平成11年3月3日
中央薬事審議会
ピルの内分泌かく乱化学物質としてのまとめ
ピルは、合成エストロゲンであるエチニルエストラジオールを含有する製剤である。これを服用した女性から服用後に排泄される合成エストロゲンの環境及び環境を介した人への影響については、以下のとおり判断した。
1.排泄量
通常の女性からのエストラジオール(天然エストロゲン)の分泌量は
なお、妊娠時においては、一日
200〜400μg程度排泄(妊娠初期)されること、また、男性からも一日数μg排泄されることが報告されている。一方、ピルの服用者からのエチニルエストラジオール(合成エストロゲン)の排泄量は、その全てが排泄されるとして、投与一日量である
30〜40μgとなり、また、エチニルエストラジオールの血中濃度の上昇に伴い、エストラジオールの血中濃度が減少することが報告されており、実際に排泄される天然及び合成エストロゲンの総量は、通常の女性から排泄されているエストラジオールの量と同程度と考えられる。
2.環境中での消長、存在及び作用
活性汚泥による天然及び合成エストロゲンの消失率については、エストラジオール(天然エストロゲン)が
汚水処理場の排水等から、天然エストロゲン及び合成エストロゲンが共に検出されているが、天然エストロゲン及び合成エストロゲンが生態系に対してどのような作用を及ぼすかは必ずしも明らかではなく、今後これらの物質の検出技術や毒性の評価の進展によっては、適切かつ必要な対応が求められる。
3.結論
エストロゲンについては、天然・合成を問わず総合的に議論すべきものであり、また、内分泌かく乱化学物質の問題は一物質・一企業・一国からのアプローチでは解決が望めないものであることから、国内では各省横断的に、国際的にはWHO、OECD等の国際機関において内分泌かく乱化学物質を総体でとらえる視点から調査研究及び対策に取り組まれているところである。また、現時点では、米国及び欧州のピル使用国で環境への影響を理由にピルの使用を禁止した事例はない。しかしながら、今後、そのような総体的な取り組みが進展する中で、個別の問題についての新たな対応が必要となった場合には、適切かつ速やかに対応するという姿勢により臨むことが必要である。
[ 参 考 文 献 ]
注)参考文献として掲げた報告は、文献調査によるものであるが、これ以降の新たな報告や文献調査で見つけられない報告等がありうることを付記する。
参 考 資 料
女性から分泌、排泄されるエストロゲン(天然エストロゲン)及び経口避妊薬の成分のエチニルエストラジオール(EE2)を中心とした合成エストロゲンの排泄等についての文献調査について以下に要約をするものである。略号に該当する物質名は下表のとおりである。
略号 |
物質名 |
E1 |
エストロン |
E2 |
エストラジオール (「E2-17β」をいう場合がある。) |
E3 |
エストリオール |
2-OH-E1 |
2-ヒドロキシエストロン |
E2 -17β |
エストラジオール−17β (「E2 」をいう場合がある。) |
EE2 |
エチニルエストラジオール |
2-MeO-EE2 |
2-メトキシ-エチニルエストラジオール |
16-β-OH-EE2 |
16β-ヒドロキシ-エチニルエストラジオール |
6-α-OH-EE2 |
6α-ヒドロキシ-エチニルエストラジオール |
2-OH-EE2 |
2-ヒドロキシ-エチニルエストラジオール |
2-MeO-EE2-17β |
2-メトキシ-エチニルエストラジオール-17β |
女性の一日一人あたりのエストロゲン分泌量は月経周期の時期により異なるが25〜100μgであり、妊娠中は妊娠の進行とともに増加し、妊娠末期では30 mg/日まで増加すると報告されている1)。体内ではE2が主分泌産物であるが、それは、肝臓でE1、E3、2-OH-E1などに代謝される1)2)。これらの代謝物はグルクロン酸や硫酸の抱合体となり、主に尿中より排泄される1)。女性の尿中の総エストロゲン量(代謝物を含む。)は、一日数μg〜60μg程度(
ヒトで月経不順等の治療、経口避妊又はホルモン補充療法の目的で服用したEE2は主にグルクロン酸や硫酸抱合体として尿・糞中から排泄される5),6)。投与後7〜10日間で投与量の38±8%が尿中に排泄され、糞中を含めた総排泄量は、投与量の91±9%と報告されている7)。また、尿中には主として代謝物(2-MeO- EE2、16β-0H- EE2 、6α-0H- EE2、2-0H- EE2 、E1、E3、E2-17β、2-MeO-EE2-17β)及び抱合体として排泄され、24時間までの尿中未変化体(EE2)の排泄量は、投与量に対して5.6〜7.2%の割合であると報告されている8)。
3. 環境中での存在及び消長
尿・糞中から排泄され、環境中に放出されたエストロゲンは、通常、主に抱合体として排泄されるが、汚水処理場等において脱抱合され再活性化される。さらに、それらは、活性汚泥中の微生物で分解を受けるが、一部、分解を受けることなく、排水中に放出される。これらについての報告の一部を以下に紹介する。
実験室内での活性汚泥(微生物)中では、天然ステロイド(テストステロン、 プロゲステロン、 E1、 E2、 E3)は培養3〜4週目には100%消失するが、EE2は4週間で95%が消失すると報告されている11)。また、汚水処理場での5日間の除去率は、天然及び合成エストロゲンで75〜91%であるが、β-シトステロール(植物性エストロゲン)は58%とも報告されている9)。
環境中のエストロゲンの濃度については、オハイオ州の14ヶ所の汚水処理場の流入水及び排出水での合成及び天然ホルモン濃度を測定12)したもの、ドイツの20ヶ所の汚水処理場での流入水と排出水中のエストロゲン濃度を測定9)したもの、英国内7ヵ所で汚水処理場における排水中のエストロゲン物質(E1、 E2、 EE2)を同定・定量10)したもの等の6報9),10),12),13),14),15)がある。これらの文献は、汚水処理場の排水等から天然エストロゲン(植物エストロゲンを含む。)及び合成エストロゲンが検出されている事例である。 また、日本では、環境庁が平成10年12月に発表した報告書において、人畜由来のエストロゲン(E2 -17β)が河川、海域、湖沼、地下水の130の測定地点中79カ所で検出され、最高検出濃度は、0.035μg/Lであったと報告されている16)。
4.環境中の生物及びヒトに対する作用
イギリスの汚水処理場の排水中でニジマス及びコイを飼育したところ、雌の卵黄形成を促すビテロジェニンの血漿中濃度の顕著な増加がみられ、排水中にエストロゲン様物質が存在していることを示唆する報告もあるが、原因物質は同定されていない17)。また、未成熟の雌ニジマスの肝細胞でのEE2のビテロジェニン合成に対する活性は、E2と同程度かわずかに高い程度(1.15±0.05倍)との報告もある18)。天然エストロゲン及び合成エストロゲンの生態系への影響については今後の調査研究が待たれるものである。なお、環境中の合成エストロゲンのヒトへの影響について調査・研究を行った論文は把握していない。
5.外国の規制状況について
(1) Federal Register, Volume 62, No.145,1997(July 29, 1997)
ある物質が、予想される暴露レベルにおいて,環境に重大な影響を及ぼす潜在的な危険があるとデータに基づき判断される場合、FDAは環境アセスメントを課すことになる。FDAは、現在のデータは、予想される暴露レベルにおいて環境に重大な影響をもたらす潜在危険があることを裏付けるものではないと結論した。
(2) 英国環境庁News Release(January, 1998)
産業界に内分泌かく乱化学物質対策を呼びかけるものであり、エストロゲンについては、汚水中の天然エストロゲン量を減少させる技術が環境庁の施策として示されている。
(3) 英国環境庁報告書(
懸念される物質(EE2、E2、E1等)について、下水処理過程での構造変化、魚類その他水生生物の用量反応関係の研究等の水質基準作成に向けての一層の努力が必要であるとしている。