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救急医療体制基本問題検討会報告書


平成9年12月

 
目   次

1.はじめに 
 
2.基本的視点 
 
3.救急医療体制のあり方

(1) 救急医療機関の機能
(2) 救急医療体制の一元化
(3) 救急医療機関と救急隊との連携強化
(4) 救急医療情報の提供
 
4.救急医療体制の個別課題

(1) 少子化社会における小児の救急医療体制
(2) 精神科領域の救急医療体制
(3) 特定の診療科の救急医療体制
(4) 高齢社会に対応した救急医療体制
(5) 多数の患者が同時に発生した際の対応
(6) へき地・離島の救急医療
(7) 病院前救護体制について
(8) 広域救急患者搬送システム
(9) 救急医療体制における公的病院と民間病院の役割
(10)大学附属病院の使命
 
5.救急医療の啓発普及

(1) 救急医療に関する情報提供体制について
(2) 国民に対する普及啓発
 
6.救急医学教育

(1) 救急医療の生涯教育
(2) 医療従事者に対する教育・研修のあり方
 
7.行政の役割
 
8.救急医療の財源

(1) 国と地方の役割分担
(2) 財源措置のあり方
 
9.おわりに


平成9年12月11日

救急医療体制基本問題検討会報告書


1.はじめに
 
我が国の救急医療体制については、いつでも、どこでも、だれでも適切な救急医療を受けられるよう、昭和39年に創設された救急病院・救急診療所の告示制度に加え、昭和52年からは、初期、二次、三次の救急医療機関並びに救急医療情報センターからなる救急医療体制の体系的な整備を推進してきた。また、救急現場並びに医療機関への搬送途上における、傷病者に対する応急処置を充実する観点から、平成3年には救急救命士制度を創設した。
この結果、現在では、全国的には救急医療の量的な整備はほぼ達成されつつある。しかし、一方では地域格差の解消、休日・夜間の診療体制の強化といった課題も指摘されている。
救急医療は、社会環境、疾病構造の変化等と密接に関連しており、近年ますますその重要性が高まっている。また、第三次医療法改正では、医療計画において救急医療の確保に関する事項を必要的記載事項とするとともに、救急医療等を実施する地域医療支援病院を創設することとしており、これら救急医療を取り巻く環境が大きく変化する中で、我が国における救急医療体制の一層の質的な充実と地域格差の是正が求められている。
本報告書は、こうした状況を踏まえ、将来の我が国における良質かつ効率的な救急医療体制のあり方について、基本的な方向性を示したものである。
 
2.基本的視点

救急患者とは、通常の診療時間外の傷病者及び緊急的に医療を必要とする傷病者をいい、これらの救急患者に対し、医療を提供する医療機関を救急医療機関という。
救急医療は“医”の原点であり、かつ、すべての国民が生命保持の最終的な拠り所としている根元的な医療と位置付けられる。従って救急医療は地域における重要な政策課題であり、地域住民の必要性を満たすよう充実する必要がある。
 
[救急医療体制の基本的条件]
 
(1) 住民にも救急隊にも分かりやすく、利用しやすい救急医療体制

救急時に患者が混乱することなく適切かつ迅速に救急医療を受けることが出来る体制、また救急隊が迅速に患者を救急医療機関に搬送できる体制であること。

(2) 地域単位での救急医療体制の確保

救急医療機関の機能分担を明確にし、原則として日常生活圏である二次医療圏単位で、初期、二次、三次の救急医療体制を完結すること。
 
(3) 地域性の尊重

地域の医療資源を効果的に活用し、地域住民が利用しやすく、地域の実情に即したものであること。

(4) 少子高齢社会への対応

少子化、高齢化、疾病構造の変化といった大きな社会変化に伴う様々な需要に的確に対応できる体制であること。

(5) 大量患者発生時への対応

大量の傷病者が発生した場合にも、充分に対応できる救急医療体制であること。


3.救急医療体制のあり方
 
日常生活圏である二次医療圏において救急医療体制を完結することを目指し、救急医療の確保(救急隊の搬送先を含む)を医療計画において位置付け、また、初期、二次、三次救急医療機関の機能分担に基づき、地域の効率的な体制を構築する。また、こうした救急医療体制に関する情報を、広く適切に地域住民に提供する必要がある。
 
(1) 救急医療機関の機能
 
初期救急医療機関とは、外来診療によって救急患者の医療を担当する医療機関であり、救急医療に携わることを表明する医療機関とする。
二次救急医療機関とは、入院治療を必要とする重症救急患者の医療を担当する医療機関とする。
三次救急医療機関とは、二次救急医療機関では対応できない複数の診療科領域にわたる重篤な救急患者に対し、高度な医療を総合的に提供する医療機関とし、救命救急センターと呼ぶ。
 
《二次救急医療機関の要件》

(1) 24時間体制で救急患者に必要な検査、治療ができること(病院群輪番制病院は当番日においてその体制を有すること)。
(2) 救急患者のために優先的に使用できる病床または専用病床を有すること。
(3) 救急患者を原則として24時間体制で受け入れ(病院群輪番制病院は当番日において24時間体制で受け入れること)、救急隊による傷病者の搬入に適した構造設備を有すること。
《三次救急医療機関の要件
(1) 重篤な救急患者を、常に必ず受け入れることができる診療体制をとること。
(2)ICU、CCUを備え、24時間体制で重篤な患者に対し高度な治療が可能なこと。
(3) 医療従事者に対し、必要な研修を行うこと。
*:詳細な要件については、本検討会の議論を踏まえ、平成9年度厚生科学研究事業によって作成された「救命救急センターの要件」を「参考資料」として、本報告書に添付する。
 
初期救急医療については、在宅当番医制及び休日夜間急患センター等によって概ね整備されつつあるが、休日・夜間の診療体制をさらに強化する必要がある。また、その救急医療体制を広く地域住民に広報する必要がある。
二次救急医療機関については、住民の利便性を第一に考慮した場合、24時間体制で、救急医療を提供する医療機関が日常生活圏に整備されることが望ましい。しかしながら、医療資源の効率的活用の見地から、病院群輪番制によって地域で24時間体制を整えることも救急医療を確保する一つの方策である。また、各医療機関の診療科の特色を生かした輪番制を組むことも推進すべきである。
三次救急医療機関である救命救急センターについては、全国135ヶ所(平成9年10月現在)に整備され、量的には当初の目標は達成されたが、二次救急医療機関を充分に支援する体制とはなっていない地域もある。今後は、既存の救命救急センターを再評価し、その機能を強化するとともに、地域の必要に応じて整備する必要がある。救命救急センターは、“地域の救急医療の最後の砦”であり、救急医療に関する指導的な役割を求められていることから、救急医療に携わる人材養成及び研修業務もその責務として課せられている。
(2) 救急医療体制の一元化
 
《現状と課題》

昭和39年に創設された、いわゆる救急告示制度は、救急隊によって搬送される患者を受け入れる医療機関の確保という観点から整備され、昭和52年から開始された初期、二次、三次救急医療体制は、当初は救急告示制度を補完する性格であったが、現在では地域における救急医療体制を確立することを目的として整備されてきている。
 初期、二次、三次救急医療機関の中には、救急隊による患者の搬送先として位置付けられていないものがあり、また、告示された救急病院・診療所が担うべき役割を果たしていない場合もある。このため住民や救急隊にとって両制度が分かりづらく、利用しづらいものとなっており、一元化を図る必要がある。
 
《一元化の方向性》

(1) 都道府県が作成する医療計画に基づき、地域の実状に応じた救急医療体制を確立する。
(2) 医療計画において、救急医療機関について初期、二次、三次の機能分化を図る。
(3) 住民に対し必要かつ十分な情報を提供する体制をつくる。
(4) 救急隊により搬送される患者の搬送先の医療機関についても、医療計画に基づき確保する(救急隊により搬送される患者は原則として重症であることから、その搬送先は、原則として入院治療が可能な二次又は三次救急医療機関とする)。
(5) 関係者による協力体制を二次医療圏で確立する。
(6) 24時間体制の救急医療体制を二次医療圏ごとに確保する。
《一元化への手続き》
上記の方向性を踏まえ、以下の手続きにより一元化を図る。なお、詳細については、引き続き検討することとする。
(1) 医療計画策定指針において初期、二次、三次救急医療機関の施設・機能基準を明確化し、これに基づき体制を整備する。
(2) 消防法に基づく厚生省令と、医療法に基づく医療計画に関する策定指針とを改正し、両者の基準を一致させる。
(3) 都道府県知事が医療計画を策定する際、救急医療体制を検討するに当たっては、地域救急医療対策協議会(衛生主管部局、消防・防災主管部局、医師会、歯科医師会、医療機関、消防機関等によって構成される)を設置することが望ましい。
(4) 都道府県知事により、策定された医療計画に定める救急医療機関のうち「救急隊により搬送される傷病者に関する医療を担当する医療機関」が告示される。
(3) 救急医療機関と救急隊との連携強化
 
救急患者に迅速かつ適切に救急医療を提供するには、救急医療機関と救急隊との緊密な連携が必須である。前述の地域救急医療対策協議会や二次医療圏ごとの協議会(行政(消防機関を含む)、医師会、歯科医師会、医療機関、地域住民によって構成される)などの救急医療に関する恒常的な協議の場を設け、より効果的な救急医療の提供につき検討し、評価をすることが望ましい。

(4) 救急医療情報の提供
 
都道府県においては、救急医療情報センターが整備されつつあるが、未整備の県並びに救急隊による患者搬送に有効には利用されていない地域がある。救急医療機関の診療情報が的確に救急隊に伝わり、搬送業務に活用できる体制を構築する必要がある。前述の二次医療圏単位で設置される協議会を活用し、救急医療機関と救急隊との更なる連携のもとに、住民にも救急隊にも利用しやすいものとなるようさらに検討する必要がある。

4.救急医療体制の個別課題
 
(1) 少子化社会における小児の救急医療体制について
 
救急医療を担う小児科医の不足が指摘されているが、基本的には、小児の救急医療体制も地域において初期、二次、三次救急医療機関の機能分担に基づいて構築することが望ましい。在宅当番医及び休日・夜間急患センターがその診療科に関係なく、責任を持って小児のすべての初期救急医療を担い、これらを支援する二次救急医療機関を二次医療圏単位で確保することが望ましい。こうした支援体制が整って初めて、初期救急医療機関が十分に機能することができ、救急患者の多くを占める小児の急病にも的確に対応することが可能となる。
現状を見ると、全体的に小児科医が少ないなか、在宅当番医制度が普及している65%の地域において、小児科医による地域の当直体制が敷かれていることは、大いに評価される。また、在宅当番医等を支援する小児の二次救急医療体制の充実が大きな課題となっており、人材養成に努め、必要な小児科医を確保するなど小児の救急医療体制の一層の充実が望まれる。
三次救急医療については、他の診療科と同様に救命救急センターが24時間体制ですべての重篤な小児の救急患者を責任を持って受け入れ、地域の救急医療体制を完結する医療機関として機能すべきである。
 
(2) 精神科領域の救急医療体制
 
いわゆる“精神科救急”は、精神科領域の救急医療のみならず、他の診療科領域の救急医療を含むものであり、診療科相互の連携が必要である。
精神科領域における休日・夜間の初期救急医療体制については、基本的には在宅当番医等が担うが、これらを支援する二次救急医療体制の強化が急務である。「精神科救急医療システム整備事業」によって精神病院の病院群輪番制が整備されつつあるが、現在、19の都道府県で実施されているに過ぎない。今後は、同事業を全国的に拡充するとともに、一般の救急患者が精神科領域の治療等が必要な場合の対応と併せて、精神障害者に対する総合的な救急医療体制を整備する必要がある。
三次救急医療体制については、救命救急センターが中心的な役割を担うが、救命治療によって病態が安定した後、精神科医による専門的な治療を要することがあるため、救命救急センターは、センター内外の精神科医との連携による診療体制を確保する必要がある。さらに転床を円滑に進めるためにも、救命救急センターと精神病院との連携が必要である。
精神科救急の情報提供についても、精神病院の病院群輪番制情報を地域の医療機関及び救急隊が常時活用できるよう救急医療情報システムを充実する必要がある。
 
(3) 特定の診療科の救急医療体制
 
眼科、耳鼻咽喉科、歯科等の救急医療体制については、地域において救急患者が多くはないことや各診療科の医師も少ないこと等から、まず、在宅当番医及び休日夜間急患センター等が初期救急医療を担い、初期から二次への患者紹介体制を充実することによって、各診療科の救急患者への的確な対応が可能となる。
これら特定の診療科の二次救急医療体制については、救急用病床の有無に拘わらず、初期救急医療機関を補完する機能を有する専門的な医療機関を二次救急医療機関として位置づけ、地域によっては複数の二次医療圏単位でこうした医療機関を常時確保することも一つの方策であろう。
三次救急医療という観点では、これら特定の診療科領域を含む、生命に危険のある重篤な患者に対して、救命救急センターが第一義的に受け入れ、地域で救急医療体制を完結するよう努めるべきである。
 
* 救命救急センターはすべての診療科の医師を24時間体制で整えることを意味するものではなく、すべての診療科領域の重篤な救急患者に適切に対応できる救急医療に精通した医師を24時間体制で配置することを意味する。
 
(4) 高齢社会に対応した救急医療体制
 
患者の生活の質(QOL)を尊重した、保健・医療・福祉の連携による在宅医療及び老人訪問看護制度によって、高齢者が自宅で療養できる環境が整いつつある。これら高齢者が安心し療養するためには、かかりつけ医や訪問看護ステーション等との連携による支援体制をつくる必要がある。また、緊急時に医療機関等が対応するまでの間、患者と介護者が当座の応急手当を行うことが望ましく、平素よりかかりつけ医等による療養指導や研修を受けることが推奨される。
患者及び介護者とかかりつけ医及び訪問看護婦は、病態が急変した場合等を想定し、緊急時の対応を決めておく必要がある。このような事前の準備が高齢者に対する救急医療には必要であろう。
 
(5) 多数の患者が同時に発生した際の対応
 
阪神・淡路大震災の教訓に基づき、大規模災害を想定した医療提供体制が整備されつつあるが、災害時及び多数の患者発生時に、これらの施設を効率的に運用するシステムを構築する必要がある。学校給食等を原因とした病原性大腸菌による下痢症の大流行、水道水の汚染による多数のクリプトスポリジウム症の発生等、大規模災害以外にも新興再興感染症が同時に多数の救急患者発生の原因となることから、行政は“対岸の火事”的な態度ではなく、緊迫感を持って多数の救急患者発生への対策づくりに取り組むべきである。
また、阪神・淡路大震災の教訓として、同時に多数の救急患者に迅速かつ的確に対応するには、地域での救急医療体制の充実及び非被災都道府県による救援部隊の派遣に加え、都道府県を越えて患者を搬送することも重要な方策であり、基幹災害医療センターを拠点とした大量の広域搬送についても併せて検討する必要がある。
 
(6) へき地・離島の救急医療
 
へき地・離島の医療対策については、昭和31年度からの第一次計画に始まり、平成8年度から第八次計画を実施しているが、依然として医師及び歯科医師不足が課題となっている。無医地区・無歯科医師地区及びへき地・離島の救急医療については、医療提供体制全体の枠組みの中で検討し、有効な対策を検討すべきである。
一部の離島・へき地においては、関係機関の努力によりヘリコプターや飛行機を活用した救急搬送体制が確立された地域もあり、こうした体制を全国的に、早急に構築する必要がある。
 
(7) 病院前救護体制(救急救命士制度)について
 
救急救命士制度が発足し6年が経過した今日、救急救命士制度を評価、検証する時期が来ている。救急救命士制度の短期的な課題としては、特定行為を指示する体制づくりと、就業前の救急救命士及び養成課程における臨床実習の充実が挙げられる。
前者については、先般、厚生省及び自治省消防庁より通知された「医療機関と消防機関の連携強化について」にあるように、都道府県及び二次医療圏単位の協議会が中心となり、早急に対処すべき事項であり、地方自治体の一層の努力を促すものである。
後者については、国が一定水準の技能の習得を保証するために病院実習の指針等を作成し、地方自治体との協力によって救命救急センター等の実習病院を確保し、救急救命士の質的向上を推進する必要がある。
中長期的には、救急救命士の全般的な活動につき、科学的な評価・検証を行い、病院前救護体制を向上させるために、業務のあり方等につき検討する必要がある。
 
(8) 広域救急患者搬送体制
 
ヘリコプターを活用した患者搬送は、広域をカバーできること、搬送時間が大幅に短縮されること、災害時に機動力を発揮できることなど多くの利点が挙げられる。近年、地方自治体が消防・防災ヘリコプターを積極的に導入しており、ヘリコプターを活用した救急搬送件数も増加している。都道府県所有の消防・防災ヘリコプターを救急用として活用するには、都道府県、市町村及び医療機関の協力を強化する必要がある。ヘリコプター出動の要請に対し、迅速に救急現場に到着するために、出動基準、出動の手順、搭乗員の構成及び搭乗医師の確保・待機体制などについて明確化し、厚生省及び自治省消防庁より通知された「医療機関と消防機関の連携強化について」(平成9年8月)にあるように、都道府県及び二次医療圏単位の協議会を活用し、救急搬送にヘリコプターを効率的に運用できるよう体制を整える必要がある。
現在、都道府県警察等のヘリコプターについても、交通の困難な山村及び島しょ等における救急搬送に使用される場合があり、消防・防災ヘリコプター以外のこれらのヘリコプターを補完的に活用する可能性について検討する必要がある。また、維持費が安いという利点のある固定翼の飛行機を長距離搬送に活用することも今後の検討課題であろう。大規模災害時において、ヘリコプターを有効に活用するためにも、通常の救急搬送にヘリコプターを積極的に活用し、普段から体制を整えておく必要がある。
 
(9) 救急医療体制における公的病院と民間病院の役割
 
救急医療は“医”の原点であり、救急医療の提供は、医療機関の公私を問わずすべての医療機関に課せられた共通の務めである。公的医療機関の役割について言及すれば、救急医療の提供は、公立病院が中心的な役割として果たすべきであると考えられ、国立病院についても、「国立病院・療養所の再編成・合理化の基本指針」に基づき、三次救急医療体制を補完する役割を担うべきであろう。
 
(10) 大学附属病院の使命
 
大学附属病院は、高度な救命救急医療機関としての機能を有しており、24時間救急医療体制を組むことが可能であることから、二次医療圏を越えた広域の救急医療を担当する「救命救急センター」として機能すべきである。
本来、大学附属病院は、救急医療を担当する医師及び歯科医師を養成する使命を有している。従って、すべての医師が基本的な救急医療を行えるよう、大学医学部は救急医学講座を整備するなど、救急医学に関する卒前教育及び卒後臨床研修をさらに充実すべきである。そのためにも、すべての大学医学部附属病院等が「救命救急センター」として機能する必要がある。また、高度な救急医療である広範囲熱傷、中毒、多発外傷などの特殊救急にも対応できる医師を養成していくことも大学附属病院の重要な役割である。
 
 
5.救急医療の啓発普及
 
(1) 救急医療に関する情報提供体制

現在、38の都道府県に救急医療情報センターが整備され、救急隊及び地域住民に救急医療の診療情報が提供されているが、全市町村の僅か25%が利用しているに過ぎない。救急医療体制に関する情報提供で最も多いのが地区広報(全市町村の50%)であるが、地域住民が地区広報を常時保存していることを前提にした情報提供体制では不十分である。地域住民が利用しやすく、容易に救急医療に関する診療情報を入手できる手段・方法を各自治体は検討すべきである。例えば、地域には深夜まで営業している公的機関及び民間事業者もあることから、これらを活用することやインターネット等の新しい通信媒体を活用し、救急医療に関する情報提供基地として利用することも一つの方法であろう。            
 
*(平成9年救急医療体制実態調査)
 
 
(2) 国民に対する普及啓発
 
救急患者の救命率向上には、まず、救命手当が必要な場面に最も多く遭遇する人々、即ち一般市民が、必要な知識と技術を身につけ、心肺停止状態にある者に救命手当を行うことが最も効果的である。自治省消防庁、警察庁、厚生省、日本赤十字社及び日本医師会等が積極的に救命手当の普及活動を行っているが、現状では、救急隊により搬送された心肺停止症例の内、一般市民による救命手当実施例は15%に過ぎず、普及活動の拡大が急務となっている。例えば、「救急の日」等を活用し、関係省庁並びに関係団体が互いに協力し、マスコミ等も巻き込んだ大々的な全国キャンペーンの実施も有効な広報手段であろう。
機能分担に基づく、初期、二次、三次の救急医療体制を維持するには、地域住民の受療行動も重要な要素である。救命救急センターの実に76%**が軽症傷病者の診療のために、三次救急業務に支障を来しており、救急隊による搬送の50%が軽症であることから、救急医療体制及びその利用法について地域住民の理解を深めることも、情報提供と同様に重要である。
 
*(平成8年度救急・救助の現況)
**(平成9年救急医療体制実態調査)
 
 
6.救急医学教育
 
(1) 救急医療の生涯教育
 
救急医療は、地域において最も重要かつ基本的な医療の一つであり、全ての医療従事者が常に的確に対応するよう求められているものである。その質の向上のためには、日頃からの研鑽が必要となる。救急医学としての学問体系が構築されつつある今日、研修内容の標準化が可能であることから、救急医療体制の基盤づくりとも言える救急医療の生涯教育体制を地域単位で構築すべきである。研修機関としては、救命救急センターに加え、「地域医療支援病院」が、地域の研修機関として機能することが期待されている。また、地域医師会が行っている生涯教育も大いに活用すべきである。
 
 
(2) 医療従事者に対する教育・研修のあり方
(1) 医師の卒前卒後教育

救命救急センターが全国的に整備され、初期、二次及び三次の救急医療体制が整うなか、救急医学の学問体系が構築され、多くの大学で救急医学講座が開設されるようになった。特に、三次救急医療については、複数の診療科領域にわたる重篤な傷病者に対し、病態を総合的に把握し、迅速かつ的確な診断・治療を行う診療体制が確立された。複数の診療科の医師から成る混成チームでは成しえなかった高度な救命救急が、救急医療に精通した医師を擁するチームによって可能となったことは、我が国の医療及び医学教育に新たな方向性を示すものとなっている。
こうした学問体系の構築に伴い、救急医学の教育指針は確立されたが、実施体制については、特に国立大学において不十分であるため、国民に必要な救急医療を提供する人材養成が進まない状況にある。すべての大学は、救急医学教育に心血を注ぎ、情熱を傾けるべきことを、大学附属病院の使命に鑑み再確認すべきである。
救急医療に関する臨床研修の場として、大学附属病院の救急部或いは救命救急センターのほかに、複数の診療科における研修や総合的な診療部門における研修も有用である。また、地域の救急医療に習熟するためには、一般の救急医療機関において臨床研修を行うことも検討すべきであろう。
 
(2) 看護婦及び救急救命士に対する教育
 
看護婦の救急医療に果たす役割は大きく、緊急入院した病状の安定しない患者に対する看護については、特別な知識と経験を要する。看護婦についても、救急医療に関する卒前卒後教育を充実し、生涯に渡る研修の機会を確保する必要がある。また、救命救急センター等で救急医療に従事する、専門的な研修を受けた看護婦の養成にも努める必要がある。
救急救命士については、養成課程並びに資格取得後の就業前教育のみならず、生涯教育を充実させるために、一定期間毎に救急搬送実習等の機会を確保し、救急救命士としての知識・技術の評価・検証と向上を図ることが望ましい。また、これまで救急救命士の教育・研修は主として病院の医師によって行われてきたが、充分な経験を積んだ救急救命士が増えていることから、今後は指導的な役割を果たす救急救命士の養成も推進していく必要がある。
 
7.行政の役割
 
救急医療体制の確保は、地域住民の最も要望の強い事項の一つであり、各自治体の重要な政策課題として位置付けられ、地方自治体が地域の実情に即して、主体的に関わるべき事項である。
しかしながら、高度な救急医療及び専門性の高い救急医療の提供については、地域の医療資源を考慮した場合、二次医療圏単位で完結するには限界があることから、国がこれらの救急医療の提供につき、効果的な支援体制を整備し、基本的には、地方自治体が二次医療圏ごとに救急医療体制を確立できるよう支援すべきである。
また、救急医療制度、救急医学教育といった救急医療体制の基盤的な事項は、国の責務として長期的な視野に立ち充実すべきである。
一方、地域住民の必要性に応える救急医療体制を構築するには、地域の関係機関の密接な協力が不可欠であり、救急医療に関する広報等を充実させ、地域住民が必要かつ充分な情報を入手できる体制をつくることも重要な地域の責務である。
 
 
8.救急医療の財源
 
“救急医療は医の原点”の見地から、救急医療体制のあり方について論じてきたが、過酷な労働環境にも拘わらず、救命を目的とした医師をはじめとする医療従事者の使命感に支えられている現状は、まず、第一に理解されてしかるべきである。救急医療機関が、最良の医療を提供できるよう、必要な財源措置についても併せて検討する必要がある。
 
(1) 国と地方の役割分担
 
「行政の役割」でも述べたが、救急医療体制の確保については、地方自治体が主体的に関わるべき重要課題であり、国の役割は、高度な救急医療の提供を支援し、都道府県とともに時代の要請に対応した救急医療体制づくり及び地域格差の是正に努めることである。こうした役割分担に基づいて、救急医療の財源措置を検討する必要がある。
 
(2) 財源措置のあり方
 
初期救急医療体制の整備は、従来より、市町村事業として行われており、休日・夜間急患センターも整備目標の80%に達していることから、一般財源化により、市町村がより責任を持って主体的に取り組むべきである。
二次救急医療体制については、本検討会の提言に基づき一元化され、新たな救急医療体制となることから、こうした体制が地域に定着し効率的な体制として機能するよう、都道府県が主体となって事業を推進するとともに、必要に応じ国の指導と助成が行われるべきである。また、特に小児救急医療については、その充実が求められており、早急な支援が望まれる。
三次救急医療については、既存の救命救急センターを再評価し、整備の重点化を図るなど助成のあり方を見直す必要がある。また、すべての大学医学部附属病院等が“救命救急センター”として機能することを求められていることから、特に救急医学講座を有する国立大学は、“救命救急センター”運営のために、早急に財源の優先化を図り、地域の救急医療体制の充実に貢献すべきである。
救急医療は、通常の社会生活を送っている者を、何らかの傷病によって生命の存続が危うくなることから守り、救命し、社会復帰させ、従来の経済活動を可能にするものであることから、最も経済効果の高い医療であると言える。救急医療が地域に根ざし、その必要に応えるものとなるためにも、適正な経済的評価がなされる必要がある。
 
 
おわりに
 
平成9年2月以来、救急医療体制の課題について、識者並びに多数の救急医療関係者と検討を重ね、救急医療体制の一元化について明確な方向性を与えたことは、21世紀へ向けた救急医療体制について基本的なあり方を示し得たと考える。また、附属病院を有するすべての大学が救急医学教育を充実し、その附属病院が“救命救急センター”として機能することは、大学本来の使命であることを再度、明記したい。
限られた医療資源の効果的な配分と有効活用を図り、救急医療体制を充実させることが、医療関係者及び行政に課せられた課題である。「いつでも、どこでも、だれにでも適切な救急医療」を提供できるよう、本報告書がその一助となることを願うものである。
 
 
問い合わせ先  厚生省健康政策局指導課
     担 当  土居(内線2559)、 遠山(内線2550)
     電 話  (代) [現在ご利用いただけません]
           FAX 03−3503−8562(直通)
 

[参考]

救命救急センターの要件

 
1.定義
 
救命救急センターは、初期救急医療機関、二次救急医療機関及び救急患者の搬送機関との円滑な連携体制のもとに、重篤な救急患者への医療を確保することを目的に設置された地域の救急医療体制を完結する機能を有する三次救急医療機関である。
 
 
2.機能
 
(1) 重症及び複数の診療科領域にわたるすべての重篤な救急患者に対し、高度な救急医療を総合的に24時間体制で提供できること。
 
(2) 医師、看護婦(士)及び救急救命士等に対する適切な臨床研修が可能であること。
 
 
3.運営方針
 
(1) 救命救急センターは、原則として、重症及び複数の診療科領域にわたるすべての重篤な救急患者を24時間体制で受け入れることとする。
 
(2) 救命救急センターは、初期救急医療機関及び二次救急医療機関の後方病院であり、原則として、これらの医療機関及び救急搬送機関からの救急患者を24時間体制で必ず受け入れることとする。
 
(3) 救命救急センターは、適切な救急医療を受け、生命の危険が回避された状態にあると判断された患者については、積極的に併設病院の病床または転送元の医療機関等に転床させ、常に必要な病床を確保することとする。
 
(4) 救命救急センターは、医学生、臨床研修医、医師、看護学生、看護婦(士)及び救急救命士等に対する救急医療の臨床教育を行うこととする。
 
4.基本的な体制
 
救命救急センターは、救命救急センターの責任者が直接管理する相当数(概ね20床以上)の専用病床を有し、24時間体制で、重症及び複数の診療科領域にわたるすべての重篤な救急患者に対する高度な診療機能を有すること。そのためには高度な三次救急医療に精通した専任の医師及び看護婦(士)等を24時間体制で配置すること。

(1) 医療スタッフ
 

(1) 医師
  (ア) 救命救急センターの責任者は、重症及び複数の診療科領域にわたる重篤な救急患者に適切に対応できる三次救急医療の専門的知識と技能を有し、高度な救急医療及び救急医学教育に精通した医師であるとの客観的評価を受けている専任の医師とする。(例:日本救急医学会指導医等)
  (イ) 救命救急センターは、救急医療の教育に関する適切な指導医のもとに、一定期間(3年程度)以上の臨床経験を有し、専門的な三次救急医療に精通しているとの客観的評価を受けている専任の医師を適当数有すること。
(例:日本救急医学会認定医等)
  (ウ) 救命救急センターとしての機能を確保するため、内科系、外科系、循環器科、脳神経外科、心臓血管外科、整形外科、小児科、眼科、耳鼻科、麻酔科及び精神科等の医師を必要に応じ適時確保できる体制があること。
  (エ) 救急救命士への必要な指示体制を常時有すること。
(2) 看護婦(士)及び他の医療従事者
  (ア) 重篤な救急患者の看護に必要な専任の看護婦(士)を確保すること。
  (イ) 診療放射線技師及び臨床検査技師等を常時確保すること。
  (ウ) 緊急手術ができるよう、必要な人員の動員体制を確立しておくこと。
(2) 救命救急センターの施設・設備
(1) 救命救急センターの責任者が直接管理する専用病床及び専用のICUやCCU等を適当数有すること。
(2) 救命救急センター専用の診察室(救急蘇生室)、緊急検査室、放射線撮影室及び手術室等を有すること。
(3) 必要に応じ、適切な場所にヘリポートを確保すること。
(4) 必要に応じ、ドクターズカーを有すること。
(5) 救急救命士への必要な指示ができるよう、原則として心電図受信装置を有すること。
(6) その他救命救急センターとして必要な医療機器及び重症熱傷患者用備品等があること。
 

救急医療体制基本問題検討会委員名簿

(敬称略)

  石 原    哲 白鬚橋病院院長
大 北    昭 大阪府医師会理事
大 塚 敏 文 日本医科大学理事長
後 藤    武 兵庫県保健部長
小 濱 啓 次 川崎医科大学救急医学教授
佐 藤 文 彦 仙台市消防局局長
(座長) 高 久 史 麿 自治医科大学学長
  高 橋 章 子 大阪大学医学部保健学科成人・老人看護学教授
豊 田    馨 北海道医師会常任理事
野 田 愛 子 弁護士
原 田 充 善 川口市立医療センター院長
兵 頭 英 昭 日本歯科医師会常務理事
辺 見    弘 国立病院東京災害医療センター副院長
前 川 和 彦 東京大学医学部救急医学教授
宮 坂 雄 平 日本医師会常任理事
山 越 芳 男 (財)日本消防設備安全センター理事長
山 中 郁 男 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院救命救急センター長
吉 村 秀 實 日本放送協会解説主幹

(計 18名)
 
 

問い合わせ先 厚生省健康政策局指導課
   担 当 土居、遠山(内2559、2550)
   電 話 (代)[現在ご利用いただけません]
       (直)03-3595-2194


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