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平成10年6月18日
1 経緯
2 診療情報とは何か
3 診療情報の提供の現状
4 診療情報の提供の基本的考え方
5 診療情報の提供の方法
6 診療情報の提供の環境整備
7 電子カルテ等について
8 その他の分野における情報の活用
9 法制化の提言
10 おわりに
I はじめに
II 診療情報とは何か
III 診療情報の提供の現状
VI 診療情報の提供の環境整備
VII 電子カルテ等について
VIII その他の分野における診療情報の活用
IX 法制化の提言
X おわりに
II 診療情報とは何か
2 診療情報の法律上の取扱い
3 検討の対象
III 診療情報の提供の現状
IV 診療情報の提供の基本的考え方
V 診療情報の提供の方法
VI 診療情報の提供の環境整備
VII 電子カルテ等について
VIII その他の分野における診療情報の活用
1 診療情報の内容及び意義
診療情報の活用の在り方を検討するに当たり、診療情報とは何か、またその社会的意義は何かについて整理する必要がある。
一般的に診療情報とは、医療の提供の必要性を判断し、又は医療の提供を行うために、診療等を通じて得た患者の健康状態やそれらに対する評価及び医療の提供の経過に関する情報であり、これらが紙等の媒体に患者ごとに記録されたものが診療記録であると考えられる。診療情報・診療記録には、これら以外にも、もっぱら医療機関の管理に資する目的で収集、作成されるもの、検診、行政機関の調査、医学研究に際して収集、作成されるものがある。
こうした診療情報・診療記録は、医療機関の中はもちろんのこと、医療機関以外の場でも活用されることがある。そのような場としては具体的には以下のものが挙げられる。
診療記録は、医療従事者が、適切な医療を提供するために、その過程を記録化し、自らの医療業務の的確な管理を通じて適正な医療の提供に資するところに最大の意義がある。しかしながら一方では、医療従事者と患者が共同して疾病を克服する医療の在り方が求められている今日、医療内容を患者に対して示し、患者が自身の疾病の状態や治療内容等について理解する患者のための資料としての意義も指摘できる。
診療記録のうち、病院日誌、入院記録等は、個々の診療活動というよりも、組織としての医療機関の運営管理を行う観点から作成、活用されている。適正な医療の安定的提供のためには、医療機関の適正な運営は極めて重要であり、この種の診療情報の活用は大きな意義を有している。
診療記録は、医療保険上給付内容を特定するための資料として、国民医療制度の維持に不可欠なものとなっている。
医療過誤等の訴訟において裁判所は、診療記録について証拠として高い積極的評価を与えている。また、医療においては、医療側に知識、情報が偏在し、診療録などの診療記録なしに患者側が医療側の過失の有無を立証することは非常に困難であることから、患者側が訴訟を遂行するに当たって不可欠の資料となっている。
診療情報・診療記録は、間接的にではあるが、医療従事者の教育・研究の資料として活用され、医療水準の向上等に寄与している。
診療情報・診療記録の中には、行政上の調査、統計に際して、収集、作成されるものがあり、これらは、公衆衛生の向上などの行政目的のため活用されている。
診療記録のうち診療の場で取り扱われるものは、医療従事者・医療機関の業務記録であり、その物的所有権はこれを作成する側にあるとされるが、医療行政上の必要性もあって、その作成・管理については、法令上一定の規制がなされている。
診療録については、医師法第24条及び歯科医師法第23条においてその作成及び保存が義務付けられている。これは、診療録は医師及び歯科医師に患者に対する適正な治療を行わせるため、医師及び歯科医師に診療の適正性を証明させ、それにより行政目的を達成しようとするものであり、また、診療を受けた患者の社会的権利義務の確定のために必要な証拠資料となるとの趣旨である(大阪高裁昭和53年6月20日決定、東京高裁平成4年9月8日決定等)。
また、医療法において、病院は過去2年間の各科診療日誌、手術記録等の診療に関する諸記録を備えておかなければならないこととされている(医療法第21条、同法施行規則第20条)が、これは主として医療機関の適正な運営管理を図る趣旨であると考えられる。
その他、診療記録は、民事訴訟法の証拠保全、文書提出命令の対象となる。また、診療情報は、概念的には「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」や個人情報保護条例における個人情報に含まれ得るものであり、その取扱いが論議されてきた。
以上のように、診療情報・診療記録は様々な内容、意味をもち得、いずれについてもプライバシー保護などの重要課題があるが、本検討会は、医療従事者と患者が共同して疾病を克服するという、より積極的な医療を推進する観点に立ち、診療情報を診療の場において診療等を通じて得た患者の健康状態等に関する情報として、また、診療記録をこれらの情報が患者ごとに記録されたものとして捉え、医療の場における診療情報の患者への提供の在り方を中心に検討を行うこととした。
我が国では、診療契約を民法上の準委任契約とするのが通説であり、医療側は、患者に対する報告義務の一環として診療情報を提供しなければならないものと考えられる(民法第645条)。また、インフォームドコンセントの理念に基づき、医療法に医療従事者による患者への説明と理解に関する努力義務規定が設けられており、診療情報の提供は、この説明の内容として当然含まれるものと考えられる。しかし、実体法上患者が医療従事者・医療機関に診療記録そのものの開示を求める権利あるいは医療従事者・医療機関がこれに応じる義務を直接に認める規定は存在しない。
「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」では、医療に関する情報の開示については、それらの情報の性質、我が国の国情、国民意識から、当面、国と国民との権利義務関係として捉えるのではなく、従来どおり、医療従事者と患者の信頼関係に基づいた医療上の判断に委ねることが適当であるとの考えに基づき、診療に関する事項は開示請求の例外とされている(ただし、このような個人情報について本人が開示を求め、医療上の見地から、保有機関がこれに応じて開示することを禁止するものではないとされている)。また、各地方公共団体が制定している個人情報保護条例等においても、個人の診断に係る情報については、開示請求の例外とされている例が多いが、一方で、近年制定されている条例においては、診療録や診療報酬請求明細書(レセプト)の情報の全面開示や部分開示を認める例も増えている。これらの法律や条例の対象は、行政主体が保有する情報に限られ、医療従事者及び医療機関全般にわたるものではないため、国公立の医療機関と民間の医療機関で取扱いが異なるという結果にもなっている。
そこで、問題は、さらに進んで診療記録の開示の義務(患者の開示請求権)が解釈上認められるか否かである。診療記録の開示請求とこれに応じる義務を法律上の権利・義務として認める理論としては、(1)契約(民法の準委任契約)、(2)英米法を参考にしたところの医師の信認義務(fiducia-ry duty)、(3)憲法のプライバシーの権利の一内容としての情報内容に対する知る権利としての構成が考えられるが、現在のところ、判例及び学説において確立したものとはいえない。
なお、訴訟手続の面では、看護記録等を含め診療記録は、民事訴訟法上の証拠保全及び文書提出命令の対象となっており、現状でも訴訟上必要が認められれば診療記録の開示が命じられ得るが、必ずしも十分に例外要件等の検討が行われてきたものではない。
現在、診療情報の提供については、法令を含めて特別なルールはなく、それぞれの医療従事者・医療機関に委ねられているが、各地で積極的にこれに取り組む動きが徐々に広がりつつある。
例えば、がんという特に情報提供に困難な問題が伴うと考えられる疾病について組織的に取り組んでいる事例や、患者ごとに診療録や検査記録を一括整理して患者に提供している各地の医療従事者・医療機関の事例がある。
こうした取組みを行う医療従事者・医療機関は次第に増えていくものと考えられるが、依然、全体の中の少数であり、今後、積極的な情報提供を進めていくためには、医療従事者・医療機関の熱意に期待するだけでは大きな進展は難しいと思われる。
外国では、この20年程の間に、患者の自己決定権、その前提として自己の情報は自らコントロールできなければならないというプライバシーの考え方が広がり、診療記録の実体法上の開示請求権を認める国が増えつつある。
アメリカ合衆国では、1974年に連邦プライバシー法(Privacy Act)が制定され、連邦政府が運営する医療機関が管理する診療記録についての開示請求権及び訂正請求権が認められた。州レベルの法律に関しては、各州への指針となる統一州法において同様の権利が定められているほか、1970年代以降、診療記録への開示請求等を認める法律が各地の州で制定され、約半数の州がそのような法律を制定するに至っている。特に、ミネソタ州の法律(1973年)は、対象となる記録の範囲、請求権者等制度として整備されたものとなっている。法律が制定されていない州でも、実態として診療記録の開示は行われているといわれている。
イギリスでは、診療記録のうち電子的記録については1984年に制定された個人ータ保護法(Data Protection Act)により、診療記録全般については1990年に制定された保健記録アクセス法(Access to Health Records Act)により、一部制限を加えながら開示請求権が認められている。
カナダでは、1992年の連邦最高裁判決において診療記録の開示請求権が認めらた。
オーストラリアでは、1996年の最高裁判決において開示請求権が否定されていが、実態としては一定の制限を付しながら原則開示の方向に進んでいる。ニュー・サウス・ウエールズ州では、Health Care Complaints Co-mmissionを設立し、診療記録の開示の問題を含めた患者の医療に対する公的な苦情処理を行っている。
カナダ、オーストラリア両国の判決には、それぞれの国の医師会のガイドラインにおいて患者への診療記録の開示が認められているか否かが影響を与えているものと考えられる。
ドイツでは、1982年の連邦裁判所判決により、実体法上の権利として裁判外での診療記録への開示請求権が認められたが、客観的な身体所見に関する記録及び治療措置(処方、手術その他)の報告に限るとしている。
フランスでは、法律により診療記録の開示請求権が認められている。
スウエーデンでは、「患者記録法」により、一定の制限を付しながら診療記録の開請求権を認めている。
このように、明文の規定又は判例により、法的権利として患者による診療記録の開示請求を認めている国と認めていない国とがあるが、基本的にはそれぞれ一定の制限はあるものの次第にこれを認める趨勢にあるものといえる。
一方、世界医師会は、1981年にリスボン宣言を採択し、「患者は十分な説明を受けた後に治療を受け入れるか、または拒否する権利を有する」として患者の立場からインフォームドコンセントが必要であるとの主張を明確にしていたが、1995年にはこれを具体化、修正したバリ島宣言を採択した。そこでは、「患者は自分自身の決定を行う上で必要とされる情報を得る権利を有する」との基本的考え方を示した上で、「情報を得る権利」を項目として掲げ、「患者は、いかなる医療上の記録であろうと、そこに記載されている自己の情報を受ける権利を有し、また病状についての医学的事実を含む健康状態に関して十分な説明を受ける権利を有する」ことが謳われている。同宣言においては、さらに、「その情報が患者自身の生命あるいは健康に著しい危険をもたらすおそれがあると信じるべき十分な理由がある場合は、情報を患者に対して与えなくともよい」として情報提供の例外を認めているほか、「情報はその患者をとりまく文化に適した方法で、かつ患者が理解できる方法で与えられなければならない」とし、情報提供はそれぞれの国の国情に応じて行われるべきであるとの考えを明らかにしている。
その理由としては、第一に、医療従事者、患者の信頼関係の強化、情報の共有化による医療の質の向上が挙げられる。
よりよい効果をもたらす医療は、一方的に提供されるものではなく、患者が自らの病気の内容、治療方針について理解することにより、医療従事者と患者が情報を共有し、患者の自己決定の尊重及び相互の信頼と協力に基づいて、共同して病気を克服するというものでなければならない。医療技術の進歩により診断、治療方法が複雑化、多様化し、また、国民の生命、医療についての価値観が多様化する中で、こうした考え方は一層重要なものとなっている。
こうした趣旨からインフォームドコンセントの理念に基づく医療の推進が求められているが、診療情報の提供は、その一環として位置付けることができる。
従来、医療の現場において、診療録等の診療記録は医療従事者の備忘録、メモとして捉えられることも多く、患者に内容を示すべきものではないとの考えもあったが、先に述べたような診療録の公的性質及び最近の社会的意識の変化を考えると、今日国民がこうした考えを受け入れることは困難であり、患者のために作成・管理されるものとしての意義がますます大きくなっているものと考えられる。
第二に、個人情報の自己コントロールが挙げられる。
プライバシーの保護や自己決定の考え方についての社会、国民意識の変化により、他人が収集した自己に関する情報の内容を知ること、及びその内容をコントロールすることを本人に認めるべきであるとの考え方が、あらゆる場面で強く求められるようになっている。
診療情報の提供及び診療記録の開示を基礎付けるこれらの考え方は、いずれも大変重要な考え方である。
これに対して、患者への診療情報の提供、特に診療記録の開示を進めるに当たって指摘される問題点としては、(1)コスト論、(2)記録の質の低下、(3)医療従事者と患者の信頼関係を損なう、(4)患者が内容を誤解し、治療効果を妨げる、(5)患者がショックを受ける、等が挙げられるが、これらは診療情報の提供を推進するに当たって解決を要する重要な課題ではあるが、診療情報の提供を妨げる決定的な要因であるとはいえないであろう。
基本的には医療従事者の患者に対する説明は、患者の求めがなくとも行うべきものであり、この説明には当然診療情報の提供が伴う。その意味で、医療従事者は患者の求めがなくとも、患者への説明の一環として診療情報を提供するべきである。
しかし、医療従事者が診療記録そのものは提示せずに説明を行った場合において、患者がその説明を不十分と考えたり、あるいは理解、納得はしたが、さらに説明の根拠となる診療記録の中身そのものを確認したいと考えることは当然想定され、説明とは別個の診療記録の開示という場面を考えることも必要である。この場合、特段の支障がない限り医療従事者は患者の要請に応じるべきである。
しかしながら、診療情報は提供するが、その元となる記録は見せないというのでは、患者側が不信を抱く結果となりかねない。医療従事者と患者との間に真の信頼関係を築くためには、日常的にそのようなことを求めることの是非は別として、患者が求めた場合には、診療記録そのものを示すという考え方が必要であると考える。
患者本人が自らの診療情報の提供の対象者となることは当然である。
未成年者、痴呆症の人など、判断能力が不十分な者が問題となり得るが、診療情報の提供を求めることは本人の不利益になる行為ではないので、本人が情報提供を求めた場合、対象者とするべきである。
本人以外の者に対する診療情報の提供は、本人の同意がある場合及び本人に自己の治療について理解、判断する能力が欠けていると認められる場合に限って行われるべきである。
本人の判断能力が不十分である場合については、診療情報の提供は医療におけるインフォームドコンセントの一環として位置付けられることから、その対象者の範囲は基本的にはインフォームドコンセントの対象者の範囲と同様であると考えられる。
ただし、診療情報は、個人情報に当たるもので、その提供には権利侵害を伴う可能性があり、守秘義務との関係もあることから、その対象範囲を厳格に考えるべきであり、単に本人の健康状態に密接な利害関係を持つのみならず、治療について本人に代わって判断、同意をなし得る者に限定するべきである。
その意味で親権者、配偶者及び後見人は、基本的にその対象として差し支えないものと考えられる。また、同居の親族等これらに準じる者についても対象となる場合があるものと考える。ただし、未成年者を一律に判断能力が不十分な者として扱うことの適否は問題となり得る。
なお、診療報酬請求明細書については各保険者の判断により遺族を開示対象者とすることが認められていることもあり、診療情報の提供の対象者としては遺族及びこれに準ずる者も含めることが広い意味で医療の質の向上につながるとの意見もあったが、本検討会では医療従事者と患者が情報を共有し、患者の自己決定の尊重及び相互の信頼と協力に基づいたよりよい医療を行うという観点から、今回の検討の対象とはしなかった。
本人の授権に基づく代理人は基本的に含まれることとなるが、その授権が文書等により客観的に明らかに認められることが必要である。
その他、教材の作成、ジャーナリズム、福祉のための利用等本人と直接の関係を持たない者に対する情報提供については、本人(本人の判断能力が不十分である場合は、本人に代わり得る者)の同意があった場合を除き、個人情報のままこれを行うことは認められない。
諸外国の例を見ても、診療情報の提供については、一定の例外を認めることが通例である。患者の自己決定を中心に考える立場から、診療情報の提供に伴う悪影響があり得る場合においても診療情報を提供するべきであるとの考えもあるが、診療情報の提供の第一義的な目的を医療従事者と患者の信頼関係の強化による治療効果の向上と考える本検討会の立場からすると、医療従事者の判断で情報提供を留保する場合があるのはやむを得ない。
諸外国等において例外が認められている事由としては、様々な表現が見られるが、概ね、本人又は第三者の利益を損なう場合、及び第三者から得た情報である場合、の二つに整理することができよう。
ア 本人又は第三者の利益を損なう場合
(1) 治療効果等への悪影響
診療情報の提供が患者本人の利益を損なう場合として最も問題となるのが、治療効果への悪影響であり、これには本人への心理的影響及び患者と医療従事者の信頼関係への影響がある。
わが国では、特にがん及び精神病において具体的な問題として論じられることが多い。
わが国では、がんなど死に至る可能性の大きい疾病について、病名や病状などの告知が特に慎重に取り扱われてきた経緯がある。
がん告知の問題点としては、患者が生きる希望を失い、あるいは精神的に不安定となり、治療効果を妨げるとの指摘がなされている。
諸外国においては、ここ20年ほどで告知後の十分なケアの体制が整備され、がん告知が進んでいるが、わが国においてもQOLを含め自己の人生の在り方を自ら決定することを重視する意識が高まりつつあり、早急に告知後のケア体制を整備するべき時期にきている。
したがって、少なくとも患者本人が希望する場合には、周辺の事情を十分に配慮しつつ原則として診療情報を提供することが望ましく、医療従事者の判断により情報提供の例外とすることはできる限り避けるべきであると考える。
なお、従来、がんの場合に、本人に告げずに、家族に告げるという取扱いが行われてきた。これは、本人に対しては治療に悪影響があるものとして情報を提供せず、家族に対してはその懸念がないとして情報を提供する場合であるが、本人に理解、判断する能力がある場合には、まず本人に情報を提供することを原則とするべきである。
精神病は、人間の人格、意思に最も深く関わる疾病であり、また、患者に対する心理的影響が直ちに病状の悪化につながるという特性を持っている。
精神病患者の診療記録には、患者の客観的、主観的症状、それに対する医療従事者の見解、対応が記載されており、場合によっては、患者が病名を受け入れなかったり、人格を損なわれたと感じ、医療従事者との信頼関係を損なったり、直接的に病状の悪化をきたすことがある。
また、治療上秘密が必要な場合があること、措置入院の際の鑑定書の開示等により医療従事者が患者の攻撃対象となる場合がある等の問題もあること、退院請求等のための情報開示の請求があり得るといった特性がある。
そのため精神病に関する診療情報の提供は困難となる場合があるが、患者と医療従事者が認識を共有することにより新たな治療関係が発展する、自己決定の尊重により自己管理が促される、社会復帰、社会活動への参加が促進される等の積極的意義が認められる。また、身体疾患と同様に扱うことは精神病に対する偏見を排除する上からも有意義であると考えられる。したがって、精神病患者に対する診療情報の提供は基本的には例外扱いするべきではない。
しかし、判断能力を欠く場合、情報提供により信頼関係に著しい悪影響を及ぼすおそれがある場合、医療従事者、家族、その他の第三者が患者の攻撃対象となる可能性が高い場合など情報提供を拒否する正当な理由がある場合には、医療従事者の判断でそれが認められることとするべきである。
外国の状況をみると、例えばアメリカでは、例外を認める州と認めない州があり、例外を認める理由は、患者と医療従事者の関係及び治療に悪影響を与えることと考えられている。また、イギリスでは、精神病を明確な類型として例外扱いしているのではなく、患者の健康に悪影響を及ぼす、との抽象的な基準に当たるものとされている。
がんや精神病に限らず、疾病の性質等から、診療情報の提供が患者や家族の人権(プライバシー、人格)の侵害や患者と周囲の人間関係の悪化をもたらすおそれが多い場合には、情報提供の例外とする場合があると考える。
ただし、本人については、その強い要望がある場合、最終的に提供を拒むことは適当ではない。
紹介状に含まれる情報等第三者から得た情報であって、かつ、開示がその第三者に不利益を及ぼすおそれがある場合は、原則として、当該第三者の同意がない限り、これを提供するべきではない。
診療情報提供の方法としては、
情報提供を実効あらしめるためには、最終的にはエが確保されることが必要であるが、患者の求める内容に応じ、アからエまでの方法が考えられる。
イは一つの方策であり、診療記録が必ずしも提供を前提として作成されていない現状でも比較的対応しやすく、患者にわかりやすい内容となることが期待できる等の利点があるが、それ自体が所要の負担を伴うこと、患者からみて信頼性が確保されるかなどの問題もある。
イの一形態として、診療内容の項目を記載した領収証の発行という方法があり、医療の現場で比較的早期に対応することが可能であり、かつ、患者の要請にある程度応えることができるものであると考えられる。
なお、コピー等の費用については、「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」等と同様、受益者負担の原則により患者に負担を求めるより他ないものと考えられる。
診療情報の提供を求める者に適正な資格があるかどうか、情報提供の例外事由に当たるかどうかについての判断は、基本的には患者に医療を提供する医療従事者に委ねることとなるが、こうした判断は患者等の権利に影響を及ぼすことから慎重を要し、また、判断に困難を伴う場合があることも予想される。
そこで、医療従事者の第一次的な判断を適正に保つため、過去の経験や諸外国の例を参考にしながら一定の判断基準を設けることが必要であり、また、何らかの助言制度を設けることも考えられる。さらに、診療情報を患者に提供せず、紛争が生じた場合に、これを処理する機関を設けることが必要となる。これらは医療従事者の判断に伴う責任、心理的負担を分担、軽減する意味もある。
以上、診療情報提供の方法について述べてきたが、診療情報の提供を円滑に普及、定着させるためには、その指針(ガイドライン)を定めることが重要であり、以上の内容はその骨子となり得るものと考える。
診録情報の提供がその趣旨に即して行われるためには、その媒体を問わず、医療活動の記録が患者に理解しやすい形で適切に作成され、かつ、適正に管理されることが前提となる。
適切に作成されていない診療記録により診療情報を提供することは、患者の不信や誤解を招く等かえって混乱をもたらすことになりかねない。
我が国の現状を見ると、病院・診療所における診療記録の適切な作成、管理の重要性の認識が十分浸透しているとはいえず、これらの適正な作成、管理の普及が遅れている。診療記録の精度は不十分なものも少なくなく、また、記録内容についても施設、個人による差が大きい。
医療の内容の高度化、複雑化に伴い、診療記録の量が膨大なものとなっていることもこうした傾向を助長しているものと考えられる。
診療録に限ってみても、次のような事例がしばしば見られることが指摘されている。
こうした問題が生じる背景としては、以下のものが挙げられる。
最も大きな要因としては、医療の現場において、診療情報(病歴を含む。)を扱う組織、専門家が欠如していることが挙げられる。欧米や一部のアジア諸国においても、ある程度の規模の病院では、診療情報を扱う部門は必須のものであり、診療情報を扱う専門の職員は、他の医療従事者と同様に医療機関の重要な職種と考えられている。これに対して我が国では、こうした部門や専門職員のない医療機関が多い。
また、こうした状況の中で、一人一人の患者に割くことができる時間が限られ、記録の作成・管理に時間を割くことが困難であることも問題として挙げられる。特に、インフォームドコンセントの充実の要請は、その傾向を一層強めている。そのため、保険請求上必要な事項以外の事項が省略される例が少なくない。また、保険指導上、事後の追加記載が医師法及び歯科医師法の「遅滞なく」との規定との関係で改ざんとみなされることも記録の適正管理を妨げる理由であることが指摘されている。
そして、このような状況を改善し、克服するだけの経済的な保証措置が欠けているのが実状といわざるを得ない。
医師・歯科医師国家試験においては、「診療録の管理及び保存」及び「診療録の内容」等が項目として掲げられており、卒前教育においては、臨床実習の一環として診療録等の作成の教育が行われているが、全般的に見れば必ずしも診療録等の今日的意義を踏まえた体系的な教育とはなっていないと思われる。
診療記録の記載事項、方法については、法令上、医師法(第24条)及び歯科医師法(第23条)において「診療に関する事項を記載しなければならない」とされ、これらの施行規則(医師法施行規則第23条、歯科医師法施行規則第22条)においてその記載事項として「一 診療を受けた者の住所、氏名、性別及び年齢、二 病名及び主要病状、三 治療方法(処方及び処置)、四 診療の年月日」を掲げているにとどまり、具体的内容についてその他の標準的な指針がないため、各人ごとにまちまちとなっている。また、用語等の標準化がなされていないため、一層その傾向に拍車をかけている。
こうした現状を改善するため、今後、以下のような事項について検討を行うことが必要である。
診療記録の作成の支援、検証及び記録の管理を行う担当者の配置や部門の設置、記録管理施設の整備の促進を図ることが必要である。特に、診療記録を扱う職員を一般事務職員ではなく、医療職として処遇することが考えられる。
なお、欧米や一部のアジア諸国においても、医療機関には診療記録の作成を支援し、管理する専門職員がおり、医師の負担を軽減するとともに、記録の内容の適正化に貢献している。特にアメリカではこれらの専門家(RRA(登録診療録管理士)及びART(診療記録技士))は、病院に必須の資格者であって、これを置いて管理したデータでなければメディケアが受け入れないシステムとなっており、また、こうした診療情報管理の専門職教育の課程(修士課程)を持つ大学がある。こうした諸外国の状況も参考となるであろう。
医療従事者の卒前・卒後の教育及び職業教育の中に診療記録の作成等に関する教育、訓練を適切に位置付け、その充実を図ることが必要である。
記載内容、方法についての標準を示すため、指針を策定し、必要に応じて様式の改正を行うべきである。
また、用語等の標準化を積極的に推進することが必要である。
なお、記載内容、方法の標準化を検討するに当たっては、医療技術評価における標準化の取り組みや診療情報の電子化の動きに十分に留意することが必要である。
近年、情報処理技術の向上、普及により医療の分野における情報化の進展は著しく、診療情報の電子化、遠隔医療の実施、ICカードや光カードの利用、オーダ入力システムの導入等が実現の段階に至っている。
医療における電子情報処理技術の活用は、患者の利便の向上、医療における様々な部門の効率化、ひいては医療の質の向上に資するものである。
わけても、診療情報の電子化は、診療情報の提供、保存や医療機関相互の連携の強化を通じて、患者に対する質の高い医療の提供に貢献するものであり、今後一層推進していくべきである。
診療情報の電子化(診療情報を直接電子媒体に記録することをいう。以下同じ。)を行うためには、個人情報(プライバシー)の保護や改ざんの防止等の安全性の確保を図ることが必須となる。できる限り早期に電子保存に関する安全性確保のための基本的考え方を定め、明らかにする必要がある。その際、政府が設置している高度情報通信社会推進本部で提言されている考え方を踏まえる必要がある。
診療情報の安全性は、診療情報の管理体制(組織、システムの運用、保管方法、監査体制など)と情報処理技術(暗号化、認証システムなど)の総合的な組合わせによって達成されるものであり、情報技術のみに依存するべきものではない点に注意する必要がある。
電子化された診療情報を積極的に活用するためには、情報の共有化を図るために用語、コード等を標準化するとともに、疾患別、処置別、診療科別の診療モデルの開発等を行うことが必要となる。この問題は、診療記録の記載内容、方法の標準化の検討とも密接に関連するものであるから、相互の連携を十分に図ることが望ましい。
また、今後、その普及を図るに当たっては、紙による記載、保存を想定し、「記載」の語を用いている医師法第24条及び歯科医師法第23条との関係を整理する必要がある。これらの規定は、今日の電子処理技術の発展、普及が予想し得なかった時代に制定されたものであり、必ずしも他の媒体による保存を禁止する趣旨ではないものと考えられるので、なるべく早い時期に解釈通知等でその趣旨を明らかにすべきである。また、最終的には、他の分野で法律改正で対応しているように、立法的に解決することも検討することが望ましい。
現行医師法等では、診療録については5年間、諸記録については2年間の保存が求められているが、患者の自己決定、選択の内容を充実させるとともに、エイズ事件の教訓も踏まえ、診療記録の社会的役割を重視し、これを相当期間延長する方向で見直すべきである。
保存期間としては、患者の生存中という考え方、民事法上の不法行為に因る損害賠償の請求権の消滅時効との関係で20年とする考え方などがある。
しかし、外国の状況をみると、アメリカ社会保障法では5年、イギリスでは通達により国営病院で8年、一般病院では10年が推奨され、ドイツでは、契約により10年、スウエーデンでは3年とされるなど、法律上それ程長期の保存義務が課されている状況ではない。
現在の医療機関の保管体制上の制約があり、現物での管理保存となると、ほとんどの医療機関、特に都市部の患者数の多いところでは、現実には対応が困難である点に配慮する必要があるが、基本的には、保存期間はできる限り長期であることが望ましい。
なお、電子保存が普及すれば、医療機関における保存場所の問題はかなり解決されることが期待され、この観点からも、診療情報の電子保存を進めていくことには大きな意義がある。
診療情報の活用の分野としては、まず、医療従事者の教育・研究、医療統計が挙げられる。
これらの分野において、個々の診療情報はもちろん、統計データとしても診療情報は非常に有益な情報となる。
こうした成果物は医療水準の向上などを通じて社会全体に還元されることとなるのであるから、これらへの活用を図ることには大きな意義がある。
また、診療情報の活用により、病院経営の改善向上を通じて医療の質の向上を図ることができ、こうした病院管理も活用の重要な分野である。
臨床研究等診療情報の教育・研究等への活用を図る場合、個人の秘密、プライバシーの保護に十分配慮するべきことは当然であって、原則として、本人の承諾が必要であるが、個人が識別できないように加工がなされている場合には、承諾なくして利用が許される場合もあり得る。この場合、本人の承諾が得られないこと及び個人の識別ができないことについては、厳格な認定が必要である。
また、こうした医療情報の利用について、その目的、方法の適正を確保するため、医療機関等に、これらを審査する仕組みを設けることも一つの方法である。
なお、医療情報が広く利用されることとなると、自己の情報の利用のされ方、内容を患者が確認する必要が生じる。医療従事者・医療機関は、個人の診療情報を教育・研究等の利用に供する場合、その旨を患者に知らせ、理解を得るように努めるべきである。
岩 井 郁 子 宇 都 木 伸 大 熊 由紀子 開 原 成 允 木 村 明 |
聖路加看護大学教授 東海大学法学部教授 朝日新聞社論説委員 国立大蔵病院院長 日本診療録管理学会理事長 前 新潟市民病院長 |
木 元 教 子 畔 柳 達 雄 斉 藤 憲 彬 高 橋 清 久 武 田 文 和 樋 口 範 雄 宮 坂 雄 平 |
評 論 家 弁 護 士 社団法人日本歯科医師会常務理事 国立精神・神経センター総長 前 埼玉県立がんセンター総長 東京大学法学部教授 社団法人日本医師会常任理事 |
○ 森 島 昭 夫 上智大学法学部教授
健康政策局医事課 照 会 先:石田、小林 内 線:2564、2569 直 通:3595−2196
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