98/11/16 第15回厚生科学審議会先端医療技術評価部会議事録 第15回厚生科学審議会先端医療技術評価部会議事録 1.日  時:平成10年11月16日(月) 16:00〜18:00 2.場  所:中央合同庁舎第5号館 共用第9会議室 3.出席委員:高久部会長        (委員:50音順:敬称略)          軽部征夫 木村利人 柴田鐵治 寺田雅昭         (専門委員:50音順:敬称略)          入村達郎 金城清子 廣井正彦 森岡恭彦 山崎修道 4.議  事:(1)遺伝子治療臨床研究の現状と問題点、その将来性について         「遺伝子治療の概略と具体例(各臨床分野での実例)」          東京大学医学部無菌治療部  助教授  平井 久丸         「ベクターの実例と問題点(ベクターの実際と長所・欠点)」          日本医科大学第二生化学高度先端医療技術開発センター          遺伝治療部門  教授  島田 隆         「遺伝子治療臨床研究の実施状況(臨床における実施状況)」          自治医科大学血液医学研究部門  教授   小澤 敬也        (2) その他(報告事項) 5.資  料  1.遺伝子治療臨床研究(がん)審査ワーキンググループ(第5回・              がん遺伝子治療臨床研究作業委員会(第3回)の概要について         2.各専門委員会の今後の進め方について         3.遺伝子治療用ベクターの開発状況と課題         (日本医科大学第二生化学高度先端医療技術開発センター遺伝子治療         臨床部門 島田 隆教授)     ○事務局  定刻でございますので、ただいまから第15回厚生科学審議会先端医療技術評価部会を 開催いたします。  本日は加藤委員、曽野委員、松田委員の3名の委員の方々から御欠席の連絡をいただ いております。  また、本日の議題にございます遺伝子治療臨床研究の関係から、本日は講師の先生と いたしまして、3名の先生に御出席いただいております。  最初は東京大学医学部附属病院無菌治療部の助教授でいらっしゃいます、平井先生で ございます。  続きまして、日本医科大学生化学第2講座の教授でいらっしゃいます、島田先生でござ います。  続きまして、自治医科大学医学部血液学講座並びに遺伝子治療研究部の教授でいらっ しゃいます、小澤先生でございます。どうぞよろしくお願いいたします。  それでは最初に、事務局から本日の配布資料につきまして、御説明申し上げます。  お手元の資料でございますが、議事次第1枚紙に続きまして、資料1〜3と3点用意し てございます。  資料1は、「遺伝子治療臨床研究(がん)の審査ワーキンググループ(第5回)・がん 遺伝子治療臨床研究作業委員会(第3回)の概要について」。  資料2は、「各専門委員会の今後の進め方について」の資料でございます。  資料3は、「遺伝子治療用ベクターの開発状況と課題」ということで、島田先生から 提出いただいている資料でございます。  それでは、以下の進行につきましては、部会長どうぞよろしくお願いいたします。 ○高久部会長  本日は御多用のところ、週の始めにお集まりいただきまして、どうもありがとうござ いました。前回の部会で遺伝子治療の申請は日本でも今後更に増える可能性がかなり高 いということと、それに伴いまして社会的な関心が深まっているということで、今後の 審議の在り方を考える上で、内外の遺伝子治療研究の動向等について専門の先生方にお 話をお伺いしてはという御意見がありまして、そこで、先ほど事務局の方から御紹介あ りました3人の先生方に本日御出席して、遺伝子治療の現況について社会的な状況など についてお話ししていただくようにお願いしたところ、御多忙中にもかかわらず早速お 引き受けくださいましてありがとうございました。  それではまず、平井久丸先生から簡単に20分程度よろしくお願いします。 ○平井助教授  ただいま御紹介いただきました、東京大学の平井でございます。よろしくお願いいた します。それでは最初のスライドをお願いいたします。 【スライド1.遺伝子治療の現状と将来的な問題点】  今日の話は、御依頼では、3人で分担するようにということで、私が最初に遺伝子治 療の簡単な概要と実際の臨床での具体例をお話しさせていただきます。その後、島田教 授からベクターに関するお話、小澤教授から遺伝子治療臨床研究の動向というお話の予 定でございます。次お願いいたします。 【スライド2.遺伝子治療の目的】  遺伝子治療の目的ということですけれども、これは細胞に遺伝子を導入することによ って幾つかの生体に有利な現象を引き起こすということが目的でございます。  1つは、ここにございますように、細胞に遺伝子を導入いたしますとそれがたんぱく 質に翻訳されます。その翻訳されるたんぱく質が例えば細胞外に出まして、生体内で非 常に有利な生理活性を持って働く。すなわち、生体のいろいろな不足を補うような補充 療法的に使われるということがまず第1点でございます。  第2点は、細胞自身に病気の原因となるような結果が存在する場合に、この細胞には 何かが欠けているわけですから、そういうものを細胞内にたんぱく質を補うことによっ て、その細胞に欠けている機能を補う、あるいは新たな機能を与えるということが第2 の目的でございます。  第3の目的は、もともと細胞がいろいろなことを行うわけですけれども、1つの細胞 が行う機能というのは、すべて遺伝子から翻訳されてメッセンジャーというものができ て、それからたんぱく質ができるという過程を経ますけれども、そういう細胞のたんぱ く質をつくる過程を修飾することによって適切な機能を持たせるということがあります。 大ざっぱに分けますと、このような3つの機能を細胞に与えるということが、多くの場 合、現在用いられている遺伝子治療のストラテジーということになります。次お願いい たします。 【スライド3.遺伝子治療のあゆみ】  これは遺伝子治療のこれまでの国際的な歩みです。ごく簡単に申し上げますと、米国 では1990年に第1例の遺伝子治療がADA欠損症に対して行われ、ヨーロッパでは1992年に 行われ、日本では1995年に行われたということで、米国、ヨーロッパ、日本という順に 遺伝子治療が行われていますが、5年の差という実際の年数よりも若干日本は遅れてい るということは否めません。次お願いいたします。 【スライド4.国内外における遺伝子治療の現状(1998年10月1日現在)】  この数字で見てもお分かりのように、圧倒的にこういう遺伝子治療臨床研究というも のをリードしているのはアメリカでありまして、現在までに2,000人以上の患者さんが何 らかの形で遺伝子治療を受けています。ちなみに日本では、現在のところまだ患者さん について行われているのは1名でございます。次お願いいたします。 【スライド5.遺伝子治療のプロトコール】  遺伝子治療の方法でございますけれども、遺伝子治療の方法は大ざっぱに分けまして 2つあります。  1つは、患者さんの細胞、すなわち患者さんに新しい機能を持たせたいという細胞を 1度取り出しまして、そしてそれに遺伝子を導入して、この細胞を直接、移植という形 で患者さんに戻すという、いわゆるex vivoという生体外で遺伝子導入を行う遺伝子治 療です。  もう一つの方法は、in vivo、すなわち生体内に直接遺伝子を導入して、特異的な細 胞に遺伝子を入れて細胞に機能を持たせようという治療法です。ですから、大きく分け まして現在まで行われている遺伝子治療はこの2つに分けられます。  それぞれの長所、欠点あるのですけれども、ex vivoですと狙った細胞に確実に入れ られる。しかしながら、理想的にはこういう煩雑な操作を経るよりは、in vivoのよう に直接遺伝子を導入する方が生体にも害は少ないということですが、in vivoの治療は 逆に標的とする細胞に対する特異性が落ちるという欠点がございます。次お願いいたし ます。 【スライド6.遺伝子導入の方法】  遺伝子導入の方法ですが、大きく分けまして3つの方法に分かれます。  1つの方法は、ウイルスという既に細胞に感染することをそもそもの生物活性として 持っているようなものを利用して細胞に導入しようというような方法がウイルスベク ターを用いる方法として用いられております。これにはレトロウイルスベクター、アデ ノウイルスベクター等がございます。  それからリポソーム。これは化学的なもの、あるいは生物学的なものがありますけれ ども、化学的な物質を使ってDNA等の遺伝子を保護しながら細胞の中に導入しようという 方法が1つでございます。  3番目の方法としましては、物理的な方法。すなわち、例えば注射で入れるですとか、 あるいは現在では遺伝子銃というものもできておりまして、物理的な方法で入れる方法 です。この3つの方法に現在までの遺伝子治療は分類されます。次お願いいたします。 【スライド7.遺伝子導入の標的細胞】  標的細胞ですけれども、これも様々です。ここにほんの一部を書きましたけれども、 さまざまな細胞に対して遺伝子導入が行われております。例えば生体内にあるたんぱく 質が足りない場合、遺伝子を導入して永久にそのたんぱく質を産生させるためには、永 久に増え続ける細胞に入れる必要があります。ですからそういう意味からいたしますと 確実に我々が永久に増える細胞を同定できるというのは、現在のところ造血幹細胞だけ でございます。ほかの細胞も永久に増える細胞が存在するということは言われておりま すけれども、確実にこの細胞が永久に増えるということを同定して、遺伝子を導入する ということは現在のところは不可能です。少し意味は異なりますけれども、腫瘍細胞と いうのは別の意味で、勿論本当は増えては困るのですが、永久に増えますし、この細胞 もがんの遺伝子治療の非常によい標的となっております。 次お願いします。 【スライド8.遺伝子治療の対象疾患】  遺伝子治療の対象疾患にはどういうものがあるかということですけれども、1つは、 遺伝性の疾患です。すなわち、単一の遺伝子の変異によって遺伝的に病気を起こす遺伝 子が伝わっているという病気です。この例はまた後ほど御説明申し上げます。悪性腫瘍 はやはり現在でも我々の生命を脅かす最も重要な疾患ですから、こういう悪性腫瘍は非 常によい遺伝子治療の対象となります。それから感染症。そのうちでもエイズという疾 患はいい治療の手立てがないということで、米国ではしばしば対象とされております。 そのほかに、動脈性疾患や神経変性症等も米国では遺伝子治療の対象とされております。  これらに対しまして、遺伝子マーキングというものがあります。これは必ずしも直接 的には治療を目的としたことではないのですけれども、治療開発のためにはどうしても なされなければならないような臨床研究として位置づけられておりまして、文部省、厚 生省のガイドラインにおきましても、遺伝子マーキングというのは治療を目的とする限 り、遺伝子治療に含めるということになっております。これも後で実例をお示しいたし ます。次お願いいたします。 【スライド9.アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症】  まず単一遺伝子病の一番よい例ですけれども、これは実は米国でも最初に行われまし たし、日本でも一番最初に行われた遺伝子治療ですのでよく御存じかと思います。  アデノシンデアミナーゼ欠損症はアデノシンデアミナーゼという酵素を欠損するため にさまざまな感染症を引き起こすような病気です。すなわち、アデノシンデアミナーゼと いうものがありませんと、DNA複製が障害される。すなわち細胞がうまく分裂できない。 特に、リンパ球、その中でも特にTリンパ球がうまく分裂できないということで、感染 に対する抵抗力が著しく減弱いたします。そのために、重症な感染症をしばしば併発し その患者さんは例えばカプセル生活ですとか、さまざまな抗菌剤を服用しながら生活し なければならず、多くの患者さんは乳児のうちに死亡します。これに対する治療法とい たしましては、これはリンパ球の疾患ですから正常な造血幹細胞を入れてやれば正常な リンパ球ができますので、骨髄移植で治るということになります。  従来行われておりましたものは、実際のADAというたんぱく質を少し修飾して半減期を 長くしたものを注射して、リンパ球の機能を維持するというのが第2番目の治療法です。 第3番目の方法は遺伝子治療です。北大の例では、骨髄移植のドナーさんがいなかった、 たんぱく質の効果も十分でなかったということで、第3番目の方法がとられたというふ うに聞いております。世界的には遺伝子治療の対象細胞といたしまして、末梢血のT細 胞、あるいは骨髄のCD34細胞、あるいは、臍帯血のCD34細胞が使われておりますが 、今 まで有効性が認められておりますのは末梢血T細胞と臍帯血のCD34細胞であり、骨髄の CD34細胞は有効性が少ないということが報告されております。次お願いいたします。 【スライド10.ADA欠損症の遺伝子治療】  ADA欠損症に対する遺伝子治療の方法でございますけれども、リンパ球を含む単核球を 刺激して、抗体とか、IL2というサイトカインで分裂させる。分裂させますと、レトロウ イルスの感染効率が非常によくなりますから、感染効率がよくなったところでアデノシ ンデアミナーゼの遺伝子がリンパ球に入るということになります。実際の結果は、安全 性は非常によろしく、機能も非常に上がったということでございます。次お願いいたし ます。 【スライド11.リンパ球及びADA活性の推移】  北海道大学の患者さんの例では、縦軸で表したものがADAの活性でございますけれども 遺伝子治療を10回施行しておりますが、回数を重ねるごとにADAの活性が上がってきたと いうことと、リンパ球の数も始める前は低かったものが高値になったということで、現 在でもこの患者さんは幼稚園に通って、普通生活に近い生活が営まれているということ でございますので、恐らくは非常に寿命の長いT細胞に遺伝子が導入されているであろ うというふうに理解されます。次お願いします。 【スライド12.嚢胞性線維症(Cystic fibrosis)の遺伝子治療】  その次に、嚢胞性線維症という病気ですけれども、これは特に日本には少ないのです けれども、米国ではコーカサス系の白人に非常に頻度の高い病気でありまして、いろい ろな意味で治療にお金が掛かるということから、米国の医療経済を圧迫しているという 非常に重要な病気です。これはクロライドチャンネル、すなわちイオンチャンネルに問 題があるということで、気道粘液の粘調度が非常に上がるために、気道感染症を繰り返 し起こしていずれ呼吸不全で死ぬという病気です。こういう病気に対しまして、クロラ イドチャンネルの遺伝子をアデノウイルスベクターというウイルスベクターに入れまし て、このアデノウイルスというのは気道によく感染いたしますので、その性質を利用し て経鼻的に、あるいは経口的に 気道上皮に投与して、その遺伝子を発現させるという方 法をとっております。その結果でございますけれども、クロライドイオンの透過性は非 常によく改善したと報告されています。しかしながら、反復投与が必要である。中和抗 体は観察されなかった。しかしながら、一部の症例でアデノウイルス肺炎が報告されて おります。次お願いいたします。 【スライド13.嚢胞性線維症に対する経気道的遺伝子治療の概念図】   これがその概略ですけれども、幾つかの方法が試みられていますが、先ほど御説明し たのはアデノウイルスベクターで投与する方法ですが、プラスミドとリポソームを含む ような方法も行われておりまして、現在では米国で数百人の患者さんに行われています。 次お願いいたします。 【スライド14.家族性高コレステロール血症の遺伝子治療】  次に、家族性高コレステロール血症の遺伝子治療ですけれども、原因はLDLレセプター と言いまして、いわゆるコレステロールを細胞内に導入する受容体の遺伝子異常である ということが分かっております。こういう患者さんはいずれ動脈硬化性の虚血性心疾患 すなわち心筋梗塞等を起こして若年で死亡するということが言われています。これに対 して、実際に患者さんの細胞から肝臓を切除して、そしてex vivoでレセプターの遺伝 子、コレステロールを取り込む遺伝子を入れてやるということです。  それでそれを患者さんに戻すという方法を行っております。幾つかの報告では効果が あったという報告が多いのですけれども、患者さんで肝臓を切除するような手術をする からには、相当の成績が出なければ割が合わないのではないかというような議論もなさ れております。次お願いいたします。 【スライド15.J.M.Wilsonらによって行われたレトロウイルスを用いた         ex.vivo遺伝子治療の概念図】  これがその概略図ですけれども、患者さんの肝臓の一部を切除いたしまして、細胞を ばらばらにして、レセプターの遺伝子を導入いたしまして、それを門脈というところに 導入する。そうするとこの細胞は再び肝臓に生着いたしまして、そしてコレステロール を取り込む作業を始める。  したがって、血液中のコレステロールのレベルが下がって、心筋梗塞等の動脈硬化性 疾患を起こさずに済むということですけれども、こういう侵襲性のあるストラテジーと いうのはよほどのメリットがないと議論のあるところです。次お願いいたします。 【スライド16.癌に対する遺伝子治療】  次に、がんに対する遺伝子治療ですけれども、大きく分けましてこの3つに分類され ます。すなわち、がん細胞は多くの場合化学療法を行いますが、がん細胞の化学療法に 対する感受性と、我々の生体にある正常細胞に対する化学療法剤の感受性、これに差が あればあるほど闘いやすいわけです。ですから、1つの方法は、正常細胞の方に薬剤に 耐性になるような遺伝子を入れてしまおうという方法です。もう一つは、がん細胞の方 に薬剤に非常に感受性になるような遺伝子を入れてしまおうという方法です。これはい ずれにしても、化学療法の補助療法という意味で行われる治療法です。  もう一つは、がんの原因遺伝子に対する遺伝子治療ということです。御存じのように がんというのは、先ほど来説明してきましたADA等の病気と違いまして、単一遺伝子病で はなくて非常に多数の遺伝子の病気というふうに考えられております。原因遺伝子は非 常にたくさんありますけれども、幾つかの遺伝子は広く関与する、あるいは特定のがん には特定の遺伝子が関与するというものも知られております。そういうがんの原動力と なるようながん遺伝子をアンチテンスとかリボザイムで破壊してしまおうという方法が あります。これは真の意味の遺伝子治療ではなく、核酸医薬の部類に入ります。  もう一つのがんの発症機構といたしまして、細胞にブレーキを働かせるようながん抑 制遺伝子というものがありますが、これが壊れることによってブレーキが利かなくなっ てがん細胞が増殖するということが分かっております。がんに広くかかわるようながん 抑制遺伝子をがんに導入することによって、その細胞の増殖にブレーキを掛けようとい う治療法です。このような原因遺伝子に対する治療というのが第2番目の方法になりま す。  第3番目の方法といたしましては、がん細胞というのはそもそも生体には異物として 認識されるべきでありますから、免疫学的にがん細胞自身を排除しようという方法です。 この2つにつきましては、また後ほど御説明いたします。次お願いいたします。 【スライド17.肝癌の遺伝子治療】  1つの方法は、肝臓がんの遺伝子治療です。肝臓がんでは、アルファフェトプロテイ ンが非常によく産生されるということが分かっています。こういったアルファフェトプ ロテインがよく酸性されるような遺伝子の制御をする領域を持ってきまして、それにチ ミジンキナーゼという燐酸化をする酵素の遺伝子をくっつける。そういたしますと、こ のプロモーターは肝臓がんでは非常に活性を持ちますので、チミジンキナーゼが産生さ れる。そこに、プロドラッグと言われる薬の前段階の薬ですけれども、ガンシクロビー ルを投与いたしますと、燐酸化酵素によってこれが燐酸化を受けて、そして細胞に対す る毒性をもって細胞を殺してしまうというストラテジーです。  すなわち、こういうようながん細胞だけが持つ性質を利用して、がん細胞を自動的に 自殺に追い込むというような方法でがん細胞を殺そうという方法です。次お願いいたし ます。 【スライド18.脳腫瘍の遺伝子治療】  脳腫瘍の遺伝子治療もいろいろなストラテジーで行われています。今、説明しました 方法と全く同じですが、1つは、チミジンキナーゼという遺伝子を腫瘍細胞に導入する。 そしてそこに先ほどのプロドラッグを投与いたしますと、腫瘍細胞だけ自動的に死んで くれるようなストラテジーをとるというのが1つの方法です。あるいは、免疫学的な手 法を用いまして、こういうがん細胞に抗腫瘍効果のあるようなサイトカイン、例えばTNF αですとか、INFβというような遺伝子をがん細胞に導入してしまうという方法もありま す。またそのほか、さまざまなストラテジーが用いられておりますが、こういう脳腫瘍 も遺伝子治療の非常によいターゲットになっております。次お願いいたします。 【スライド19.肺癌に対する遺伝子治療】  肺がんに対する遺伝子治療です。これも米国あるいはヨーロッパで行われている非常 に直接的な治療です。屡々がん細胞ではp53というがん抑制遺伝子が壊れてしまうために がんになるということが知られております。したがって、正常なp53遺伝子を直接、導入 して細胞の壊れたブレーキを直してやるという方法です。次お願いいたします。 【スライド20.養子免疫遺伝子治療及び腫瘍ワクチン遺伝子治療】  がんに対する免疫学的な治療法でございますけれども、大きく2つに分けられます。  1つは養子免疫遺伝子治療で、がん細胞の周辺、あるいはがん細胞の中にはがん細胞 によく浸潤していくリンパ球というものが知られております。ですから、このがん細胞 に親和性のあるリンパ球を取り出して、腫瘍に対して攻撃的に働くようなサイトカイン を入れて、それを戻すという方法が養子免疫遺伝子治療という方法です。  もう一つの方法は腫瘍ワクチン遺伝子治療です。すなわち、腫瘍細胞をワクチンとし て使おうということです。この腫瘍細胞を取り出しまして、ex vivoで培養いたします。 このときに、生体の免疫能力を上げる幾つかの遺伝子が知られておりますが、そういう 遺伝子を導入して、非常に強い免疫原性を持ったワクチンとして患者さんに投与すると いう方法です。こういったものを投与された患者さんは、腫瘍細胞に対して免疫ができ まして、腫瘍細胞を排除しようとする機構が働きます。そういう方法によってがんを治 療しようというのが腫瘍ワクチン遺伝子治療でございます。次お願いいたします。 【スライド21.養子免疫遺伝子治療(adoptive immunogene therapy)】  養子免疫遺伝子治療の例といたしましては、先ほど御説明いたしましたように、腫瘍 に浸潤していくようなリンパ球(腫瘍浸潤リンパ球:TIL)にIL−2、IL−4、TNFα等の 抗腫瘍活性のあるようなサイトカイン、あるいは免疫系を活性化するようなサイトカイ ンを導入いたしまして、そして体の外でそれを増幅して患者さんに戻すというのが1つ の方法であります。これは動物の実験系では非常によく機能するということが分かって おりますが、ヒトの系ではまだ完全な効果というものは認められておりません。次お願 いいたします。 【スライド22.腫瘍ワクチン遺伝子治療】  腫瘍ワクチン遺伝子治療はがん細胞を取り出して、免疫誘導可能な分子の遺伝子をex vivoで導入して、がん細胞が増えてしまうと倫理的に問題がありますので、放射線を照 射してがん細胞が増えない状態にして機能だけを働かせるワクチンとして患者さんに戻 すという方法でございます。これもやはり動物の実験系ではがんが完全に消えるという 実験系はたくさんありまして、少なくとも理論的には免疫系をうまく利用した治療法で あると考えられております。次お願いいたします。 【スライド23.HIVに対する遺伝子治療】  最後に、感染症に対する遺伝子治療ですけれども、これも様々な方法が用いられてお ります。 1つは、DNAワクチンという方法でございます。これは原因であるHIV、エイ ズを起こすウイルスのDNAの一部を筋肉注射いたしまして、筋肉でHIVのDNAの一部を発現 させます。そうしますと、人間の体はそれに対して免疫を獲得いたします。すなわち、 そういうものを排除しようという機構が働きますので、こういったDNAワクチンによって DNAが読まれてたんぱく質になり、そしてたんぱく質に対して生体が免疫力を獲得して、 HIVの感染ないしは感染細胞を排除するという方法が考慮されております。これは米国で は既に200例以上の症例に対して行われておりますが、大変残念ながら有効性は非常に少 なかったというふうに報告されております。 【スライド24.HIV感染者に対する遺伝子治療】  もう一つは、免疫当細胞を標識してしまう方法です。これは遺伝子治療ではなく、 マーキングというものですが、こういう方法も行われております。その他、トランスド ミナントとか、デコイという方法は、たんぱく質とたんぱく質が相互作用いたしますが その相互作用する部分をたくさん入れてやって、いってみればたんぱく質を相互作用で きなくしてやるとか、あるいはたんぱく質とDNAが相互作用するというDNAをたくさん入 れてやって、HIVのたんぱく質が機能できなくしてやるというような方法でございます。  いずれにいたしましても、HIVに対する遺伝子治療は現在のところいろいろな数が試み られておりますが、私の知る限り有効性は低く、むしろ最近では薬剤療法の方が有効性 を示しているというのが実情かと思います。次お願いいたします。 【スライド25.Gene marking study】  最後に、遺伝子標識ということについて簡単に説明申し上げます。これは直接的な治 療を目的とはしておりませんけれども、治療の戦略を考える上で非常に役に立つもので す。白血病の患者さんが自家骨髄移植を受けるという例で御説明させていただきますが 患者さんの白血病細胞を全部殺すような非常に大量の化学療法を行う。予めこの患者さ んから採取しておいた造血幹細胞を自家移植する。自家移植する幹細胞全体を遺伝子で マーキングいたします。そうすると、これを戻した場合に、中に残っていた白血病細胞 から再発したか、あるいは、外へ取り出した移植細胞から再発したかということが、印 のなし、ありによって後から評価ができる。こうすることによってもっと強く治療すべ きであったかとか、取り出した細胞を何らかの処理によって原因となる細胞を取り除く べきであったかというように、治療が正しかったのか、どこが間違っていたのかという ことが評価できるということです。それによって次の治療法が一段と向上するというこ とでございますから、遺伝子標識治療研究というのも、ある意味で遺伝子治療研究に含 めて考えられております。次お願いいたします。 【スライド26.遺伝子治療の問題点】  今後の問題点ということですけれども、技術的な問題というのは現在の生物学の進展 レベルとともに進歩していくということで、現在のところ勿論いろいろと技術的問題は あるというふうに考えられます。  倫理的な問題でございますけれども、米国で非常にたくさんやっている例を見ても、 あるいは、評価体制等を見ましても、倫理的問題はきちっとした手順を踏む限りは大き な問題はないであろうと考えます。  安全性につきましても、米国で行われた遺伝子治療にこれまで大きな安全性の問題点 は指摘されておりませんので、やはりきちっとした評価体制で行う限り、そんなに大き な問題はないと思われます。  有用性についてですが、これはやはり現在の遺伝子工学、あるいは細胞生物学等の進 歩と相まって上がってくるものであろうと考えられます。  科学的な体制、あるいは特許と医療という問題は、やはりまだまだ日本ではこれから 考えていかなければならない問題だと思われます。次お願いいたします。 【スライド27.遺伝子治療臨床研究ガイドライン】  最後に、これが厚生省で出されたガイドラインの概略ですが、非常によくできたガイ ドラインで、大きな問題は何もないと思いますけれども、ただ米国の現在の動向を拝見 いたしますと、米国では、一番最初のスタートは確かに致死性疾患を対象とするという ふうに言われていたわけですけれども、現在の米国の考え方はむしろ、リスク・ベネフ ィット・レーシオですね。  つまり、ベネフィットがリスクを上回ればいいのではないかという考え方になってき ておりまして、最近では、必ずしも致死性でなくても、将来的にはいわゆる機能向上に 対しても遺伝子治療は行われてもいいのではないかというような議論もなされておりま す。日本ではまだ遺伝子治療が始まって間もないわけですから、恐らく致死性ないしは 致死性疾患に近い疾患ということで考えていかなければならないと思いますけれども、 ただ、必ずしも致死性ではない疾患でもQOLを著しく損なう疾患が幾つかあります。例え ば、動脈性疾患の中にはそういう例がかなりありますので、そういった疾患はリスク・ ベネフィット・レーシオということで適応を考えていくのがいいのかなというのが私の 個人的な見解でございます。以上です。 ○高久部会長  どうもありがとうございました。御質問の方はまとめてお伺いすることにいたしまし て、次に、日本医科大学の島田隆教授からお話を伺わせていただきます。よろしくお願 いします。 【スライド1.遺伝子治療用ベクターの開発状況と課題】 ○ 島田教授  日本医科大学の島田です。遺伝子治療用ベクターの開発状況と課題ということで話を したいと思います。では、スライドお願いします。 【スライド2.遺伝子治療を発展させるための研究課題】  今、盛んに遺伝子治療の研究が進んでいるわけですけれども、今後遺伝子治療を発展 させるためには、更に、いろいろな研究をしていかなくてはいけないということです。 今日は特にその中でも、遺伝子治療の一番の基礎的な技術になります遺伝子導入技術、 「どうやって遺伝子を細胞に入れるのか」という問題、ベクターの開発についての現状 問題点、それから今の研究の方向性についてお話ししたいと思います。少し技術的な細 かい話になる部分もあると思うのですけれども、始めたいと思います。次のスライドお 願いします。 【スライド3.遺伝子治療のためのベクター】  これが今、実際にアメリカが中心に行われている、遺伝子治療の臨床試験で使われて いるベクターです。ほとんどが、これからお話しするウイルスベクターと呼ばれている ウイルスを改良したもので治療されています。一番多いのはレトロウイルス、その他に アデノウイルス、ポックスウイルス、AAVといったウイルスを改良したものです。一部で はウイルスを使わない方法というのも行われています。これは少し前のデータでして、 今はアデノウイルスベクターがもう少し増えていると思います。  こういった実際に使われているものの他に、近い将来臨床に使われるだろうと思われ ているものがヘルペスウイルス、レンチウイルスといったウイルスを改良したベクター です。一方、研究段階としてはここに幾つか挙げてありますけれども、いろいろな種類 のウイルスの研究が行われています。  一方、ウイルスを使わない方ですけれども、今、実際にやられているのはリポソーム という脂質の粒子を使う方法、あるいは何も使わないでただDNAを注射するという方法も 行われています。次のスライドをお願いします。 【スライド4.遺伝子導入技術の課題】  ベクターについては、いろいろ課題があるわけですけれども、一応ここでは「今、問 題になっているもの」、と「将来の遺伝子治療にとって問題になるもの」というふうに 2つに分けて考えたいと思います。  まず最初は今、何が問題かということでこの4つの点を挙げたいと思います。1つは 安全性の問題です。ウイルスを使っているということで、先ず病原性の問題があります。 そのほかにも、ベクターの細胞傷害性、細胞毒性といったものも問題になっています。  それから2つ目として品質。これは人に投与するわけですから、いかにきちんと人に 投与できるような品質のものを大量につくることができるか。またそういったベクター の品質をチェックできるかということが問題になります。  また、3つ目として実際に今、遺伝子治療をやっていて問題になるのは、遺伝子導入 効率についてです。遺伝子を人の細胞に入れるというわけですけれども、こういうウイ ルスを使ったような方法でやってもなかなか思うように入らない。効率が低いというこ とが一番大きな問題になっているわけです。この研究が今、盛んに行われていて随分進 歩しているわけですけれども、依然として、例えば血液系の細胞、あるいは分裂してい ない細胞、こういった種類の細胞にはなかなか遺伝子が入らないという問題があります。  4つ目としては、せっかく遺伝子を入れてやっても、その遺伝子が働いてくれない。 働いたとしても、短い期間でまた止まってしまうという問題もあります。  このような幾つかの問題点について、実際に今、使われているウイルスベクターを見 てみたいと思います。次のスライドは、今日お話しするベクターの特徴をまとめたもの です。 【スライド5.遺伝子導入法の特徴】  まず最初にレトロウイルスベクターについて話します。これは歴史的に一番最初に実 用化されたウイルスベクターでして、一番患者さんの数も多いわけです。日本で行われ た北大の遺伝子治療でもこのレトロウイルスベクターというものが使われました。 【スライド6.レトロウイルスベクターによる遺伝子導入】  これは、もとになったレトロウイルスと、遺伝子治療で使われているレトロウイルス ベクターと呼ばれているものを比較した図です。レトロウイルスは感染して、細胞の中 に入ると、染色体の遺伝子の中に組み込まれるというとても面白い性質を持っています。 この組み込まれた遺伝子から、ウイルスのたんぱくが作られ、これを使って新しいウイ ルスがどんどんつくられます。いわゆるウイルスが増殖するわけです。こういう方法で このウイルスはどんどん増えていくわけです。  一方、我々が治療に使っているウイルスベクターと呼ばれているものは、外側の粒子 入れ物は全くもとのウイルスと同じです。ただ中身が違うわけです。中身がウイルスの 遺伝子ではなくて、我々が治療に使いたい遺伝子。この場合ですと、ADAという酵素の遺 伝子をこの中に入れておくわけです。そうすると、粒子はもとのウイルスと同じですか ら、非常に高い効率で細胞に感染するわけです。しかし、入ってくる遺伝子は染色体に 組み込まれますが、これはウイルスの遺伝子ではないわけですから、ここから新しいウ イルスというのはできてきません。増殖はしないわけです。使った遺伝子から、この場 合ですとADAの遺伝子ですから、ADAが作られるだけです。しかも、この遺伝子は染色体 の組み込まれているわけですから、長期間安定にいられます。この細胞が分裂しても、 そのまま次の細胞に伝わっていくわけです。ということで、このレトロウイルスベク ターは長期間遺伝子を発現させなくてはいけない遺伝病の遺伝子治療のベクターとして 大変重要であると考えられています。  染色体に入り込むというのは、このウイルスベクターの大変大きな長所なのですけれ ども、ある意味では問題点の1つともなっています。ベクターが染色体に入るときにど こに入るか分からないのです。勝手にいろいろなところに入ってしまうのです。  ですから、もしかしたら細胞の中の非常に重要な遺伝子の中に入って、その遺伝子を 働かなくしてしまうかもしれない。あるいは、寝ている遺伝子を起こしてしまうかもし れない。これが原因となって癌ができてしまうかもしれないという点が心配されていま す。次のスライドお願いします。 【スライド7.レトロウイルスベクターの作製】  もう一つは、このウイルスベクターをつくるときの問題です。これはレトロウイルス ベクターの作製方法を示した図です。これも少し複雑ですけれども、この方法が現在使 われているすべてのウイルスベクターの一番基本になっている考え方です。  ここにレトロウイルスの遺伝子があります。この遺伝子を使って、自分自身の外側の 殻をつくって、その中にこの遺伝子自身が入り込んでこのウイルスができるわけです。 このウイルスの遺伝子を、1つは、ウイルスの入れ物、殻だけをつくるものと、それか ら中に入り込む遺伝子の2つに分けるということをします。このときに、中に入る遺伝 子をウイルスの遺伝子ではなくて治療に使いたい遺伝子を使うわけです。この2つの遺 伝子を1つの細胞の中に入れてやると、こちらの遺伝子からは入れ物だけができて、こ ちらの遺伝子が入り込むということでウイルスベクターがつくられているわけです。  ところが、この2つの遺伝子が同じ細胞にあると、大変低い頻度なのですけれども、 せっかくこういうふうに安全のために分けてやったのが、組み換えという現象が起こっ て、もとのこういうウイルス遺伝子ができてしまうことがあるということが分かりまし た。ですから、せっかく増殖しないウイルスベクターをつくったつもりなのに、増殖し てしまうウイルスが少し入ってしまうということが問題点として明らかになりました。 次のスライドお願いします。 【スライド5.遺伝子導入法の特徴】  これがレトロウイルスベクターの長所と短所をまとめたものなのですけれども、一番 の長所としては、染色体に組み込まれるために長期間効果が持続するということです。 問題点としては、安全性の問題です。今お話ししたような染色体に入り込んでしまう、 あるいは増殖性のウイルスができてしまうことによって、病気を起こす、このウイルス はネズミに白血病を起こすウイルスでして、人にも癌ができてしまうのではないかとい う点が心配されていたわけです。  この問題に対して現時点では、我々は次のように考えています。先ず、ベクターが染 色体に入るために細胞にいろいろな問題を起こすかもしれないという可能性はゼロでは ないけれども極めて低いということが分かってきました。これは理論的にも、あるいは 我々のこれまでの多くの動物実験、あるいは臨床試験の結果から明らかになっています。 ですから、今のような方法で使う限りにおいては、あまり大きな問題にはならないと考 えられています。  今、心配されているのは、増殖性のウイルスが出現してしまうという問題です。これ に対しては今いろいろな研究が行われていまして、これをなるべく少なくするような新 しい方法が開発されています。しかしながら、それでもゼロにはなっていないのです。 今、重要だというふうに考えられているのは、一方にそういう研究もしますけれども、 できてしまった増殖性ウイルスをいかにきちんとチェックして、安全なウイルスベク ターだけを人に使えるようにできるかということが重要視されています。品質管理と厳 密なテストを行えば、安全性には大きな問題がないというのが今のレトロウイルスベク ターに対する評価です。  一方、安全性の問題とは別に技術的に問題になっている点は、分裂していない細胞に はこのベクターが使えないということです。実際我々の体の中の細胞はほとんど分裂し ていません。ですから、そういう意味ではこのベクターは使う範囲は非常に限られてい るわけです。現在、このベクターが使われているのは、先ずがん細胞、この細胞は増殖 していますから感染できます。あるいは、ADAの欠損症で行われたように、細胞を一旦外 に取り出して、それをいろいろな方法で増殖させてやり、その間に遺伝子を導入すると いう方法ではこのベクターを使っているわけです。次のスライドをお願いします。 【スライド無】 レトロウイルスベクターの次に実用化されたウイルスベクターは、アデノウイルスを使 ったものです。これがアデノウイルスの写真ですが、これは健康な人に感染しても、せ いぜい風邪を起こすぐらいで、特に重篤な病気にはならないということが分かっていま す。このウイルスは非常に感染効率が高いということで、ベクターとしての開発が行わ れました。ただ、これは非常に大きなウイルスでして、遺伝子もレトロウイルスと比べ ると3倍〜4倍あります。ですからこのつくり方はこれまで難しかったわけです。これに ついては、最近、東大医科研の斎藤らのグループによって、簡単なつくり方が開発され ました。そういうこともあって、日本は世界的にみても、アデノウイルスベクターの研 究が盛んに行われている国になっています。次のスライドをお願いします。 【スライド5.遺伝子導入法の特徴】  アデノウイルスベクターの特徴ですけれども、これはとにかく力価、感染効率が非常 に高いということです。今、我々の手持ちの遺伝子導入方法の中で、これが一番効率が 高いということが言えます。しかも、レトロウイルスベクターで問題になった、分裂し ていない細胞にも遺伝子を導入できるという長所があります。  欠点としては、アデノウイルスはレトロウイルスと違って染色体に入り込まないため に発現が一時的です。細胞が分裂してしまうとどんどん少なくなってしまって、ほんの 限られた期間しか効果が持続しないということがあります。しかも、繰り返して打てば いいかというと、これは抗原性が強いウイルスでして、2回目以降はずっと効率が下が ってしまうという問題があります。  更に、これは最近人での臨床研究で明らかになったことですけれども、細胞傷害性が 非常に強いということが分かってきました。ですからこのベクターに感染した細胞とい うのは、我々の体の細胞性免疫という免疫の力でどんどん排除されてしまうということ が明らかになったのです。  ということで、アデノウイルスは非常に力価が高く使い勝手がいいのですけれども、 遺伝病の遺伝子治療に使うことは難しいと考えられています。今、対象として考えられ ているのは、細胞を殺すことを目的としたような遺伝子治療、例えばがんの遺伝子治療 などでアデノウイルスベクターが使われています。次のスライドをお願いします。 【スライド8.ウイルスベクターの構造】  では、そういった問題点を解決できるのかという研究の方向性ですけれども、最近に なって、何でアデノウイルスベクターの細胞傷害性が強いのかという原因が分かってき ました。これはレトロウイルスとアデノウイルスベクター両方比べているのですけれど も、実はアデノウイルスベクターというのは大変大きいということもありまして、ウイ ルス遺伝子の一部だけを治療用遺伝子に取り替えたものが使われており、実はほとんど のアデノウイルスの遺伝子が残っているのです。ですからアデノウイルスベクターを使 うと、治療用の遺伝子も導入されますが、アデノウイルスの遺伝子もほとんど全部入っ てしまいます。このウイルス遺伝子が、少し働いてしまって、これが原因でいろいろな 問題を起こすということが分かってきました。  ですから今の研究の方向としては、いかにこういうウイルスの遺伝子の部分を除くか ということが行われています。最近、全てのウイルス遺伝子を除くことも可能だという ことが分かってきまして、こういうベクターの開発が行われています。次のスライドお 願いします。 【スライド無】  これが3つ目のベクターですけれとも、アデノ随伴ウイルスという変わった名前のウ イルスです。これがアデノウイルスで、これがアデノ随伴ウイルスなのですけれども、 いつもアデノウイルスと一緒にいるということでこういう名前が付いています。アデノ 随伴ウイルスはアデノウイルスなしでは増殖できないという大変変わったウイルスです。 次のスライドお願いします。 【スライド5.遺伝子導入法の特徴】  アデノ随伴ウイルスは人には病気を起こさないウイルスです。ですから、遺伝子治療 のベクターという観点からすると、非常に重要なウイルスです。しかも、効率は余り高 くないのですけれども染色体に組み込まれる、あるいは非分裂細胞にも導入できるとい う特徴があります。問題点としては、大量生産が難しい。これは非常に小さなウイルス ですので、大きさに制限があるということが分かっています。次のスライドをお願いし ます。 【スライド9.HIVベクターによる遺伝子導入】  もう一つHIVのベクターについてお話しします。実は今、世界中で一番注目されている ベクターというのがHIVを使ったベクターなのです。HIVというのはエイズの原因のウイ ルスです。ウイルスの種類としては一番最初にお話ししたレトロウイルスと同じ種類の ウイルスです。なぜこれが今、注目されているかというと、このHIVは分裂していない細 胞の染色体に組み込まれるという大変大きな特徴があるためです。先程お話ししたよう に、レトロウイルスは染色体に組み込めるけれども分裂していない細胞には感染できな い。アデノウイルスは逆なのです。このHIVだけがこの両方できるということで、これを 治療に使えないかということなのです。ただ、このベクターの問題点は明らかでして病 原性なのです。今、研究されているウイルスの中では一番病原性が問題になるウイルス です。しかしながら、こういう特徴のあるウイルスは他にないということがありまして 何とか安全性の点を改良して人にも使えないかという研究が今、盛んに行われています。 次のスライドをお願いします。 【スライド10.リポソームによる遺伝子導入】  ウイルスを使わない方法としては、リポソームによる方法が研究されています。DNAと 脂質を混ぜることによって、DNAと脂質の複合体や、あるいは脂質の膜の中にDNAが入り 込むという形のものができます。これを使って遺伝子を導入することが可能です。この 方法の一番の長所はウイルスを使わないという点です。ですから、安全性の点ではすぐ れていると考えられます。欠点としては、効率が大変低い点です。これを何とか改良で きないかということが研究が行われています。この点について、最近、阪大のグループ によってセンダイウイルスとリポソームを組み合わせたHVJリポソームという我が国オリ ジナルのベクターが開発されました。これによって大変効率よく遺伝子をを導入するこ とができるようになっています。  しかし、これはウイルスベクターとも言えないし、ウイルスを使っていないとも言え ないという中間の形でして、ウイルスを全部使うのではなくて、何とかウイルスの一部 分だけを使うような形に改良できないかという研究が行われています。次のスライドを お願いします。 【スライド4.遺伝子導入技術の課題】  これまで紹介したような研究は、現在、世界中で盛んに行われていますから、数年の うちには大きな進歩があるだろうと期待されています。次のスライドをお願いします。 【スライド11.特定の細胞だけに遺伝子を導入する(細胞ターゲティング)】  さて、最後に「これからどういう技術が必要か」という点について少しお話ししたい と思います。ここに挙げているのは、遺伝子発現の問題とターゲティングの問題です。 今我々がやっている遺伝子治療というのは、とにかく効率も低いわけですけれども、細 胞に遺伝子を入れてやって、少しだけでも遺伝子が発現してくれれば何とかなるかもし れないという治療を行っているわけです。しかしながら、将来的なことを考えるとそれ では不十分で、我々自身が持っている遺伝子と同じように周囲のいろいろな状況に反応 して発現が調節できるような形の遺伝子の導入を行わなくてはいけないと考えられます。  もう一つは、細胞をねらい打ちできるようなベクターができなくてはいけないと考え ています。今、使っている、先ほどお見せしたようなベクターはほとんどがどの細胞に も入ってしまうわけです。ですから、実際に我々が治療したい細胞について考えると、 ほかの細胞に入ってしまうということで効率が悪いということが一つの問題です。更に 安全性の点では、生殖細胞へも入ってしまうかもしれないという問題があるわけです。 そういうことから考えると、治療したい細胞だけに遺伝子を導入できるような技術、こ ういうものを細胞ターゲティングと言いますけれども、こういう技術が必要であると考 えられます。次のスライドをお願いします。 【スライド11.特定の細胞だけに遺伝子を導入する(細胞ターゲティング)】  ここでは詳細は述べませんが、このスライドは現在考えられている細胞ターゲティン グの可能性を示しています。いづれも実用化までには時間がかかると思います。更に、 最終的には、細胞だけではなくて遺伝子をねらえるかどうかということが大きな問題に なってきます。次のスライドをお願いします。 【スライド12.遺伝子を治療する】  要するに、遺伝子の異常を治療することが遺伝子治療の基礎研究では一番の目標にな っています。これは簡単ではありません。今の我々の遺伝子治療のレベルというのは、 異常のある遺伝子を持つ細胞に、とにかく正常な遺伝子を入れてやろうとしています。 ですから、異常な遺伝子というのはそのままなわけです。今の技術ではやむを得ないと いうことですが、我々が本当にねらっているのは、異常な遺伝子を治すことができるか。 遺伝子を本当の意味で治療することができるかということなのです。  2つの方法が考えられていまして、1つは、相同組み換えを使った方法。もう一つは 修復機構を使った方法というものです。これらの問題はずっと将来のテーマだろうとい うふうに考えていたのですけれども、つい最近になって、もしかしたらブレークスルー になるかもしれないという革新的な研究結果が出始めているのです。  もし本当にこういう遺伝子を治療するような遺伝子治療ができるようになれば、今、 問題になっているような安全性の問題とか、あるいは倫理的な問題もすべてクリアした 本当の意味での遺伝子治療ができるようになるかもしれないと考えられています。  以上です。どうもありがとうございました。 ○高久部会長  島田先生どうもありがとうございました。それでは引き続きまして、自治医科大学の 小澤教授よろしくお願いいたします。 ○小澤教授  自治医科大学の小澤でございます。私のテーマは「遺伝子治療臨床研究の実施状況」 ということでありまして、世界的にどのような状況にあるかということをお話ししたい と思います。 【スライド1.遺伝子治療の臨床研究のあり方】  まず、遺伝子治療の臨床研究をどう行っていくかということですが、これまでのお話 で分かりますように、まだまだ遺伝子治療というものは治療法、医療技術としては確立 されておりません。むしろまだ実験的な医療であると言った方が良いかもしれません。 したがって、すぐさまをそれをいろいろな疾患に応用していくわけにはいきませんで、 当面の対象は、生命を脅かす重篤な疾患とされています。これについては、欧米では最 近になってだんだん変わりつつありますが、基本的には遺伝子治療の最初はこういう重 篤な疾患から検討されています。  そして用いる方法、ストラテジーといったものは、リスク・ベネフィット比の低いも の。要するに、危険性が低くて、なおかつメリットの大きなものということであります。 したがって、これは疾患ごとによって事情は違い、非常に重篤で有効な治療法のない疾 患であればかなり危険性の高い方法も認可されるでしょうし、一方で、かなり重篤な疾 患であっても、治療法が既に確立されているようなものであれば、既存の治療法に上回 るメリットがないと認可されないということになると思います。  例えば、先ほどからお話のありますエイズなどですと、これまでなかなかいい治療法 がなかったのです。ですから、かなり実験的な、アイデア先行的なものもどんどん臨床 プロトコルが認可されているという状況が以前はあったのですけれども、最近になりま して、プロテアーゼ阻害剤を用いた三者併用療法といったもので、だんだん死ななくな ってきている。つまり、制御可能な病気になりつつあるのです。ですから、エイズなど の遺伝子治療もより有効性が期待できる方法でないと認可されにくい状況になってきて いると思います。そのような意味合いで、こういうリスク・ベネフィット比というもの を疾患ごとに考えていかないといけない。そしてまた、対象患者に対しては、インフ ォームド・コンセントと言われますけれども、十分な情報を与えた上で、自発的な同意 を得る必要があるということであります。  遺伝子治療は基本的には、周囲の人には特に影響を与えないと考えて良いと思います。 患者さん本人にだけ影響がある。だから本人さえよく理解して希望すれば、かなり実験 的なものであっても許されるのではないかと考えます。また、現在のものは体細胞遺伝 子治療でありまして、生殖系列の遺伝子治療と違いまして、次の世代にその影響がない ということで、そういう意味でも比較的倫理的な問題の少ないアプローチだと考えられ ております。次のスライドをお願いします。 【スライド2.遺伝子治療臨床研究の実施状況】  世界でどのくらい遺伝子治療が行われているかということでありますけれども、患者 数にしますと、既に3,000人を超えていると言われております。スライドはWILEYと いう会社の調査でありまして、本年10月1日の時点で約2,800名ということで全部の症例 をカバーしているわけではありませんが、大筋現在の遺伝子治療の動向というものが理 解できるのではないかと思います。  左側にカテゴリー別のプロトコルの数、パーセンテージ。右側に患者数、そのパーセ ンテージを示してあります。もともとは遺伝性疾患を対象として遺伝子治療の発想が始 まったわけですけれども、現在は遺伝子操作を利用した治療法全般を指すようになって おり、いろいろな疾患が対象になっております。患者数とか、あるいは社会的な関心と いった点から、癌がむしろメインになってきており、やはりプロトコルの数で見ても、 患者数で見ても約6割。また、遺伝子マーキングもそのほとんどは癌を対象としており ますから、こういったものも含めますと約7割が癌なのです。  それから感染症。これは今のところエイズウイルスの感染症を対象としております。 疾患としては1つでプロトコルの数は少ないのですけれども、患者数は癌に次いでおり ます。  そして単一遺伝子病。これはいろいろな疾患があるわけですが、そのほとんどは非常 にまれなもので、個々の疾患の患者数は少ないわけです。但し、先ほど嚢胞性線維症の 話がありましたけれども、あれは欧米で非常に多いのです。ですから、嚢胞性線維症の 関係で総数はかなり増えております。あとはその他の疾患です。次のスライドお願いし ます。 【スライド3.遺伝子治療臨床研究の疾患分類別プロトコール数】  これは単にグラフ化したものでありますけれども、プロトコルで見ますと、癌が、 マーキングを含めると7割位です。そして単一遺伝子病、感染症、その他ですね。次のス ライドお願いします。 【スライド4.遺伝子治療臨床研究の疾患分類別患者数】  同じように患者数のグラフですが、患者の数からいってもがんが7割程度。そしてHIV 感染症、単一遺伝子病、その他ということになっています。次のスライドお願いします。 【スライド5.癌】  個々のカテゴリーの中でどんな疾患が対象になっているかといいますと、まず癌の中 では、スライドのようなものに対して実際に臨床研究が進められております。婦人科領 域では乳癌とか、卵巣癌、子宮癌、それから神経系の癌もすごく多いですね。脳腫瘍は なかなかいい治療法がありませんで、かなり多数の患者さんが遺伝子治療の対象となっ ております。それから消化器癌の方では大腸癌、直腸癌、あるいは肝癌といったもので すね。大腸癌なども免疫原性がある程度ありますので、免疫遺伝子治療の対象になって おります。また前立腺癌、腎癌。腎癌も免疫原性が高く、例えば東京大学医科学研究所 附属病院で出しているプロトコルは腎癌を対象としたものです。  それから皮膚腫瘍。日本では比較的少ないのですけれども、白人には非常にメラノー マが多いのです。そして免疫原性という観点からは、これが一番強い。稀には何もしな いでも治ってしまうケースもあるぐらいで、免疫学的なアプローチが期待できる腫瘍な のです。このように、メラノーマ、腎癌、大腸癌といったようなものは免疫遺伝子治療 の大きな対象となっております。肺癌はやはり患者数が非常に多くて、肺癌で亡くなる 患者さんが多いということで、これも大きな対象になっておりますし、岡山大学で計画 しているものも肺癌であります。次のスライドお願いします。 【スライド6.米国における遺伝子治療/遺伝子マーキングの臨床プロトコール】  癌に対する遺伝子治療のストラテジーは種々の方法があるわけですが、これは米国の プロトコルを分類したものです。やはり癌に対しては免疫遺伝子治療が一番多い。これ は技術的な問題もありまして、現在のテクノロジーでも比較的アプローチしやすいとい う理由も挙げられます。かなりたくさんのプロトコルが動いております。ただし、基本 的には免疫療法ですから、劇的な治療効果を期待できるというわけではありません。  それから、自殺遺伝子を使った方法ですね。ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼ遺 伝子を使った方法は、従来の治療法の発想にはない方法ですから、遺伝子治療ならでは のアプローチと言うことができると思います。特に、脳腫瘍などに対してよく行われて いるわけですが、やはり遺伝子が十分入らないというところが一番大きなネックとなっ て、臨床的にはっきりとした効果はまだ確認されていない状況であります。その他、が ん抑制遺伝子を用いる方法、骨髄保護療法といった幾つかのプロトコルがこのように出 されております。次のスライドお願いします。 【スライド7.単一遺伝子病】  それから単一遺伝子病。これは先ほど言いましたように、多くのものは比較的患者数 は少ないのですけれども、嚢胞性線維症は欧米でかなり多いということで活発に研究さ れております。やはり患者数が多いと患者団体からのサポート等がいろいろありまして そういった疾患に対しては遺伝子治療の研究も進むようです。但し、日本ではほとんど 見られない疾患であります。ADA欠損症は、遺伝子治療の効果がある程度見られている疾 患として、数少ないものの1つであります。その他、α−1アンチトリプシン欠損症、 慢性肉芽腫症、家族性高コレステロール血症、ファンコニ貧血等があります。血友病B については、治療法があることはあるわけですから、すぐに遺伝子治療という方向性は 初めのうちはなかったわけですけれども、最近はかなり研究も活発になってきておりま す。その他、ムコ多糖沈着症、白血球粘着不全症、オルニチントランスカルバミラーゼ 欠損症、PNP欠損症などいろいろなものがあります。次のスライドお願いします。 【スライド8.感染症】  感染症の中では、現在実際動いているものはエイズウイルス感染症であります。将来 的には、広い意味での遺伝子治療と言うことができると思いますけれども、DNAワクチン というアプローチが注目されています。つまり、いろいろなウイルスに対するワクチン を、生ワクチンではなくて、DNAの形で行っていくというもので、今後広がっていくので はないかと考えられます。次のスライドお願いします。 【スライド9.その他】  その他の疾患でありますけれども、最初の遺伝子治療の対象とはなりにくいようなも のが含まれてきています。だんだんこういった比較的慢性のありふれた疾患、コモン・ ディジーズと言ってもいいかもしれませんけれども、そういったものも対象になってき ております。  例えば、比較的効果が見られていると報告されているものでは、末梢血管病変ですね。 欧米人などは下腿の動脈が閉塞するような病気が多いわけですけれども、そういったと ころに血管内皮の細胞の増殖を刺激するような因子の遺伝子、つまりVEGFの遺伝子とい ったものを導入すると、バイパスのようなものができて効果が見られたという報告もあ りますし、そういったものをベースとして、更にそれを下肢の血管だけではなくて、心 臓を養っている冠動脈の方にも応用して、遺伝子操作によってバイパスをつくっていく という方向も検討されております。  それから心血管領域で注目されているのが、血管再狭窄を何とかしようというアプ ローチ。虚血性心疾患で冠動脈を広げるような操作をしますと、一時的に軽快してもま た後で詰まってくるということがあるわけです。それをこの遺伝子操作テクノロジーを 使って再狭窄を防ごうといった方法です。  また、慢性関節リウマチといったものに対しても、関節内の炎症を防ぐような遺伝子 治療法を開発していこうということが考えられております。  それから筋萎縮性側索硬化症(ALS)のような神経変性疾患に対する治療法として、神 経栄養因子の遺伝子を使うというアプローチがあります。  遺伝子治療の臨床的な効果はこれまでのところ、必ずしもはっきりとは認められない わけですけれども、安全性の点ではそれほど大きな問題はないだろうということで、慢 性疾患に対しても遺伝子治療の応用というものが検討され始めている段階であります。 次のスライドお願いします。 【スライド10−1.導入された遺伝子と患者数】  このスライドは導入された遺伝子でどんなものが多いかを示したものですが、やはり 免疫遺伝子治療がよく行われているため、サイトカイン遺伝子等はかなり多いようです。 詳細は省略します。次のスライドお願いします。 【スライド10−2.10−3.導入された遺伝子と患者数】  これも省略しますけれども、いろいろな遺伝子が臨床研究には用いられております。 次のスライドお願いします。 【スライド11.遺伝子治療臨床研究の試験段階】  臨床研究といいますと、よく新しい医薬品の臨床治験で、フェーズ1、フェーズ2、 フェーズ3、フェーズ4とか、臨床第1相試験、第2相試験、第3相試験とか言われてお ります。遺伝子治療の臨床研究を進める上でも同様でありますが、通常の治験の場合よ りも少し規模が小さい形で行われております。つまり遺伝子治療臨床研究の最初の段階 は第1相試験で行われています。 第1相試験というのは、安全性を評価する、あるいは ファーマコカイネティクス(薬物動態学)といったものを調べる。ですから、この段階 では効果があるかどうかを確認するのが目的ではありません。非常に少数例で、一般的 には健康な人で行われるのですけれども、遺伝子治療の場合には実際に患者さんを対象 として第1相試験が行われています。遺伝子治療臨床研究の初期の段階は、その殆どが 第1相試験から始まりました。  ですから、なかなか効果というものが確認できなかったわけですけれども、そもそも 第1相試験で始まったということからして、治療効果云々というものは初めから考えて いないのです。安全にこういうことを行えるかどうか。そういったところから臨床研究 は始まったわけです。  その後、フェーズ1のデータを基に、第2相試験に移ってきているわけです。第2相試 験というものは、今度は効果が出るかどうか。そういったものを確認するための臨床研 究でありまして、プロトコルの数も、患者数も、以前に比べるとかなり増えてきていま す。中には第3相までいったものもあります。これは第2相を基にもっと広く多くの患者 さんを対象として、実際に意味のある効果が出るかどうか、そういうことを調べるため のものであります。次のスライドお願いします。 【スライド12.癌に対する遺伝子治療の方法】  さて、遺伝子治療の対象としましては、一般的に大きな関心のあるのは癌であります ので、最近の新しい話題だけ少しお話しします。直接的アプローチ、要するに癌細胞を 直接ねらっていく方法と、間接的に効果をねらう方法があります。先ほどの平井先生の お話にありましたのは省略して、最近注目されるものとしましては、例えば、癌細胞に 栄養分を補給する腫瘍血管を抑制していく方法があります。マスコミでも随分話題にな りましたけれども、アンジオスタチン、エンドスタチンといったものを投与する動物実 験ではきれいに癌が消えていくようです。こういったものの場合にはかなり長期間投与 して、そして腫瘍血管を抑え込んで、がんを兵糧攻めにするというアプローチです。で すから、長期的投与が必要なわけですから、たんぱく質製剤でずっと補うよりも、遺伝 子を使って体の中でこういったものを長期発現させる方が効率的です。  また、直接的アプローチとして関心が持たれるものに、参考としてありますけれども 遺伝子治療というよりウイルス療法とでもいった方がよい方法があります。つまり、ア デノウイルスの変異型のものを使って、頭頚部癌を対象としてかなり良い結果が出つつ あるということが報告されています。次のスライドをお願いします。 【スライド13.Tumor-specific Replication and Cytotoxicity of EIB-defective         Adenovirus(ONYX-015)】  これはどんな方法かといいますと、E1Bというアデノウイルスの遺伝子の特定の部分を 欠損させておきますと、そういったものはどういうわけかp53を欠損した腫瘍細胞の中だ けで増殖できるのです。そして、p53という遺伝子が正常の細胞の中では変異型のアデノ ウイルスは増殖できない。ですから、一旦感染しますと、p53に異常のある癌細胞の中で だけどんどん増えて、破壊しながら次々と感染していって、癌細胞を特異的に破壊して いく。話だけ聞くと非常にうまい方法だなと思われますけれども、実際に臨床研究が進 んでおりまして、頭頸頭癌に対して化学療法との併用でいい成績が出つつあるといった 発表がなされております。次のスライドお願いします。 【スライド14.遺伝子治療:対象疾患別特徴】  次に、対象疾患を単一遺伝子治療と癌、エイズといったものに分けて考えてみます。  やはり対象患者数は圧倒的に癌・エイズの方が多いわけですね。遺伝性疾患は非常に 稀です。ですから、社会的影響も癌・エイズの方が非常に大きい。しかし、用いる方法 というものは非常に複雑で、いろいろなアプローチがあるのです。ですから、新しいア イデアが出れば思ってもみないような効果が出るかもしれない。しかしながら、癌とい うのはかなり手強いのです。そう簡単にすっきりときれいな効果は出ないかもしれない。 ですから、既存の治療法との併用という形で、より治療成績を上げることはできないか とか、補助療法として使っていくという考え方です。免疫療法というものも今は進行が んで主にやられておりますから、なかなかクリアな効果が出ませんけれども、今後は癌 をきれいに手術的に取り除いて、それでその後の再発を防ぐという意味合いでやってい くと効果が期待できるかもしれない。  ですから、こういう疾患に対して遺伝子治療の評価をするというのはかなり時間がか かる。たくさんの患者さんも必要とする難しいところがあると思います。それに対して 単一遺伝子病の場合には、患者さんは少ないわけですけれども、ストーリーとしては非 常にシンプルなのです。ともかくどういうことをやれば効果が期待できるかというのは 比較的クリアに理解できるわけですから、うまくいけばその効果もはっきりと出やすい。 但し、癌やエイズの方は多くの場合、短期間の遺伝子発現で目的を達せられるかもしれ ませんが、遺伝性疾患などは基本的には永続的な遺伝子発現が必要であるとか、いろい ろ難しいところがあるわけです。しかしながら、こういう比較的患者数の少ない単一遺 伝子病を対象として、遺伝子治療の有用性といったものを明確にしていくということが 重要であると思います。そういったことをやりつつ、より患者数の多い癌あるいは慢性 疾患に対する新しい角度からの治療法の開発を並行して進めていく必要があると思いま す。次のスライドをお願いします。 【スライド無】  さて、90年代に入って遺伝子治療臨床研究がどんどん行われるようになったのです けれども、本当にうまくいっているのだろうかと、その辺のところがよく分からないと いうことで、1995年にNIHの所長のバーマス博士が、アドホックの委員会をつくって、レ ポートを1995年の暮れに出させたのです。この報告はかなり厳しいものでありまして、 それによると、なかなか遺伝子治療は言われているほどにはうまくいっていない。やは り技術レベルが非常に未熟であって、そもそも遺伝子がうまく入らない。今後の方向性 としては、基礎的研究をしっかり進めていく必要がある。そういうことを踏まえた上で 一方で、また臨床研究の重要性ということも指摘しています。  要するに、マウスでは非常にきれいな結果が出るわけですけれども、人にいくと途端 に思いどおりにいかないということがあるわけです。ヒトとマウスは違うということで 臨床研究を進めていく意義ということもまた認めているのです。そういう当時の状況と いうものは相変わらず今も続いているわけです。次のスライドお願いします。 【スライド15.現在の遺伝子治療の問題点】  まだ今のテクノロジーというものは実際に遺伝子治療を進めていく上では、技術的に 非常に未熟な段階であるということで、やはり遺伝子をうまく入れる方法、あるいは発 現を制御する方法、長期間遺伝子を発現する方法など、いろいろな角度からの基礎技術 の開発が必要でありますし、遺伝子操作を使った治療法というものは従来の発想にない 新しい医療技術を生み出す可能性があるわけですので、そういったこともいろいろ工夫 しながら、基礎研究、そして臨床研究を並行して進めていく必要があるであろうという 段階であります。  また、今日は余り問題に取り上げませんでしたけれども、日本の場合には、遺伝子治 療をやらなくてはいけないという雰囲気は最近の数年の話でして、それまでの蓄積とい うものがなかったわけです。ですから、実際に臨床研究を行おうとすると、多くの場合 はベクターの供給、あるいは安全性検査等を欧米に委ねないといけない。多くの問題を 抱えているのが日本の現状です。これだけ大きな投資が行われて、研究者も取り組んで いるわけですから、21世紀になってこういう遺伝子治療の方向性というものが大きな流 れになってくると思います。そういった流れに日本も乗り遅れないように、あるいは少 しでも貢献ができるように、遺伝子治療臨床研究をスムーズに行えるようにするには、 すべてを欧米に頼るのではなくて、こういうベクターの供給体制、あるいは安全性検査 といったものを日本国内にもつくっていく必要があると思います。このことは、常に日 本の遺伝子治療を進めていく上で再三指摘されていることでもあります。以上でありま す。 ○高久部会長  小澤先生どうもありがとうございました。今、引き続いて3人の方々から遺伝子治療 の現状と将来をお話し願ったわけですが、予定よりも大分時間が過ぎております。しか しせっかくの機会ですので、講師の先生方に御質問がおありでしたらどうぞ。 ○木村委員  平井先生、島田先生、小澤先生大変に最先端の状況をカラースライドで的確に御説明 していただきまして、大変にありがたく思いました。私はバイオエシックス(生命倫 理)が専門なのでございますけれども、確認しておきたいと思いますのは、小澤先生が 一番最初のスライドのところで言われておられたのですけれども、ジーン・セラピーと いうのはいろいろ試みられていて、成功した例としてADAがあるとのことでしたが、シス ティックファイブローシスの場合もうまくいっているのですか。 ○小澤教授  嚢胞性線維症の場合は、まだです。 ○木村委員  そうしますと、確立された治療法では必ずしもないというふうに割合に明確におっし ゃられたわけです。我々バイオエシックスの専門家から申し上げますと、そういう場合 に、ジーン・セラピーという、遺伝子治療という「治療」という言葉自体に非常に引っ 掛かりがありまして、ガイドラインその他では「治療を目的とした」というふうに使っ ているわけですけれども、むしろこれは平井先生、島田先生のお話をお伺いしていても ジーンの導入という言葉がいっぱい出てきまして、それぞれのスライドも全部導入で、 マウスではうまくいくけれども人間では分からないというのが現状であるとすれば、 ジーン・セラピーという「セラピー」という言葉に少し問題があるのではないかと思い ます。  特に私が一番問題に思いましたのは、小澤先生が第1相、第2相、第3相のところで御 説明なさったときに、第1相のところでは、治療目的というよりむしろ安全性のデータ をとりたいということが目的だったかのようなお話をされたわけですが、そうしますと ガイドラインの言うところの「治療を目的とした」というところから始まる文章にもこ れは違反することにもなりかねない表現だったわけで、私の質問は、セラピーというふ うに確立していないものを、例えばジーン・セラピー、遺伝子治療と言わないで遺伝子 導入、むしろ実験的なものであるというふうに言っていいのではないか。それを治療と いうことでやると、素人の人たちはほとんど誤解するケースになるのではないか。先生 が図らずも言われたように、むしろ治療ではなくてこれは実験的なデータを集めるため であったというような表現であるとすれば、なおさらそういうことになるのではないか というふうに思いましたもので、島田先生、平井先生、小澤先生それぞれ3人の先生の 方々にこの点についてお伺いしたいと思うのです。 ○高久部会長  治療研究と読んでいまして、治療とは読んでいない。治療を目的とした研究という意 味で治療という言葉を使っているのです。導入研究というのは私はおかしいと思います。 あくまでも最終的な目標は治療ですから。例えば薬でもまず安全性ということを確かめ るためには、必ず第1相試験をやります。その意味で遺伝子治療で第1相試験をやるとい うのは間違いではないと思います。遺伝子治療でも第1相から始めないと、すべての治 療が第1相から始まりますので。 ○軽部委員  先ほどアデノウイルスとレトロウイルスの話があったのですが、非増殖性細胞に入る かどうかという基本的な島田先生のお話、入るかどうかというところはどこで区別がつ くものなのですか。要するに、非増殖性の細胞に入るかどうかというのは、原理がはっ きりしているものなのですか。 ○島田教授  そのメカニズムは最近分かってきています。レトロウイルスは細胞に入っても、遺伝 子を含むコアの部分が核膜を通れないのです。核膜を通過するにはどうしても細胞分裂 により核膜が消失することが必要なのです ○軽部委員  それは酵素的な核膜に作用して入るとか。 ○島田教授  最後に少しだけ話しましたHIVでそれができるということが分かって、そちらの方から 研究が進んできたわけですけれども、HIVは同じようなレトロウイルスですけれども、こ のコアは核膜を通らせる積極的なトランスファーの機構があるのです。それが分かって きまして、ですから今、研究の方向としては、HIVでは安全性に問題があるので、通常の レトロウイルスにその機構を持たせられないかということを我々を含めて皆今、研究し ているところです。 ○金城委員  非常に素人の質問だと思うのですけれども、マウスでは非常にうまくいっている。そ もそもそれが少し疑問なのです。それから何でマウスでうまくいって、人間でうまくい かないのか。そこら辺御説明いただけますでしょうか。 ○高久部会長  それはだれも説明できない。遺伝子治療だけではなくて薬でもそういうものがたくさ んあります。特に3人の先生方がおっしゃったがんの遺伝子治療の中で免疫的な機能を 利用した治療が沢山あるのですが、マウスの免疫機能とヒトの免疫機能は非常に違いま す。ですから、マウスでうまくいって喜んでも、サルでうまくいかない場合も非常に多 い様です。 ○木村委員  先ほどの質問の続きになるのですが、結局ジーン・セラピーという言葉にはいろいろ な問題点があるのでジーン・トランスファーにしようというふうな動きもアメリカでは 既にあるのです。特にそれはバイオエシックスの専門家からそういう意見が出ています。 日本の場合、先程の第1相、第2相のことで高久部会長からお話がございましたが、マウ スではうまくいっているが人間ではうまくいかない可能性がまだ明確でないので、実験 的な治療としてこれを行うということにきっとなっているわけだと思います。そういう 場合のインフォームド・コンセントの内容については、今、治療を御担当されている御 専門の立場からいかがでございますか。 ○小澤教授  我々のところでは遺伝子治療をまだ実際に行っておりませんが、やはりその辺はきち っと患者さんには説明をして、「あなたの場合にきちんと効果が出るとは限らないわけ ですが、それが今後の研究の発展につながります。」といったような説明が一般になさ れています。 ○寺田委員  木村委員の話に直接答えることになるかどうかわかりませんが、マウスでうまくいか ない大きな理由の1つは、特にがんの場合は大部分移植がんを使うのです。人間のがん は体の中から出てくるわけです。そこが根本的に違うところがあって、マウスでうまく いってもなかなか人でうまくいかない。だからといって、薬を開発する場合や、遺伝子 治療を開発する場合にもそういう実験動物をまず使わなければいけないというところが あります。  これから木村委員の答えになるかもわかりませんが、いろいろな薬を開発する場合に おいて、動物実験でやって効きますが、しかし人間でまだ分からないからやるという場 合があります。これは治療研究なのです。ですから、今の段階の遺伝子治療を遺伝子ト ランスファーするというのではなくて、やはりジーン・セラピー、遺伝子治療でいいの ではないかと考えます。ただ、おっしゃるように、インフォームド・コンセントのとき に、よくこれはまだ効いていないのだということをよく分かっていただくことが大切で す。そういうことは非常に大事だと思いますから、いろいろなところでのプロトコル (作製・評価)などのときに、インフォームド・コンセントのところでどういうように なっているかで、特に注意してやるべきだろうというふうには思っております。  それから、大変よくまとめてくださったのですけれども、日本で非常に基礎的なこと はうまくいっているのですが、臨床的なところへなかなかいかないことが問題だという 考えがあります。確かにそういう点がありますが、今更これは焦ることは全然ないと思 います。話題に出ていますように、それほど効果があるというのはまだ殆ど出ていませ ん。しかし、将来的には治療の1つの道具に、ワン・オブ・ゼムになる可能性が非常に 強いと思います。そうすると日本の中で、皆さんおっしゃいましたように安全性のチェ ックとか、クオリティーの効いた質的に同一の薬としてのベクターをどこがつくってだ れが費用負担するのかというのが大切になりますが、この点どういうふうに実際に現場 の方は考えておられますか。 ○平井助教授  それが最大の問題なわけです。米国の現状というのは、企業ないし企業より小さいベ ンチャーというものがよく育っていて、そういうものが新しいものを開発することを 次々に評価するシステムがある。ただ日本では、大きな企業はむしろ明日の利益が優先 するわけで、明後日の利益よりは明日の利益を取るということですから、そういうもの を請け負うところはないということで、実際に日本の現状は、米国で臨床研究されてい る有望なものを導入するというような方向で行われているのが現状です。実際に新しい ベクターを開発している研究者の先生方はいっぱいいるのですけれども、さて、いざ実 際に臨床研究に使っていくためには、そういうものをやる機関がない、やるお金がない 企業は一切手をかさないということで実際に手詰まり状態になっているところが、恐ら く日本の遺伝子治療研究を発展させる上で現在の最大の障害ではないかというふうに考 えています。 ○島田教授  それに関連してですけれども、この点が一番ネックになっているところだと思うので すけれども、アメリカの状況を考えると、アメリカも大分変わってきています。ベク ターをつくることに関しては、一時はベンチャーがやっていたのですけれども、最近で は逆に大学の中で、自分たちでつくろうという動きになっているのです。  できれば日本でもベクターをつくる方に関しては、できれば大学、すべての大学には 必要ないと思うのですけれども、幾つかのそういう研究施設でクリニカル・グレートな ものをつくれるだけの施設ができるといいと思います。一方、安全性のチェックはそれ とは別に、第三者的に、それは会社でもいいと思うのですけれども、そういう安全性の チェックはそれとは別にアメリカでやっているようなああいう企業が入ってきてくれる が、あるいは日本の企業がどこかでやってくれるというような形になってくれればいい というふうに、思っているのです。 ○寺田委員  例えばFDAみたいに3,000人〜5,000人国は人を抱えて、これは薬だけでなくて環境のも のも含めてですけれども。そういう国としての安全性のチェックが必要なのか、企業の チェックで、あとは書類上でこれでいいとか悪いとか、国としては認可を与えるという 立場でいいのか、どういうふうに考えておられますか。今のお話だったら、企業が入っ てきてやればFDAが了承しなくてもいいのだということですか。 ○島田教授  そうではなくて、これはアメリカの場合もこの間、FDAと企業は一緒になって共同で安 全性のテストの方法から基準まで決めてきたわけです。そういう方向で行ってもらいた いと思います。日本でもFDAの研究機関に相当する、国立感染症研究所とか幾つかの国立 の機関がありますよね。そういうところも開発段階で是非参画してほしい。  ただ、国の機関にサービスを頼めるようになるのか。それよりもアメリカ式に実際の テストそのものは会社がやるというような形でいいのではないかと思っているのです。  最終的なチェックは勿論FDAに相当する医薬安全局なり厚生省が責任を持つということ でいけるのではないかと考えています。 ○軽部委員  先ほど小澤先生の話にあったけれども、いつになったら本当に遺伝子治療をやるのだ と。生殖細胞をある程度いじるか何かしないと根本的な遺伝子治療というのはできない わけですよね。そこら辺はどうなのですか。いわゆる遺伝病、子を産む前に遺伝子治療 をして正常な遺伝子に戻すと。勿論まだまだ先が遠いのは分かっているのですが、いず れはそちらに行く、あるいはそういう認可が海外では下りる可能性がありますか。 ○小澤教授  確かに遺伝性疾患を世の中から無くすという意味合いの場合には、生殖系列の遺伝子 治療が必要になるわけですけれども、現実問題としては技術的になかなかそこまでいっ ていないのです。それで海外でも、具体的にそういうアプローチが進んでいるわけでは ありませんで、将来的にテクノロジーが進んだ場合に、そういうことが議論されるよう になるであろうという段階なのです。今はまだ体細胞遺伝子治療で何とかしていきたい という、遺伝子操作で何らかの形の医療技術を開発するという段階だと思います。 ○木村委員  一番最後の報告でそういうお話で大変にうまくまとめてくださいましたが、本当の遺 伝子治療ということからすれば、今行っているのは、ある意味ではジーンのトランスフ ァーであり、遺伝子の修復であり、あるいはそれに付け加えるというようなことになる わけだと思います。そういうことから考えると、これは先ほど寺田委員が言われたよう なあくまでもクリニカル・トライアルです。ですからキモ・セラピーとか、レディエー ション・セラピーとかというものと意味合いが違うわけです。その点はいかがなのです か。私はそこにどうしてもこだわりたいのですけれども、セラピーと付いたときに言っ ているレディエーションとか、キモと言ったときの意味合いと、ジーン・セラピーと言 っているときのセラピーの内容が違うのではないでしょうか。 ○平井助教授  これはそういう治療学というものを歴史的に考えなければいけないと思うのです。薬 剤治療も最初は多分そういう歴史を繰り返したと思うのです。確かに、遺伝子治療と言 ってしまった場合には、例えば、アメリカで行われた2,000例を見てみると、レトロスペ クティブに振り返ってみて、確かにある例は遺伝子導入だけだったかもしれないですけ れども、ADAのように確かに遺伝子治療だった例もあるわけです。ですから問題は、プロ スペクティブに見てどちらを向いているかということで我々は遺伝子治療と呼ぶのであ って、最初から導入だけを目的にしていることではないということです。  ですから、実際に先ほどマウスではどうして効くのだという議論がありましたけれど も、これも薬剤研究もすべてマウスを使い、あるいは大動物を使い、やっているわけで すけれども、特に免疫学的研究に関しましては、マウスでは非常に研究がよく進んでい ます。では大動物でやればいいではないかという議論があるのですけれども、サルの免 疫学研究というのは全く進んでいないのです。要するに、サルの免疫系については全く 分からないという状態なのです。今、例えば骨髄移植を行う場合でもHLAのタイピングを 全部遺伝子でやります。ですからそういうことでいくと、それぞれの遺伝子が呈示する 抗原というものはそれぞれのHLAのタイピングによって決まっているわけですから、マウ スの次はヒトでやらざるを得ないというのが免疫学研究の現状なのです。ですから歴史 的に考えていけば、現在の段階では有効性が低くてもそれは治療ととらえざるを得ない のであって、最終的な目的は治療に向いているということ だと思います。 ○入村委員  まず先程のマウス、人間議論について一言申し上げさせていただくと、新しい治療と いうのが今生み出されてくるのは、生物学の新しい進歩に基づいている。その進歩はど こからもたらされたかというと、一番進んでいるところはマウスなのです。そこから出 てくるインフォメーションだからマウスに効くのです。けれどもマウスの生物学の研究 をやっている人は、マウスの病気を治すためにやっているのではなくてヒトの病気を治 すためにやっている。ですから、その知識に基づいて人間の生物学も進歩しなくてはい けないと思っています。人間の生物学の一部として、臨床研究というのも是非必要です。 特に病気の治療の研究に関してこのことが言えます。そういう形で新しい治療法が開発 されていくわけですから、これを治療と呼ぶなというのはとてもおかしいと私は思いま す。  質問を1つしたいのは、今も議論になっていたことと関係があるのですけれども、が んに限らず現在行われている治療は不十分であるという、例えば副作用があるとか、そ ういう厳然とした事実があるので新しい治療を開発することが是非必要だという点に基 づいています。これは小澤先生が最後の方に「流れ」という言葉でおっしゃったのです けれども、遺伝子治療という新しい流れがある。こういう新しい流れというものが、今 ある治療に置き換わっていって、これがもっと主流になっていくのではないかと思われ ます。  遺伝子治療ということに限らず、今まで薬というのは化学合成で創られるものだった のに、これから生物学に基づく治療法というのがどんどん開発されていくというのがそ の流れの一つだと思うのです。ではそのような流れが将来的にどこまで今まである治療 法を変えていくと予想されるかという、その辺のパースペクティブをお聞かせいただき たい。  例えば小澤先生は最後のところで、例えば血管新生を抑えるときに遺伝子を使うのが 一番いいのだということをおっしゃられたのですが、これは薬物治療方法全般に影響す るような考え方です。こういう新しい考え方が病気の治療法を変えていくというふうに 思うのです。新しいパースペクティブがないと、そんなものは単純な研究なのだから最 小限にしておけと言っていると、世界のほかのところで病気の治療法がこういうものに どんどん置き換わっていってということも起こりかねないと思うのです。そういう意味 で、どこまで遺伝子治療というものが治療法の主流になっていくとお考えかということ を一言コメントいただければと思います。 ○小澤教授  遺伝子治療の本格的実用化にはブレークスルーが必要だと言われていますが、そうい ったものは予測できませんので何とも言いようがないわけですけれども、入村委員が言 われました「より治療効果のあるもの」という方向でも勿論進むでしょうし、もう一つ は、医療経済学的に意味のあるものがこういう新しい治療戦略から生まれてくるのでは ないかと思います。いろいろな意味合いで、こういう新しい方向の研究開発を進めるの は重要ではないかなと思っています。 ○柴田委員  質問というよりもお願いということでひとこと。すべての医学に臨床実験が必要だと いうことは我々よく分かっているつもりですし、ある意味で人体実験に近いような臨床 実験というものがあることも分かるのです。ですから、遺伝子治療はまだ実験段階だと いうこともよく分かりましたし、今後も臨床試験を含めてこの研究を続けていっていた だきたいと思うのです。  1つだけお願いは、他にいい治療法がないという理由だけで、そういうことをやって みる、というようなことだけは困ります。つまりやってみた結果、より悪くなる可能性 ですよね。より悪くなる可能性がある場合はそれについての配慮だけは相当慎重にやっ ていただきたいということが、患者や家族からの希望だと思うのです。抗がん剤の治療 などにもやった結果、より悪くなるというようなケースが結構多いと思うのです。ある 程度のリスクは仕方がないことだとは思うのですけれども、つまり、結果として効果が なかったということになるのは仕方がないとは思うのですけれども、他にやることがな いのでやってみる、その結果より悪くなるということは困る。それだけは非常に慎重な 態度で研究を進めていただきたいということをお願いします。お答えは結構です。 ○高久部会長  どうもありがとうございました。それでは、先生方どうもありがとうございました。  残された時間を使いまして、事務局の方から御報告をお願いします。 ○事務局  それでは、遺伝子治療臨床研究の関係で御報告させていただきます。  1点目は、資料1でございますが、前回の部会で千葉大学医学部附属病院並びに癌研究 会附属病院から提出されました遺伝子治療臨床研究実施計画についての御議論をいただ いたところでございますが、去る10月26日、文部省、厚生省の合同で審査ワーキンググ ループ並びに作業委員会が開催されまして、その概要が資料1ということで提出させてい ただいております。委員の分担並びに10月19日の当部会での意見の伝達、更に議論が行 われまして、現在各委員から意見が出たものについて事務局の方で集計中でございまし て、委員の了解が得られ次第、各施設にお伝えしようとしているところでございます。 次回は12月17日に開催する予定でございまして、論点整理を更に深めていただく予定で ございます。  2点目でございまして、東京大学医科学研究所附属病院の腎細胞がんに関する遺伝子 治療臨床研究の経過報告でございますが、前回の部会以降、施設の方から報告がござい まして、10月20日をもちまして腎細胞を摘出し、その細胞に遺伝子を導入し、凍結が完 了したという報告がございました。そして現在米国のMA社へ送りまして、安全性の検査 等を行っているということでございます。恐らく来月の初めにもその内容を見て、また 再度の患者さんへのインフォームド・コンセントなどを行って患者さんへ戻すような作 業に取り掛かるのではないかということでございます。また詳しい状況が分かりました ら、報告させていただきます。  3点目でございまして、岡山大学医学部附属病院に係る非小細胞肺がんに関する遺伝 子治療臨床研究につきましては、前回の部会以降、10月23日付で厚生大臣名で施設の方 に実施して差し支えない旨の意見書を発出いたしました。その後、この施設につきまし ては、ベクターを供給する企業のRPRジェンセル社とすり合わせを行っており、そちらと の関係でそちらの方につきましては、薬事法に基づく治験の形態をとりますので、治験 の届出をし、その内容について担当部局の方で審査を行っているというような状況でご ざいます。それに基づきまして、GCPが適用になりますので、若干の説明文書等の軽微な 変更がある可能性がございますので、その際にはまた先生方に御報告させていただきた いと思います。  遺伝子治療臨床研究実施計画の関係は以上のとおりでございます。 ○母子保健課  続きまして、資料2の御説明をさせていただきます。  先般生殖補助医療技術、また出生前診断に関する専門委員会が開催されまして、第1 回目の委員会でございましたので、これらの委員会につきまして、今後の進め方につい て御議論いただきました。資料2の1ページ目をごらんいただきたいと思います。  まず、生殖補助医療技術に関する専門委員会でございますが、10月21日に第1回が開 催されまして、委員会でまず公開の在り方について御議論いただき、議事録を公開する ということになったところでございます。  また、主な検討項目、今後の進め方について御検討いただきまして、主な検討項目に つきましては、大体この下の方にあります1)〜8)を中心に少し詳細な検討項目を御議 論いただきました。この内容につきましては、次回の12月3日の第2回の専門委員会で固 めていただくことになつております。  また、今後の進め方でございますが、これにつきましては、1ページ目の資料の方向 で進めていくというような形で合意がされております。まず検討方針といたしましては 第三者の配偶子提供や代理母等生殖補助医療技術に係る安全面、倫理面、法制面におけ る諸問題について論点を整理する。また、論点の内容に関して専門家はもとより広く国 民の意見を聞くため、アンケート調査を実施する。このアンケート調査につきましては 産婦人科医、小児科医、それから不妊治療を受けている患者さん、一般の方々に広くア ンケートしていきたいということで今後アンケートの内容について審議がされることに なっております。また、アンケート調査の結果等も踏まえまして、これらの各論点ごと に集中的な議論を行い、2年以内を目途に委員会としての意見を取りまとめるという方 向で検討がされております。  次回は12月3日でございますが、ここでは先ほども申し上げましたように、主な検討 項目を固めていただくこと、アンケート調査票の検討に入っていただくこと。それから 生殖補助医療技術について産婦人科医の委員の方々から御説明をいただきまして、安全 面等について御議論をいただくという予定になっております。  また、第3回目以降日程は未定でございますが、1月下旬以降開催されまして、これら の内容について御審議をいただくことになっております。議論終了後、部会に御報告さ せていただきたいということでございます。  2ページ目をご覧いただきたいと思います。これは出生前診断に関する専門委員会の 今後の進め方でございますが、10月23日に第1回の専門委員会が開催されまして、主な 検討項目、今後の進め方について検討がされました。また、公開の在り方につきまして も議論がされまして、議事録公開ということになってございます。  主な検討項目につきましては、大体次回に固めていただくことになっておりますが、 今後の進め方につきましては、この紙にあるような方向で進めていくということで合意 がされております。  なお、部会のヒアリング等でもございましたように、インフォームド・コンセント、 事前の十分な説明がないのではないかということで現場が大変混乱しているとの指摘が ございました。母体血清マーカー検査を中心に議論を行いまして、3月末ころまでにこ の問題に関する委員会の報告をまとめていただくという方向になっておりまして、次回 12月9日に第2回の専門委員会が予定されておりますが、ここにたたき台を提出するため に、それまでの間11月4日、11月20日の2回ワーキンググループを開催いたしまして、こ の専門委員会に出すたたき台を4人の先生方でつくっていただいているところでござい ます。  12月9日の方にはこの出されました、たたき台を基に、母体血清マーカーに関する考 え方を御議論いただくこと。また、1月の下旬にヒアリングを実施することも検討され ておりまして、ヒアリング対象者の選定、ヒアリング内容の検討がされることになって おります。1月下旬、3月上旬ころに委員会を開催していただきまして、3月中くらいに 考え方をまとめていただくという方向で進め方が検討されたところでございます。  以上でございます。 ○高久部会長  どうもありがとうございました。それでは、事務局からその他連絡事項があるようで すのでよろしくお願いします。 ○事務局  その他の連絡事項でございますが、既に御案内のとおり来月につきましては、総会の 開催が予定されておりますので、部会の開催はございませんので、その旨御連絡を申し 上げます。  なお、次回以降の開催日程につきましては、追って各委員の皆様方の日程調整の上、 御連絡をさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 ○高久部会長  どうもありがとうございました。時間が過ぎましたので、本日の部会はこれで終わら せていただきたいと思います。どうもありがとうございました。 <以上> 問い合わせ先 厚生省大臣官房厚生科学課  担 当 須田(内線3804)  電 話 (代表)03-3503-1711      (直通)03-3595-2171