報道発表資料 | HOME |
平成10年6月1日
1 はじめに
乳幼児突然死症候群(SIDS;Sudden Infant Death Syndrome)は、乳幼児に何の予兆、既往歴もないまま突然の死をもたらす疾患であり、古くよりその存在が知られていた。
我が国においても、昭和40年代より厚生科学研究の中で乳幼児突然死全般の研究が開始された。その後、昭和50年度からは厚生省心身障害研究において研究班が組織され、主として本疾患の疫学的、病理学的検討がなされてきた。このような研究の歴史の中で本疾患の概念の定義、病因・病態の究明、発症予防へ向けての基礎的知見等数々の有益な成果が挙げられてきた。また、国外においても本疾患発症の危険因子がいくつか提唱されるようになり、複数の国でそれら危険因子を育児環境から排除するキャンペーンを行ったところ死亡率が減少したとの報告もなされるようになった。本邦においても研究班において、これら危険因子についての検討がなされたが、SIDSにより死亡した児の把握方法の問題等から、調査研究は部分地域的なものとならざるを得ず、危険因子に関する疫学的考察を行うために全国的な実態調査の実施が望まれていた。
このような中、我が国の人口動態統計においては、世界保健機関(WHO)が採択した第10回国際疾病分類を平成7年1月より適用し、それに基づいて疾病、障害及び死因に関する分類を改正した。それに伴い、今まで統計上部分的にしか捉えられなかった本疾患の死亡数が把握できるようになった。このため、平成9年度心身障害研究「乳幼児死亡の防止に関する研究」においてはじめて全国規模の実態調査が行われ、今般別添のとおり研究報告が取りまとめられた。
なお、本調査研究は、SIDSでお子さんを亡くされたご家族をはじめ、調査対象としてご協力頂いた多数の方々、実際に調査を実施していただいた保健所の保健婦をはじめ行政機関の方々、さらに病院調査においては調査対象の各医療機関、及び日本医師会等医療関連団体の多大のご協力を得て実現したものである。
2 過去の研究及び統計から見た我が国におけるSIDSの現状
(1)定義
「それまでの健康状態および既往歴からその死亡が予測できず、しかも死亡状況および剖検によってもその原因が不詳である、乳幼児に突然の死をもたらした症候群」(平成6年度厚生省心身障害研究「小児の心身障害予防、治療システムに関する研究」による。)
(2)疫学(死亡数、好発年齢等)
・ | 平成7年における死亡数は、579人 (男児341人、女児238人) 平成8年における死亡数は、526人 (男児317人、女児209人) |
・ | 出生 1,000 対 0.44 人 の死亡率である(平成8年) |
・ | 当疾患による死亡の約9割が乳児期に起きており、乳児死亡の第3位となっている。 |
平成8年における全乳児死亡数 | 4、546人 | |
1位 先天奇形、変形及び染色体異常 | 1、615人 | (35.5 %) |
2位 周産期に特異的な呼吸障害及び心血管障害 | 757人 | (16.7 %) |
3位 乳幼児突然死症候群(SIDS) | 477人 | (10.5 %) |
4位 不慮の事故 | 269人 | ( 5.9 %) |
(3)原因等
本疾患は、窒息等の事故によるものとは異なり、その原因については、脳における呼吸循環調節機能不全が考えられてはいるが、単一の原因で起こるかどうかの点も含め、未だに不明である。
(4)危険因子等
本疾患は国や地域によって発症率が異なることが知られており、その違いは育児環境の差異が関係しているのではないかとの説もある。
育児環境の中でも、今まで国内外の研究において危険因子の可能性が疑われているものとしては、1)うつ伏せ寝、2)人工栄養哺育、3)保護者等の習慣的喫煙、4)児の暖めすぎ、等が挙げられている。
平成9年度心身障害研究において全国規模の調査研究を実施し、別添(平成9年度厚生省心身障害研究「乳幼児死亡の防止に関する研究」報告(抄))のとおりの結果を得た。
これによると、SIDSの発症に対して、それぞれの要因が相対的にどれだけ危険であるかを知るために、オッズ比を求め、有意性の検討を行った結果、「うつ伏せ」は「仰向け」に比して約 3.0倍程度、「人工栄養」は「母乳栄養」に比して約 4.8倍程度、「父母共に習慣的喫煙あり」は「父母共に習慣的喫煙なし」に比して約 4.7倍程度それぞれSIDS発症のリスクが高まることが示唆された。
なお、今回の調査研究においては、寝室の室温、衣類・寝具についての考察も行ったが「児の暖めすぎ」を第4の危険因子と認めるには至らなかった。
3 諸外国の状況
厚生省心身障害研究において国内外のSIDSに関する文献を検索した結果、いくつかの国において育児環境に関する介入(キャンペーン)を行ったところ、SIDSの発生頻度が下がったとの報告があることがわかった。
具体的には、(1)仰向け寝で育てる、(2)妊娠中および周囲での喫煙を止める、(3)母乳で育てる、(4)児を暖めすぎない等の項目をそれぞれの国で勧奨したとのことであるが、中でも、うつ伏せ寝を止めることが発生頻度の低下に最も大きな影響を与え、次に禁煙も発生頻度低下に関与しているとの報告がなされている。
※発生頻度の各国比較、介入(キャンペーン)前後の変化(関連文献による。抜粋)
介入前(出生1,000人当たり) | 介入後(出生1,000人当たり | |
米国 メルボルン(豪州) ニュージーランド |
2.3 人 (1988 年) 2.19 人 (1987 年) 4.0 人 (1986 年) |
0.79 人 (1992 年) 0.91 人 (1991 年) 2.3 人 (1992 年) |
(平成6年度厚生省心身障害研究「小児の心身障害予防、治療システムに関する研究」による)
キャンペーン 開始年 |
介入前 (出生1,000人当) |
介入後 (出生1,000人当) |
|
ノルウェー デンマーク スウェーデン タスマニア(豪州) |
1990 年 1991 年 1992 年 1991 年 |
2.4 人 (1989 年) 1.6 人 (1990 年) 1.1 人 (1991 年) 3.8 人 ( *1 ) |
0.6 人 (1995 年) 0.2 人 (1995 年) 0.4 人 (1995 年) 1.5 人 ( *2 ) |
*1; 1975年〜1990年の平均 *2; 1991年〜1992年の平均
(平成9年度厚生省心身障害研究「乳幼児死亡の防止に関する研究」による)
4 我が国における今後のSIDS対策について
1)総論
平成9年度心身障害研究「乳幼児死亡の防止に関する研究」班による全国実態調査の結果、乳幼児突然死症候群(SIDS)については、その発症と(1)うつ伏せ寝、(2)非母乳哺育、(3)保護者等の習慣的喫煙の各因子との関連が本邦においても示唆された。
このためSIDSを予防するために、未熟児等の医療現場等特殊な例を除き、一般的には、児を仰向けに寝かせること、できるだけ母乳哺育を行うこと、妊娠期間を含めて保護者等は禁煙することについて勧奨するものである。
また、今後、家庭、医療機関、児童福祉施設、および行政機関等に対し、これらの情報の普及が重要であり、種々の機会を利用して広く啓発活動を行うとともにキャンペーン実施後の効果についても併せて評価する必要がある。
2)各論
本検討会の議論を踏まえ以下の方向でキャンペーン等対策を行っていくこととする。
A 乳幼児突然死症候群(SIDS)の育児環境因子に関する全国実態調査結果(概要)
− 保健所の保健婦による面接聞き取り調査結果 −
1 目 的
過去の乳幼児突然死症候群(SIDS;Sudden Infant Death Syndrome)及び疑い症例について本症発症との関連因子に関して分析、検討を行い、今後のSIDS防止の為の基礎資料とする。
2 調査対象
平成8年1月1日から平成9年6月30日までの間に死亡し、人口動態統計において乳幼児突然死症候群(SIDS)と分類された837例を調査対象とした。
また、それぞれの死亡児と同性であり、生年月日と住所地がなるべく近く、かつ調査時点で生存している児837例を対照児とした。
3 調査方法
人口動態調査の調査票を基にSIDSで死亡した児および対照児を抽出し、出生時の状況、乳児期の栄養方法、発育の状態、育児環境、死亡時の状況(死亡児のみ)等に関して、保健所の保健婦が家族に対する聞取り調査を行った。回収された調査用紙の集計、解析は研究班にて行った。
4 結果概要
1)有効回答数等
SIDSで死亡した児と対照児のペアが得られ、かつ調査用紙の記載が完全であった377組を分析対象とした。有効回答率は、約45%であった。
2)単純集計結果
SIDSで死亡した児 | 対照児 | |||
実数 | 構成割合(%) | 実数 | 構成割合(%) | |
うつ伏せ 仰向け 横向き 一定せず その他 無回答 |
98例 229例 7例 37例 4例 2例 |
(26.0 %) (60.7 %) ( 1.9 %) ( 9.8 %) ( 1.1 %) ( 0.5 %) |
58例 286例 6例 24例 2例 1例 |
(15.4 %) (75.9 %) ( 1.6 %) ( 6.4 %) ( 0.5 %) ( 0.3 %) |
死亡当日の就寝時の寝かせ方(SIDSで死亡した児)
実数 | 構成割合(%) | |
うつ伏せ 仰向け 横向き 覚えていない その他 無回答 |
128例 215例 10例 9例 9例 6例 |
(34.0 %) (57.0 %) ( 2.7 %) ( 2.4 %) ( 2.4 %) ( 1.6 %) |
(2)乳児期の栄養方法について
SIDSで死亡した児 | 対照児 | |||
実数 | 構成割合(%) | 実数 | 構成割合(%) | |
母乳 混合乳 人工乳 その他 無回答 |
80例 118例 155例 23例 1例 |
(21.2 %) (31.3 %) (41.1 %) ( 6.1 %) ( 0.3 %) |
148例 105例 100例 24例 0例 |
(39.3 %) (27.9 %) (26.5 %) ( 6.4 %) ( 0.0 %) |
(3)保護者の習慣的喫煙について
SIDSで死亡した児 | 対照児 | ||||
実数 | 構成割合(%) | 実数 | 構成割合(%) | ||
習慣的喫煙あり 習慣的喫煙なし 無回答 |
父母共 父のみ 母のみ |
86例 187例 6例 92例 6例 |
(22.8 %) (49.6 %) ( 1.6 %) (24.4 %) ( 1.6 %) |
30例 214例 5例 125例 3例 |
( 8.0 %) (56.8 %) ( 1.3 %) (33.2 %) ( 0.8 %) |
SIDSの発症に対して、それぞれの要因が相対的にどれだけ危険であるかを知るた めに、オッズ比と95 %信頼区間を求め、有意性の検討を行った。
B 病院における乳幼児突然死症候群(SIDS)および疑い症例の調査結果(概要)
− 病院群輪番制に参加している病院および救命救急センターにおける調査 −
1 目 的
救急病院等に来院した乳幼児突然死症候群(SIDS;Sudden Infant Death Syndrome)及び疑い症例について本症発症との関連因子に関して分析、検討を行い、今後のSIDS防止の為の基礎資料とする。
2 調査対象
平成9年11月1日から10年1月31日までの3か月間に全国の救命救急センターおよび病院群輪番制に参加している病院に来院した6歳までの乳幼児を調査対象とした。なお、本調査においては、SIDSのみならず事故症例、SIDS以外の突然死症例についても併せて調査、集計、解析した。
3 調査方法
日本医師会、日本病院会、全日本病院協会の協力を得て、前項調査対象の医療施設長あてに調査を依頼した。主に救急外来で担当医が調査用紙に記入した後、郵送で回収し、研究班で集計、解析を行った。
4 結果概要
1)有効回答数等
事故症例14、612例と共にSIDS及び疑い症例に関しては、67例が回収された。
2)調査結果(SIDS関連分のみ)
今回の病院調査を1年間継続していたと仮定すると、単純計算で4倍の268症例が集計されたと推定できる。人口動態統計によると平成8年のSIDS症例は526例であることから今回の調査では、SIDS全症例の約半数の症例が得られたことになる。
SIDS発症との関連があるのではないかと過去の国内外の研究の中で指摘されてきた事項として「寝かせ方」、「乳児期の栄養方法」、「保護者等の習慣的喫煙」が挙げられるが、いずれも「保健所の保健婦による面接聞き取り調査」で得られた結果と同様の傾向を示すものであった。
照会先:厚生省児童家庭局母子保健課 武田・北島(内3173) (代表)[現在ご利用いただけません] (直通)03-3595-2544
報道発表資料 | HOME |