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平成10年4月20日

防水スプレー安全確保マニュアル作成の手引き(概要)

<目 次>

1.目的

2.適用範囲

3.安全確保のためのチェックポイントとその手順

4.製品設計段階における基本要件

5.設計段階における留意点(1) 曝露要因の特定

6.設計段階における留意点(2) リスク要因の特定

7.設計段階における留意点(3) リスク及び健康被害に関する調査

8.設計段階における留意点(4) 噴霧粒子に関する要件

9.設計段階における留意点(5) 使用方法及び表示に関する要件

10.設計段階における留意点(6) 安全性確認に関する要件

11.設計段階における留意点(7) 安全対策に関する要件

12.市販後の留意点:リスクコミュニケーション

13.過去の事故事例について

14.防水スプレーの安全確保のための調査研究

照会先:厚生省生活衛生局企画課
    生活化学安全対策室
担当 : 平野(2424)


1.目 的

 本書は、過去の中毒事故に関する原因究明の成果等を踏まえ、防水スプレーの製造、使用等の際に生ずるリスク及びリスク要因を把握し、事故防止に努め、また当該製品の品質及び安全性の向上を図るために作成されたものである。
 当室が先に策定した「家庭用化学製品に関する総合リスク管理の考え方」に基づき、事業者が、設計・製造から使用・廃棄に至る安全確保のための手順を定めた「防水スプレー安全確保マニュアル」を作成する際の手引き書である。

 防水スプレーは、一度に大量に噴霧して使用される場合が多く、かつ噴霧している時間が長時間に及ぶことが多いことから、噴霧粒子の吸入に関する安性について十分な配慮が必要な製品である。1992年末から1994年にかけて、呼吸困難、咳等の呼吸器系中毒症状を主訴とした急性中毒事故が多発た。
 厚生省を中心として原因究明が進められ、溶剤による頭痛、めまい等神経系中毒症状とともに、撥水剤樹脂を含む噴霧粒子による呼吸困難、咳の呼吸器系中毒症状が引き起こされたことが明らかにされた。
 また、これらの原因究明に関する取り組みを通じて、付着率、噴霧粒子の平均粒子径及び10μm以下の粒子存在率をもとに、噴霧に伴って肺に取り込まれる噴霧粒子量についての製品評価を行うとともに、撥水剤樹脂原液(溶剤を含む)の吸入毒性試験及び市販スプレー製品を用いた動物でのスプレー用実験によって肺障害性の強度を評価しておくことが、防水スプレーによる呼吸器系障害を伴う健康被害を防止し、スプレー製品としての安全性を確保するうえで有用であることが確認されている。

2.適用範囲

 本手引きは、布、皮革の撥水、防汚及びそれらに類する機能付与を目的に、主剤としてフッ素樹脂、シリコーン樹脂、シリコーンオイル等をスプレーにより噴霧して塗布する形で使用される家庭用防水スプレー製品に適用される。

3.安全確保のためのチェックポイントとその手順

 総合的な安全対策は次の手順で行う。

(1) 品質保証

1)品質保証システムの整備

・設計、受け入れ(製品、原料)、製造、輸送、保管、販売、サービス、廃棄の各段階での作業
・活動内容の系統的な分類
・品質保証のための方針の確立
・品質管理組織(システム)の整備
2)製造管理マニュアル等の文書化と実行の確認
3)記録の作成、管理、保存
4)チェック(原料受け入れ時、製造時、製品出荷時等の検査、確認、評価等)
5)国際認証資格(ISO 9000シリーズ等)の取得等

(2) 設計段階における安全対策

1)過去の健康被害事例をもとにした各リスク要因の評価
2)考えられる全ての曝露要因の選定とそのチェックリストの作成
3)考えられる全てのリスク要因の選定とそのチェックリストの作成
4)リスクの許容性に対する評価
5)リスクを削減するための方策に関する検討とその選択(優先順位の決定)

(3) 市販後の安全対策

1)消費者情報の収集、製品及び配合成分のリスクに関する最新情報の調査
2)安全対策

・表示、ラベル、警告内容の変更
・製品内容、容器の改良
・製造、販売方針の変更
3)健康被害事例の調査

(4) リスクコミュニケーション

1)情報の提供とフィードバック

・製品の表示、取扱説明書
・健康被害事例に関する取り組みの成果のフィードバック
2)フィードバック体制の整備・改善
3)消費者の理解と安全行動の推進
・安全教育、地域セミナー等への参画
・メディア又はネットワークを介したキャンペーン
・業界、行政による安全知識の普及
・メディア又はネットワークへの参加によるフィードバック

(5) リスク削減技術の開発

1)フェイルセイフ・フールプルーフの採用
2)ポジティブリストの採用

4.製品設計段階における基本要件

 製品設計の段階で考えられる要件のうち、製品企画を行う際に製品として適当か否かを判断する事項、又はリスクの削減について考慮するべき事項は次のとおりである。

(1) 製品を本来の使用目的で使用したときに、使用者等に対して受容できない健康上のリスクを与えない。

(2) 製品は、使用者の健康上のリスクをできる限り少なくするように設計・製造される。

(3) 製品の性格から、健康上のリスクを除去できない場合は、設計の変更や警告表示を含めた適切なリスク削減策を講じる。

(4) (3)によっても除去できない健康上のリスクがある場合には、使用者に対してその危険性を適切に知らせる。

(5) 誤使用をできるだけ減らすように設計する。

(6) 乳幼児、高齢者、障害者に対するリスクを減らすように配慮して設計する。

(7) 通常の輸送、貯蔵及び家庭環境で起こりうる苛酷条件下でも上記の(1)、(2)を満たすように、設計・製造・包装する。

(8) 製品及び内容物の廃棄における作業者の健康リスク、並びに廃棄による環境汚染のリスクに配慮して設計する。

5.設計段階における留意点(1) 暴露要因の特定

(1) 使用量

1)適正使用量、通常使用量の範囲
2)異常使用量

(2) 製品の状態と物理化学的性状

1)剤型:エアゾール
2)形態:スプレー
3)噴霧粒子径:光学的粒子径、空気力学的粒子径
4)付着率

(3) 配合成分

1)撥水剤

・樹脂成分:フッ素樹脂、シリコーン樹脂、シリコーンオイル等
・樹脂配合量
2)溶 剤:石油系溶剤(ヘキサン、ヘプタン、ミネラルターペン等)
アルコール系溶剤(エタノール、イソプロピルアルコール)等
3)噴射剤:LPG、ジメチルエーテル、二酸化炭素等

(4) 対象使用者

1)健常な成人に限定可能か
2)乳幼児、高齢者も使用するか
3)肺等の呼吸器系機能が低下している人も使用するか

(5) 使用方法

1)どのように使用するのか:吹き付ける等
2)体に直接又は間接に接触するか

・曝露部位:皮膚、眼、鼻腔等
・曝露経路:経皮、経呼吸器等
3)曝露を避けることが必要か
4)他の製品との併用を想定しているか

(6) 使用頻度

1)毎日か、頻繁か、時々か
2)定期的か、不定期か
3)常置するか、しないか

(7) 使用場所

1)閉鎖空間で使用するか:室内、自動車内等
2)室内のどこで使用するか:居間、台所、トイレ、風呂場、ベランダ等
3)火気の近くで使用するか

(8) 容器・包装形態

1)保存時(いたずらへの対応も含む)
2)使用時(誤使用、いたずらへの対応も含む)

(9) その他

1)環境の影響を受けやすいか:火気による引火、熱による膨張・破裂等
2)使用期限を設定するか
3)製品に具体的な使用方法が表示等されているか

6.設計段階における留意点(2) リスク要因の特定

(1) 配合成分

1)使用する化学物質の毒性:
 急性毒性、慢性毒性、発癌性、催奇形性、精子毒性、感作性、刺激性(眼、皮膚、粘膜)、吸入毒性、神経毒性等
2)使用する化学物質の物性:
 揮発性、燃焼性、引火性、着火性、爆発性、腐食性等
3)混合製剤(製品)としての毒性及び物性
4)光や熱等による分解等の反応生成物の毒性及び物性
5)使用量、使用回数に伴う曝露量

(2) 容器・包装形態

1)容器の破損や腐食による溶出、漏出等
2)製品の不具合、欠陥等

(3) 使用方法

1)他製品との併用を前提とした商品形態
2)製品形態の類似:その他のエアゾール製品との混同
3)製品の用途の多様性:製品は限られた用途だけに使用できるように設計されているか、汎用的な設計か
4)誤使用
5)過剰使用
6)意図的な目的外使用
7)使用期限や使用設定条件の超過
8)不適切な使用説明・表示
9)不適切な警告表示

(4) 過去の健康被害事例の参照

1)同種製品による中毒事故事例
2)同種製品に関して企業に寄せられた健康上のクレーム
3)同種の業務用製品で発生した労働衛生上の問題:
 クリーニング業者における溶剤あるいは防水加工剤による中毒事故事例等
4)種々の健康被害に関する情報源の活用:
 市販データベース、健康被害調査研究報告書等

(5) 廃棄作業時及び廃棄後の環境汚染

1)廃棄作業時:液体成分による皮膚接触、ガス成分の吸入等
2)廃 棄 後:屋内外の空気汚染、水質汚染等

7.設計段階における留意点(3) リスク及び健康被害に関する調査

(1) リスク調査
 リスク要因について、その影響の種類、重篤度及び発生の確率を次の事項について考慮しながら個別に解析する。

1)不具合、欠陥、誤使用がなくても起こるか
2)一つの不具合、欠陥、誤使用で起こるか
3)複数の不具合、欠陥、誤使用が重なった時だけに起こるか
4)乳幼児、高齢者、障害者、呼吸器系が機能低下している人等の使用又は誤使用によって起こるか

(2) リスク調査のための情報収集

 リスク調査を行うためには、多数の情報を効率よく収集することが必要である。

1)国内・国外情報

・化学物質のMSDS(化学物質安全性データシート)
・WHO/IPCS/EHC(化学物質安全性プログラム編:環境健康影響クライテリア)
・産業中毒情報(ACGIH 許容濃度:日本産業衛生学会許容濃度)
・WHO/IARC:化学物質発癌性リスク評価モノグラフ
・EU, 米国、カナダ等の毒性分類(例:HAZARDOUS PRODUCT ACT)
・オンライン又はCD-ROMによる毒性情報検索(RTECS, MEDLINE, TOXLINE等)

2)消費者情報

・商品への消費者からの苦情や問い合せ等に関するメーカーからの情報
・(財)日本中毒情報センターからの情報
・国民生活センター、消費生活センターからの情報
・過去の健康被害事例の原因究明の成果
・消費者へのアンケート調査結果

(3) 健康被害事例の調査

1)健康被害の事例報告等を定期的に入手、解析し、原因究明を進める。

2)情報の入手先

・製造、販売業者
・各種業界団体
・民間紛争処理機関:PL相談センター
・(財)日本中毒情報センター
・国民生活センター
・都道府県等の消費生活センター
・関係行政機関(研究所を含む)

(4) 健康被害発生後の安全対策

1)健康被害発生後、消費者に対して事故品に関する情報提供、事故品の回収等を速やかに行うとともに、健康被害の原因究明についての取り組みを進め、その成果を参照しながら製品の安全確保に努める。

2)事故品に関する安全対策

・消費者への情報伝達に努める。
・新聞等に社告を掲載する。
・店頭での警告ビラにより広報する。
・事故品の回収システムを確立する。:製造業者 → 販売業者 → 消費者

3)健康被害の原因究明

・事故品等を対象にして、健康被害の原因究明を進める。
・事故品と同種の市販製品における事故発生の可能性を調査する。
・業界団体等により実施されたメーカーへのアンケート調査結果を入手し、製品の製造 実態、配合成分の使用実態等を把握する。
・事故品、市販製品等の配合成分の分析調査を実施する。
・事故品、市販製品等の噴霧粒子径、付着率を測定する。
・事故品において配合されていた撥水剤樹脂の配合量及び噴霧粒子の粒子径を変化させた試作品の噴霧粒子径、付着率を測定する。
・事故品、試作品において、動物を用いたスプレー使用実験により、肺障害性の程度を観察する。

4)健康被害の未然防止策

・健康被害の原因究明の成果をもとに製品の改善を行う。
・製品開発・設計におけるリスク評価を見直す。
・類似製品も含め既存製品の安全性を見直す。

8.設計段階における留意点(4) 噴霧粒子に関する要件

(1) 防水スプレーによる中毒事故は、細かい噴霧粒子が肺深部にまで達することによって発生することが確認されている。中毒事故を未然に防止するためには、次のような対策を講じて適正な噴霧粒子径にすることが重要である。

1)設計の段階で、噴霧粒子が吸入されにくい配合組成にする。

2)噴霧特性は、以下の因子によって変化すると考えられる。

・主剤の粘性
・溶剤の揮発性
・噴射剤の種類とその充填量
・バルブ及び噴射ボタンの機構
・噴霧粒子の粒子径、及び粒子径の経時的変化
・噴霧時の防水対象への付着性
・噴霧時のスプレーパターン

3)各製品の噴霧粒子の吸入に関する安全性は、噴霧粒子径の測定、付着率の測定、動物を用いたスプレー使用実験等の試験によって確認することができる。

噴霧粒子径(光学的粒子径、空気力学的粒子径)の測定

[例1]噴霧粒子の光学的粒子径の測定法(1)

・測定温度:25℃
・レーザー回折粒度分布測定装置
・使用レンズ:300 mm
・焦点距離:30 cm (検出器レンズから測定箇所までの距離)
・噴射距離:15 cm (噴射口から測定箇所までの距離)
・噴射時間:3秒
・解析モデル式:ロジン−ラムラー式

[例2]噴霧粒子の光学的粒子径の測定法(2)

・測定温度:25℃
・レーザー光散乱方式粒度分布測定装置
・使用レンズ:300 mm
・焦点距離:30 cm (検出器レンズから測定箇所までの距離)
・噴射距離:15 cm(噴射口から測定箇所までの距離)
・噴射時間:0.3秒
・解析モデル式:ロジン−ラムラー式

[例3]噴霧粒子の空気力学的粒子径の測定法

・測定温度:25℃
・エアロダイナミック飛行時間方式乾式粒度分布測定装置
・測定範囲:0.2〜100μm
・測定原理:空気力学的飛行時間法
・粒 子 径:空気力学径
・エアロサンプラー:アクリル樹脂製(球形)、4.2 m3
・噴射時間:3秒
・測定回数:噴射後、30秒間隔で5回

付着率の測定

[例1]スプレー配合成分の配合比率が既知である場合
(「エアゾール防水剤の安全性向上のための暫定指針(1994年)」参照)

・スプレー中の原液の割合(R)を算出する。
・30cm×30cmの大きさのろ紙を貼りつけたパネルの重量(P-1)、スプレー缶の重量(W-1)を測定する。
・パネルに、20cmの距離から5秒間噴霧する。
・噴霧直後のパネルの重量(P-2)、スプレー缶の重量(W-2)を測定する。
・同一試料3つを3回測定し、平均値を付着率とする。
スプレー配合成分の配合比率が既知である場合
[例2]スプレー配合成分の配合比率が不明である場合
(中毒事故原因究明班の用いた方法)
・30cm×30cmの大きさのろ紙を貼りつけたパネルの重量(P-1)、スプレー缶の重量(W-1)を測定する。
・パネルに、20cmの距離から5秒間噴霧する。
・噴霧直後のパネルの重量(P-2)、スプレー缶の重量(W-2)を測定する。
・同一試料3つを3回測定し、平均値を付着率とする。
スプレー配合成分の配合比率が不明である場合
4)使用者が噴霧粒子を吸い込まないように、容器の表示、チラシ等で注意を喚起する。

(2) 噴霧粒子が吸入されにくい処方について

1)粒子径10μm以下の微粒子の存在率をできるだけ小さくする。

・10μm以下の微粒子は容易に肺深部(肺胞)まで到達し、沈着する率が高いという報告があることから、スプレーの噴霧粒子の平均粒子径を大きくし、粒子径10μm以下の微粒子の存在率をできるだけ小さくする。そのためには、噴射剤量を減らす、噴射ガス圧を下げる、スプレーパターンが適正になるように管理する等が有効である。
・中毒事故の原因究明班の報告では、10μm以下の微粒子の存在率が0.6%以下であった製品では中毒事故が発生していなかった。中毒事故の未然防止の目安値として、10μm以下の微粒子の存在率が0.6%以下であることが挙げられている。
・製品の用途を考慮しつつ、どこまで噴霧粒子径を粗くした防水スプレーが製品化できるかを検討する。

2)防水対象物への噴霧粒子の付着率を高める。

・防水対象物(衣服、皮革等)への噴霧粒子の付着率を高めることによって、空気中に浮遊する微粒子の量及び存在率を低減させることができる。付着率を高めるには、噴霧粒子径を大きくすることが有効である。
・中毒事故の原因究明班の報告等では、付着率(噴射剤に関する補正なし)が噴霧直後で60%以上、5分後で20%以上であった製品では中毒事故が発生していなかった。

 防水スプレー連絡会による「エアゾール防水剤の安全性向上のための暫定指針」(1994年)では、中毒事故の未然防止の目安値として、噴霧直後の付着率(噴射剤に関する補正後)を60%以上としている。噴射剤はガス成分であり、噴霧後すぐに気散してしまい、付着率に全く寄与しない。その点を考慮し、防水スプレー連絡会による暫定指針では、噴霧量から噴射剤量を減じて付着率を算出する方法を採用している。
 しかし、中毒事故の原因究明班では、市販製品に噴射剤含量に関する記載が全くないことから、噴射剤に関する補正をせずに付着率を算出している。
 同じ製品でも、防水スプレー連絡会による暫定指針に準じた方法で得られる付着率は、中毒事故の原因究明班で得られる付着率よりも、計算上高くなるという点に留意する必要がある。

3)撥水剤の溶解剤は、高沸点溶剤を使用し、皮膚刺激性についても注意する。

・低沸点の溶剤では、空気中に浮遊している間に、噴霧粒子径が時間とともに急速に小さくなってしまうという報告がある。10μm以下の微粒子の存在率を上げないためには、高沸点溶剤を使用するほうがよい。
・衣類に残留したクリーニング溶剤による化学熱傷の事故事例にみられるように、炭素数10以上の石油系溶剤では皮膚上における残留性が高く、皮膚刺激性が大きいことが報告されている。溶剤を選択する際には、皮膚への刺激性についても留意する必要がある。

4)他の剤型での製品化について検討する。

・製品の用途を考慮しつつ、エアゾール剤としてではなく、フォーム状等の別の剤型での製品化が可能かどうかを検討する。

5)形態として、より安全性の高い改良製品を検討する。

・狭い箇所等へ噴霧できるように付けたノズルが、噴霧ミストの飛散防止の役割を果たしている製品がある。
・製品の用途を考慮しつつ、ハンドポンプ式製品の実用性について検討する。

9.設計段階における留意点(5) 使用方法及び表示に関する要件

 使用方法及び表示について、次の事項に留意しながら設計を行い、消費者に対して的確に情報を提供する必要がある。

(1) 使用方法に関する注意事項

1)使用量
 適正使用量、通常使用量の範囲、異常使用量

・防水スプレー等による中毒事故の特徴として、標準的な使用方法に従ってスプレーを使用していても、大量に使用した場合には事故が発生する可能性があることに留意する必要がある。
・特に、密閉空間で使用した場合には、事故が発生する可能性はさらに大きくなる。
・スキーウェア1着当たり0.5本が標準的な使用量と表示されていたとしても、5着を一度にスプレーすれば合計で2.5本使用したことになり、中毒事故が発生する可能性は大きくなる。
・靴用防水スプレーに関する中毒事故は、1993年に初めて報告されている。靴用製品による事故事例の多くは、狭い玄関先等で一度に多数の靴に使用したときに発生している。

2)使用対象者

・乳幼児
乳幼児は、成人よりも体重が小さく、化学物質に対する防御機能も十分に発達していない場合が多く、化学物質による健康被害を受けやすいグループの1つとし留意しておく必要がある。また、直接使用しなくても、使用者と同じ部屋にいる場合には、体重あたりの曝露濃度が成人よりも大きくなるため、より強い健康影響を受ける可能性がある。
・高齢者
高齢者は、成人よりも化学物質の代謝等の解毒機能、排泄機能が低下していること が多く、化学物質が体内に長時間止まる可能性が高いことから、乳幼児とともに、健康被害を受けやすいグループの1つとして留意しておく必要がある。また、直接使用しなくても、使用者と一緒にいる場合には、曝露濃度は同じでも、血中濃度が成人よりも高くなっていることが考えられ、より強い健康影響受ける可能性がある。
・肺等の呼吸器系機能が低下している者
肺等の呼吸器系機能が低下している人は、肺のガス交換能が通常の人よりも低下しているため、より強い健康影響を受ける可能性がある。

3)使用方法

・噴霧ミストが皮膚等についたら、すぐに水、あるいはせっけん等で洗い落とす。

・こまめに、少しずつスプレーするほうが健康被害を受ける可能性は低い。
・一度に大量にスプレーすると曝露する撥水剤や溶剤の量が多くなるため、より強い健康影響を受ける可能性がある。

4)使用場所

・閉鎖空間、特に狭い所で使用しない(室内、自動車内等)。
閉鎖空間で使用すると、局所的に撥水剤や溶剤の空気中濃度が高くなり、それらの曝露量が多くなることから、より強い健康影響を受ける可能性がある。
・屋外で使用する場合も注意する。
屋外で使用する場合も、連続して大量にスプレーをすることは避ける。また、風上に向かってスプレーをしない。とくに、ベランダ等で使用する場合、噴霧粒子が室内に流れて入り込まないよう窓を閉めたり、換気扇やエアコンの使用を控える。
・火気のある所では使用しない。
防水スプレーには溶剤や噴射剤として可燃性成分が配合されているため、ストーブ、ガスコンロ等の火気のそばでは使用しない。また、フッ素樹脂は熱分解により、ポリ マーヒュームを発生して風邪様症状を呈するポリマー熱を引き起こしたり、フッ化イソブチレン等の有毒ガス成分を発生したりすることが知られている。(フッ素樹脂によるヒューム熱の症状は風邪ひき病とも呼ばれ、防水スプレーの中毒事故でみられる症状とよく似た症状であるといわれている。)

6)その他

☆火気による引火

・全てのエアゾール製品に共通する。
・LPG、石油系溶剤等の可燃性ガスを使用している製品は、ストーブ、ガスコンロ等の熱源のそばに放置しない。

☆熱による膨張・破裂等

・全てのエアゾール製品に共通する。
・ストーブ等の暖房器具、ガスコンロ等の熱源の近くに長時間放置しない。
・夏期には、自動車内等高温になる場所に防水スプレーを放置しない。
(2) 表示に関する注意事項

 表示については、次の基本的事項が考えられる。
なお、「エアゾール防水剤の安全性向上のための暫定指針」(1994年)に記載されている表示に関する内容についても併せて参照すること。

・統一注意表示
・家庭用品における一般的な表示(配合成分、連絡先等)
・全てのエアゾール製品における一般的な注意表示
・防水スプレー独自の注意表示
・中毒事故発生時の応急措置
・中毒事故に対する安全対策として講じられた具体的な内容の表示
・防水スプレーによる健康被害の症状に関する具体的な内容の表示
・防水スプレーを使用する際に特に注意しなければならないグループについての表示:乳幼児、高齢者、肺等の呼吸器系機能が低下している者

1)統一注意表示
[例]

・注意
・スプレー噴霧粒子を吸い込むと有害
・必ず屋外で使用

2)エアゾール製品における一般的な注意表示
[例]

・溶剤は引火性ですので火気に十分注意してください。
・子供の手の届かないところに保管してください。

3)防水スプレー独自の注意表示
[例]

・スプレーを吸い込まないように風向きに注意して使用してください。
・顔の近くで使用しないでください。
・着衣のままその衣服に直接スプレーをしないでください。
・( )当たり〜秒を目安にご使用ください。<BR>[( )内は塗布面積または1着当たり等]
・乾くまで(約〜分)換気のよい場所に置いてください。
・大量に使用しないでください。
・1缶以上を使用する場合は約〜時間の間隔をあけてください。
・多量に吸い込むと、嘔吐、呼吸困難等の症状がでる場合があります。
・子供やペットは、衣類、布が乾くまで近づけないでください。
・肺に異常のある人は使用を避けるか、やむをえず使用する場合は特に注意をしてください。
・使用時にはマスクを着用するようにしてください。
・床にかかったスプレー剤は滑りやすいので、すぐに拭き取ってください。
4)中毒事故発生時の応急措置
<例>
・万一大量に吸い込んだ場合には、新鮮な空気のもとに移動し、気分が回復しないときは医師の診断を受けてください。
・目に入った場合は、こすらずに水で洗い、医師の診断を受けてください。

10.設計段階における留意点(6) 安全性確認に関する要件

(1) リスクの許容性評価

 許容性はリスクと便益を勘案して評価される。ただし、次のようなリスクは避けるべきである。

1)法的基準を逸脱するリスク
2)生命の危険、明らかな発がん性、催奇形性、重篤な慢性毒性
3)重篤な後遺症につながるリスク

(2) 安全性確認のための毒性試験及び安全性評価

 防水スプレーは、撥水剤原液(通常10%程度の濃縮液)を溶剤で希釈し、噴射剤ガ スを加えたものを缶に充填して製造される。したがって、防水スプレーの安全性を評価す る場合には、個々の配合成分(撥水剤、溶剤)についてだけではなく、防水スプレーとい う製品としての評価も重要である。
 化審法ガイドライン、OECDガイドライン等にそった適切な試験方法により、GLPに準拠した施設で毒性試験を行い、その結果に基づいて安全性の評価を行う。

1)防水スプレー配合成分の安全性評価
 防水スプレーの配合成分は、一般的に溶剤、噴射剤等の有機溶剤成分が約99%を占め、主剤である撥水剤は約1%程度である。

<溶剤、噴射剤>

・溶剤、噴射剤等について、原材料メーカーより入手した化学物質安全性データシート(Material Safety Data Sheet:MSDS)、文献情報、独自に実施した毒性試験結果等をもとに安全性を評価する。
・危険性情報(引火性、爆発性等)、有害性情報(経口毒性、変異原性等)をもとに、当該物質による健康影響を把握する。
・とくに、溶剤成分については、経口毒性、変異原性毒性の他、呼吸器系曝露による影響(吸入毒性)、経皮的曝露による影響(皮膚刺激性、皮膚感作性)、末梢及び中枢神経系への影響(神経毒性)等の毒性の程度を、有害情報から把握する。これらの毒性項目については、MSDSへの記載の有無にかかわらず、原材料メーカーから詳細な毒性データを入手し、手元に保管する。
・溶剤、噴射剤に関する危険性情報、有害性情報等は、防水スプレー製品のMSDSとして詳細かつ具体的にとりまとめて、必要に応じて提示できるようにしておく。

<撥水剤原液>

・撥水剤原液について、原材料メーカーより入手した化学物質安全性データシート(Material Safety Data Sheet, MSDS)、文献情報、独自に実施した毒性試験結果等をもとに安全性を評価する。
・溶剤成分と同様に、経口毒性、変異原性等の他、呼吸器系曝露による影響(吸入毒性)、経皮的曝露による影響(皮膚刺激性、皮膚感作性)、末梢及び中枢神経系への影響(神経毒性)等について、毒性の程度を把握する。これらの毒性項目については、MSDSへの記載の有無にかかわらず、原材料メーカーから詳細な毒性データを入手し、手元に保管する。
[例]撥水剤原液についてA社が実際に実施している毒性試験:
・急性経口毒性試験:OECD401 (acute oral toxicity, LD50), アルビノラット
・皮膚刺激性試験:OECD404 (acute dermal irritation/corrosive),アルビノラビット
・眼粘膜刺激性試験:OECD405 (acute eye irritation/corrosive), アルビノラビット
・ヒトパッチテスト(ヒトに対する感作性):必要に応じて実施する。
(注:OECD401については、現在OECDで試験法の改正等が検討されている。)

2)防水スプレー製品としての安全性評価

市販防水スプレー製品での試験法(スプレー使用実験)

 山下ら(筑波大学附属病院)によって確立された動物(マウス)を用いた間欠的繰り返しスプレー使用実験により、防水スプレーによる中毒事故における呼吸器系症状が動物実験においても再現でき、かつ症状の発生頻度と症状の程度をもとに、防水スプレー製品の安全性評価を行うことができる。

・安全性評価試験は、各試験実施機関において、試験方法に関するバリデーション(有用性の確認)を行ったうえで実施する必要がある。その際には、ポジティブコントロール (肺障害が発生することが確認されている配合処方の製品)、ネガティブコントロール(肺障害が発生しないことが確認されている配合処方の製品)となるスプレーを、メーカーまたは試験実施機関が個々に設定したうえで安全性評価試験を実施し、試験結果を評価するときの基準とする。
・撥水剤の呼吸器系に対する影響を把握するためには、溶剤の影響を排除した形で吸入毒性試験を行う必要がある。この際、噴霧粒子径を数μmまで細かくすると、溶剤 による影響が現れず、撥水剤の吸入毒性が評価できる。噴霧粒子径が数十μmの 場合、現行のOECDの毒性試験ガイドラインによる吸入毒性試験では、動物が麻酔 死する等、溶剤による神経系への影響が強く現れ、撥水剤の影響を評価できない場合がある。

・スプレー使用実験の実施にあたっては、使用する溶剤によって実験条件(1回の噴射量、噴霧の間隔時間等)を変更する必要がある。山下らが検討したヘキサン、ヘプタン 配合スプレーの実験条件を参考にして、適正な実験条件を検討する必要がある。
・スプレー使用実験の目的は、防水スプレーによる中毒事故における肺障害を動物の肺において再現することである。ここで紹介した山下らの方法は、あくまでも基本的な方法であり、その改良法によって実施しても差し支えない。
・山下らの方法では、実験動物としてマウスが用いられているが、適切な実験条件下であればラット等他の動物を用いても差し支えない。山下らがマウスを用いた理由は、1)ラットよりも値段が安いこと、2)マウスはラットよりも小型であるため、まとまった数を飼養するのに有利であること、3)まとまった数のマウスで試験することで、試験結果の信頼性を高めることができること等である。

[例]スプレー使用試験の手順
 山下らの方法(ヘキサン、ヘプタン配合スプレーの場合)

・自動車内でのスプレー使用を想定し、吸入用実験装置として箱型ドレッサー
(縦47cm, 横71cm, 高さ160cm, 容量5.34 kL)を用いる。
・中央後面に綿布 (20cm x 30cm)を吊り下げ、35cm離れた所から噴霧する。
・マウスを入れたケージは床から65cmの所に固定する。
・実験装置内の酸素濃度が21〜24%になるように、装置内に酸素を3〜5 L/分で送風する。
・10分間隔で20秒間3回スプレーする。
・30分間回復時間を設ける。
・10分間隔で20秒間3回スプレーする。
・10分後、5分間隔で20秒間4回スプレーする。
・マウス肺の障害を肉眼的に観察する。
・マウス肺の障害を病理学的に観察する。
・肺障害の程度は、炎症性充血、肺胞虚脱、漏出性出血、胞隔肥厚、胞隔細胞浸潤の5項目を総合して評価する。

撥水剤と溶剤の組み合わせによる製品モデルでの試験(製品モデル実験)

 この試験により、肺胞まで達した噴霧粒子が引き起こす肺障害性の強度が、撥水剤 と溶剤の組み合わせによって、どう変化するかを確認することができる。また、吸入毒性の程度をLC50値により定量的に判定することができる。
 吸入試験結果を評価するために、各メーカーは LC50 値に基づいた評価基準設定する必要がある。
 製品モデルの安全性は、動物の経過観察、呼吸器系器官を中心とした臓器の剖検等により、総合的に評価する。

・OECD403の毒性試験ガイドラインに沿って吸入毒性試験を行う。
・製品モデルとして、防水スプレー製品の主要な配合成分である撥水剤と溶剤の組み合わせを選択する。
・市販のネブライザーを用いて噴霧粒子径を数μmに調整し、鼻腔経由で曝露(動物を固定した場合)あるいは全身曝露(未固定の場合)させる。
・噴霧粒子を動物(ラット)に一回吸入曝露させ、LC50値(半数致死濃度)によって急性吸入毒性の程度を、また剖検によって臓器に対する影響の程度を確認する。

[例]製品モデル実験の手順

・ラットを数段階の濃度で噴霧粒子に曝露させる。1群10匹(雌雄5匹ずつ)につき、1濃度1回(4時間)曝露させる。
・全身曝露、鼻部曝露のいずれかで曝露させる。通常は全身曝露で行う。
・全身曝露の場合、内容積500〜1000Lの換気可能なチャンバーを用い、ラットは個別ケージに入れる。鼻部曝露の場合、より小型の鼻部曝露用専用チャンバーを用い、ラットをアニマルホルダー内に固定する。チャンバー内の平均吸気量を調整、モニターする。
・ネブライザーを用いて噴霧粒子を発生させる。噴霧粒子の粒子径を数μmに調整し、正常な空気と混合した後、チャンバー内に導入する。噴霧粒子の粒子径分布及びチャンバー内曝露濃度を調整、モニターする。
・チャンバー内は、温度 22±2℃、相対湿度30〜70%に管理する。
・曝露後14日間、ラットの生死、外観、行動について観察する。
・死亡動物及び15日目まで生存した動物を剖検し、呼吸器系器官を中心に状態を観察する。
・死亡例が発生した場合には、致死濃度(LC50)を算出する。

11.設計段階における留意点(7) 安全対策に関する要件

(1) 既存の規格基準及び自主基準

1)国内法による規格基準

・労働安全衛生法:有機溶剤
・高圧ガス保安法:高圧容器、噴射剤
・消防法:危険物(溶剤)

2)国際的な規則、規格基準

・国際標準化機構:International Organization for Standard(ISO)

3)業界における自主基準

・「エアゾール防水剤の安全性向上のための暫定指針」(1994年)。

(2) リスクの削減

1)リスクを削減するための方策
 詳細な「リスク調査」を実施し、リスクの削減方策とその優先順位を検討する。

2)「リスクを削減するための方策」の実施による新たなリスク発生の有無
 「リスクを削減するための方策」を実施することにより新たなリスクが発生する恐れがないかどうかを検討し、必要があれば「リスク調査」を行う。

3)最終的なリスク評価及び判断
 最終的なリスク評価及び判断は、本書「7. 設計段階における留意点(3)リスク及び健康被害に関する調査」(p9)に記載の事項及び家庭用品規制法第3条の主旨を踏まえ、個々の企業が独自に決定するものである。

(参考)家庭用品規制法第3条(事業者の責務)
 家庭用品の製造又は輸入の事業を行なう者は、その製造又は輸入に係る家庭用品に含有される物質の人の健康に与える影響をはあくし、当該物質により人の健康に係る被害が生ずることのないようにしなければならない。

(3) リスク削減技術の開発

1)フェイルセイフとフールプルーフの採用
 製品についての知識を十分に有しない消費者や小児等が使用しても健康被害が生じないようにするための方策。

<フェイルセイフ>

・仮に誤使用があったとしても、安全な製品であること。
・転倒しても漏出しない等の工夫が施されていること等。
 [例] 液状→フォーム状、ゲル状等

<フールプルーフ>

・誤使用そのものが起こらないような構造、機能等を有していること。
・小児が容易に開封できないように包装・容器に工夫が施されていること。
 [例] child-resistant package
・誤使用を起こしやすいような複雑な使用方法は避けることが望ましい。

2)製品または配合成分として安全に使用できる化学物質を選定してリスト化する。 ただし、それらの製品及び化学物質は、各種の公定法、各種業界で作成している自主基準等で規定されている品質規格、使用量、適用範囲等に沿ったものとする。

・撥水剤原液の製造業者が推奨する標準的配合処方例については、配合成分に関する毒性試験データ、製品に関する噴霧粒子径、付着率、スプレー使用実験等による試験データ等に基づいて作成されており、安全性は保証されている。スプレー製品の製造業者はその配合処方及び試験データを活用して製品化できる。
[例]
・撥水剤、溶剤、噴射剤の種類及び配合量が指定されている。
・容器及びボタン、ガス内圧が指定されている。
・噴霧粒子径、付着率が測定されている。

(4) 安全対策
 リスク評価を行い、そのリスクの程度に応じた安全対策を行う。

1)表示、ラベル、警告等情報内容を変更する。

2)配合成分の組成、原料、製造条件等を変更する。
[例]

・撥水剤樹脂濃度を標準的濃度(約1%)より極端に高くしない。
・エアゾール特性(噴霧粒子径、粒度分布、付着率等)の適正化を図る。
・スプレーパターンの適正化を図る。
・噴射剤の種類とその量を適切に選定する。
・大容量の製品を製造しない。

3)リスクの高い用途の回避、製品回収、製造中止等を実施する。

12.市販後の留意点:リスクコミュニケーション

(1) 消費者情報の収集及び製品、配合化学物質等のリスクに関する最新情報の調査

1)消費者情報(クレーム、業界情報、マスコミ、専門機関情報等)

2)製品及び配合化学物質のリスクに関する最新情報の調査(学会、文献情報等)

(2) リスクコミュニケーション

 リスクコミュニケーションは、消費者に対する一方的な情報提供を意味するものではなく、関係者間で知識や情報を共有し、相互の理解を深めることによって、関係者が一体となった安全対策を実現するためのものである。

1)情報の提供とフィードバック

<製品表示、取扱い説明書>
 製品表示及び取扱い説明書は、製品を安全に使用するために必要な情報を満たすだけではなく、消費者にその情報を効果的に伝えるものであることが重要である。

・起こりうる危険の種類、予防及び事故後の処置を具体的に記載する。特に、重篤な危険の種類(死亡の可能性、呼吸困難や間質性肺炎等の呼吸器系障害、神経系障害等)、その予防手段及び応急措置の方法を、簡潔かつ明瞭に記載する。
・事故発生時の応急処置の方法等について詳細な情報を供給する問い合わせ先を記載する。

2)健康被害事例の収集とフィードバック

 健康被害事例を収集する場合には、次の事項に留意する。

・相談・苦情件数は、実際の健康被害発生件数の一部であり、それらの間には必ずしも関連があるとは限らない。
・製造、販売業者の情報は、ほとんどの場合公開されていないことから、同じ種類、効能の製品による健康被害事例については不明であることが多い。
・様々な情報源から広範に情報を収集する。
・情報の質と量について検討することが必要である。例えば、より多くの事例を収集し、問題点を明らかにする。
・健康被害事例に関して検討した結果を解析・整理し、データベース化する。

3)フィードバック体制の整備・改善

 製品の使用・消費段階の事故の未然防止及び事故が発生してしまった場合の拡大防止や再発防止の体制・システムを構築すべきである。例えば、社内・外の製品事故やクレームの情報を迅速に関係部門等にフィードバックし、原因の究明、製品の改善

・回収等の応急対策、恒久対策等に活用する体制・システムや消費者への情報伝達等は、製品の安全対策の一つの手段として有用である。フィードバック体制として以下の例を掲げる。
・使用・消費段階の製品事故やクレームの情報
 製品企画・設計、開発、製造・生産段階へのフィードバック
・製造・生産段階での原材料・工程・製品検査の情報
 製品企画・設計・開発段階へのフィードバック
・製品開発段階での安全性・安定性・使用・モニター試験の情報
 製品企画・設計段階へのフィードバック

4)情報へのアクセスルートの整備

 本書中に種々の情報源を例示したが(資料編P40〜)、これらの情報源の本来の目的、内容、公開性、利用方法等を系統立てて整理しておき、必要な情報に迅速にアクセスできるような方策を講ずることが重要である。

5)消費者の理解と安全行動の推進

☆安全教育、地域セミナー等への参画
 製品表示の種類と意味等、製品の安全使用についての理解を深め、安全性の問題に対する関心を高める社会教育の場へ企業として参画する。

☆メディア及びネットワークを介したキャンペーンの実施
 一定期間に多くの人の関心を集めるためには、メディアやネットワークを介したキャンペーンの実施が効果的である。

・事故時に同様な事故の連鎖発生を防ぐキャンペーン
・業界による安全知識の普及に関するキャンペーン
・関係業者による自主的なネットワーク上のキャンペーン

☆提供する情報内容、方法に関する検討
 一過性の情報提供では健康被害を防止できないことが多いことから、繰り返し情報を提供する必要がある。また、業界が主催する消費者教育の場も必要と考えられる。

13.過去の事故事例について

 1988〜1997年における中毒事例の発生状況等について示した。
なお、防水スプレーによる中毒事故と同様な中毒症状を呈したさび止めスプレーによる中毒事例を参考例として示した。

(1)中毒事故の発生状況 1):防水スプレー関連事業者への調査結果
 1993年、防水スプレーによる中毒事故について、事業者自身が把握している事例を調査したところ、5事業者から回答を得た。

・ 製造業者Aの製品は、n-ヘプタンを配合したスポーツウェア用で、1992年から新たに販売された製品であった。事故発生件数は1992年12月〜1993年3月に24件であった。
・ 製造業者Bの製品は、n-ヘキサンを配合したスポーツウェア用で、1992年から新たに販売された製品であった。事故発生件数は1992年12月〜1993年2月に7件であった。
・ 製造業者Cの製品は、n-ヘプタンを配合した靴・皮革用で、1988年以降販売されていた製品であった。事故は、1993年8月に1件発生していた。
・ 製造業者Dの製品は、1,1,1-トリクロロエタン(TCE)、合成イソパラフィン、イソプロピルアルコールを配合した繊維・皮革用で、1988年以降販売されていた製品であった。事故は1993年7月に1件発生していた。
・ 製造業者Eの製品は、TCEを配合した製品(従来品)及びTCEとイソプロピルアルコールを配合した製品(改良品)で2種類ともに衣料用であった。事故は従来品では1990年に1件、1991年に1件、1992年3件、1993年に2件、計7件発生していた。

(2)中毒事故の発生状況 2):(財)日本中毒情報センターが収集した情報

・ 1992年秋までは、中毒事故に関する(財)日本中毒情報センターへの問い合せ件数は、例年2〜3件程度であった。
・ 1992年冬から、中毒事故に関する問い合わせが増加し、1992年12月〜1993年3月中旬までの件数は、39件(うち2製品併用が3件)であった。
・ 防水対象としてスキーウェアが30件と多く、その他はゴルフウェア、登山服各1件、不明7件であった。
・ 原因となった製品に配合されていた溶剤別にみると、石油系炭化水素を配合した製品 によるものが32件(n-ヘプタン配合 15件、n-ヘキサン配合17件、TCEを配合した製品によるものが4件、不明が3件であった。)
・ 撥水剤成分は、それぞれ異なっていた。
・ スキーシーズン終了後、中毒事故に関する問い合せは減少した。
・1993年4〜10月中旬の問い合わせ件数は、15件であった。
・ 防水対象としては、衣類3件、傘3件、靴2件、カーテン、ゴルフウェア、ゴルフ用品、登山服、テント各1件、不明4件であった。
・原因となった防水スプレーについて、配合されていた溶剤別にみると、石油系溶剤を配合した7製品(炭化水素混合物4、n-ヘプタン1、n-ヘキサン及びイソパラフィン系溶剤の併用1、TCE、合成イソパラフィン及びイソプロピルアルコールの併用1)によ るものが6件であったのに対して、TCEのみ配合した製品によるものが3件、TCE及 びイソプロピルアルコールを配合した製品によるものが3件であった。なお、不明が3件であった。
・ 1993年末から再び中毒事故に関する問い合わせが増加した。使用された溶剤については、前年のように石油系溶剤を配合した製品に集中して発生したわけではなく、TCEを使用した製品で52件、イソヘキサンと合成イソパラフィン系炭化水素の混合溶剤を使用した製品で11件、イソペンタンとイソプロパノールの混合溶剤を使用した製品で19件であった。この3製品には、同じ撥水剤が使用されていた。
・1994年末から、中毒事故に関して数十例の問い合わせがあった。その事例のほとんどが旧製品によるもので、新製品による事例はなかった。
・ 1995年末からは、中毒事故の発生は月平均1〜 2例程度に減少した。
・1997年4〜7月に、主に皮革用及び靴用の防水スプレーによる中毒事故に関して13件の問い合わせがあった。撥水剤原液濃度については、一方がフッ素樹脂2.8%、他方がフッ素樹脂2%+シリコーン樹脂6%であった、また、噴射剤量は両者とも36%であった。溶剤として、いずれもイソヘキサン等の石油系溶剤が使用されていた。
 1993年に実施した防水スプレー成分に関するアンケート調査結果と比較すると、今回の事故品は両者とも、撥水剤濃度が通常より2倍以上高く、また噴射剤ガス量もかなり多かったことが特徴的であった。

(3)国内における中毒事故のまとめ

 国内における防水スプレーによる中毒事故の発生状況について、次のとおりまとめた。

・ 中毒事故はスキーシーズンに頻発しており、ほとんどがスキーウェアの防水処理時に起っていた。
・ 中毒事故が発生した場所については、スキーシーズンでは車の中、地下の乾燥室、スキー宿などであった。その際、狭い所や暖房をしていて換気がきちんとできていなかった場合が多かった。梅雨時に発生した事例も、窓を閉め切って使用した場合、玄関で使用した場合等換気が十分ではなかったものと考えられた。
・ 中毒事故はスキーウェアやコート等衣料品に使用している際に多く発生していること、防水スプレーの標準使用量が、傘や靴では数十mlと比較的少量であるのに対し、衣 料品では数百mlと多量となることから、大量使用が事故発生の要因の一つとなっていると考えられた。

(4)海外における中毒事故について

1)ドイツ
 1981年をピークに、防水スプレーによる同様の中毒事故が発生しており、症状は日本、米国での事例と類似していた。
2)米国
 1992年12月に、防水スプレー(Wilsons Leather Protector, 5オンス缶)によって、日本と同様な中毒事故が発生したことが、オレゴン中毒センター (Oregon Poisoning Center)等から報告されている。
 アメリカ疾病管理センター (Center of Disease Control, CDC)も、17州(カリフォルニア、 コロラド、ジョージア、アイダホ、メイン、マサチューセッツ、ミネソタ、ニューハンプシャー、ニューヨーク、オハイオ、ペンシルベニア、ユタ、バーモント、バージニア、ワシントン、ウェストバージニア、ウィスコンシン)の中毒センターから同様の報告を受けていた。
 原因となった防水スプレーは、主剤の撥水剤がフッ化アルキルポリマーで、溶剤をTCEからイソオクタンに、噴射剤を二酸化炭素からプロパンガスに切り替えた新製品で、12月18日にオレゴンで販売を開始されたものであった。
 その後、本製品による事故が相次いで報告され、12月末までに全米での発生件数は400件、患者数は約500人にのぼった。
 消費者製品安全性委員会 (Consumer Product Safety Commission, CPSC)により、原因となった防水スプレーの回収命令が出された。

(5)中毒症状

1) (財)日本中毒情報センターの調査によると、患者の症状は日本、ドイツ、米国でよく類似していた。
2) 症状は、スプレー中あるいはスプレー後数分〜数時間のうちに出現しており、軽症のものから入院が必要とされた重症例まで多岐にわたっていた。主な症状は咳、息切れ、胸痛、呼吸困難で、頭痛、不快感、ふるえ、発熱(40℃)等感冒様症状を呈した患者も多数いた。ほとんどの患者の症状は、24時間以内に消失したが、なかには、肺浸潤、肺水腫を呈し、入院した重篤な患者もいた。
3) 今回の中毒事故においてみられた咳込み、息切れ、胸痛、呼吸困難あるいは肺浸潤、肺水腫といった呼吸器系の障害は、溶剤によるものではなく、主剤であるの撥水剤による急性中毒の症状と推定された。
4) 呼吸器系症状とともに認められた頭痛、吐き気、嘔吐、ふらつき、めまいといった症状は、高濃度の溶剤を吸入したことによって引き起こされたものと考えられた。
5) 1992〜1996年に発生した防水スプレーによる中毒事例のうち12件に、有機溶剤による影響が強く認められた。性別、年齡別に特別の傾向は認められなかった。
6) n-ヘキサン、n-ヘプタン等の石油系溶剤やTCE溶剤の急性毒性には、めまい、頭痛、眼、鼻、咽喉への刺激、麻酔作用等がある。慢性毒性には、n-ヘキサンによる四肢の知覚障害、筋力低下、歩行障害等を呈する多発性神経炎等がある。

[参考例]シリコーンオイル配合のさび止めスプレーによる中毒事故

・1996年2月、シリコーンオイル配合のさび止めスプレーによって、防水スプレーによる中毒事故と同様な呼吸器系症状を呈した中毒事故が発生した。
・患者(60歳代、男性)は、糖尿病で通院していた。
・屋外であったが、向かい風の中で風上に向かって使用していた。
・420mlのスプレーを約8割使用した後、指に内容物が付着していることに気付き、手を洗ったが、しびれ感が残った。
・1週間後なお、胸苦しさを感じ、仕事時に冷や汗が出るようになった。
・心電図、エコー、胃カメラ、CTスキャン等による検査では異常は認められず、原因は不明とされた。

14.防水スプレーの安全確保のための調査研究

(1) 防水スプレーの配合成分に関するメーカーへのアンケート調査
 1993年、防水スプレー関連の製造及び販売業者42社に対し、防水スプレーの配合成分の状況等(1988〜1993年製造品を対象)に関するアンケート調査を実施した。

1)撥水剤について

・撥水剤の配合量が多い製品ほど、噴霧粒子中の撥水剤の含有率が高くなり、結果として肺への取り込み量が増えることになるために、中毒事故が発生する可能性が高くなると認識されていた。
・ほとんどが、撥水剤としてフッ素樹脂を使用していた。使用する撥水剤の種類を選択する際には、溶剤との相溶性が重要な要素として考慮されているようである。
・フッ素樹脂の構造については、ほとんどがパーフルオロアルキルアクリレートコポリマーということであったが、そのモノマーの化学構造や比率、分子量などの詳細な情報は明らかにされなかった。
・シリコーン樹脂は1社から供給された2種の樹脂が使用されているのみであった。シリコーン樹脂を使用していた5製品は、いずれもフッ素樹脂を併用していた。
・1996年の調査で、防水、さび止め等に使用される製品には、いずれもシリコーンオイルとしてジメチルシリコン化合物が配合されていることが判明した。

2)溶剤について

・かって使用されていたフロンガス、トリクロロエタンはオゾン層破壊物質であるとして、国際的に使用が制限、中止された。
・その後、代替品として、石油系溶剤(ヘキサン、ヘプタン、ミネラルターペン等)、アルコール系溶剤(エタノール、イソプロピルアルコール)等が主に使用されるようになってきた。
・トリクロロトリフルオロエタン(フロン)は、1988年度に防水スプレーの溶剤として約80,000 kg使用されていたが、1991年度には全く使用されなくなった。
・防水スプレーの溶剤として、1,1,1-トリクロロエタン (TCE)が多く使用されていた。1988年は約320,000 kg、1991年は約700,000 kg、1992年は約560,000kgが使用されていたが、1995年以降、TCEを全面的に使用しないこととされた。
・石油系溶剤は、1988年度には約50,000 kg、1992年度は約80,000 kgが使用されていたが、TCEの使用量に比べると極わずかな量であった。内訳は、n-ヘキサンが約30,000 kg、n-ヘプタンが約50,000 kgと大勢を占め、その他にシクロヘキサン、イソヘキサンがごく少量使用されていた。
・TCE、石油系溶剤以外には、アルコール系溶剤が使用されていた。そのうち、イソプロピルアルコールの使用量は1988〜1991年度までは例年約2,000 kgであったのが、1992年度には33,000 kgに増加した。1993年になって新たにイソプロピルアルコール、エチルアルコールを単独使用した製品が開発された。
・これら以外では、ジクロロメタンを単独使用した製品が、1993年に新たに開発された。
・1997年現在、TCEについては成分表示にも記載は全くみられず、新たに製造される防水スプレー等には使用されていない。

(3)噴射剤について

・かって使用されていたフロンはオゾン層破壊物質であるとして、国際的に使用が制限された。
・代替品として、LPG、ジメチルエーテル、二酸化炭素等が使用されるようになった。
・LPGの使用量は、1988年度には約50,000kgだったが、1992年には約150,000kgと約3倍に増加した。
・ジメチルエーテルの使用量は、1991年度まで約10,000 kgで推移していたが、1992年度には約60,000 kgと急増した。
・二酸化炭素の使用量は、約10,000〜15,000 kgで推移し、ほとんど変化はみられない。

(2) 家庭用品による健康被害の防止方法に関する研究、防水スプレーの取扱いに関する研究;防水スプレーによる中毒機序に関する研究
(平成5年度(1993年度)厚生科学特別研究事業)

 防水スプレー関連業者へのアンケート調査、中毒事故事例の発生状況、症状等を解析 し、防水スプレーによる中毒機序に関する検討を行った。
1) かって撥水剤として主に使用されていたシリコーン樹脂の使用量は減少しており、撥水剤成分としてフッ素樹脂を使用した製品が圧倒的に多かった。
2) 中毒事故は、フッ素樹脂等を含む噴霧粒子が、肺深部(肺胞)まで達したことによって引き起こされたものと考えられた。
3) 中毒症状は、樹脂量が多くなるほど重篤であった。
4) 粒子径が細かく、防水対象製品への付着率が低い製品ほど、中毒事故が発生する可能性が高かった。

 さらに、1992年末に中毒事故を引き起こした防水スプレーをモデル製品とし、配合されていたフッ素樹脂及びシリコーン樹脂(反応性タイプ)の2種の撥水剤成分が、肺障害の 発生に対してどのように寄与していたかを検討するため、マウスによるスプレー使用試験を実施した。配合樹脂量、噴霧粒子径がそれぞれ異なる試作スプレーを調製し、それらを用いて、配合樹脂量、噴霧粒子径とマウス肺の病状との相関性を検討した。
 検討結果を以下に示す:
1) 中毒事故の発生頻度が高かった製品と事故の報告がなかった製品を比較したところ、前者において肺の障害の発生頻度および重篤度が有意に高かった。
2) 溶剤のみの噴霧では、肺の障害は再現されなかった。
3) フッ素系撥水剤を同一のものにし、溶剤を変えた場合、石油系溶剤では肺に障害が認められたが、TCEではコントロール群と変わらない程度の肺障害が観察察された。
4)シリコン系撥水剤を噴霧した場合でも、樹脂量を多量にした場合には、フッ素系撥水剤と同様、肺に障害が認められた。

 防水スプレー配合成分と肺障害の関連性を表に示す。

 表 防水スプレー配合成分と肺障害の関連性:動物実験による検討
撥 水 剤 溶 剤 噴 射 剤 障害(肺)
(事故品)
フッ素樹脂/Si樹脂 ターペンチン、ヘプタン プロパン
フッ素樹脂 酢酸エチル プロパン、ブタン
Si樹脂 ターペンチン プロパン、ブタン +?
Si樹脂(8倍量) ターペンチン プロパン、ブタン
フッ素樹脂/Si樹脂 ターペンチン、TCE フロン
(旧製品)
フッ素樹脂 TCE フロン
(溶剤)
酢酸エチル  
ヘプタン  

(3) 防水スプレーの噴霧粒子径の簡易測定法に関する研究
(平成7年度(1995年度)厚生科学特別研究事業)
 1992年に中毒事故を引き起こした防水スプレーに配合されていた反応性シリコーン樹脂が、事故発生にどのような影響を及ぼしていたかを検討した。
 1995〜1996年に入手した市販製品について、付着性試験(エアゾール防水剤の付着性試験方法 H6/8/18に準ずる)、レーザー光散乱を利用した測定法による光学的粒子径の測定を実施したところ次のような結果を得た。

1) 市販製品の付着性は概ね良好であった。
2) 粒子径10μm以下の粒子の存在率が、数%に及ぶ製品があった。
3) 靴用スプレーでは、付着性が噴霧直後でも50%以下と悪く、かつ10μm以下の粒子の存在率が数%に及ぶものがあった。
 環境庁や米国EPAは空気力学的粒子径10μm以下、なかでも2μm以下の微粒 子が呼吸器系障害の重篤度と高い関連性をもつとしている。そこで、シリコーン樹脂の配合量及び噴霧粒子の粒子径を変化させた試作スプレーと市販スプレー製品について、 噴霧後空気中に浮遊する噴霧粒子の空気力学的粒子径を経時的に測定し、粒子径10μm又は1.8μm以下の粒子の存在率を算出した。
 その結果は次のとおりであった。

1) 浮遊粒子の粒子径は概ね20μm以下で、数分間で経時的に小さくなった
2) 試作スプレーでは、浮遊粒子の粒子径が大きいほど、付着率は増大した。
3) 試作スプレーにおいて、浮遊粒子の粒子径が大きいほど、空気力学的粒子径1 0μm以下(なかでも1.8μm以下)の浮遊粒子の存在率は小さかった。以上から、空気力学的測定法により浮遊粒子の粒子径を経時的に測定することは、呼吸器系障害を引き起こす危険性について、製品間で相対的な評価を行ううえで有用であると考えられた。
 また、中毒事故において生じた肺障害を再現するために、シリコーン樹脂を配合した防 水スプレーを用いて、マウスを用いたスプレー使用実験を実施し、次のような結果を得た。

1) シリコーン樹脂配合防水スプレーも呼吸器系障害を引き起こす可能性がある製品であった。
2) シリコーン樹脂配合防水スプレーでは、呼吸器系障害を引き起こす程度(毒性度)と粒子径、樹脂配合量との量ー反応関係は認められなかった。
3) シリコーン樹脂配合防水スプレーの毒性強度は、フッ素樹脂配合防水スプレーに比較してかなり弱かった。

(4) シリコーンオイルを含有する家庭用エアゾル製品に関する研究
(平成8年度(1996年度)厚生科学特別研究事業)
 1996年にシリコーンオイルを配合したさび止めスプレーで、防水スプレーと同様 な呼 吸器系症状を呈する中毒事故が発生したことから、防水・撥水、さび止め・防錆、滑り・潤滑、艶だし、離型等の用途に使用されるシリコーンオイル(ジメチル シリコーン化合物)について、中毒事故発生に対する影響を検討した。
 シリコーンオイルの配合量及び噴霧粒子の粒子径がそれぞれ異なる試作スプレーと市 販スプレー製品を用いて、付着性試験(エアゾール防水剤の付着性試験方法H6/8/18に 準ずる)及び噴霧粒子の光学的粒子径の測定を実施した。
 噴霧直後の付着率が60%以上であることが安全性の目安値とされているが、1996年に入手した市販スプレー製品12点のうち6点の付着率はそれ以下であった。
 また、噴霧粒子径については、粒子径が100μm以上で、粒子径10μm以下の粒子がほとんど存在しなかったものは3点であったのに対し、粒子径10μm以下の粒子 存在率が数%に及ぶものが多数みられ、10%以上のものも2点あった。
 このことから、1996年に入手した市販スプレー製品には、噴霧粒子がかなり細かく、付着性が低いものが多いことが示され、噴霧粒子が肺深部まで到達する可能性が高い製品がなお多かったことが示唆された。
 また、中毒事故において生じた肺障害を再現するために、試作スプレーについてマウスを用いたスプレー使用実験を山下らの方法に準じて行ったところ、次のような結果が得られた。
1) 試作スプレーでは、肺に顕著な障害は認められなかった。
2) 試作スプレーでは、呼吸器系障害を引き起こす程度(毒性強度)と粒子径、樹脂配合量との量ー反応関係は認められなかった。

(5) (2)〜(4)の研究結果のまとめ
 1992年末に中毒事故を引き起こした防水スプレーに配合されていたフッ素樹脂、シリコーン樹脂(反応性タイプ)、1996年に同様の中毒事故を引き起こしたさび止めスプレーに配合されていたシリコーンオイルの3種の撥水剤成分を用いて調製した試作スプレーについて、マウスを用いたスプレー使用実験により肺障害性の強度を検討した。
 その結果、フッ素樹脂配合防水スプレーはシリコーン樹脂(反応性)配合防水スプレーに比べてかなり強い肺障害性を示した。
 また、シリコーンオイル配合防水スプレーでは、顕著な肺障害は認められなかった。[原因究明の取り組み(5):平成9年度(1997年度)厚生科学特別研究:シリコーンオイルを含有する家庭用エアゾル製品に関する研究];靴・皮革用防水スプレーによる中毒事故の原因究明

 1994年の冬季に、一連の中毒事故が発生した以後、防水スプレーによる中毒事故は減少し、事故発生は鎮静化したと考えられていた。ところが、1997年になって急に、靴・皮革用スプレーによる中毒事故が13件と、まとまって発生した。その事故品のほとんどは、同一メーカーで充填されたもので、主に2製品によって中毒事故は発生していた。
 メーカーからの情報によると、1996年10月に当該製品の配合処方を変更後、中毒事故が発生するようになったという。ただし、新製品に関しては、日本エアゾール協会が示した「エアゾール防水剤の安全性向上のための暫定指針(1994年)」に沿って付着率の測定を行うとともに、動物を用いたスプレー使用実験を委託機関にて実施し、当該製品の安全性は確認していたという。
 メーカーより得た、事故製品に関する化学物質安全性データシート(MSDS)等を総合すると、1)原因製品の撥水剤樹脂の配合は、フッ素樹脂のみ、フッ素樹脂及びシリコーンオイルの併用型の2通りであった、2)いずれの配合製品でも中毒事故を引き起こしていた、3)主要な原因製品の2つはフッ素樹脂配合品であった。
 次いで、充填メーカーより事故製品(1996年10月〜1997年6月に製造され、事故品として回収されたもの)及びコントロール品(1996年7月に製造され、事故発生がみられなかったもの)を入手した。それらについて、付着率、噴射粒子の平均粒子径及び10μm以下の粒子存在率の測定、及びマウスを用いたスプレー使用実験を実施した。得られた結果を、メーカーから入手したデータ(付着率及びスプレー使用実験の結果)と比較した。
 付着率については、メーカーからのデータでは、噴霧直後60%の暫定指針値をほぼクリアしていたが、再検討したところでは、40〜55%と暫定指針値を下回る結果となり、現在出回っている製品と比較すると、付着性が悪い製品に分類される。
 噴射粒子の平均粒子径及び10μm以下の粒子存在率について検討したところでは、事故品及びコントロール品ともに、平均粒子径は60μm程度であった。また、10μm以下の粒子存在率も、事故品では0.5〜1.0%、コントロール品でも0.5%程度と、ほとんど差は見られなかった。この測定結果からは、これまでの事故品での結果と照合してみて、事故品がコントロール品と比較して、事故発生の可能性が特に高いものとは判定できず、いわゆる「グレーゾーン」の製品群といえた。
 マウスを用いたスプレー使用実験においては、メーカーによると、肺障害性は認められなかったとされていた。しかし、メーカーの委託によって実施されたスプレー使用実験の方法をチェックしたところ、山下らの方法[10. (2) (2)-1 市販防水スプレー製品での試験法(スプレー使用実験)]に準拠したものではなく、吸入用実験装置のサイズを小さく変更しているうえに、ポジティブコントロールによるチェックが行われていないために吸入試験法自体の有効性が確認できていない等、試験のやりかたそのものに問題点があることが明らかになった。
 筑波大学において事故品及びコントロール品について再検討した結果、コントロール(1996年7月製造)では全く肺障害性は確認できなかったが、事故品(1997年10月製造)では試験したマウス全数に、これまでに確認されている事故品中で最強の肺障害性が確認された。
 したがって、1997年に発生した一連の中毒事故の原因究明を行ううえでも、付着率、噴霧粒子径及び10μm以下の粒子存在率、並びにスプレー使用実験等による肺障害性の確認が有効であることが再確認された。


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