 一方、製薬企業は、給付基準額以下の薬剤は当然値上げする。給付基準額を上回る薬剤、とくに寡占市場を形成している製品については、たとえ行政当局の誘導があったとしても、製薬企業がそう単純に価格を引き下げるとは到底考えられない。つまり、この制度を導入することによって薬剤の価格が下がるという保証は何もないのである。
 このように、給付基準額なる新たな公定価格は、患者に厳しく国や企業に甘いという二面性をもった極めて危険な制度である。
 なお、製薬企業による自由な届出価格制である以上、公定価格ではないとの反論もあろう。しかし、表向きは製薬企業の自主性を尊重するとしながらも、一方では「患者負担に着目した価格設定」、すなわち給付基準額以下で価格設定をしろと誘導している。要するに、給付基準額を公定価格と見なせということである。
 技術料のように公定価格が必要なら、堂々とその論陣を張るべきである。不透明な誘導による公定価格は、不正な流通システムを生むだけであり、現行薬価基準制度の二の舞となることは火を見るよりも明らかである。
 以上が反対の第二の理由である。

3.質と価格による患者主体の薬剤選択という欺瞞について

 このことは、ひらたく言えば「同一薬効の薬剤を価格毎に分類し、その結果を情報提供すれば、ほとんどの患者は安い方の薬を選択するに違いない。そうしない人はわがままな患者であるから、ペナルティとして高い負担を課す」という発想である。
 この考え方は、「そもそも、今日すでに同一薬効の薬であっても、それぞれ銘柄毎に違う価格がつけられている」という事実が前提となっている。
 今まで国民は行政当局を信用して、同一薬効でも高い薬には高いなりの意味(質)があると思ってきた。もしそうではないというのであれば、その理由を明らかにし、国民の誤解を解く弁明をすべきである。あるいは、価格決定権は行政にあるのだから、価格を修正すればよい。わざわざ「質と価格による患者主体の薬剤選択」というような、わかりにくい概念を持ち出す必要はない。薬剤情報の提供や価格の訂正はすぐ実行すればよい。それだけでも大改革になる。薬価制度の改革を伴わなければ、薬剤情報の提供ができないというのは欺瞞である。問題は、やる気があるかどうかである。
 次に、「薬剤の分類」についてである。わずか4品目の分類体験しかもたず、方法論的に不確実なものをいきなり臨床に応用できる、それも全面的に応用できるとするのは粗雑過ぎる。現状では、分類に過度の期待をもたせることには、医師としてはまったく賛成できる話ではない。薬剤分類学の今後の進展を待つべきである。
 次に「選択」についてである。報告書では、選択はほぼ同一の質であれば、価格だけで行われてしかるべきという考え方に基づいているようだが、このことは明らかに間違いである。一般的には、むしろ価格だけでは選択されないというのが通常である。大衆薬を見ればわかるように、現実には消費者の低価格指向は見られないことに注目すべきである。
 選択には、過去の体験、周囲からの情報、個体特異性、薬の副作用等、複雑な要因が絡み合う。勝手に行動基準を設け、その行動基準どおりに消費者が行動しなかったことを理由にペナルティを課そうというのは、考え方として根本的に間違っている。
 「質と価格による患者主体の薬剤選択」というのは建前に過ぎず、仰々しく制度改革しなくても、情報提供と価格変更によって今すぐにも目的達成は十分可能である。
 以上が反対の第三の理由である。

4.始めに結論ありきの審議会運営への不信について

 一体誰の提案なのであろうか。この審議会で持ち続けた最大の疑問である。与党協案なのか、厚生省案なのか、部会長案なのか、あるいは他の委員案なのか。原案は「日本型参照価格制度」から始まり「たたき台」、「薬剤定価・給付基準額制」と次々に変わったが、その都度提案者も変わったのであろうか。一貫性があったのは、いずれの案も「国や企業の負担を減らし、患者の負担を増やす」という視点のみであった。
 審議の途中では、この視点を支持・強化する意見は、思いつき程度のものでも即座に採用された。一方、エビデンス不足を指摘したり、原案の方向とは違う根拠を示したりする意見は、無視あるいは黙殺された。
 審議会の最終結論は、『委員の多数は現行の薬価基準制度を廃止し、「薬剤定価・給付基準額制」を採用することを支持した』とされると思われる。しかし、この案に不退転の決意で賛成している人はほとんどいない。むしろ、「とにかくやってみよう。失敗したら元に戻せばよい。」とか、「薬剤価格は下がらなくともよい。革命なのだから。」というような、逃げ道付き賛成派が多数だった。
 まず結論ありきで、議論のアリバイ証明のための審議会。これが「国民の望む審議会」と言えるのか。
 これが反対の第四の理由である。

5.対案検討の欠如による不公正

 審議会では、厚生省案を通そうとするのに汲々として、対案検討はおざなりにされた。むしろほとんどされず、比較表すら作成されなかったのが実態である。
 日本医師会は、公定価格の仕組みを完全に廃止し、薬価差を解消する「医薬品現物供給制度」(別紙3参照)を提案した。行政当局が公定価格制度と薬価差益の廃止という当初の理念を本気でやろうとするのであれば、真剣に検討されてしかるべき案と思われたが、「医療機関が薬剤に係る金銭のやりとりから身を引けば、薬剤の過剰投与が生じる」などと訳のわからない理由で排除されたのである。
 しかし当初から、医療機関が薬剤に係る金銭のやりとりをするから薬価差という諸悪の根源が発生すると非難し続けてきたのは誰だったのか。当初の理念からおよそかけ離れた結論に誘導されている。他の団体からの対案も、われわれと同様に扱われた。対案を真剣に検討する姿勢がほとんどなかったことは、この審議会の権威に関わるものである。
 これが反対の第五の理由である。


<鴇田委員>

 本部会では、「薬剤給付のあり方」について、これまで数回にわたって審議されてきたが、とくに薬剤定価・給付基準額制(以下薬剤定価制と略す)に対する批判的意見が、この意見書には必ずしも忠実に反映されていない。本来審議会の意見書なるものは、委員自身の手によって起草されるべきものであるが、本部会では委員を代表して部会長と厚生省事務局が作成している。そのために意見書の内容は、厚生省の推進したい薬剤定価制を支持する方向で一貫し、反対意見の扱いはごく一部で、かつ十分にその趣旨を理解せずに、あるいは意図的に無視して記述されている。そこで議論の焦点になった部分について、本委員を含む委員によって起草することを提案したにもかかわらず、部会長は時間の制約を理由に却下された。各種の審議会が事務局の主導による形骸化を指摘されるとき、このような処置は著しく不当なものである。そこで本委員としては、審議会に対して本意見書を提出するにいたった。

1.薬剤定価制に財政削減効果は期待できない

 薬剤定価制の最大の目的は、薬剤への支出を削減して、現在およそ30兆円に達し、少子高齢社会の進展とともに急速に増大すると予想される、国民医療費の削減と現役世代の負担の軽減を図るものである。しかし薬剤定価制と類似した参照価格制を、1989年に本格的に導入したドイツの経験では、薬剤費の支出削減効果はほとんどなかった。審議会でもこの点は議論の焦点の一つとなったが、意見書ではなぜかこの最も重要な点について言及していない。
 資料1によれば、統一前の1989年に導入された参照価格制によって、同年の社会保険における薬剤費の対前年増加率は、それ以前の8年間の平均5.9%と比較して、確かに0.5%に止まっている。しかし1990年以降の各年については、6.3、10.9、9.8%と逆に従来以上に増加している。この間のドイツのインフレ率はとくに高くなった訳ではないから、このような事実はドイツの参照価格制が、薬剤費の財政削減効果を持たなかったことを物語っている。そのためにドイツは追加的な薬剤費抑制政策として、1993年には医師に対して医薬品に関わる予算制を導入せざるを得なくなったのである。さらにその後も各種の追加的な政策を導入し
ているのである。

 (資料1)  M.Dickson and H.Redwood,"Pharmaceutical Reference Prices, How do They
Work in Practice ?", Pharmacoeconomics, Nov.1998.

 参照価格制自体はこのように一回限りの効果(once for allあるいはovernight effect)しか持たないだけでなく、ドイツの経験では、結局短期的には薬剤費を抑制したものの、長期的には短期的な抑制効果をほぼ帳消しにしているのである。参照価格制を導入した他の国々、例えばオランダやカナダでもほぼ同様の結果が伝えられている。少なくともドイツに代表される参照価格制が、薬剤費の支出の削減に対して、それだけで十分な効果を持ち得たという、説得的な研究は見あたらないといって、過言ではない。

2.なぜ薬剤定価制は薬剤費の財政削減効果がないのか

 薬剤定価制の導入によって、薬理・薬効が同じ薬剤のグルーピングによって給付基準額が決定されると、この基準額よりも高いか低いかによって、医師や患者のグルーピングされた薬剤に対する需要曲線は、基準額より高い範囲と低い範囲で、その価格弾力性はごく小さくなり、また基準額の近傍では十分に大きくなると想定される。その理由は基準額より高ければ、医師は患者になぜそのように自己負担が必要な薬剤を使用するか説明を迫られ、また患者の負担が急速に増えるから、その使用を患者に積極的に勧めないだろう。基準額より低ければ、患者の自己負担は従来と同一であるから、医師はこれまでと同様により高い薬剤を患者に勧めるだろう。このとき医療機関の損耗管理マージンを厚生省が一定に公定することは、そのような傾向に拍車をかける。すなわち医療機関にとって、高い薬剤を使用するほど収益は増加するからである。こうして基準額を上回っても下回っても、薬剤の価格弾力性は十分に小さくなる。基準額の近傍の価格では、薬剤に対する弾力性は基準額を意識してはじめて十分に大きくなり、ほぼ水平になる。『南部鶴彦「薬価基準の功罪と薬価制度のあり方」「健康保険」1998年11月』はこのような論理を一層明快に展開している。
 このような薬剤の需要曲線が与えられたとき、メーカーや卸などの供給側はどのように対応するだろうか。答えは自明である。メーカーにしても卸にしても、可能な限り高い収益を目指すとすれば、給付基準額に一致するように、メーカーの届け出価格や卸の価格は設定されるだろう。このときも卸の流通マージンを厚生省が一定に公定することは、やはりそのような傾向に拍車をかける。こうしてグルーピングされた各種薬剤の定価は、長期的にはほぼ給付基準額に一致し、そこで硬直的となるだろう。すなわちこの制度は、厚生省自らがそのような薬剤の硬直性を誘導するものであり、官許の価格カルテルあるいは再販価格維持制度となる危険性を有する。
 前述のようにドイツの経験では、参照価格を設定した年に限り薬剤支出額は前年並みとなったが、その後むしろ一層増加した。その背景には、このような論理が存在しているからと考えられる。すなわち給付基準額を上回る薬剤の需要は急速に低下するから、薬剤価格とその支出額は急速に低下するだろう。しかし時間の経過とともに、給付額を下回る薬剤の価格は上昇し、支出額も上昇していくのである。ドイツでは当初グルーピングは部分的であったので、医療機関や医師は他の薬剤や同一グルーピング内の薬剤の使用量を増加させることで対応した。日本では薬剤定価制の導入とともに、従来の複数薬剤使用の際の価格規制を解除するとのことである。したがってたとえ短期的な薬剤価格の抑制効果があるとしても、従来にも増して、過剰投薬に拍車がかかると予想される。

3.グルーピングによる給付基準額設定の問題点

 同一薬理・薬効によって薬剤をグルーピングすることは、薬学や医学の専門家の間にも副作用などについて疑問を呈す向きがある。しかし薬学ないし医学的な見地から完全でなくても、ほぼ合格点の付けられるグルーピングが可能になれば、それは患者のみならず医療関係者にとっても、従来なかった有益な情報を提供することになるだろう。しかしグルーピングを行って患者に有益な情報を提供することは、それによって給付基準額を設定することを、決して正当化しない。両者は論理的には全く別の問題である。審議会の多くの委員はこの点について誤解があるように思われる。患者に有効な情報を与えるならば、グルーピングをするだけで十分ではないか。
 1989年の参照価格制導入以前に、ドイツでは規制のない競争市場で薬剤の価格は取引されていた。そして当初はそこで成立する市場価格に基づいて、その加重平均によって参照価格が算定されていた。それに対して日本では、過去50年近く、薬価基準によって厚生省が価格を公定してきたのである。したがって公定価格を基礎として、それらを加重平均して給付基準額を算定することになる。ドイツと日本の参照価格と給付基準額の設定の差異は、経済の論理としては決定的であるにもかかわらず、そして本委員はそれについて、何度か注意したにも関わらず、審議会の意見書ではそれを全く無視している。
 一般に規制のない競争市場での市場価格は、薬剤の質を市場価格が表すヘドニック・プライシング(hedonic pricing)となっている。(『南部鶴彦「参照価格制度についての考察(仮題)」未発表論文 1998年12月』を参照。)それに対して規制の極みである薬価基準は、たとえ over pricing であっても、また類似薬効による価格設定であったとしても、薬剤の質を忠実に表すものではない。事務局作成による審議会意見書では、今回の薬剤定価制では質と価格について、患者に選択を与えると指摘しているが、それは明らかに上述の意味で誤りである。
 さらに意見書では給付基準額の設定による、グルーピング内部の薬剤メーカーの価格設定についての相互依存性について、それは一般の産業界では当然としている。しかし給付基準額が設定されている市場は、単なる寡占市場とは決定的に異なる。この点の認識は、今回の薬剤定価制を経済の論理で評価する重要なポイントであり、審議会では自動車産業を例に取って、ごく平易に説明したのであるが、全く無視されたのは極めて遺憾である。2000cc以上の乗用車をグルーピングして加重平均価格を設定して、それを越える乗用車は、たとえ低公害車であれ燃費のすぐれた高性能車であっても、標準仕様の低価格車とともに品質は同一として加重平均され、自動車税を禁止的に高くするというのが、自動車産業に置き換えたときの薬剤定価制である。このように乱暴な政策が他の産業で考えられるだろうか。またもしこのような政策を実施したときに、ドイツと同様に法的に厚生省が内外の製薬企業に対抗できるのかについても危惧するものである。
 規制の存在する市場では、各企業は通常の規制されない市場と同様な価格設定はできず、そこで規制を意識した価格設定を”市場原理に基づく”ものと審議会の意見書は記述しているが、これは市場についての正しい認識を欠いたものであり、到底受け入れられない。

4.薬剤定価制は新薬開発意欲にダメージを与える。

 おそらくこの制度の最大の問題点は、製薬企業から新薬開発意欲を削ぐことにあると考える。グルーピングによる給付基準額の設定では、特許品もそうでない後発品も全く同一に扱うとしている。知的所有権を十分に尊重しない、このことの直観的な帰結は、それでは薬剤メーカーは少なくとも国内市場に関しては、多大のリスクの下に巨額の研究開発投資を行う誘因を著しく減殺されることである。ドイツでは1996年に特許品のグルーピングからの除外を行ったが、それは自国の製薬産業の新薬開発意欲をこの制度が損なうことを、認識したからに他ならない。厚生省はドイツでのそのような経験を知りながら、それをあえて無視しようとしている。
 このことは当局の次のような発言に如実に表れている。「日本の医薬品産業の研究開発は、いわゆる”ゾロ新”に終始しており、したがって特許品を除外することはしない。」確かに日本の製薬産業の現状は、産業組織論的に見たときに問題が多々あることは否定できない。また諸外国と比較して医療費に占める薬剤費のシェアの突出していることも否定できない。しかしこのような発言には、薬価基準がそのような産業組織をもたらしたことの、すなわち”政府の失敗”を犯したことの、当事者としての認識と責任が欠けている。さらにもしそのような政策に対する反省があるならば、この薬剤定価制がどのような産業組織論的な、あるいは産業政策的な帰結をもたらすかを考慮して、このような乱暴な政策を採用しようとはしないだろう。
 薬価基準がもたらしたさまざまな歪み(distortion)について、厚生省当局はその責任を認識していないが、同じことは薬剤定価制についてもいえる。薬剤定価制がもし長期的に実施されれば、日本の製薬業は後発薬に特化するようになり、新薬を開発することはなくなるだろう。この制度の下でも画期的新薬については、例外を認めるとしているが、その基準は示されず、例によって厚生省の裁量に任されるようである。もし従来のように数年に1件程度であるならば、国内での新薬開発は期待できなくなるだろう。
 産業の歴史はそれほど長くはなく、それはかっての日本の繊維、造船、鉄鋼などを見れば容易に理解されよう。自動車や家電などは現在のところ、日本の leading industry であろうが、50年後にも依然としてそうであるという確証はない。製薬産業は将来の日本のleading industry になり得る、いくつかの産業の少なくも一つの候補である。そのような産業の萌芽を摘み取るかもしれない政策が、なにゆえ正当化されるのだろうか。

結論

 今回の薬剤定価制については、他にも多々問題はあるが、最後にこの制度が現在の規制緩和や行政改革に全く逆行していることを指摘しておきたい。例えば薬剤定価のために、卸の流通マージンや医療機関の損耗・管理料を厚生省が公定とすること。厚生省当局は市場価格を標榜するが、給付基準額を決定して市場に対して決定的な規制を行うことは、実は製薬産業に自由な価格設定を許さない仕組みであること。他にも先発薬と後発薬の価格の間に”一定の幅”が存在すれば、独立したグルーピングを行うことなど。政府の介入や裁量の余地があまりに多すぎる。
 薬価基準制度を撤廃して、薬剤定価制を導入することは、規制緩和の流れに逆行するだけでなく、政府の上記のような介入の余地を拡大することで、行政改革にも反するものである。さらにこのような制度改革は、最大の目的である医療費削減の財政効果が期待できないだけでなく、将来の日本の産業組織に重大な打撃を与えるという点で、むしろ制度改悪と言わざるを得ない。薬剤の費用対効果などの分析が急務とされているが、このような政策を導入した際の費用対効果を、厚生省は所管の各種のシンクタンクに依頼して、国民に明らかにすることを期待する。なお本委員は経済の論理だけで政策を評価せよと主張するのではなく、それを無視した政策の導入は将来に禍根を残すと指摘するものである。

別紙1〜 略


照会先 保険局医療課 内線(3276)


審議会議事録等 HOME