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平成12年12月26日
ダイオキシン類健康影響評価特別部会報告
1 はじめに
これまでに我が国で行われたダイオキシン類の健康影響に係る評価としては、生活環境審議会・食品衛生調査会 ダイオキシン類健康影響評価特別部会において取りまとめられた「ダイオキシンの耐容一日摂取量(TDI)について」が平成11年6月に公表されている。
当報告において、今回のTDIは、ダイオキシン類に関する既存の主要な科学的知見を基に算出された当面のものであるとしている。また、世界保健機関(WHO)専門家会合報告書(平成10年)でも、TDIについては、5年後程度を目途に再検討することとしており、当報告においても、我が国における今後の調査研究の進展や、WHOの検討状況を踏まえながら、改めて検討していくことが適当であるとされている。
また、現在、米国環境保護庁(US-EPA)において、ダイオキシン類のリスクの再評価が進められており、US-EPAとしての再評価結果を取りまとめることとされている。さらに、ダイオキシン2000などの国際学会等においても、新たな知見が発表されているところである。
これらを踏まえ、今般、我が国におけるTDIの再検討に当たっての知見として、ダイオキシン類健康影響評価特別部会において、US-EPAのリスク再評価ドラフトについて、現時点で可能な範囲で専門的見地から検討を加え、次のとおり結論を得たので報告する。
なお、別添としてUS-EPAの Information Sheet 1、2及びこれらの仮訳を参考までに示す。
2 US-EPAにおけるダイオキシン類リスク再評価ドラフトの要点等について
今回、検討を行ったUS-EPAのダイオキシン類リスク再評価に係る報告書はドラフト段階のものであり、今後、正式な報告書として取りまとめを行うに際し、内容等について変更が生じ得るものである。よって、以下に記載する内容については、現時点で可能な範囲で要点等を取りまとめたものであり、今後正式な報告書が取りまとめられた際には、再度検討を要する可能性があることに留意されたい。
(1) ダイオキシン類
(2) 毒性等価係数(Toxic Equivalency Factor, TEF)及び毒性等量(Toxic Equivalent Quantity, TEQ)
- ダイオキシン類は多くの化学構造上類似の化学物質の総称である。即ち、polychlorinated dibenzo-p-dioxins(PCDDs)、 Polychlorinated dibenzofurans(PCDFs), Polybrominated dibenzo-p-dioxins(PBDDs)、 Polybrominated dibenzofurans(PBDFs)及びPolychlorinated biphenyls(PCBs)が含まれる。更に、Polybrominated biphenylsや一つの分子に塩素と臭素が含まれる場合も考えられ、おびただしい数の化合物の存在が考えられる。いずれも脂溶性が高く、動物体内での代謝や環境中での変化を受けにくく、ヒトや動物の体内に蓄積しやすいと言う共通の性質を有している。
ダイオキシン類の中では 2,3,7,8-Tetrachlorodibenzo-p-dioxin (ダイオキシン、2,3,7,8-TCDD)がその強い毒性から最も注目されている。ダイオキシン類のうち全ての化合物が2,3,7,8-TCDD様の毒性を有しているわけではない。2,3,7,8-TCDDなど代表的な化合物の毒性については多くの毒性研究があるが、全ての化合物について十分な毒性データがあるわけではない。特に臭素系ダイオキシン類についての毒性情報は少なく、詳細な毒性評価は行われていない。
このようにおびただしい数のダイオキシン様化合物が存在するものの、ヒトや動物体内での蓄積データから、環境中のダイオキシン類については、20種類前後のものに絞って評価すれば十分であると考えられている。
【注1】 US-EPAのダイオキシン類再評価ドラフトにおいては、ダイオキシン類として、臭素系ダイオキシン類等を含む非常に広義の定義がなされている。我が国におけるダイオキシン類の定義は、PCDDs、PCDFs及びコプラナーPCBである(ダイオキシン類対策特別措置法(平成11年法律105号)第2条第1項に規定されるダイオキシン類)。
なお、ダイオキシン類対策特別措置法附則第2条においては、臭素系ダイオキシン類の人の健康に対する影響の程度に係る調査研究を推進することとされている。また、今回検討を行ったUS-EPAの報告書ドラフトにおいては、臭素系ダイオキシン類等のリスク評価に係る新たな知見は特段記載されていない。
【注2】 本中間報告のとりまとめに当たって、US-EPAドラフト中の英名とその訳語の対照は以下のとおり。
- dioxin ⇒ ダイオキシン
dioxins ⇒ ダイオキシン類
dioxin-like ⇒ ダイオキシン様
and related compounds ⇒ 及びその類縁化合物
(3) 暴露評価指標
- ヒトは環境その他から、いろいろな量と割合で同時に種々のダイオキシン類による暴露を受けており、このことがヒトにおけるダイオキシン類に係る健康評価を複雑なものとしている。
そこで、異なった種類のダイオキシン類に同時に暴露された場合の健康影響評価法として、2,3,7,8-TCDDの毒性(これを1とする。)を基準として、その他のダイオキシン類の毒性の強さ、すなわち毒性等量係数(TEF)を定め、暴露された全てのダイオキシン類の量を2,3,7,8-TCDD毒性等量(TEQ)に換算して評価を行うことが普通であり、極めて有用な評価手段となっている。
TEFはこれまでに3種類が示されているが、1998年にWHOが新たに示したWHO-TEF (1998)を用いることが推奨されており、現在、TEF算定に用いられているが、科学的知見の充実を踏まえて定期的に再検討することが必要である。
(4) ヒトや動物における発がん性
- 暴露評価の指標として、1)投与量、2)AUC、3)血漿(又は組織)中濃度、4)定常状態における体内負荷量(Steady-State Body Burden) 及び 5)作用機序に基づく用量指標(Mechanistic Dose Metrices) がこれまでに提案されている。それぞれに利点、欠点があり、利用には限界がある。
例えば、AUCはヒトの間で暴露量を比較し、毒性発現について考察するには適しているが、寿命の差や特定の毒性について感受性の高い時期もあり、種間比較に利用するには問題がある。一方、体内負荷量(又は血中濃度)は、組織中濃度に対応するものであり 、現時点ではダイオキシン類による暴露の比較をヒトと動物などの種間で行い、リスクアセスメントを行うのに最も適切な指標と考えられている。
これらの指標を用いる場合には、データと使用目的、および前提となる仮定をよく理解して選ぶ必要がある。
(5) 毒性メカニズムについて
- これまでUS-EPAで行ってきた職業的コホート研究など疫学的研究によれば、ある不確実性は残るものの、ダイオキシン類の暴露とがんによる死亡率の増加には相関があることが認められている。また、高レベルのPCDFsとPCBsに暴露された日本のカネミ油症でも肺がんと肝がんによる死亡の増加が認められている。セベソにおける高濃度ダイオキシン暴露事故でもがん死の増加が示唆されているが、確定的な証拠はまだ得られていない。これまでの調査により、限られた疫学データから2,3,7,8-TCDD及びその他のダイオキシン類は、ある不確実性は残るものの、高濃度で暴露されたヒト、特に男性にとって多臓器発がん物質であるとされている。職業的に暴露されたヒトの、多臓器における発がんリスクの増加は、ダイオキシン類の作用機構や、標的臓器における遺伝子発現と細胞制御への作用レベルを考えればあり得ることであろう。
しかし、限られた疫学データの中から、この結論を更に確実にするためには、将来にわたり、より長期的観察及び適切な暴露評価の研究が必要である。
実験的には、2,3,7,8-TCDDはラット及びマウスに対して非遺伝毒性発がん物質であることを示す多くのデータがあり、2,3,7,8-TCDDに対して毒性感受性の低いハムスターに対しても発がん性が示されている。さらに、2,3,7,8-TCDDは、発がんプロモーション作用を示し、他のダイオキシン様化合物にも同様なプロモーション作用がある。しかも、ある不確実性は残るものの、がんに対する疫学的結果と、ダイオキシン様化合物が多種の動物で多臓器発がん物質あるいは発がんプロモーターであるとの結果は、概して一致している。
このような根拠から2,3,7,8-TCDDは明らかに human carcinogen (ヒトに対する発がん性がある物質) に分類できる。これは国際がん研究機関(IARC)における結論と同様である。ダイオキシン類の混合物やその他のダイオキシン様化合物はこれまでのデータから likely human carcinogen (ヒトに対する発がん性の可能性がある物質)に分類できる。
暴露量と発がんリスクに用量相関傾向を示した研究はいくつかみられるが、疫学的データ、特に職業性暴露量以下の研究では、用量相関曲線について明確なことはいえない。
US-EPAは発がん性上限リスク値を疫学及び発がん性試験データから計算して1×10-3 per pg-TEQ/kg/dayを発がん上限値として用いることを勧めている。
ダイオキシン類の場合のように作用発現用量(effective level) とバックグラウンドのレベルが近い場合、US-EPAは非発がん性影響評価にはDeviation of a Reference Dose (RfD)ではなく、Margin of Exposure (MOE)を用いることを推奨しており、通常、この値として100〜1000が望ましいとしている。体内負荷量の取り方と毒性指標の選び方によってはMOEが10以下になることもある。
RfDはバックグラウンドにおける暴露量が低いとき、ある特定の発生源からの暴露量を評価するときに用いられるものである。
ATSDR (US Agency for Toxic Substances and Disease Registry)はダイオキシン類の最小リスクレベル(Minimum Risk Level, MRL)を1.0 pg-TEQ/kg/dayに設定しているが、がん以外の指標を用いたこの方法の妥当性には疑問がある。
WHOが設定している耐容一日摂取量(TDI, 1〜4 pg-TEQ/kg/day)は、リスクマネージメントの目的には妥当な数字である。
(6) 暴露について
- ダイオキシン類の毒性の大部分は、動物、ヒト共に細胞質に存在するアリール炭化水素受容体(Ahレセプター: arylhydrocarbon receptor)を介して生じるものと考えられる。 Ahレセプターを介さない毒性影響も報告されているが、この種の毒性が生じるのは比較的多量のダイオキシンに暴露された場合であり、ヒトのリスク評価には影響しないものと考えられる。
ダイオキシンとAhレセプターの複合体は、細胞の核内でアリール炭化水素受容体核移行因子(Arnt)とヘテロ二量体を作り、DNAの特定の領域に結合して転写活性因子として働く。このAhレセプターやArntには種差、系統差があることが動物で知られていたが、最近ヒトでもこれらの蛋白の多型が報告されている。この多型がヒトの感受性にどの程度の幅をもたらすかは今後の研究課題である。
(7) 小児への毒性影響
- 成人の一日あたりのPCDD/PCDFsとダイオキシン様PCBの摂取量はそれぞれ41および24 pg-TEQ/dayであり、総摂取量は65 pg-TEQ/dayであることから、米国におけるバックグラウンド暴露レベルは、1 pg-TEQ/kg/dayとなる。この摂取量は食物、土壌、および大気からの摂取を合わせたものである。
なお、成人血中濃度の253 pg-TEQ/g lipidから、定常状態の薬物動態モデルを用いて推定される一日あたりの摂取量は1463 pg-TEQ/dayであり、摂取経路からの推定値の2.2倍に相当する。この相違は過去の暴露値は現在より高かったと思われることを考慮せずに、単純なモデルを当てはめたことから予想されたことである。また、摂取経路からの推定値はすべての暴露経路をとらえていない場合には過小評価になる。
また、暴露値の個人差は高いもので平均値の3倍程度であり、主として食生活の差によるものである。
(8) 母乳栄養児におけるダイオキシン量
- バックグラウンドレベルの暴露量において、精神行動、甲状腺機能、免疫機能、歯の発達への影響が疫学的に報告されているが、いずれも確定的でない。
母乳栄養児の甲状腺機能異常の報告が多くなされているが、成長とともにどのような影響を生ずるかについては、今後の長期観察によるデータが必要である。
動物実験では、2,3,7,8-TCDDの妊娠中あるいは授乳期の単回投与実験が行われており、多くの場合、生殖器の発達、精神神経系の発達、免疫機能などに明らかな影響が認められている。
小児期における暴露と発がんの関係は、疫学的にも実験的にも明らかではない。ダイオキシン類が発がんプロモーター作用を持つことを考えると、一時的な高濃度暴露よりは、体内負荷量の方が問題であり、したがって小児期より成人後の暴露の方が問題である。
また、母親から胎児への影響は、母親のそれまでの食生活などによって蓄積された量(体内負荷量)の問題である。従って、一時的な高濃度暴露も体内負荷量を有意に増加させない程度であれば問題ないであろう。
- 母乳栄養児は人工栄養児に比べて、明らかにダイオキシン量が高い(20 vs. 5 ppt TEQ)。母乳栄養児の年間ダイオキシン平均摂取量は、成人の摂取量より明らかに高い(92 vs. 1 pg-TEQ/kg/day)。しかし、乳児の急速な体重増加及び脂肪の増加、母乳中のダイオキシンの経時的減少により、体内負荷量は決して大きな差を生じない。
母乳栄養児は人工栄養児に比べて、発育に必要な一時期、高いレベルのダイオキシン類を摂取するが、母乳栄養の利点はWHO、米国小児アカデミーなどで認められており、その利益(benefit)は危険(risk)を上回るものである。
3 今後の我が国におけるTDIの再評価について
氏名 | 所属 |
伊東 信行 | 名古屋市立大学名誉教授 |
江馬 眞 | 国立医薬品食品衛生研究所大阪支所生物試験部第二室長 |
大井 玄 | 国立環境研究所長 |
大野 泰雄 | 国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター薬理部長 |
小川 益男 | (財)日本食品分析センター学術顧問 |
黒川 雄二 | 国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター長 |
酒井 伸一 | 京都大学環境保全センター助教授 |
首藤 紘一 | 国立医薬品食品衛生研究所長 |
武谷 雄二 | 東京大学医学部教授 |
多田 裕 | 東邦大学医学部教授 |
丹後 俊郎 | 国立公衆衛生院疫学部理論疫学室長 |
寺尾 允男 | 前国立医薬品食品衛生研究所長 |
寺田 雅昭 | 国立がんセンター総長 |
豊田 正武 | 国立医薬品食品衛生研究所食品部長 |
永田 勝也 | 早稲田大学理工学部教授 |
花嶋 正孝 | 福岡大学工学部教授 |
廣瀬 雅雄 | 国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター病理部長 |
藤田 賢二 | 東京大学名誉教授 |
眞柄 泰基 | 北海道大学工学部教授 |
松浦 信夫 | 北里大学医学部教授 |
宮田 秀明 | 摂南大学薬学部教授 |
安田 峯生 | 広島大学医学部教授 |
山田 久 | 瀬戸内海区水産研究所環境保全部長 |
渡邊 昌 | 東京農業大学教授 |
氏名 | 所属 |
江馬 眞 | 国立医薬品食品衛生研究所大阪支所生物試験部第二室長 |
大野 泰雄 | 国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター薬理部長 |
黒川 雄二 | 国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター長 |
寺尾 允男 | 前国立医薬品食品衛生研究所長 |
廣瀬 雅雄 | 国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター病理部長 |
安田 峯生 | 広島大学医学部教授 |
(注:以下に掲げる文章は、事務局による「仮訳」であることに留意されたい。)
環境保護庁(EPA)をはじめとする関係省庁及び総合科学会議は、1991年よりダイオキシン暴露と人への健康影響に関する再評価を行ってきたところである。このInformation Sheetは、「2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)及びその類縁化合物の暴露と人への健康影響に関する再評価」と題する再評価(案)(訳注:ドラフト)を要約したものである。さらなる詳細は、関係書、「ダイオキシン:再評価(案)における科学的ハイライト」を参照されたい。
「ダイオキシン」という単語は、ある類似の化学構造と生物学的作用機序メカニズムを共有する化学物質の一群をさす。全部で30種類のダイオキシン様化学物質があり、それらは、類似の3種類の化合物群に属している:塩素化ジベンゾ-p-ダイオキシン(CDDs)、塩素化ジベンゾフラン(CDFs)及び一部のポリクロロビフェニル(PCBs)。「ダイオキシン」という単語は、また、もっともよく研究されているもっとも毒性の強いダイオキシン、すなわち2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)を意味することもある。CDDs及びCDFsは人為的には製造されていないが、自然や数々の人間の活動を通じて偶発的に発生しうる。燃焼、パルプや紙類の塩素漂白、ある種の化学物質製造・加工をはじめとする工業工程は、すべて少量のダイオキシン類を発生しうる。PCBは、米国内ではもはや製造されていないが、過去には、電気機器の冷却剤や潤滑油として広く使用されていた。
訳注:dioxin⇒ダイオキシン
dioxins⇒ダイオキシン類
dioxin-like⇒ダイオキシン様
and related compounds⇒及びその類縁化合物
ダイオキシン類のリスク−毒性等量による方法
(注:以下に掲げる文章は、事務局による「仮訳」であることに留意されたい。)
環境保護庁(EPA)をはじめとする関係省庁及び一般の科学者達は、1991年よりダイオキシン暴露と人への健康影響に関する総合的な再評価を行ってきたところである。「ダイオキシン再評価の歩み:ダイオキシン再評価の完成へ向かうEPA」と題した手引きの中の、プロセスについての議論を参照されたい。続く数ページにわたって、EPAはダイオキシン及びその類縁化合物の再評価(案)の改訂版における(訳注:EPAはダイオキシンの再評価(案)を1994年に出している。今回は、その再評価(案)の改訂)科学的ハイライト部分についてまとめている。「用量作用関係」の章(第2部第8章)、新「TEF」の章(第2部第9章)については、最新情報に改め改訂した。「要訳及びリスクキャラクタライゼーション」の章(第3部)は、最新情報に改め、改訂し、さらに様式を改めた。この部分については、現在パブリックコメントとピアレビューが行われている。
今回の再評価報告書において、ダイオキシン及びその類縁化合物の濃度は、2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)としての毒性等価換算量(TEQs)として表している。ダイオキシンの中で、TCDDはもっともよく研究されており、関連化合物についてTEFを決定する際の基準の化合物である。TEF/TEQの手法の不確実さだけでなく、その長所及び短所は、本報告書の中でも、とりわけ、新たに作成された章(第2部第9章)において、議論されている。TEQの手法を採用することは、国際的な科学者の間でも広く受け入れられいるし、常に自然界中にダイオキシン類の混合物として存在するこの種の化合物群の評価の基本である。TEQアプローチの採用そのものが、すなわち、再評価報告書における様々な「結論」が基づく重要な仮定(assumption)なのである。
再評価報告書においては、ダイオキシン及びその類縁化合物の暴露により、ヒトが幅広い種類の影響を受ける可能性が疑われることについて、ヒトのデータ、動物実験データ及び補助的な実験データを含む全ての情報に基づいて十分な証拠があるとされた。リサーチは、TCDDのある突出した生物学的に著しい影響に焦点をあてている。生物化学的、細胞学的及び器官レベルにおけるこれらのエンドポイントは、実験系ではTCDDによって影響を受けることが示されてきたが、これらのエンドポイントについてのその他のTCDD様化合物に関するデータは、一般にはない。その他の化合物それぞれについてのデータがないにしても、毒性等価の概念において具体化されているように、これらの影響が全てのダイオキシン様化合物についてもおこりうるということを示唆する理由はある。これらの影響は、ヒトの高濃度暴露においてはじめて、わずかに観察されてきたものである。つまり、それ以外の影響については、十分計画されたヒトの研究等がほとんどないのである。一般的には高濃度において観察可能な毒性影響の発現に対し、動物やヒトの極めて低濃度の暴露においてみられる生物化学的及び細胞学的な変化のメカニズム的な関係は、不確かで議論の残るところである。動物モデルを使用したり、少ないながらもヒトに関するデータベースの評価をしたことのある科学者達の経験に基づくと、ヒトでの影響が幅広い範囲に及ぶであろうと推定することは、妥当なことである。これらの影響は、バックグラウンドレベルまたはその近辺での暴露による適応によるもの(be
adaptive)(ほとんど毒性的な影響はないか、全くないもの)と判定されるかもしれないし、毒性であると強く考慮されるかもしれない生物学的あるいは生物化学的な変化から、暴露レベルが、バックグラウンドレベルを桁違いに超えて(10〜100倍)増加して発現するあきらかな毒性影響まで、広い範囲にわたる。酵素誘導、遺伝子制御または関連受容体における変化、そして細胞機能の変化のインディケーターは、毒性反応の初期のインディケーターになるのかならないのかわからない、未知の臨床的な所見の暴露のバイオマーカーの例である。例えば、バックグラウンドレベルあるいはその近辺での活性化/代謝酵素の誘導は、適応によるものかもしれないし、むしろ逆に考えられるかもしれないし(誘導により代謝が早められ、潜在的な毒性化合物の代謝や排出が早められるかもしれないため)、活性な中間体を増やし毒性影響につながるかもしれない。これらの双方の実際の例は、出版されている動物関連文献にでている。その他の潜在的な毒性影響は、ヒトにおけるダイオキシン及びその類縁化合物へのバックグラウンドレベルあるいはその近辺での暴露(10倍差以内)に関連していると報告されている。これらには、発育遅延、免疫系への影響、そしておそらく疾病の発生率及び感受性の増加、例えば成人性糖尿病の発生率の上昇などが含まれる。暴露レベルがバックグラウンドレベルを1または2桁違いで超えない限りは(10または100倍)、ヒトの暴露集団では、潜在的にあったとしても、ガンを含む明らかな毒性影響が疾病の発生率の増加という形で検出されることはない。
感受性に関しては、どんなダイオキシン影響に関しても、個々の動物種における感受性は異なっていることがよく知られている。しかしながら、最近明らかになったデータは、ヒトの感受性は、個々の影響に関する動物の感受性の範囲の、両極端のどちらかよりは、真ん中あたりに位置することが示されている。言い換えれば、種差間で比較可能な用量設定を用いたデータを評価すると、ヒトは一般的には、他の動物種と比較して、ダイオキシン様化合物の個々の影響に対して、極端に感受性が高いわけでも、低いわけでもないということである。ヒトの個人差による毒性影響の多様性は評価しがたいが、ヒトに関するデータは、再評価報告書(訳注:今回のreassessment)において議論されたいくつかのエンドポイントに関する作用レベルの推定を、直接的あるいは間接的に支持している。
科学者達は、ヒトを含む脊椎動物におけるダイオキシン及びその類縁化合物による影響の全てではないがほとんどについて、ある共通の生物学的なステップが必要であることを解明し説明している。ダイオキシン様化合物の「Ahレセプター」と呼ばれる細胞蛋白への結合は、ダイオキシン様化合物への暴露に起因する、通常の生物学的プロセスにおける生物化学的、細胞学的、組織レベルの変化を含む一連の事象の第一段階である。Ahレセプターへの結合は、ダイオキシンのよく研究された影響について、その影響を発現するために、充分ではないが(レセプター結合以降のさらなる段階が必要である)、本質的に必要である。TCDD暴露により発現する影響は、類似の構造を持ち、Ahレセプターに結合する特性を持つ他の化学物質にも、共通してみられる。したがって、生物学的システムが、単一のダイオキシン様化合物への暴露よりも、他のダイオキシン様化学物質への累積暴露に対して反応すると仮定することは、妥当なことである。これまでのダイオキシンの毒性発現機構に関する我々の理解に基づけば、Ahレセプターとの作用が必要であること、ヒトに比較可能な用量(体内負荷量程度の用量)において、実験動物で発現されるダイオキシンの影響の多くが、ヒトでも発現するであろうこと、個々の動物種におけるレセプター結合よりいわゆる「下流」の様々な反応に対して、組織間、動物種の間または同種の中での多様性があろうこと、を結論付けることは妥当なことである。
酵素誘導、ホルモンレベルの変化、細胞機能の変化のインディケーターなどの、ダイオキシン及びその類縁化合物による影響の中には、一部の一般的な人々が暴露しているレベルまたはその近辺での暴露量に相当する体内負荷量程度で、ヒトや実験動物において観察されてきたものもある。その他、高濃度暴露した人々においてのみ観察され、低濃度暴露した人々の間で起こるかもしれないし起こらないかもしれない影響もある。工業事故あるいはごく希に起こる高濃度に汚染された環境媒体への暴露を通じて引き起こされるかもしれない影響など、短期間高濃度暴露に基づく、血中ダイオキシン濃度の一時的な増加に関連する毒性影響は、全体的な体内負荷量に係る暴露影響に基づくものかも知れない。
暴露評価レポート(第1部)は、民間からの意見や、庁の科学助言委員会(SAB、訳注:EPAが諮問を行う専門家委員会)からの意見を反映して改訂されてきた。それには、最新(1999)かつ包括的な米国内のダイオキシン及びその類縁化合物の排出目録がしめされている。様々な種類のダイオキシン源が特定され明らかにされてきたが、もちろん他にも存在するかもしれない。現在の情報によれば、環境中に存在するダイオキシン様化合物は、主として、燃焼や工業的な工程によって非意図的な副産物が合成された結果であるし、それらは経年的な排出状況の変化を反映している可能性が高い。特定される環境中への排出源は5種類に分けられる。:燃焼及び廃棄物焼却;金属精錬、精製及び加工;化学物質製造/加工;環境媒体等への蓄積分;生物学的及び光化学反応プロセスである。暴露評価レポートにより、1987年から1995年の間の推定排出量の状況をかいま見ることができる。入手可能なデータの性質や全国の排出量から外挿する必要性などによって、これらの推計の信頼性は異なるものである。しかしながら、ダイオキシン及びその類縁化合物の排出量が既知の排出源からの大気、水、そして土壌への排出状況に関するEPAの推定によれば、おもに一般及び医療用廃棄物焼却炉からの大気中への排出削減により1987年から1995年の間に排出量は80%減少している。1995年に一般廃棄物焼却炉について、1997年に医療用廃棄物焼却炉について、それぞれ制定された規制によって、これら2種の廃棄物焼却炉からの排出は95%以上削減されている。
ダイオキシン様化合物は難分解性で、かつ特に動物の生体組織に蓄積するため、主なヒトの暴露経路は、ダイオキシン様化合物を微量に含有する食物の摂取である。このことから、ダイオキシン様化合物は、幅広い一般人に対して暴露されることになる。一日摂取量は1970年代以降減少しているようであり、90年代半ばの時点において、ダイオキシン及びその類縁化合物(ダイオキシン様PCBを含む)の大人の一日摂取量は、平均70pgTEQDFPWHO98/dayである。なお、排出源の近くに住んでいたり、食事療法をしていたりといったことで、さらなる暴露を受けている人々も部分的にはいるかもしれない。
米国における一日摂取量に寄与する、環境中のダイオキシン及びその類縁化合物の推定レベルは、1995年より集められている追加データに基づいている。さらなるデータ収集は、EPA、FDA及びUSDAによって行われているところである。現在の推定米国レベルは、西ヨーロッパやカナダで報告されたレベルと同等であり、ダイオキシン暴露が増加しているのは工業化に関連するものであるという結論を支持している。他の先進国と米国におけるレベルが同等であるということは、米国のレベルに関するデータが限られていることをことを考慮しても、米国における推定が妥当なものであることについての、もう一つの保証でもあり、各国間におけるいくらかのばらつきは、その国のまたは国際的な抑制努力を反映していくであろうということである。
再評価報告書は、ダイオキシン様化合物が環境中の食物連鎖系やヒトの食物に侵入する主なメカニズムは、大気からの沈着を通じたものであるという仮説を提示している。ダイオキシン及びその類縁化合物は、大気への排出により直接大気中に入り、多くの物理的生物学的プロセス−例えば、浸食、表面流去、土壌や水、再浮遊粒子からの揮発−を通じて環境中に広く拡散する。沈着は、土壌や植物の表面で直接的におこりうる。現在では、大気からの沈着は、主に現在のダイオキシン及びその類縁化合物の全ての媒体からの寄与によるものなのか、それとも環境中に蓄積し、循環している過去の排出によるものなのか、明らかではない。これらの2つのシナリオの関係を理解することは、食物連鎖系における個々の点源からのこれら化合物の相対寄与を理解するために、またダイオキシン暴露の低減の試みにおける、現在または過去のダイオキシン類の排出に注目した削減対策の効率性を評価するために、とりわけ重要である。
「バックグラウンド」暴露という単語は、ダイオキシン様化合物の特定の点源からの暴露を受けていない一般的な人々の暴露を記述するために、今回の再評価報告書の中で使われている。ヒトの組織中レベルに関するデータは、体内負荷量は、先進国の間ではほぼ同様であることを示唆している。体内負荷量を導くための1980年代末の平均的なバックグランド暴露レベルは、全てのダイオキシン類、フラン類、ダイオキシン様PCBを対象とした場合、30〜80pgTEQ/g脂肪(30-80ppt相当)であり、中間値はおよそ55
pgTEQ/g脂肪であった。一般的な人々の体内負荷量の最高推定量(一般的な人々の高い方からおよそ1%)は、血中データ及びダイオキシン摂取の指標である脂肪摂取量の評価に基づくと、それより3倍以上高い。(つまり、一般の人々の間でも、ダイオキシンの暴露量は3倍程度のひらきがあるということである。)米国の一般的な大人でのCDD/CDF/PCB組織レベルの平均は、減少しているようであり、最近の(1990年代末)体内負荷量の平均値は、25ppt(TEQDFPWHO98、脂肪あたり)である。
一般的な人々の暴露に加えて、職業暴露、個別発生源による直接的または間接的暴露、乳児の母乳経由の暴露、漁師または趣味の釣人達の魚からの暴露など、個別発生源や地域特有な経路によるダイオキシン化合物に暴露している人々もいる。これらの人々の日常的な暴露は、一般的な人々よりも著しく高い。しかしながら、特にこれらの高暴露が一時的あるいは短期的なものである場合には、平均体内負荷量の差は、一日摂取量の差よりも、ずっと低いであろうと予想される。さらに、難しいことではあるが、食事構成の健康へのメリットは、いわゆるトータルなリスク評価という中で評価されるべきものである。
上記で述べたように、酵素誘導や、細胞機能の変化、他の潜在的な毒性影響の様な生物化学的及び物理的な微妙な変化は、限られた数の研究成果において、ダイオキシンに暴露した人々にみとめられている。動物実験で得られた知見とあわせ、これらの知見は、ヒトの代謝系、生物の発育又は/及び生殖に係ること、そしておそらくその他にも、現在のヒトの暴露レベルの範囲で、毒性的な影響を引き起こす可能性があることを示唆している。TEQ摂取量は、相対的なTCDD暴露量であるという仮定を考えてみれば、平均のバックグラウンドのTEQ摂取又は体内負荷量レベルの10倍以内のレベルで、これらの毒性影響のいくつかはおこっているかもしれない。この範囲内又はそれ以上に体内負荷量が増加すると、ヒトの非ガン性影響の種類だけでなく、発生頻度も増加する可能性が高いだろう。ダイオキシン及びその類縁化合物が作用する実際の生物学的レベル及びダイオキシン体内負荷量に対する「下流」の反応の潜在的な多様性のために、どのくらいの量でどのように、ヒトの集団の個々が反応するのか、明らかに言明することは、現在では不可能である。最近データにより明らかになったように、バックグラウンドレベルの暴露に相対する体内負荷量と、ヒトで影響が認められるレベルに基づき計算されたMOE(Margin
Of Exposure、訳注:非ガン性影響の評価に用いられる指標。MOE:LOAELあるいはNOAELといった毒性の指標になる用量を、暴露量で割った値。MOEが100-1000の範囲にあることが、一般的に望ましいと考えられている。)は、体内負荷量TEQの点では、以前の推定よりもかなり低くなっており、1又はそれ未満になる場合すらあるかもしれない。微妙な行動影響を含む、ある種の毒性影響については、NOELはまだ確立されていない。
これらの事実と仮定は、一般的な人々あるいは高い暴露を受けている人々の中には、多くの毒性影響のリスクを受けているかもしれないという推論に行き着く。例えば、その影響の中には、細胞生物科学あるいは/及び生理学的な変化に対する発生器官の本質的な感受性に基づいた発生毒性、構造的又は機能的な影響に基づいた不可逆的な生殖機能の損傷、免疫能の低下といった影響も含まれるかもしれない。より高い暴露を受けている人々は、様々な非ガン性影響のリスクもあるかもしれないという推論は、動物、ヒトに関する情報、その他の科学的な知見によって支持されている。
ヒトはダイオキシン様化合物への暴露により非発がん性の影響も示す可能性が高いという推論は、これらの化合物が細胞レギュレーションに影響を与える濃度と、及び毒性的な反応を示すことが証明されている生物種が、幅広く多岐に渡っていることに基づいている。例えばTCDD様化合物への暴露に続く発生毒性が、魚、鳥、ほ乳類でもおきているように、ヒトでもある程度のレベルでおきる可能性が高い。発生あるいは繁殖機能に関する毒性影響に対して、ヒトの集団の中の個々が、どのくらいのレベルでどのように反応するのかといったことを明らかに言明することは不可能である。しかし、発生に関する微妙な影響については、新生児の場合はバックグラウンドレベルに近い暴露でも発現する場合もある。幸いにも、バックグラウンドの暴露範囲の最高推定値を超えるようなTCDD暴露があることが明らかになったヒトの集団はほとんどない。これらの集団について調査してきた結果、臨床的な著しい所見はほとんど観察されなかった。労働環境におけるTCDD暴露の成人男性についてのもっとも最近の疫学的な研究の成果は、一般的な人々での非発がん性の影響の評価を難しくしてしまった。しかしながら、カネミ油症のようなダイオキシン様化合物の本当に高いレベルの暴露についての研究では、毒性影響は、男性、女性そして子供にまで観察されたことを付記しなければならない。ヒトに対する適当なデータがない状態で、様々な非発がん性の影響はヒトでも起こる、と推論することは、科学を無視したものであると議論する者もいる。しかし、著者及びレビュアーとして再評価に参加した科学者の多くは、利用可能なデータの「Weight
of evidence」により、そのような推論は妥当であると述べている。したがって、この論理的な結論は、ダイオキシン暴露へのヒトの反応を評価するためのより感度のよい方法ができた時に、さらなるデータ収集によって評価されるかもしれない証明可能な仮説そのものである。
発がん性に関しては、「Weight of evidence」の評価により、TCDDは「human carcinogen」として、その他のダイオキシン様化合物は「likely Human carcinogen」として提案された。疫学的データそれだけでは、TCDDを「Human carcinogen」と特定するには不十分である。しかしながら、動物実験の明らかな証拠とメカニズムデータに引き出された推論を、疫学的研究から得られた整合性のある示唆的な証拠とつきあわせることにより、ダイオキシン及びその類縁化合物の混合物が、発がん性物質である可能性が高い(「likely」)と結論付けることは支持される。特定の環境中混合物に関するこの記載の信頼度は、異性体に関する情報の程度によって高められる。発がんのハザードに関するこの記載と、発がんのリスク−評価は区別することが重要である。主要な不確実性がまだ残っているが、本再評価においては、発がん性の評価のためにより多くのデータを集める努力により、(傾き係数は、)1pgTEQ/kgBW/dayあたり5x10-3〜5x10-4の範囲にあると推定された。これらの傾き係数【slope factor、訳注:リスクをY軸、用量(暴露量)をX軸に取った場合の、傾き。すなわち、単位暴露量あたりの、リスクの増加量。】と、結論としたリスクに関する推定用量から、作用が観察された用量範囲及び最小作用観察濃度(ED01)でのヒト及び動物データの評価に基づいたリスク評価の、現実的にありうるであろう最高の値が示される。これらの値は、データが今より少なかった当時の評価(1985年及び1994年)より、3〜30倍高い。これらの傾き係数と現在の摂取レベルを考慮すると、一般の人々のリスクの最高推定値(95パーセンタイル値以上)は、10-3(1000人に1人)から10-2(100人に1人)の間になる。「実際」のリスクは、この値を超えることはまずありえないし、それよりも低いはずである。リスクが0である人々だっているかもしれない。がんのリスクの程度は、暴露経路と暴露レベル、総体内負荷量、標的臓器への用量、個人の感受性、ホルモン状態に依存してきまる。一般の人々についての最高推定リスク値の範囲は、EPAの以前の再評価(案)(1994年版)(10-4〜10-3)に基づいたバックグラウンドの暴露レベルで発現するリスクの値より、1桁高い値である。
最近のデータによれば、受容体結合と、酵素誘導といったもっとも初期の生物化学的な反応の両方が、低用量レベルの線形性を説明している可能性が高いらしい。発がんの複雑なプロセスとこれらの初期の反応の関係を確立しようと試みられているところである。もしこれらの知見が、開発中の生物学的な発がんモデルにおいて、低用量での線形性を示唆すれば、がんのリスクの確率は、低用量のTCDD暴露においても線形な関係を示すであろう。初期の細胞反応と生物学的な発がんモデルにおけるパラメーターのメカニズム的な関係がより理解されるようになるまで、(毒性影響が)観察される用量範囲以下におけるがんについての用量反応グラフの形は、不確実性に基づいた推論でしかない。ダイオキシン暴露とある種のがんとの関係は、平均TCDD体内負荷量が、一般のそれの1桁から3桁(10〜1000倍)高い労働者集団において、観察されてきた。総TEQとしての、これらの労働者集団における平均体内負荷量のレベルは、一般のそれの1桁から2桁(10〜100倍)以内にある。したがって、一般のがんのリスクの最高推定値を求めるために、あるいはバックグラウンドレベルを超えた増加分の暴露の影響を評価するために、広範囲の低用量範囲への外挿は必要ない。いうまでもなく、一般の人々のリスクの計算と、これらの人々のガンによる死亡率の明らかな増加の関係は、全く不確かである。
これまでの議論をまとめると、本再評価報告の中でレビューされた全てのデータに基づき、TCDD及びその類縁化合物が、広範囲の影響を引き起こす可能性がある、潜在的な動物毒性物質であるという絵が浮かびあがってきた。これらの影響の中には、非常に低い用量でヒトに発現しているかもしれないものもあれば、ヒトの健康に毒性的な影響を引き起こすものもあるかもしれない。これらの化合物が、生物システムに作用する潜在的な根本的な水準は、いくつかのよく研究されたホルモンに類似している。ダイオキシン及びその類縁化合物は、ヒトや動物における様々な反応を起こす潜在能力とともに、生物科学的な及び生物学的な反応カスケードを開始することにより、成長のパターンを変化させ、多くの細胞標的を分化させることができる。この能力をのぞくと、ダイオキシン暴露と様々な影響の増加を関連付ける疫学的証拠は限られており、ダイオキシン様化合物に起因する一般的な人々の間での疾病の増加について、明らかに示唆するものはない。一般の人々における疾病を明らかに示唆するものがないことは、ダイオキシン様化合物の暴露の影響がないという、確固たる証拠としてかんがえるべきではない。むしろ、疾病を明らかに示唆するものがないということは、我々の現在のデータ、科学的な手法が、ヒトでのこれらのレベルのダイオキシン及びその類縁化合物の暴露とその影響を直接的に関連付けるには、まだまだ不十分であるということを結論付けている可能性が高い。現在のバックグラウンドレベル又はその近辺でもヒトへのこれらの化学物質の影響をさらに評価していく必要性を示唆している部分もある。すなわち、暴露と影響に関する「weight
of evidence」、非ガン性影響に関する明確に低いMOE、一般の人々の中に、著しいリスクにある人々がいるということ、バックグラウンドレベルを超えた暴露の増加があった場合に、発がん性を引き起こすバックグラウンド暴露の原因となっているプロセスの相加性が、そのような必要性を示唆しているのである。
(照会先)
厚生労働省医薬局審査管理課化学物質安全対策室
化学物質係 高江(内線2424)
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