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平成12年12月28日(木)

神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な年齢の女性
等に対する葉酸の摂取に係る適切な情報提供の推進について

 厚生省児童家庭局母子保健課内に設けられた先天異常の発生リスクの低減に関する検討会の報告書(別添)がまとめられたのを受け、本日、別紙のとおり、厚生省児童家庭局母子保健課長及び厚生省保健医療局地域保健・健康増進栄養課生活習慣病対策室長から、都道府県、政令市、特別区、日本医師会、日本産科婦人科学会、日本母性保護産婦人科医会、日本小児科学会、日本小児保健協会、日本小児科医会、日本薬剤師会、日本看護協会、日本助産婦会、日本栄養士会等に対し、通知したものである。


児母第72号
健医地生発第78号
平成12年12月28日

  都道府県 母子保健主管  
政令市   部(局)長殿
  特別区 栄養主管  

厚生省児童家庭局母子保健課長

厚生省保健医療局地域保健・
健康増進栄養課生活習慣病対策室長

神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な年齢の
女性等に対する葉酸の摂取に係る適切な情報提供の推進について

 近年、先天異常の中で、二分脊椎などの神経管閉鎖障害について、欧米を中心とした諸外国により疫学研究が行われ、妊娠可能な年齢の女性等へのビタミンBの一種である葉酸の摂取がその発症のリスクを低減することが報告されている。また、欧米諸国においては妊娠可能な年齢の女性に対して、神経管閉鎖障害の発症リスクの低減のため、葉酸摂取量を増加させるべきであると勧告している。
 一方、我が国においては、諸外国と比較して、二分脊椎の発症率が低いこと等の理由から、これまで関連する疫学調査はほとんど行われておらず、また、神経管閉鎖障害のリスク低減のための葉酸の利用について特段の対応は行われてこなかった。
 しかしながら、平成11年に報告された神経管閉鎖障害の発症率が低い中国南部における研究においても、葉酸の摂取が神経管閉鎖障害の発症リスクを低減させるとの調査結果が示されたこと、平成11年度の厚生科学研究において、我が国の二分脊椎の発症率が増加傾向にあることが報告されたこと、さらに今後、食生活の多様化により、食物摂取の個人格差が大きくなり、葉酸摂取が不十分な者が増加する懸念もあること等から、我が国の現状を踏まえた葉酸の摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの可能性について検討する必要性が生じてきた。
 このため厚生省児童家庭局母子保健課においては、関係する専門家からなる検討会を設置したところであり、本年12月に同検討会において、別添「神経管閉鎖障害の発症リスク低減に関する報告書」がとりまとめられたところである。
 厚生省では、本報告書をもとに検討した結果、神経管閉鎖障害の発症が葉酸の摂取不足のみから生じるものではなく、葉酸摂取は神経管閉鎖障害の発症に関する一因子であるという観点から、我が国において葉酸の摂取により神経管閉鎖障害の発症リスクが低減する確実な証拠があるとはいいがたいものの、葉酸の摂取により一定の発症リスクの低減がなされるものと考えられることから、現時点で得られている妊娠可能な年齢の女性等の葉酸摂取による神経管閉鎖障害のリスク低減に関する科学的な知見について正確に情報提供を行うことが必要と判断し、当面の間、別紙「神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な年齢の女性等に対する葉酸の摂取に係る情報提供要領」に基づく方策を保健医療関係者等を通じて広く一般に周知することとした。
 ついては、妊娠可能な年齢の女性等の自らの判断に基づき神経管閉鎖障害の発症リスクの低減が推進されるよう、別紙要領に基づく、妊娠可能な年齢の女性等に対する適切な情報提供について管内市町村、保健医療に係る関係団体等への周知方よろしくお願いする。
 なお、現時点における我が国の神経管閉鎖障害の発症リスク低減の効果について明確な疫学的根拠が確立していないことから、厚生省においては、上述の方策の周知と併せて、今後、我が国における疫学研究の推進や葉酸の摂取状況、葉酸の利用効率、葉酸摂取と神経管閉鎖障害の関連性等の調査研究を行い、その結果を踏まえた更なる方策の検討を行うこととしている。
 本件については、(社)日本医師会、(社)日本産科婦人科学会、(社)日本母性保護産婦人科医会、(社)日本小児科学会、(社)日本小児保健協会、(社)日本小児科医会、(社)日本薬剤師会、(社)日本看護協会、(社)日本助産婦会、(社)日本栄養士会に対しても、その会員に対する周知を図るよう依頼していることを、念のため申し添える。


(別紙)

神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠可能な
年齢の女性等に対する葉酸の摂取に関する情報提供要領

第1 目的

 本要領は、保健医療関係者が、妊娠可能な年齢の女性、妊娠を計画している女性及び妊産婦等に神経管閉鎖障害の発症リスク低減のために葉酸の摂取に係る適切な情報提供を実施し、本人の判断に基づいた適切な選択が可能となることを目的する。

第2 葉酸及び神経管閉鎖障害の一般的な情報について

1 葉酸について

 葉酸はビタミンB群の水溶性ビタミンで造血に作用する。不足すると貧血が生じることがあるが過剰な場合に発症する疾患は特に知られていない。体内の蓄積性は低く、毎日摂取することが必要である。
 葉酸は緑黄色野菜、果物などの身近な食品に多く含まれる。

2 神経管閉鎖障害について

 神経管閉鎖障害は、主に、先天性の脳や脊椎の癒合不全のことをいう。脊椎の癒合不全を二分脊椎といい、生まれたときに、腰部の中央に腫瘤があるものが最も多い。また、脳に腫瘤のある脳瘤や脳の発育ができない無脳症などがある。
 我が国において神経管閉鎖障害の発症率は、1998年で出産(死産を含む)1万人対6.0、うち二分脊椎は3.2程度とされている。

第3 我が国において葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスク低減を行う必要性について

 我が国における葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスク低減の効果については、現時点では、明確な疫学的根拠が確立されている訳ではないが、以下の理由から、我が国においても、諸外国と同様に、葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減のための方策を講じることが適切である。

ア 諸外国で行われた複数のいわゆる栄養補助食品を用いた疫学研究の結果において、 葉酸が神経管閉鎖障害の発症リスクを低減するというほぼ一致した成績が得られていること。

イ 葉酸の代謝物が神経管閉鎖障害の発症機序に関与するという医学的な根拠が示されていること。

ウ 欧米諸国を中心に1990年代より葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減対策が実施されていること。

エ 1980年代以降の出生前診断技術の向上に伴う人工妊娠中絶などの影響により、ウの対策による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減の効果は必ずしも明確ではないが、最近の米国サウスカロライナのデータから葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスク低減の効果が示唆されていること。

オ 中国南部での介入研究を含む最近の研究の成果をもとに評価を試みたところ、我が国においても葉酸摂取により神経管閉鎖障害の一定の発症リスクの低減が推定されること。

カ 我が国においても、近年、二分脊椎の発症が増加傾向にあること、また食生活の多様化により、食物摂取の個人格差が大きくなり、葉酸摂取が不十分な者が増加する懸念もあること。

第4 神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための葉酸摂取についての情報の啓発・普及に当たっての一般的な注意事項について

1 神経管閉鎖障害の発症は遺伝要因などを含めた多因子による複合的なものであり、その発症は葉酸摂取のみにより予防できるものではなく、一定量の葉酸の摂取により集団としての発症のリスクの低減が期待できるという性格のものであることを説明する必要があること。
 特に、既に神経管閉鎖障害の児の出産既往歴のある母親については、過度の不安を招かないよう、その発症に葉酸の摂取が寄与した可能性は必ずしも高くないことなどについて説明することが必要である。

2 妊娠を計画している女性に対して葉酸の摂取の意義について情報提供をする場合には、妊娠中のみならず妊娠前からの適切な健康管理が重要であることを周知する必要があること。
 すなわち、妊娠中の母体の健康と胎児の健全な発育のため、日頃から多様な食品を摂取することにより栄養バランスを保つなど食生活を適正にし、妊娠中の禁煙・禁酒が不可欠であることなどを周知していくことが求められる。

第5 保健医療関係者の情報提供のあり方について

 保健医療関係者は、葉酸摂取の情報提供を行うに当たり、妊娠可能な年齢の女性等の本人の判断に基づく適切な選択を可能とし、また過度の不安を招かないよう、以下の情報を提供すること。

ア 妊娠可能な年齢の女性に関しては、神経管閉鎖障害の発症リスクを低減させるためには、葉酸摂取が重要であるとともに、葉酸をはじめその他ビタミンなどを多く含む栄養のバランスがとれた食事が必要であること。

イ 妊娠を計画している女性に関しては、神経管閉鎖障害の発症リスクを低減させるために、妊娠の1か月以上前から妊娠3か月までの間、葉酸をはじめその他のビタミンなどを多く含む栄養のバランスがとれた食事が必要であること。
 なお、野菜を350g程度摂取するなど、各食品について適正な摂取量を確保すれば、1日0.4mgの葉酸の摂取が可能であるが、現状では食事由来の葉酸の利用効率が確定していないことや各個人の食生活によっては0.4mgの葉酸摂取が困難な場合もあること、最近の米国等の報告では神経管閉鎖障害の発症リスク低減に関しては、食事からの摂取に加え0.4mgの栄養補助食品からの葉酸摂取が勧告されていること等の理由から、当面、食品からの葉酸摂取に加えて、いわゆる栄養補助食品から1日0.4mgの葉酸を摂取すれば、神経管閉鎖障害の発症リスクが集団としてみた場合に低減することが期待できる旨情報提供を行うこと。
 ただし、いわゆる栄養補助食品はその簡便性などから過剰摂取につながりやすいことも踏まえ、高用量の葉酸摂取はビタミンB12欠乏の診断を困難にするので、医師の管理下にある場合を除き、葉酸摂取量は1日当たり1mgを越えるべきではないことを必ずあわせて情報提供するとともに、いわゆる栄養補助食品を利用することが、日常の食生活のあり方に対する安易な姿勢につながらないよう周知すること。

ウ 神経管閉鎖障害の児の妊娠歴のある女性に関しては、神経管閉鎖障害発症のリスクが高いことから、妊娠の1か月以上前から妊娠3か月までの間、 医師の管理下での葉酸の摂取が必要であること。

エ 妊娠を計画している女性に関しては、妊娠中のみならず妊娠前からの適切な健康管理が重要であること。すなわち、妊娠中の母体の健康と胎児の健全な発育のため、日頃から多様な食品を摂取することにより栄養のバランスを保つなど食生活を適正にし、妊娠中の禁煙・禁酒が不可欠であること。

第6 葉酸摂取の際の留意事項について

1 摂取時期について

 先天異常の多くは妊娠直後から妊娠10週以前に発生しており、特に中枢神経系は妊娠7週未満に発生することが知られている。このため、多くの妊婦が妊娠して又は妊娠の疑いを持って産婦人科の外来に訪れてからの対応では遅いと考えられることから、多くの研究報告と諸外国の対応では、葉酸の摂取時期を少なくとも妊娠の1か月以上前から妊娠3か月までとしている。一方、妊娠が判明してからの摂取でも効果がみられたとする報告もある。

2 摂取量及び摂取方法について

 葉酸の摂取については、以下の点を考慮する必要がある。

ア 調理による損失

 葉酸は熱に弱く、調理に際して50パーセント近くが分解するか、水溶性のためにゆで汁に溶出するため、調理によって失われやすい。

イ 利用効率について

 食品中の葉酸(folate)といわゆる栄養補助食品中の葉酸(folic acid)の体内の利用効率について差がある。いわゆる栄養補助食品の葉酸は生体内の利用効率が85パーセントと見積もられているのに対して、食品中の葉酸は代謝過程に様々な段階があるため、利用効率が低下する。幾つかの研究では、食品中の葉酸の利用効率は50パーセント程度と見積もられている。

ウ 摂取方法について

 第六次改定日本人の栄養所要量に基づき作成した食品構成に従って食品摂取を行えば、葉酸0.4mgが摂取できるものと推計される。なお、21世紀の国民健康づくり運動である「健康日本21」では野菜(葉酸が多く含まれる)の摂取量の増加を目指しており、現在1日292gの摂取量を2010年に1日350gにすることを目標としている。
 各栄養素の摂取は日常の食生活によることが基本となるものであり、安易にいわゆる栄養補助食品に頼るべきではない。
 しかしながら、妊娠を計画している女性に関しては、葉酸の摂取が神経管閉鎖障害の発症リスクの低減に効果があることを示している疫学研究の全てにおいていわゆる栄養補助食品が使用されていること、食品中の葉酸(folate)についても理論的には効果があると推定されるが現時点では証拠が得られていないこと、諸外国がいわゆる栄養補助食品を利用している状況なども考慮し、日本でも既に販売されているいわゆる栄養補助食品の活用についても説明する必要がある。

エ 摂取量について

 これまでの疫学研究においては、葉酸摂取量が1日0.36〜5mgの範囲で、いわゆる栄養補助食品を用いた摂取方法による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減がみられている。また、主要国の葉酸摂取の勧告では1日0.4〜5mgとなっている。疫学研究において、葉酸摂取量の増加に伴い大きな低減がみられるという関係は認められていないことから、発症リスクの低減に有効である最小摂取量を概ね1日0.4mgであると考え、食事に加え、いわゆる栄養補助食品による1日0.4mgの葉酸摂取の情報提供を行うこととした。

オ 他の薬物服用による影響について

 抗てんかん剤等長期にわたって服用が必要な薬剤の中には、葉酸の欠乏を生じるものもあることから、これらの情報について医師に対する情報提供が必要である。


神経管閉鎖障害の発症リスクの低減に関する
報告書

平成12年12月

先天異常の発生リスクの低減に関する検討会


はじめに

1.これまでの研究について

2.欧米諸国の対応状況について

3.我が国における葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減の可能性について

4.我が国における対応のあり方について

5.啓発・普及に当たっての注意事項

6.保健医療関係者への提言

○図表

○参考資料1

1.葉酸について
2.神経管閉鎖障害について
3.葉酸摂取の留意事項について
○参考資料2
○検討会委員
○検討会開催状況


はじめに

 先天異常の発症の原因には、染色体異常、遺伝子の突然変異、環境からの因子などがあり、これらが相互に関係して起こると考えられている。
 特に、環境からの因子については、妊娠前からの予防接種等による感染症の予防や適正な栄養の摂取などの妊娠中の生活習慣等の重要性が指摘されている。このため、母子保健においては、従来から妊娠・出産を予定している女性に対して妊娠中のみならず妊娠前からの適切な健康管理の重要性を指導するとともに妊娠中の母体の健康と胎児の健全な発育のため、日頃から適正体重の維持、適正な栄養摂取、妊娠中の禁煙・禁酒等の事項を母子健康手帳等を通じて広く啓発・普及をしてきたところである。
 近年、先天異常の中で、二分脊椎などの神経管閉鎖障害(NTDs:Neural Tube Defects)について、欧米を中心とした諸外国により疫学研究が行われ、ビタミンBの一種である葉酸の摂取がその発症のリスクを低減させることが報告されている。欧米諸国では妊娠可能な出産年齢の女性は、神経管閉鎖障害の発症のリスクの減少のため、葉酸摂取量を増加させるべきであると勧告している。
 一方、我が国においては、諸外国と比較して、二分脊椎の発症率が低いこと等の理由から、これまで関連する疫学研究はほとんど行われておらず、また、神経管閉鎖障害の発症リスクの低減のための葉酸の利用について特段の対応は行われてこなかった。
 しかしながら、神経管閉鎖障害の発症率が低い中国南部における1999年に公表された研究においても発症のリスクを低減する調査結果が報告されたこと、また、平成11年度の厚生科学研究において、我が国の二分脊椎の発症率が増加傾向にあることが報告されたこと、さらに今後、食生活の多様化により、食物摂取の個人格差が大きくなり、それに伴い葉酸摂取量の不十分な者が増加する懸念もあること等から、我が国の現状を踏まえた葉酸の摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減の可能性について検討する必要性が認識されるに至った。
 このため今般、厚生省児童家庭局母子保健課内に、関係する専門家からなる検討会を設置し、検討を行い、本報告書をとりまとめた。


1.これまでの研究について

(諸外国の状況)

1)疫学研究

 神経管閉鎖障害の発症リスクの低減については、これまで二分脊椎の発症率の高い(二分脊椎の発症率が1974〜79年で1万人対4〜15人程度)国々で多くの疫学研究が行われ、ビタミンBの一種である葉酸の摂取が発症のリスクを低減させることが報告されている(表1)。これらの研究では、いわゆる栄養補助食品を用いた葉酸の摂取が行われている。
 神経管閉鎖障害の発症には、白人に多く見られる等の人種差があるとされるが、1999年には、Robertらによる中国における研究で、葉酸の服用により、発症率の高い北部の地域で79パーセントの発症率の低減がみられたこと、さらに発症率の低い南部地域でも30パーセントの発症率の低減がみられたこと等が報告されている。文献1)

2)発症機序に関する研究

 神経管閉鎖障害は、多くの発症の要因があり、染色体異常、遺伝子の突然変異、環境からの因子などが考えられている。
 葉酸と神経管閉鎖障害の発症機序に関する最近の研究では、葉酸の代謝過程の5,10−メチレンH4葉酸から5−メチルH4葉酸への過程に作用するMTHFR(Methylene Tetrahydrofolate Reductase)酵素の遺伝子の677番目のCがTへ塩基置換(mutation)すると熱に対する耐性が低下し酵素が不安定となり、その結果、葉酸の活性型である5−メチルH4葉酸の産生が減少する。この5−メチルH4葉酸は、アミノ酸の一種であるホモシステインがメチオニンに代謝される過程を調節しているが、5−メチルH4葉酸が減少するとホモシステインからメチオニンに至る代謝過程が障害され、血中ホモシステイン濃度が高まる。この結果、神経管閉鎖障害がひき起こされることが推定されており、このことは動物実験で確認されている(図1)

(我が国の状況)

 これまで我が国では二分脊椎の発症が諸外国に比べて少なかったこと(二分脊椎の発症率が1974〜79年で1万人対2人程度)及び葉酸の摂取が特に不足していないとの認識が専門家の間で一般的であったことなどから我が国の神経管閉鎖障害と葉酸の関係に関する疫学研究はほとんどなされていない。図2に二分脊椎の発症率の推計数の年次推移を示した。
 発症機序に関する研究については、平成8〜9年(1996〜1997)度厚生省心身障害研究「ハイリスク児の健全育成のシステム化に関する研究」(研究協力者 塩田浩平)において、高温によるマウスの誘発奇形モデルを用い、葉酸を投与してその影響を調べたところ、葉酸投与により神経管の奇形胎児が有意に低下したことを報告している。
 また、我が国の神経管閉鎖障害の発症状況については、平成11年(1999年)度厚生科学研究(子ども家庭総合研究)の「先天異常のモニタリングに関する研究」(主任研究者 住吉好雄)において、近年、我が国の二分脊椎の先天奇形の発症が増加傾向にあることが示されている(図3)
 我が国の葉酸摂取の状況については、本年11月に「5訂日本食品標準成分表」の改訂により、各食品の栄養成分分析の項目に葉酸値が加えられたことを受けて1998年の国民栄養調査結果から算出すると、20代女性は約0.3mg/日となっている。また「第六次改定日本人の栄養所要量」に基づき作成した食品構成に従って食品摂取が行われるならば葉酸は0.4mgと推計されており(表2)、妊婦に対する栄養所要量は0.4mgとなっている。なお、20代前半の調査としては、2000年に平岡らが、女子大学生(21〜22歳)244名の3日間の調査から平均葉酸摂取量は、1日当たり0.19±0.07mgであると報告している。文献2)


2.欧米諸国の対応状況について

 米国(二分脊椎の発症率が1974〜79年で1万人対7人程度)では、疾病管理センター(CDC:Center for Disease Control)が、葉酸摂取と神経管閉鎖障害に関するこれまでの研究から、1991年に神経管閉鎖障害の児を出産したことのある女性に対し、一日当たり葉酸4mgの摂取を勧告している。1992年には、妊娠可能な年齢のすべての女性は、神経管閉鎖障害の発症リスクを低減させるため、一日当たり葉酸0.4mgの摂取を勧告している。

米国CDCの勧告(1992年)

 さまざまな根拠は、1日0.4mg(400μg)の葉酸摂取が神経管閉鎖障害の発症数を減少させることを示している。神経管閉鎖障害とそれに伴う障害の発症を減少させるため、米国公衆衛生局は以下の勧告を行う。

 「米国における、すべての妊娠可能な生殖年齢にある女性は二分脊椎や他の神経管閉鎖障害の発症を減少させるため1日0.4mgの葉酸を摂取すべきである。高用量の葉酸摂取はビタミンB12欠乏の診断を困難にするので、医師の管理下にある場合を除き、葉酸摂取量は1日1mgを越えるべきではない。過去に神経管閉鎖障害児の妊娠既往歴のある女性は神経管閉鎖障害の再発が高リスクでおこるため、妊娠を計画する時には医師に相談するべきである。」

 1998年に米国食品と栄養に関する委員会(Food and Nutrition Board)が報告した食事摂取基準(DRI:Dietary Reference Intake)では、妊娠可能な19歳から50歳の女性に対して神経管閉鎖障害の発症リスクの低減のために通常の食事からの葉酸の摂取に加えて、サプリメント(いわゆる栄養補助食品)又は強化食品による0.4mgの葉酸摂取を勧告している。文献3)また、CDC等が参加して行っているキャンペーンにおいて同様の摂取を勧めている。
 一方、英国においても神経管閉鎖障害の発症が多く(二分脊椎の発症率が1974〜1979年で1万人対15人程度)、1960年代より調査研究がなされてきたが、これまでの調査結果をふまえ1992年に、妊娠を予定しているすべての女性は、葉酸を多く含む食品と強化食品の摂取に加え葉酸0.4mgを含むいわゆる栄養補助食品を摂取することを勧告している。
表3に葉酸摂取を勧告している主要国を示した。
 なお、これまでの取組の主要な成果の一つとして、最近(2000年10月)、Rogerらにより米国サウスカロライナ州(二分脊椎の発症が92〜93年で1万人対9人程度)での6年間のキャンペーンの成果として、神経管閉鎖障害の発症率が半減したことが報告された。文献4)特に、二分脊椎の発症リスクの低減についての効果が認められたが、無脳症については明らかではない結果が示されている。


3.我が国における葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減の可能性について

 葉酸摂取により神経管閉鎖障害の減少効果があると報告されているこれまでの欧米の疫学研究の多くは、比較的高い発症率であった地域におけるものである。神経管閉鎖障害のような多因子によって発症すると考えられている疾病は発症頻度が異なる場合その発症要因も異なることが予測され、また、人種差もあることから、これまで二分脊椎の発症率が比較的低い水準で保たれている(欧米における葉酸摂取後の低減した発症率に相当)我が国に直接当てはめることはできないが、中国南部における介入研究での発症率の変化は我が国の状況を考える際に参考にすることができる。
 そこで、これまでの研究結果を用いて、葉酸摂取と神経管閉鎖障害の発症頻度との関連について評価を試みると
図4のようになり、我が国では欧米諸国ほどではないが一定の低減が推定された。ただし、我が国の神経管閉鎖障害の発症頻度は疾病登録システムがないことなどから今回の推計には限界があることを認識する必要がある。


4.我が国における対応のあり方について

 現時点では、我が国において葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスク低減の効果については明確な疫学的根拠が確立されている訳ではないが、以下の理由から、我が国においても諸外国と同様に、6の提言に掲げる葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減のための方策を講じることが適切である。
 そして、その効果の有無を評価するための疫学研究も平行して推進する必要がある。さらに、我が国の葉酸摂取状況、葉酸の利用効率、葉酸摂取と神経管閉鎖障害の関連性などについての調査研究を行い、その成果を踏まえ、神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための妊娠時の葉酸のいわゆる栄養補助食品からの摂取のあり方の検討を行う必要がある。

(1) 諸外国において、いわゆる栄養補助食品を用いて行われた複数の疫学研究の結果について葉酸が神経管閉鎖障害の発症リスクを低減するというほぼ一致した成績が得られていること
(2) 葉酸の代謝物が神経管閉鎖障害の発症機序に関与するという医学的な根拠が示されていること
(3) 欧米諸国を中心として1990年代より葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減対策を実施していること
(4) (3)については、80年代以降の出生前診断技術の向上に伴う人工妊娠中絶などの影響により、葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減の効果は必ずしも明確ではないが、最近の米国サウスカロライナのデータから葉酸摂取による発症リスク低減の効果が示唆されていること
(5) 中国南部での介入研究を含む最近の研究の成果をもとに評価を試みたところ我が国においても葉酸摂取により神経管閉鎖障害の一定の発症リスクの低減が推定されること
(6) 我が国における神経管閉鎖障害の発症において、近年、二分脊椎が増加傾向にあること、食生活の多様化により、食物摂取の個人格差が大きくなり、それに伴い葉酸摂取の不十分な者が増加する懸念もあること


5.啓発・普及に当たっての注意事項

(1) 神経管閉鎖障害の発症は遺伝要因などを含めた多因子による複合的なものであり、その発症は葉酸摂取のみにより予防できるものではなく、一定量の葉酸の摂取により集団としての発症のリスクの低減が期待されるという性格のものであることを説明する必要がある。特に、既に神経管閉鎖障害の児の出産既往歴のある母親については、その発症に葉酸の摂取が寄与した可能性は必ずしも高くないことなどについて説明する配慮が必要である。

(2) 葉酸の摂取の意義について情報提供する場合には、妊娠を計画している女性に対しては、妊娠中のみならず妊娠前からの適切な健康管理の重要性を周知させることが必要である。すなわち、妊娠中の健康と胎児の健全な発育のため、日頃から多様な食品で栄養のバランスを保つなど食生活を適正にし、妊娠中の禁煙・禁酒が不可欠であることなどを周知していくことが求められる。


6.保健医療関係者への提言

(1) 葉酸摂取について本人の判断にもとづく選択を可能とするため、4の(1)〜(6)の情報について説明するとともに、また併せて過度の不安を惹起させないために、以下の事項について適切な情報を提供すること。

(1) 我が国において神経管閉鎖障害の発症率は出産(死産を含む、1998年)1万人対6.0(国際クリアリングハウスでの推計)程度とされていること。
(2) 神経管閉鎖障害の発症は遺伝要因などを含めた多因子による複合的なものであり、その発症は葉酸摂取のみにより予防できるものではないが、葉酸の摂取により発症リスクの低減が期待されるものであること。
(3) 神経管閉鎖障害の児の出産既往歴のある母親については、その発症に葉酸の摂取が寄与した可能性は必ずしも高くないことを説明すること。

(2) 妊娠可能な年齢の女性に対しては、神経管閉鎖障害の発症リスクを低減させることについて葉酸摂取が重要である旨を周知するとともに、葉酸をはじめその他ビタミンなどを多く含む栄養のバランスのとれた食事が必要であること。

(3) 妊娠を計画している女性に対しては、神経管閉鎖障害の発症リスクを低減させるために、妊娠1か月以上前から妊娠3か月までの間、葉酸をはじめその他のビタミンなどを多く含む栄養のバランスのとれた食事が必要であること。
 なお、
表2に示すように、野菜の摂取を350g程度にすることなど、各食品について適正な摂取量を確保すれば、1日0.4mgの葉酸の摂取が可能であるが、現状では食事由来の葉酸の利用効率が確定されていないことや各個人の食生活によっては0.4mgの葉酸摂取を確保するのが困難なことが予測されること(文献2)、また、最近の米国等の報告では神経管閉鎖障害の発症リスク低減に関しては、食事からの摂取に加え0.4mgの栄養補助食品からの葉酸摂取が勧告されている(文献3)等の理由から、我が国において、当面、通常の葉酸摂取量に加えて、いわゆる栄養補助食品から1日0.4mgの葉酸を摂取することとすれば、神経管閉鎖障害の発症リスクは集団としてみた場合そのリスクが低減されることが期待されるものである旨、情報提供を行うこと。
 高用量の葉酸摂取はビタミンB12欠乏の診断を困難にするので、医師の管理下にある場合を除き、葉酸摂取量は1日当たり1mgを越えるべきではない。

(4) 神経管閉鎖障害の児の妊娠歴のある女性に対しては、神経管閉鎖障害発症のリスクが高いことから、妊娠1か月以上前から妊娠3か月までの間、 医師の管理下での葉酸の摂取が必要であること。

(5) 葉酸についての普及・啓発に当たっては、妊娠を計画している女性に対しては、妊娠中のみならず妊娠前からの適切な健康管理の重要性を周知させることが必要である。すなわち、妊娠中の健康と胎児の健全な発育のため、日頃から多様な食品で栄養のバランスを保つなど食生活を適正にし、妊娠中の禁煙・禁酒をなどの事項を指導していく中で、葉酸の摂取の意義について情報提供を行う必要があること。


文献1)
 Robert J.Berry,Zhu Li,et al.PREVENTION OF NEURAL-TUBE DEFECTS WITH FOLIC ACID IN CHINA.The New England Jounal of Medicine 1999;1485-1490

文献2)
 平岡真美、安田和人(2000)女子大学生のビタミンB12,葉酸栄養状態について−血清ビタミンB12,葉酸濃度の分布範囲−.ビタミン74巻5・6号.271−280

文献3)
 Food and Nutrition Board Institute of Medicine.A Report of the Standing Committee on the Scientific Evaluation of Dietary Reference Intakes and its Panel on Folate,Other B Vitamins,and Choline and Subcommittee on Upper Reference Levels of Nutrients.1998

文献4)
 Roger E.Stevenson,William P.Allen,et al.Decline in Prevalence of Neural Tube Defects in a High-Risk Region of the United States.PEDIATRICS 2000 Vol.106 No.4:677-683



表1 葉酸と神経管閉鎖障害の症例対照研究
No1
研究 計画 対象 投与方法と投与期間 結果 コメント
Mulinare ら、1988
(CDC、1992年発表)
症例対照研究
アトランタ都市部
NTDを有する乳児と正常な乳児
 
NTD児の妊娠歴のない妊婦
総合ビタミンサプリメント
0-0.8mg葉酸を含有
少なくとも妊娠1か月以上前から妊娠3か月まで
サプリメントを摂取した場合NTDの発症は24例、摂取しなかった場合は157例
 
サプリメントを摂取した場合の正常児405例、摂取しなかった場合は正常児は1,075例
 
オッズ比=0.40、p<0.05
60%のリスク低減
Bowel、Stanley1989
(CDC、1992年発表)
症例対照研究
オーストラリア西部
二分脊椎児と正常児
 
NTD児の妊娠歴のない妊婦
食事の葉酸と総合ビタミン
少なくとも妊娠1か月以上前から妊娠3か月まで
NTD児77例と正常児154例
 
葉酸摂取量が最も多いもの4分の1と最も少ないもの4分の1を比較
最も多い4分の1に高い予防効果がみられた。
オッズ比=0.25、p<0.05
75%のリスク低減
Millsら、1989
(CDC、1992年発表)
症例対照研究
カリフォルニア、
イリノイ
NTD児と正常児
 
NTD児の妊娠歴のない妊婦
食事に総合ビタミンと葉酸0.8mg以上含有のサプリメントを追加
 
少なくとも妊娠1か月以上前から妊娠3か月まで
NTDの症例でサプリメント摂取が89例、無しが214例
 
正常例でサプリメント摂取が90例、無しが196例
オッズ比=0.91、有意差なし
予防効果無し
Milunskyら、1989
(CDC、1992年発表)
前向きコホート研究
ニューイングランド
NTD児と正常児
 
NTD児の妊娠歴のない妊婦
食事に総合ビタミンと葉酸0.1−1.0mg含有のサプリメントを追加
 
少なくとも妊娠1か月以上前から妊娠3か月まで
総合ビタミン(葉酸を含む)摂取女性10,713人中NTD児の妊娠は10例
総合ビタミン(葉酸を含まない)
女性11,944人中NTD児の妊娠は39例
リスク比=0.28、p<0.05
72%のリスク低減



葉酸と神経管閉鎖障害の症例対照研究
No2
研究 計画 対象 投与方法と投与期間 結果 コメント
Werlerら、1993 症例対照研究
ボストン、
フィラデルフィア、
トロント
NTD症例と主な先天異常の対照例
 
症例と対照例の母親
多くが葉酸0.4mgを含む総合ビタミンを毎日使用
最終月経の28日前から28日後までの間
NTDは葉酸摂取で34例、摂取しなかった場合250例
対照例では葉酸摂取で339例
摂取しなかった場合1,253例
 
調整オッズ比=0.6
(95%信頼区間=0.4-0.8)
40%のリスク低減
Shawら、1995 症例対照研究
カリフォルニア
NTD児と正常児
 
症例と対照例の母親
妊娠前3か月に葉酸を含むビタミンを摂取 NTDは葉酸摂取で88例、摂取しなかった場合207例
対照例では葉酸摂取で98例
摂取しなかった場合149例
オッズ比=0.65
(95%信頼区間=0.45-0.94)
35%のリスク低減



葉酸のサプリメントと神経管閉鎖障害のリスクに関する介入研究
No3
研究 計画 対象 投与方法と投与期間 結果 コメント
Laurenceら、1981 無作為割付介入研究
ウェールズ
以前にNTDの既往歴のある妊婦 葉酸4mgまたは偽薬
少なくとも妊娠1か月以上前から妊娠3か月まで
NTDは葉酸摂取60例中2例、
擬似薬では51例中4例
 
リスク比=0.4
有意差無し
60%のリスク低減
Waldら、1991 無作為割付介入研究
共同研究
英国、
ハンガリー
以前にNTDの既往歴のある妊婦 葉酸4mgまたは偽薬
少なくとも妊娠1か月以上前から妊娠3か月まで
NTDは葉酸摂取593例中6例、
偽薬では602例中21例
 
リスク比=0.25、p<0.05
72%のリスク低減
Kirkeら、1992 無作為割付介入研究
共同研究
アイルランド
以前にNTDの既往歴のある妊婦 0.36mgの葉酸のサプリメント
総合ビタミンを摂取または摂取無し
妊娠1か月以上前から妊娠3か月まで
NTDは葉酸摂取172例の児/胎児中0例
NTDは葉酸を摂取しなかった89例の児/胎児中1例
 
不確定な予防効果
有意差無し
研究は不十分
Smithellら、1983 介入研究
共同研究
英国
以前にNTDの既往歴のある妊婦 0.36mgの葉酸のサプリメントと総合ビタミン
妊娠1か月以上前から妊娠3か月まで
NTDは葉酸摂取の場合454例中3例
NTDは葉酸を摂取しなかった場合519例中24例
 
リスク比=0.14、p<0.05
86%のリスク低減
Vergelら、1990 介入研究
キューバ
以前にNTDの既往歴のある妊婦 5mgの葉酸のサプリメント
 
妊娠1か月以上前から妊娠3か月まで
NTDは葉酸摂取の場合81例中0例
NTDは葉酸を摂取しなかった場合114例中4例
 
不確定な予防効果
有意差無し
完全に予防
Czeizel、Dudas
1992
無作為割付介入研究
ハンガリー
妊娠を計画している女性 毎日0.8mgの葉酸のサ
プリメントと総合ビタミン
 
少なくとも妊娠1か月以上
前から2回目の生理予定日
まで
NTDは葉酸摂取の場合2,104例
中0例
NTDは葉酸を摂取しなかった場合
2,052例中6例
 
リスク比=0.0、p<0.029
完全に予防



中国における葉酸のサプリメントと神経管閉鎖障害のリスクに関する介入研究
No4
研究 計画 対象 投与方法と投与期間 結果 コメント
Robertら、1999 介入研究 妊娠を計画している女性
毎日0.4mgの葉酸の錠剤
0.4mgの葉酸の錠剤
妊娠3か月まで毎日服用
NTDは葉酸摂取の場合18,591例中25例 79%のリスク低減
中国北部 NTDは葉酸を摂取しなかった場合13,369例中87例  
介入研究 妊娠を計画している女性
毎日0.4mgの葉酸の錠剤
0.4mgの葉酸の錠剤
妊娠3か月まで毎日服用
NTDは葉酸摂取の場合11,551例中77例 16%のリスク低減
中国南部 NTDは葉酸を摂取しなかった場合104,320例中86例  
服用したものについて
妊娠以前の摂取の有無別に比較
NTDは有の場合58,638例中34例
NTDは無の場合28,265例中28例
41%のリスク低減



図1葉酸と神経管閉鎖障害の発症の関係モデル

※1 MTHFRの677番目のCがTに変異しているとこの酵素が働きにくくなる。その結果5,10−メチレンH4葉酸→5メチルH4葉酸の代謝がうまくいかず5−メチルH4葉酸が減少する。
※2 5−メチルH4葉酸はアミノ酸のホモシステイン→メチオニンへの代謝に働 くが少なくなるとホモシステインが増加する。なお、5−メチルH4葉酸は、外国では薬剤としても開発されている。

図2−1各国の二分脊椎の発症の推計数の年次推移

各国の神経管閉鎖障害の発症の推計数の年次推移

図3我が国の二分脊椎の発生状況
平成11年度厚生科学研究(子ども家庭総合研究)「先天異常モニタリング等に関する研究」


表2 20−29歳女性における葉酸摂取量と栄養所要量から求められる
葉酸摂取量の比較

表

表3 諸外国における葉酸による神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための勧告の状況
(国際クリアリングハウス資料より作成)


(対象者) すべての女性 :妊娠可能年齢のすべての女性
妊娠しそうな :妊娠しそうな女性
妊娠を計画 :妊娠を計画している女性

国名 対象者 勧告値(1日) 勧告内容
オーストリア
(1994年)
妊娠を計画
妊娠しそうな
0.5mg以上 葉酸を多く含む食品
及び0.5mgサプリメント
カナダ
(1993年)
すべての女性 提示なし 葉酸を多く含む食品
妊娠を計画 0.4/0.8mg以上* サプリメント
中国
(1993年)
妊娠を計画 0.4mg以上 サプリメント
アイルランド
(1993年)
妊娠しそうな 0.4mg以上 葉酸を多く含む食品
及び葉酸強化食品
及び0.4mgサプリメント
ニュージーランド
(1993年)
妊娠を計画 5.0mg 5mgの錠剤
妊娠期間中は葉酸を多く含む食事及び5mgの錠剤
ノルウェー
(1993年)
すべての女性 0.4mg 葉酸を多く含む食品
南アフリカ
(1993年)
すべての女性 0.4mg サプリメント
オランダ
(1993年)
妊娠を計画 0.5mg以上 0.5mgサプリメント
英国
(1992年)
妊娠を計画 0.4mg以上 葉酸を多く含む食品
及び葉酸強化食品
及び0.4mgサプリメント
米国(CDC)
(1992年)
すべての女性 0.4mg 食品、強化食品、サプリメント

* カナダは妊娠を計画している女性は葉酸を含むサプリメントについて相談するべきであるとしている。
  医師への情報の中で、1日0.4mgの投与が有益であるようだとしているが、個々の対応についてはその最大の予防効果が期待される0.8mgまでの投与量を選択することもできるとしている。

図4神経管閉鎖障害の発症率と発症リスクの低減率
 葉酸摂取による神経管閉鎖障害の発症リスクの低減率と発症率の関係についてみると、図のように発症率が高いとリスクの低減率は大きく、発症率が低いとリスクの低減率は小さくなる。我が国の発症率(出産1万対6)をこの低減率に外挿(Y=1.8X+16.7)してあてはめると約28%の低減率となる。
 式は(1)(2)(3)のデータから直線を求めた。 Y:低減率  X:発症率

(注)
・疫学研究データの発症率は研究者が個別に実施し公表したものを使用している。
・日本のデータの発症率は、(社)日本母性保護産婦人科医会が国際クリアリングハウスの定める報告様式で作成し提出したものを使用している。


別表 葉酸を多く含む食品


食品名 目安量 分量
(g)
  葉酸
(μg)
食品名 目安量 分量
(g)
葉酸
(μg)
からし菜 1本 50 310 155 いちご 中5粒 75 68
みずかけ菜   60 240 144 パパイヤ(完熟) 1/2個 130 57
なば菜 2本 40 340 136 オレンジ(ネーブル) 中1個 130 44
ほうれん草 2株 60 210 126 夏みかん 大1個 160 40
グリーンアスパラガス 3本 60 190 114     
しゅんぎく 3株 60 190 114 さつまいも 中1/2本 100 49
ブロッコリー 2房 50 210 105     
たか菜 2株 50 180 90 ささげ(乾) 1/5カップ 30 90
日本かぼちゃ 4cm角2切 60 80 48 大豆(乾) 1/5カップ 26 60
チンゲン菜 1株 70 66 46 そらまめ(乾) 1/5カップ 22 57
      調製豆乳 1カップ 200 62
ぜんまい 5本 50 210 105 納豆 中1パック 50 60
わらび 5本 75 130 98  
ふきのとう 2個 40 160 64 くり 大3個 60 44
カリフラワー 3房 60 94 56  
大豆もやし 1カップ 60 85 51 鶏レバー  ※   50 650
白菜 中葉1枚 80 61 49 牛レバー  ※   50 500
くわい 大1個 30 140 42 豚レバー  ※   50 405
   
パッションフルーツ(果汁) 1カップ 200 86 172 あまのり(焼) 1袋(5枚入) 2 38
アボカド 1/2個 100 84 84  
マンゴー 1/2個 90 84 76

五訂日本食品標準成分表(科学技術庁資源調査会編)を用い作成
※ 各種レバーについてはビタミンA過剰の心配があるので注意が必要である。


○参考資料1

1.葉酸について

 葉酸はビタミンB群の水溶性ビタミンで造血に関係する。不足すると貧血が生じることがあるが過剰な場合に発症する疾患は特に知られていない。体内の蓄積性は低く、毎日摂取することが必要である。
 葉酸は緑黄色野菜、果物などの身近な食品に多く含まれる
(別表)

2.神経管閉鎖障害について

 神経管閉鎖障害は、主に、先天性の脳や脊椎の癒合不全のことをいう。脊椎の癒合不全を二分脊椎といい、生まれたときに、腰部の中央に腫瘤があるものが最も多い。また、脳に腫瘤のある脳瘤や脳の発育ができない無脳症などがある。

3.葉酸摂取の留意事項について

1)摂取時期

 先天異常の多くは妊娠直後から妊娠10週以前に発生しており、特に中枢神経系は妊娠7週未満に発生することが知られている。このため、多くの妊婦が妊娠して又は妊娠の疑いを持って産婦人科の外来に訪れてからの対応では遅いと考えられることから、多くの研究報告と諸外国の対応では、葉酸の摂取時期を、少なくとも妊娠1か月以上前から妊娠3か月までとしている。一方、妊娠が判明してからの摂取でも効果がみられたとする報告もある。

2)摂取量及び摂取方法

 葉酸の摂取については、以下の点を考慮する必要がある。

(1) 調理による損失
 葉酸の調理における安定性については、葉酸は熱に弱く、調理に際して50パーセント近くが分解するか、水溶性のためにゆで汁に溶出することが多く、調理によって失われやすい。
(2) 利用効率
 食品中の葉酸(folate)といわゆる栄養補助食品中の葉酸(folic acid)の体内の利用効率について差があることが知られている。いわゆる栄養補助食品の葉酸は生体内の利用効率が85パーセントと見積もられているのに対して、食品中の葉酸は代謝過程に様々な段階があるため、利用効率が低下することが知られている。幾つかの研究では、食品中の葉酸の利用効率は50パーセント程度と見積もられている。
(3) 摂取方法
 第六次改定日本人の栄養所要量に基づき作成した食品構成に従って食品摂取を行うならば、葉酸は0.4mgが摂取できるものと推計される。なお、21世紀の国民健康づくり運動である「健康日本21」では野菜(葉酸が多く含まれる)の摂取量の増加を目指しており、現在1日292gの摂取量を2010年に1日350gにすることを目標としている。
 このように各栄養素の摂取は日常の食生活によることが基本となるものであり、安易にいわゆる栄養補助食品に頼るべきではないというのが基本的考え方である。
  しかし、妊娠を計画している女性に対しては、神経管閉鎖障害の発症リスクの低減に関して、効果があると示されている疫学研究は全ていわゆる栄養補助食品が使用されていること、食品中の葉酸(folate)についても理論的には効果があると推定されるが現時点では証拠が得られていないこと、諸外国がいわゆる栄養補助食品を利用している状況なども考慮し、日本でも既に販売されているいわゆる栄養補助食品の活用を説明しておく必要がある。
(4) 摂取量
 これまでの疫学研究においては、いわゆる栄養補助食品を用いた摂取方法により、葉酸摂取量が0.36〜5mg/日の範囲で、神経管閉鎖障害の発症リスクの低減がみられている(表1)。また主要国の葉酸摂取の勧告では0.4〜5mg/日となっている(表3)。疫学研究における摂取量と発症リスクの低減の関係について、葉酸摂取量が増えるに伴い大きな低減がみられるという関係は認められていないことから、発症リスクの低減に有効であった最小量を概ね0.4mg/日であると考え、食事に加えいわゆる栄養補助食品により0.4mg/日の葉酸摂取の情報提供を行うこととした。
(5) 他の薬物服用による影響について
 抗てんかん剤等長期にわたって服用が必要な薬剤によっては、葉酸の欠乏が生じる場合もあることから、これらの情報についての医師に対する情報提供が必要である。


○参考資料2 年齢階級別 食品群別摂取量と葉酸摂取量(女性)

  15−19歳 20ー29歳 30−39歳 40−49歳 50ー59歳 60ー69歳 70歳以上
食品群別 葉酸 食品群別 葉酸 食品群別 葉酸 食品群別 葉酸 食品群別 葉酸 食品群別 葉酸 食品群別 葉酸
米類 143.7 16.8 130.0 15.2 136.9 16.1 141.5 16.7 150.6 17.6 153.2 17.8 151.5 17.5
小麦類 87.8 17.6 97.6 17.1 105.6 17.3 93.0 16.0 87.6 14.1 80.5 12.3 64.7 9.7
穀類 233.4 35 230.7 34.2 245.7 34.9 236.3 33.6 239.9 32.4 235.2 30.8 217.4 27.6
種実類 1.0 0.9 1.5 1.5 1.4 1.3 1.6 1.6 3.0 2.5 3.4 3.3 2.2 2.0
いも類 79.9 17.4 61.3 13.0 60.9 13.6 68.3 14.0 76.4 16.8 75.3 17.5 76.7 19.1
砂糖類 8.1 0.2 8.6 0.1 8.7 0.2 9.9 0.1 10.9 0.2 10.3 0.2 10.2 0.1
菓子類 34.1 4.1 30.1 3.1 26.8 3.1 28.4 2.7 27.2 2.6 21.1 1.7 24.0 1.9
油脂類 18.9 0.0 18.3 0.0 18.2 0.0 17.3 0.0 14.9 0.0 11.7 0.0 9.9 0.0
豆類 56.3 13.2 59.1 13.7 60.9 15.8 69.6 16.6 79.4 19.7 88.6 21.8 79.6 21.3
果実類 101.8 13.9 89.4 13.6 83.7 13.4 119.7 20.0 170.3 29.1 172.2 30.5 143.6 24.6
緑黄色野菜 79.8 72.9 84.8 71.9 80.2 74.7 85.5 74.7 106.2 96.9 106.5 102.1 94.4 89.3
その他の野菜 147.9 58.6 152.3 62.7 162.7 63.1 179.7 76.2 192.8 82.8 186.6 78.3 176.2 73.5
きのこ類 10.8 5.2 14.3 6.7 14.4 7.0 14.9 7.3 17.8 8.3 15.4 7.1 12.8 6.3
海草類 4.5 8.7 4.6 8.6 5.1 9.0 5.8 11.5 8.0 12.4 7.7 11.9 7.1 10.4
調味嗜好飲料 110.9 18.6 132.4 28.4 136.7 30.6 147.6 37.3 131.2 49.1 95.1 50.7 81.6 52.8
魚介類 78.7 10.3 76.0 11.5 76.9 11.0 91.0 13.1 111.0 15.1 102.2 15.2 94.0 14.3
肉類 86.8 5.6 85.8 9.6 75.5 10.7 74.2 10.2 64.9 8.5 51.7 10.1 39.6 8.7
卵類 46.7 20.0 41.6 18.1 38.2 16.4 41.6 17.8 36.6 16.0 31.7 13.6 31.5 13.5
乳類 138.3 5.7 110.9 4.8 120.6 5.2 113.8 4.6 116.4 4.9 122.4 5.0 106.5 4.1
その他の食品 7.8 0.4 5.6 0.4 6.7 0.5 5.4 0.4 3.8 0.5 3.2 0.5 3.2 0.5
  290.7   301.9   310.5   341.7   397.8   400.3   370.0

平成10年 国民栄養調査結果を用い計算


○検討会委員


  氏名 所属
  五十嵐 脩 茨城キリスト教大学教授
  左合 治彦 国立大蔵病院 婦人科医長
  住吉 好雄 財団法人 神奈川県労働衛生福祉協会 理事・婦人科部長
  高嶋 幸男 国立精神・神経センター 神経研究所所長
  多田 裕 東邦大学医学部新生児科教授
平山 宗宏 恩賜財団 母子愛育会 日本子ども家庭総合研究所所長
  細谷 憲政 財団法人 日本健康・栄養食品協会理事長
  山縣 然太朗 山梨医科大学保健学II講座教授
  雪下 國雄 社団法人 日本医師会常任理事

○ 座長


○先天異常の発生予防に関する検討会開催状況
 第1回  平成12年10月31日
 第2回  平成12年11月13日
 第3回  平成12年11月27日
 第4回  平成12年12月14日


照会先:厚生労働省雇用均等・児童家庭局
母子保健課
椎葉・成川(内線7933・7934)
(代表)03−5253−1111
(直通)03−3595−2544
厚生労働省健康局総務課
生活習慣病対策室
古畑(内線2343)
  (代表)03−5253−1111


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