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◆無痛分娩◆の安全な提供体制の構築について

(平成30年4月20日)

(/医政総発0420第3号/医政地発0420第1号/)

(各都道府県・各保健所設置市・各特別区衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局総務課長・厚生労働省医政局地域医療計画課長通知)

(公印省略)

◆無痛分娩◆については、複数の死亡事案が発生したことを受け、平成29年度厚生労働行政推進調査事業費補助金(厚生労働科学特別研究事業)による「◆無痛分娩◆の実態把握及び安全管理体制の構築についての研究」(研究代表者:海野信也北里大学病院長)において、その実態把握と安全を確保する仕組みの検討を行い、平成30年3月に、「◆無痛分娩◆の安全な提供体制の構築に関する提言」(以下「提言」という。)が、別添1のとおり取りまとめられた。また、厚生労働省において、提言を基に、別添2の「◆無痛分娩◆取扱施設のための、「◆無痛分娩◆の安全な提供体制の構築に関する提言」に基づく自主点検表」(以下「自主点検表」という。)を作成した。このため、下記について御了知の上、貴管下の分娩を取り扱う病院又は診療所(以下「分娩取扱施設」という。)の他、関係機関に対して、提言の周知徹底及び自主点検表の活用につき周知方お願いする。

1.安全な◆無痛分娩◆を提供するために必要な診療体制に関する提言について

◆無痛分娩◆を取り扱う病院又は診療所(以下「◆無痛分娩◆取扱施設」という。)は、「産婦人科診療ガイドライン産科編」(編集及び監修 日本産科婦人科学会及び日本産婦人科医会)を踏まえ、個々の妊産婦の状況に応じた適切な対応をとるとともに、提言の別紙「安全な◆無痛分娩◆を提供するために必要な診療体制」に記載されたインフォームド・コンセントの実施、安全な人員体制の整備、安全管理対策の実施並びに設備及び医療機器の配備が求められている。貴職においては、◆無痛分娩◆取扱施設に対し、提言で求められている体制の整備が徹底されるよう、周知をお願いするとともに、医療法(昭和23年法律第205号)第25条第1項の規定に基づく立入検査の際に、提言及び自主点検表を参考に、診療体制の確保について確認し、必要に応じて助言するようお願いする。

2.◆無痛分娩◆に係る医療スタッフの研修体制の整備に関する提言について

◆無痛分娩◆に関する関係学会及び関係団体は、安全な◆無痛分娩◆の提供体制を構築するため、◆無痛分娩◆に関わる医療スタッフに対する「◆無痛分娩◆の安全な診療のための講習会」の定期的な開催、「産科麻酔研修プログラム(仮称)」の策定及び専門施設における実技研修体制の整備等を行うこととしている。講習会の開催予定や具体的な研修体制等については、詳細が定まり次第、追って周知する。

3.◆無痛分娩◆の提供体制に関する情報公開の促進のための提言について

現在、妊婦及びその家族に対して◆無痛分娩◆に関する必要な情報を分かりやすく提供することを目的として、日本産科麻酔学会ウェブサイトにおいて「◆無痛分娩◆Q&A」(※)が公表されており、貴職においては、妊婦やその家族、分娩取扱施設及び関係機関に対する周知をお願いする。

さらに、こうした既存の情報提供に加えて、◆無痛分娩◆取扱施設は、自施設の◆無痛分娩◆の診療体制等に関する情報を各施設のウェブサイト等で公開することが求められている。貴職においては、◆無痛分娩◆取扱施設が、各施設の診療体制等についてウェブサイト等において情報公開を行うよう、周知をお願いする。なお、ウェブサイトについては、平成30年6月以降は医療法上の広告規制の対象となるため、虚偽・誇大広告に該当すると認められた場合には、適切に指導されたい。違法な広告を行った施設に対しては、医療法(昭和23年法律第205号)第6条の8の規定に基づく命令等を通じて、各施設のウェブサイトが適切に運用されるようお願いする。

また、提言において、関係学会及び関係団体は、今後、情報公開を行う◆無痛分娩◆取扱施設を取りまとめたリストを作成し、ウェブサイト上で公開することが求められている。当該リストの公開等については、詳細が定まり次第、追って周知する。

(※)http://www.jsoap.com/pompier_painless.html

4.◆無痛分娩◆の安全性向上のためのインシデント・アクシデントの収集・分析・共有に関する提言について

(1) 分娩取扱施設からの情報収集について

従前より、日本産婦人科医会による偶発事例報告事業や妊産婦死亡報告事業を通じて、分娩取扱施設におけるインシデント・アクシデントに関する情報収集が実施されている。貴職においては、分娩取扱施設に対し、当該事業の報告対象となる事例が発生した場合には、速やかに地域の産婦人科医会へ報告するよう、周知をお願いする。

(2) 患者及び家族からの有害事象の相談について

従前より、患者及び家族からの医療に関する相談窓口としての役割は、医療安全支援センター(以下「センター」という。)が担ってきた。センターを所管する地方自治体においては、◆無痛分娩◆に関連する有害事象等の相談を受けた際に地域の実情に応じて適切に対応するために、あらかじめセンターと地域の医師会及び産婦人科医会との連携体制の構築を図るよう、お願いする。例えば、センターにおいては、◆無痛分娩◆に関連する有害事象等の相談を受けた際に、地域の医師会の窓口を紹介し、特に再発防止の分析に資する症例については、地域の医師会が地域の産婦人科医会へ報告する等の対応が考えられる。

(3) 都道府県の周産期医療協議会について

各都道府県においては、「周産期医療協議会における協議の徹底について」(平成29年1月17日付け厚生労働省医政局地域医療計画課救急・周産期医療等対策室事務連絡)により、周産期医療協議会において、母体死亡事例や重篤事例等に関する検証と再発防止等に関する協議を徹底するようお願いしてきた。貴職においては、本提言を踏まえ、母体死亡事例等が生じた場合に、再発防止等に向けて、周産期搬送や救急医療との連携等の医療提供体制に関して、同協議会における協議の徹底に努めるとともに、地域の医師会、産婦人科医会及びセンター等に寄せられた相談内容についても、同協議会において安全な分娩体制の確保に資するような検討が行われるよう併せてお願いする。

【別添1】

2018年3月29日

平成29年度厚生労働行政推進調査事業費補助金(厚生労働科学特別研究事業)

◆無痛分娩◆の実態把握及び安全管理体制の構築についての研究」(研究代表者 海野信也)

◆無痛分娩◆の安全な提供体制の構築に関する提言」

Ⅰ.はじめに

昨今、◆無痛分娩◆時に発生した重篤事例が報告されており、◆無痛分娩◆の実態把握と安全な提供体制の構築が急務となっている。そこで、産婦人科・麻酔科・周産期領域の関係学会・団体が連携協力し、◆無痛分娩◆の実態把握を行うこと、その結果を分析し◆無痛分娩◆の安全な提供体制の構築を行うことを目的として、平成29年度厚生労働行政推進調査事業費補助金(厚生労働科学特別研究事業)による「◆無痛分娩◆の実態把握及び安全管理体制の構築についての研究」(研究代表者 海野信也)が行われた。本研究におけるわが国の◆無痛分娩◆の実態把握及び安全な提供体制の構築についての検討を踏まえ、安全な提供体制の構築のために必要な施策について、以下のように提言を行う。

Ⅱ.安全な◆無痛分娩◆を提供するために必要な診療体制に関する提言

安全な◆無痛分娩◆を提供するためには、◆無痛分娩◆を取り扱う病院又は診療所(以下「◆無痛分娩◆取扱施設」という。)において、1)診療上の責任が明確であること、2)◆無痛分娩◆を担当する医療スタッフの技術的水準が担保されていること、3)必要な設備、医療機器等が整備されていること、4)担当する医療スタッフが認識を共有した上でチームとして対応できること、5)◆無痛分娩◆に関する十分な説明が妊産婦に対して行われることが必要である。これらを達成するために必要な事項について、以下の提言を行う。

1.◆無痛分娩◆取扱施設は、最新の「産婦人科診療ガイドライン産科編」を踏まえた上で、個々の妊産婦の状況に応じた適切な対応をとること。

2.◆無痛分娩◆取扱施設は、安全な◆無痛分娩◆を提供するために必要な診療体制(別紙参照)を確保するよう努めること。

Ⅲ.◆無痛分娩◆に係る医療スタッフの研修体制の整備に関する提言

安全な◆無痛分娩◆の提供体制を整備するため、◆無痛分娩◆に関わる医療スタッフに対して、産科麻酔の知識や技術、産科麻酔に関連した病態への対応等を修得する機会を提供し、質の向上を図る必要がある。また、得られた知識や技術を維持し、最新の知識を更新するためには、2年に1回程度、講習課題に応じて適切な頻度で定期的に講習会を受講する必要がある。この研修体制を整備するため、以下の提言を行う。

1.◆無痛分娩◆に関わる学会及び団体は、◆無痛分娩◆の安全な診療を目的として、◆無痛分娩◆に関わる医療スタッフが産科麻酔に関する知識や技術を維持し、最新の知識を更新するために必要な講習会を定期的に開催すること。

① 関係学会及び団体1は、以下の目的を効率的に達成できるよう、◆無痛分娩◆の安全な診療のために◆無痛分娩◆に関わる医療スタッフが受講すべき講習会を企画、開催すること。

・安全な産科麻酔診療のための最新の知識の修得及び技術の向上

・産科麻酔に関連した病態に対応できること

・救急蘇生が実施できること

・安全な産科麻酔実施のための最新の知識の修得とケアの向上

◆無痛分娩◆の安全な診療のための講習会2

カテゴリー

A

B

C

D

講習会の内容

安全な産科麻酔の実施と安全管理に関する最新の知識の修得及び技術の向上のための講習会

産科麻酔に関連した病態への対応のための講習会

救急蘇生コース

安全な産科麻酔実施のための最新の知識を修得し、ケアの向上をはかるための講習会

◆無痛分娩◆麻酔管理者


麻酔担当医

麻酔科専門医麻酔科標榜医



産婦人科専門医


◆無痛分娩◆研修修了助産師・看護師



●:定期的受講が必要  ○:受講歴があれば可

2.◆無痛分娩◆に関わる学会及び団体は、◆無痛分娩◆を含む産科麻酔を担う人材を育成するために、「産科麻酔研修プログラム(仮称)」を策定し、研修を実施すること。

① 関係学会及び団体は、今後の◆無痛分娩◆を担う、産婦人科医・麻酔科医・助産師・看護師を対象とした「産科麻酔研修プログラム(仮称)」を策定するための組織を設置し、当該組織に参画すること。

② 当該組織は、◆無痛分娩◆を担う医療関係者全てに共通する研修プログラム及び医療関係者それぞれの専門性に対応した研修プログラムを策定すること。研修プログラムを策定するに当たっては、専門施設における実技研修等の内容について検討すること。さらに、策定された研修プログラムを踏まえ、研修体制を整備すること。

③ 関係学会は、◆無痛分娩◆を含む産科麻酔の認定医制度等の要否について引き続き検討すること。

――――――――――

1日本医師会、日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本麻酔科学会、日本産科麻酔学会、日本看護協会等

2各医療スタッフの役割については別紙「安全な◆無痛分娩◆を提供するために必要な診療体制」参照。

Ⅳ.◆無痛分娩◆の提供体制に関する情報公開の促進のための提言

◆無痛分娩◆を希望する妊婦が、適切な分娩施設を選択できるように、◆無痛分娩◆の提供体制に関する情報を入手しやすい環境を整備する必要がある。このため、◆無痛分娩◆取扱施設は、自施設の診療体制に関する分かりやすい情報を公開することが求められる。一部の◆無痛分娩◆取扱施設においては、自施設の診療体制に関する情報を公開しているものの、その内容は施設によって様々であり、妊婦にとって必要な情報を得ることが困難な状況である。このような状況を踏まえ、以下の提言を行う。

1.◆無痛分娩◆取扱施設は、◆無痛分娩◆を希望する妊婦とその家族が、分かりやすく必要な情報に基づいて分娩施設を選択できるように、◆無痛分娩◆の診療体制に関する情報をウェブサイト等で公開すること。

公開すべき情報は以下のとおり。

◆無痛分娩◆の診療実績3

◆無痛分娩◆に関する標準的な説明文書

◆無痛分娩◆の標準的な方法

・分娩に関連した急変時の体制4

・危機対応シミュレーションの実施歴

◆無痛分娩◆麻酔管理者の麻酔科研修歴、◆無痛分娩◆実施歴、講習会受講歴

・麻酔担当医の麻酔科研修歴、◆無痛分娩◆実施歴、講習会受講歴、救急蘇生コースの有効期限

・日本産婦人科医会偶発事例報告・妊産婦死亡報告事業への参画状況

・ウェブサイトの更新日時

2.◆無痛分娩◆に関わる学会及び団体は、妊婦とその家族が、必要な情報へのアクセスを容易にするため、情報公開を行っている◆無痛分娩◆取扱施設をとりまとめたリストを作成し、ウェブサイト上で公開するとともに、妊婦とその家族、◆無痛分娩◆取扱施設等に対して、このような取組の更なる周知徹底を図ること。

――――――――――

3診療実績には、年月を記載した期間を併記すること。(例:2018年1月~2018年12月)

4院内及び他施設との連携体制を含めた急変時の具体的な対応

Ⅴ.◆無痛分娩◆の安全性向上のためのインシデント・アクシデントの収集・分析・共有に関する提言

医療における安全性を向上するためには、発生した個々の有害事象ごとに、その原因や背景要因などを分析し、その結果を踏まえた再発防止策を講じることが重要である。◆無痛分娩◆に関連する有害事象の中には、全脊髄くも膜下麻酔や局所麻酔薬中毒のように発生頻度は低いものの、母児に重篤な結果をもたらす事例が存在することから、漏れなく事例を収集・分析し、再発防止策を検討できる体制を整備することが必要である。このような認識に基づき、以下の提言を行う。

1.◆無痛分娩◆取扱施設は、日本産婦人科医会(以下「医会」という。)が実施する偶発事例報告事業5及び妊産婦死亡報告事業6の報告対象症例が発生した場合、医会に速やかに報告すること。

2.医会は、偶発事例報告事業の報告症例のうち◆無痛分娩◆の症例については、他の関係学会及び団体と連携し、産科麻酔の専門家が関与して、情報収集及び分析並びに再発防止策の検討を行い、必要な情報を会員等に提供すること。また、妊産婦死亡報告事業の報告症例のうち、◆無痛分娩◆の症例については、適切な診療体制がとられていたかも含めて情報収集を行い、妊産婦死亡検討評価委員会へ情報提供すること。また、妊産婦死亡検討評価委員会からの報告を、会員等に提供すること。

3.妊産婦死亡検討評価委員会は、◆無痛分娩◆の症例に対し、適切な診療体制がとられていたかも含め、妊産婦死亡の原因分析及び再発防止策の立案を行い、医会に報告すること。

4.国は、◆無痛分娩◆の合併症などの発生頻度の低い有害事象について事例収集及び分析する有効な方法について検討するとともに、患者及びその家族から届けられた有害事象情報を活用する仕組みのあり方について検討すること。

――――――――――

5母児に関する有害事象について産婦人科医療機関が医会に報告する制度。妊産婦死亡は含まない。

6妊娠中から分娩後1年以内に亡くなった妊産婦について産婦人科医療機関が医会に報告する制度。

Ⅵ.「◆無痛分娩◆に関するワーキンググループ(仮称)」の設置に関する提言

平成30年度以降、より安全な◆無痛分娩◆の提供体制を構築していくため、関係学会及び団体による継続的な検討と活動が必要であるため、関係学会及び団体が参画する「◆無痛分娩◆に関するワーキンググループ(仮称)」の設置について以下の提言を行う。

1.◆無痛分娩◆に関わる学会及び団体は、「◆無痛分娩◆に関するワーキンググループ(仮称)」を発足させ、◆無痛分娩◆の提供体制についての継続的な検討に参画し、相互に連携した活動を展開すること。

検討すべき事項

◆無痛分娩◆の提供体制に関する情報公開の促進

◆無痛分娩◆の有害事象に関する情報の収集及び分析並びに再発防止策の検討

・「産科麻酔研修プログラム(仮称)」の策定及び◆無痛分娩◆の安全な診療のための講習会の定期的な開催

◆無痛分娩◆に関する社会啓発活動の継続的な実施

・妊産婦にとって分かりやすい情報提供のあり方

[別紙]

安全な◆無痛分娩◆を提供するために必要な診療体制

1.インフォームド・コンセントの実施に関すること

① 合併症に関する説明を含む◆無痛分娩◆に関する説明書を整備すること。

② 妊産婦に対して、説明書を用いて◆無痛分娩◆に関する説明が行われ、妊産婦が署名した◆無痛分娩◆の同意書を保存すること。

2.◆無痛分娩◆に関する安全な人員体制に関すること

① ◆無痛分娩◆麻酔管理者を配置すること

(◆無痛分娩◆麻酔管理者の責務及び役割)

◆無痛分娩◆麻酔管理者は、◆無痛分娩◆とそれに関連する業務の管理・運営責任を負い、リスク管理に責任を負うこと。

・麻酔担当医及び◆無痛分娩◆に関する研修を修了し看護ケアに習熟した助産師・看護師(以下「◆無痛分娩◆研修修了助産師・看護師」という。)を選任すること。

◆無痛分娩◆に関する施設の方針1を策定すること。

◆無痛分娩◆マニュアル2を作成すること。

◆無痛分娩◆看護マニュアル3を作成すること。

・施設内で勤務者が参加する危機対応シミュレーションを少なくとも年1回程度実施すること。

(◆無痛分娩◆麻酔管理者の要件)

◆無痛分娩◆取扱施設の常勤医師であること。

・麻酔科専門医資格、麻酔科標榜医資格又は産婦人科専門医*資格を有していること。

*産婦人科専門医の場合には、安全な産科麻酔実施のための最新の知識を修得し、技術の向上を図るための講習会を2年に1回程度受講し、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開していること。自らの麻酔科研修歴及び麻酔実施歴、◆無痛分娩◆診療歴についてウェブサイト等で情報を公開していること。

・産科麻酔に関連した病態への対応のための講習会を2年に1回程度受講し、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開していること。

・救急蘇生コース4の受講歴があり、その経歴についてウェブサイト等で情報を公開していること。

② 麻酔担当医を明確化すること

(麻酔担当医の責務及び役割)

・麻酔担当医は、◆無痛分娩◆で行われる麻酔に関連した医療行為を行うこと。

・硬膜外麻酔等による◆無痛分娩◆の適応を適切に判断すること。

・分娩のための硬膜外麻酔等を安全に実施すること。

・硬膜外麻酔等による合併症に適切に対応すること。

具体的には、

定期的に産婦を観察すること5

硬膜外腔への局所麻酔薬等の薬剤投与に責任を果たすこと6

麻酔記録が確実に記録及び保存されるよう管理すること7

硬膜外麻酔開始後30分間は集中的に産婦の全身状態及びバイタルサインを観察できる体制をとること8

硬膜外麻酔開始30分後から産後3時間までの間は、緊急時に迅速に対応できるよう、5分程度で産婦のベッドサイドに到達できる範囲内に麻酔担当医がとどまる体制をとること

(麻酔担当医の要件)

・麻酔科専門医資格、麻酔科標榜医資格又は産婦人科専門医資格**を有していること。

**産婦人科専門医の場合には、原則として日本麻酔科学会麻酔専門医である指導医の指導下に麻酔科を研修した実績があり、自らの麻酔科研修歴及び麻酔実施歴、◆無痛分娩◆診療歴について経験症例数等の情報を公開し、安全で確実な硬膜外麻酔及び気管挿管実施の能力を有することを示すこと。さらに、安全な麻酔実施のための最新の知識を修得し、技術の向上をはかるための講習会を2年に1回程度受講し、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開していること。

・硬膜外麻酔について100症例程度の経験を有することが望ましい9こと。

・安全で確実な気管挿管の能力を有すること10

・産科麻酔に関連した病態への対応のための講習会を2年に1回程度受講し、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開していること。

・救急蘇生コースの受講歴を有し、かつ、受講証明が有効期限内であること。また、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開していること。

③ ◆無痛分娩◆研修修了助産師・看護師を活用すること

(◆無痛分娩◆研修修了助産師・看護師の責務及び役割)

◆無痛分娩◆研修修了助産師・看護師は、母子共に安全で、かつ産婦とその家族が納得のいく分娩ができるよう、支援すること。

◆無痛分娩◆研修修了助産師・看護師は、異常が予測される場合、医師と速やかに連携し、母子の安全を確保すること。

◆無痛分娩◆の経過中の産婦の全身状態及びバイタルサインを観察すること。◆無痛分娩◆研修修了助産師・看護師が直接観察できない場合は、自らの指導下に、助産師・看護師による観察を行う体制をとること。

◆無痛分娩◆の経過中の産婦について、全身状態、バイタルサイン又は鎮痛の状況に変化が生じた場合や、分娩の進行状況等について、麻酔担当医に適宜報告をすること。

(◆無痛分娩◆研修修了助産師・看護師の要件)

・有効期限内のNCPR11の資格を有し、新生児の蘇生ができること。

・救急蘇生コースの受講歴を有していること。

・助産師についてはアドバンス助産師相当の能力を有することが望ましい。

・安全な麻酔実施のための最新の知識を修得し、ケアの向上を図るため、関係学会又は関係団体が主催する講習会を2年に1回程度受講すること。

(参考)◆無痛分娩◆を提供するための必要な診療体制のイメージ

・施設管理者・◆無痛分娩◆麻酔管理者・担当産科医・麻酔担当医は、その役割を果たすことが出来る範囲で兼務することが可能。兼務に際しても、◆無痛分娩◆麻酔管理者は、◆無痛分娩◆とそれに関連する業務の管理・運営責任を負い、リスク管理に責任を負うものとする。

◆無痛分娩◆研修修了助産師は、その役割を果たすことができる範囲で、自ら分娩介助を行うことが可能。

――――――――――

1方針には、①◆無痛分娩◆に関する基本的な考え方、②インフォームド・コンセントの実施に関すること、③◆無痛分娩◆に関する安全な人員の体制に関すること、④インシデント・アクシデント発生時の具体的な対応等を記載する。

2参考資料1 硬膜外◆無痛分娩◆マニュアル(例)参照

3参考資料2 硬膜外◆無痛分娩◆看護マニュアル(例)参照

4救急蘇生コースは次に示すコースもしくはその上位コースとする。Basic Life Supportプロバイダーコース、Advanced Cardiovascular Life Supportプロバイダーコース(日本ACLS協会)、Immediate Cardiac Life Supportコース(日本救急医学会)、JMELSベーシックコース(日本母体救命システム普及協議会)

5少なくとも1~2時間ごとに、意識状態、バイタルサイン、疼痛の程度、麻酔範囲、運動神経遮断の程度、胎児心拍数変動パターンなどを観察すること。

6麻酔担当医以外の医師、助産師又は看護師による硬膜外腔への薬剤投与の可否については、当該施設としての方針及び麻酔担当医の判断によるものとする。なお、麻酔担当医以外の者による硬膜外腔への薬剤投与を実施する場合は、当該施設としての明確な基準及び麻酔担当医の個別具体的な指示に基づいて実施するものとする。

7参考資料3 「母体安全への提言2015」提言4参照

8麻酔担当医は、急変時に即座に対応できることが必要である。そのため、特に硬膜外麻酔開始後30分間は、麻酔担当医が自ら産婦の観察を行うことができない場合でも、同一部署内に所在し、ベッドサイドで産婦の全身状態及びバイタルサインを観察している◆無痛分娩◆研修修了助産師・看護師及びその指導下にある助産師・看護師から報告をうけ、直ちに対応できる体制が必要である。

9安全で確実な硬膜外麻酔を実施する能力を示す基準は存在しないため、100症例程度の経験を有することが望ましいこととした。麻酔科専門医が硬膜外麻酔を実施する場合であっても、硬膜外麻酔の重大な合併症を完全に回避することは困難であるため、合併症が発生した場合でも安全かつ確実な気道確保及び呼吸循環管理を実施できることが重要である。

10妊産婦の気管挿管は高度な技術を必要とすることがあるため、安全で確実な気管挿管の能力の有無について、経験症例数を絶対的な基準として判断することはできない。しかし、麻酔担当医の技術的水準を示すための情報として、麻酔科研修時の経験症例数及びその後の実地臨床での経験症例数は有用と考えられる。例えば、麻酔科標榜医については全身麻酔300症例以上の経験を標榜資格取得の要件としている。救急救命士の気管挿管のための実習においては、気管挿管の成功症例を30例以上実施させることとしている。また、初年度のレジデントの麻酔手技の習熟過程に関する研究によると、気管挿管が90%の成功率に到達するまでの平均経験症例数は57例である***。これらの数値は安全で確実な気管挿管の能力の有無についての一定の目安になると考えられる。(***:Konrad C, et al. Anesthesia and Analgesia 1998;86:635―9)

11新生児蘇生法(日本周産期・新生児医学会)Bコース又はその上位コースとする。

3.◆無痛分娩◆に関する安全管理対策の実施に関すること

① ◆無痛分娩◆に関する施設の方針を策定すること。

② ◆無痛分娩◆マニュアルを作成し、担当職員への周知徹底を図ること。

③ ◆無痛分娩◆看護マニュアルを作成し、担当職員への周知徹底を図ること。

④ 施設内で勤務者が参加する危機対応シミュレーションを少なくとも年1回程度実施し、実施歴についてウェブサイト等において情報を公開すること。

4.◆無痛分娩◆に関する設備及び医療機器の配備に関すること

① 以下の様な、蘇生設備及び医療機器を配備し、すぐに使用できる状態で管理すること。

蘇生設備:酸素ボンベ、酸素流量計、バッグバルブマスク、マスク、酸素マスク、喉頭鏡、気管チューブ(内径6.0,6.5,7.0mm)、スタイレット、経口エアウエイ、吸引装置、吸引カテーテル

医療機器:麻酔器12、除細動器又はAED(自動体外式除細動器)

② 以下の様な、救急用の医薬品をカートに整理してベッドサイドに配備し、すぐに使用できる状態で管理すること。

アドレナリン、硫酸アトロピン、エフェドリン、フェニレフリン、静注用キシロカイン、ジアゼパム、チオペンタール又はプロポフォール、スキサメトニウム又はロクロニウム、スガマデックス、硫酸マグネシウム、精製大豆油(静注用脂肪乳剤)、乳酸加(酢酸加、重炭酸加)リンゲル液、生理食塩水

③ 以下の様な、母体用の生体モニターを配備し、すぐに使用できる状態で管理すること。

母体用の生体モニター:心電図、非観血的自動血圧計、パルスオキシメータ

――――――――――

12麻酔器の設置場所は手術室でもよい。

[参考資料1]

硬膜外◆無痛分娩◆マニュアル(例)

1.インフォームドコンセント

① 「出産に関わる麻酔についての説明」(別添文書参照)等を参考に、患者説明を外来で行う。

② 生じうる合併症としては、頭痛、背部痛、出血、感染、神経損傷(お産が原因のこともある)などを説明する。

③ 局所麻酔薬中毒やくも膜下誤注入についても説明し、絶食の意義を理解してもらう。少量分割注入で重篤な結果は回避できると説明して安心も提供する。

④ 完全な無痛ではなく、痛みの軽減が実際の目標であることを理解してもらう。

⑤ 水分摂取に関しては、清澄水であれば、硬膜外◆無痛分娩◆中も摂取できることを説明する。

2.麻酔範囲

① 分娩第Ⅰ期はT10からL1の範囲の痛覚をブロックし、分娩第Ⅱ期はS2からS4の範囲をさらに遮断する必要がある。

3.硬膜外鎮痛

① 乳酸加リンゲル液500mlを急速輸液。

② 血圧を5分ごとに測定。

③ L2/3もしくはL3/4椎間より硬膜外カテーテルを挿入(4cm程度硬膜外腔に留置される様、頭側に向けてカテーテルを進める。深すぎると片効きになりやすく、浅すぎると抜ける可能性があるため)

④ 硬膜を穿破した場合は、椎間を変えて再挿入する。その場合は、少量分割注入の間隔を通常より長く(2分程度)あける。

⑤ 薬剤注入前にはカテーテルを吸引し、血液や髄液が吸引できないことを確認する。

⑥ 0.25%ブピバカインを3mlずつ、3から4回(合計9―12ml)、カテーテルより注入する。

1.注入する都度、血管内への注入を考える所見(耳鳴、金属味、口周囲のしびれ感等)や、くも膜下腔への注入を考える所見(両側下肢が急に運動不能となる等)がないことを確認する。

2.異常所見を認めた時点で、以後の局所麻酔薬注入を止め、人工呼吸と局所麻酔薬中毒治療(別途)の準備をする。

3.血圧低下に対しては、エフェドリン4―5mgやフェニレフリン0.1mg等の静注にて対処する。

4.T10までの痛覚消失が得られたら、持続硬膜外注入を開始する。

5.20分ほどしても鎮痛効果が現れない場合は、麻酔範囲を評価する。

① 麻酔効果が全く得られていない場合は、硬膜外カテーテルを入れ換える。

② 麻酔効果が得られているが、T10に及んでいない場合は、経過観察か0.25%ブピバカイン3―6mlを追加する(3mlずつに分割して)。

6.持続硬膜外注入

① 0.08%アナペインとフェンタニル2μg/mlの溶液(希釈方法は、0.2%アナペイン20ml+フェンタニル2ml+生理食塩水28ml、合計50ml)をPCAポンプまたはシリンジポンプで注入。

② 注入速度は6―10ml/hrで開始し、最大14ml/hrまで(それ以上必要なときはカテーテルが硬膜外腔に入っていない)。

③ 硬膜外◆無痛分娩◆中は、絶食、側臥位とし(好きな方を向いて良い)、少なくとも1.5時間ごとに効果と副作用の有無を確認する。

● 特に、カテーテルのくも膜下迷入による下肢運動不能、カテーテル血管内迷入による鎮痛効果消失や中枢神経症状(前記)、カテーテル神経刺激による放散痛の有無に注意する。

④ 血圧測定間隔は15分ごと。

⑤ 3時間ごとを目安に導尿。

⑥ 以下の場合に麻酔担当医コール。

● 痛み、下肢運動不能、低血圧、胎児心拍数異常、そのほか産婦の訴え

7.分娩第Ⅱ期の管理

① 努責のタイミングをうまくとれない場合は、陣痛計や触診を用いながら分娩介助者が努責のタイミングをコーチングする。

② 分娩第Ⅱ期が遷延したり、NRFSなどでは、持続硬膜外注入を減らしたり止めたりする。

8.分娩後

① 分娩様式、アプガースコア、臍動脈pHを麻酔記録に記入する。

② 会陰縫合が終了したら持続硬膜外注入を終了する。

③ 帰室前に硬膜外カテーテルを抜去し、先端欠損がないことを麻酔記録に残す。

④ 帰室時は起立性低血圧や下肢運動麻痺の残存により転倒リスクがあることに注意する。

9.フォローアップ

① 翌日に麻酔後回診し、神経障害や頭痛がないことを確認して、診療録に記載する。

10.その他の麻酔法

① CSE(combined spinal epidural analgesia)

1.分娩が既に進行しており、早く作用発現を得たいときに行う。

2.分娩があまり進行していない時点で鎮痛リクエストがある場合にも有用。

3.くも膜下投与麻酔薬は、フェンタニル0.4ml(20μg)+等比重ブピバカイン0.5ml(2.5mg)。等比重にする理由は、◆無痛分娩◆中は側臥位で過ごすため。

4.麻酔薬投与後30分以内に見られる胎児徐脈に対しては、低血圧と子宮緊張亢進がないことを確認する。

② PCEA(patient controlled epidural analgesia)

ドース4ml、ロックアウト時間20分、持続6ml/hr(最大量20ml/hr)

(薬剤は6.と同様。)

③ PIEB(programmed intermittent epidural bolus)

ボーラス6ml、投与間隔45分、PCEA併用可

(薬剤は6.と同様。)

[参考資料2]

硬膜外◆無痛分娩◆看護マニュアル(例)

#0.穿刺時の準備と介助

① 輸液、モニター、シリンジポンプ(PCAポンプ)確認

② 介助者も帽子、マスク着用

③ 胎児心拍数と内診所見確認

④ 痛みが強くなった時点で、担当産科医の了解を得て鎮痛開始

⑤ 穿刺体位を介助する

#1.麻酔科医師への連絡

① 緊急連絡

1.突然の運動神経遮断

2.突然の感覚神経遮断

3.意識レベルの低下

② 通常連絡

1.鎮痛不十分(2回目のtop-up)

2.運動神経ブロック Bromageスケール3

3.感覚神経ブロック コールドテストT5以上

4.対処困難な副作用及び合併症

#2.硬膜外鎮痛中は,麻酔担当医の許可なく,鎮痛薬,鎮静薬,制吐薬,抗掻痒薬を投与しないこと

#3.硬膜外鎮痛時モニタリング

① 硬膜外鎮痛開始時,及び追加投与時

1) 呼吸数 2分ごと,5回(計10分間)

2) 心拍数 2分ごと,5回(計10分間)

3) 血圧 2分ごと,5回(計10分間)

② 次の20分間

1) 呼吸数 10分ごと,2回(計20分間)

2) 心拍数 10分ごと,2回(計20分間)

3) 血圧 10分ごと,2回(計20分間)

4) 口頭での鎮痛評価 硬膜外鎮痛開始または追加投与30分後,1回

5) 運動神経ブロック評価 硬膜外鎮痛開始または追加投与30分後,1回

6) 感覚神経ブロック評価 硬膜外鎮痛開始または追加投与30分後,1回

③ それ以降

1) 呼吸数 1時間ごと,または必要に応じて頻回に

2) 心拍数 1時間ごと,または必要に応じて頻回に

3) 血圧 1時間ごと,または必要に応じて頻回に

4) 口頭での鎮痛評価 1時間ごと,または必要に応じて頻回に

5) 運動神経ブロック評価 1時間ごと,または必要に応じて頻回に

6) 感覚神経ブロック評価 1時間ごと,または必要に応じて頻回に

7) 鎮静スコア 1時間ごと,または必要に応じて頻回に

★ 運動神経ブロック評価(Bromageスケール)

左右で評価する.

0=膝を伸ばしたまま,足を挙上できる.

1=膝は曲げられるが,伸ばしたまま足は挙上できない.

2=膝は曲げられないが,足首は曲げられる.

3=全く足が動かない.

★ 感覚神経ブロック評価(コールドテスト)

氷嚢を前額部にあて,「ここと比較して同じくらい冷たく感じたら教えてください」と尋ねる.

左右の鎖骨中線上で評価する.

同じくらい冷たいと感じた部位より1つ下のレベルがブロック範囲.

(例えば剣状突起の高さで前額部と同じくらい冷たい場合は,T7)

T4=乳頭の高さ

T6=剣状突起

T8=肋骨弓下端

T10=臍

T12=鼠径部

★ 鎮静スコア

0=意識清明

1=名前の呼びかけで開眼する

2=刺激により開眼する

3=刺激に反応しない

S=通常睡眠

#4.薬物指示

① 乳酸加リンゲル液:下記の時,250mL急速投与,10分以上かけて投与

*低血圧時(収縮期血圧90mmHg未満,基準収縮期血圧より20%低下)

*産婦人科診療ガイドライン産科編における胎児心拍異常時

② Dimenhydrinate 25―50mg静注・点滴:悪心嘔吐時,4時間ごと

静注:生理食塩水または5%ブドウ糖液で10mLに希釈,最大投与速度25mg/分

点滴:生理食塩水または5%ブドウ糖液50mLに混注,15分以上かけて投与

③ Nalbuphine 5mg点滴:掻痒時,4時間ごと

点滴:生理食塩水または5%ブドウ糖液50mLに混注,5―15分以上かけて投与

④ ナロキソン0.1mg静注:呼吸困難時等,1時間ごと4回、合計0.4mg

生理食塩水50mLに混注し,5―10分かけて投与してもよい.

#5.患者ケア

① 持続胎児心拍モニタリング

② ベッド上安静

③ 硬膜外または脊髄くも膜下カテーテル抜去

(分娩後,患者の状態が安定している際に)

④ 膀胱の状態観察,1時間ごと

3時間ごとを目安に導尿する

⑤ 末梢静脈路は最低でも30mL/時間で維持する

[参考資料3]

[母体安全への提言2015(平成28年8月)]

提言4

麻酔管理/救命処置を行った際は、患者のバイタルサイン/治療内容を記載する

・帝王切開の麻酔の際は、日本麻酔科学会「安全な麻酔のためのモニター指針」に準拠した患者モニターを行い、麻酔記録を残す

・救命処置が必要となった患者の治療や蘇生の際は、詳細な記録を残す

事例

30歳代、初産婦。妊娠41週、硬膜外◆無痛分娩◆下に誘発分娩を開始した。陣痛促進剤投与を開始して数時間後、胎児心拍数基線が乏しくなり緊急帝王切開を決定した。軽度の息苦しさを認め、酸素投与下(投与量不明)でのSpO295%、右下肺野に肺雑音を聴取した。血圧70/35mmHg(HR170/min)に血圧低下したが、サリンヘス点滴(投与量不明)により、90/45mmHg(HR165/min)に回復した。

手術室へ移動し、酸素10L/minを開始するもSpO275%、苦悶様表情であった。硬膜外カテーテルよりキシロカイン投与(投与量不明)、ケタラール静注(投与量不明)したところ、HRは50/minに低下し(血圧不明)、硫酸アトロピンを投与した(投与量不明)。

手術室入室10分後に帝王切開を開始したが母体は意識消失、手術開始2分後に児を娩出した(1分/5分後のアプガースコア2/6)。児娩出1分後、母体は心停止となった。直ちに気管挿管・心肺蘇生を開始し、救急搬送を要請した。高次病院で経皮的心肺補助法(PCPS)を開始したが、翌日に死亡確認となった。羊水塞栓症の血清検査ではSTN,IL―8の上昇およびC3,C4の低下を認め、羊水塞栓症(心肺虚脱型)と診断された。

評価

本事例の直接的な死亡原因は羊水塞栓症(心肺虚脱型)と考えられるが、術前管理・麻酔管理に関して不明な点が多い。

術前管理においては、病棟での血圧および心拍数の情報は残されていたが、手術室入室前の酸素投与量や輸液量の情報が不明で、それらが適切であったかどうか判断できない。

手術室入室後は麻酔チャートが記載されておらず、術直前のバイタルサインおよび麻酔管理に関する情報が不足していた。そのため、母体の意識消失・心停止の原因が羊水塞栓症のみなのか、あるいは麻酔管理が関与したのか、詳細な検討は出来なかった。手術室にて硬膜外カテーテルよりキシロカイン投与およびケタラールを静注した際のバイタルサイン(意識状態、呼吸状態、呼吸数、SpO2、心拍数、血圧)は、麻酔開始時の全身状態を知る上で重要な情報である。また、キシロカインの投与量や投与方法(分割投与か否か)、ケタラールの投与量等も、麻酔が全身状態に与える影響を考察するための必要な情報である。

手術室入室から継続して麻酔記録を記載し、投与した薬剤・輸液の名称と量、測定したバイタルサインを記録すべきである。同様に、救命処置が必要となった患者の治療や蘇生の際には、詳細な治療や蘇生の記録を残すべきである。

記録を残す意義は、麻酔中や救命処置中に薬剤・輸液が適切に投与され、患者が適切にモニターされていた証明となるだけでなく、有害事象が起こった場合の原因究明に役立つことにある。

提言の解説

帝王切開の麻酔では、麻酔や術中出血等の影響で全身状態が変化しやすい。帝王切開の麻酔中は、日本麻酔科学会による「安全な麻酔のためのモニター指針」(表7)1)に準拠した患者モニターを行い、麻酔記録を記載するべきである(図20に記載例)。

「安全な麻酔のためのモニター指針」によれば、チェックすべき項目は、酸素化・換気・循環・体温・筋弛緩・脳波である(表7)。脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔の場合、特に重要なのは酸素化・換気・循環である。すなわち、パルスオキシメータの連続測定により酸素化をモニターする。胸郭の動きやカプノメータ等により換気をモニターする。心電図の連続モニターおよび血圧測定により循環をモニターする。

「安全な麻酔のためのモニター指針」によれば、「血圧は原則として5分毎に測定し、必要ならば頻回に行う。観血式血圧測定は、必要に応じて行う。」とある。脊髄くも膜下麻酔開始直後や出血時は血圧が下がりやすいので、より頻回にバイタルサインを測定し、血圧の維持に努める。血圧測定の一例として、脊髄くも膜下麻酔に用いられる局所麻酔剤であるテトカインの薬剤添付文書には「薬液を注入してから1分後に血圧を測定する。それ以降14分間は、2分に1回血圧を測定する。必要があれば(例えば血圧が急速に下降傾向を示すような場合)連続的に血圧を測定する。」と記載されている(表8)2)

硬膜外◆無痛分娩◆の場合は、手術麻酔のようなモニターの基準は存在しない。しかし、硬膜外鎮痛の開始時(30分間程度)は5分間隔を目安に血圧を測定し(必要に応じて、より頻回に)、それ以降も定期的に血圧を測定すべきであろう(図21に記載例)。

麻酔中だけでなく救命処置が必要となった場合にも、バイタルサインや処置内容を記録しておくことは重要である。成人二次救命処置(ACLS;Advanced Cardiovascular Life Support)の講習では、蘇生チームのメンバーに「記録係」を置くことを推奨している。記録係は、単に記録するだけでなく、記録する情報を蘇生チーム全体に周知させる役割もある。ただし、緊急事態対応の際に記録のための人員確保が難しい場合には、まず救命を優先させるべきである。そのような場合でも、事後早期に可能な限り詳細な記録をまとめておくべきでる。

表7.安全な麻酔のためのモニター指針

[前文]

麻酔中の患者の安全を維持確保するために、日本麻酔科学会は下記の指針が採用されることを勧告する。この指針は全身麻酔、硬膜外麻酔及び脊髄くも膜下麻酔を行うとき適用される。

[麻酔中のモニター指針]

①現場に麻酔を担当する医師が居て、絶え間なく看視すること。

②酸素化のチェックについて皮膚、粘膜、血液の色などを看視すること。パルスオキシメータを装着すること。

③換気のチェックについて胸郭や呼吸バッグの動き及び呼吸音を監視すること。全身麻酔ではカプノメータを装着すること。換気量モニターを適宜使用することが望ましい。

④循環のチェックについて心音、動脈の触診、動脈波形または脈波の何れか一つを監視すること。

心電図モニターを用いること。

血圧測定を行うこと。原則として5分間隔で測定し、必要ならば頻回に測定すること。観血式血圧測定は必要に応じて行う。

⑤体温のチェックについて体温測定を行うこと。

⑥筋弛緩のチェックについて

筋弛緩モニターは必要に応じて行うこと。

⑦脳波モニターの装着について

脳波モニターは必要に応じて装着すること。

【注意】全身麻酔器使用時は日本麻酔科学会作成の始業点検指針に従って始業点検を実施すること。

2014年7月第3回改訂

日本麻酔科学会

図20.帝王切開術の麻酔記録(記載例)

表8.局所麻酔剤テトカイン((R))注用20mg「杏林」の添付文書情報(抜粋)

1.慎重投与

次の患者には慎重に投与すること

・ 妊産婦(妊娠末期は、麻酔範囲が拡がり、仰臥位低血圧を起こすことがある。)

2.重要な基本的注意

・ 一般に脊椎麻酔の際には血圧が下降しやすいので、次の測定基準により血圧管理を十分に行い、必要に応じて適切な処置を行うこと。

1) 薬液を注入してから1分後に血圧を測定する。

2) それ以降14分間は、2分に1回血圧を測定する。必要があれば(例えば血圧が急速に下降傾向を示すような場合)連続的に血圧を測定する。

3) 薬液注入後15分以上経過した後は、2.5~5分に1回血圧を測定する。必要があれば(例えば血圧が急速に下降傾向を示すような場合)連続的に血圧を測定する。

・ まれにショック様症状を起こすことがあるので、局所麻酔剤の使用に際しては、常時、直ちに救急処置のとれる準備が望ましい。

・ 本剤の投与に際し、その副作用を完全に防止する方法はないが、ショック様症状をできるだけ避けるために、次の諸点に留意すること。

1) バイタルサイン(血圧、心拍数、呼吸、意識レベル)及び麻酔高に注意し、患者の全身状態の観察を十分に行い、必要に応じて適切な処置を行うこと。

2) ショック様症状がみられた際に迅速な処置が行えるように、原則として事前の静脈路の確保を行うこと。

図21.硬膜外◆無痛分娩◆の麻酔記録(麻酔チャートを用いた例)

文献

1) 日本麻酔科学会:安全な麻酔のためのモニター指針(第3版)、2014年7月

http://www.anesth.or.jp/guide/pdf/monitor3.pdf

2) 杏林製薬株式会社:局所麻酔剤テトカイン((R))注用20mg「杏林」、2013年5月改訂(第8版)

◆無痛分娩◆の実態把握及び安全管理体制の構築についての研究」研究班構成員名簿

(○:公開検討会構成員、□:作業部会構成員)

【事務局】

研究代表者:海野信也 北里大学病院・院長・産婦人科学

研究分担者:石渡勇 石渡産婦人科病院・院長・産婦人科学

研究分担者:板倉敦夫 順天堂大学医学部・教授・産婦人科学

【研究協力者】

○□ 阿真京子 知ろう小児医療守ろう子ども達の会・代表理事 患者(妊産婦)の立場

○ 飯田宏樹 岐阜大学医学部・教授・麻酔科学 日本麻酔科学会より推薦

○ 石川紀子 静岡県立大学看護学部・准教授・助産学 日本看護協会より推薦

○ 後信 九州大学病院・教授・医療安全管理部長・医療安全学医療安全の立場

○ 前田津紀夫 前田産科婦人科医院・院長・産婦人科学 日本産婦人科医会より推薦

○ 温泉川梅代 日本医師会・常任理事 日本医師会より推薦

□ 天野完 吉田クリニック・産婦人科学 日本産科麻酔学会より推薦

□ 池田智明 三重大学医学部・教授・産婦人科学 日本産科婦人科学会より推薦

□ 奥富俊之 北里大学医学部・診療教授・麻酔科学 日本産科麻酔学会より推薦

□ 角倉弘行 順天堂大学医学部・教授・麻酔科学 日本麻酔科学会より推薦

□ 照井克生 埼玉医科大学・教授・麻酔科学 日本周産期・新生児医学会より推薦

□ 永松健 東京大学医学部・准教授・産婦人科学 日本産科婦人科学会より推薦

□ 橋井康二 ハシイ産婦人科・院長・産婦人科学 日本産婦人科医会より推薦

【別添2】

◆無痛分娩◆取扱施設のための、「◆無痛分娩◆の安全な提供体制の構築に関する提言」に基づく自主点検表

平成30年4月版

◆無痛分娩◆を取り扱う医療機関は、以下の自主点検表を用い、全ての項目を満たすよう、適切な対策をとること。

A 診療体制

最新の「産婦人科診療ガイドライン産科編」を踏まえた上で、個々の妊産婦の状況に応じた適切な対応をとること。

1 インフォームド・コンセント

インフォームド・コンセントを適切に実施している。

□ 合併症に関する説明を含む◆無痛分娩◆に関する説明書を整備している。

□ 妊産婦に対して、説明書を用いて◆無痛分娩◆に関する説明が行われ、妊産婦が署名した◆無痛分娩◆の同意書を保存している。

2 ◆無痛分娩◆に関する人員体制

(1) ◆無痛分娩◆麻酔管理者を配置している。

(要件)

□ ◆無痛分娩◆取扱施設の常勤医師である。

□ 麻酔科専門医資格、麻酔科標榜医資格又は産婦人科専門医資格を有している。

産婦人科専門医の場合には、安全な産科麻酔実施のための最新の知識を修得し、技術の向上を図るための講習会を2年に1回程度受講し、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開している。自らの麻酔科研修歴及び麻酔実施歴、◆無痛分娩◆診療歴についてウェブサイト等で情報を公開している。(※)

□ 産科麻酔に関連した病態への対応のための講習会を2年に1回程度受講し、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開している。(※)

□ 救急蘇生コースの受講歴があり、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開している。(※)

(2) 麻酔担当医を配置している。

(要件)

□ 麻酔科専門医資格、麻酔科標榜医資格又は産婦人科専門医資格を有している。

産婦人科専門医の場合には、原則として日本麻酔科学会麻酔専門医である指導医の指導下に麻酔科を研修した実績があり、自らの麻酔科研修歴及び麻酔実施歴、◆無痛分娩◆診療歴について経験症例数等の情報を公開し、安全で確実な硬膜外麻酔及び気管挿管実施の能力を有することを示している。さらに、安全な麻酔実施のための最新の知識を修得し、技術の向上をはかるための講習会を2年に1回程度受講し、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開している。(※)

□ 安全で確実な気管挿管の能力を有している。

□ 産科麻酔に関連した病態への対応のための講習会を2年に1回程度受講し、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開している。(※)

□ 救急蘇生コースの受講歴を有し、かつ、受講証明が有効期限内である。

また、その受講歴についてウェブサイト等で情報を公開している。(※)

(3) ◆無痛分娩◆研修修了助産師・看護師がいる場合には、活用している。

(要件)

□ 有効期限内のNCPR(新生児蘇生法普及事業)の資格を有し、新生児の蘇生ができる。

□ 救急蘇生コースの受講歴を有している。

□ 安全な麻酔実施のための最新の知識を修得し、ケアの向上を図るため、関係学会又は関係団体が主催する講習会を2年に1回程度受講している。(※)

3 ◆無痛分娩◆に関する安全管理対策

◆無痛分娩◆に関する安全管理対策を実施している。

□ 施設の方針(以下の項目を含む)を策定している。

◆無痛分娩◆に関する基本的な考え方

②インフォームド・コンセントの実施に関すること

◆無痛分娩◆に関する安全な人員の体制に関すること

④インシデント・アクシデント発生時の具体的な対応

□ ◆無痛分娩◆マニュアルを作成し、担当職員への周知徹底を図っている。

□ ◆無痛分娩◆看護マニュアルを作成し、担当職員への周知徹底を図っている。

□ 施設内で勤務者が参加する危機対応シミュレーションを少なくとも年1回程度実施し、実施歴についてウェブサイト等において情報を公開している。(※)

※ 講習会の具体的な内容と各施設のウェブサイト等における情報公開の方法については、「◆無痛分娩◆に関するワーキンググループ(仮称)」においてその詳細が検討されるため、現時点では、各施設において可能な取組を実施することで差し控えない。

4 ◆無痛分娩◆に関する設備及び医療機器の配備

(1) 蘇生設備及び医療機器を配備し、すぐに使用できる状態で管理している。

□ 蘇生設備:酸素ボンベ、酸素流量計、バッグバルブマスク、マスク、酸素マスク、喉頭鏡、気管チューブ、スタイレット、経口エアウエイ、吸引装置、吸引カテーテル等

□ 医療機器:麻酔器(設置場所は手術室でもよい。)、除細動器又はAED(自動体外式除細動器)等

(2) 救急用の医薬品をカートに整理してベッドサイドに配備し、すぐに使用できる状態で管理している。

□ アドレナリン、硫酸アトロピン、エフェドリン、フェニレフリン、静注用キシロカイン、ジアゼパム、チオペンタール又はプロポフォール、スキサメトニウム又はロクロニウム、スガマデックス、硫酸マグネシウム、精製大豆油(静注用脂肪乳剤)、乳酸加(酢酸加、重炭酸加)リンゲル液、生理食塩水等

(3) 母体用の生体モニターを配備し、すぐに使用できる状態で管理している。

□ 心電図、非観血的自動血圧計、パルスオキシメータ等