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○「業務上疾病にかかった労働者の離職時の標準報酬月額等が明らかである場合の平均賃金の算定について」の一部改正について

(令和5年12月22日)

(基監発1222第1号)

(都道府県労働局労働基準部長あて厚生労働省労働基準局監督課長通知)

[10年保存]

標記については、平成22年4月12日付け基監発0412第1号「業務上疾病にかかった労働者の離職時の標準報酬月額等が明らかである場合の平均賃金の算定について」により指示したところであるが、今般、賃金台帳等使用者による支払賃金額の記録が確認できない事案において、当該労働者の厚生年金保険の標準報酬月額が明らかであったため、これを用いて平均賃金を算定したところ、当該労働者の健康保険の標準報酬月額もまた明らかであり、これが離職時の賃金額に近似していると考えられる場合には、健康保険の標準報酬月額を用いて平均賃金の算定を行うべきであるから、当該処分は取り消すべきとして行政不服審査会から別添のとおり答申を受け、取り消しの裁決を行った事案が発生したことを踏まえ、別紙のとおり改正することとしたので、その確実な実施に遺憾なきを期されたい。

別紙

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別添

令和5年度答申第21号

令和5年7月28日

諮問番号 令和5年度諮問第14号(令和5年7月4日諮問)

審査庁 厚生労働大臣

事件名 平均賃金決定処分に関する件

答申書

審査請求人Xからの審査請求に関する上記審査庁の諮問に対し、次のとおり答申する。

結論

本件審査請求は棄却すべきであるとの諮問に係る審査庁の判断は、妥当とはいえない。

理由

第1 事案の概要

本件は、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」という。)12条の8第1項2号に規定する休業補償給付を受ける権利を有するA(以下「被災者」という。)が死亡し、その子である審査請求人X(以下「審査請求人」という。)が被災者に係る未支給の休業補償給付の支給を請求したことから、B労働局長(以下「処分庁」という。)が、労働基準法(昭和22年法律第49号)12条8項の規定に基づき、被災者の平均賃金を決定する処分(以下「本件決定処分」という。)をしたところ、審査請求人がこれを不服として審査請求をした事案である。

1 関係する法令等の定め

(1) 保険給付

ア 労災保険法7条1項は、この法律による保険給付は、同項各号に掲げる保険給付とすると規定し、同項1号には、労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付が掲げられている。そして、労災保険法12条の8第1項は、業務災害に関する保険給付は、同項各号に掲げる保険給付とすると規定し、同項2号には休業補償給付が掲げられている。

イ 労災保険法11条1項は、この法律に基づく保険給付を受ける権利を有する者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき保険給付でまだその者に支給しなかったものがあるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であって、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは、自己の名で、その未支給の保険給付の支給を請求することができると規定し、同条3項は、未支給の保険給付を受けるべき者の順位は、同条1項に規定する順序によると規定している。

(2) 給付基礎日額と算定事由発生日

労災保険法8条1項は、保険給付の額の算定の基礎として用いる給付基礎日額は労働基準法12条の平均賃金に相当する額とし、この場合において、同条1項の平均賃金を算定すべき事由の発生した日(以下「算定事由発生日」という。)は、診断によって労災保険法7条1項1号に規定する疾病の発生が確定した日とすると規定している。

(3) 平均賃金

ア 労働基準法12条1項は、この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日(算定事由発生日)以前3か月間にその労働者に対して支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいうと規定し、同項から同条6項までに平均賃金の算定方法が規定されている。そして、労働基準法12条8項は、同条1項から6項までの規定によって算定し得ない場合の平均賃金は、厚生労働大臣の定めるところによると規定している。

イ 上記アを受けて制定された昭和24年労働省告示第5号「労働基準法第12条第1項乃至第6項の規定によつて算定し得ない場合の平均賃金」(以下「本件告示」という。)は、都道府県労働局長が労働基準法12条1項から6項までの規定によって算定し得ないと認めた場合の平均賃金は、厚生労働省労働基準局長の定めるところによると規定している(2条)。

ウ 上記イを受けて発出された昭和50年9月23日付け基発第556号労働省労働基準局長通達「業務上疾病にかかった労働者に係る平均賃金の算定について」(以下「第556号通達」という。)は、労働者が業務上疾病の診断確定日に既にその疾病の発生のおそれのある作業に従事した事業場を離職している場合の災害補償に係る平均賃金については、当該労働者がその疾病の発生のおそれのある作業に従事した最後の事業場(以下「最終事業場」という。)を離職した日以前3か月間に支払われた賃金により算定した金額を基礎とし、算定事由発生日(診断によって疾病発生が確定した日をいう。以下同じ。)までの賃金水準の上昇を考慮して算定すると定めている(記1)。

そして、労働者が最終事業場を離職した日以前3か月間に支払われた賃金額(以下「離職時の支払賃金額」という。)が不明な場合については、昭和51年2月14日付け基発第193号労働省労働基準局長通達「業務上疾病にかかった労働者の離職時の賃金額が不明な場合の平均賃金の算定について」(以下「第193号通達」という。)が、算定事由発生日を起算日とし、算定事由発生日に最終事業場で業務に従事した同種労働者の一人平均の賃金額により推算するなどの方法により推算した金額を基礎として平均賃金を算定すると定めている。ただし、平成22年4月12日付け基監発0412第1号厚生労働省労働基準局監督課長通達「業務上疾病にかかった労働者の離職時の標準報酬月額等が明らかである場合の平均賃金の算定について」(以下「0412第1号通達」という。)は、労働者が最終事業場を離職しており、賃金台帳等使用者による支払賃金額の記録を確認することができない事案において、当該労働者の賃金額を証明する資料として提出された資料から、当該労働者が最終事業場を離職した日以前3か月間の標準報酬月額(以下「離職時の標準報酬月額」という。)が明らかである場合には、当該離職時の標準報酬月額を基礎とし、算定事由発生日までの賃金水準の上昇を考慮して平均賃金を算定して差し支えないと定めている(記1)。

(4) 事務の所轄

ア 労働者災害補償保険法施行規則(昭和30年労働省令第22号。以下「労災保険法施行規則」という。)1条2項は、労働者災害補償保険に関する事務は、厚生労働省労働基準局長の指揮監督を受けて、事業場の所在地を管轄する都道府県労働局長が行うと規定している。

イ 労災保険法施行規則1条3項は、上記アの事務のうち、保険給付に関する事務は、都道府県労働局長の指揮監督を受けて、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長が行うと規定している。

ウ したがって、労働基準法12条8項の規定に基づく平均賃金の算定は、都道府県労働局長の所掌事務であるが、B労働局の管内においては、0412第1号通達に従って平均賃金を算定することができる場合には、労働基準監督署長がB労働局長の補助機関として専決により平均賃金を決定する(ただし、平均賃金の算定の基礎とする標準報酬月額が当時の標準報酬月額等級の最上級の等級を適用されているときは、B労働局長にりん伺する。)こととし、平均賃金決定通知は、当該労働基準監督署長名ですることとされている(平成25年3月4日付けC第a号B労働局労働基準部長通達「「業務上疾病にかかった労働者の賃金額が不明である場合の平均賃金の算定において離職時の標準報酬月額が明らかである場合の取扱いについて」の改正について」(以下「B労働局第a号通達」という。)の記1及び2の(1)、平成13年3月23日付けD第b号B労働局長通達「平均賃金決定事務について」の記1の(2)。なお、平成29年5月29日付け基監発0529第1号・基補発0529第1号厚生労働省労働基準局監督課長・補償課長事務連絡「労働基準法第12条第8項の規定に基づく平均賃金の算定について」には、労働基準監督署長が都道府県労働局長の補助機関として専決により平均賃金を決定した場合における通知の方法として、都道府県労働局長名で通知する方法と労働基準監督署長名で通知する方法が示されている(記2)。)。

2 事案の経緯

各項末尾掲記の資料によれば、本件の経緯は、以下のとおりである。

(1) 被災者は、昭和34年4月1日にE社(以下「本件会社」という。)に入社し、平成10年6月26日に本件会社を退職した。被災者は、昭和34年4月から昭和52年3月までの18年間、本件会社の施工部門に所属し、複数の空調・給排水衛生設備工事の現場において、現場監督として施工管理業務に従事し、間接的に石綿にばく露した。

(在籍証明書、理由書、使用者報告書、経歴台帳、審査請求人が支給を請求した被災者に係る未支給の休業補償給付を支給しないとした処分に対する審査請求についての決定書(以下「決定書」という。))

(2) 被災者は、令和元年5月18日、F病院を受診したところ、「肺がん疑い、びまん性胸膜肥厚」(以下「本件疾病」という。)と診断された。

(決定書)

(3) 被災者は、令和元年7月17日、G労働基準監督署長(以下「本件労基署長」という。)に対し、本件会社の工事現場で石綿にばく露したとして、労災保険法12条の8第1項2号に規定する休業補償給付の支給を請求したが、令和3年1月8日に死亡した。

被災者の配偶者が既に死亡していたため、被災者の子である審査請求人が、令和3年1月28日、労災保険法11項1項及び3項の規定に基づき、本件労基署長に対し、被災者に係る未支給の休業補償給付の支給を請求したところ、本件労基署長は、同年2月1日付けで、被災者には肺がん及びその他の石綿関連疾患の発症が認められず、本件疾病は業務上の疾病とは認められないとして、審査請求人に対し、被災者に係る未支給の休業補償給付を支給しないとの処分(以下「本件不支給処分」という。)をした。

(休業補償給付支給請求書、未支給の保険給付支給請求書、被災者の死亡診断書及び戸籍全部事項証明書、調査結果復命書(石綿用。復命年月日:令和3年1月19日)、決定書)

(4) 審査請求人が、H労働者災害補償保険審査官(以下「本件労災保険審査官」という。)に対し、本件不支給処分を不服として審査請求をしたところ、本件労災保険審査官は、令和4年1月21日付けで、審査請求人に対し、本件疾病は、石綿による疾病の認定要件を満たしているから、業務上の疾病と認められ(その発症年月日は、令和元年5月18日とする。)、休業補償給付の支給要件に該当するとして、本件不支給処分を取り消すとの決定をした。

(決定書)

(5) 上記(4)の決定を受けて、本件労基署長は、審査請求人に対し、被災者に係る未支給の休業補償給付の支給の手続を進めようとしたところ、被災者については、離職時の支払賃金額が不明であり、被保険者記録照会回答票により離職時の厚生年金保険の標準報酬月額を確認することができるが、当該標準報酬月額が当時の標準報酬月額等級の最上級の等級を適用されたものであったことから、令和4年3月9日付けで、処分庁に対し、B労働局第a号通達に基づき、被災者の平均賃金の決定についてりん伺した。

これを受けて、処分庁は、令和4年4月14日付けで、本件労基署長に対し、被災者については、0412第1号通達に従い、離職時の厚生年金保険の標準報酬月額である59万円を基礎として平均賃金を算定するのが適当であり、その算定方法により平均賃金の額を2万0,585円73銭と決定する処分(本件決定処分)をしたことを通知した。

(令和4年3月9日付けの「Aにかかる平均賃金の決定について」と題する書面、決裁・供覧文書(件名「Aに係る平均賃金の決定について」)、同年4月14日付けの「平均賃金の決定について」と題する書面)

(6) そこで、本件労基署長は、令和4年4月19日付けで、審査請求人に対し、上記(4)の決定により本件不支給処分が取り消されたため、本件疾病を業務上の疾病と決定し、被災者に係る未支給の休業補償給付を支給することを通知するとともに、処分庁が被災者の平均賃金の額を2万0,585円73銭と決定する処分(本件決定処分)をしたことを通知した。

(調査結果復命書(復命年月日:令和4年4月15日)、保険給付等不支給決定の変更決定通知書、平均賃金決定通知書)

(7) 審査請求人は、令和4年7月5日、審査庁に対し、本件決定処分を不服として本件審査請求をした。

(平均賃金審査請求書)

(8) 審査庁は、令和5年7月4日、当審査会に対し、本件審査請求は棄却すべきであるとして本件諮問をした。

(諮問書、諮問説明書)

3 審査請求人の主張の要旨

本件決定処分は、上限金額(頭打ち)のある厚生年金保険の標準報酬月額を用いて被災者の平均賃金を算定しているが、審査請求人が本件審査請求において提出した健康保険資格証明書によれば、被災者の当時の報酬月額は107万3,000円であったから、本件決定処分においては、被災者の平均賃金が実際に被災者に支払われていた賃金よりも低く算定されている。

したがって、本件決定処分の取消しを求める。

第2 諮問に係る審査庁の判断

1 被災者は、休業補償給付の支給を請求したところ、労災保険法8条1項は、休業補償給付の額の算定の基礎となる給付基礎日額は、労働基準法12条の平均賃金に相当する額としている。

また、労働基準法12条8項は、同条1項から6項までの規定により算定することができない場合の平均賃金は、厚生労働大臣が定めるところによると規定している。

処分庁は、労働基準法12条8項の規定に基づき、本件告示2条、第556号通達及び0412第1号通達に従い、労働者の賃金額が不明である場合の取扱いに準じて、厚生年金保険の標準報酬月額を用いて被災者の平均賃金の額を2万0,585円73銭と決定する処分(本件決定処分)をした。

2 これに対し、審査請求人は、被災者は離職時に健康保険に加入しており、その標準報酬月額は厚生年金保険の標準報酬月額よりも高額であったから、被災者の平均賃金は健康保険の標準報酬月額を用いて算定すべきであると主張する。

しかし、上記1のとおり、労働者の賃金額が不明な場合における平均賃金の算定方法については、第556号通達及び0412第1号通達に定められており、処分庁は、これらの通達に従い、厚生年金保険の標準報酬月額を用いて被災者の平均賃金を算定しているから、その算定方法に違法又は不当な点は認められない。

したがって、審査請求人の上記主張は、独自の見解であって、採用することができない。

3 以上のとおり、本件決定処分は違法又は不当とは認められず、本件審査請求は理由がないから棄却すべきである。

なお、審理員意見書も、以上と同旨の理由を述べた上で、本件審査請求は理由がないから棄却すべきであるとしている。

第3 当審査会の判断

1 本件諮問に至るまでの一連の手続について

(1) 一件記録によると、本件審査請求から本件諮問に至るまでの各手続に要した期間は、次のとおりである。

本件審査請求の受付 :令和4年7月5日

審理員の指名 :同年8月17日

(本件審査請求の受付から約1か月半)

反論書の受付 :同年10月18日

審理員意見書の提出 :令和5年4月17日

(反論書の受付から約6か月)

本件諮問 :同年7月4日

(審理員意見書の提出から約2か月半、本件審査請求の受付から約1年)

(2) そうすると、本件では、①審査請求の受付から審理員の指名までに約1か月半、②反論書の受付から審理員意見書の提出までに約6か月、③審理員意見書の提出から諮問までに約2か月半を要した結果、審査請求の受付から諮問までに約1年の期間を要している。しかし、上記①から③までの各手続に上記の各期間を要したことについて特段の理由があったとは認められない。特に、上記②の手続については、反論書が新たな主張や証拠を提出したものではない(反論書には、反論は「審査請求書の理由と同じ」、証拠は「審査請求書に添付済」と記載されているだけである。)ことを踏まえると、期間を要し過ぎたといわざるを得ない。審査庁においては、審査請求事件の進行管理の仕方を早急に改善する必要がある。

(3) 上記(2)で指摘した点以外では、本件審査請求から本件諮問に至るまでの一連の手続に特段違法又は不当と認めるべき点はうかがわれない。

2 本件決定処分の違法性又は不当性について

(1) 労災保険法8条1項によれば、保険給付の額の算定の基礎として用いる給付基礎日額は、労働基準法12条の平均賃金に相当する額とされ、平均賃金を算定すべき事由の発生した日(算定事由発生日)は、診断によって労災保険法7条1項1号に規定する疾病の発生が確定した日(発症年月日)とされている(上記第1の1の(2))。本件疾病の発病年月日は、令和元年5月18日とされている(上記第1の2の(4))から、本件では、算定事由発生日は、同日ということになる。そうすると、被災者の平均賃金は、労働基準法12条1項から6項までの規定によって、令和元年5月18日以前3か月間に本件会社から被災者に支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除して算定することになる(上記第1の1の(3)のア)が、被災者は、平成10年6月26日に本件会社を離職している(上記第1の2の(1))から、被災者の平均賃金を労働基準法12条1項から6項までの規定によって算定することはできない。

したがって、被災者の平均賃金は、労働基準法12条8項及び本件告示2条の委任を受けて厚生労働省労働基準局長が発出した通達に従って算定することになる(上記第1の1の(3)のウ)。本件では、被災者が石綿にばく露した最終事業場(本件会社)は存続しているが、被災者が最終事業場を退職した平成10年6月当時の賃金関係書類が残っておらず、被災者が最終事業場を離職した日以前3か月間に支払われた賃金額(離職時の支払賃金額)が不明である(決裁・供覧文書(件名「Aに係る平均賃金の決定について」)、令和2年6月17日の電話聴取書)ため、第556号通達に従って平均賃金を算定することができない。そして、離職時の支払賃金額が不明な場合については、第193号通達が、算定事由発生日(診断によって疾病発生が確定した日)を起算日とし、算定事由発生日に最終事業場で業務に従事した同種労働者の一人平均の賃金額により推算するなどの方法により推算した金額を基礎として平均賃金を算定すると定めているが、0412第1号通達は、労働者の賃金額を証明する資料として提出された資料から、離職時の標準報酬月額が明らかである場合には、当該離職時の標準報酬月額を基礎とし、算定事由発生日までの賃金水準の上昇を考慮して平均賃金を算定して差し支えないと定めている(上記第1の1の(3)のウ)。

そこで、処分庁は、被災者については、被保険者記録照会回答票により被災者が本件会社を離職した当時の厚生年金保険の標準報酬月額(59万円)を確認することができるとして、0412第1号通達に従い、当該標準報酬月額を基礎として平均賃金を決定した(上記第1の2の(5))。

これに対し、審査請求人は、厚生年金保険の標準報酬月額には上限があるところ、被災者の当時の報酬月額は107万3,000円であったから、本件決定処分においては、被災者の平均賃金が被災者に実際に支払われていた賃金よりも低く算定されていると主張し、被災者の当時の賃金額を証明する資料として、被災者に係る健康保険資格証明書を提出した。この健康保険資格証明書によれば、被災者は、平成9年10月1日に標準報酬月額が98万円、報酬月額が107万3,000円と算定され、平成10年6月27日に健康保険資格を喪失したことを確認することができる。

(2) 本件で問題となっている標準報酬月額は、厚生年金保険や健康保険の保険料額、年金給付額等を算定する基礎として用いられるものであり、社会保険に関する事務処理の正確化と簡略化を図るため、被保険者の報酬月額に対応した等級区分に分けられ、実際の報酬月額に近似する一定の切りの良い額とされている。被災者が本件会社を離職した平成10年6月当時、標準報酬月額は、厚生年金保険においては第1級から第30級までの等級区分に、健康保険においては第1級から第40級までの等級区分に分けられていた(平成23年10月31日開催の厚生労働省社会保障審議会年金部会の第5回会合の資料2(「標準報酬上限の引上げについて」と題する書面)参照)。

したがって、被災者が本件会社を離職した当時、標準報酬月額の最高等級(B労働局第a号通達にいう「最上級の等級」と同じ。)は、厚生年金保険においては第30級(その標準報酬月額は59万円、これに対応する報酬月額は57万5,000円以上)であったのに対し、健康保険においては第40級(その標準報酬月額は98万円、これに対応する報酬月額は95万5,000円以上)であった(「厚生年金保険 標準報酬月額等級の変遷」と題する書面、健康保険法の標準報酬及び標準賃金日額の等級区分の改定に関する政令(平成4年政令第223号)1条参照)。このように、厚生年金保険及び健康保険においては、標準報酬月額の等級区分及び最高等級の標準報酬月額が異なっているが、これは、厚生年金保険においては、保険料額の算定の基礎となる標準報酬月額が年金額にも反映される報酬比例制度を採用しているため、高所得であった者に対する年金額が余り高くならないようにするという過剰給付の防止の観点などから、健康保険と比較して、標準報酬月額の等級区分の範囲を狭くし、最高等級の標準報酬月額を低く設定しているからである(令和5年7月14日付けの審査庁の事務連絡・記1(回答4の(3))参照)。

(3) 一件記録によれば、処分庁が被災者の平均賃金を決定する処分(本件決定処分)をした当時は、被災者の離職時の厚生年金保険の標準報酬月額が59万円であったこと(被保険者記録照会回答票)が判明していただけであるが、本件審査請求においては、審査請求人が提出した資料(健康保険資格証明書)により、被災者の離職時の健康保険の標準報酬月額が98万円であったことが判明している(なお、これらの標準報酬月額の算定時点は、いずれも平成9年10月1日である。)。そして、上記(2)で検討したところによれば、被災者の離職時の支払賃金額に近似しているのは、厚生年金保険の標準報酬月額ではなく、健康保険の標準報酬月額であることが明らかである。

したがって、本件においては、健康保険の標準報酬月額を用いて被災者の平均賃金を算定すべきであるから、厚生年金保険の標準報酬月額を用いて被災者の平均賃金を算定した本件決定処分は、取消しを免れない。

3 付言

(1) 労災保険法による休業補償給付の制度は、労働災害によって失われた労働者の稼得能力を適正に評価し、これに基づいた保険給付を行うことによって、労働基準法上の使用者の補償責任を担保するものである(労働基準法76条1項、84条1項)から、労働災害によって失われた稼得能力は、その当時、当該労働者に支払われていた賃金額によって評価するのが相当であると解される。労災保険法が休業補償給付の額は労働基準法12条の平均賃金に相当する額である給付基礎日額を用いて算定すると規定し(8条1項)、労働基準法が平均賃金は算定事由発生日以前3か月間に労働者に支払われた賃金額(以下「算定事由発生時の支払賃金額」という。)を用いて算定すると規定している(12条1項から6項まで)のは、上記の解釈を前提としたものということができる。

(2) 労働基準法は、算定事由発生時の支払賃金額が不明な場合の平均賃金は、厚生労働大臣の定めるところによると規定している(12条8項)が、この規定は、上記(1)の解釈を前提とすれば、この場合の平均賃金については、算定事由発生時の支払賃金額が明らかであったならば算定されたであろう額に近似する額の算定ができる方法により算定すべきことを厚生労働大臣に委任したものと解するのが相当である。この委任を受けて発出された第556号通達が、労働者が最終事業場を離職している場合における平均賃金について、離職時の支払賃金額を基礎とし、算定事由発生日までの賃金水準の上昇を考慮して算定すると定め、また、第193号通達が、離職時の支払賃金額が不明な場合について、算定事由発生日を起算日とし、算定事由発生日に最終事業場で業務に従事した同種労働者の一人平均の賃金額により推算するなどの方法により推算した金額を基礎として平均賃金を算定すると定めているのは、上記委任の趣旨を具体化したものということができる。

(3) そうすると、離職時の支払賃金額が不明な場合において、離職時の標準報酬月額が明らかであるときは、当該離職時の標準報酬月額を用いて平均賃金を算定して差し支えないと定めている0412第1号通達も、上記(2)の委任の趣旨を具体化したものと解するのが相当である。

ところで、厚生年金保険においては、健康保険と比較して、標準報酬月額の等級区分の範囲を狭くし、最高等級の標準報酬月額を低く設定しているため、厚生年金保険の標準報酬月額が最高等級を適用されている労働者については、健康保険の標準報酬月額が厚生年金保険の標準報酬月額を上回っている可能性がある。

したがって、厚生年金保険の標準報酬月額が最高等級を適用されている労働者について、0412第1号通達に従って平均賃金を算定する場合には、健康保険の標準報酬月額についても調査する必要があり、健康保険の標準報酬月額が厚生年金保険の標準報酬月額を上回っているときは、平均賃金は、当該労働者の離職時の支払賃金額に近似している健康保険の標準報酬月額を用いて算定すべきであり、そうでなければ、上記(2)の委任の趣旨に反するというべきである。

(4) しかし、0412第1号通達においては、標準報酬月額を確認する資料として、厚生年金保険の標準報酬月額に関する資料(被保険者記録照会回答票又はねんきん定期便)のみが記載され、健康保険の標準報酬月額に関する資料(健康保険資格証明書)は記載されていない。また、0412第1号通達を受けて発出された平成25年4月15日付け厚生労働省労働基準局監督課中央労働基準監察監督官事務連絡「賃金台帳等使用者による支払賃金額の記録がない申請者に対する教示について」においても、申請者に提出を教示すべき資料として、厚生年金保険の標準報酬月額に関する資料(被保険者記録照会回答票又はねんきん定期便)のみが記載され、健康保険の標準報酬月額に関する資料(健康保険資格証明書)は記載されていない。

本件のように、厚生年金保険の標準報酬月額が最高等級を適用されている労働者について、0412第1号通達に従って平均賃金を算定する場合には、上記(3)のとおり、健康保険の標準報酬月額についても調査し、どちらの標準報酬月額を用いて平均賃金を算定するのが相当であるかについて検討する必要があるが、上記のとおり、0412第1号通達及び上記の事務連絡において、健康保険の標準報酬月額に関する資料が記載されていないため、労働局又は労働基準監督署の現場においては、上記の調査検討をしていないようである。しかし、このような運用は、上記(2)及び(3)で検討した労働基準法12条8項の委任の趣旨に反するというべきである。審査庁においては、関係の通達、事務連絡等の見直しを早急にすべきである。

4 まとめ

以上によれば、本件決定処分は取り消すべきであるから、本件審査請求は棄却すべきであるとの諮問に係る審査庁の判断は、妥当とはいえない。

よって、結論記載のとおり答申する。

行政不服審査会 第1部会

委員 原 優

委員 野口 貴公美

委員 村田 珠美

改正後全文

○業務上疾病にかかった労働者の離職時の標準報酬月額等が明らかである場合の平均賃金の算定について

(平成22年4月12日)

(基監発0412第1号)

(都道府県労働局労働基準部長あて厚生労働省労働基準局監督課長通知)

改正 平成25年 2月22日基監発0222第1号

令和 5年12月22日基監発1222第1号

[10年保存]

労働者が業務上疾病の診断確定日に、既にその疾病の発生のおそれのある作業に従事した事業場を離職しており、賃金台帳等使用者による支払賃金額の記録が確認できない事案において、標準報酬月額や賃金日額等が明らかである場合について、昭和50年9月23日付け基発第556号「離職後診断によって疾病の発生が確定した労働者に係る平均賃金の算定について」の取扱いは、下記のとおりであるので、了知されたい。

また、労働者等が、下記に該当する資料を複数提出しており、いずれの資料を基に算定を行うべきか疑義が生じた場合は、当課法規係あて照会されたい。

1 標準報酬月額について

平均賃金の算定の対象となる労働者等(以下「算定対象労働者等」という。)が、賃金額を証明する資料として、任意に、厚生年金保険又は健康保険の標準報酬月額が明らかになる資料を提出しており、当該資料から、労働者が業務上疾病の発生のおそれのある作業に従事した最後の事業場を離職した日(賃金の締切日がある場合は直前の賃金締切日をいう。)以前3か月間(以下「離職した日以前3か月間」という。)の標準報酬月額が明らかである場合は、当該標準報酬月額を基礎として、平均賃金を算定して差し支えないこと。

なお、関係資料から労働者の標準報酬月額等が明らかな場合であっても、当該資料から、労働者の支払賃金額もまた明らかとなる場合には、支払賃金額を基礎として平均賃金を算定すべきであることに留意すること。

2 賃金日額等について

(1) 算定対象労働者等が、賃金額を証明する資料として、任意に、労働者が業務上疾病の発生のおそれのある作業に従事した最後の事業場を離職した際(以下「離職時」という。)の雇用保険受給資格者証を提出しており、当該資料から賃金日額が明らかである場合は、当該賃金日額を基礎として、平均賃金を算定して差し支えないこと。

(2) 算定対象労働者等が、賃金額を証明する資料として、任意に、離職時の雇用保険受給資格者証を提出しており、当該資料から、基本手当日額のみが明らかである場合は、当該基本手当日額の算定時の基本手当日額表における、当該基本手当日額が該当する等級に属する賃金日額の中間値(当該等級に属する賃金日額が一定額未満又は一定額以上とされている場合には当該一定額)を基礎として、平均賃金を算定して差し支えないこと。

(3) 算定対象労働者等が、賃金額を証明する資料として、任意に、離職時の失業保険受給資格者証を提出しており、当該資料から、失業保険金日額が明らかである場合には、(2)に準じた方法で、平均賃金を算定して差し支えないこと。

(4) なお、雇用保険被保険者離職票又は失業保険被保険者離職票は、使用者が自ら支払賃金額について記録した資料であるため、これらの資料から、離職した日以前3か月間の全部又は一部の賃金額が明らかである場合には、当該賃金額を基礎として、平均賃金を算定すること。

3 賞与等について

1の場合において確認された標準報酬月額に、通貨以外のもので支払われた賃金であって平均賃金の算定の基礎とされないものが含まれている場合又は、2の場合において確認された賃金日額若しくは賃金額(以下「賃金日額等」という。)に、臨時に支払われた賃金、3か月を超える期間ごとに支払われる賃金若しくは通貨以外のもので支払われた賃金であって平均賃金の算定の基礎とされないものが含まれている場合には、1及び2にかかわらず、当該標準報酬月額又は賃金日額等を平均賃金の算定の基礎とすべきでないこと。

ただし、臨時に支払われた賃金若しくは3か月を超える期間ごとに支払われる賃金の額又は通貨以外のもので支払われた賃金であって平均賃金の算定の基礎とされないものの評価額が明らかである場合には、これらの額を当該標準報酬月額又は賃金日額等から差し引いた額を基礎として、平均賃金を算定して差し支えないこと。

なお、標準報酬月額及び賃金日額に反映される賃金の範囲については、別紙を参照のこと。

4 賃金台帳等の一部が存在している場合について

離職した日以前3か月間の一部についてのみ賃金台帳等使用者による支払賃金額の記録が存在している場合で、同時に、算定対象労働者等が賃金額を証明する資料として、上記に該当する資料を任意に提出したことにより、当該労働者の標準報酬月額又は賃金日額が明らかである場合には、賃金額が賃金台帳等によっては確認できない期間について、当該標準報酬月額又は賃金日額を基礎として賃金額を算定した上で、平均賃金を算定して差し支えないこと。

5 算定対象労働者等への教示について

賃金台帳等使用者による支払賃金額の記録がない事案においては、算定対象労働者等に対して上記取扱いを教示し、算定対象労働者等が上記に該当する資料の提出を希望する場合には、資料の入手方法(資料の請求先となる行政機関など)について教示すること。

<別紙>

○反映される賃金の範囲


平均賃金

算定事由発生日以前3か月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除して算定

【労働基準法第12条】

標準報酬月額

毎年7月1日現に使用される事業所において同日前3か月間に受けた報酬の総額をその期間の月数で除した額に基づき、等級区分によって決定

【健康保険法第41条】

【厚生年金保険法第21条】

賃金日額

被保険者期間として計算された最後の6か月間に支払われた賃金の総額を180で除して算定

【雇用保険法第17条】

臨時に支払われた賃金

含まれない

含まれない

含まれない(※)

3か月を超える期間ごとに支払われる賃金

含まれない

含まれない

含まれない(※)

通貨以外のもので支払われた賃金

一定の範囲(法令又は労働協約に定めがあるもの)に属しないものは含まれない

労働の対償として受けるものであれば含まれる

含まれる

(食事、被服及び住居の利益のほか、公共職業安定所長が定めるところによる)

※失業保険法(昭和22年法律第146号)及び昭和59年7月31日以前の雇用保険法においては、賃金の総額に、臨時に支払われる賃金及び3か月を超える期間ごとに支払われる賃金を含めて賃金日額が算定されていた。

・表中で参照した法律の法令番号

健康保険法(大正11年法律第70号)

労働基準法(昭和22年法律第49号)

厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)

雇用保険法(昭和49年法律第116号)