概 要

 

1.エイズ発生動向調査(サーベイランス)報告の概要

  エイズ発生動向調査(サーベイランス)は昭和591984)年から開始され、後天性免疫不全症候群の予防に関する法律が平成元(1989)年に施行されることによって整備され現在に至っている。報告の流れとしては、HIV感染者あるいはAIDS患者を診断した医師が都道府県・政令市に「エイズ病原体感染者報告票」(以下、初回報告票と呼ぶ)を7日以内に提出し、その報告票が都道府県・政令市から厚生省保健医療局エイズ疾病対策課に集められる。初回報告票がすでに提出されたHIV感染者あるいはAIDS患者に病状の変化(HIV感染者がAIDS発病または死亡、AIDS患者が死亡)があった場合、「エイズ病原体感染者報告票(病状に変化を生じた事項に関する報告)」(以下、病変報告票と呼ぶ)が同様の流れで集められる。いずれの報告票もエイズ動向委員会による審査を通して確定される。なお、凝固因子製剤による感染はこの報告の対象外である。
  初回報告票の内容は、HIV感染者・AIDS患者の別、国籍、感染経路、性、年齢、感染地(日本国内・海外)、居住地(都道府県・政令市)、診断年月日、報告年月日などである。病変報告票の内容は、病状の変化の状況とその年月日が入ることを除けば、初回報告票とほぼ同じである。なお、いずれの報告票でも、氏名、生年月日などの個人を特定できる情報は含まれていない。

 

2.発生動向調査(サーベイランス)のためのAIDS診断基準は下記の通りである

I  HIV検査で感染が認められた場合

酵素抗体法(ELISA)又はゼラチン粒子凝集法(PA法)といったHIVの抗体スクリーニング検査法の結果が陽性で、かつWestern Blot法又は蛍光抗体法(IFA)といった確認検査法の結果も陽性であった場合、または抗原検査、ウイルス培養、PCR法などの病原体に関する検査(以下、「病原検査」という。)によりHIV感染が認められた場合であって、下記の特徴的症状(indicator Diseases)の1つ以上が明らかに認められるときはAIDSと診断する。

II  周産期に母親がHIVに感染していたと考えられる生後15ヶ月未満の児の場合

周産期に母親がHIVに感染していたと考えられる生後15ヶ月未満の児については、HIVの抗体確認検査が陽性であっても、それだけではHIV感染の有無は判定できないので、さらに以下の(1)または(2)のいずれかに該当する場合で免疫不全を起こす他の原因が認められないものをAIDSと診断する。

(1) HIV抗体検査、ウイルス分離、PCR法などの病原検査法が陽性で、特徴的症状の1つ以上が明らかに認められるとき

(2) 血清免疫グロブリンの高値に加え、リンパ球数の減少、CD4陽性Tリンパ球数の減少、CD4陽性Tリンパ球数/CD8陽性Tリンパ球数比の減少といった免疫学的検査所見のいずれかを有する場合であって、特徴的症状の1つ以上が明らかに認められるとき

(特徴的症状)

  1. カンジダ症(食道、気管、気管支又は肺)

  2. クリプトコックス症(肺以外)

  3. クリプトスポリジウム症(1ヶ月以上続く下痢を伴ったもの)

  4. サイトメガロウイルス感染症(生後1ヶ月以上で、肺、脾、リンパ節以外)

  5. 単純ヘルペスウイルス感染症(1ヶ月以上継続する粘膜、皮膚の潰瘍を呈するもの又は生後1ヶ月以後で気管支炎、肺炎、食道炎を併発するもの)

  6. カポジ肉腫(年齢を問わず)

  7. 原発性脳リンパ腫(年齢を問わず)

  8. リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成:LIP/PLH complex (13歳未満)

  9. 非定型抗酸菌症(結核以外で、肺、皮膚、頸部もしくは肺門リンパ節以外の部位、又はこれらに加えて全身に播種したもの)

  10. ニューモシスチス・カリニ肺炎

  11. 進行性多発性白質脳症

  12. トキソプラズマ脳症(生後1ヶ月以後)

  13. 化膿性細菌感染症(13歳未満で、ヘモフィルス、連鎖球菌等の化膿性細菌による敗血症、肺炎、髄膜炎、骨関節炎又は中耳・皮膚粘膜以外の部位の深在臓器の腫瘍が2年以内に、二つ以上、多発あるいは繰り返して起こったもの)

  14. コクシジオイデス症(肺、頸部もしくは肺門リンパ節以外に又はそれらの部位に加えて全身に播種したもの)

  15. HIV脳症(HIV痴呆、AIDS痴呆又はHIV亜急性脳炎)

  16. ヒストプラスマ症(肺、頸部もしくは肺門リンパ節以外に、又はそれらの部位に加えて全身に播種したもの)

  17. イソスポラ症(1ヶ月以上続く下痢)

  18. 非ホジキンリンパ腫(B細胞もしくは免疫学的に未分類で組織学的に切れ込みのない小リンパ球性リンパ腫又は免疫芽細胞性肉腫)

  19. 活動性結核(肺結核(13歳以上)又は肺外結核)

  20. サルモネラ菌血症(再発を繰り返すもので、チフス菌によるものを除く。)

  21. HIV消耗性症候群(全身衰弱又はスリム病)

  22. 反復性肺炎

  23. 浸潤性子宮頸癌

 

  19のうち、肺結核、22231994年の新たな診断基準で採用された特徴的症状である。

※※ 肺結核及び浸潤性子宮頸癌については、HIVによる免疫不全を示唆する症状または所見

がみられる場合に限る。

(厚生省エイズサーベイランス委員会、1994

 

 

3.集計対象と集計方法

  平成101998)年1231日までにエイズ動向委員会によって確定されたHIV感染者、AIDS患者と病変死亡者(病変報告票で死亡が報告された者)を集計対象とした。なお、前述の通り、この中には、凝固因子製剤による感染は含まれていない。HIV感染者に関する情報は初回報告票から、AIDS患者と病変死亡者に関する情報は初回報告票と病変報告票から得た。
  HIV感染者、AIDS患者と病変死亡者を、日本国籍と外国国籍ごとに、年次、感染経路、性、年齢、感染地、居住地の別およびそれらの組み合わせの別に集計した。また、AIDS患者については指標疾患の分布を集計した。年次は診断時点、報告時点ではなく、エイズ動向委員会での確定時点としたが、詳細は項目4に記す。感染経路は異性間の性的接触、同性間の性的接触、静注薬物濫用、母子感染、その他、不明の6区分とした。同性間の性的接触には両性間の性的接触を含めた。また、女性には同性間の性的接触は感染経路として考えにくいので、男性のみを集計した。その他の感染経路には輸血や臓器移植などとともに、可能性のある感染経路が複数あるケース(同性間の性的接触と静注薬物濫用のいずれかなど)を含めた。国籍は日本・外国の別と世界地域区分を用いた。

 

4.集計結果を見る上での注意

  HIV感染者の多くは、感染後のかなり長い期間、特定の症状がなく、検査を受けてはじめて感染が判る。診断されたHIV感染者のエイズサーベイランスへの報告漏れは比較的少ないと思われるが、検査を受けていないHIV感染者がいるために、国内に存在するすべてのHIV感染者の内で報告されている者の割合は必ずしも高くない可能性がある。一方、AIDS患者は特定の症状を有することが多く、医療機関を受診する。診断されたAIDS患者の医療機関からの報告率がきわめて高いことを考慮すると、AIDS患者の報告率はかなり高いと考えられる。
  エイズサーベイランスでは、同一者に対して複数の初回報告票を提出しないこと、病状が変化しない限り、同一者に対して複数の病変報告票を提出しないことが定められている。ただ、前述の通り、報告票には個人を特定できる情報が含まれていないために、報告に若干の重複がある可能性を否定できない。HIV感染者とAIDS患者の間には病変報告分の重複がある。本集計では、HIV感染者とAIDS患者を別々に重複して数えており、そのために、それらを合計しても意味がない。
  本集計では、日本国籍と外国国籍を別にしているが、これは、両者の感染経路の状況や年次推移の傾向などが大きく異なるためである。
  前述のように、年次を診断時点でなく、エイズ動向委員会の確定時点とした。多くの症例では報告は診断後速やかに行われ、直ちにエイズ動向委員会が審査・確定している。ただ、様々な事情から報告が遅れるケースもある。平成21990)〜平成10(1998)年にエイズ動向委員会により確定されたHIV感染者の中で、確定されたのが診断の翌年であったケースは2.8%、2年以上遅れたケースは0.4%であった(表14)。同様に、平成21990)〜平成10(1998)年に確定されたAIDS患者では、確定されたのが診断の翌年のケースは4.6%、2年以上遅れたケースは2.4%であった(表14)。報告票の年齢欄には診断時点あるいは報告時点などの規定はないが、確定が診断や報告よりも極端に遅れるケースはきわめて稀であるので、年齢を診断時点あるいは報告時点のいずれのものとみても、全体像を把握する上で大きな問題はない。


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