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平成11年4月28日

第5回厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断
に関する専門委員会の概要


○ 本日午後1時30分から午後5時00分まで、第5回厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会が開催された。

○ 本日の専門委員会においては、前回の議論及び前回以降、委員から出された意見を踏まえ、事務局が作成した「母体血清マーカー検査に関する見解案」(修正案)をたたき台として、議論が行われた。

○ 「母体血清マーカー検査に関する見解」については、別添(未定稿)のとおりまとまり、字句修正については、委員長に一任することとされた。

○ また、「母体血清マーカー検査に関する見解」については、本委員会の親部会である厚生科学審議会先端医療技術評価部会に報告することとされ、報告者は、古山委員長、鈴森委員、武部委員とすることとされた。

○ 最後に、次回専門委員会は6月23日午後1時30分から開催することとされた。


照会先:厚生省児童家庭局母子保健課
    北島(内3173) 武田(内3179)
    (代表)[現在ご利用いただけません]
    (直通)03-3595-2544


厚生科学審議会先端医療技術評価部会出生前診断に関する専門委員会
母体血清マーカー検査に関する見解(報告)
(未定稿)

平成11年4月28日

I はじめに

 医学・医療技術の進歩に伴い、出生前診断技術が向上しており、一部の疾患については、胎児の状況を早期に診断し、子宮内で、あるいは出生後に早期に治療を行うことも可能になってきた。しかし、現在、先天異常などでは、治療が可能な場合が限られていることから、この技術の一部は障害のある胎児の出生を排除し、障害のある者の生きる権利と命の尊重を否定することにつながるとの懸念がある。現在、我が国においても、また、国際的にも、障害のある者が障害のない者と同様に生活し、活動する社会を目指すノーマライゼーションの理念は広く合意されており、平成8年には旧優生保護法が母体保護法に改正され、優生思想に基づき人工妊娠中絶等を認めていた条項が削除されたところである。
 こうした中で、諸外国や我が国の関係学会においても出生前診断に関するガイドラインを作成する方向にある。 出生前診断は医療の問題のみならず、倫理的、社会的な問題も含んでいることから、この問題の検討に当たっては、医学のみならず、広く他分野の関係者の意見を聞くことが求められている。
 厚生科学審議会先端医療技術評価部会の中で出生前診断に関する諸問題が検討されることとなり、約1年の間に医療関係団体、法曹関係団体、障害者団体、女性団体等から意見が聴取された。これらの問題の論点は多岐にわたることから、同部会の下に、医学、看護学、遺伝学、法学、生命倫理学の専門家からなる専門委員会が設置され、それぞれの専門的立場から検討を集中的に行ってきた。今般、母体血清マーカー検査に関する見解をとりまとめたので報告する。

II 検討の趣旨

 出生前診断は、胎児が出生する前に胎児及び母体の状況を把握するために行われる。
 現在実施されている診断技術には、羊水検査、絨毛検査、超音波検査、母体血清マーカー検査等がある。それらの中で、最近導入された母体血清マーカー検査は、妊婦から採取した少量の血液を用いて血中のα-フェトプロテイン、hCG(free-β hCG)、エストリオール(uE3)などの物質が、胎児が21トリソミー(ダウン症候群)等であった場合にそれぞれが増減することを利用して、胎児に21トリソミー等の疾患のある確率を算出する方法であり、その簡便さから、今後広く普及する可能性がある。
 しかし、この検査に関する事前の説明が不十分であることから妊婦に誤解や不安を与えていること等が指摘されており、厚生科学審議会先端医療技術評価部会での検討においても早急な対応が必要とされている。このため、本専門委員会では、まず、母体血清マーカー検査に関する見解をとりまとめることとしたものである。

III 母体血清マーカー検査の問題点と対応の基本的考え方

1 問題点

(1) 妊婦が検査の内容や結果について十分な認識を持たずに検査が行われる傾向があること
 母体血清マーカー検査は、検査が簡便であり、また、検査前の説明が十分でない場合があることから、妊婦がその検査の内容及び検査結果等について十分な認識を持たずに検査を受ける傾向がある。その結果、胎児に疾患がある確率が高いと説明された場合、妊婦は、動揺・混乱し、その後の判断を誤ったり、精神的な不安から母体の健康に悪影響を及ぼす場合がある。

(2) 確率で示された検査結果に対し妊婦が誤解や不安を感じること
 母体血清マーカー検査は、胎児が21トリソミー、開放性中枢神経管欠損症等である可能性を単に確率で示すものに過ぎず、確定診断を希望する場合には、別途羊水検査等を行うことが必要となる。(注1)また、確率が高いとされた場合にも大部分の胎児は疾患を有しておらず、確率が低いとされた場合にも胎児が疾患を有する可能性がある。この検査の特質の十分な説明と理解がないままに検査を受けた場合、妊婦が検査結果の解釈を巡り誤解や不安を生じる場合がある。

(注1)開放性中枢神経管欠損症の一部については、羊水検査、超音波検査等でも確定診断できない。

(3) 胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があること
 母体血清マーカー検査は、母体から少量の血液を採取して行われる簡便さから、妊婦にも受け入れられ易い。その結果、不特定多数の妊婦を対象に胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング(ふるい分け)検査として行われる可能性がある。

2 対応の基本的考え方

 本来、医療の内容については、受診者に適切な情報を提供し、十分な説明を行った上でその治療を受けるかどうかを受診者自身が選択することが原則である。
 しかし、前述したとおり、本検査には、(1)妊婦が検査の内容や結果について十分な認識を持たずに検査が行われる傾向があること、(2)確率で示された検査結果に対し妊婦が誤解や不安を感じること、(3)胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があることといった特質や問題点があり、さらに後述(IV行政・関係学会等の対応)のとおり、現在、我が国においては、専門的なカウンセリングの体制が十分でないことを踏まえると、医師が妊婦に対して、本検査の情報を積極的に知らせる必要はない。また、医師は本検査を勧めるべきではなく、企業等が本検査を勧める文書などを作成・配布することは望ましくない。
 しかしながら、妊婦から本検査の説明の要請があり、本検査を説明する場合には別紙のような内容について十分に配慮すべきである。

IV 行政・関係学会等の対応

 母体血清マーカー検査については、検査を実施する医師のみでは被検査者の心理的、社会的問題の解決が容易でない場合がある。そのため、医師は日頃から先天性障害や遺伝性疾患に関する専門的な相談(カウンセリング)を実施できる機関との連携を図る必要がある。しかし、現時点では、このような専門的な機関の数が限られていることから今後、このような専門家が育成され、専門機関が増えていくよう、行政・関係学会等の一層の努力が望まれる。
 また、これらの専門機関が活用されるよう、専門的なカウンセリングを実施する機関の登録システムを構築し、その情報を医療機関に提供することはもとより、広く一般に提供する必要がある。


(別紙)

母体血清マーカー検査の説明と実施に当たり配慮すべきこと

 医師は、見解本文に書かれた検査の特質と問題点を理解した上で、本検査に対して妊婦から相談があった場合には、次のことを十分に説明して妊婦が自発的に検査を受ける選択をした場合に限り実施するか、若しくは、それが可能な施設に紹介すべきである。
 検査が実施される場合には、少なくとも次のことに配慮し、慎重に行われるべきである。

【検査前】

I 母体血清マーカー検査の説明と実施に当たり、医師は検査前に次のことを行う。

1 この検査を希望する妊婦又は妊婦本人及びその配偶者(事実上の婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下同じ。)に対し、必ず次のことを前もって説明する。説明は個別に口頭で説明するとともに文書で補足し、その際、平易な言葉を用い、質問には納得いくまで応え、思いやりのある態度で接するとともに、秘密保持に留意すべきである。

(1) 生まれてくる子どもは常に先天異常などの障害をもつ可能性があり、また、障害をもって生まれた場合でも様々な成長発達をする可能性があることについての説明。

1) 障害をもつ可能性は様々であり、生まれる前に原因のあった(先天的な)ものだけでなく、後天的な障害の可能性を忘れてはならないこと。
2) 障害はその子どもの一側面でしかなく、障害という側面だけから子どもをみることは誤りであること。
3)障害の有無やその程度と本人及び家族の幸、不幸は関連がないこと。

(2) 検査の対象となる疾患(主に21トリソミー及び開放性中枢神経管欠損症)に関する最新の情報についての説明。

1) これらの疾患の特徴及び症状。
2) これらの疾患をもって出生した子どもに対する医療の現状。
3) 出生後の経過は一様でなく、個人差が大きいことから、出生後の生活は様々であること。
4) これらの疾患や合併症の治療の可能性及び支援的なケアについての情報。

(3) 検査の目的・方法・原理・結果の理解の仕方等についての説明。

1) 検査結果は、母体血液中のα-フェトプロテイン、hCG、エストリオールなどの物質が、胎児が21トリソミー等であった場合に増減することを利用して確率計算して得られた数値を、年齢固有の確率にかけて算出されること。(注2)
2) 検査結果は、21トリソミー以外の疾患や母体の合併症、既往分娩歴、個体差等によっても影響を受ける可能性があること。
3) 母体が高年齢になると、年齢固有の確率のウエイトが大きくなるため、自ずと確率が高くなること。
4) 検査結果が出た場合には、すみやかにそれを伝えること。
5) 再検査は意味がないとされていること。

(注2)算出された確率は、理解されやすいように説明する必要がある。21トリソミーである確率は例えば300人のうち1人(1/300)であるとか、逆の言い方で300人中299人は21トリソミーではない等の表現で説明する。危険率、陽性/陰性、リスクが高い/低いなどの表現は、胎児の状態が危険であるとか、好ましくないなどと誤解されることを避けるため、被検査者に対する説明には使用しない。

(4) 予想される結果とその後の選択肢についての説明。

1) 21トリソミーについての正確な情報を得るためには確定診断(羊水検査)が必要であること。ただし、羊水検査によって1/300の確率で流産が起こる可能性があること。
2) 検査の結果が21トリソミーの治療にはつながらないこと。
3) 検査の結果、確率が低く出ても胎児が21トリソミー等ではないと保障できるものではなく、また、それら以外の疾患をもっている可能性もあること。
4) 開放性中枢神経管欠損症等についてのより正確な情報を得るには、精密な画像診断(MRIを含む。)が必要であること。

2 以上の事項について、十分説明した上で妊婦又は妊婦本人及びその配偶者から文書による同意を得るとともに、診療録にその旨を記載し、文書を保存する。

3 対象となる疾患を専門とする医師や医療機関と連携し、必要な情報を収集するとともに、必要な場合にはその専門の医師に速やかに紹介する体制を確立しておく。

4 妊婦及びその配偶者が十分な説明を受けた後も判断に迷う場合には、いつでも専門的なカウンセリングが受けられるよう、日頃からそれらの専門機関との連携体制を構築しておく。

5 検査の説明文書や同意書は、医師が自ら適切なものを用意する。


II 母体血清マーカー検査を行う検査会社は、次のことに留意する。

1 この検査業務で得られる個人情報等についての秘密保持を徹底するとともに、検体は検査後速やかに廃棄し、妊婦の同意なく他の検査や研究に利用してはならない。

2 検査結果の算出方法やそのもととなるデータ等について、広く公表するとともに、検査を実施する医師に説明する。

【検査後】

 母体血清マーカー検査を実施する医師は、検査後に次のことに留意する。

1 検査結果について、妊婦又は妊婦本人及びその配偶者に分かりやすく説明する。その方法は、【検査前】の1の(3)の(注2)に従って行うこととし、電話や手紙、FAX、電子メールなどによって結果報告を行わない。

2 妊婦又は妊婦本人及びその配偶者が、検査結果の解釈やその後の方針決定に際しては、検査前に行った説明の各項目が理解されているかどうかを確認した上で、十分な理解が得られていない点や不明の点についてさらに詳しく説明する。

3 十分な説明に対し十分な理解が得られた後の羊水検査等の方針決定に際しては、妊婦の自己決定を尊重する。

4 検査を実施する医師等の関係者は、検査結果のみならず、すべての個人情報について秘密保持を徹底する。

5 検査結果によっては衝撃を受けたり、大きな不安が生じる場合があるため、妊婦及びその配偶者(必要に応じてその他の家族)に対する十分な心理的ケアと支援を行う。

6 検査後においても、必要に応じて、専門的なカウンセリングが可能な施設を紹介する。

7 当該疾患に関する相談が受けられる機関(医療機関、保健所、福祉事務所等)、本人・親の会及び支援グループの存在やその情報を提供する。


参考資料

<母体血清マーカー検査>

 母体血清マーカー検査のうち本邦で最も多く実施されているトリプルマーカー検査は、妊娠15〜17週の間に母体から数ミリリットル採血し、血液中の3つの成分(αーフェトプロテイン:AFP、絨毛性ゴナドトロピン:hCG、エストリオール:uE3)を測定して、その値から胎児が21トリソミー(ダウン症候群)であるかどうかを推定する検査で、検査所要日数は通常、約一週間。
 この検査では、21トリソミー以外にも開放性の中枢神経管欠損症、18トリソミーも検出可能といわれているが、21トリソミー以外は判定に用いる日本人のデータが得られていない。
 胎児が21トリソミーである場合、AFPとuE3の中央値が正常対照群に比べて低く、hCGは高くなる。測定値は対照群(21トリソミーでない群)の中央値の何倍であるか(multiple of the median, MoM値)で表す。これを基に「母体年齢から推定された21トリソミーの児の出生確率」に、個々のMoM値から換算される「21トリソミーである見込み率(likelihood ratio)」をかけて、胎児が21トリソミーである確率を算出する。
 このように胎児が21トリソミー等であるか否かが「確率」として示されることから、確率が低いとされても21トリソミーの児が生まれる場合があり、また、確率が高いとされてもほとんどの児は健常である。確定診断は羊水検査で行われる。

<αーフェトプロテイン(α-fetoprotein、AFP) >

 胎児期に、主に肝で生成される特殊なタンパクで、胎児血中のAFP値は妊娠10〜13週で最高となり、その後低下する。AFPの胎児から母体への移行は主に胎盤経由であるが、一部は羊水から羊膜を経由する。21トリソミーの胎児では対照群(21トリソミーでない群)と比較し、母体血中AFPのMoM値が低い。
 逆にAFPのMoM値が高くなる場合は、開放性の中枢神経管欠損症(外脳症、無脳症、二分頭蓋、脊髄裂・開放性二分脊髄や脊髄膜瘤)等の胎児奇形の可能性が高くなる。

<ヒト絨毛性胎盤刺激ホルモン(human chorionic gonadotropin、hCGまたはfreeβーhCG>

 hCG値は妊娠 9〜12週で最高に達し、その後低下するが、21トリソミーの児を妊娠している場合は、そうでない場合に比べMoM値が高い。
 FreeβーhCGはhCGよりも精度が高いとされている。

<非結合型エストリオール unconjugated estiol、uE3>

 uE3は胎児の副腎皮質・肝および胎盤から生成されるが、21トリソミーではそのMoM値が下がるので、AFPとhCGに加えることによって検出精度を上げる目的で使用されている。一般に、AFPとfree βーhCGの2種だけの検査をダブルマーカー、AFPとhCGにuE3を加えた検査をトリプルマーカーと称する。


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