平成11年3月3日

中央薬事審議会

医薬品承認審査の立場からの性感染症まん延防止対策について

 

 平成9年3月10日、中央薬事審議会は、低用量経口避妊薬の使用がHIV感染症等の性感染症のまん延に与える影響について公衆衛生上の観点からの意見を公衆衛生審議会に求め、平成9年6月26日、公衆衛生審議会からの回答を得ているところである。回答においては、「低用量経口避妊薬が承認される場合にあっては、その前提として国民の性感染症予防についての認識を高め、感染の拡大を予防するための対策を強化することが不可欠」との意見が示されるとともに、その方策について具体的な提言がなされている。中央薬事審議会においては、公衆衛生審議会からの提言を受けて、薬事法に基づく医薬品承認審査の立場から、低用量経口避妊薬を承認するとした場合に講ずるべき対策を次のとおり整理した。


1.性感染症に関する服用者の理解のための注意喚起

 ピルは性感染症を防止するものではなく、性感染症の感染防止には、コンドームの使用が有効であることを服用者が理解することが必要である。

 ピルの処方にあたり、服用者が、処方医その他の医療関係者から性感染症の危険性について十分な説明や必要な検査を受ける機会を得ることが、性感染症感染まん延防止のために重要である。

 このような認識に立ち、服用者に対して諸注意を喚起するため、次のような手段により、情報提供を行うことが適当と考える。

    (1) 添付文書

 性感染症に関する情報提供は、処方時にまず処方医から行われることが効果的である。このため、添付文書の冒頭に、以下のような注意喚起の文章を記載し、医師に対する注意喚起を行う。

経口避妊薬は,HIV感染(エイズ)及び他の性感染症(例えば梅毒,性器ヘルペス,淋病,クラミジア感染症,尖形コンジローム,腟トリコモナス症,B型肝炎等)を防止するものではないこと,これらの感染防止には,コンドームの使用が有効であることを服用者に十分説明すること。

また、必要に応じ、性感染症検査を受けることを服用者にすすめること。         

(2) 医師向け情報提供資料

 医師向け情報提供資料では、医師からの服用者に対する説明等に際して医師が参考とする情報を以下のように記載する。

1.性感染症(STD)予防のための説明

 経口避妊薬(OC)は避妊のために処方されるものであり、OCの使用により、STDを予防したり、治療したりするものではないこと、コンドームの代わりにOCを使用するとSTDのリスクが増大する可能性があることを服用希望者に十分説明する。近年、STDのまん延が注目され、なかでもHIV感染は極めて重大な社会問題となっている。OCを処方するに当たっては、OC服用による安心感から性感染症に対する予防が疎かにならないよう、STDの防止のためには、コンドームを使用していた、いないに関わらず、正しいコンドーム使用法を指導することが必要である。また、必要に応じ、性感染症に関する検診を行った上で、服用希望者に処方する。

2.性感染症検査について

 性感染症検査は、OCの服用の機会を利用して、服用者及びパートナーの性感染症の予防の意識を高める手段であること、服用者及びそのパートナーにとって、性感染症の早期発見、早期治療が始められる機会となることから勧奨されるものである。無自覚のSTD感染の頻度が高いことを、OC処方時に十分認識させ、STD検査を積極的に勧奨することは、STD感染の抑制や、危惧されているHIV感染流行のまん延予防につながる極めて重要な対応策と考えられる。

(1)パートナーについて

 性感染症はパートナーとともに予防を行うべきものであり、予防のためには、パートナーの性感染症検査やパートナーの性行動も重要であり、処方の機会にこのことを啓発することが必要である。避妊のみを目的にOCを使用し、STDを予防するものではないことを認識していないカップルがいるので、STD感染のないことを互いに確かめた上でOC使用を開始することが望まれる。

(2)性感染症検査の意義及び頻度

 STDのスクリーニングは、性感染症のまん延抑制のため必要かつ重要な検査である。OC処方は、無自覚のSTD感染の隠れた感染の検出(スクリーニング) の良い機会であり、現在の流行の抑制に結びつく、極めて望ましい医学的対応になると考えられる。OC初回処方時のみではなく、使用中もOC開始時と同様な立場で検査を施行することを忘れてはならない。性的環境の変化がある場合には、検査を施行する。性的パートナーが多ければ、検査はより頻回に行うべきことは言うまでもない。

(3)クラミジアについて

 現在本邦においても、HIV感染の原因として、異性間の性的接触による感染の傾向が強まり、HIV感染のまん延が危惧されている。OC使用により子宮膣部にクラミジアが感染しやすくなるとする報告は多く見られており、クラミジア感染例では非感染例より4倍もHIVに感染しやすくなるという事実が明らかにされていることから、感染頻度の高いクラミジアは、検査を行う場合に是非行うべき検査である。

(4)服用者の同意

 検査の必要性について、説明した後、服用者の同意を必ず取得した上で検査を行う。

(5)検査項目の決定

 検査項目は、HIV、梅毒、性器ヘルペス、淋病、クラミジア感染症、尖形コンジローム、膣トリコモナス症、B型肝炎などを服用者と十分に相談して選択する。

(3) 服用者向け情報提供資料

 ピルの承認に際しては、医師向けの添付文書のみならず、服用者向けの情報提供資料を作成する。服用者向けの情報提供資料は、一般の服用者にもわかりやすい平易な言葉で諸注意を記載し、性感染症に関する諸注意の理解を助けることを目的とするものであり、Q&A形式の解説編を添付する。まず、服用者向けの情報提供資料の冒頭において、次のように記載する。

 経口避妊薬は,医師の処方せんなしに服用することはできません。

 この薬は,HIV感染(エイズ)及び他の性感染症(たとえば梅毒,性器ヘルペス,淋病,クラミジア感染症,尖形コンジローム,膣トリコモナス症,B型肝炎等)を防止するものではありません。これらの感染防止には,コンドームを効果的に使用することが大切です。また,性感染症は早期発見,早期治療が重要ですので積極的に検査を受けるようにしてください。

 この説明書には,×××(製品名)を正しく安全に服用していただくための注意事項が記載されています。この説明書を読んで,わからないことあるいは心配なことがある場合には,医師又は薬剤師に相談してください。

* エイズはウイルス(HIV)感染による病気で,感染している人との予防手段をとらない性行為が原因となる場合が多いといわれています。発病すると身体の抵抗力が失われ,ときには重症の感染症や悪性腫瘍にかかりやすくなります。現在のところ,エイズに対する根本的な治療法は確立されておらず,予防することが極めて重要です。

 また、解説編においては、冒頭に、以下のように記載し、適切なカウンセリングを受けるよう促した上で、Q&A形式により、一般の人にでも性感染症がどのようなものか理解できるように、基本的な疾病の知識を紹介する項目を用意する。

 この解説編はピルについてQ&Aにまとめてあります。よく読んで十分に理解した上で服用してください。

 なお,わからないことがあったら,医師又は薬剤師に相談してください。

 ピルを服用するに際しては,ピルの正しい使用法や副作用,性感染症やその予防法などを十分知ることが重要です。したがって,ピルについて専門的なカウンセリング(相談・指導・助言)が受けられる医療機関を受診し,処方を受けてください。

性感染症を防止するためには

「性感染症とはどのような病気ですか」

Q.  性感染症とは?

A. 性感染症は,性行為又は性行為に類似する行為によって人から人へ感染する病気のことで従来は梅毒,淋病などが主なものでした。しかし,現在では新しい病気も増えてきています。その代表的な性感染症には,HIV感染症(エイズ),性器ヘルペス,クラミジア感染症,尖形コンジローム,膣トリコモナス症,B型肝炎などがあります。  性感染症の原因となる病原体には,ウイルス,細菌,原虫など多くの種類があり,これらの病原体が性行為により人から人へ感染しますが,感染しても症状が軽く,かかったことに気がつかず,パートナーを感染させてしまう病気もあります。この中には比較的簡単に治療できるものから,完全には治りにくいもの,現在のところ根本的な治療方法が確立されていないものまであります。したがって,これらの性感染症に対しては予防することが大切です。

Q. 日本での性感染症の感染の動向は?

A.厚生省エイズ動向委員会の発表によりますと、性的接触を感染の原因とするHIV感染者の報告は依然として増加が続いています。特に、国内で感染する日本人男性の増加が顕著になっています(図1)。患者・感染者の年齢では、これまでに報告された中では20歳代と30歳代が52%(1996年 12月現在)となっているように、若い世代での感染が多いことが特徴です。 また、厚生省結核・感染症サーベイランス事業の結果によりますと、その他の性感染症については、次のとおりです(図2)。 (1) 淋病様疾患は男女とも1992年から減少しましたが、1995年より再び増加する傾向が見らています。特に都市部での増加の兆しが指摘されています。 (2) クラミジア感染症は男性で1992年に軽度減少したが、それ以降は横ばいからやや増加傾向にあります。女性は1992年に増加が止まり1993年以降は横ばいとなっています。ただし、日本性感染症学会の報告の中には、クラミジア感染症をはじめとして性感染症の増加傾向を示す調査結果とともに、子宮頸部からのクラミジア検出率が既婚妊女性で約5%、未婚妊女性で約13%という調査結果が示されています。我が国の性感染症の動向は決して予断を許さない状況です。 (3) 性器ヘルペスは男性は横ばいですが、女性では増加の傾向にあります。 (4) トリコモナス症、尖形コンジロームは男女とも減少傾向が続いています。 (5) 梅毒については厚生省感染症サーベイランス事業の対象疾患とされていませんが、大阪府が行なっている性感染症動態調査では、1995年は前年に比して早期顕性梅毒の増加が報告されています。 なお、性感染症のそれぞれの症状等については、次の問をご覧下さい。

  • 図1

  • 図2

  • Q. エイズとは?

    A. ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染によるもので,このウイルスが体を病気から守る免疫力(体の抵抗力)を低下させてしまう病気です。感染後,多くは無症状ですが,2〜8週間後風邪に似た症状が現れる場合もあります。その後,無症状のまま,長ければ十数年という潜伏期間があります。やがて体の免疫力がしだいに低下するにつれて発熱,下痢,体重減少などがおこり,さらに免疫力が低下すると重症な感染症(カリニ肺炎,結核など)や悪性腫瘍(カポジ肉腫)などになりやすくなります。

    Q. 梅毒とは?

    A. 梅毒トレポネーマパリダムの感染によっておこる病気です。感染後の期間と症状により,第1期から第4期に分けられ,とくに初期 (第1期,第2期) の梅毒に感染力があります。第1期は通常,感染後2〜4週間で外陰部に痛みのない小豆くらいのかたいしこりができ,やがて表面がただれるようになります。このしこりは1カ月くらいで消えますが,その前にもものつけねのリンパ節がはれます。これは痛みもなく,うみが出ることもありません。これを放置すると症状は消えますが治ったのではなく,潜伏しながら第2期へ進行します。第2期では,2〜3カ月すると熱やだるさをともなって,全身の皮膚に大小さまざまな形で赤褐色の発疹などが出たりします。また, 外陰部や肛門周囲などがじくじくしてしこりが多数できることもあります。さらに, 口の中の粘膜に乳白色のまだら状の粘膜疹がでることもあります。これらの発疹や粘膜疹はやがて消失し無症状の潜伏期に入ります。しかしながら,第1期及び第2期の特有な症状が出ないまま病気が進行してしまう場合もありますので注意が必要です。放置し第3期〜第4期に進むと内臓や脳をおかし重大な病気へと進行していきますので,感染の初期に適切な治療を受けることが大切です。

    Q. 性器ヘルペスとは?

    A. ヘルペスウイルスにより感染し,外陰部に多数の水ぶくれができ,痛みや発熱などを伴います。水ぶくれはつぶれて潰瘍となり,排尿時にはげしく痛んだり、痛みのために歩行に支障がでることもありますが、感染しても症状があらわれないこともあります。月経,疲労,妊娠した時にあらわれる場合もあります。妊娠中に性器ヘルペスにかかると新生児が全身性ヘルペスにかって死亡する危険性があります。

    Q. 淋病とは?

    A. 淋菌の感染によっておこる病気です。性器の炎症がおこり,おりものが増えます。子宮頸管以外にも膣や尿道にも感染が波及していることが多く,排尿痛や,うみの混じった尿が出るなどの症状があらわれます。

    Q. クラミジア感染症とは?

    A. クラミジアとよばれる一種の細菌により感染し,尿道,卵管に炎症をおこし,不妊の原因になったり,新生児に肺炎や結膜炎をおこしたりします。症状としては,おりものが増えたり,下腹部痛がありますが,症状がなく気づかずに経過する人が多いので注意が必要です。

    Q. 尖形コンジロームとは?

    A. ヒトパピローマウイルス(いぼのウイルス)により感染し,性器やその周辺にいぼが多数できる病気です。女性では,かゆみや やけつくように感じる場合がありますが,男性では,いぼ以外の症状がないので放置されやすく注意が必要です。

    Q. トリコモナス症とは?

    A. トリコモナスとよばれる原虫により感染し,の炎症をおこす病気で,黄色のおりものが増え,のかゆみや排尿時の痛みなどがおこります。トリコモナスは,以外の性器や,尿道,さらにはパートナーの性器や尿道などに侵入します。

    Q. B型肝炎とは?

    A. B型肝炎のウイルスは血液,体液を介して感染します。症状としては,だるさ,食欲低下,発熱などがあらわれることがあります。感染後治癒する人と,ウイルスが肝臓に住み続け感染が持続する人(キャリア状態)がいます。キャリア状態から慢性肝炎とよばれる状態になり,肝硬変や肝癌になる人もあります。

    「性感染症の予防・検査」

    Q. 性感染症の予防法は?

    A. 性感染症は,性行為により血液,精液,の分泌液,粘膜が相互に接触することで感染します。したがって,不特定多数の人との関係を避けることが重要です。  性感染症の予防方法は,コンドームを使用して粘膜,体液などの直接の接触をなくすことです。したがって,コンドームは性行為のつど初めから終わりまで必ず装着することなど,コンドームの注意書きにしたがって使用してください。 これまでコンドームを使用していた、いないにかかわらず、感染防止のためには,引き続きピルとの併用を心がけてください。

    Q. 性感染症の検査は必要ですか?

    A. 性感染症にはクラミジア,性器ヘルペスのように感染しても症状の現れにくいものもあります。このような場合は,気がつかないままにパートナーを感染させることがあります。  したがって,エイズを含め性感染症はいずれも早期発見,早期治療がとても重要ですので,あなたとパートナーが積極的に性感染症の検査を受けることが必要です。 また,性感染症の検査は,血液学的検査や子宮頸部の細胞学的検査を実施する際に同時に行うことが可能です。特別な心構えや時間を要するものではありませんので,ピル服用の際に検査を受けることをおすすめします。気軽に医師に申し出てください。

    2.情報の提供について

     添付文書及び医師向け情報資料は製薬企業から、確実に処方医の手元に届くよう指導するとともに、服用者向け情報提供資料についても、医師から服用者に交付されるよう製薬企業を指導すべきである。また、ピルが適正に使用されるためには、医療関係者の理解と協力が不可欠であり、そのため、医療関係団体を通じ服用者に対する情報提供の徹底につき協力要請を行うべきである。

    3.コンドームについて

     性感染症の感染防止の目的では、コンドームの適切な使用が効果的であることから、コンドームの添付文書において、性感染症防止のための適切な使用に関する情報を記載することを指導すべきである。