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平成9年6月27日(金)

「医療技術評価の在り方に関する検討会報告書」について

1.経緯等

限られた医療資源を効率的に活用し、医療の質と患者サービスの向上を図る手法の一つとして「医療技術評価」が注目され、諸外国において、既に導入され、成果をあげてきているが、我が国においても、今後、効率的な医療の提供や医療の質の向上のために、医療技術評価を導入することについて検討される必要がでてきた。

このため、我が国における医療技術評価の利用等について検討することを目的として、「医療技術評価の在り方に関する検討会」が平成8年12月6日(金)に設置され、平成9年6月13日(金)まで計6回にわたって検討を重ね、今般報告書として取りまとめられたので、ここにその概要を示すものである。

2.検討会委員
池上 直己(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授)
今井 正信(三豊総合病院院長)
岩久 正明(新潟大学歯学部教授)
岩ア  榮(日本医科大学医療管理学教室主任教授)
亀田 俊忠(医療法人鉄蕉会亀田総合病院理事長)
川田智惠子(岡山大学医療技術短期大学部看護学科教授)
小池 昭彦(社団法人日本医師会常任理事)
斎藤 憲彬(社団法人日本歯科医師会常務理事)
竹中 浩治(財団法人ヒューマンサイエンス振興財団理事長)
長谷川敏彦(国立医療・病院管理研究所医療政策研究部長)
久繁 哲徳(徳島大学医学部衛生学講座教授)
廣井 良典(千葉大学法経学部助教授)
福井 次矢(京都大学医学部附属病院総合診療部教授)
山崎 摩耶(社団法人日本看護協会常任理事)

(○は座長、50音順、敬称略)

3.報告書の概要

1)技術評価について

 技術評価は科学技術の与える利益や危険性などの社会的影響を評価し、これを情報公開して国民に伝達する必要が生じたことから始まった。

2)医療技術評価の位置づけとその関連領域

 医療技術評価の最終的な目標は、国あるいは地域全体における望ましい医療の在り方が明確になり、それが実施されることである
 一方、医療の質を評価し、改善させる方法として、米国では、生産工学の品質管理の概念を医療に応用した医療の質の確保、医療の質の向上の考え方が盛んになってきている。
 本検討会ではその関連分野である医療の質の確保・向上についても、幅広く視野におさめて検討を行った。

3) 医療技術評価の現状

 諸外国(カナダ、オーストラリア等)では、医療技術評価を医療保険の償還や政策の判断に反映させるようになっており、限られた資源の中から最大の結果を引き出すという目標下で一定の成果を得ている。
 我が国における医療技術評価や医療の質の確保・向上については、歴史も浅く、研究者の層も薄いのが実状であり、国等が専門機関を設置して医療技術評価に取り組んでいる欧米諸国ほどには進展を見ていない。

4) 我が国における医療技術評価の利用について

 医療政策の企画・立案・実施において、医療技術評価の結果を活用できる。
 医療現場において、臨床医に診療・治療方法の選択等を支援する情報を提供するとともに、医療機関に経済的評価に関する情報等を提供することにより、新たな医療機器を購入する際に役立てることができる。
 さらに、医療技術評価を踏まえて、医療の提供過程を診療計画という形で図式化することで、患者や患者家族へ説明し、理解を深めることに役立てることができる。

5) 医療技術評価の推進に向けて取り組むべきこと

(1)医療技術の動向の把握と評価対象の優先順位付け

社会的重要性の観点から、今後優先して評価すべき医療技術を選定し、系統的に評価を行うこと。
(2)既存の評価の体系的な整理
学会等で行われてきた医療技術評価について体系的に整理し、効果的に情報提供すること。
(3)国際的な動向の把握と協力
医療技術評価の成果に関するデータベース等を構築している国際的な学会や研究組織に参加・協力し、効率的に評価活動を進めること。
(4)医療技術評価の基盤としての情報化
医学的、経済的な情報を系統的に収集・蓄積するデータベースの整備及びその基盤となる用語や分類の標準化、また患者の健康結果を客観的に判断するための指標の開発等の基盤環境の整備を行うこと。
(5)関係者の理解と協力について
関係者は現状を理解し、医療関係学会等における活性化により、医療技術評価や医療の質の向上を図る手法を用いた評価活動を推進すること。

6)おわりに

 我が国においては、医療政策の立案・実施や学会、医療現場における日常の医療のなかで、「評価」を行う意識を定着させることが今後の第一歩であると考えられる。
なお、医療技術評価の実施にあたっては、その評価の実施過程等について情報公開を行い、国民の十分な理解が得られるようにすべきである。


医療技術評価の在り方に関する検討会 報告書

はじめに

 今日の我が国においては、経済発展と医学の進歩に伴い、医療技術は高度化・多様化するとともに、国民皆保険制度の下、誰もがその恩恵に浴することができるようになった。しかし一方、人口の高齢化や疾病構造の変化を背景として国民医療費は増大し続けていることから、医療の質の向上を図りながら効率的な医療の提供を行うことが求められているところであり、そのような枠組みの中で、医療システムの在り方についての議論が、さまざまな角度から活発に行われている。
 この議論を進める中で、今日用いられている医療技術のすべてが本当に患者に健康改善をもたらしているかということが問題の一つとして認識されるようになってきた。また、医療機関等の療養環境・人員配置や医療提供の過程、そして患者にとっての最終的な健康上の利益なども、地域や医療施設によって大きくばらついている問題が指摘されている。例えば、一般病院における平均在院日数については、日本全体では36.6日となっているが、県別にみると、最長の県で61.0日、最短の県で26.8日となっている。これは、医療提供の過程において明らかにばらつきを認めることができる例である(1参照)
 諸外国においては、これらの問題への取組として、また、限られた医療資源を効率的に活用し、医療の質と患者サービスの向上を図る手段として、医療技術評価や医療の質を改善させる手法が導入されており、医療技術を利用することにおける利益と危険性の両面について、短期的及び長期的に評価し、実績を上げている例がある。
 我が国における医療技術評価の利用等について検討することを目的として、本検討会が平成8年12月に設置され、以後6回にわたり検討を重ねてきた。ここに本検討会としての報告書がまとめられたので報告する。

1.医療技術評価とは

1)医療技術評価の発展

 技術評価(テクノロジーアセスメント)の考え方は、1960年代後半、米国で宇宙開発などの巨大科学技術の進展に伴い、これらの技術開発に対する国家支出の適切な管理が求められたこと、また、環境、都市、資源などの問題が社会的に注目され始めたことなどから、科学技術の与える利益や危険性などの社会的影響を評価し、これを情報公開して国民に伝達する必要が生じたことから始まった。
 これらの動きに併せて、医療分野における技術評価が行われることとなり、新しく利用されることになった医療技術にも既に存在する技術と得られる結果の上で変わらないものがあることや、広く利用されている医療技術にも実際にはかえって有害なものがあることが明らかにされてきた。
 この結果、医療技術評価の役割と必要性が認識されるところとなり、主として米国で発展し確立されてきたが、ヨーロッパ諸国へも広がり、今日では、多くの欧米諸国において盛んに研究が行われるとともに、個々の医療技術の医療現場への導入及び保険償還の可否の判断材料、医療政策の立案等にも用いられてきている。

2)医療技術評価の定義

 米国で技術評価の中心的役割を果たしてきた米国議会技術評価局の定義によると、「技術評価」とは、「技術の適用によって起こる社会的、経済的、倫理的影響を検討する包括的な政策研究の一分野」とされている。
 我が国において医療の質を確保し、効率的に医療を提供するという観点に立ち、保健医療分野における技術評価について検討するに当たり、本検討会では次のように考えて議論を進めた。
 「医療技術評価」とは、「個人や集団の健康増進、疾病予防、検査、治療、リハビリテーション及び長期療養の改善のための保健医療技術の普及と利用の意思決定支援を目的として行うものであり、当該医療技術を適用した場合の効果・影響について、特に健康結果を中心とした医学的な側面、経済的な側面及び社会的な側面から、総合的かつ包括的に評価する活動」である。
 なお、医学的な側面からの評価とは、その技術の適用が健康改善に有効かどうか、特に健康改善に要する期間や健康障害の再発生率等を指標とした健康結果について評価するものである。経済的な側面からの評価とは、患者の健康改善のためにその技術を用いることが費用に見合うかどうかについて評価するものであり、費用効果分析、費用効用分析、費用便益分析などの方法が用いられる。また社会的な側面からの評価とは、その技術を用いることに伴う社会に及ぼす影響や倫理的側面について評価するものである。

3)評価の対象

 米国議会技術評価局の定義によると、「医療技術」とは「医薬品、医療機器・設備及び診断、治療」と定義されているが、これらは医療技術の種類とそれが用いられる領域という二つの側面から見ると理解しやすい。
 医療技術が用いられる領域は、保健予防、診断(検査)、治療、リハビリテーション及び看護・介護などに分類でき、一方、医療技術の種類としては、医薬品、医療機器・設備、診療手技という個別のもののほか、支援体制や組織・管理といった医療制度までを含めて幅広く捉えることができる。このように、それぞれの領域における医療技術の種類というように細分化できるが、これは更にその成熟度(旧式、確立、新規、開発、将来)に応じた時期(stage)ごとに分類できる。
 この分類に従えば「医療技術評価」の対象としては、領域、種類、時期の3次元的に細分化された個々の医療技術及びその組合せがあることになる。(2参照)

4)評価の手法

 医療技術の評価の手法としては、第一に評価が必要となる技術の選定を行い、第二に当該技術に関するデータの収集及び検証を行う。第三に収集・検証されたデータについて、医学的、経済的及び社会的観点から総合的に評価を行い、第四に関係者による合意形成を行い、最終的には評価の過程と結果について情報公開を行うものである。この流れにしたがって、スウェーデンにおいて手術前定例検査の評価を行った過程を参考として本報告書に付した。(3参照)
 なお、国の社会保障制度や医療制度等そのものも医療技術評価の対象となるが、それらは医療技術の高度な複合体と考えられ、多元的で複雑な要素を含むことから、通常の医療技術評価の手法では評価に困難が伴うことが多い。
 また、医療技術評価を行う場合は、評価対象となる医療技術が発展段階にある場合には、動く標的となることから、適切な評価時期を逸しないためにも、科学的厳密性と時期的適切さの利害得失を十分考慮することが重要となる。

2.医療技術評価の位置づけとその関連領域

 医療技術評価の最終的な目標は、国あるいは地域全体における望ましい医療の在り方が明確になり、それが実施されることである。このためには、第一段階として、社会レベルで個々の医療技術の臨床的有効性や経済的効率等について総合的に評価する必要があり、医療技術評価はこの役割を果たす。次に、この評価結果を利用して、医療機関レベルでは、個々の医療技術の選択や医療の質の評価のための基準を設定し、医療の質の改善を進める。
 このように、国あるいは地域全体における望ましい医療は、医療技術評価と医療の質の改善の両者の関連が十分認識された上で、各々が活用されることによって達成されるものと考えられる。
 後者の医療の質を評価し、改善させる方法として、米国では、生産工学の品質管理の概念を医療に応用した質の確保(Quality Assurance、以下QAとする)及び質の向上(QualityImprovement、以下QIとする)の考え方が盛んに用いられるようになってきている。
 医療技術評価は、医療現場で使われる医療技術が、医学的、経済的また社会的に適切であるかどうかを評価するものである一方、QA及びQIは、医療サービスが患者に提供される構造(Structure)やその組合せ・過程(Process)、更に患者の健康に与える結果(Outcome)を指標化して、医療サービスの質を評価し、質の保障、改善に結びつけるものとされている。
 言葉を変えれば、医療現場において「正しいこと(医療技術)を正しく行う(Doing the right things right)」上で、医療現場で用いる医療技術そのものが「正しい医療技術」かどうかを判定するのが医療技術評価の役割であり、「正しい医療技術が正しく使われている」かどうかを検証し改善に結びつけるのが、QA、QIの役割であるといえる。その意味では、我が国でも既に始まった病院機能評価は「正しい技術が正しく使われる環境を提供できているか」を検証するものといえる。
 このように医療技術評価とQA、QIはそれぞれ別の目的、背景をもって発達してきたものであるが、評価方法や対象に共通点も多く、国際的にみても、既に研究活動の交流と方法論の相互乗り入れが進められており、互いに補完するものとなってきている。
 本検討会においては、個々の医療技術の評価に重点を置くという考えから、基本的には医療技術評価に主眼を置くが、効率的な医療の提供のための評価を定着させ、医療の質の向上を図るという共通の目的に立つという意味で、その関連分野であるQA、QIについても、幅広く視野におさめて検討を行った。

3. 医療技術評価の現状

1)諸外国の状況

 諸外国における医療技術評価導入の例をみると、その効果は国ごとの社会保障制度や医療制度によって異なっている。カナダ、オーストラリア等では政府の評価機関が薬剤の評価に関する情報を中央・地方政府機関に提供し、医療保険の償還や政策の判断に反映させるようになっており、限られた資源の中から最大の結果を引き出すという目標下で一定の成果を得ている。また米国では、医療技術評価の手法は、発展・成熟期を経て、現在では、民間においても幅広く活用されており、保険者が行う技術評価によって保険償還が決定されたり、最近のマネージドケアの隆盛のなかで医療の質を高める方法の一つとしても受け止められてきている。
 このような医療技術評価の活用の具体例としては、米国において、子宮頸がん検診について経済面を中心に評価が行われた結果、対象年齢層を限定しかつ検診頻度を下げても、検診の効果が変わらないことが明らかとなった。すなわち検診の対象者を絞って実施しても効果が同等で、費用が少なくてすむことがわかった。この結果を受けて、米国がん協会(ACS)等において検診の実施方法が見直された。
 また、スウェーデンにおいては、手術前に定例的に行われていた検査について、医学、経済の両面から評価を行った結果、特段の既往歴のない患者に対しては検査結果の利用価値が低いことがわかったため、スウェーデン医療技術評価協議会(SBU)が各医療機関に対して手術前定例検査の実施について見直すよう勧告した結果、心電図や放射線写真等の検査がそれぞれ10%程度減少し、その結果として手術の当日入院が増加した。
 なお、諸外国の医療技術評価の現状を参考として本報告書に付した。

2)我が国の状況

 我が国においては1980年代中頃、医療技術評価の概念が紹介され、その後、厚生省の研究費補助等により、医療技術評価の手法に関する研究や特定の医療技術について評価が行われてきた。これらの研究において、急性中耳炎治療や新生児の先天性代謝疾患に関するマススクリーニング検査、低侵襲性治療技術等についての評価が行われた。
 現在、我が国の厚生行政において行われている技術評価の具体例としては、医薬品及び医療用具の承認審査や薬価基準収載手続、高度先進医療の承認制度等がある。
 医薬品及び医療用具の承認また高度先進医療の承認は、有効性や安全性の確保等を主な目的として行われている。また、承認を受けた医薬品の薬価基準収載の手続においては、医薬品の有効性等の評価とともに、平成6年から参考として提出してもよい資料として医療経済学的評価に関する資料が加えられた。
 また、QA、QIに関連するものとしては、病院機能評価が約2年の試行的な運用調査期間を経て平成9年度より正式に実施されることとなったところである。
 このような経緯もあり、我が国における医療技術評価やQA、QIについては、歴史も浅く、研究者の層も薄いのが実状であり、国等が専門機関を設置して医療技術評価に取り組んでいる欧米諸国ほどには進展を見ていないのが現状といえる。

4.我が国における医療技術評価の利用について

1)医療政策の企画・立案・実施における利用

 国民の健康や社会に与える影響の大きい技術について総合的に評価を行うことにより、広く利用されていた医療技術が実際には有害であったり、有効な医療技術の利用が不必要に遅れていたり、有効だと考えられていた新しい医療技術が既存のものとほとんど変わらなかったりすること等が明らかにされることがある。これらの評価の過程と結果を活用することにより、今後の医療政策の企画・立案や諸制度の見直し等に資することが可能となることから、医療政策の企画等において医療技術評価の結果を活用するように努めるべきである。これは海外で言われている「根拠のある医療政策(Evidence Based Health Policy)」の推進にも呼応するものである。
また、国家的見地から重要な医療政策の実践については、国が自ら機動的な取組を進めていくことが必要であることから、国立病院・療養所等は、医療技術に関する評価の実施についても、積極的に取り組むことが期待される。

2)医療現場における利用

(1)診療ガイドラインの作成と活用
 米国では、医療技術評価の結果に基づき、政府により診療ガイドラインが作成され、広く公開されている。診療ガイドラインは、医療技術の使用に関する基準や指針を記しており、その技術の選択、使用に関しての臨床医をはじめとする医療関係者における意思決定を支援するための情報を提供している。更に最近では、診療ガイドラインの採用が、医師の診療内容を支援するのみではなく、患者の健康結果の改善にも結びついているといわれている。その一例として、高血圧症の診療ガイドラインを採用して診療を行った場合、治療開始から2年後に、70%の患者の健康が改善したが、採用しなかった場合は52%のみの改善であったという報告がされている。
我が国においても、このような診療ガイドラインがこれまでもいくつか作られているが、今後とも、臨床医等がより科学的な根拠に基づいて診断・治療法等を選択、決定すること(Evidence Based Medicine)を支援する取組を積極的に行うべきである。

(2)医療現場における有効性の評価及び医療の質の向上への取組
 効率的で質の高い医療を医療現場で提供するには、技術評価によって医学的、経済的、社会的に適正と評価が定まった医療技術を可能な限り使用することが求められる。また、研究施設などの理想的な条件下における評価のみでなく、現実の医療現場という一般的な条件下においてもその技術が果たして有効であるかどうかの評価が必要となる。更に、医療現場において、医療が提供される環境や過程及び患者の健康結果について、QA、QIの手法が取り入れられて初めて、医療現場における医療の質が包括的に向上するものと考えられる。
 米国においては、個々の患者ごとに医療の提供過程を分かりやすく表示するとともに、診療ガイドラインや最新の臨床研究の知見を取り込んだクリティカルパス(ケアマップなど)と呼ばれるシステムが導入され始めている。(4参照)これにより、診療上のばらつきをなくすとともに、医師、看護婦等、診療に携わる者の間での情報の共有化を図っている。
 我が国においても、医療現場において医療の質の確保・向上を図る一連の方法の原点として医療技術評価が位置づけられるとともに、これらのシステムの導入が進められるべきである。

(3)医療機関における利用
 医療機関が新たな医療機器を購入する際や新たな診療技術を導入する際、医療技術評価の行われた過程や結果から、当該技術に関する需要や効果、経済的評価に関する情報等が提供されることで、医療機関の意思決定を支援することが考えられる。また、米国ではクリティカルパス(ケアマップなど)は医療機関の経営効率を上げるための運用支援としても用いられており、我が国においてもこのような活用が期待される。

3)一般社会(患者、国民、医療産業界)における利用

 診断・治療技術に関する技術評価の結果を患者教育に応用したり、患者用の診療ガイドラインの形で情報提供することにより、患者は病気やその治療について理解を深めることができる。
 また、医療現場で医師や看護婦等によって作成されたクリティカルパス(ケアマップなど)は、医療の提供過程を診療計画という形で患者や患者家族へ説明し、理解を深めるための有効な手段となる。
 このような手段を利用することにより、評価に基づいた技術の得失に関する情報を患者に具体的に提供開示することとなり、患者と医師などの医療提供側が共通の情報をもとに、診断・治療法等について選択、決定することが可能となり、医療の質とともに、患者の満足度や安心感の向上にも役立つと考えられる。
 更に、こうした評価の過程や結果についての情報公開は、社会全体における医療の在り方に対する合意を形成する際の基盤となる。
 また、医療関連の産業界においても、これらの情報公開を通じ、社会的利益を考慮した製品の研究・開発が可能となる。

5.医療技術評価の推進に向けて取り組むべきこと

1)医療技術評価の効率的な実施

(1)医療技術の動向の把握と評価対象の優先順位付け
 我が国における医療技術評価の活動の現状は限られたものとなっており、今後積極的に評価を進めていくことが求められるが、多様で多数の医療技術が現存しているため、現在及び近い将来にどのような医療技術が社会的に重要な意味を持つかを把握、評価することが必要である。
 医療技術評価を効率的に行うには、新しく開発された技術及び従来より使われてきた技術のうち、国民の健康や社会に与える影響の大きい疾病やそれに関連する技術が何であるかについて検討し、優先的に評価すべき対象として選び出されるべきである。
 なお、国がこれらの評価すべき医療技術の優先順位を設定したり、系統的に評価を行うための研究組織などを設置することにより、技術評価を効果的、効率的に推進するという方法も考えられる。
(2)既存の評価の体系的な整理
 学会等においては、部分的には既に様々な技術評価が行われているにもかかわらず、その評価の成果は医療現場に十分に伝達、活用されていないことがある。したがって、これらの既存の評価を体系的に整理し、効果的に情報提供することなどにより、医療現場で活用できるようにすれば、全体として効率的に評価を進めることができると考えられる。
(3)国際的な動向の把握と協力
 国際社会では、国際医療技術評価学会(ISTAHC)や医療技術評価機関国際ネットワーク(INAHTA)等において、医療技術評価の成果に関する情報交換が行われており、またコクラン共同計画(The Cochrane Collaboration)等の学術的な組織によって、国際的に臨床試験の結果に関するデータベースが構築されている。このような学会や研究組織に参加・協力することにより、国際的な動向にあわせて、我が国における評価活動や研究を活発化させるとともに、効率的に評価活動をすすめることができると考えられる。

2)医療技術評価の基盤としての情報化

 今後、医療技術評価やQA,QIの手法による評価及びこれに基づく医療の質の向上を推進するには、医学的、経済的な情報を系統的に収集、蓄積、作成する必要がある。我が国においては、これらの必要な情報のデータベース等が整備されておらず、これらの基盤環境の整備が必要である。
 データベースを作成するためには、情報通信技術を利用したデータの交換や収集を行うためのシステムを開発する必要がある。また、その基盤として病名や医療行為等の用語や分類を標準化したり、評価に必要なデータ項目を標準化することが必要である。
 更に、医療現場で医師や看護婦等が医療技術評価の成果を利用したり、自らの診療の過程や結果等について評価を行うためには、電子カルテやクリティカルパス(ケアマップなど)等の情報通信技術を活用した道具を開発・発展・普及させる必要がある。また、医療サービスの提供の過程や患者の健康結果を客観的に判断するための指標が開発されることも必要である。そのためには、情報技術を用いた医療の質の評価方法について研究開発を積極的に行うことが考えられる。
 国は研究支援などにより、これら医療技術評価の基盤整備に取り組む必要がある。

3)関係者の理解と協力について

 我が国の医療関係学会や研究班においては、様々な評価活動が行われているものの、専門家の議論を徹底的に重ねる、科学的かつ批判的な視点で論文を客観的に評価する、あるいは結論を得るために前向きの調査を行うなどという医療技術評価の方法にのっとった形で、系統的に評価活動が行われている例は多くはない。
 また、我が国では、批判的かつ科学的な視点を持った客観的な評価を行うことについて受け入れる環境や習慣が十分育っていない。したがって、関係者はこの現状を理解し、医療関係学会等においても自ら活性化し、医療技術評価やQA、QIの手法を用いた評価活動を推進することが期待される。
 また、科学的な医学判断、意思決定の方法や医療資源の適切な配分など、医療技術評価に関する事項を医学教育や研修等に取り入れて行くことも、関係者の理解を得る方法の一つである。
 更に、医療技術の研究や開発を行う場合、その費用の一部を当該技術の評価にあてることを推奨することも考えられる。また、その技術が国民の健康や社会に与える影響が大きい場合には、医療技術の開発の早い段階から評価を並行して始めることを推奨すべきであり、関係者の理解と協力を求めるべきである。

おわりに

 我が国における医療技術評価やQA,QIの推進にとっては、研究者の層を厚くすること、医療技術評価やQA,QIの手法について、学会等での論議において関心が払われることや日常診療の中に取り入れられて定着させていくことが当面の課題である。
すなわち、我が国においては、医療政策の立案・実施や学会、医療現場における日常の医療のなかで、「評価」を行う意識を定着させることが今後の第一歩であると考えられる。これにより、いわゆる「根拠のある医療(Evidence Based Medicine)」の実現を目指すことができよう。
 また、医療資源の有効利用という観点から、新しい医療技術についての医療保険への導入及び保険償還価格を決定する際に、技術評価を行い、臨床的有効性のみならず経済的評価などの結果についても参考にするという手法を取り入れられるかどうかの可能性について、医療システムに関する議論と合わせて検討されることも必要と考えられる。
更に、医療機関がQA、QIの手法を積極的に取り入れられるよう、病院機能評価においてこれらに関する評価項目を位置づけるとともに、医療保険制度における対応等についても、今後、幅広く検討される必要があると考えられる。
なお、医療技術評価の実施にあたっては、その評価の実施過程等について情報公開を行い、国民の十分な理解が得られるようにすべきである。

1 一般病院の平均在院日数

(都道府県別の分布)
一般病院の平均在院日数(都道府県別の分布)図
地  域
日 数(日)
  全国平均

  最長の県

  最短の県

36.6

61.0

26.8

(参考資料) 平成7年厚生省病院報告

2 医療技術の評価の対象
医療技術の評価の対象図

 医療技術は、医療技術を用いる「領域」(保健予防、診断、治療、リハビリテーション、看護・介護)と各々の領域で用いる医療技術の「種類」(医薬品、医療機器・設備、診療手技、支援体制、組織・管理)に分けることができる。更にその成熟度(旧式、確立、新規、開発、将来)に分けることができ、医療技術の評価の対象としては、3次元に細分化された個々の医療技術及びその組合せがあることが分かる。

(参考資料) 「医療テクノロジーアセスメントの概要」 久繁哲徳

3 スウェーデンの手術前定例検査に関する評価

 スウェーデン医療技術評価協議会(SBU)では、医療機関で手術前に定例的に行われていた検査について、医療技術評価を行ったが、その際の評価活動は以下のような過程にしたがって行われた。

(評価の手法の過程)      (手術前定例検査の評価)

スウェーデンの手術前定例検査に関する評価図

(参考資料) スウェーデン医療技術評価協議会(SBU)ホームページ

4 クリティカルパス(ケアマップなど);

  医療提供の過程を見やすく表示し、症例間・施設間での比較・参照を容易にすること、臨床研究の最新の知見や診療ガイドラインなどの参照を促すこと、診療の無用なばらつきをなくして診療の質を保証し向上させることを目的として、多職種におよぶ診療・療養の計画あるいは行為を網羅するため、療養の種別(検査、処置、患者家族の教育など)を示す縦軸と、時間(日、治療段階など)の横軸との2次元構造による図表形式に示したもの。米国ではマネージドケアの中で、効率化を図りながら医療の質を確保する有力な手法の一つとして広く用いられている。

(クリティカルパスの例)

冠動脈バイパス術の入院の場合図

(参考資料)

 厚生省委託事業電子カルテ開発事業 診療モデル小委員会診療プロセスモデル技術コアグループ
 平成7年度研究活動報告書



(参考資料)

諸外国の状況

 先進国に共通の課題として、医療の質の向上と効率的な医療の提供の必要性が認識されており、その方策の一つとして医療技術評価が利用されている。多くの国では、政府機関の技術評価部門が中心となって、機能しているが、各国の医療制度や経済、文化等の状況が異っていることに伴い、医療技術評価の内容、方法、成果の活用方法等も様々である。

1.アメリカ合衆国

 米国においては、1970年代より、技術評価やその手法の開発・研究が活発に行われており、評価機関も多数設立されてきた。議会のもとにある技術評価局(OTA)(1995年廃止)や厚生省にある医療政策研究機関(AHCPR)による技術の有効性に関する研究や診療ガイドラインの開発とともに、保険会社、医療関係団体、調査機関などの民間による評価活動が活発である。
 AHCPRでは、診療ガイドラインの作成、普及活動の他、メディケアのデータベースを用いた診療行為の一般的な形態及び成果の分析などにより、医療サービスの成果、有効性及び適切性についての調査研究を行ってきた。診療現場で医療技術を選択する際には、これらの成果が活用されているが、現実には、医師の方針、競争及び患者の希望などの要因も働いている。
 なお、AHCPRにおいては、民間での診療ガイドライン作成が活発になってきたことから、今後はガイドラインの作成自体は行わず、科学的な根拠に基づいた診療の普及、ガイドラインの基礎となるデータベースの整備及び方法論や成果の普及等の基盤整備を行うこととなった。
 一方、民間保険会社による医療技術評価の成果については、患者の要請、医療現場での評価等と併せて、医療機関における医療技術の選択や保険会社の支払政策の決定等に利用されている。
 また、近年においては、HMO等に代表されるマネジドケア型の新しい医療システムにおいて、費用削減という動機付けによる積極的な効率化が求められている。このシステムでは、医療資源使用管理や疾病管理等の管理方法が設定され、それが保険契約を通じ医療機関への拘束力を持っている。このため、各医療機関においては、効率化を図りつつ、医療の質を確保する手法の一つとして、クリティカルパス(ケアマップなど)を取り入れてきている。この過程を通じて、医療技術評価の成果は今後米国の医療に多大な影響を与える可能性がある。

OTA;Office of Technology Assessment
AHCPR;Agency for Health Care Policy and Research

2.スウェーデン

 スウェーデンにおける技術評価の目的は、安全で有効な医療技術の普及を進めることで、公平な技術の選択を保証すること及び有害、無効または効率の悪い技術について科学的に監視し、他の有効な技術に置き換えることである。したがって、他の国で見られる医療費削減が評価の主目的とはなっていない。
 現在の評価体制は、1987年に医療技術、特に新しい技術の評価に関する科学情報を、医療提供者との契約者である中央・地方行政機関に提供するために設置された、スウェーデン医療技術評価協議会(SBU)が中心となっている。SBUの活動においては、臨床現場及び行政当局双方の医療関係者が多数参加する形で医療技術評価が行われている。政府機関が評価の普及、情報の提供を行っていること、また、単なる医療費削減ではなく、有効性が証明され費用対効果の高い技術を普及させるなど実用的な見地に立っていることなどが特徴的である。
 評価の成果は、臨床現場での意思決定や医療政策に反映され、その結果として医療の効率化、医療費の無駄の削減に大きく貢献していると言われている。また、米国OTA等の論文によれば、スウェーデンにおける医療技術評価の政策への反映度は世界で最も高いとされている。
 一方スウェーデンにおける医療技術評価の今後の課題として、現行の体制では評価できる技術やレベルにも限界があり、需要に十分に対応していないことや医師に対する技術評価の結果の法的拘束力について問題等があげられる。
 スウェーデンにおける医療技術評価への取り組みは、米国等にくらべて出遅れたが、現在、医療の質やサービスの選択に対する関心が高まったことで活発化してきており、政府の医療関係予算の一定部分を技術評価に充当するという政策も議論されている。

SBU;Swedish Council on Technology Assessment in Health Care

3.イギリス

 英国では、1990年に国民保健サービス(NHS)改革法が成立し、購入者(政府)と医療提供者(医療機関等)の分離が行われ、各地域の保健当局が地域の医療需要に対応した医療サービスを提供するよう医療提供者(医療機関等)と契約することとなった。
 保健当局は限られた予算の範囲内で効率のよい医療サービスを提供する必要があり、ここで契約医療機関の検証・選択のためのデータが必要となり、医療技術評価への需要が高まっている。
 一方、医療提供者側(医療機関)にとっても、保健当局との契約のために、医療の効率化、質の向上のために競争力をつける必要があり、ここでも医療技術評価によって得られる情報への需要が高まっている。
 これらの関心に対して、医療技術評価は医学研究の一環として位置づけられ、国家的な取り組みが行われている。また、NHS改革と前後して1991年には政府により「患者憲章」が公表されており、情報開示や患者の権利という観点からも医療技術評価への関心が高まっている。
 国民保健サービス(NHS)を統括する保健省内に設置された機関として、医療政策決定に際して経済的評価から提言する経済・運営研究部門や、医療の質の向上と効率性の評価、治療法の研究を目的とした研究開発課程(1991年設立)等があるが、1993年には常設の医療技術評価群(SGHT)を作り、評価の対象と優先順位付け、評価手法の確立、及び国民の健康に影響のある新技術について把握を行っている。
 しかし、これらの評価は研究として盛んであるが、実際の利用については進んでおらず、特に現場医師への浸透、及び地域の保健当局による管理情報としても機能している例が少ない。

NHS;National Health Service

4.フランス

 フランスでは、国内の経済問題を背景に、政策や制度に対する評価の必要性が高まる中で、医療の質や医療の適正化に対する関心も例外ではなく、医療技術評価が注目されることとなった。
1991年の法改正(病院法)では、病院管理者、医師、看護婦が医療技術の評価を行うことを法的義務として定めたが、評価手法が同法によっては明確化されなかったので実効はあがっていない。
 一方、評価組織の設立、公的補助の拡大も行われ、現在は、高額医療機器の購入・設置に関してアドバイスを行う医療技術評価・普及委員会(CEDIT)のほか、医療評価開発局(ANDEM)において評価結果の普及促進、医療技術評価の専門家の育成及びネットワーク作り等を行っている。
 この他、医療システムにおける資源適正化機能として、医療地図の作成による医療機器及び技術の制限や、病院の総枠予算と医師への報酬の制限等が行われている。
 また、医療技術評価への関心は、医療の質の向上というよりもむしろ、医療費抑制という観点から高まってきた傾向が強く、これについて医療提供者側の反発があるといわれている。
今後の課題として、個別に行われている評価活動を組織化するとともに、技術評価結果を臨床現場で有効活用するための情報提供、医療関係者の合意の形成などが必要とされている。

ANDEM;Agence Nationale pour le Developpement de L'Evaluation Medicale
CEDIT;Comite d'Evaluation et de Diffusion des Innovations Technologiques

5.その他の主要国における状況

 オーストラリアでは、行政担当者、産業界、医療関係者、経済及び技術評価の専門家からなるオーストラリア医療技術顧問委員会(AHTAC)が、個々の技術が費用、健康指標に与える影響及び技術評価が技術の利用に与える影響等について検討を行い、保健医療政策に反映させている。
 オランダでは、公的医療保険システムを管理している組織である医療保険運営委員会(HIEB)が、心臓移植等の医療技術を発展途上技術として指定し、その普及の制限と技術評価を行い、その結果に基づいて保険制度への導入を決定している。
 カナダでは、米国と同様、政府機関とともに民間による評価研究も活発に行われている。政府レベルでは、カナダ医療技術協議局(CCOHTA)が、個々の技術や医薬品の使用や支払いに関する政策の追跡研究等を行うほか、多数の医療技術に関する評価結果に関する情報提供を刊行物により行っている。米国とくらべ、技術評価の成果の政策反映が明確であるとされている。

AHTAC;Australian Health Technology Advisory Committee
HIEB;Health Insurance Executive Board
CCOHTA;Canadian Coordinating Office for Health Care Technology

 問い合わせ先 厚生省健康政策局総務課医療技術推進室
    担 当 津釜(内2586)、公文(内2589)
    電 話 (代)[現在ご利用いただけません]
        (直)03-3595-2430

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