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1.研究の背景
平成9年12月16日午後6時30分より放映されたアニメ番組「ポケットモンスタ−」を視聴していたもののうち、幼児・児童を中心に多数の人にけいれん発作、意識障害、不快気分などが引き起こされた。
そこで、アニメの視聴中に引き起こされた症状の実態を把握し、症状発現の機序を明らかにし、これを予防するのに必要な保健上の対策を検討するために厚生省では研究班を組織した。
2.研究の内容と方法
研究班では次の3つの側面から検討を行った。
(1)実態調査
アニメの視聴中に出現した健康被害の実態を明らかにする。
(2)症例検討
アニメを視聴していた者で、明らかに普段と異なる他覚・自覚症状を呈したものについて、症状の把握、ならびに脳波を主とする神経生理学的検査を行い、症状発現の機序を明らかにする。
(3)基礎研究
当該映像が多数の視聴者に症状を引き起こした原因を明らかにするために、光の物理的特性と生体に与える影響を検討する。
これらの研究を進めるにあたって、それぞれの研究分担班を組織し(付表1)、研究を行った。
3.研究成果とその報告
研究班ではこれまでに、3回の合同研究会を開催し、各分担班の研究の方針、その成果、検討すべき問題点などにつき、相互に討議し、調整を行った。本報告書は「速報」として、概要を伝えるものであり、最終報告書は平成10年5月に公表の予定である。
各研究分担班の研究成果の詳細は最終報告書としてまとめられ、別に報告するので、ここではその概要を述べ、結果の意味について考察を加えたい。
I. 実態調査の結果について
・対象:小・中・高校生(年齢6〜18歳)を対象として、「実態調査票」を配布し、アンケート方式により調査を行った。
・有効回答数:9,209
・当該アニメ視聴者:4,026名(回答者の43.7%)
・健康被害の発生者数:417名(視聴者の10.4%)
・健康被害の内容と頻度(複数回答あり)
・健康被害発生者の年齢と性別:18歳がもっとも高率で次いで15歳で、8歳以下の低年齢児童に比べ、9歳以上の児童に有意に多かった。女性より男性に健康被害は多かった。
・部屋の明るさと健康被害の発生状況
・テレビとの距離と健康被害の発生状況
・見方との関係
・既往歴との関係
・医療機関の受診状況
健康被害のために医師を受診した人は417名中22名(5.3%)であった。
II. 症例研究の結果について
専門医が実際に診察した結果を一定の書式に基づいて問診票に記載し、それをもとに症状を把握し、そのうちで、同意の得られたものについて、一定のプロトコールに従って脳波を主とした神経生理学的検査を行い、症状発現の機序の検討を行い、以下の結果を得た。
1.専門医による診察(問診)結果
症例検討班の班員ならびに日本てんかん学会会員で協力の要請に応じた専門家(協力医師、付表2-1、2-2)が問診票に基づき、詳細な症状の把握を行い、症状を呈した人たちの背景、症状発現に関連する因子などの医学的情報を得た結果を集計した。
(1)症例数:115症例(98年3月末現在)、男性48名、女性67名
(2)年齢は3歳から20歳以上にわたり、最高年齢は30歳であった。
(3)既往歴:
「ポケットモンスター」を視聴中に呈した症状は
この中で視覚症状を前駆症状としたものが11名、そのうち7名は視覚症状から全身性のけいれん発作に移行した。すなわち、「目がチカチカした」(2名)、「画面が焼き付いて、離れなくなった」「目が痛かった」「目が回った」「目がおかしいといっていた」「羞明感」などの後、けいれん発作へと移行しており、残り4名は「目がぼやけて見えなくなった」「視野が右に動いた」「目がチカチカした」「目が見えなくなった」といった症状に引き続き意識減損に移行している。
なお、これらの視覚症状を呈した者で脳波の記載のあった者は2名だけであったが、1名では一般脳波で脳波異常はなく、光閃光刺激で突発性異常波は認めなかった(呈した症状は「画面が焼き付いて、離れなくなった」)。他の1名では脳前半部に高振幅の全般性の棘徐波複合が睡眠時と光刺激時に出現していた(症状は「視野が右に動いた」)。
(7)解析結果
以上の結果の意味、特に無熱時のてんかん性発作(以下無熱時発作)や熱性けいれんの既往を有していることが今回の症状発現の関連因子になっていたかどうかを明らかにするために、解析検討を行ったが、発作性症状の既往の有無で違いはなく、「これまでに全く発作性の症状の既往のない者」で「見ていたテレビの大きさが大きい」傾向を示したのみであった。
2.神経生理学的検査
専門医が直接問診しえた者のうち、家族あるいは本人から検査の同意が得られたものについて、所定の方法に従って脳波を指標とした神経生理学的検査を施行した。
(1) | 対象: 年齢: |
総症例数53症例, 男性25名、女性28名 平均11.5±4.3歳、(3〜30歳) |
ア 発作症状の既往:
けいれん: 視覚発作: |
41名(77.4%), 意識減損:5名(9.4%), 2名(3.8%), 不定愁訴・嘔吐・頭痛:5名(9.4%) |
(3)神経生理学的検討
ア 安静時(非光刺激)脳波所見
安静閉眼時、過呼吸賦活、睡眠賦活など、非光刺激時に明らかな突発性脳波異常を呈した者(安静時脳波異常)は26名(49.1%)であった。その内容は安静閉眼時記録で突発性異常波を認めたものが11名(11/52:21.2%)、開閉眼時に異常波を認めたもの8名(8/53:15.1%)、過呼吸賦活で異常波の見られたもの14名(14/51:57.0%)、睡眠時の異常20名(20/45:44.4%)、図形凝視によって異常波が賦活された者は3名(3/39:7.7%)であった。脳波異常の内容は多岐にわたり、局在性の棘波、多棘波、定型・非定型性の棘徐波複合などであるが、後頭部の限局性異常波は1名で見られたのみである。
イ 光刺激賦活脳波所見
光刺激によって、突発性脳波異常を呈したもの(以下、光突発反応)(Photoparoxysmal response, PPR):35名(66.0%)、特に、これまでに発作がなかった者の中にも64.3%で光突発反応が認められた。
光突発反応が認められた35名中27名(77%)は9〜15Hzの点滅刺激で突発性脳波異常がみられた。今回は発作誘発の危険を避けるために、3Hzから点滅刺激の周波数を上げていき、突発性脳波異常がみられればすぐに検査を中止した。このため、より高い周波数でも光突発反応が認められる可能性もある。
(4)解析検討
ア 症候学的所見と神経生理学的所見の相互の関係
これまでに発作を起こしたことがあるかどうかで3群に分け、それぞれの群の特徴、発作の起こり易さを検討したが、各群で有意な差はなかった。
イ 脳波所見に基づく検討
脳波所見にもとづいて以下の4群に分類し、それぞれの特徴を検討した。
A群: | 一般脳波で異常波を認め、光突発反応(PPR)を認めたもの。 |
B群: | 一般脳波では異常波を認めなかったが、光突発反応がみられたもの。 |
C群: | 般脳波で異常波を認めたが、光突発反応がみられなかったもの。 |
D群: | 般脳波、光刺激誘発脳波いずれにおいても突発性異常波を認めなかったもの。 |
III.基礎研究の結果について
1.視覚誘発電位(VEP)の波形と頭皮上電位分布に関する研究
(1)健康被験者4名について当該映像の18時50分に相当する部分の刺激成分と一部は「実像1秒間」を用いて刺激を行い、VEPを記録した。その結果、当該映像の成分となっている赤・赤・赤・青・青刺激(1/60秒)は健康人において灰色刺激よりも同期性の高いVEPを発生し、大脳を広範囲に興奮させ る効果があることが証明された。
赤刺激、青刺激、青・赤刺激、赤・青刺激によるVEP波形 は、有意に異なる反応を示した。当該映像を用いた刺激では、VEPの中に陰性鋭徐波様の反応が認められた。
(2)VEPに対する視覚刺激の時間周波数の影響
ア 青−赤、灰−黒刺激とパターン反転刺激(2cpd)を行った。
また、当該画像によるVEPを記録した。その結果、当該画像によるVEPでは12Hzに対応する成分が認められた。その結果、各刺激頻度間でのフーリエ解析した成分に差はなく、青/赤、灰/黒刺激での振幅の違いはどの刺激頻度でも認められなかった。
イ 部屋の照明、画面との距離とVEP
部屋が明るいか、暗いか、距離が1mか2mかで、当該画像によるVEP振幅には差がなかった。
ウ 当該画像で発作を呈した症例での脳波、VEP
VEPの振幅には健常対照群と差はなかったが、刺激効果に違いがあり、12Hz灰/黒刺激では刺激効果がなく、当該画像では3Hz棘徐波複合が認められた。
2.機能的MRI による研究
当該映像で問題となる刺激として、白-赤(15および10Hz)、赤黒-赤(15Hz)、青-赤(10Hz,15Hz)の刺激を用いて、刺激中の機能的MRIにより脳の賦活部位を明らかにする事を試みた。
その結果、(1)白−赤。赤黒−赤、青−赤の3種類の刺激が10Hzと15Hzの混合で呈示されると、両側の後頭葉内側面が賦活され、色覚の中枢といわれる紡錘回が賦活される。(2)青−赤の切換刺激は10Hzにくらべ15Hzの時の方が後頭葉内側面の賦活効果は高い。(3)青−赤の切換刺激が7.5Hz(なお、液晶プロジェクタ ーで提示した場合は7.5Hz以下)で1.5mの距離で呈示されると両 側の後頭葉内側面が賦活される。
3.視覚誘発脳磁界の測定
当該画像と10, 15Hz青/赤刺激を行い視覚誘発脳磁界を測定した。その結果、両側後頭葉が活性化された。しかし、電流源の推定はできなかった。その理由として、方法論的に刺激の輝度が上げられないこと、および磁界分布が単一電流双極子パターンをとらないことが考えられた。
IV.考察
1.対象の偏りについて
今回の研究で行われた3つの分担班の所見を統一的に解釈するにあたって、明らかにしておかなくてはならない点はそれぞれの研究の対象の違いである。
実態調査班の対象は、今回当該映像を視聴していた人にどのくらいの割合で健康被害が生じたのか、健康被害の生じた背景は何かなど、その実態を明らかにしようとするもので、児童、生徒という制限はあるとしても、当該映像を視聴していた人達の実状を捉えるべく、広い対象が選ばれている。
一方、症例検討は、実態調査で対象とした者のうちで、けいれんや意識減損、あるいは強い自律神経症状などを呈した者や、これまで発作性の疾患で医療機関とつながりのあった者などが選ばれている可能性が強い。その意味では偏りのある対象についての検討であり、その結果の意味を考えるにあたって、その点に配慮する必要がある。
なお、基礎研究はその趣旨からいって、健常成人が主で、一部に視聴中に症状を呈した人が含まれている。
そこで、まず実態調査の結果と症例検討の結果をあわせて考えてみたい。
2.脳波学的検討からの症状発現者の分類
脳波を主とする症例検討の結果から、今回症状を呈した人たちを次のようなグループに分けることができる。
一般脳波 突発性異常波 |
光点滅刺激 光突発反応 |
|
Aグループ Bグループ Cグループ Dグループ |
+ − + − |
+ + − − |
◇Aグループでは既往に無熱時のてんかん性の発作を有していた者が多く、当該映像によりけいれん発作あるいは意識減損、視覚性の発作を呈しているが、意識減損、視覚性発作を呈した者は抗てんかん薬を服用していた者に多く見られた。
◇Bグループは一般脳波では異常がないにも関わらず、光刺激で突発性異常波(光突発反応)が出現する群で、症状としてはけいれん発作が主体で、比較的女性が多い。
◇Cグループは一般脳波で突発性異常波が出現しているにもかかわらず、光突発反応が認められなかった群である。5名のうち2名はてんかんの診断のもとに抗てんかん薬の服薬中であったが、全く発作症状の既往のない者も含まれている。
◇Dグループは一般脳波でも、光刺激によっても突発波の出現しない者で、頭痛、嘔吐、動揺感などの不定愁訴、あるいは自律神経系症状が比較的多く認められた群である。
3.健康被害を示した人たちの背景:分類と特徴
これら4群のうち、Cグループは数も少なく、服薬により、Aグループから移行してきた者や今後他のグループに移行する可能性のある者も含まれていると考えられる。従って、ここではA,B,D(これをI〜III型とする)の3群をもとに考えてみたい。
Aグループ(I型)にはてんかん性の発作の既往があったり、これまでにも同じ様な症状を呈したことがある者が多い。実態調査で健康被害を呈した人の5.6%、全視聴者の0.6%が今回、「けいれんやひきつけを起こし」、以前にも同様の症状があった、と述べているが、この人たちの一部にI型に属する人が含まれているものと思われる。
一方、Bグループ(II型)は光感受性の高い群と考えられ、強い光刺激がない限り、発作性症状を呈さない可能性が高い。今回初めて発作症状を経験した人たちの中にはこの群に属する人が存在するものと思われる。実態調査の結果からすると、おそらく、この群では光入力が症状発現因子として強く働き、暗い部屋で見ていたり、1メートル以内の近い距離で見ることが症状発現関連因子になっているものと考えられる。
Dグループ(III型)は脳波に異常を認めず、光刺激でも発作性の異常波が出現しない群であるが、この群では自律神経症状や不定愁訴が比較的多い。実態調査では「気持ちが悪くなった」者が健康被害のあった者の1/3を占め、「あたまがぼーとした」ものが3割、「はきけがした」者が14.4%に見られており、おそらく今回視聴していて症状を自覚した人の3割前後はこのような自律神経系症状、あるいは不定愁訴と呼ばれる症状によるものと推定される。
このような症状の発現機序として推定されるものの一つにいわゆる動揺病(車酔い)に類する機序の可能性がある。すなわち、強い視覚刺激、動揺する物体からの刺激による強い視覚刺激が迷路を刺激し、その結果、迷路ー自律神経反射や迷路ー脊髄反射が働き、さまざまな不快気分や動揺感などが引き起こされることが知られているので、今回もそのような機序が働いた可能性がある。さらにまた、今回のような赤の入った強い刺激により、脳が広く賦活されることが今回の基礎研究から明らかにされたが、このような脳の広範な賦活が自律神経系、あるいは不定愁訴発現に関連しているのかもしれない。さらにまた、当該画像を「夢中で」見ていたとする者が症状発現者の40.6%に認められたように、映像に集中し、心理的にも巻き込まれていた可能性もあり、そのことが自律神経系の症状や不定愁訴発現のひとつの誘因になった可能性も否定できない。
いずれにせよ、この群に属する人たちは数も多く、発現機序も必ずしも明らかでないので、今後さらに検討の必要があろう。
4.対 応
今回のような映像による健康被害を防ぐためには、(1)刺激側の要因、(2)個体側の要因の二つの側面から考える必要があろう。
I.刺激側の要因
今回の「ポケットモンスター」38週はそれまでの映像に較べ、「赤・青の複合刺激」が多用されており、特に18:50分前後の映像には「赤・赤・赤・青・青・刺激」が成分として抽出され、基礎研究班の検討からも、このような「赤・青の複合刺激」で、しかも10〜15Hzの頻度の時、脳の反応が顕著であることが明らかになっている。
また、神経生理学的検査の結果からも9〜15Hzで光突発反応がみられた者が多いことからも、一定以上の点滅周波数でかつ脳に強い影響を与える刺激をさけることが健康被害を防ぐ一つの方法である。
II.個体側の要因
今回の検討から、健康被害を受けた人の中にはいくつかのタイプがあることが明らかとなっており、それに応じた対応が求められる。
1.発作性の症状を呈した人、特にこれまでにも同じような症状が発現したことがあり、症状を繰り返すような場合には医学的診察、とくに脳波検査により光に特有な反応を示すかどうか(光突発反応の有無)を確かめる必要がある。
2.一般脳波で突発性異常波が見られ、かつ光刺激で突発波が誘発されたときには、治療の必要性ならびにテレビなどによる光入力に対する防御策の指導を専門家から受けるべきである。
3.一般脳波では異常がなく、光刺激にだけ反応して突発性異常波が誘発されるときには、強い光入力を避ける工夫が必要である。このタイプでは年齢依存性が高く、年齢とともに光誘発発作は起こりにくくなるのが一般的であるので、経過の観察だけでよい場合が多い。
4.以上のような脳波異常を示さず、強い視覚刺激のために自律神経系の症状や視覚系の症状、不定愁訴を呈する者が、今回の健康被害を示した者の1/3近くに見られたが、このような群では赤・青の複合刺激を避け、テレビなどは明るい部屋で、少なくても1メートル以上は離れてみることが好ましい。この群では特別の医学的対応を必要としないものと思われる。
5.今後の課題
今回は「ポケットモンスター」の視聴に伴う健康被害の実態と対策を明らかにする緊急対応のための短期間の研究であり、そのために、科学的検討が十分とは言い難いことは致し方のないことであった。研究の過程で、問題点として指摘された点を上げると次の通りである。
(1)有害刺激となっているのは色の組み合わせと頻度であるが、図形のパターンなどはどうなのか。
(2)健康被害を示した人たちの予後や経過についても今後知見の集積が必要である。
これらの問題が今後時間をかけた検討の中で明らかにされることによって、健康被害を少なくし、安全な視聴環境を作ることに役立つものと考える。
【班 長】
○ | 江畑 敬介 | 東京都立中部総合精神保健福祉センター所長 |
八木 和一 | 国立療養所静岡東病院院長 | |
鴨下 重彦 | 国立国際医療センター総長 | |
牛島 定信 | 東京慈恵会医科大学教授 | |
西浦 信博 | 京阪病院院長 | |
三浦 寿男 | 北里大学医学部教授 | |
(兼) | 満留 昭久 | 福岡大学医学部教授 |
○ | 山内 俊雄 | 埼玉医科大学教授 |
高橋 剛夫 | 八乙女クリニック院長 | |
岡 ^次 | 岡山大学医学部教授 | |
渡辺 一功 | 名古屋大学医学部教授 | |
満留 昭久 | 福岡大学医学部教授 | |
(兼) | 八木 和一 | 国立療養所静岡東病院院長 |
○ | 黒岩 義之 | 横浜市立大学医学部教授 |
杉下 守弘 | 東京大学医学部付属音声言語医学研究施設教授 | |
飛松 省三 | 九州大学医学部付属脳神経病研究施設講師 |
○印:分担責任者
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