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高齢者に関する保健医療制度のあり方について

平成10年11月9日
医療保険福祉審議会制度企画部会


 21世紀の本格的な高齢社会を迎えるに当たり、高齢者に関する保健医療制度を長期的に安定した効率的な仕組みとしていくことが、喫緊の課題となっている。
 このため、本制度企画部会では、診療報酬体系の見直し及び薬価基準制度の見直しに関する検討に引き続き、本年5月より高齢者に関する新たな保健医療制度のあり方について審議を重ねてきた。
 これまで11回にわたり審議を行い、一昨年、老人保健福祉審議会において議論された4つの見直しの方向や、昨年、与党医療保険制度改革協議会が取りまとめた「21世紀の国民医療」で示されている高齢者医療保険制度案なども踏まえながら、少子高齢化と低経済成長の下での高齢者に関する新たな保健医療制度のあり方について、高齢社会における望ましい保健医療とは何かという基本論に立ち返って検討を行ってきた。
 以下、これまでの本部会の審議の結果について報告する。


1.高齢者に関する新たな保健医療制度が求められる背景

 高齢者に着目した保健医療制度としては、昭和48年の老人福祉法の改正により創設された老人医療費支給制度と、これに代わって昭和58年から実施されている現行の老人保健制度がある。
 老人医療費支給制度は、高齢者の多くが福祉年金受給者であった時代に高齢者の受診を容易にするという意味で大きな役割を果たしたが、無料であるがゆえの行き過ぎた受診を招き、高齢者の多くが加入する国民健康保険(以下「国保」という。)財政を圧迫したこと、疾病対策が治療面に偏り壮年期からの予防・健康増進対策が不十分であることなどの多くの問題点が指摘されるに至った。
 これらの問題を解決するために創設された現行の老人保健制度は、昭和58年の実施以来15年間、我が国経済の安定的な成長にも支えられ、高齢者が低廉な負担で安心して医療機関にかかれる、また、増加する老人医療費をすべての国民で支え、制度間の負担の不均衡を是正する仕組みとして、さらに、壮年期からの健康づくりの基盤として、少なからぬ役割を担ってきた。
 一方、この間、少子高齢化の予想以上の進行、経済の長期的な低迷、年金制度の成熟化等による高齢者の経済的地位の向上、介護保険制度の創設など、高齢者を取り巻く社会経済環境は大きく変化してきた。そうした中で、老人医療費は急増し、国民医療費に占める割合は、老人保健制度創設当初のおおよそ5分の1から、現在は3分の1を超え、この割合は今後も急速に拡大するものと予想されている。
 このような状況を背景に、現在、現行の老人保健制度に対しては、高齢者一人当たりの医療費が若年者に比べ著しく高くなっていること、老人保健拠出金の負担が現役世代に極めて重い負担になっており、特にその拠出金増が各医療保険者の運営の圧迫要因となってきていること、70歳以上の老人加入率を用いた拠出金算定方法が不完全であること、給付主体と費用負担の主体が異なるため、財政・運営責任が曖昧となっていること、また、若い頃からの健康管理・健康増進の重要性が高まる中、老人保健事業のあり方についても現行のままで十分と言えるかなどの多くの問題が指摘されている。
 このようなことから、本格的な高齢社会を迎えつつある現在、高齢者が引き続き安心して保健医療を受けられ、かつ、若年者の負担が過重なものとならないよう、現行制度を基本に立ち返って見直し、高齢者に関する新たな保健医療制度を築き上げていくことが強く求められている。


2.高齢社会にふさわしい保健医療を実現するために

(1)高齢者にふさわしい医療とは

 高齢者に関する新たな保健医療制度の目的が、人としての尊厳を保つという観点を踏まえ、高齢者自身の立場に立った望ましい医療を実現していくことにあることは、改めて述べるまでもない。
 高齢者は、多くの疾病を併せ持ち、また、その疾病は一般に慢性的な経過をたどり完治が困難であるなど、若年者とは異なる特性がある。このため、高齢者に対する医療は、一般に予防医学的な側面が重要であり、個々の疾病に対する対応だけでなく、全人的・包括的な対応が重要である。
 また、人生の終着点が死であることが避けられない以上、高齢者の医療を考えるに当たっては、その人らしく人生を完結していけるよう、できる限り個人の意志を尊重する考え方を重視していく必要がある。
 このため、高齢者が自ら医療を選択できるよう、高齢者に対する必要な医療情報の提供やインフォームド・コンセント(十分な説明と理解)の普及について一層の配慮をしていくべきである。
 また、こうした高齢者の医療の特性に適切に対応していくためには、特に初期診療における総合的な診断と治療(プライマリ・ケア)を充実させることを通じて、地域における高齢者の自立を助け、生活の質の維持・向上を図るような医療を実現していくべきである。
 このように、高齢者の医療のあり方は、それぞれの高齢者の生き方にも結び付いていることから、できる限り個人の意志を尊重する考え方が重視されるべきであるが、一方、高齢者の医療のあり方を社会的なルールとして仕組む場合には、経済的・医学的・倫理的な観点を踏まえて、広く国民の理解と合意の下における選択の問題として考えられるべきものとも言える。
 なお、我が国の高齢者の医療については従来、長期入院の問題、薬剤の過剰投与の問題など多くの問題点が指摘されてきた。こうした点の是正は負担の軽減の観点からだけでなく、高齢者の医療の質の確保にとって不可欠の条件であることも十分認識されるべきである。

(2)健やかな長寿を目指して

 世界一の長寿を国民一人一人が喜びをもって受け止められるようにしていくためには、単なる寿命の延長ではなく、寝たきり等にならないで健康に生活できる期間、すなわち健康寿命に重点を置き、人生の最後まで生活の質を高く維持していくことが何より重要である。
 このため、病気になってから治療に取り組むのではなく、生涯を通じた健康管理・健康増進に取り組むことが重要であり、がん、脳卒中、心臓病、糖尿病などの生活習慣病の予防、早期発見、リハビリテーションの充実などに努め、歯科疾患の特性をも考慮した体系的な健康管理、疾病予防に取り組む必要がある。一方でこうした取り組みが、結果として医療費の効率化につながるものであることも忘れてはならない。
 ただ、このような取り組みは、健康管理・健康増進についての十分な情報提供の下で、あくまでも国民一人一人が自己判断と自己責任で行うことを基本とし、行政がそれを支援するという形で行われるべきである。
 また、仮に健康が失われ、回復が困難な場合であっても、精神的な自立のためのケアを重視すべきである。


3.高齢者医療の公平かつ安定的な費用負担のために

 高齢者に関する新たな保健医療制度が、何よりも高齢者の立場に立った望ましい医療の実現を目指すべきことは既に述べた。
 しかし、このような望ましい医療を今後とも持続可能なものとしていくためには、その費用負担の仕組みを広く国民の納得のいく、安定したものにしていくことが不可欠である。
 その場合、高齢化の進行に伴い高齢者の医療費が一定程度増加することは避け難いとしても、今後の若年者の負担能力を考えた時、既に本部会においても検討しているような診療報酬体系の見直しや薬価基準制度の見直し等を通じ、できる限りその適正化・効率化を図っていくことが大きな前提となることは言うまでもない。
 以上を踏まえ、新たな高齢者医療の費用負担の仕組みについては、何より、(1)高齢者にふさわしい医療が効率的に提供され、(2)その費用負担が公平になされる、また、(3)国民にとって分かりやすい簡素かつ透明なものとしていく必要がある。
 まず、効率性の観点からは、制度運営主体の運営努力が、財政及び医療の質の両面に反映されるような仕組みとすることが必要である。
 また、特に世代間の負担の公平という観点から、今後少子高齢化がますます進行していく中で、高齢者をすべて一律に弱者ととらえることは適当でなく、低所得者に配慮しつつも、その社会経済的地位に応じた相応の負担を求めていく必要がある。その際には、高齢者の資産保有の状況を踏まえ、所得のみならず、資産にも着目するという考え方もあり得る。
 いずれにせよ、高齢者の医療費を高齢者自身の負担だけで賄うことは不可能であり、公費負担ないし若年者支援をどのように組み合わせていくかについて幅広く国民の合意を形成していくことが重要である。
 また、透明性の観点からは、費用負担の仕組みをできる限り国民に分かりやすくしていくべきことは改めて述べるまでもない。


4.高齢者に関する新たな保健医療制度の設計

(1)生活の質を重視した保健医療の実現

 既に触れたように、21世紀の本格的な少子高齢社会を高齢者自身にとっても健康で活力のあるものとしていくためには、健康寿命をいかに長く維持するかに重点を置いた取り組みが重要である。
 そのためには、特に、若い時から、がん、脳卒中、心臓病、糖尿病などの生活習慣病の1次予防に重点を置いて取り組んでいくべきである。
 現在、こうした観点に立ち、体系的に健康増進施策を進めていくため、国として「健康日本21計画」の策定・実施を検討中であるが、その中にもあるように、こうした生活習慣病に対しては、具体的な予防目標を設定し、保健・予防活動を行っていくことが大変効果的であると考えられる。高齢者についても、こうした取り組みの一環として同様の手法を用いた体系的な取り組みを行っていくべきである。
 この場合、高齢期となってからの健康管理を有効に進めていくためには、加齢に対応した健康診査や食事・運動等における適切な生活習慣の維持などが重要であるので、これらに特に重点を置いた保健・予防活動を国・地方公共団体・保険者・民間団体等の関係者が相互に協力し合いながら展開すべきである。
 また、既に述べたように、高齢者の心身の特性を踏まえた医療を実現するためには、介護サービスも含め地域を中心とした福祉・保健サービスとの連携も十分視野に入れた総合的かつ効率的な医療サービス(プライマリ・ケア)の提供が重要である。特に、こうした地域中心の高齢者の医療の展開を円滑に進めていくためには、かかりつけ医・歯科医機能が重要であり、これを支援する体制の整備を併せて行っていくべきである。
 また、今後、介護サービスとの連携がさらに重要性を高めていくことを踏まえ、療養・看護に十分に配慮した在宅医療・地域ケアを一層充実させていくことも重要である。その際、かかりつけの薬局による服薬指導・服薬管理体制の整備についても取り組む必要がある。
 こうした施策の基盤を成すものとして、老人医療の研究を進めると同時に、老人医療を推進していくための専門職の養成等の教育・研修の充実などにも重点的に取り組む必要がある。
 一方、高齢者の医療を効率的なものとしていくためには、既に触れたように、薬剤の過剰投与・長期入院・行き過ぎた延命治療などの是正にも取り組む必要があるが、こうした取り組みに加え、内外における様々な取り組みの分析を通じて、より医療費を効率的なものとしていく仕組みを不断に検討していくべきである。
 また、末期医療のあり方については、必ずしも高齢者特有の問題ではないが、個人の尊厳、個人の意志の尊重の観点に立ち、国民的な合意形成に向けた努力を行っていくべきである。その際には、本人の意思に反した延命治療の適否、また、精神的なケアにも配慮した指針の作成などについて幅広く検討がなされるべきである。

(2)新たな制度の基本的な枠組みについて

 少子高齢化の進行と経済の長期的な低迷という厳しい環境の中で、高齢者に必要な医療を保障していくためには、何よりも費用負担等の仕組みを国民の納得のいく安定したものとしていくことが必要である。
 その場合、新たな制度の基本的枠組みについては、大きくは、高齢者全体の医療を他の医療から区分し、独立した仕組みとする考え方とこうした独立した仕組みは適切ではないという2つの考え方がある。
 まず、高齢者全体の医療を他の医療と区分して独立した仕組みとする考え方は、高齢者は若年者とは医療内容・疾病の発生度合などが異なることに着目して、その医療費の負担の仕組みは独立した保険制度とし、その財源については、高齢者の保険料負担、公費負担または若年者からの財政支援を組み合わせ、特に公費を高齢者医療に対して重点的に投入すべきとの考え方である。
 こうすることによって、高齢者の医療費に対し公費や若年者からの財政支援がどの程度投入されているかが国民にも明らかになるなど、制度の透明性が高まることも期待できるというものである。
 また、公費負担の財源としては、老若が広く負担する消費税などの間接税とすることがより適切であるというものである。
 こうした考え方に対しては、老若間に疾病の発生度合の違いがあることを前提として、広く人々を加入させるということに社会保険としての意義があり、高齢者だけを独立させた仕組みは、こうした社会保険の基本的な考え方に反し、かえって世代間の対立を招くおそれもあるとの考え方がある。
 また、こうした独立の仕組みを保険制度とした場合、医療にかかる頻度の高い者だけの保険集団となり、財政基盤が脆弱なものになることが予想されることから、保険料徴収や財政運営等の責任を負うこととなる保険者として、市町村あるいは広域的な団体などのうち、いずれが適当であるかについて関係者の合意を得ることは困難であるとの考え方がある。
 さらに、被用者保険グループの高齢者と国保グループの高齢者の間では所得形態が異なるため、全高齢者を対象とした独立の保険制度により保険料を徴収すると、高齢者の間での負担の公平性が確保できないとする考え方もある。
 一方、高齢者全体の医療を対象とした独立の仕組みは適当でないとする考え方は、保険者機能を積極的に活かしつつ、被用者保険グループ、国保グループの各グループ内の高齢者と若年者の間の連帯感・一体感を重視する立場から、所得形態や所得捕捉の実態が異なる被用者保険グループと国保グループとでそれぞれ高齢者医療の費用を負担すべきとする考え方である。
 しかし、高齢者の費用負担を分立した制度毎に行う限り、年齢構成、所得水準の格差による負担の不均衡が生じる可能性があり、このような不均衡を放置するのは公平の観点から適当ではない。
 これについては、被用者保険グループと国保グループの間には、所得捕捉の格差の問題があり、十分な連帯感が醸成されていないことから、専ら公費の投入によって負担の不均衡を是正すべきとする考え方がある一方、負担の不均衡の是正については、両グループ間の年齢や所得の相違に着目し、より積極的に行うべきとの考え方もある。
 なお、この場合には、被用者保険グループについては、別途、高齢者を対象とした全国統一的な社会保険の仕組みが必要とされる。
 また、高齢者の患者一部負担のあり方についても改めて見直しがなされるべきである。
 既に触れたように、高齢者の経済的負担能力が年金制度の成熟化等によって大幅に改善されてくる中で、かつての老人医療費無料化は次第に見直され、現在では、入院医療、外来医療ともに一定の定額負担がなされている。
 こうした状況を踏まえ、高齢者の患者一部負担については、若年者に課されている程度ないしは少なくとも介護保険制度との整合性に配慮して1割程度の定率負担とし、若年者との負担の均衡と医療費の効率化を図るべきとの考え方がある。一方、財源としての高齢者の負担は、対象年齢を75歳以上に引き上げた上で、保険料と患者一部負担を併せて全体で1割程度とし、患者一部負担の徴収を定率とするか定額とするかの具体的方法については、診療報酬支払方式や薬剤負担の検討、高齢者の経済状態等を勘案し、負担限度額に十分配慮した上で受療状況等に応じて慎重に検討すべきとの考え方もある。
 なお、対象となる高齢者の範囲については、高齢化の一層の進行や医療内容の相違に着目して現在の70歳から75歳に引き上げるべきとの考え方がある一方、介護保険制度との関係に配慮し65歳に引き下げる、あるいは老齢年金受給開始年齢にすべきとの考え方もある。
 以上、本部会としては、高齢者に関する保健医療制度のあり方について、これまで提起された様々な考え方を含め改めて再検討し、今後の高齢者の医療を支えるにふさわしいと考えられるいくつかの考え方を集約して提示した。
 このように、高齢者に関する保健医療制度のあり方についてはいくつかの考え方があり得るが、こうした考え方の相違の背景には高齢者を個人としてどのようにみるべきかという基本的な問題も横たわっている。
 しかし、一方、医療費の負担という面では、若年者が何らかの形で高齢者を支援すべきという点で考え方は一致しており、こうした費用負担のあり方についての考え方の相違は、その一致点をどのように実現していくかという、いわば方法論上の相違と言えなくもない。
 なお、将来の高齢者の保健医療制度のあり方については、以上で示した考え方のほか、介護保険制度との統合を図るべきとの考え方、あるいは被用者保険と国保を統合し、地域保険に一本化すべきとの考え方もあることを付言しておく。
 今後、政府において、これらの考え方に対する国民の意見も踏まえ、また、数量的側面・実務的側面をも十分勘案しながら、具体的な制度案の作成に努められたい。本部会においては、その具体案を待って、引き続き検討をしていきたい。


照会先 老人保健福祉局企画課 内線(3915)


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