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96/11/19 社会保障構造改革の方向(中間まとめ)

社会保障構造改革の方向(中間まとめ)

平成8年11月19日
社会保障関係審議会会長会議

はじめに

○ 近年、少子・高齢化の進展、経済基調の変化、財政状況の深刻化等を背景に社会保制度全体の在り方の見直しを求める声が強まっている。また、介護保険の創設の検討に当たり、介護保険と社会保障全体との関係も論議されていることから、こうした状況を踏まえ、社会保障に関係の深い8審議会の会長が集い、中長期的視野に立った社会保障全体の構造改革に焦点を当てて議論を行った。

○ 本報告は、各会長の意見を踏まえ、社会保障構造改革の考え方と方向性を、会議の報告として中間的に取りまとめたものである。

I.社会保障を巡る状況

(社会保障の役割)
○ 社会保障の役割は、基本的には、個人の力のみでは対処し得ない生活の安定を脅かすリスクに係る国民の基礎的・基盤的需要(ニーズ)に対応することにより社会・経済の安定や発展に寄与するということ(安全網(セーフティ・ネット)としての役割)にある。ただし、その具体的な内容や水準は、社会保障に対する国民の認識や歴史的な沿革、人口動向や社会経済状況等様々な要素に左右され、国によって相当に異なっている。

(現在の我が国の社会保障の範囲・水準)
○ 現在の我が国の社会保障は、人の出生から死亡までの生涯にわたって発生し得る、病気やけが、障害、育児、失業、所得喪失等の社会的支援が必要と考えられる危険については、介護という新しい需要への対応の問題が残されているもののほぼ網羅的に保障しており、その水準も、年金の給付額、医療の受けやすさや内容などの点で基本的には欧米諸国と比較して遜色のない水準に達している。

(社会保障の規模の拡大)
○ 社会保障が国民経済に占める比重は現行の社会保障制度が体系として概ね整えられた昭和30〜40年代とは比較にならないほど高まってきており、高齢化の進行等を考えると今後も更に規模が拡大していくことが予想される。

○ また、こうした規模の拡大に伴い、社会保障は、
(1)所得移転制度である年金制度が貯蓄率や労働供給などの資源配分に影響を及ぼすとともに、高齢者の消費を通じ高齢者市場の規模等に影響を与える、
(2)医療・福祉分野における社会保障サービスが国民の社会・経済活動への参加に影響を及ぼすとともに、これらサービス分野の雇用に影響を与えるなど、以前よりもはるかに多くの局面で社会・経済に大きな影響を及ぼすことが見込まれる。

(少子化の更なる進行)
○ 近年出生率が急激に低下し急速な少子化が進行しており、このまま推移すれば将来の我が国の社会・経済の在り方そのものに深刻な影響を与えることが懸念されている。現在、平成7年国勢調査結果に基づき新たな将来人口の推計作業が行われているが、新人口推計の下では、社会保障分野においても、年金財政に及ぼす悪影響が憂慮されるなど、少子化の更なる進行により社会保障に係る負担の一層の増加が見込まれる。

(社会保障に対する需要の変化)
○ 一方で、高齢化の進展に伴い、社会的な比重を増す高齢者に健やかで社会的にも自立した人生を過ごしてもらえるよう社会・経済の各分野における発想の転換が求められつつある。また、今後、介護需要の急速かつ大幅な増加などの社会保障に対する新たな需要の拡大も見込まれることから、こうした需要に対応することが課題となっている。

II.社会保障と社会・経済

(経済基調の変化と財政の深刻化)
○ 上述のとおり、我が国経済に占める社会保障の比重は高まり、新たな需要も拡大してきているが、一方において、我が国経済は近年低成長基調に変化し、また、今後労働力人口の減少等も見込まれることから、従来の右肩上がりの経済を前提とした社会・経済の在り方が問い直されている。

○ また、赤字国債の発行等を余儀なくされる中で、国・地方を通じ財政状況全般が深刻化するとともに、社会保障財政自体も、医療費の伸びと経済成長率のギャップにより医療保険財政が構造的赤字体質となり、一般会計における社会保障関係予算も毎年厳しい枠組みの中での編成を強いられるなど、構造として非常に厳しい状況に陥っている。

○ このため、今後、社会保障の規模如何によっては、その負担が活力ある社会・経済を維持していく上での制約要因となるおそれもあるとの懸念が生じ始めている。

(社会・経済の成熟化)
○ 他方、資産を含め国民の生活の絶対的水準が大きく上昇するとともに、平均的には現役世代と高齢世代の所得・生活水準の格差が縮小し、また、国民の需要も多様化・高度化するなど、我が国の社会・経済は成熟化の様相を深めている。また、そうした需要に応え得る多様なサービスの担い手・組織や人々のネットワーク等が生まれ育ちつつあり、そうした状況変化の中で社会保障の在り方が問い直されてきている。

III.社会保障構造改革の必要性

(将来への不安の解消の必要性)
○ I.及びII.で述べたとおり、経済が低成長基調に変化し財政も深刻化する中で社会保障に投入できる財源の大幅な増加は望めない一方、少子高齢化が急速に進行していること等から、今後の社会保障についての国民の不安が強まっている。このため、今後とも合理的な負担で社会保障を維持することができるという安心した見通しを持てるようにすることが求められている。

(成熟した社会・経済における個人と社会の在り方)
○ また、一方で、成熟した社会・経済においては、各人がそれぞれの生活態様に応じ、基本的には自らの生活を自らの責任で維持し、生活に必要なサービスについても自己の責任と負担において選択することとした上で、個人が自らの力のみでは生き生きと自立した生活を送ることが困難な状況に陥った場合には、社会連帯の精神に基づき、必要な支援を行っていくことが求められている。

(効率的で良質なサービスへの期待)
○ さらに、成熟した社会・経済の下では、サービスの在り方や仕組みについて、創意工夫を加えより効率的で質の高いものを生み出すことが期待できることから、国民経済の一定の制約の中にあっても、より良いサービスを求めることが可能となってきている。

(現行社会保障制度の点検)
○ このような観点から、現在の社会保障制度についても、社会保障でみるべき需要への必要な対応がなされているかどうか、あるいは逆に本来自己責任で対応すべき需要への過剰な対応が生じていないかを十分検証しつつ、時代の変化に適切に対応できる質の高い社会保障を目指していく必要がある。

(社会保障構造改革の必要性)
○ 我が国の社会保障については、こうした状況を踏まえ、社会保障の役割を再確認しつつ、21世紀に向けてその構造を見直すべき時期にきており、今後、国民の合意に基づく選択の下、社会保障構造改革を着実に進めていく必要がある。

IV.社会保障に係る負担

1.公的負担と私的負担

(社会保障における公的負担と私的負担の関係)
○ 平成7年7月の社会保障制度審議会勧告においては、「社会保険料や租税といった公的負担による保障が増大すれば個人や企業の私的負担は軽減され、逆に前者を抑制すれば後者は増える。」、また、「本来、公的負担は私的負担と併せて考慮されるべきもので、公的負担だけが前もって給付水準と切り離されて決定できるわけではない。」との指摘を行っている。

(社会保障における利用者負担の性格)
○ この場合、社会保障サービスにおける利用者負担については、サービス利用者(受益者)としての自覚やサービス費用に対する意識(コスト意識)の喚起を通じて制度の効率化をもたらすという機能があることなど、私的負担と公的負担との関係における代替関係は単純なものではない面があることにも留意する必要がある。

(諸外国との比較)
○ 社会保障に係る公的負担について国際比較すると、社会保障制度の仕組みが各国で異なるため厳密な比較は困難であるが、現在のところ、我が国の水準は欧米諸国に比べてそれほど高くない。しかしながら、日本より高齢化の速度が遅い西欧諸国が、高齢化率が15%前後の段階で既に社会保障負担について見直さざるを得なくなっていることを考慮すれば、急速に本格的な高齢社会が到来する我が国においても今から将来の社会保障の規模についての展望を持つ必要がある。

(「国民負担率が50%を超えないこと」の意義)
○ 現在用いられているいわゆる「国民負担率(国民所得に対する租税及び保険料負担の割合)」は、将来世代の負担となる財政赤字について考慮されていないといったいくつかの限定を付して受けとる必要はあるものの、国民経済における公私の役割分担の状況、すなわち、国民経済全体の中で政府を始めとする公的主体の活動がどの程度の比重を占めているのかを知るための指標の一つとして位置付けられる。

○ 国民負担率と経済成長率等国民経済との相関関係については、今後更に調査研究が積み重ねられる必要があるが、国民経済の活力を維持していくためには、公的な主体による活動を国民経済全体の中で一定の範囲内にとどめる必要があるものと考える。

○ したがって、以上のような点を考慮した上で、公的主体の活動が占める比重を示す指標としての国民負担率が「高齢化のピーク時において50%以下」という目安を設定することは、活力ある安定した社会を維持するために経済と社会保障の調和を図り、公私の活動の適切な均衡をとる上での指標となり得るものと考える。

(社会保障に係る負担以外の負担の位置付け)
○ なお、公的負担による支出分野は社会保障だけでなく多岐にわたっており、国民の公的負担を議論する場合には、社会保障の負担だけでなくその全体について等しく検討され対応が図られるべきである。

2.社会保障における企業の負担の位置付け

(諸外国との比較)
○ 社会保障に係る企業の負担(社会保険料の事業主負担)は、現在のところ、我が国と同様社会保険制度を基本とするドイツやフランスよりは低い水準にあるが、今後高齢化の進行等に伴い社会保障の規模が拡大していけば、社会保障に係る企業負担も拡大し、結果的に企業活力の減退や産業空洞化を招くのではないかとの懸念も生じ始めている。

(企業の経費に占める社会保障負担の位置付け)
○ 企業は、その行動を決定する場合、社会保障負担だけでなく、賃金水準、原材料価格、為替レート、税負担等の様々な要素を考慮するのが通常であることや、企業の社会保障負担が低い場合には、企業の福利厚生面での負担が増大したり、企業が負担しない場合には従業員自らが負担しなければならなくなる可能性があることにも留意する必要はあるが、もとより、社会保障も国民経済の中にあって経済成長の成果を社会的に配分していく仕組みであることから、適度な経済成長の持続とその前提である企業活力の維持が今後とも重要であることは言うまでもない。この問題については、基本的には、今後どのように社会保障構造改革を進めるかという枠組みの中で議論を深めていく必要がある。

V.社会保障構造改革を行うに当たっての考え方

1.「21世紀福祉ビジョン」及び社会保障制度審議会勧告

○ 将来の社会保障についての最近の総合的ビジョンとしては、平成6年3月に高齢社会福祉ビジョン懇談会が取りまとめた「21世紀福祉ビジョン」があり、その中で少子高齢社会における社会保障の在り方として以下のような考え方が示されている。
・公正・公平・効率性の確保
・個人の自立を基盤とし国民連帯でこれを支えるという、自助、共助、公助の重層的な地域福祉システムの構築
・福祉を重視し、年金、医療、福祉のバランスのとれた社会保障の給付構造を実現
・適正給付と適正負担
・雇用、住宅、教育等関連施策の充実・連携強化

○ また、平成7年7月には、社会保障制度審議会において、自立と連帯、国民の不安への対処、利用者本位、制度の連携・調整等の考え方を基本とする「社会保障体制の再構築に関する勧告」がまとめられている。

○ こうした考え方は、我が国の社会保障が目指すべき方向性として基本的に妥当なものと考えられるが、さらに、以上述べてきたことを踏まえ、社会保障の構造改革の方向を明らかにする必要がある。

2.社会保障構造改革の基本的方向

(1) 国民経済との調和と社会保障への需要への対応

○ 現役世代の将来にわたる社会保障負担の在り方や「高齢化のピーク時において国民負担率を50%以下にとどめる」という目安等も踏まえ、国民経済と調和しつつ、介護等新しい需要への対応も含め国民の需要に、より適切に対応できる社会保障制度を確立していく。

(2)個人の自立を支援する利用者本位の仕組みの重視

(サービスを選択できる仕組み)
○ 個人の自立を支援する仕組みを重視する見地から、社会保障サービスの分野においては、情報開示等を進めることにより個人が良質なサービスを適切な費用で選択できるようにする。

(在宅重視の仕組み)
○ この場合、障害や要介護の状態になってもできる限り住み慣れた家庭や地域で自立した生活が送れることを重視するとの観点から、在宅医療・介護を始めとする多様な需要にきめ細かく対応するサービス提供体制の整備に努め、家族と共に、あるいは一人暮らしや高齢者のみの世帯でも、できる限り在宅生活が可能となるよう、その自立を支援していく利用者本位の仕組みづくりを目指す。

(3) 公私の適切な役割分担と民間活力の導入の促進

○ 国民的な合意の下で、強制的な負担を伴う公的分野と個人の自由な選択による私的分野の役割分担を整理し明確にしつつ、規制緩和等を進めることにより民間活力の導入を促進する。

3.社会保障構造改革の視点

(1) 社会保障に対する需要への対応と制度間の重複等の排除という観点に立った制度横断的な再編成等による全体の効率化

(全体としての効率化)
○ 多様な需要に、より適切に対応するサービス提供体制を確立し、老後の不安等の解消を図るとともに、安全網(セーフティ・ネット)としての社会保障にすき間や無駄、重複が生じないようにするという観点に立って、必要な制度の再編成等を行い、社会保障全体として、需要に対応しつつ効率化を図る。

(高齢者介護の体制の確立)
○ 高齢者の介護に係る福祉分野と医療分野を再編成して高齢者介護の体制を確立し、介護を必要とする高齢者にふさわしい処遇を確保し、介護に関する老後の不安の解消を図る。

(医療制度全般の効率化)
○ 医療については、医療保険から介護が分離されることを機に、患者の立場も踏まえて適切なサービスを提供するとの考え方に立って、医療の質の確保向上を図りつつ医療制度全般の効率化を図る。

(年金に係る将来の現役世代の負担の適正化)
○ 年金制度においては、将来の現役世代の負担を過重なものとしないよう給付と負担の適正な均衡を確保する。また、企業年金等の普及育成を図る。

(少子化問題への総合的対応)
○ 少子化の進行が将来の我が国の社会・経済に大きな影響を及ぼすとの認識のもと、国民的な議論を踏まえ、児童家庭福祉はもとより他分野も含めた総合的な対応を検討する。

(入院・入所時の費用負担の調整)
○ 入院・入所時における生活費用の負担の在り方については、年金等他の社会保障給付との関係も踏まえつつ今後検討する。

(2)在宅医療・介護に重点を置いた利用者本位の効率的なサービスの確保

(在宅医療・介護に重点を置いた処遇の確保等)
○ 在宅サービスの充実を行う中での居宅介護支援(ケアマネジメント)の実施や在宅医療の推進など需要に応じたきめ細かな医療や介護サービスの提供等、特に在宅に重点を置いたサービス提供体制を構築し、個々の利用者にとって最もふさわしい処遇を効果的に確保する。

○ 個人の一生の各時期の生活実態を踏まえた適切な給付が行われるよう努める。特に今後は、在宅の医療や介護のほか、高齢化の進む中でできる限り健やかな生活を送れるよう、健康づくりや予防医療の果たす役割を一層重視していく必要がある。

(情報開示と利用者によるサービス選択の尊重)
○ 利用者によるサービス選択尊重の観点から、社会保障に関する様々な情報の開示を進めることにより、利用者が質の高いサービスを適正な料金で選択できるような環境を整備し、サービス提供者間の競争を活性化させる。この場合、情報開示と併せて、利用者や公正な第三者によるサービスのチェックを重視する必要がある。

(適切な自己負担によるサービス費用に対する意識の喚起)
○ また、適切な自己負担がサービス費用に対する意識(コスト意識)を喚起させるという機能に着目し、適切な利用者負担により、良質で効率的な社会保障サービスを享受できるような制度を構築する。

(民活促進等による質の確保と全体としての費用の適正化)
○ 福祉を始めとする社会保障分野の規制をできる限り緩和するなどして、民間事業者によるサービス提供を促進し、競争を通じて良質なサービスが提供されることを目指しつつ全体としての費用の適正化を図る。

(科学技術の進歩の反映)
○ また、科学技術の進歩の成果を社会保障サービスの提供にも適切に反映し、サービスの質の向上と合理化にも努めるべきである。

(3)全体としての公平・公正の確保

○ 公正・公平の実現は社会保障のみならず、教育、雇用、住宅、税制といった社会・経済の仕組み全体を通じて目指されなければならないが、安全網(セーフティネット)としての役割を果たしている社会保障の分野においては、以下のとおりその確保が特に重要である。

(世代や制度を通じた公平・公正)
○ 高齢者も自立した社会の構成員として社会保障における応分の負担を求めるなど、現役世代、高齢世代を通じた総合的な負担の公平・公正を図るとともに、医療、年金等の各分野において、制度を通じた給付と負担の公平・公正を図る。

(資産の活用)
○ 所得と資産とを併せて、全体として負担の公平・公正を考えるとの観点から、今後、資産を所得に流動化する仕組みの活用を検討する。

(低所得者への配慮)
○ 一方で、低所得者については、社会保障についての負担が過重とならないようきめ細かな方策を講じることにより、負担の公平・公正の実質的な確保に努める。

(社会保障の適用における個人の取扱い等)
○ また、社会保障の適用における個人と世帯の取扱いについて検討を行うなど、個人の自立を支援するための社会保障という観点から見て、現行制度に時代にそぐわない不合理な点がないかどうか見直しを図る。
(4)併せて留意すべきその他の視点

(1)保健・福祉サービスに係わる主体の役割分担と連携強化

(国・都道府県・市町村の役割分担と連携強化)
○ 高齢者介護を始めとする保健・福祉サービスの分野においては、多様化する住民の需要に地域の特性に応じきめ細かに対応できるよう、住民に最も身近な行政単位である市町村を中心として、国と都道府県が広域的又は専門的な立場からこれを支援するなど、それぞれの役割を果たしていく必要がある。このため、住民の多様な需要に効率的かつ効果的に対応していくという観点に立ち、国、都道府県、市町村の役割分担と広域的な行政体制の在り方について、さらに検討を進めつつ、事務の性格に応じ地方自治体の裁量を拡大する等地方の役割の強化を図る。

(住民参加の非営利組織やボランティアの発展支援)
○ 成熟した社会・経済状況の下において、心のふれあいや共に生きることの大切さといった心の豊かさに重きを置く人も増えている。社会保障の分野においても、公的主体や民間企業によるサービス提供だけでなく、地域の中での助け合い、さらには住民参加の非営利組織あるいはボランティアのネットワークといった、人々が共に支え合う共助の仕組みを一つの体系として積極的に評価し、その発展を支援する。

(2)社会保障施策と他施策との連携強化による総合的対応

○ 国民の多様な需要に総合的に応えるためには、狭義の社会保障の施策だけでなく雇用、都市・住宅、教育等の施策とも連携しないと実効性が上がらない分野もあり、今後は、そうした連携すべき施策の柱を明確化した上で、相互に連携し総合的な対応を継続的に行っていく。

VI.社会保障の各分野における社会保障構造改革の方向

1.介護

(社会保障構造改革の第一歩としての介護保険)
○ 現在検討が進められている介護保険制度は、以下のとおり、老人福祉と老人医療に分かれている高齢者の介護に関する制度を再編成し、効率的で利用しやすく公平・公正の確保された統一的かつ重層的な社会支援体制を構築しようとする点で、V.で述べたような考え方のすべてを含む社会保障構造改革具体化の第一歩であり、早期に制度を創設することが是非とも必要である。
・ 現在の介護サービスが老人福祉、老人医療の2つの制度に分立していることに伴う利用者負担の不均衡等の制度間格差を是正し、また、在宅サービス等の積極的な展開により、介護を主として必要とする者の一般病院等への長期入院(いわゆる社会的入院)の解消を図るための条件を整備するとともに、個々人の心身の状態等に応じた適切な処遇を図ることでその自立を支援する。
・ 介護を医療保険から切り離し、医療については急性期及び慢性期医療をそれぞれ適切に提供していくための制度の在り方を検討し、その効率化を図る。
・民間事業者や非営利組織等の多様な供給主体の参入により、多様で効率的なサービス提供を推進するとともに、情報提供を積極的に進め、利用者の選択によるサービス利用を促進する。
・ 基本的に、保険の対象となるサービスとそれ以外のサービスの組合せを弾力的に認めるとともに、保険が適用されない部分について、民間保険等の活用を図る。
・ 世代間の公平を図るため、高齢者自身を被保険者と位置付け、無理のない範囲で保険料や利用料の負担を求めるとともに、高齢者間の負担の公平も図る。併せて高齢者と若年者を通じた費用負担ルールを明確化し、老後の介護費用への国民の不安の解消を図る。
・ 公平・公正なサービス利用を進めるため、客観的な調査等に基づく要介護認定をうとともに、在宅サービスについては標準的なサービス利用形態を踏まえて支給限度額を設ける。

(介護基盤の整備)
○ また、介護保険制度の円滑な実施のためにも、新ゴールドプランの着実な推進等介護基盤の整備を進める。

2.医療

(総合的、段階的改革)
○ 医療提供体制と医療保険制度の全般にわたる改革を中長期的視点に立って総合的かつ段階的に推進し、国民経済との調和の下、良質な医療を確保しつつ、効率化を図る。このための第一歩として平成9年度に医療保険改革及び医療制度改革を実施する。

(医療費の伸びの安定化)
○ 21世紀の高齢化のピーク時においても医療に係る国民の負担が過重とならないよう医療費全体の伸びを安定化させるための方策を検討していく。

(1)医療提供体制

(医療機関の機能の明確化・効率化と患者への適切な医療の確保)
○ 医療に関する情報開示を推進し患者の選択を尊重しながら、病院と診療所の役割分担と連携を含め、医療機関の機能を明確化し体系化を進めるとともに、かかりつけ医(かかりつけ歯科医)の機能の向上や在宅医療の推進、医療情報の体系化等を推進し、医療提供体制の効率化と患者利便の向上を図る。
○ 介護保険制度の創設を契機として、いわゆる社会的入院の解消を図るとともに、急性期及び慢性期の医療等に着目した病院機能の明確化とそれに対応した治療の質や療養環境の向上と併せて、入院期間及び病床数の適正化を図る。また、高額医療機器の適正配置を確保する。

○ 現行の医師国家試験、臨床研修制度の在り方等の抜本的見直しを行うなどして、診療のみならず相談、指導等患者の需要に総合的に対応できる医師の養成を図るとともに、医師・歯科医師数の適正化を図る。

○ 有限な医療資源の効率的な活用という観点を含め、患者への適切な医療の確保という観点から、プライマリーケアや終末医療の在り方についても更に検討を行う。

(2)医療保険制度

(医療保険各制度の課題の解決)
○ 医療保険制度については、高齢者の位置付け等制度の枠組みの再編成も見据えつつ、老人医療費拠出金算定方法の見直し、被用者保険制度における保険集団の在り方、国民健康保険制度の安定化のための方策等各制度の抱える課題の解決に取り組む。

(給付の重点化と負担の公平化)
○ 時代にふさわしい国民皆保険体制を確立するとともに、公的医療保険の給付と患者の選択による多様なサービスとの適切な組合せを検討する。

○ また、保険料、公費、患者自己負担の適切な組合せについての国民的な合意を図りつつ、高齢者世代と若年者世代や各制度を通じた患者負担の公平化を図る。

○ さらに、医療提供体制の在り方をも踏まえつつ現行の出来高払制の見直しも含めた診療報酬体系の在り方や、薬価制度の見直しも含めた薬剤給付の在り方の検討などを行い、医療保険制度の仕組みに医療費の適正化や効率化の要素を取り込む。

3.年金

(将来の給付と負担の適正化)
○ 公的年金制度は、国民の老後生活の主柱として深く定着しており、国民の連帯による「世代と世代の支え合い」の仕組みにより所得保障の中核を担う制度として、今後ともこれを円滑に運営していく必要がある。

○ 公的年金は老後生活の基本部分を確実に支えることをその役割としており、こうした点を踏まえつつ、例えば在職中の高齢者に対する年金給付の在り方を検討することを始め、給付水準と将来世代の実質所得水準との均衡も考慮しながら、将来の負担が過重なものとならないよう給付と負担の適正化等制度全体の見直しを行う。

(公私の適切な組合せ)
○ 公的年金とこれを補完する企業年金及び私的年金との適切な組合せに配慮しつつ、企業年金等の一層の普及育成を図る。

(企業年金の改革)
○ 厚生年金基金制度を始めとする企業年金制度についても、財政運営の安定化や支払保証制度の拡充等年金受給権保全のための措置の充実を図る。

4.福祉

(サービス提供体制の整備)
○ 福祉サービスについては、今後ともエンゼルプランや障害者プランを着実に推進し、サービス提供体制の整備を進めるとともに、介護保険制度の創設を契機に、高齢者介護以外の福祉分野についても利用者による選択の尊重、民間事業者の活用等V.で述べた考え方に即した見直しを、各制度の性格にも配慮しつつ推進していく。

○ 福祉施設職員等専門職員については、今後とも必要に応じ勤務条件の改善を進めるとともに、研修の充実、人材の積極的登用、施設間の人事交流など、魅力ある職場づくりの工夫をこらすこと等により福祉に携わる熱意と能力のある人材の確保に努める。また、地域住民やボランティアなどの積極的な参加を促進していく。

(制度横断的かつ総合的な少子化対策の推進)
○ 21世紀における我が国の在り方として少子化問題をどのようにとらえるのか専門的な調査研究も踏まえた十分な国民的議論を行い、国民全体が自らの問題としてこの問題を考え対応していく必要がある。併せて、子育てしやすい環境整備を総合的に図るため、関係者が連携し、児童家庭福祉(子育てと家庭支援、手当等)、年金、雇用、住宅、教育等の制度横断的かつ総合的な対策の推進を検討する必要がある。

○ また、少子化や女性の社会進出等子供と家庭を取り巻く状況の変化に対応した子供と家庭支援の仕組みを整備するため、現行の児童家庭福祉体系の総合的な見直しを図る。

(障害者施策の総合化)
○ 障害者の福祉施策については、障害のある人も家庭や地域で通常の生活ができるようにする社会づくり(ノーマライゼーション)の実現に向けて、地域における自立の支援、介護サービスの充実等を通じて障害者にふさわしいサービスが一生の各段階において的確に提供されるような体制を確立する必要がある。そのため、障害者の生活支援体制の確立に向けて、都市・住宅、雇用等他分野の施策との制度横断的な連携も視野に入れつつ、地域の中で障害者の総合的な需要に的確に対応できるよう広域圏を設定し、当該圏域を基礎として相談・支援事業や社会参加促進事業等を総合的に推進する。

5.社会保障施策と他施策との連携

(連携の強化)
○ 関係省庁の間で、例えば以下のように施策の連携に関しある程度主題を絞って定期的な調整の場を設け、計画的に施策を推進する。
・ 介護施策と都市・住宅施策等との連携に関しては、都市における福祉機能の適正配置、都市・住宅のバリアフリー(障壁のない状態)化、学校・保育所・公共住宅等の既存公共施設で転用可能なものを活用した福祉サービスの展開等
・ 介護施策と雇用施策、教育施策との連携に関しては、介護を担う人材の養成・確保、そのための学生等の介護に関する意識啓発や体験学習の充実等
・高齢者・障害者の活力ある生活実現のための施策と雇用、教育、都市施策等との連携に関しては、高齢者・障害者雇用の条件整備、フレックスタイム制等の普及、生涯学習の推進、職住接近のまちづくり等
・少子化対策と雇用施策、教育施策との連携に関しては、育児休業の定着、育児をしながら働き続けることのできる環境の整備、育児等のために退職した労働者の再就職の支援、労働時間の短縮、教育環境の整備、住宅の提供等
・ 社会保障施策と資産活用施策との連携に関しては、高齢者の各種相談への対応等を伴った利用しやすいリバースモーゲージ(逆抵当貸付)の普及等
・ ボランティアの発展支援と教育施策の連携に関しては、ボランティア活動の支援・推進のための学校教育や社会教育における取組の充実等

○ なお、今後の本格的な少子高齢化への対応に当たっては、例えば、介護休業や育児休業を促進するにしても行政はもとより幅広い国民各層の理解と協力が不可欠であり、このための十分な情報提供が極めて重要である。

VII.社会保障の給付と負担の見通し

○ 以上のような方向の下で、社会保障の給付と負担の見通しについての厚生省の試算は
別紙のとおりである。

○ 試算についての留意点は以下のとおりである。

(1) 年金、医療、福祉等の各分野ともに、人口の高齢化等に伴い、その負担は、着実に上昇する。前提となる国民所得の伸び率が下がった場合に負担の割合が大きくなる分野は、これまでの傾向からすれば国民所得の伸びとの相関が相対的に低い医療である。一方、介護の負担の割合は、対国民所得比で2%程度と将来とも相対的に小さいものと予測される。
(2) 介護保険制度を創設した場合、創設を契機に社会的入院の解消を図るための条件が整備されるなど医療の効率化が可能となり、社会保障費用全体の効率化が期待できる。
(3) 国民負担率は、別紙各表における社会保障負担及び社会保障に係る公費負担の対国民所得比に社会保障以外の支出に係る公費負担の対国民所得比を加えたものとなる。仮に、社会保障以外の支出に係る公費負担の対国民所得比が現在の水準(約20%)から変化しないものとすれば、本試算においては、現行制度のままの場合の将来の国民負担率は名目国民所得の伸び率に応じて50%弱〜55%強となる。
 なお、国民負担率には一般政府財政赤字の存在(平成7年度の対国民所得比で8.5%)が考慮されておらず、これについては将来の国民の負担によって対応される必要があることにも留意する必要がある。
(4) 本試算は平成4年9月の人口推計に基づいて行っている。最近の出生率の動向等をかんがみれば、今後、新たな人口推計に基づき試算の見直しを行った場合、特に年金について、負担率はより増大することに留意する必要がある。
(5) 上記(3)、(4)を踏まえれば、国民所得の伸び率が低い場合に仮に社会保障の見直しのみで国民負担率を将来とも50%以下にとどめるとするならば、医療及び年金を中心に、現行制度のままとした場合に比べ、今後中長期的に2割以上の給付の効率化、適正化が必要となることもあり得る。
(6) したがって、今後の社会保障の在り方として、ある程度の経済成長を前提としたとしても、これまで述べたような社会保障構造改革の推進が重要である。改革の方向としては、介護等必要な需要に対応しつつ、社会保障において比重の大きい医療及び年金分野を中心として相当程度の効率化、適正化を今後行っていく必要があると考えられる。各制度の効率化、適正化を具体的にどのように行うかは、関係審議会等における今後の十分な論議を経た上で国民的な合意により決定していく問題である。

おわりに

(情報提供と国民の合意及び選択)
○ 今後の社会保障制度の在り方は、最終的には国民的な合意に基づく選択の問題であるが、本報告で述べたような構造改革の方向の中には、社会連帯の精神に基づき、負担面も含め国民が痛みを分かち合わなければならないようなものも含まれている。行政は、国民の適切な選択を求めるために、制度の現状と改革の内容についての分かりやすい情報を十分国民に提供して議論を求め、国民の理解と合意を得ながら改革を進めるよう努めるべきである。


(別紙)

社会保障の給付と負担の見通し

厚生省

1.試算の前提となる経済指標

 
名目国民所得の伸び率
(2000年度まで→2001年度以降)
3.5%→ 3% 1.75%→ 2% 1.75%→ 1.5%
名目賃金上昇率
(2000年度まで→2001年度以降)
3.0%→ 3% 1.25%→ 2% 1.25%→ 1.5%

2.試算の前提となる人口推計

将来の人口は厚生省人口問題研究所「日本の将来推計人口」(平成4年9月推計)の中位推計による。
今後、新たな人口推計がまとまれば、それに基づく試算の見直しを行う。この場合、特に年金について、負担率はより増大することが見込まれる。

3.試算の前提となる選択肢
将来の姿についての選択肢として、次のような前提のもとに試算を行っている。
[現行制度のままの場合の試算]

(1) 年金については、平成6年財政再計算を踏まえた、平成6年11月の年金制度改正後の姿をもとに算定。
(2) 医療については、直近の医療費の伸びの傾向を踏まえ算定。
具体的には、平成7年度の制度内容のまま、過去5か年度(平成2年度(1990年度)〜平成6年度(1994年度))の実績の傾向に基づく制度別1人当たり医療費の伸び率(制度平均では4%)を踏まえ、人口の高齢化や人口の増減を踏まえて算定している。
また、負担については、給付の増加をカバーできるように保険料率を引き上げていくものとして算定。
(3) 福祉等については、保健福祉の3プラン(新ゴールドプラン、エンゼルプラン(緊急保育対策等5か年事業)、障害者プラン)の策定を踏まえ算定。
(4) なお、介護保険制度は創設されないものとして算定。

[介護保険制度を創設した場合の試算]

(1) 介護保険制度が創設されるものとして算定。
(2) 医療については、社会的入院が是正されることを前提として算定。
(3) 年金については、平成6年財政再計算を踏まえた、平成6年11月の年金制度改正後の姿をもとに算定。
(4) 福祉等については、介護保険制度が創設されるものとし、保健福祉の3プランの策定を踏まえ算定。
介護については、在宅サービスについては介護保険制度導入によるサービス利用が段階的に拡大することを見込み、平成22年度(2010年度)には80%(虚弱については54%)となり、その後は一定として算定。

(注) 社会保障に係る負担全体の対国民所得比に関し、経済成長が低い場合に介護保険を創設した場合の試算の数値の方が現行制度のままの場合の試算の数値より若干下がるのは、社会的入院が是正されること等による医療の効率化の影響が、経済成長率が高い場合よりも強く表れるためである。

[介護保険制度創設に加え、医療及び年金についてそれぞれ給付を仮に平成37年度(2025年度)までに1割減少させた場合の機械的試算(参考)]

(1) 介護保険制度が創設され、かつ社会的入院が是正されるものとして算定。
(2) 医療及び年金については、ともに平成37年度(2025年度)までに給付費を1割減少させると仮定して機械的に試算。

4.留意点

○ 本試算は一定の経済成長率を所与のものとしているが、実際問題としては、社会保障の構造改革と経済成長率とは相互に影響する関係にあり、また、国民負担率の在り方は、財政改革の方向とも関連するということに留意する必要がある。
 したがって、数値を確定的なものと受け取ることは適当でない。

○ 給付を仮に平成37年度(2025年度)までに1割減少させた場合の試算は、今後の国民的な議論を行う上での参考数値であり、現段階で一定の政策を示すという意味のものではない。

A:名目国民所得の伸び率 2000年度まで 3.5%、 2001年度以降 3.0%
B:名目国民所得の伸び率 2000年度まで 1.75%、 2001年度以降 2.0%
C:名目国民所得の伸び率 2000年度まで 1.75%、 2001年度以降 1.5%

[現行制度のままの場合の試算]

  平成7年度 平 成 3 7 年 度(2025年度)
NI比 NI比 NI比 NI比
 
社会保障給付費
うち 年金
医療
福祉等
兆円
65
34
24

171/2

61/2
兆円
277
139
108
30

30
15
111/2
兆円
234
104
107
23

341/2
151/2
16
31/2
兆円
220
93
107
20

37
151/2
18
31/2
社会保障に係る負担 70 181/2 265 281/2 226 331/2 213 351/2
 社会保障負担 51 131/2 182 191/2 153 221/2 144 24
 社会保障に係る公費負担 19 83 73 11 69 111/2

[介護保険制度を創設した場合の試算]

  平成7年度 平 成 3 7 年 度(2025年度)
NI比 NI比 NI比 NI比
 
社会保障給付費
うち 年金
医療
福祉等
(介護(再掲))
兆円
65
34
24


171/2

61/2

兆円
277
139
96
43
(20)

30
15
10
41/2
(2)
兆円
233
104
96
33
(15)

341/2
151/2
14

(2)
兆円
218
93
96
29
(13)

361/2
151/2
16

(2)
社会保障に係る負担 70 181/2 266 29 225 33 211 351/2
 社会保障負担 51 131/2 186 20 155 23 145 241/2
 社会保障に係る公費負担 19 83 81/2 69 101/2 66 11

(参考)
[介護保険制度創設に加え、医療及び年金についてそれぞれ給付を2025年までに仮に1割減少させた場合の社会保障に係る負担の減少の機械的試算]

  平 成 3 7 年 度(2025年度)
NI比 NI比 NI比
兆円 兆円 兆円
年 金 △15 △11/2 △11 △11/2 △10 △11/2
医 療 △10 △1 △10 △11/2 △10 △11/2
合 計 △24 △21/2 △21 △3 △20 △31/2

  平成7年度 平 成 3 7 年 度(2025年度)
兆円 兆円 兆円 兆円
国 民 所 得 377 923 676 598

問い合わせ先 厚生省大臣官房政策課
担 当 新田(内2248)、大西(内2261)
電 話 (代表) [現在ご利用いただけません]


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