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○「医薬品開発等におけるマスタープロトコル試験の活用に関する留意事項」について

(令和6年6月20日)

(事務連絡)

(別記団体等あて厚生労働省医薬局医薬品審査管理課通知)

今般、国立研究開発法人日本医療研究開発機構における医薬品等規制調和・評価研究事業「国内マスタープロトコル試験の実施に関する規制的、統計的、実務的課題の検討とその適正利用のためのガイドライン作成」(研究代表者:東京医科歯科大学 大学院 臨床統計学分野 平川晃弘 教授)において、「医薬品開発等におけるマスタープロトコル試験の活用に関する留意事項」が別添のとおり取りまとめられました。

つきましては、御了知の上、関係者に対し周知方よろしくご配慮願います。

(別記)

日本製薬団体連合会

日本製薬工業協会

米国研究製薬工業協会在日執行委員会

一般社団法人 欧州製薬団体連合会

独立行政法人医薬品医療機器総合機構

一般社団法人 日本計量生物学会

一般社団法人 日本計算機統計学会

一般社団法人 日本臨床試験学会

一般社団法人 日本製薬医学会

公益社団法人 日本臨床腫瘍学会

一般社団法人 日本癌治療学会

一般社団法人 日本感染症学会

公益社団法人 日本化学療法学会

一般社団法人 日本小児感染症学会

医薬品開発等におけるマスタープロトコル試験の活用に関する留意事項

1.背景

標準的な医薬品等の開発では一つの臨床試験で一つの疾患に対する一つの薬剤の有効性及び安全性を評価する。しかしながら、近年の臨床試験を取り巻く環境の変化等から、このような方法で臨床開発を行うことが困難な場合も増えてきている。特に、試験参加者の集積が困難な希少疾患、希少フラクション等に対する医薬品開発や、新興・再興感染症のパンデミック下での治療薬、予防薬の開発の効率化は喫緊の課題である。

マスタープロトコルは、複数の薬剤や複数の疾患に関する複数の目的について同一試験内で評価する場合に作成される包括的プロトコルである。この包括的プロトコルには、その傘下に入り、並行して実施される複数のサブ試験1の実施計画が含まれる。(1マスタープロトコル試験の傘下にある試験をコホートと呼ぶ場合もあるが、本文書ではサブ試験と呼ぶこととする。)マスタープロトコルを用いた臨床試験(以下「マスタープロトコル試験」という。)では複数のサブ試験により複数の薬剤及び/又は疾患を同時又は逐次的に評価することができる。マスタープロトコル試験は、各サブ試験の目的やデザイン等に応じて、バスケット試験、アンブレラ試験、プラットフォーム試験に分類される。マスタープロトコル試験は共通の包括的プロトコルやインフラストラクチャの下で、複数のサブ試験を並行して実施できるため、臨床開発の効率性を高めることができる。しかしながら、マスタープロトコル試験の計画及び実施は標準的な臨床試験よりも複雑であることから、薬剤の有効性及び安全性を適切に評価できるよう慎重に検討しなければならない。また、試験参加者及びその家族との適切なコミュニケーションをとおして、マスタープロトコル試験に参加することのリスクとメリットを明確に伝え、試験参加者及びその家族の理解を深める必要もある。

マスタープロトコル試験の活用はがん領域を中心に広がりを見せてきた。例えば、特定の遺伝子異常を有する複数のがん種に対して、分子標的薬等の薬剤効果をがん種別及びがん種横断的に評価するバスケット試験が増加している。また、新型コロナウイルス感染症パンデミック下においては、プラットフォーム試験を実施して迅速な治療薬開発が進められた。候補となる薬剤が複数ある状況において、各薬剤に対してランダム化比較試験を個別に計画、実施する場合と比較して、マスタープロトコルを用いたプラットフォーム試験は共通の対照群を設定し、各薬剤の有効性及び安全性を効率的に評価できる。がんや感染症領域以外でもマスタープロトコル試験は増加しており、試験参加者の集積が課題となる希少疾患や難治疾患等に対する医薬品等の開発や同一の疾患に対して候補となる薬剤が複数ある開発等においては特に有力なアプローチになると期待されている。

他方で、マスタープロトコル試験に特有の課題も指摘されている。従来の臨床試験では生じない新たな課題も多いことから、治験依頼者は、試験で生じ得る課題を理解し、適切な方法で対処しなければならない。本文書では、マスタープロトコル試験の活用に係る基本的考え方及び留意事項をまとめる。また、マスタープロトコル試験については、「「臨床試験の一般指針」の改正について」(令和4年12月23日薬生薬審発1223第5号厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長通知)により示されたICHE8(R1)臨床試験の一般指針、「「抗悪性腫瘍薬の臨床評価方法に関するガイドライン」について」(令和3年3月31日薬生薬審発0331第1号厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長通知)でも言及されており、適宜参照されたい。本文書を活用することで、本邦の医薬品等の開発が促進されることを期待する。

2.適用範囲

本文書は、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(昭和35年法律第145号)第2条で定義される治験としてマスタープロトコル試験(バスケット試験、アンブレラ試験、プラットフォーム試験)を計画、実施、解析及び評価する際の基本的考え方及び留意事項を現時点の科学的知見に基づいてまとめたものである。

3.規制当局とのコミュニケーション

マスタープロトコル試験は比較的新しい手法であり、現時点では適用事例も限られる。また、利用し得るデザインは対象疾患や薬剤の特徴を踏まえて個々に検討する必要がある。したがって、承認申請等を予定している薬剤の有効性の検証にマスタープロトコル試験又はその一部(サブ試験)の成績を利用する場合には、当該試験計画について事前に医薬品医療機器総合機構(以下「PMDA」という。)に相談することが推奨される。マスタープロトコル試験を利用する目的は、主として、臨床試験の実施体制の合理化、データ収集・管理の共通化とそれによるデータ品質の向上、効率的な試験デザインの導入にあると考えられるが、PMDAにおける対面助言では基本的には個別の薬剤の開発に関する議論を行うため、薬剤や疾患を特定しないマスタープロトコル全体に係る事項の妥当性を議論することは困難である。ただし、個別の薬剤における開発計画の議論の中でマスタープロトコル自体の妥当性の議論が必要となる場合には、個別の薬剤の開発に関連する対面助言資料に加え、マスタープロトコル、サブ試験のプロトコル、統計解析計画書、海外規制当局との相談資料、関連文献等をPMDAとの議論に際しては提出することが望ましい。

4.マスタープロトコル試験

(1) マスタープロトコルの定義と目的

マスタープロトコルは、複数の薬剤や複数の疾患に関する複数の目的について同一試験内で評価する場合に作成される包括的プロトコルである。マスタープロトコルを作成することで、その傘下で複数のサブ試験を共通の臨床試験実施体制とインフラストラクチャを用いて実施することが可能となる。マスタープロトコルは、試験の目的に照らし合わせサブ試験を効率的に計画、実施できるように作成すべきである。

(2) プロトコル(試験実施計画書)作成の留意点

マスタープロトコル及びサブ試験のプロトコルの作成においては、サブ試験を効率的に実施できるよう記載する事項や範囲を検討する。例えば、マスタープロトコルにはサブ試験間で共通化できる事項を記載し、薬剤ごとに定めるべき事項については別途サブ試験のプロトコルを作成して記載することで、試験の計画と実施に係る実務を効率化できる可能性がある。マスタープロトコル試験では、マスタープロトコルやサブ試験のプロトコル等、複数の臨床試験の関連文書が作成される。マスタープロトコルによって、サブ試験間でどの程度の部分が共通するかも様々である。治験関係者の混乱や管理の煩雑さを避けるため、文書間の関係性が理解しやすいように関連文書を作成する必要がある。例えば、各サブ試験のプロトコルをマスタープロトコルの付録として作成し、サブ試験間で試験実施に係る事項の記載をできるだけ統一しておくことで、新たなサブ試験を開始する際の文書の作成や治験関係者の理解が容易になることが期待できる。各サブ試験のプロトコルに記載すべき各サブ試験固有の事項が少ない場合には、その識別性を担保した上で、各サブ試験のプロトコルは作成せずマスタープロトコル内にそれらを記載することも考えられる。また、逐次的なサブ試験の追加を許容するマスタープロトコル試験の場合には試験中に追加のサブ試験を速やかに開始できるよう、マスタープロトコルにサブ試験を計画する際に検討すべき事項や、試験デザイン、評価項目、有効性及び安全性の評価方法、統計解析計画、モニタリング体制等に関する考え方や選択肢等を予め記載しておく方法もある。

(3) 共通のインフラストラクチャの構築

マスタープロトコルに基づいてサブ試験に登録する試験参加者を選定するスクリーニング評価を実施する場合、共通のスクリーニングプラットフォーム(例えば、患者登録のための検査の種類・方法)を構築することが望ましい。これにより、すべての試験参加候補者に対してサブ試験(逐次的に追加されるサブ試験を含む)に参加するための適格性を一定の品質で効率的に確認できる。その結果、通常は試験ごとに行われるスクリーニング評価や適格性確認の重複が解消され、試験参加者登録の効率の向上が期待できる。ただし、複数のサブ試験への試験参加者登録が同時に進行し、同一試験参加者が複数のサブ試験の適格基準を満たすことが想定される場合には、サブ試験の割り当て方法を予めマスタープロトコルに規定しておく必要がある。また、スクリーニング評価の結果、いずれのサブ試験の適格基準も満たさなかった試験参加者であっても、例えばマスタープロトコル試験内に構築した経過観察群に登録し追跡を継続することで自然歴データを収集することもできる。このようなレジストリデータを承認申請等に活用する場合の基本的考え方については、「「承認申請等におけるレジストリの活用に関する基本的考え方」について」(令和3年3月23日薬生薬審発0323第1号、薬生機審発0323第1号厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長、医療機器審査管理課長連名通知)等を参照されたい。

サブ試験共通のデータマネジメントシステムを用意することで、円滑なデータ収集・共有やデータ品質の向上が可能となる。マスタープロトコル試験では、中間解析が頻回に実施される場合もあり、試験中に得られるデータを適時適切に管理できるデータマネジメント体制が求められる。

マスタープロトコル試験を実施する場合、試験に参加する医療機関ごとに治験審査委員会を実施すると、指摘事項への対応作業に多くの時間を要することになるため、各医療機関での審査を一括して行う中央治験審査委員会を設置することも一案と考える。また、通常、試験運営委員会や独立データモニタリング委員会等の試験運営に係る委員会は試験ごとに設置されるが、マスタープロトコル試験では、サブ試験共通の委員会を設置することで、継続・中止の判断や計画変更等について共通の考え方に従って意思決定を行うこともできる。

他にも、モニタリングや有効性及び安全性評価に関する手順等、マスタープロトコル試験の内容に応じて共通のインフラストラクチャを構築することができる。治験と特定臨床研究等の治験以外のサブ試験が混在するマスタープロトコル試験においても共通のインフラストラクチャを構築することが望ましい。なお、このようなマスタープロトコル試験の場合は、サブ試験の形式ごとに要求される規制要件を設定・遵守し、試験の質を担保する必要がある。

(4) サブ試験の位置付け

一般に、医薬品等の開発において実施される臨床試験は、その目的に応じて探索的試験又は検証的試験に分類される。探索的試験及び検証的試験については、「「臨床試験のための統計的原則」について」(平成10年11月30日医薬審第1047号厚生省医薬安全局審査管理課長通知)により示されている「臨床試験のための統計的原則ICHE9」で説明されており、試験の位置づけにより留意事項の適用の厳密さが異なる。マスタープロトコル試験の場合は、探索的なサブ試験と検証的なサブ試験に分類されることになるが、その性質は通常の探索的試験と検証的試験のそれらと変わらない。なお、本文書に示す内容は、サブ試験の位置付けにかかわらずマスタープロトコル試験の妥当性と完全性を高める観点で整理されたものであり、いずれの位置付けのサブ試験にも共通するものである。

5.マスタープロトコル試験の分類

(1) バスケット試験

バスケット試験は、複数の疾患等に対して単一の薬剤の有効性及び安全性を評価する試験である。医薬品開発におけるバスケット試験は、一般に開発早期のPOC(proof‐ofconcept)の評価を目的とした探索的試験として実施されるものの、開発計画によっては検証的試験として実施される場合もある。試験中に特定の疾患において高い臨床的有用性を示唆する結果が得られた場合は、当該集団への登録を拡大し、更なるデータを収集する計画に変更する場合もある。

統計的仮説を設定するバスケット試験において、主要評価項目の統計的仮説は、試験の目的、疾患横断的な薬剤効果の確度、試験参加者集積の実現可能性等を考慮して決定すべきであり、設定した統計的仮説の妥当性については事前に規制当局に相談することが推奨される。疾患ごとに統計的仮説を設定する場合、すべての疾患又は一部の疾患を統合して単一の統計的仮説を設定する場合、あるいはその両方を設定する場合がある。すべての疾患又は一部の疾患を統合する場合、対象とする複数の疾患等に対して均一に薬剤効果が認められるという仮定の正しさが一定の確度で予測できることが重要であり、統計解析においても薬剤効果の均一性を評価することが重要である。薬剤効果の均一性を仮定できない場合は疾患ごとに統計的仮説を設定することになる。また、安全性評価においても、疾患ごとの評価だけではなく、すべての疾患又は一部の疾患を統合した評価が有用な場合もある。

(2) アンブレラ試験

アンブレラ試験は、単一の疾患に対して複数の薬剤の有効性及び安全性を評価する試験である。サブ試験は、単群試験として実施されることもあれば、ランダム化比較試験として実施されることもある。サブ試験として個別に実施される単群試験やランダム化比較試験に関する留意点については、通常の臨床試験の場合と同じである。

(3) プラットフォーム試験

プラットフォーム試験は、単一又は複数の疾患を対象とし、試験中に薬剤の追加や除外を許容し、複数の薬剤を長期的に評価することが可能な試験デザインである。バスケット試験やアンブレラ試験も、試験中の薬剤の追加や除外を許容すれば、プラットフォーム試験となる。プラットフォーム試験の実施形態は様々であるものの、ここでは単一の疾患に対して、共通の対照群を設定し、複数の薬剤を同時に評価するプラットフォーム試験に焦点を当てる。この種のプラットフォーム試験では、試験中に中間解析を繰り返し実施し、各薬剤の有効性及び無益性を評価し、その結果に基づいて特定の薬剤群への登録を中止する場合がある。なお、このような場合は、試験参加者及びその家族に対して十分な説明を行うと共に、試験の中断による不利益を最小限に抑える努力が必要である。また、複数の薬剤と共通の対照群の有効性及び安全性を比較することが主たる目的となるが、各比較は探索的な目的で行われる場合も、検証的な目的で行われる場合もある。プラットフォーム試験は大規模かつ長期間の試験になる可能性が高いため、試験の管理・運用に関する負担が大きくなることから、長期的に試験を実施していくための試験実施体制及びインフラストラクチャの構築が課題となる。

(i) 対照群の共有

複数の薬剤群が一つの対照群を共有することで、各薬剤群と対照群の比較に関する検出力を十分に確保しつつ、試験全体の必要参加者数を抑えることが可能である。ただし、対照群との比較の際に、そのすべてのデータを利用することについては慎重に検討しなければならない。特定の薬剤の有効性を評価する際、当該薬剤がプラットフォーム試験に加わる前又は当該薬剤群への試験参加者登録が完了した後に対照群に登録された試験参加者のデータは、非同時対照データ(nonconcurrent control data)であり、比較可能性が担保されていないことから、外部対照と比較する場合と同様の問題が生じる。例えば、時間経過に伴い試験実施環境や標準治療等に変化が生じていれば、非同時対照データを含めた解析結果にはバイアスが含まれ、薬剤効果の評価に関する第一種の過誤確率の増大や検出力の低下が懸念される。非同時対照データの利用については、試験の目的、疾患領域、対照群のデータが収集可能な時期等を考慮して決定する必要がある。一般に、検証的試験の主要評価項目の主要解析には、当該薬剤群と同時期に登録された同時対照データ(concurrent control data)を用いることが推奨される。

(ii) 中間解析

プラットフォーム試験では、登録中の薬剤群への割付けの継続又は中止を判断する、又は新たな薬剤群を追加することを目的に、中間解析を繰り返し実施することがある。中間解析に関する留意事項は、当初予定していなかった中間解析が必要となる場合を含め、「臨床試験のための統計的原則ICHE9」を参照されたい。中間解析の結果に基づいて、必要参加者数を再計算する等のアダプティブデザインを組込む場合もある。このようなデザイン変更(アダプテーション)を組み込んだプラットフォーム試験は、試験の実施が複雑化するだけでなく、試験の完全性の維持に対する疑義及び第一種の過誤確率の増大等が生じる可能性があり、結果として、試験中のデザイン変更が原因で試験結果の解釈が困難になる可能性があることに留意しなければならない。中間解析を実施する場合は、マスタープロトコル及び/又はサブ試験のプロトコルに、中間解析の時期及び回数、中間解析結果に基づくデザイン変更の条件等について詳述しておくべきであり、アダプティブデザインの妥当性については特に事前に規制当局に相談すべきである。

(iii) 第一種の過誤確率の制御

プラットフォーム試験で薬剤群ごとに共通の対照群との対比較が実施される場合、同一のプラットフォーム試験内で複数回の仮説検定を実施することになる。この場合、試験全体の第一種の過誤確率は名目の値(検証的試験では原則として片側2.5%)を超え、検定の多重性の問題が生じる。しかしながら、薬剤ごとに評価を行う上では、共通の対照群を用いたとしても各薬剤群と対照群の対比較における第一種の過誤確率は増大しないことから、一般的には試験全体の検定の多重性を調整する必要はない。ただし、プラットフォーム試験で評価する薬剤が類似した化合物である場合や各薬剤の配合剤群が含まれる場合等は、多重性の調整が必要となる場合がある。プラットフォーム試験における検定の多重性の調整の必要性やその方法については、各薬剤の特性や試験全体の目的等を踏まえ事前に規制当局と議論することが推奨される。

(iv) 結果の公表

プラットフォーム試験では、データ収集が完了した薬剤から順に、その有効性及び安全性の評価が行われる。試験中に特定の薬剤群と対照群の比較結果が公表された場合、対照群の中間データが治験関係者等に知られることになり、その後の試験計画、登録される試験参加者の背景、脱落率、評価項目の判定等が変化する可能性がある。したがって、試験結果を知り得る関係者、公表する情報、公表方法等については慎重に検討する必要がある。

6.統計解析

マスタープロトコル試験の各目的に対する統計解析については、通常の臨床試験と同様、「臨床試験のための統計的原則ICHE9」を参照し、試験デザインに応じて適切に計画、実施する必要がある。

臨床試験における医薬品等の有効性及び安全性の評価に用いられる統計解析手法としては、薬剤効果の大きさや有無を観察されたデータから評価する頻度論的手法が主流であり、一般的に推奨される。他方で、「臨床試験のための統計的原則ICHE9」でも述べられているとおり、ベイズ流の手法も使用の理由が明らかで、異なる仮定の下でも得られる結論が十分に安定している場合には利用を検討できる。マスタープロトコル試験においてベイズ流の手法を利用する場合も、個々のデザインを踏まえた必要性と解析結果が安定し適切に解釈可能なことを説明できることが重要である。また、特に試験計画時には、事前分布の設定に利用する情報やその程度、手法の動作特性(例えば、第一種の過誤確率、検出力、結果に関する頻度論的手法との整合性の程度等)の評価が必要であり、動作特性の解析的な評価が困難な場合にはコンピュータシミュレーション実験を用いて示すことが必要となる。

使用する統計解析手法によらず、疾患横断的な薬剤効果を評価する場合には、その妥当性について、統計解析手法の観点のみならず各疾患の診断方法や効果判定方法等の異同並びに薬剤の作用機序等を踏まえた生物学的合理性の観点からもその妥当性を考察する必要があることに留意すべきである。

7.独立データモニタリング委員会

マスタープロトコル試験では、試験中に、試験計画の変更、試験継続に関する意思決定、薬剤群の追加・除外等を行うことがあるため、試験参加者の安全性を確保し、試験の妥当性と完全性を保証するために必要に応じて独立データモニタリング委員会を設置することを検討すべきである。独立データモニタリング委員会は、事前に計画された有効性及び/又は無益性の評価や試験計画の変更に関する勧告だけでなく、事前に計画されていない事項であっても試験の適切な実施のために、プロトコルの修正やその他の関連する措置を勧告する場合がある。また、複数の治験依頼者が参画して複数の薬剤の評価を行うマスタープロトコル試験における独立データモニタリング委員会の委員の選定では、中立的な立場で個別の薬剤に対する試験継続の可否等の勧告を行えるよう、治験依頼者等との独立性に配慮する必要がある。独立データモニタリング委員会の設置及び運営については「データモニタリング委員会に関するガイドラインについて」(平成25年4月4日薬食審査発0404第1号厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知)も参照されたい。

8.薬事関連資料の作成

(1) 承認申請に係る資料作成の留意点

マスタープロトコル試験は複数の薬剤や複数の疾患を対象に実施されることから、サブ試験の成績に基づき承認申請等を予定している薬剤の有効性及び安全性を評価する際、該当するサブ試験と関連があるその他のサブ試験における試験参加者の背景や試験実施に係る情報(割付けられた投与群、治療中止や脱落の理由や時点等)を参照することが必要となる場合がある。承認審査の段階で、関連するサブ試験の情報を求められる場合もあるので、これらの情報の参照可能性や具体的な手続きについて、契約・権利関係等も踏まえ、申請を企図するサブ試験と関連するサブ試験の関係者間で十分に議論しておくべきである。

(2) 治験計画届

マスタープロトコル試験の治験の計画の届出については、「薬物に係る治験の計画の届出等において参照する治験届出情報の取扱いについて」(令和4年6月30日薬生薬審発0630第1号厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長通知)及び「薬物に係る治験の計画の届出及び治験の実施等に関する質疑応答(Q&A)の改正について」(令和4年8月31日厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課事務連絡)を参照されたい。

9.個別領域における留意点

本章では抗悪性腫瘍薬開発のためのバスケット試験と新興・再興感染症パンデミック下における新興・再興感染症治療薬開発のためのプラットフォーム試験に関する留意点を紹介する。なお、ここで紹介する内容及び留意点は一例であり、関連する領域のすべての事例及び他の疾患領域に一般化できるものではないことに留意されたい。

(1) 抗悪性腫瘍薬開発のためのバスケット試験

遺伝子異常等を標的とした抗悪性腫瘍薬の開発において、バスケット試験が利用されることがある。具体的には、特定の遺伝子異常等を有する複数のがん種に対して、それに対応する分子標的薬等の薬剤効果を、奏効率を主要評価項目としてがん種別及びがん種横断的に評価する。例えば事例として、NTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形癌患者を対象としたラロトレクチニブのバスケット試験(医薬品医療機器総合機構 ラロトレクチニブ硫酸塩 審査報告書 令和3年1月19日)、標準的な治療選択肢のないBRAFV600E変異陽性の悪性腫瘍患者等を対象としたダブラフェニブとトラメニチブの併用療法のバスケット試験(医薬品医療機器総合機構 ダブラフェニブメシル酸塩 審査報告書 令和5年10月12日)がある。なお、対象となる薬剤の特性や開発戦略等の個別状況を踏まえた計画を立案することが重要であり、本事例を参考として試験を計画することを勧めるものではないことに留意されたい。

バスケット試験が単群のサブ試験として実施される場合、通常、奏効率に関する信頼区間の下限が事前に定めた閾値奏効率を超えることを十分な確率で示すことができるよう目標参加者数を設定する。奏効率に関する統計解析においては、統計的仮説の設定に応じて、例えば、がん種別の集団、一部のがん種を統合した集団、すべてのがん種を統合した集団等における奏効率をそれぞれ評価する。

抗悪性腫瘍薬のバスケット試験においてがん種別及びがん種横断的な薬剤効果を評価する場合、頻度論的手法では奏効率の推定値と信頼区間に基づいた評価が想定されるが、ベイズ流の手法を用いて奏効率の事後分布や予測分布を評価することで、頻度論的手法とは異なる定量的指標の提示が可能となり、薬剤効果の解釈の一助となる可能性がある。また、階層ベイズモデル等、そのモデルの仮定が正しければ、がん種ごとに奏効率を評価する場合と比べて効率的に奏効率を評価できるベイズ流デザインも提案されている。

(2) 新興・再興感染症パンデミック下における新興・再興感染症治療薬開発のためのプラットフォーム試験

新興・再興感染症パンデミック下における新興・再興感染症治療薬の臨床開発は、開発対象となる感染症に関する知見が十分に得られていないにもかかわらず、治療薬開発に対する社会的要請の高さから、極めて迅速に試験を開始しなければならない場合がある。試験開始後は、試験中に蓄積されるデータや開発対象となる感染症に関する新たな知見に基づいて、事前に計画していない試験デザイン(主要評価項目、統計的仮説、目標参加者数、割付比率等)の変更を実施せざるを得ないときもある。また、試験開始後に新たな治療薬の試験を迅速に開始したい場合もある。このような状況においては、プラットフォーム試験が有効なアプローチとなる場合がある。例えば事例として、SARS―CoV―2による感染症患者を対象としたプラットフォーム試験(ACTT試験)(ACTT―1試験:医薬品医療機器総合機構 レムデシビル 特例承認に係る報告 別紙 令和2年5月5日、ACTT―2試験:医薬品医療機器総合機構 バリシチニブ 審査報告書 令和3年4月12日)、SARS―CoV―2による肺炎患者を対象としたプラットフォーム試験(RECOVERY試験)(医薬品医療機器総合機構 トシリズマブ(遺伝子組換え) 審査報告書 令和4年1月7日)がある。なお、対象となる薬剤の特性や開発戦略等の個別状況を踏まえた計画を立案することが重要であり、本事例を参考として試験を計画することを勧めるものではないことに留意されたい。

本邦において、パンデミック下で複数の薬剤を評価するプラットフォーム試験を実施する場合、医師主導治験としてアカデミアが主導して計画、実施することになると想定される。試験に参加する医療機関の調整、治験審査委員会への手続き、治験届等の薬事手続き、治験薬の配送・管理、同意説明文書の共通化等について効率的に進めるためには、医師主導治験の経験が豊富な医師・医療機関が主導することが望ましい。プラットフォーム試験から得られるデータを一元的に管理するデータセンターの設置も必要である。また、試験対象とする薬剤の選定基準等を予め規定しておくことも重要である。

パンデミック下でも速やかに試験を開始することができるように、平時にマスタープロトコルや同意説明文書等の関連する文書等を作成し、さらに各施設の治験審査委員会や審査を依頼する中央治験審査委員会と試験計画等について情報共有しておくことが望ましい。施設要件調査や各種手続き等も事前に実施しておくことが推奨される。また、試験開始後は、治験関係者が試験の全体像や進捗を適時適切に理解できるように、群構成、適格基準、主要評価項目、統計解析計画等の重要な試験特性を整理した文書を作成しておくことが望ましい。

さらに、海外の政府機関やアカデミアが主導するマスタープロトコル試験に参加することを想定する場合には、海外の政府機関や規制当局との関係構築、国際共同臨床試験への積極的な参加、治験の実施経験が少ない医療機関が海外主導マスタープロトコル試験に参加する際の支援体制の確立、治験薬や関連資材の流通管理や外部検査機関等との連携体制の整備、治験実施の費用確保の方法等についても平時に検討しておくことが望ましい。

また、緊急事態宣言等により行動制限が求められた場合、通常の治験実施体制で試験を実施できないことから、電磁的同意取得、リモートモニタリング、リモートSDV(Source Data Verification)をはじめとして、試験運用に係るデジタル化が有用である。分散型臨床試験(DCT:Decentralized Clinical Trials)の経験を積むことも役立つと考えられる。なお、電磁的方法による同意取得については「治験及び製造販売後臨床試験における電磁的方法を用いた説明及び同意に関する留意点について」(令和5年3月30日薬生薬審発0330第6号、薬生機審発0330第1号厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長、医療機器審査管理課長連名通知)も参照されたい。

10.おわりに

本文書は日本医療研究開発機構医薬品等規制調和・評価研究事業の研究費の補助を受けて作成、公表されたものである。本文書に記載されている考え方や留意点等については、作成時点での科学的知見に基づいたものであるが、科学の発展や学問の進歩等を踏まえた適切な根拠に基づくものであれば、必ずしもここに示した考え方や留意点等を固守することを求めるものではない。