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○性感染症に関する特定感染症予防指針
(平成十二年二月二日)
(厚生省告示第十五号)
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号)第十一条第一項の規定に基づき、性感染症に関する特定感染症予防指針を次のように作成したので、同項の規定に基づき、公表する。
性感染症に関する特定感染症予防指針
性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖圭コンジローマ、梅毒及び淋菌感染症(以下「性感染症」という。)は、性器、口腔等による性的な接触(以下「性的接触」という。)を介して感染するとの特質を共通に有し性的接触により誰もが感染する可能性がある感染症であり、生殖年齢にある男女を中心とした大きな健康問題である。性感染症は、感染しても無症状であることが多く、また、尿道掻痒感、帯下の増量、皮膚粘膜症状、咽頭の違和感等の比較的軽い症状にとどまる場合もあるため、感染した者が、治療を怠りやすいという特性を有する。このため、不妊等の後遺障害や生殖器がんが発生し、又はヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus。以下「HIV」という。)に感染しやすくなる等性感染症の疾患ごとに発生する様々な重篤な合併症をもたらすことが問題点として指摘されている。特に、生殖年齢にある女性が性感染症に感染した場合には、母子感染による次世代への影響があり得ることが問題点となっている。
また、性感染症は、患者等(患者及び無症状病原体保有者をいう。以下同じ。)が、自覚症状がある場合でも医療機関に受診しないことがあるため、感染の実態を把握することが困難であり、感染の実態を過小評価してしまうおそれがあること、また、性的接触を介して感染するため、個人情報の保護への配慮が特に必要であること等の特徴を有することから、公衆衛生対策上、特別な配慮が必要な疾患である。
さらに、性感染症を取り巻く近年の状況としては、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号。以下「法」という。)第十四条の規定に基づく発生動向の調査により把握される報告数は全体的には概ね横ばいの傾向が見られるものの、全数把握疾患である梅毒については、平成二十三年以降、全体の報告数のうち多数を占める男性の報告数の増加とともに、女性の報告数と報告数全体に占める女性の報告数の割合の増加も指摘されている。性感染症については、引き続き十代の半ばごろから二十代にかけての年齢層(以下「若年層」という。)における発生の割合が高いことや、咽頭感染等が指摘されていることから、これらを踏まえた上で、性感染症対策を進めていくことが重要である。
性感染症は、早期発見及び早期治療により治癒、重症化の防止又は感染の拡大防止が可能な疾患であり、性感染症の予防には、正しい知識とそれに基づく注意深い行動が重要である。このため、性感染症に対する予防対策としては、感染する又は感染を広げる可能性がある者への普及啓発及び性感染症の予防を支援する環境づくりが重要である。特に、若年層を対象とした予防対策を重点的に推進していく必要があるため、学校等と連携していく必要がある。また、HIV感染症(HIVに感染している状態であって後天性免疫不全症候群(以下「エイズ」という。)を発症していないものをいう。以下同じ。)・エイズと性感染症は、感染経路、発生の予防方法、まん延の防止対策等において関連が深いため、正しい知識の普及等の対策について、本指針に基づく対策と後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針(平成三十年厚生労働省告示第九号)に基づく対策との連携を図ることが必要である。
本指針は、このような認識の下に、法の施行に伴う性病予防法(昭和二十三年法律第百六十七号)の廃止後も、総合的に予防のための施策を推進する必要がある性感染症について、国、地方公共団体、医療関係者、教育関係者、当事者支援団体を含む非営利組織及び非政府組織(以下「NGO等」という。)等が連携して取り組んでいくべき課題について、発生の予防及びまん延の防止、良質かつ適切な医療の提供、正しい知識の普及等の観点から新たな取組の方向性を示すことを目的とする。
また、本指針の対象である性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖圭コンジローマ、梅毒及び淋菌感染症のほかにも、性的接触を介して感染することがある感染症は、HIV感染症・エイズ、B型肝炎を含め多数あることに留意する必要があり、本指針に基づく予防対策は、これらの感染症の抑制にも資するものと期待される。
なお、本指針については、性感染症の発生動向、性感染症の検査、治療等に関する科学的知見、本指針の進捗状況の評価等を勘案して、少なくとも五年ごとに再検討を加え、必要があると認めるときは、これを変更していくものである。
第一 原因の究明
一 基本的考え方
性感染症の発生動向の調査における課題は、病原体に感染していても無症状であることが多く、また、自覚症状があっても医療機関に受診しないこと等があるため、その感染の実態を正確に把握することが困難なことである。そのため、性感染症の疫学的特徴を踏まえた対策を推進すること等を目的として、その発生動向を慎重に把握していく必要があることから、法に基づく発生動向の調査を基本としながら、患者調査等の他の調査等を活用するとともに、無症状病原体保有者の存在を考慮し、必要な調査等を追加的に実施し、発生動向を総合的に分析していくことが重要である。
また、国及び都道府県等(都道府県、保健所を設置する市及び特別区をいう。以下同じ。)は、個人情報の保護に配慮しつつ、収集された発生動向に関する情報と分析結果について、必要とする者に対し、広く公開及び提供を行っていくことが重要である。
二 発生動向の調査の活用
法に基づく発生動向の調査については、引き続き、届出の徹底等その改善及び充実を図り、調査の結果を基本的な情報として活用していくものとする。特に、法第十四条の規定に基づき、指定届出機関からの届出によって発生の状況を把握することとされている性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖圭コンジローマ及び淋菌感染症については、国は、これら四つの感染症の発生動向を的確に反映できるよう、発生動向調査の結果を踏まえた指定届出機関の指定の基準(定点選定法)をより具体的に示すとともに当該機関について定期的に調査して、発生動向調査の改善を図るものとする。都道府県は、性別、年齢階級別など、対策に必要な性感染症の発生動向を把握できるように、かつ、関係機関、関係学会、関係団体等と連携し、地域における対策に活用するため、地域によって偏りがないように留意して、指定届出機関を指定するものとする。
三 発生動向の調査等の結果の公開及び提供の強化
国及び都道府県等は、収集された調査の結果やその分析に関する情報を経年的な変化が分かるような図表に編集する等国民が理解しやすいよう加工した上で、印刷物、インターネット等の多様な媒体を通じて、これを必要とする者に対して、広く公開及び提供を行っていくことが重要である。
第二 発生の予防及びまん延の防止
一 基本的考え方
国及び都道府県等は、性感染症のり患率を減少傾向へ導くための施策の目標を設定し、正しい知識の普及啓発及び性感染症の予防を支援する環境づくりを中心とした予防対策を行うことが重要である。特に、性感染症の予防方法としてのコンドームの使用、予防接種並びに検査や医療の積極的な受診による早期発見及び早期治療が性感染症の発生の予防及びまん延の防止に有効であるといった情報、性感染症の発生動向に関する情報等を提供していくとともに、検査や医療を受けやすい環境づくりを進めていくことが重要である。
また、普及啓発は、一人ひとりが自分の身体を守るために必要とする情報を分かりやすい内容と効果的な媒体により提供することを通じ、各個人の行動を性感染症に感染する危険性の低いもの又は無いものに変えるものであることが重要である。
さらに、一般的な普及啓発の実施に加え、若年層を中心とした普及啓発を実施するとともに、実施に当たっては、対象者の実情に応じて、普及啓発の内容や方法に配慮することが重要である。このため、国及び都道府県等は相談や指導の充実を図り、よりきめ細かい普及啓発を実現していくことが必要である。
このような取組を通じて、国が、都道府県等と協力して、性感染症予防の普及啓発に関して社会の理解を後押ししていくことが重要である。
二 普及啓発及び教育
予防対策を講ずるに当たっては、年齢や性別等の対象者の実情に応じた配慮を行っていくことが重要である。
例えば、若年層に対しては、性感染症から自分の身体を守るための情報について、適切な人材の協力を得つつ、正確な情報提供を適切な媒体を用いて行い、広く理解を得ることが重要である。その際、学校における教育においては、学習指導要領に則り、児童生徒の発達段階及び保護者や地域の理解を踏まえることが重要である。また、教育を行う者は性感染症に関する教育の重要性を認識するために、性感染症から自分の身体を守るための情報を正しく理解する必要がある。そのために、保健所等は、教育関係機関及び保護者等と十分に連携し、学校における教育と連動した普及啓発を行うことが重要であり、国は、このような普及啓発に利用可能な資材の開発等を支援していく必要がある。
また、女性の場合には、解剖学的に感染の危険性が高く、感染しても無症状の場合が多い一方で、感染すると慢性的な骨盤内炎症性疾患の原因となりやすく、次世代への影響があること等の特性がある。そのため、女性に対する普及啓発は、それぞれの対象者の意向を踏まえるとともに、対象者の実情や年齢に応じた特別な配慮が必要である。性感染症及びその妊娠や母子への影響を性と生殖に関する健康問題として捉える配慮が重要であるほか、性的虐待や性犯罪等の被害者に対する支援や緊急避妊のための診療等の場においては、性感染症予防を含めた総合的支援が求められる。また、尖圭コンジローマについては、子宮頸がんとともに、ワクチンによっても予防が有効であることから、ワクチンの効果等についての情報提供を行うことが重要である。
一方、性感染症として最もり患の可能性の高い性器クラミジア感染症は、男性においても症状が軽微であることが多いため、感染の防止のための注意を怠りやすいという特性を有するので、そのまん延の防止に向け、より一層の啓発が必要である。
コンドームは、性器や口腔粘膜を直接接触させないことで性感染症の感染を予防する効果があるが、コンドームだけでは防ぐことができない性感染症がある等の情報について、国及び都道府県等は民間企業とも連携しながら普及啓発に努めるべきである。
なお、産婦人科、泌尿器科等の医療機関において、性感染症に係る受診の機会を捉え、コンドームの特性と使用による性感染症の予防についての啓発がなされるよう働きかけていく必要がある。
三 検査の推奨と検査機会の提供
都道府県等は、保健所や医療機関などの検査に係る情報の提供を行い、性感染症に感染している可能性のある者に対し、検査の受診を推奨することが重要である。その際には、検査の趣旨及び内容を十分に理解させた上で受診させ、必要に応じて治療に結び付けることができる体制を整えることが重要である。保健所が自ら検査を実施する場合に検査の対象とする性感染症とその検査項目を選定するときは、無症状病原体保有者からの感染の危険性、検査の簡便さ等を考慮し、性器クラミジア感染症及び淋菌感染症にあっては病原体検査(尿を検体とするものを含む。)を、梅毒及び性器ヘルペスウイルス感染症にあっては抗体検査を基本として、検査を実施するものとする。
そのため、都道府県等は、保健所における性感染症の検査の機会確保に努めるとともに、住民が受診しやすい体制を整えることが重要である。また、性感染症に関する普及啓発のために、各種行事の活用、検体の送付による検査など、個人情報の保護に留意しつつ、様々な検査の機会を活用していくことも重要である。なお、検査の結果、受診者の感染が判明した場合は、当該受診者に、当該性感染症のまん延の防止に必要な事項について十分説明し、支援するとともに、当該受診者を通じる等の方法により当該受診者の性的接触の相手方にも必要な情報提供等の支援を行うことで、検査を受診できるようにし、必要な場合には、医療に結び付け、感染拡大の防止を図ることも重要である。
また、国及び都道府県等は、検査を受けることが、個人個人においてどのような状況下(タイミング)で必要なのかという点に関しても、若年層を含め広く国民が十分に理解できるように、様々な機会を通じて啓発していくことが求められる。
さらに、国及び都道府県等は、性感染症の検査の実施に関して、学会等が作成した検査の手引き等を普及していくこととする。
四 相談指導の充実
保健医療に関する既存の相談の機会を活用するとともに、希望者に対する検査時の相談指導、妊婦等に対する保健医療相談や指導等を行うことが、対象者の実情に応じた対策の観点からも有効である。そのため、都道府県等は、性感染症に係る検査の前後において、当該性感染症に関する相談及び情報収集を円滑に推進するとともに、そのまん延の防止を図るため、医師及び保健師等を対象に相談及び指導に携わる人材の養成及び確保に努めるものとする。また、これらに当たっては、医療機関、関係団体及び教育機関との連携並びにHIV感染症・エイズ対策との連携を図ることが重要である。
第三 医療の提供
一 基本的考え方
性感染症は、疾患や病態に応じて適切に処方された治療薬を投与する等の医療が必要な疾患であり、確実な治療が二次感染やまん延を防ぐ最も有効な方法である。医療の提供に当たっては、診断や治療の指針、分かりやすい説明資料等の活用に加えて、個人情報の保護等の包括的な配慮が必要である。また、若年層が受診しやすい環境作りへの配慮も必要である。
二 医療の質の向上
国及び都道府県等は、医師会等の関係団体との連携を図りながら、診断や治療に関する最新の方法に関する情報を迅速に提供し、普及させるよう努めることが重要である。
特に、学会等の関係団体は、標準的な診断や治療の指針等について積極的に情報提供し、医療従事者に対する普及啓発を図ることが重要である。
また、国及び都道府県等は、学会等との連携により、様々な診療科を横断して性感染症の専門家養成のための教育及び研修機会の確保を図ることが重要である。
三 医療アクセスの向上
国及び都道府県等は、特に若年層等が性感染症に関して受診しやすい医療体制の整備等の環境作りとともに、保健所等における検査から、受診及び治療に結び付けられる体制作りを推進することが重要である。また、検査や治療について分かりやすい資料等を作成し、NGO等の協力により普及啓発を行うことが重要であり、国及び都道府県等は、その普及啓発を支援していくことが重要である。
第四 研究開発の推進
一 基本的考え方
性感染症の拡大を抑制するとともに、より良質かつ適切な医療を提供するためには、性感染症に関する研究開発の推進が必要である。具体的には、病態の解明に基づく検査や治療に関する研究、発生動向に関する疫学研究、行動様式に関する社会面と医学面における研究等を対策に活用できるよう総合的に推進することが重要である。
二 検査や治療等に関する研究開発の推進
性感染症の検査や治療において期待される研究としては、迅速かつ正確に結果が判明する検査薬や検査方法等の検査機会の拡大のための実用的な検査薬や検査方法の開発、効果的で簡便な治療方法の開発、薬剤耐性を持つ病原体による性感染症に対する治療方法等の開発及び新たな治療薬の開発やその投与方法に関する研究等が考えられる。また、海外で使用されている治療薬が国内においても使用できるようにし、海外との格差を是正していくことが重要である。さらに、ワクチン開発の研究、予防方法の新たな可能性を視野に入れた研究開発等を推進することも重要である。
三 発生動向等に関する疫学研究の推進
国は、発生動向の多面的な把握に役立てるため、性感染症に関する各種疫学研究について、疫学者や都道府県等の協力を得る等により強化し、今後の予防対策に役立てていくことが重要である。
四 社会面と医学面における性の行動様式等に関する研究
国は、性感染症を早期に発見し、治療に結び付けるための試行的研究、性感染症予防策のまん延防止効果に関する研究、感染リスクや感染の防止に関する意識・行動等を含む社会面と医学面における性の行動様式等に関する研究をHIV感染症・エイズ対策の研究と連携して進めることが重要である。
五 研究評価等の充実
国は、研究の計画を厳正に評価し、重点的に研究を支援するとともに、研究の成果についても的確に評価した上で、評価の高い研究成果に基づく施策を重点的に進めていくことが必要である。また、研究の結果については、広く一般に提供していくことが重要である。
第五 国際的な連携
一 基本的考え方
HIV感染症・エイズの主要な感染経路が性的接触であることのみならず、性感染症にり患している者がHIVに感染しやすいということに鑑み、予防対策上の観点から性感染症とHIV感染症・エイズとを併せて取り扱うことが国際的には多いことから、国際的な連携に当たっては、この点を念頭に進めることが重要である。
二 諸外国との情報交換の推進
国は、政府間、研究者間等における性感染症に関する予防方法や治療方法の開発、疫学研究や社会面と医学面における研究の成果等についての国際的な情報交換を推進し、我が国の対策に活かしていくことが重要である。また、性感染症に関連するHIV感染症・エイズの研究についても、情報交換に努めていくことが望ましい。
三 国際的な感染拡大抑制への貢献
国は、世界保健機関、国連合同エイズ計画(UNAIDS)、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)等の活動への協力を強化することが重要である。
第六 施策の評価及び関係機関との連携
一 基本的考え方
性感染症対策は、普及啓発から研究開発まで、様々な関係機関との連携を必要とするものであり、具体的には、厚生労働省、内閣府、文部科学省等における普及啓発の連携、研究成果の情報交換、官民連携による施策の推進等を図るほか、国及び都道府県等と医師会等の関係団体並びに性感染症及びHIV感染症・エイズ対策等に関係するNGO等との連携等幅広い連携を図ることが重要である。また、保健所による普及啓発の拠点としての情報発信機能の強化を図るとともに、学校教育と社会教育との連携強化による普及啓発活動の充実を図ることが重要である。
二 本指針の進捗状況の評価及び展開
本指針を有効に機能させるためには、性感染症の動向を分析し、本指針に掲げた取組の進捗状況について、定期的に把握し、専門家等の意見を聴きながら評価を行うとともに、必要に応じて、取組の見直しを行うことが重要である。
改正文(平成一二年一二月二八日厚生省告示第六二五号) 抄
平成十三年一月六日から適用する。