○「医薬品開発におけるヒト初回投与試験の安全性を確保するためのガイダンス」の改訂等について
(令和元年12月25日)
(薬生薬審発1225第1号)
(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長通知)
(公印省略)
標記ガイダンスについては、「「医薬品開発におけるヒト初回投与試験の安全性を確保するためのガイダンス」について」(平成24年4月2日薬食審査発0402第1号)により、周知してきたところです。
今般、健康成人を対象とした治験における死亡例発生事案に関する調査結果報告書(令和元年11月27日薬機発第1127020号)等を踏まえ、医薬品開発におけるヒト初回投与試験の実施に当たって、被験者の安全性をさらに確保するため、下記の通り,ガイダンスの3.4.2.h及び3.4.3を改め、3.4.2.iを追加するとともに、所要の修正を行い、本日から適用することとしました。当該ガイダンスは、ヒト初回投与試験を対象とするものですが、今般改正した箇所については、医薬品の忍容性を評価するための開発初期の臨床試験を実施する際にも参考とし、さらなる治験の安全性確保に努めていただきますよう、貴管下関係業者等に対して周知方お願い申し上げます。
なお,新旧対照表及び改正後のガイダンスを参考として別添いたします。
記
3.4.2.h 有害事象/副作用の観察とモニタリング
試験デザインは,有害事象/副作用を十分に観察できるものとすべきである.また,起こりうる副作用を特定するために,被験薬の作用機序,非臨床薬理試験及び非臨床安全性試験による知見及び予想される反応の全てを利用すべきである.治験に関わる医療従事者は,これら予想される反応,あるいは当該反応以外の重篤な有害事象/副作用を見出すためのトレーニングを受ける必要がある.ヒトにおいて予想される有害事象/副作用がある場合には,治験実施計画書にそれらに対する処置を予め記すべきである.また,それらに対応可能な治療薬,対応可能な医療従事者及び医療機関についても明確にしておく必要がある.抗悪性腫瘍薬の場合には、利用可能な支持療法、対症療法についても明確にしておく必要がある.
観察期間の長さ及び観察事項については,薬物動態(PK),薬力学(PD)及び安全性試験に基づいてその正当性を示さなければならない.長期間にわたる生理学的変化や回復性の悪い毒性が見込まれる場合は,特に注意して設定する必要がある.
また,被験薬のうち中枢神経症状をひきおこすもの,例えば,幻覚・妄想等により被験者が病識の無い状態に至る可能性のあるもの,類薬において幻覚・妄想の発現や自殺又は攻撃性・敵意に関する注意喚起が行われているものについては,被験者が心身に生じた症状を自ら説明することが困難なことや,自殺等の重大な転帰を生じさせるリスクがある.このような被験薬の治験を行う際には,治験依頼者は,有害事象/副作用の観察とモニタリングのために,被験薬や試験のリスクに応じて,精神科医や神経内科医の診察が施設内で可能な治験実施医療施設に治験を依頼する,治験責任医師・治験分担医師に精神科や神経内科の関係専門医を含める,適切な観察期間を設定することなどを検討すべきである.また必要に応じて,有害事象/副作用の評価観察のため,被験者の家族等、治験に参加する前の状況を知る者から情報を収集できるよう予め同意を取得することも一案である.
3.4.2.i 被験者への説明,情報提供
3.4.2.aに示したとおり,通常,初回投与試験では,一部の試験を除いては,被験者が治療上の恩恵を受けることは期待されておらず,被験者が患者であれ,健康人であれ,その安全性及び人権を確保すること並びに,臨床試験より得られる知見の重要性を周知することを考慮すべきである.
特に被験者の安全の確保のためには,治験実施時までに得られている非臨床試験及び臨床研究の結果並びに作用機序から発現が想定される有害事象及び類薬等の添付文書で注意喚起されているような有害事象等のうち,重大な転帰につながる可能性のあるものについては,治験を実施する医療施設に対して十分な説明を行うとともに,被験者に文書を用いて適切に情報提供を行う必要がある.なお,被験者が健康人である場合は,被験者からの有害事象の申告が,負担軽減費の減額や追加的な検査の実施等,被験者が期待しない結果につながることをおそれ,安全上重大な状況であっても,症状を十分に申告せず治験の継続を希望する可能性や,専門医療機関の受診又は観察期間の延長を拒否する可能性がある.そのため,特に健康被験者への情報提供に際しては,治験の科学的な意義並びに被験者の安全及び人権の確保が最優先されることを強調するとともに,被験者が心身の変調を含め生じた有害事象を漏らさず速やかに医療施設の従事者に伝え,それに応じて医療施設が当該有害事象に対して適切な対応をとることが,被験者の安全の確保のみならず,医薬品の科学的な理解の促進,及び医薬品の適切な開発につながることを説明する必要がある.
この際の有害事象に対する適切な対応とは,精神科や神経内科の専門医の受診等に基づき必要な医療を提供することのみならず,必要があれば被験者の保護のために,有害事象が生じた被験者に対する治験を中止すること,緊急入院を行うこと,入院期間の延長,被験者の家族等へ被験者保護のために必要な連絡を取ること及び特に被験薬が中枢神経症状を来しうる場合は,中枢神経症状を伴う重大な転帰に至る可能性がある際に,精神保健指定医の診察を受けるよう協力を求めることを含む.
3.4.3 臨床試験の実施施設及び人員
ヒト初回投与試験は,適切な医療施設において,必要な教育と訓練を受け,初期段階の臨床試験(つまり第Ⅰ相,第Ⅱ相)を実施するために十分な専門知識と経験を持つ治験担当医師と適切なレベルの訓練を受けた経験を持つ医療従事者によって実施されるべきである.
この際,治験実施までに得られている非臨床試験及び臨床研究の結果,作用機序から想定される有害事象,類薬等の添付文書で注意喚起されているような事象等のうち,重大な転帰等につながる可能性のある事象については,治験依頼者と治験を実施する医療施設間で十分に共有した上で,それに対応する手段等が治験実施体制に含まれていることが必要である.具体的な手段はリスクに応じて様々な方法が考えられるが,治験実施計画に対応する検査を含めることや,3.4.2.hで示した有害事象/副作用の観察とモニタリング,そして想定される有害事象/副作用に対処可能な治験責任医師,治験分担医師等を治験実施体制に加えること,重大な転帰につながる可能性のある事象が発現した際に,当該事象等について臨床経験のある,専門の医師の意見を速やかに参照する体制を整えること等が想定される.
治験に参加する医師や医療従事者は,試験デザインや被験薬,その標的,作用機序及び予想される有害作用について理解していなければならない.また,臨床薬理学に造詣の深い者と,臨床的な経験のある者との適切な協力関係が構築されていることが重要である.
実際に重大な転帰等につながる事象の発生に対応するために,臨床試験実施医療施設は,緊急事態(心肺停止状態,アナフィラキシー,サイトカイン放出症候群,意識消失,けいれん,ショック等)に対応可能な設備を備え,医師等を配置しておくべきである.また,専門外の事象が生じた場合の対応については,事前に他の医療機関の専門の医師/施設と連携し,即時の対応が可能な体制を構築しておく必要がある.そのために被験者の移動や治療に関する責任と業務遂行についての手順を備え,救命救急施設(外部を含む)を利用できるようにしておくべきである.
なお,ヒト初回投与試験は,一部の抗悪性腫瘍薬等を除き、単一の治験実施計画書として同一施設で実施するのが原則である.いくつかの施設が関与する場合には,適切な計画により全ての被験者の安全性を確保するための十分な情報伝達システムが必要である.予期せぬ重大な被験薬の安全性情報は,このシステムにより迅速に参加施設に伝達すべきである.
(参考1)
(参考2)
医薬品開発におけるヒト初回投与試験の安全性を確保するためのガイダンス
目次
概説
1.序論
2.対象とする範囲
3.ガイダンス主文
3.1 リスク要因
3.1.1 被験薬の作用機序
3.1.2 標的分子の特性
3.1.3 非臨床試験における動物モデルの妥当性
3.2 被験薬の品質
3.2.1 構造その他の特性の解明
3.2.2 不純物等の管理
3.2.3 非臨床試験で用いた被験薬との品質の一貫性の確保
3.3 非臨床試験
3.3.1 動物モデルの妥当性の確認
3.3.2 薬力学
3.3.3 薬物動態
3.3.4 安全性薬理
3.3.5 毒性
3.4 臨床試験
3.4.1 一般的な考え方
3.4.2 治験実施計画書
3.4.2.a ヒト初回投与試験における被験者の選択
3.4.2.b ヒト初回投与量の設定
3.4.2.c 投与経路と投与速度
3.4.2.d 試験デザイン
3.4.2.e 次投与用量段階への移行
3.4.2.f 用量漸増の計画法
3.4.2.g 中止する場合の基準ルール及び投与継続に関する決定
3.4.2.h 有害事象/副作用の観察とモニタリング
3.4.2.i 被験者への説明,情報提供
3.4.3 臨床試験の実施施設及び人員
参考文献
品質確保関連
非臨床試験関連
臨床試験関連
医薬品開発におけるヒト初回投与試験の安全性を確保するためのガイダンス
概説
本ガイダンスは,医薬品開発における非臨床から初期臨床試験への移行を支援するための基本的な考え方を示すものである.被験薬をヒトに初めて投与する際のリスク要因を予測し,さらに,被験薬の品質,非臨床試験及びヒト初回投与試験に関する計画・実施について言及する.ヒトへの初回投与量の設定,それに続く用量漸増法及び臨床試験の実施にともなう被験者リスクを低減するための考え方を示すものである.
1.序論
被験者の安全性は,考慮すべき重要課題である.特にヒトで初めて投与される被験薬の安全性は,事前に集められた科学的知見に基づいて,個々に評価されるものでなければならない.本ガイダンスは,被験薬の非臨床試験及びヒト初回投与試験を計画する際,考慮すべきリスク要因を治験依頼者及び治験の実施に係る業務に携わる者等に例示することにより,被験者の安全性を確保するためのものである.なお本ガイダンスにおけるヒト初回投与試験とは,臨床試験の一般指針(ICH E8)でいう,いわゆる第Ⅰ相試験のうち世界で初めてわが国で行われる新有効成分に関わる試験である.
一般に,事前に得られた類似医薬品及び被験薬に関する科学的知見から被験薬のリスク要因が特定される.しかしながら,被験薬の標的がヒトにおいてより特異的であるという性質や他の要因により,非臨床試験からは必ずしも安全性に関する十分な情報が得られないこともある.
健康人あるいは患者でのヒト初回投与試験の際には,多数の情報源を基に,初回投与量の設定法,それに続く用量漸増法,投与間隔,リスク管理方法を含む,ヒト初回投与試験計画を定める必要がある.
なお,ヒト初回投与試験においてリスクを増大させる可能性のある被験薬の品質についても配慮すべきである.
本ガイダンスは既存の参考資料(参考文献参照)と共に一般的な指針として読まれるべきであり,最新の知見に基づいて個別の疾患及び被験薬ごとにケース・バイ・ケースで対応されたい.
2.対象とする範囲
本ガイダンスは,新規の化学薬品及び生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)に適用する.ただし,遺伝子治療用医薬品及び細胞・組織利用医薬品は除く.主として,ヒト初回投与試験前に実施される被験薬の品質確保,非臨床試験やそれに引き続くヒト初回投与試験を対象とするものである.
なお,我が国の指針及びICH M3(R2)等に記載されているマイクロドーズ臨床試験を含む早期探索的臨床試験については,該当するガイドラインを参照されたい.
3.ガイダンス主文
新規被験薬は非臨床試験によりヒト初回投与前にリスクを予測するための安全性データが収集されるが,非臨床試験ではヒトにおける重篤な有害作用を十分に予測できないことがある.従って,非臨床試験を吟味しヒト初回投与試験のデザインを慎重に検討することが必要とされる.ヒト初回投与試験を計画する際,治験依頼者及び実施者は,リスク要因を考慮しリスク低減策を検討しなければならない.
3.1 リスク要因
被験薬の重篤な有害作用発現の可能性を予測するには,リスク要因を特定する必要がある.1)作用機序,2)標的分子(作用部位)の特性,3)モデル動物の妥当性について十分な情報が欠如している場合,あるいはヒトへの安全性予測が困難な場合には,ヒト初回投与時におけるリスクが増大する.
従って,治験依頼者はヒト初回投与試験に関する以下の各項目について,被験薬ごとに検討しなければならない.
3.1.1 被験薬の作用機序
被験薬の主薬理作用及び副次的薬理作用を理解するためには,想定される作用機序に関する知見を検討することが重要である.in vitro及びin vivo試験系で観察された薬理作用(持続時間及び用量―反応関係)と想定される作用機序の関係を,可能な範囲で,被験薬への特異的な標的分子の特性,被験薬の受容体/標的への結合親和性と占有率から理解することが必要である.また,これらは薬理作用の種差,遺伝的(遺伝子)多型の影響,及び薬物相互作用等の予測にも役立つ.
加えて,被験薬が複数の活性部位と結合する場合は,それぞれ単独の活性部位では認められない作用が発現する可能性も考慮すべきである.
作用機序に関連するリスク要因を検討する際には,以下について配慮することが必要である.
①関連する作用機序を持つ化合物を過去にヒトへ曝露した際の安全性
②動物モデル(トランスジェニック又はノックアウト動物を含む)における,主あるいは副次的薬理作用による重篤な毒性リスクの有無
③有効成分の分子構造に関する新規性
非臨床試験結果から予期できない有害作用が発現し得るリスクを考慮して,初回投与量の設定において推定最小薬理作用量(MABEL:Minimal Anticipated Biological Effect Level)を用いることがある.有害反応が予期できない場合とは,同定された標的分子に作用する既存薬の情報がない場合や,標的分子が複数のシグナル伝達経路を活性化/遮断する場合(例えば,標的分子が多様な生物学的活性を惹起する場合),もしくは免疫系のように生体内で広範に発現している場合,又は生体の対応能を超えた薬理作用が発現する可能性がある場合(例えば,CD3又はCD28に対するスーパーアゴニストによるサイトカイン放出)等を指す.なおMABELの設定の根拠とされる薬力学(PD)試験は,必ずしもGLPに準じて行わなくても良いが,信頼性の高いものであるべきである(MABELに関する詳細は3.4.2.bに記載).
3.1.2 標的分子の特性
治験依頼者は,以下の標的分子の特性を踏まえ,利用可能な知見に基づき,ヒト初回投与のリスクを検討すべきである.
①標的分子の構造,組織分布(ヒトの免疫系細胞における発現を含む),細胞特異性,疾患特異性,生体内での制御機構,発現量,反応カスケードの下流への影響等,これらの要因の健康人と患者間の差異
②標的分子の遺伝的(遺伝子)多型の有無
3.1.3 非臨床試験における動物モデルの妥当性
治験依頼者は必要に応じて,標的分子の相同性,組織分布,シグナル伝達経路及び生物学的活性について非臨床試験に用いる動物モデルとヒトとの間で比較し予想すべきである(3.3.1参照).
3.2 被験薬の品質
ヒト初回投与試験に用いられる被験薬の製造管理及び品質管理は,「治験薬の製造管理,品質管理等に関する基準(治験薬GMP)について」(平成20年7月9日薬食発第0709002号)に基づいて行う.また,製造販売承認申請を見据え,効率的に医薬品開発を進めるため,暫定的に規格及び試験方法を設定しておくことが望ましい.規格及び試験方法の設定には,ICH Q6A及びQ6Bガイドラインを参考にされたい.
被験薬の品質については,3.2.1から3.2.3までの内容を考慮する必要がある.
3.2.1 構造その他の特性の解明
適切な分析法を用いて,構造と物理的化学的性質を明らかにする.糖タンパク質のように不均一性が高い被験薬で,薬理プロファイルに影響を与える可能性のある場合は,薬理作用との関係を明らかにしておくことが望ましい.
初回投与量を設定するためには,物質量に対する信頼性のある定量法を定めておくことが重要である.被験薬がタンパク質等の場合は,物質量の定量法の他に,当該被験薬の生物学的性質に基づき力価試験を設定し,比活性を求めておく.力価の基準となる公的標準品がない場合は,独自に標準物質を定めておく.保存期間中に有効成分が劣化したり,容器等に吸着したりすることがあるので,被験薬の安定性や容器等への吸着性を検証し,意図する投与量が保証されていることを確認する.
3.2.2 不純物等の管理
被験薬の製造工程,保存中の安定性を勘案し,安全性への影響が懸念される不純物の混入が否定できない場合には,健康被害を生じないと考えられる基準を明確にしておく.低分子化合物のように化学合成により製造される被験薬に一定レベル以上含有される不純物に関しては,ICH Q3A,Q3B及びQ6Aガイドライン等を参考に,必要に応じて文献情報や非臨床試験結果に基づき,安全性に問題がないことを示すべきである.
生物薬品を有効成分とする被験薬には,目的物質由来不純物として凝集体や分解物,製造工程由来不純物として宿主由来タンパク質,感染性物質としてウイルスやマイコプラズマ等が混入する可能性がある.意図しない凝集体や宿主細胞由来タンパク質は,直接・間接的に免疫原性を高めることにより有害作用を引き起こす可能性があるので可能な限り除去する.ヒトや動物由来の細胞株を生産基材とする場合は,細胞株適格試験,及び製造工程の適切な段階で感染性ウイルス否定試験を実施することにより,ウイルス汚染等に関する被験薬の安全性を確保する必要がある(ICH Q5A及びQ5D参照).製造工程においてヒトその他の生物(植物を除く)に由来する原料又は材料を使用している場合は,「生物由来原料基準」(平成15年5月20日厚生労働省告示第210号)を遵守する.ウシ血清等で生物由来原料基準に適合しない原材料をやむを得ず使用している場合は,その旨を被験者に情報提供する.
剤形に応じて,無菌試験,不溶性異物検査,不溶性微粒子試験,エンドトキシン試験等を実施し,ヒトに投与する薬物として適切な品質を確保することが必要である.試験方法として日本薬局方一般試験法が参考となる.
3.2.3 非臨床試験で用いた被験薬との品質の一貫性の確保
ヒト初回投与試験に用いる被験薬は,非臨床試験で用いた被験薬との間で,安全性又は有効性に悪影響を与えるような3.2.1で示す構造やその他の特性,3.2.2で示す不純物等のプロファイルが異なるものであってはならない.
生物薬品である被験薬については,ICH Q5E及びS6ガイドラインを参考にして,非臨床試験実施後に被験薬に含まれる有効成分の製法が変更され,変更前後で品質に差異が認められた場合,既存の知見から有効性・安全性に影響がないことを十分に類推できなければ,ヒト初回投与試験に用いてはならない.類推できない場合は,追加的な非臨床試験を実施し,品質の差異が非臨床試験結果に悪影響を及ぼさないことを確認した上で,ヒト初回投与試験に用いるべきである.
3.3 非臨床試験
3.3.1 動物モデルの妥当性の確認
被験薬に対するヒトと動物の生物学的反応は,質的又は量的に異なる場合がある.一般的に,動物モデルを用いた試験は,以下に示す点でヒトでの安全性又は有効性を十分に評価できないことを理解することが重要である.種特異性の高い被験薬で動物を用いた非臨床試験を行う場合には,被験薬に対する作用機序及び標的(作用部位)の特性を踏まえ,被験薬に対するヒトと動物の生物学的反応ができるだけ近いと考えられる適切な動物モデルで実施することが必要である.
①ヒトで意図する薬理作用が動物で発現されるとは限らないこと
②薬物動態学(PK)と薬力学(PD)的結果の関係についての適切な評価が行われない可能性があること
③ヒトでの毒性学的影響を適切に予測できない可能性があること
④生物薬品の場合,ヒト内因性物質との類似性により抗体が生成したときの被験者へのリスクが異なるが,動物モデルでは必ずしも適切な評価ができないこと
動物モデルの妥当性を示す際には,以下について検討すべきである.
①標的分子の発現,組織分布及び一次構造
ただし,ヒトと動物との間で標的分子に高い相同性が見られる場合でも,同等の薬理作用を示すとは限らない.
②ヒト及び動物試料(ヒト型試験系も含む)を用いた交差反応性(例えばモノクローナル抗体等)
③薬力学的側面
・受容体/標的への結合親和性及び占有率,並びに薬理学的活性
・必要且つ可能ならば、付加的機能ドメインの活性に関する動物データ(例えばモノクローナル抗体に対するFc受容体*系)*Fc受容体:免疫グロブリン(抗体)分子のFc部位に対する受容体である.
④代謝及びその他の薬物動態学(PK)的側面
動物モデルの選択については,選択理由を明確にする.妥当な動物種が存在しない場合は,相同タンパク質又はヒト型標的分子を発現している遺伝子改変動物の利用が考えられる.相同タンパク質と標的との相互作用により,ヒトで予測される被験薬の生物学的活性が惹起される場合には,ヒトでのリスク評価に有益である.また,ヒト細胞等を用いたin vitro試験により,適切な追加情報を得られる場合がある.
被験薬の非臨床安全性評価においては,使用する全ての動物モデルの妥当性と被験薬の評価における限界について慎重に検討すべきである.
3.3.2 薬力学
薬力学(PD)試験は被験薬の生物学的影響とその標的,並びに作用機序に関する知見を提供するためのものでなくてはならない.これらのデータは被験薬の薬理学的な特性を明らかにし,最も適切な動物モデルを同定するのに役立つ.被験薬の主たる作用及び副次的作用を,動物及びヒトのin vitro及びin vivo試験で十分に解明すべきである.これらの試験には標的親和性についての項目が含まれているべきであり,受容体/標的への結合及び占有率,薬理作用の持続時間及び用量―反応関係の検討といった機能的反応と関連づけることが望ましい.
薬理学的作用の用量(濃度)相関性は,主要な薬理作用及び活性本体を特定するために,十分な用量段階を用いて検討すべきである.
3.3.3 薬物動態
動物及びヒトの薬物代謝や血漿タンパク結合に関するin vitro試験成績,並びに安全性試験で使用した動物種における全身曝露データをヒト初回投与前に入手できるようにすべきである(ICH S3,S6及びM3(R2)ガイドライン参照).
適切な動物モデルにおいてヒトでの安全性に影響を与える薬理作用が疑われた場合には,その薬理作用と曝露量(AUC/Cmax)との関係を検討すべきである.
3.3.4 安全性薬理
ヒト初回投与前には,主要な生理的機能(例えば,心血管系,中枢神経系及び呼吸器系)に及ぼす機能的な影響を明らかにすべきである(ICH S7A,S7B,S6及びM3(R2)ガイドライン参照).また,必要に応じて他の器官系への影響を検討するための追加試験を実施する.特に,種特異性の高い被験薬については,ヒト試料も含めたin vitro試験の実施を検討しなければならない.
3.3.5 毒性
毒性試験は適切な動物種を用いて実施し,原則としてトキシコキネティクスを含めて評価すべきである.ヒトでのリスクを増大する要因が特定された場合には(3.1),必要に応じて適切な評価項目の追加を検討すべきである.
適切でない動物種を用いた毒性試験からは誤った結論が導かれる可能性がある.相同タンパク,遺伝子改変動物,あるいはヒト細胞等を用いたin vitro試験により,被験薬の安全性評価に資する情報が得られる場合がある.ヒトタンパクあるいはヒト型タンパクは,実験動物において免疫原性を示す傾向があり,反復投与毒性試験では,中和抗体等の発現により,ヒトでの毒性学的影響を予測困難にする場合がある.
病態モデル動物では,薬理学的作用,薬物動態(PK),疾病に関連する標的分子の発現,臨床での用法/用量及び安全性に関して有益な情報が得られることがある.このため,非臨床試験で一般的に用いられる動物種に代わって,病態モデル動物を用いた試験が利用される場合があるが,その場合,当該試験が被験薬の安全性評価に有用であることを科学的に説明すべきである.
3.4 臨床試験
3.4.1 一般的な考え方
ヒト初回投与試験に参加する被験者の安全性は,有害作用発現のリスク要因を特定し,それを計画的に低減することによって高めることができる.これらのリスク要因を低減するために,試験計画をたてる際は以下について検討すべきである.
①被験薬の品質に関わるリスク
②懸念される毒性
③適切な動物モデル(非臨床試験)から得られた知見
④適切な被験者集団(健康人・患者)
⑤予想される有害事象/副作用に対する被験者の忍容性
⑥被験者の遺伝学的素因により被験薬の反応に差異がでる可能性
⑦患者が他の医薬品や医療手段から利益を得られる可能性
⑧被験薬の予測される治療濃度域
3.4.2 治験実施計画書
治験実施計画書は,被験薬ごとに標的分子に関する知見をもとに以下について考察し,被験者の安全性確保に配慮し,その正当性を可能な範囲で示す必要がある.
①対象被験者
②実施施設
③初回投与量とその設定根拠
④投与経路及び速度
⑤投与期間と観察期間
⑥用量群ごとの被験者数
⑦同一用量群内の被験者への投与順序及び間隔
⑧用量漸増の手法
⑨次の用量群への移行基準
⑩投与中止基準,休薬基準,再開基準
⑪⑧~⑩の判断根拠となる安全性評価手法
⑫被験者への投与,用量漸増及び臨床試験の変更又は中止手順及びそれらを決定する体制と責任の所在
一般に,被験薬の薬理作用が,生命維持に重要な器官等に大きな影響を示す場合,また,被験薬の投与によるリスクが大きいと懸念される場合,ヒト初回投与試験における安全な投与量の設定,リスクを最小限にする措置がより重要になる.これらの場合には,ヒト初回投与試験の初回用量の設定や試験デザインにおいてより慎重な予防的措置を考慮する必要性がある.治験実施計画書には予想される有害事象/副作用を監視・管理するためのリスク管理方法,臨床試験を変更又は中止する手順及びこれらを決定する体制及び責任の所在について記載すべきである.また,同じ用量群において次の被験者への投与の可否や用量を増加させるべきかの判断基準についても治験実施計画書に記載すべきである.治験依頼者は,治験実施計画書及び関連するリスク要因について専門家による評価を受け,これらの対策が適切に治験実施計画に組み込まれるようにすべきである.
ヒト初回投与試験でもプラセボ投与が含まれる場合がある.その場合は,割付コードを開示する条件等を治験実施計画書に記載しておくべきである.
被験者のリスクに関して不確実性の高いヒト初回投与試験の計画においては,非臨床試験における被験薬の薬理作用・毒性作用等の情報と結びつけることのできるバイオマーカー等を考察しておくことが推奨される.
3.4.2.a ヒト初回投与試験における被験者の選択
通常,初回投与試験では,一部の試験を除いては,被験者が治療上の恩恵を受けることは期待されていない.従って考慮すべきことは,被験者が患者であれ,健康人であれ,その安全性及び人権の確保であり,臨床試験より得られる知見の重要性である.
患者を対象とする場合においても,特別な理由がない限り被験薬と同時期に別の薬物投与を行うことは避けるべきである.なぜなら相互作用により患者の反応をより増大させ,有害作用等が被験薬に起因するものか否かの解釈を困難にさせるからである.従って,当該試験と十分な期間をあけずに別の臨床試験に参加する被験者は正当な理由がない限りヒト初回投与試験に参加させるべきではない.前の臨床試験の被験薬の薬物動態やその作用が残る期間を考慮し,治験実施計画書には異なる被験薬の同時又は直後の連続曝露を避けるための明確な除外基準を設けることが重要である.
3.4.2.b ヒト初回投与量の設定
ヒト初回投与量を慎重に設定することは,被験者の安全性を確保するために重要である.入手可能な全ての情報を考慮して,初回投与量を設定すべきであるが,どのような情報をどのように利用するかは,ケース・バイ・ケースで判断すべきである.
一般にヒト初回投与量は,最も感度の高い動物種を用いた非臨床毒性試験における無毒性量(NOAEL:No Observed Adverse Effect Level)をもとに,アロメトリック補正,あるいは,薬物動態(PK)情報に基づいてヒト等価用量(HED:Human Equivalent Dose)を算出し,さらに被験薬の特性や臨床試験デザインを踏まえた安全係数を考慮し設定される.また,例えば癌患者における従来の細胞毒性を有する被験薬のような場合では,その他の手法も考慮される(参考文献臨床試験の⑧参照).
特定のリスク要因(3.1)に影響される被験薬については,さらに付加的手法を用いて用量を設定すべきであり,薬力学(PD)に関する情報が有用な場合がある.つまり,MABELを用いて初回投与量を設定する場合には,ヒトと動物との間で被験薬に対する生物学的活性に差異がないか検討し,以下に示す情報を含めin vitro及びin vivo試験から得られた薬物動態(PK)/薬力学(PD)に関する全ての情報(例えば薬物動態(PK)/薬力学(PD)モデルも含む)を利用すべきである.
①ヒト及び適切な動物種由来の標的細胞を用いた受容体/標的への結合親和性及び占有率についての試験
②ヒト及び適切な動物種由来の標的細胞を用いた用量―反応曲線
③適切な動物種を用いた薬理学的用量における推定曝露量
ヒトにおける有害作用の発現を回避するために,安全係数を適用して,MABELから初回投与量を設定する場合には,被験薬の新規性,生物学的活性,作用機序,被験薬の種特異性,用量作用曲線の型等を踏まえ,適切な安全係数を設定すべきである.
ヒトへの初回投与量を設定する上で,NOAEL,MABEL等の設定根拠の違いにより異なる値が得られた場合は,科学的根拠に基づいて初回投与量を決定する.
3.4.2.c 投与経路と投与速度
ヒトへの初回投与の投与経路及び投与速度の選択は,非臨床データに基づいて正当性を示すべきである.一般に,静脈内投与の場合には,急速投与より,ゆっくりと点滴投与する方が安全性は高い.この点滴投与により有害作用発現の監視が容易になり,重篤な有害作用発現時には被験薬の投与中止等の対応が可能となる.
3.4.2.d 試験デザイン
通常,ヒト初回投与試験は,群間用量漸増法で実施されるが、初回投与時には一人の被験者に被験薬を単回投与するように計画することが適切である.その後の用量群(場合によってはプラセボ数名を含む)においてもリスクを低減するため,例えば,用量を上げるたびにまず1名で安全性を評価してから進めることがより適切である場合もある.このような場合には,引き続く被験者への投与の前に,被験者に現れた反応及び有害事象を観察し,結果を解釈するための十分な観察期間が必要である.観察期間の設定については,類似医薬品からの情報が得られる場合には,その情報と同定されたリスク要因を考慮に入れるべきである.
被験者の数(コホートの大きさ)は薬物動態(PK)並びに薬力学(PD)パラメータの変動の程度及び次の用量・試験へ進むために必要な情報や試験目的によって決まる.
3.4.2.e 次投与用量段階への移行
用量を漸増する際の増量基準は,次の高用量群に移行する際のリスクを低減するために,予め特定されたリスク要因を低用量群において評価し,次用量段階におけるリスクを低減するものである.増量判定基準は事前に非臨床試験データ,類似医薬品データを基に検討し,治験実施計画書に記載すべきである.各コホートにおいては,治験実施計画書に従って被験者に対処し,被験者からのデータや結果について十分評価する必要がある.予期せぬ有害事象により,用量段階の増加,増量幅及び投与間隔の修正が必要になる場合もある.
3.4.2.f 用量漸増の計画法
用量漸増は,薬物用量―反応曲線,曝露―反応曲線及び用量―毒性曲線等の傾きの度合いなどから非臨床試験により同定されたリスク要因を慎重に考慮し進めるべきである.
用量漸増幅は,非臨床試験で認められた用量―毒性曲線と用量―作用曲線のうち,より傾きが急なものを根拠として採用すべきである.すなわち,曲線の傾きが急であればあるほど,用量の増加はより低くすべきである.次の用量レベルを選択するには,主作用発現及び副作用発現を何らかの方法で評価することが求められる.
すでにマイクロドーズ試験等でヒトでの被験薬の濃度,薬理作用及び安全性についての情報がある場合には,それらを参照すべきである.通常,初回投与量は非常に低用量であるため,何ら薬理反応を示さないことが予想される.何ら臨床症状・所見が観察されない場合の次の用量に対する事前注意事項は前のステップの場合と同じである.
ヒトにおける情報がない場合での用量漸増幅の設定は不確実性を含んでおり,前のコホートから得られた薬物動態(PK)/薬力学(PD)及び安全性の情報をもとに,投与量,用量漸増手法を見直すこともありうる.このような場合のために,治験実施計画書に投与量変更の可能性とその手順を記載しておくべきである.
3.4.2.g 中止する場合の基準ルール及び投与継続に関する決定
治験実施計画書には,各コホートへの移行及び試験の中断・中止についてのルールを定めておくべきである.また,被験者への投与,用量漸増及びコホートや臨床試験の中断・中止の決定についての手順,体制及び責任の所在について規定すべきである.多施設共同試験の場合,施設間の緊急連絡の手順体制及び責任の所在を定めることも重要である.
3.4.2.h 有害事象/副作用の観察とモニタリング
試験デザインは,有害事象/副作用を十分に観察できるものとすべきである.また,起こりうる副作用を特定するために,被験薬の作用機序,非臨床薬理試験及び非臨床安全性試験による知見及び予想される反応の全てを利用すべきである.治験に関わる医療従事者は,これら予想される反応,あるいは当該反応以外の重篤な有害事象/副作用を見出すためのトレーニングを受ける必要がある.ヒトにおいて予想される有害事象/副作用がある場合には,治験実施計画書にそれらに対する処置を予め記すべきである.また,それらに対応可能な治療薬,対応可能な医療従事者及び医療機関についても明確にしておく必要がある.抗悪性腫瘍薬の場合には、利用可能な支持療法、対症療法についても明確にしておく必要がある。
観察期間の長さ及び観察事項については,薬物動態(PK),薬力学(PD)及び安全性試験に基づいてその正当性を示さなければならない.長期間にわたる生理学的変化や回復性の悪い毒性が見込まれる場合は,特に注意して設定する必要がある.
また,被験薬のうち中枢神経症状をひきおこすもの,例えば,幻覚・妄想等により被験者が病識の無い状態に至る可能性のあるもの,類薬において幻覚・妄想の発現や自殺又は攻撃性・敵意に関する注意喚起が行われているものについては,被験者が心身に生じた症状を自ら説明することが困難なことや,自殺等の重大な転帰を生じさせるリスクがある.このような被験薬の治験を行う際には,治験依頼者は,有害事象/副作用の観察とモニタリングのために,被験薬や試験のリスクに応じて,精神科医や神経内科医の診察が施設内で可能な治験実施医療施設に治験を依頼する,治験責任医師・治験分担医師に精神科や神経内科の関係専門医を含める,適切な観察期間を設定することなどを検討すべきである.また必要に応じて,有害事象/副作用の評価観察のため,被験者の家族等、治験に参加する前の状況を知る者から情報を収集できるよう予め同意を取得することも一案である.
3.4.2.i 被験者への説明,情報提供
3.4.2.aに示したとおり,通常,初回投与試験では,一部の試験を除いては,被験者が治療上の恩恵を受けることは期待されておらず,被験者が患者であれ,健康人であれ,その安全性及び人権を確保すること並びに,臨床試験より得られる知見の重要性を周知することを考慮すべきである.
特に被験者の安全の確保のためには,治験実施時までに得られている非臨床試験及び臨床研究の結果並びに作用機序から発現が想定される有害事象及び類薬等の添付文書で注意喚起されているような有害事象等のうち,重大な転帰につながる可能性のあるものについては,治験を実施する医療施設に対して十分な説明を行うとともに,被験者に文書を用いて適切に情報提供を行う必要がある.なお,被験者が健康人である場合は,被験者からの有害事象の申告が,負担軽減費の減額や追加的な検査の実施等,被験者が期待しない結果につながることをおそれ,安全上重大な状況であっても,症状を十分に申告せず治験の継続を希望する可能性や,専門医療機関の受診又は観察期間の延長を拒否する可能性がある.そのため,特に健康被験者への情報提供に際しては,治験の科学的な意義並びに被験者の安全及び人権の確保が最優先されることを強調するとともに,被験者が心身の変調を含め生じた有害事象を漏らさず速やかに医療施設の従事者に伝え,それに応じて医療施設が当該有害事象に対して適切な対応をとることが,被験者の安全の確保のみならず,医薬品の科学的な理解の促進,及び医薬品の適切な開発につながることを説明する必要がある.
この際の有害事象に対する適切な対応とは,精神科や神経内科の専門医の受診等に基づき必要な医療を提供することのみならず,必要があれば被験者の保護のために,有害事象が生じた被験者に対する治験を中止すること,緊急入院を行うこと,入院期間の延長,被験者の家族等へ被験者保護のために必要な連絡を取ること及び特に被験薬が中枢神経症状を来しうる場合は,中枢神経症状を伴う重大な転帰に至る可能性がある際に,精神保健指定医の診察を受けるよう協力を求めることを含む.
3.4.3 臨床試験の実施施設及び人員
ヒト初回投与試験は,適切な医療施設において,必要な教育と訓練を受け,初期段階の臨床試験(つまり第Ⅰ相,第Ⅱ相)を実施するために十分な専門知識と経験を持つ治験担当医師と適切なレベルの訓練を受けた経験を持つ医療従事者によって実施されるべきである.
この際,治験実施までに得られている非臨床試験及び臨床研究の結果,作用機序から想定される有害事象,類薬等の添付文書で注意喚起されているような事象等のうち,重大な転帰等につながる可能性のある事象については,治験依頼者と治験を実施する医療施設間で十分に共有した上で,それに対応する手段等が治験実施体制に含まれていることが必要である.具体的な手段はリスクに応じて様々な方法が考えられるが,治験実施計画に対応する検査を含めることや,3.4.2.hで示した有害事象/副作用の観察とモニタリング,そして想定される有害事象/副作用に対処可能な治験責任医師,治験分担医師等を治験実施体制に加えること,重大な転帰につながる可能性のある事象が発現した際に,当該事象等について臨床経験のある,専門の医師の意見を速やかに参照する体制を整えること等が想定される.
治験に参加する医師や医療従事者は,試験デザインや被験薬,その標的,作用機序及び予想される有害作用について理解していなければならない.また,臨床薬理学に造詣の深い者と,臨床的な経験のある者との適切な協力関係が構築されていることが重要である.
実際に重大な転帰等につながる事象の発生に対応するために,臨床試験実施医療施設は,緊急事態(心肺停止状態,アナフィラキシー,サイトカイン放出症候群,意識消失,けいれん,ショック等)に対応可能な設備を備え,医師等を配置しておくべきである.また,専門外の事象が生じた場合の対応については,事前に他の医療機関の専門の医師/施設と連携し,即時の対応が可能な体制を構築しておく必要がある.そのために被験者の移動や治療に関する責任と業務遂行についての手順を備え,救命救急施設(外部を含む)を利用できるようにしておくべきである.
なお,ヒト初回投与試験は,一部の抗悪性腫瘍薬等を除き、単一の治験実施計画書として同一施設で実施するのが原則である.いくつかの施設が関与する場合には,適切な計画により全ての被験者の安全性を確保するための十分な情報伝達システムが必要である.予期せぬ重大な被験薬の安全性情報は,このシステムにより迅速に参加施設に伝達すべきである.
参考文献
品質確保関連
①治験薬GMP:平成20年7月9日 薬食発第0709002号 治験薬の製造管理,品質管理等に関する基準(治験薬GMP)について
②バイオ医薬品:平成12年2月22日 医薬審第329号 ヒト又は動物細胞株を用いて製造されるバイオテクノロジー応用医薬品のウイルス安全性評価について(ICH Q5Aガイドライン)
③平成10年1月6日 医薬審第3号 組換えDNA技術を応用したタンパク質生産に用いる細胞中の遺伝子発現構成体の分析について(ICH Q5Bガイドライン)
④平成10年1月6日 医薬審第6号 生物薬品(バイオテクノロジー応用製品/生物起源由来製品)の安定性試験について(ICH Q5Cガイドライン)
⑤平成12年7月14日 医薬審第873号 生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)製造用細胞基剤の由来,調製及び特性解析について(ICH Q5Dガイドライン)
⑥平成17年4月26日 薬食審査発第0426001号 生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の製造工程の変更にともなう同等性/同質性評価について(ICH Q5Eガイドライン)
⑦平成13年5月1日 医薬審発第571号 生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の規格及び試験方法の設定について(ICH Q6Bガイドライン)
⑧化学合成医薬品:平成15年6月3日 医薬審発第0603001号 安定性試験ガイドラインの改定について(ICH Q1A(R2)ガイドライン)
⑨平成14年12月16日 医薬審発第1216001号 新有効成分含有医薬品のうち原薬の不純物に関するガイドラインの改訂について(ICH Q3Aガイドライン)
⑩平成15年6月24日 医薬審発第0624001号 新有効成分含有医薬品のうち製剤の不純物に関するガイドラインの改訂について(ICH Q3Bガイドライン)
⑪平成13年5月1日 医薬審発第568号 新医薬品の規格及び試験方法の設定について(ICH Q6Aガイドライン)
⑫平成10年3月30日 医薬審第307号 医薬品の残留溶媒ガイドラインについて(ICH Q3Cガイドライン)
⑬感染性物質関連:平成15年5月20日 厚生労働省告示第210号 生物由来原料基準
⑭平成15年8月1日 薬食審査発第0801001号 ウシ等由来原材料を使用した医薬品,医療用具等の一部変更承認申請等におけるリスク評価等の取扱いについて
⑮平成15年11月7日 薬食審査発第1107001号,薬食安発第1107001号,薬食監発第1107001号,薬食血発第1107001号 血漿分画製剤のウイルス安全性対策について
⑯試験法関連:平成18年3月31日 厚生労働省告示第285号 (最終改正 平成22年7月30日) 厚生労働省告示第322号 日本薬局方
⑰平成16年3月30日 厚生労働省告示第155号 (最終改正 平成21年10月16日) 厚生労働省告示第446号 生物学的製剤基準
非臨床試験関連
①平成22年2月19日薬食審査発0219第4号「医薬品の臨床試験及び製造販売承認申請のための非臨床安全性試験の実施についてのガイダンスについて」(ICH M3(R2)ガイダンス)
②平成12年2月22日医薬審発第326号「バイオテクノロジー応用医薬品の非臨床における安全性評価について」(ICH S6ガイドライン)
③平成22年6月4日薬食審査発0604第1号「抗悪性腫瘍薬の非臨床評価に関するガイドラインについて」(ICH S9ガイドライン)
④平成21年10月23日薬食審査発1023第4号「ヒト用医薬品の心室再分極遅延QT間隔延長の潜在的可能性に関する非臨床的評価について」(ICH Q7Bガイドライン)
⑤平成13年6月21日医薬審発第902号「安全性薬理試験ガイドラインについて」(ICH Q7Aガイドライン)
⑥平成10年6月26日医薬審第496号「非臨床薬物動態試験ガイドラインについて」
臨床試験関連
①平成9年3月27日厚生労働省令第28号「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」
②平成10年4月21日医薬審発第380号「臨床試験の一般指針について」(ICH E8ガイダンス)
③平成13年6月1日医薬審発第796号「医薬品の薬物動態試験について」
④平成20年6月3日薬食審査発第0603001号「マイクロドーズ臨床試験の実施に関するガイダンス」
⑤EUDRALEX- Vol. 10 - Clinical trials. In particular:Chapter I:Application and Application Form and Chapter II:Monitoring and Pharmacovigilance.
⑥Guideline on strategies to identify and mitigate risks for first-inhuman clinical trials with investigational medical products. EMEA/CHMP/SWP/28367/07
⑦Sims J. Member of ABPI/BIA Early Stage Clinical Trials Taskforce.
Calculation of the Minimum Anticipated Biological Effect Level (MABEL) and 1st dose in human. In:EMEA Workshop on the Guideline for first-in human clinical trials for potential high-risk medicinal products. 12 June 2007 London. Available from:
http://www.emea.europa.eu/pdfs/conferenceflyers/first_in_man/05-J_Sims_AstraZeneca.pdf
⑧Guidance for Industry;Estimating the Maximum Safe Starting Dose in Initial Clinical Trials for Therapeutics in Adult Healthy Volunteers (CDER/FDA,July 2005)
⑨令和元年11月27日薬機発第1127020号「調査結果報告書」(令和元年11月29日厚生労働省プレスリリース「健康成人を対象とした治験における死亡例発生事案に係る調査結果の公表について」別添2)