審議会議事録等 HOME

「手術等で摘出されたヒト組織を用いた研究開発の在り方について」
”医薬品の研究開発を中心に”

1.背景

○ 新医薬品の研究開発において、薬物の代謝や反応性に関しヒト−動物間に種差があり、動物を用いた薬理試験等の結果が必ずしもヒトに適合しないことがある。ヒトの組織を直接用いた研究開発により、人体に対する薬物の作用や代謝機序の正確な把握が可能となることから、無用な臨床試験や動物実験の排除、被験者の保護に十分配慮した臨床試験の実施が期待できるとともに、薬物相互作用の予測も可能となる。また、このように新薬開発を効率化するだけでなく、直接的にヒトの病変部位を用いることによって、疾病メカニズムの解明や治療方法、診断方法の開発等に大きく貢献できるものと期待される。

○ 諸外国では、既にヒトの組織を直接用いた研究開発が実施されており、その供給体制も含めた利用のための条件が整備されている。

○ 我が国でも、医学・医療研究においては、基礎研究や診療も含めて、一定の要件のもとにヒト組織が研究に用いられてきたが、新医薬品の研究開発へのその利用は限られてきた。

○ ヒト組織を用いた研究開発を進めるためには、提供者の意思確認や倫理的側面の検討が不可欠であり、それらを含めてヒト組織の利用のための手続きを明確化する必要がある。

○ このような背景から、平成9年12月12日に厚生大臣から、厚生科学審議会に「手術等で摘出されたヒト組織を用いた研究開発の在り方について」が諮問され、厚生科学審議会先端医療技術評価部会の下に「ヒト組織を用いた研究開発の在り方に関する専門委員会」が設置された。

2.厚生科学審議会での検討経緯

○ 専門委員会では、医薬品の研究開発における有効性・安全性評価のためにヒト組織を用いる場合について、また、欧米では主要な供給源である移植不適合の組織が我が国においては法令により使用不可能なことから、手術等で摘出されたヒト組織の利用について、検討を行うこととした。

○ しかしながら、専門委員会での検討結果は、ヒト組織を用いた他の研究にも関係すると思われることから、大学等の研究者が行う研究やヒト組織そのものを医薬品等の材料として用いる研究、また、例えば、死胎、移植不適合臓器等を用いる研究も視野に入れて検討を行い、ヒト組織の利用に係る普遍的な問題を洗い出すこととした。

○ 専門委員会では、審議に先立って、平成7年9月の閣議決定「審議会等の透明化、見直し等について」に基づき、専門委員会の公開の在り方について議論を行い、議事録を公開するとともに、意見聴取する場合などについては、必要に応じて議事を公開していくとの結論に達した。

○ 専門委員会では、平成10年2月に第1回委員会が開催され、計5回の審議を重ね、専門委員会報告書が取りまとめられた。その間、日本製薬工業協会、HAB協議会(Human & Animal Bridge Discussion Group:平成4年2月に医学、薬学の研究の場におけるヒト組織の有効利用の推進を目的に発足した任意団体)から意見聴取を行った。また、第4回専門委員会において作成した「手術等で摘出されたヒト組織を用いた研究開発の在り方について」の中間メモをインターネット上で公開し、広く国民一般からの意見を求め、得られた意見を参考に、さらに検討を行った。

○ 平成10年8月21日には、専門委員会報告書をもとに、先端医療技術評価部会において議事を公開のうえ審議が行われ、さらに、平成10年12月15日には、厚生科学審議会総会において審議が行われた。

3.ヒト組織を用いた医薬品の研究開発の現状

○ 米国では、新薬開発における「in vitro試験(試験管内など人工的な環境下における試験)の指針」においても、ヒト組織の使用が推奨されている状況である。研究開発に用いられるヒト組織は、移植不適合の臓器に由来するものが中心であり、複数の非営利機関を通して、個々の研究者あるいは製薬企業等の民間企業に提供されている。其々の非営利機関では、病理検査や生化学的検査を実施し、入手希望者の研究内容を評価した上で、実費により提供している。また、英国では、非営利の独立法人であるナフィールド委員会(Nuffield Council on Bioethics)の報告書「ヒト組織(倫理的、法的問題)」において、その取り扱いの指針が示されている。

○ 我が国では、HAB協議会が米国の非営利機関から移植不適合の臓器を輸入し、大学等の研究者に提供しているが、製薬企業等の民間企業に対しては、HAB協議会関連施設内における共同研究以外では、その利用を認めていない。また、HAB協議会の活動とは別に、肝ミクロソーム等が試薬として輸入販売されており、医薬品等の研究開発に用いられている。

○ このような状況の下で、我が国の製薬企業の中には、ヒト組織を用いた試験を海外に依頼している例もある。

4.医薬品の研究開発におけるヒト組織利用の必要性

○ 現在、医薬品の研究開発においては、動物を用いた前臨床試験が行われ、その有効性や安全性が確認されたうえで、直接ヒトに薬物を投与する臨床試験が実施されている。しかし、薬物の代謝や反応性に関し、ヒト−動物間に種差が存在することから、動物実験では予期されなかった毒性が発現する例も知られている。この様な場合に、ヒト組織を用いた試験を行うことによって、動物実験では明らかにできなかった副作用を予測できるなど、被験者の一層の安全性の確保が期待できる。

○ 医薬品の有効性や体内動態に関して人種差が存在することは良く知られている。したがって、我が国でのヒト組織を用いた医薬品の研究開発が行われることは、日本人にとってより有効性と安全性の高い医薬品の創製にとって必要とされる。

○ 医療の現場では、患者に対して、単剤でなく、複数の薬物が同時に投与されることが多い。この際の薬物相互作用による人体への毒性発現については、その組合せが多数に及ぶことから臨床試験で全てを明らかにすることは困難であり、薬物が市販された後に、その危険性が明らかになることも少なくない。この様な場合においても、ヒト組織を用いて薬物の代謝や反応性を検討することにより、ある程度の薬物相互作用発現の予測が可能である。

○ 医薬品の研究開発は、日米欧で共通の基準に沿って行われることとなっている。欧米では、既に医薬品の研究開発においてヒト組織を用いた有効性、安全性の評価が取り入れられていることから、我が国も同様にヒト組織を用いた研究開発を推進していく必要がある。

○ さらに、ヒト組織の研究開発を推進することは、ヒト蛋白質をヒト細胞に製造させたり、ヒトの正常組織そのものが、画期的な医薬品や人工臓器となりうるなどの可能性をもたらすことが期待されている。

○ 以上のように、ヒト組織を研究開発に利用することは、保健医療の向上に必要不可欠なものであり、その利用については、公明で且つ厳正な一定の要件を確立することは当然であるが、我が国でも積極的な推進を図るべきである。

5.ヒト組織の提供について

○ ヒト組織の収集・提供にあたっては、人体の組織とか器官などの利用に対する日本人の感覚に配慮するとともに、ヒト組織の利用に対する不信感を持たれないような配慮を行いつつ、非営利の組織収集・提供機関によって製薬企業を含めた研究開発を行う者にヒト組織を提供することが望ましい。関係諸組織の協力の下に、この様なヒト組織の収集・提供を行う非営利の組織収集・提供機関の設置を前向きに検討すべきである。

○ 医薬品の研究開発に利用するヒト組織の供給を今後も海外に頼っていくことは、国際的な責任を果たすという観点から決して好ましいことではない。最大限可能な範囲で、我が国自らが供給の確保にあたることが重要である。

○ 使用されるヒト組織としては、欧米では移植不適合臓器が中心であるが、我が国においてはまず、量は少ないが、日本でも利用が可能な手術で摘出されたヒト組織を利用していくことから始めるべきである。

○ この手術で摘出された組織は、当該医療行為が適正に行われた上での利用が前提である。このため、術前に詳細な説明によって当該医療行為が適正に行われることについて、提供者の理解と同意を得る必要があるとともに、提供者やその家族等の要望に応じ、当該医療行為が適正に行われたことについて、情報を開示できるようにするべきである。

○ ヒト組織としては、手術で摘出された組織以外にも、生検で得られた組織、胎盤等も研究開発に利用できるが、その様な組織についても、適正な手続きを踏まえた上で、利用が図られるような体制の構築が必要である。

○ 移植不適合臓器については、現行法上、研究開発に利用することは不可能であるが、臓器移植法の見直しの際には、諸外国と同様に、それらを研究開発に利用できるよう検討すべきである。

6.ヒト組織を研究開発に利用するために必要とされる要件

(1)組織を摘出する際の説明と同意

○ どのような場合であれ、ヒト組織を研究開発に利用するためには、組織を摘出する施術者が、医療の専門家でない提供者にも理解ができるように十分な説明を行った上で文書による同意を得る必要がある。その際には、適正な医療行為による手術で摘出された組織の一部が研究開発に利用されること、そのために非営利の組織収集・提供機関に提供されること等についても説明し、同意を得る必要がある。なお、提供に対する患者の同意の有無が、当該手術の実施やその内容に影響することがあってはならない。また、患者にその旨を説明しなければならない。

○ なお、提供者からの同意は、基本的には医療行為の前に得るべきであるが、病変部位を摘出した後に当該病変部位の学問的重要性が明らかになった場合などは、その後に説明を行い、提供者の理解と同意が得られれば、当該組織を利用することができる。

○ 子ども等の一般の成人と同様の扱いができないものについては、本報告書とは別にその在り方を検討する必要がある。

(2)ヒト組織を用いた研究開発の事前審査・事後評価について

○ 倫理委員会を医療機関、組織収集・提供機関、研究開発実施機関のそれぞれの機関において設置する必要があり、その倫理委員会の構成に当たっては、医学の専門家でないものの参画を求めることとする。

○ 医療機関の倫理委員会においては、ヒト組織の提供を行うための提供者からの同意の取り方及びその文書・様式、研究計画などの倫理的妥当性について事前審査を行うとともに定期的に事後評価を行う。

○ 組織収集・提供機関の倫理委員会は、倫理・審査委員会とし、研究開発実施機関の申請に基づき、倫理的、科学的妥当性について事前審査を行うとともに、定期的に研究の進行状況、研究結果などについて報告を求め、その妥当性について評価を行う。

○ 研究開発実施機関の倫理委員会においては、倫理的妥当性について審査を行うとともに、科学的に意味のない研究が行われないように、研究目的、研究計画などの事前審査、研究の進行状況、研究結果などの定期的な事後評価を行う。

(3)ヒト組織を用いた研究開発の経費負担の在り方について

○ ヒト組織の提供はあくまでも善意の意思による無償提供で行われるべきものであって、利益の誘導があってはならない。

○ しかしながら、手術で摘出された組織を適切な状態で収集・運搬し、検査・提供するには、かなりの負担がかかることから、そのための経費については、利用者負担とする。

(4)ヒト組織に関する情報の保護及び公開

○ 提供者個人が特定されうる情報については、厳に管理され、漏洩されるようなことがあってはならない。

○ 病名、年齢、性別等の研究開発に必要な情報で且つ提供者個人が特定されない情報については、提供者からあらかじめ同意を得、研究開発を行う者に提供することができるものとする。

○ なお、ヒト組織を用いた研究開発によって得られた結果は、一定期間を経たのち、公表するものとする。

7.その他検討すべき事項

○ ヒト組織を有効に研究開発に利用するために、得られたヒト組織の保存方法、輸送方法や研究開発に利用できるかどうかの判定基準の作成のための研究が必要である。

○ また、ヒト組織を利用する研究者が研究開発を行なうにあたって、研究者の安全の確保が必要であり、ヒト組織の生物学的汚染等に関する情報提供については、本報告書とは別にさらに専門家による検討が必要である。

○ 本報告書の検討対象としたヒト組織の研究開発利用については、科学的進歩や経験の蓄積は日進月歩であり、さらに、その時々の社会通念によってもその取り扱いが異なるべきものであることから、適宜見直すことが必要である。


問い合わせ先
厚生省健康政策局研究開発振興課
担当 佐々木、横田(内線2542、2544)
(代表)[現在ご利用いただけません]
(直通)03−3595−2430


審議会議事録等 HOME