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○医薬品の残留溶媒ガイドラインの改正について

(令和3年8月13日)

(薬生薬審発0813第1号)

(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長通知)

(公印省略)

新医薬品の製造又は輸入の承認申請に際して検討される医薬品中の残留溶媒の規格及び試験方法上の取扱いに関しては、平成10年3月30日付け医薬審第307号厚生省医薬安全局審査管理課長通知「医薬品の残留溶媒ガイドラインについて」により定められているところです。今般、日米EU医薬品規制調和国際会議(以下「ICH」という。)において、2―メチルテトラヒドロフラン、シクロペンチルメチルエーテル及びターシャリーブチルアルコールのPermitted Daily Exposure(PDE値)について別紙のとおり合意されたことから、「医薬品の残留溶媒ガイドラインについて」の一部を下記のとおり改め、2022年9月1日以降に申請される新医薬品に対し適用することとするので、ご了知の上、貴管下関係業者に対し周知徹底方ご配慮お願いいたします。

なお、本通知の写しを日本製薬団体連合会会長ほか、関連団体の長あてに発出していることを申し添えます。

上記通知「医薬品の残留溶媒ガイドラインについて」の別紙「医薬品の残留溶媒ガイドライン」について以下のように改める。

1.表2.「|スルホラン|1.6|160|」の次に「|ターシャリーブチルアルコール|35|3500」を加え、「|シクロヘキサン|38.8|3880|」の次に「|シクロペンチルメチルエーテル|15|1500」を加える。

2.表3.「2―メチル―1―プロパノール」の次に「2―メチルテトラヒドロフラン」を加える。

別紙

パートⅥ:

不純物:残留溶媒(メンテナンス)

2―メチルテトラヒドロフラン、シクロペンチルメチルエーテル及びターシャリーブチルアルコールのPDE値

2―メチルテトラヒドロフラン

はじめに

2―メチルテトラヒドロフラン(2―MTHF、別名:2―メチルオキソラン、テトラヒドロシルバン、テトラヒドロ―2―メチルフラン、CAS番号96―47―9)は、エーテルに似た臭気を持つ無色で揮発性の液体である。2―MTHFは通常2つのエナンチオマー((S)+及び(R)-)から成るラセミ混合物として合成される有機溶媒である。水への溶解度は限度があり温度の上昇に伴って低下する。2―MTHFの蒸気圧は102mmHg(20℃)である(1)。実用上の理由から、2―MTHFは、合成プロセスで溶媒として使用される場合、ラセミ混合物である。

2―MTHFはテトラヒドロフランに代わって触媒の溶媒としての使用が増加しており、テトラヒドロフランと比較して水との混和性が極めて低い。

遺伝毒性

2―MTHFはin vitroで、ネズミチフス菌(Salmonella typhimurium)(3)及び大腸菌(Escherichia coli)WP2 uvrA(2)を用いるAmes試験、L5178Y細胞を用いるマウスリンフォーマTK+/-試験(MLA)(3)及びヒト末梢血リンパ球(2)を用いる染色体異常試験が実施されている。in vivoでは、2―MTHFはラットにおける3カ月反復経口投与毒性試験に組み込まれた骨髄小核試験で評価された(2)。S9存在下のMLAを除き全ての試験結果が陰性であった。S9存在下のMLAの結果についてはさらなる説明がないと結論できないと考えられた(3)。結論として、2―MTHFに遺伝毒性があるという証拠はない。

がん原性

入手可能な2―MTHFに関するデータはない。

生殖発生毒性

2―MTHFは、OECD TG414に準拠したラットを用いる胚・胎児発生に関する試験で、100、300及び1,000mg/kg/dayの用量でGLPに準拠して試験された(4)。1,000mg/kg/dayで、2―MTHFは母体の体重増加量、妊娠中の子宮の重量及び胎児体重をわずかに減少させた。胎児の成長に対するわずかな影響のみが観察されたが、総合的には最高用量でも胎児の生存及び発達に影響を及ぼさなかった。無毒性量(NOAEL)は1,000mg/kg/dayと考えられた。ただし、詳細な毒性情報が入手できないため、この試験は一日許容摂取量(PDE)の算出のサポートには使用されなかった。2―MTHFは、ゼブラフィッシュを用いる胚急性毒性及び催奇形性試験において、860~8,600mg/Lの濃度範囲で試験された(5)。2―MTHFの場合、急性胚毒性が認められ、名目LC50値は2,980mg/Lであった。また、名目濃度≧1,720mg/Lでの浮腫の増加、及び名目濃度2,580mg/Lでの検出可能な血液循環のない胎児並びに不十分な色素沈着の胎児数の増加の亜致死影響も認められた。この試験では2―MTHFに催奇形性は認められなかった。

反復投与毒性

2―MTHFラセミ体のCrl:CD(SD)ラットを用いる3カ月反復経口投与毒性試験が2件報告されている。うち1件は回復期間なし(2)、もう1件は1カ月の回復期間が設定されている(6)。最高用量はそれぞれ、1件目の試験で26mg/kg/day(2)、2件目の試験で1,000mg/kg/dayであった(6)。1件目の試験では2―MTHF投与に関連した所見は認められなかった(2)。2件目の試験では、投与群当たり10匹の雄と10匹の雌の群に、80、250、500及び1,000mg/kg/dayの用量で投与した(6)。対照群及び高用量群の動物の雌雄各5匹に1カ月の無処置回復期間を追加した。被験物質投与に関連する所見のほとんどは500mg/kg/day以上の群で認められた。軽微な影響が腎臓重量(500mg/kg/day以上の群で増加)、血中コレステロール(1,000mg/kg/day群で増加)及びプロトロンビン時間(500mg/kg/day以上の群で減少)に認められた。被験物質に関連する病理組織学的所見は1,000mg/kg/day群での肝細胞小葉中心性肥大のみであった。しかしながら、回復群では2―MTHF投与に関連した変化は認められず、したがって認められた変化は完全に可逆的であると考えることができる。2件目の試験の最大無影響量(NOEL)は250mg/kg/dayと考えられた。

PDE値の算出ではNOEL250mg/kg/dayを用いた。

F1=ラットからヒトへの外挿を行う係数5

F2=個人差を考慮した係数10

F3=投与期間(3カ月)の補正係数5

F4=重大な影響が認められていないため1

F5=NOELが設定されているため1

結論

2―MTHFのPDE値は、ラット亜慢性経口試験のNOELに基づく算出により50mg/dayである。PDE値が50mg/dayであることから、2―MTHFはICH Q3Cガイドライン「医薬品の残留溶媒ガイドライン」の表3のクラス3(低毒性の溶媒)に位置付けることを推奨する。

参考文献

1.Aycock DF. Solvent applications of 2‐methyltetrahydrofuran in organometallic and biphasic reactions. Org. Process Res. Dev. 2007;11:156‐159.

2.Antonucci V, Coleman J, Ferry JB, Johnson N, Mathe M, Scott JP, et al. Toxicological assessment of 2‐methyltetrahydrofuran and cyclopentyl methyl ether in support of their use in pharmaceutical chemical process development. Org. Process Res. Dev. 2011;15:939‐41.

3.Seifried HE, Seifried RM, Clarke JJ, Junghans TB, Sanet RH. A compilation of two decades of mutagenicity test results with the Ames Salmonella typhimurium and L5178Y mouse lymphoma cell mutation assays. Chem Res Toxicol 2006;19(5):627‐44.

4.ECHA 2020.Tetrahydro‐2‐methylfuran. URL:https://www.echa.europa.eu/de/web/guest/registration-dossier/-/registered-dossier/13699/7/9/1.(last accessed 5 November 2020)

5.Bluhm K, Seiler TB, Anders N, Klankermayer J, Schaeffer A, Hollert H. Acute embryo toxicity and teratogenicity of three potential biofuels also used as flavor or solvent. Sci Total Environ. 2016;566‐7:786‐95.

6.Parris P, Duncan JN, Fleetwood A, Beierschmitt WP. Calculation of a permitted daily exposure value for the solvent 2‐methyltetrahydrofuran. Regul Toxicol Pharmacol 2017;87:54‐63.

シクロペンチルメチルエーテル

はじめに

シクロペンチルメチルエーテル(CPME:CAS番号5614―37―9)はテトラヒドロフランやtert―ブチルメチルエーテル等のより一般的な類似溶媒の代替溶媒として医薬化学品の開発に使用されている(1,2)。

CPMEの蒸気圧は25℃で44.9mmHg、LogPowは1.59、水への溶解度は1.1g/100g(23℃)である(3,4)。

化学品の分類及び表示に関する世界調和システムにおいて、CPMEはEC No1272/2008によると皮膚(H315)及び眼(H319)に対し刺激物質と分類される。CPMEは局所リンパ節アッセイで皮膚感作性を誘発する可能性は認められなかった。ラットにおいて、急性経口曝露のLD50は1,000~2,000mg/kgであり、経皮曝露では2,000mg/kgより大きく、吸入曝露では21.5mg/Lより大きい。ヒトに対する毒性データは報告されていない(2)。

遺伝毒性

遺伝毒性試験の結果が報告されている(1,2)。CPMEは、ネズミチフス菌(S.typhimurium)株TA98、TA100、TA1535、TA1537及び大腸菌(E.coli)WP2 uvrAを用いるAmes試験では、代謝活性化の有無によらず5,710μg/plate(1)及び5,000μg/plate(2)以下の濃度で変異原性を示さなかった。1.1mg/mL以下の濃度でのヒトリンパ球及び1.0mg/mL以下の濃度でのチャイニーズハムスター肺細胞を用いるin vitro哺乳類染色体異常試験で陰性の結果が得られた(2)。最大用量31mg/kg/dayでの3カ月反復経口投与試験に組み込まれたin vivoラット小核試験(1)及び最大用量2,000mg/kgを単回経口投与したCD―1マウスを用いるin vivo哺乳類赤血球小核試験(2)では、いかなる遺伝毒性も認められなかった。

結論として、CPMEが遺伝毒性を持つ証拠はない。

がん原性

利用可能なデータはない。

生殖発生毒性

2世代生殖毒性試験において、CPMEを313、1,250または5,000mg/mLの用量でラットに飲水投与した(5)。最高用量で認められたF1世代及びF2世代での仔の体重減少以外に、生殖パラメータに顕著な変化は報告されなかった。この試験の無毒性量(NOAEL)は193.45mg/kg/day(飲水濃度1,250mg/L)と見積もられた。しかし、この試験の詳細な毒性情報が入手できないため、この試験はPDEの算出のサポートには使用しなかった。

反復投与毒性

CPMEのラットを用いた2件の反復経口投与毒性試験及び1件の反復吸入投与毒性試験が行われた。

14日間の回復期を伴う28日間試験において、Crj:Crl:CD(SD)ラットにコーンオイルに溶解したCPMEを15、150または700mg/kg/dayの用量で強制経口投与した(2,6)。投与12日目から15日目の間に、700mg/kg/day群の雄に途中死亡が6例生じたが、これは一般状態の不良に起因するものであった。700mg/kg/day群の雄及び雌に流涎が共通して認められた。150mg/kg/day群の雄1匹において2回の流涎が認められたが、この所見は毒性とは見なされなかった。700mg/kg/day群の雄に運動能低下、立毛、歩行異常、振戦、痙攣、うずくまり、頻呼吸及び痩身が認められた。700mg/kg/day群の雌に体重増加量の減少が認められた。全ての観察所見及び体重増加量の変化は回復期後に消失した。この試験ではCPMEによる他の毒性影響は認められなかった。この試験のNOELは150mg/kg/dayと決定された。

90日間試験で、Sprague Dawley Crl:CD(SD)ラットに、コーンオイルに溶解したCPMEを最高31mg/kg/dayの用量まで強制経口投与した(1)。剖検前及び剖検時のCPMEに関連する所見はなかった。実験計画及び一般状態、血液学的、血液化学的所見等の試験結果についての詳細情報は公表されていなかったが、著者らはこの試験のNOELを31mg/kg/dayとした。別の90日間試験では、Sprague Dawleyラットに水に溶解した最大500mg/kg/dayのCPMEを強制経口投与した(7)。この試験のNOAELは32mg/kg/dayと推定された。ただし、この試験で得られた詳細な毒性情報は公開されておらず、この試験はGLPに準拠して実施されなかったため、この試験はPDEの算出のサポートには用いなかった。

28日間の回復期を伴う90日間試験において、Crj:CD(SD)IGSラットにガス状CPMEを最高4mg/L(6h/day、5日/週)の用量まで全身吸入曝露した(2)。毒性影響が4mg/L群で認められた。これには流涎及び鼻汁、体重減少、アラニンアミノトランスフェラーゼ値及びカリウム値の増加(雄)、絶対及び体重比腎臓重量の増加(雄)、腎臓の近位尿細管上皮の硝子滴並びに膀胱粘膜上皮の単純過形成等であった。全ての毒性変化は回復期間後に回復した。この試験のNOELは0.84mg/Lと決定された。

最も適切で、十分な内容が報告されているCPME毒性試験はラットの28日間経口投与試験であった。この試験の特定されたNOEL150mg/kg/dayに基づいてPDE値を算出した。

F1=ラットからヒトへの外挿を行う係数5

F1=個人差を考慮した係数10

F1=投与期間(3カ月未満)の補正係数10

F1=重大な影響が認められていないため1

F1=NOELが設定されているため1

許容濃度値=(15x1,000)/10=1,500ppm

結論

CPMEのPDE値は、28日間経口投与毒性試験のNOELに基づいて15mg/dayと算出された。したがって、CPMEはICH Q3Cガイドライン「医薬品の残留溶媒ガイドライン」中の表2のクラス2(制限すべき溶媒)に位置付けることを推奨する。

参考文献

1.Antonucci V, Coleman J, Ferry JB, Johnson N, Mathe M, Scott JP et al. Toxicological assessment of 2‐methyltetrahydrofuran and cyclopentyl methyl ether in support of their use in pharmaceutical chemical process development. Org Process Res Dev 2011;15:939‐41.

2.Watanabe K. The toxicological assessment of cyclopentyl methyl ether(CPME)as a green solvent. Molecules. 2013;18:3183‐94.

3.CPME Material Safety Data Sheet:URL:https://www.cdhfinechemical.com/images/product/msds/37_916070364_CyclopentylMethylEther-CASNO-5614-37-9-MSDS.pdf.(last accessed on 19 November 2019)

4.Watanabe K, Yamagiwa N, Torisawa Y. Cyclopentyl methyl ether as a new and alternative process solvent. Org. Process Res. Dev. 2007;11:251‐58.

5.European Chemicals Agency(ECHA),2020.Cyclopentyl methyl ether. CASRN 5614‐37‐9.URL:https://echa.europa.eu/registration-dossier/-/registered-dossier/26626/7/9/2.(last accessed on 15 November 2020).

6.Inoue K, Suzuki H, Yamada T. Comprehensive toxicity evaluation of cyclopentyl methyl ether(CPME)for establishing a permitted daily exposure level. Fundam. Toxicol. Sci. 2019;6:145‐65.

7.European Chemicals Agency(ECHA),2020.Cyclopentyl methyl ether. CASRN 5614‐37‐9.URL:https://echa.europa.eu/registration-dossier/-/registered-dossier/26626/7/6/2.(last accessed on 15 November 2020)

ターシャリ―ブチルアルコール

はじめに

ターシャリ―ブチルアルコール(t―ブチルアルコール、tert―ブタノール;TBA:CAS番号75―65―0)は三級脂肪族アルコールであり、アルコール変性剤、脱水剤及び溶媒等様々な目的に使用されている(1)。TBAは水に可溶であり、その蒸気圧は31mmHg(20℃)である。TBAは吸入または経口摂取後急速に吸収されるが皮膚からは吸収され難い(2)。

ラットの経口LD50(動物の半数致死量、雌雄の値の合計)は体重あたり2,733~3,500mg/kgであると報告されている。動物に認められている主要な急性毒性はアルコール中毒の徴候である。ヒトの臨床試験データからTBAは刺激物質でも感作性物質でもないことが示唆される(3)。TBAの中毒のポテンシャルはエタノールの約1.5倍である(4)。その広く多様な用途を考慮すると、ヒトがTBAに曝露される可能性は高い(5)。米国国立労働安全衛生研究所は、広範な作業現場でTBAが使用されていることを示唆している(1)。また、米国化粧品成分レビュー専門家委員会で、TBAは化粧品における使用においては0.00001から0.3%の範囲で安全であると結論している(3)。

遺伝毒性

TBAはAmes試験で変異原性はなかった(6)。また米国国家毒性プログラム(NTP)による試験でも、TBAが代謝活性(S9)の有無によらずin vitroで遺伝毒性がないことが明らかになった(マウスリンフォーマ細胞変異試験、染色体異常、姉妹染色分体交換)。In vivo試験で、最大40,000ppmのTBAを13週間飲水投与したマウス及び最大625mg/kgを24時間間隔で3回腹腔内投与したマウスから採取した末梢血に、小核保有赤血球の増加は認められなかった(6)。結論として、TBAが遺伝毒性を示す証拠はない(2)。

がん原性

NTPによりTBAについて、2件の飲水投与試験、すなわちF344/Nラットで1件及びB6C3F1マウスで1件の試験が行われた(1,6)。両試験とも3つの投与群で構成されていた(動物60匹/性/群、動物50匹/性/群が試験を完了した:ラットにおける用量、雄85、195、420mg/kg/day、雌175、330、650mg/kg/day;マウスにおける用量、雄535、1,035、2,065mg/kg/day、雌510、1,015、2,105mg/kg/day)(1)。高用量群のラット及び高用量群の雄マウスに生存率の低下が認められた。曝露された雄及び高用量群の雌ラット並びに高用量群の雌マウスに最終の平均体重の減少が認められた。TBAの主要な標的は、雄ラットの腎臓(石灰化、過形成、腫瘍)、マウスの甲状腺(濾胞細胞過形成、腫瘍)及び膀胱(炎症及び上皮過形成)であった。NTPテクニカルレポートは、雄ラットの場合は尿細管腺腫または癌腫の発生率(複合)の増加に基づいて、さらに雌マウスの場合は甲状腺の濾胞細胞腺腫の発生率の増加に基づいて、ある程度のがん原性の証拠があると結論づけている(6)。雌ラットにはがん原性の証拠はなく、雄マウスでは証拠が曖昧であった。

マウスでは、高用量群の雌において甲状腺濾胞細胞腺腫の発生率が有意に増加した。この腫瘍性病変は、雄及び雌の全てのTBA投与群の甲状腺濾胞細胞過形成の発生率及び重症度の増加と関連していた(1,6)。これに対して、CD―1マウスにおける吸入曝露経路によるメチルtert―ブチルエーテルの18カ月がん原性試験では甲状腺腫瘍は認められなかった(7)。(メチルtert―ブチルエーテルの代謝物としての)TBAの全身曝露量はNTPにおけるがん原性試験での曝露量を超えていたと推定されるが(2)、マウスの系統の違い(CD―1とB6C3F1)または投与経路の違いにより、甲状腺腫瘍の発生に差異が生じた可能性がある。甲状腺毒性を直接示唆する証拠はないため、TBAはマウス飲水投与試験で肝臓での甲状腺ホルモンの代謝亢進に対して補償的な甲状腺刺激ホルモン産生増加と、その結果として甲状腺濾胞細胞の増殖及び過形成を引き起こし、甲状腺腫瘍を誘発したとの仮説が立てられている(2)。げっ歯類は甲状腺ホルモンの不均衡に応答した甲状腺濾胞細胞腫瘍の発生に対して本質的にヒトより敏感である。したがって、用量反応は非線形であり、甲状腺ホルモンの恒常性の変化がないヒトにおいて、げっ歯類で認められた甲状腺腫瘍は生じないと予想される(8,9)。上記の仮説と部分的に一致して、TBAをB6C3F1マウスに対して、上記の慢性試験で用いられた用量以下の用量において14日間曝露した際に、第Ⅰ相及び第Ⅱ相肝酵素の誘導、並びに循環甲状腺ホルモンのわずかな低下が認められた(10)。しかし、この試験では甲状腺刺激ホルモン濃度に有意な変化は認められなかった。マウスのがん原性データの包括的レビューの結果、甲状腺刺激ホルモンに対する有意な影響及び甲状腺に対する毒性が認められないことから、甲状腺において過形成または腺腫発生率が増加した原因は依然不明と結論づけられた(2)。またTBAの投与によって、高用量群の雌雄において膀胱の移行上皮の慢性炎症及び過形成の発生率の増加も認められた。

ラットでは、尿細管の腺腫及び癌腫の発生率の増加がTBAに曝露された雄に認められたが、その増加に用量依存性はなかった。この事実から、これらの腫瘍がα2μ―グロブリン腎症を介した作用機作に起因することが示唆される。α2μ―グロブリン腎症は、性及び種に固有のヒトと関連性のない毒性所見であることがよく知られている(11,12)。腎髄質における線状石灰化の病巣、すなわちα2μ―グロブリン腎症の持続によることが知られている病変が高用量群の雄ラットで認められた(1,6)。さらに、TBAはα2μと相互作用することが明らかにされた。これにより雄ラットの腎臓へのα2μの蓄積が説明できる(5)。雌ラットには顕著な腫瘍性所見は認められなかったが、対照の動物と比較して全てのTBA用量群において腎症の重症度に用量依存的な増悪が認められた(平均の重症度:0―4スケールで1.6、1.9、2.3及び2.9)。発生率は全群で50匹の動物中47~48匹であった。また、中用量群及び高用量群に移行上皮過形成及び化膿性炎症の発生率の増加並びに高用量群の動物1匹に尿細管過形成が認められた。雌ラットにおける腎臓の所見のヒトとの関連性は現時点で不明である。

2年間のがん原性試験はTBAに関するPDE値の算出に最も妥当であると考えられた。ラットとマウスを用いたがん原性試験の結果から、PDE値は2つの異なるシナリオに基づいて算出した。

(1) 雄ラットの腎臓の病変及び腫瘍の所見はヒトとの関連がないため、雌ラットで認められた最低用量群(最小影響量(LOEL)=175mg/kg/day)の腎症の重症度の増加をPDE値の算出に使用する。

または

(2) 最低TBA用量群(LOEL=510mg/kg/day)の雌マウスの甲状腺における濾胞細胞過形成発生率の増加をPDE値の算出に用いる。

シナリオ1(ラット):LOEL(腎症)175mg/kg/day

F1=ラットからヒトへの外挿を行う係数5

F2=個人差を考慮した係数10

F3=投与期間(2年)の補正係数1

F4=低用量での影響(雌の腎症)の重症度が対照の動物と比較して類似しているため1

F5=腎症のNOELが得られていないため5

許容濃度値=(35x1,000)/10=3,500ppm

シナリオ2(マウス):LOEL(濾胞細胞過形成)510mg/kg/day

F1=マウスからヒトへの外挿を行う係数12

F2=個人差を考慮した係数10

F3=投与期間(2年)の補正係数1

F4=過形成応答が全用量で軽微から軽度の平均重症度であり、甲状腺腫瘍が低用量で認められなかったため1

F5=過形成のNOELが得られていないため5

許容濃度値=(42.5x1,000)/10=4,250ppm

2年間のラット試験で特定されたLOEL175mg/kg/dayに基づいて算出されたTBAの最終的なPDE値は、35mg/dayである。

生殖発生毒性

TBAはラット及びマウスにおける骨格または内臓の形成異常との関連はなく、用量1,000mg/kg/day以上で発育遅延または周産期死亡を誘発した(2)。

生殖/発育毒性スクリーニング試験において、TBAを用量レベル0、64、160、400及び1,000mg/kg/dayでSprague―Dawleyラット(12匹/性/群)に、雄の場合は最大63日間及び雌の場合は交尾前4週間から出生後20日まで強制経口投与した(13)。交尾指標、受精指標、妊娠指標、妊娠期間指標のいずれの生殖パラメータに対しても毒性影響は認められなかった。妊娠及び授乳期間に1,000mg/kg/dayのTBAを摂取した雌親において、平均産仔数の有意な減少、妊娠当たりの出生数の減少、死産仔数の増加、出生後4日までの仔の死亡率の増加及び仔の平均出生時体重の減少が認められ、体重減少は離乳時まで継続した。400mg/kg/day以上の群で親における毒性(一過性の中枢神経系への影響、体重及び摂食量の減少)が認められた。生殖/発生影響に関する無毒性量(NOAEL)は400mg/kg/dayと同定された。

1,000mg/kg/day群では、嗜眠や運動失調のような可逆性の中枢神経系影響及び摂食量減少並びに体重増加抑制等、軽度から中等度の一過性全身性毒性が親世代の雌雄で認められた。400mg/kg/day群では、雌における軽度の一過性嗜眠/運動失調の発生率の増加が認められた。親の毒性に関するNOELは160mg/kg/dayであった。

反復投与毒性

亜慢性毒性試験において、TBAをF344/Nラット(10匹/性/用量)に用量レベル0、2.5、5、10、20及び40mg/mLで13週間自由飲水投与した(176、353、706、1,412及び2,824mg/kg/dayに相当)(6)。2,824mg/kg/day群において、雄の全例及び雌6匹が試験中に死亡した。腎症がこの試験で認められた最も感受性の高い変化だった。雄の低用量の4群において、対照動物と比較して腎症の重症度の増悪が認められ、353、706及び1,412mg/kg/day群では腎臓に硝子滴の蓄積が認められた。雌の高用量の3群(706、1,412及び2,824mg/kg/day群)における腎症の発生率は対照の発生率より有意に高かった。膀胱の移行性上皮過形成及び炎症は2,824mg/kg/day群の雌及び1,412mg/kg/day以上の群の雄で認められた。最低用量での雄ラットの腎症に基づいて、176mg/kg/dayがLOELと考えた。上記のように、α2μ―グロブリン腎症は、ヒトと関連がないことがよく知られた性及び種に固有の毒性所見である(11,12)。

TBAをB6C3F1マウス(10匹/性/用量)に、ラットに投与した条件と同一の条件(446、893、1,786、3,571及び7,143mg/kg/dayに相当する用量)で13週間飲水投与した(6)。7,143mg/kg/day群において、雄2匹及び雌1匹が死亡した。3,571mg/kg/day以上の群の雄及び7,143mg/kg/day群の雌の最終的な平均体重は対照動物より有意に低かった。移行性上皮過形成及び炎症が同じ群の膀胱で認められた。NOELは1,786mg/kg/dayと同定された(6)。

結論

TBAのPDE値は、2年間ラットがん原性試験から得られた雌の腎症についてのLOELに基づいて35mg/dayと算出された。TBAをICHQ3Cガイドライン「医薬品の残留溶媒ガイドライン」中の表2のクラス2(制限すべき溶媒)に位置付けることを推奨する。

参考文献

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