○今後の腎疾患対策のあり方について
(平成20年3月28日)
(健疾発第0328001号)
(各都道府県衛生主管(部)局長あて厚生労働省健康局疾病対策課長通知)
厚生労働行政の推進については、日頃より御理解、御協力いただき厚く御礼申し上げます。
今般、腎疾患対策検討会において、別添のとおり「今後の腎疾患対策のあり方について」を策定しましたので、本報告書を踏まえ、今後とも腎疾患対策を推進されるよう特段の御配慮をお願いします。
別添
今後の腎疾患対策のあり方について
平成20年3月
腎疾患対策検討会
はじめに
我が国における腎疾患患者は年々増加傾向にあり、国民の死因の第8位を占め、平成18年末には約26万人が透析療法を受けるなど、国民の健康に重大な影響を及ぼしている。中でも、腎機能低下が長期にわたり進行する慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease(CKD):以下「CKD」という。)は、発症・進展に生活習慣が関わっており、近年の科学的知見によれば、生活習慣の改善や薬物療法等によって進行予防が可能な疾患となってきているにもかかわらず、その重要性が必ずしも十分に理解されていない。医療現場でも自覚症状に乏しいことなどから容易に見過ごされがちである。CKDの概念と対策の重要性は国際的にも徐々に普及しつつあるが、我が国において、国民にCKDについて啓発するとともに、医療現場に適切な予防・治療を普及することにより、腎疾患の発症・進展予防対策を強化することは喫緊の課題である。
このような状況において、平成19年10月から、我が国における腎疾患対策のあり方について、作業班を含め5回にわたり検討を重ねた。生活習慣病予防対策や、透析・移植等の腎不全対策に比べ、CKDの重症化防止については、これまで施策の対象として明確化されてこなかったことから、特に本検討会の焦点として具体的な検討を行った。検討にあたっては、診療や保健指導に携わる医師、管理栄養士、地域保健関係者等の意見をいただいたほか、患者団体の代表からも貴重な意見を賜った。本報告書は、腎機能異常の重症化を防止し、慢性腎不全による人工透析導入への進行を阻止すること、さらにCKDに伴う循環器系疾患の発症を抑制することを目標として、対策の方向性をとりまとめたものである。
本報告を契機として、本報告書の示す方向に全ての関係者が一致して取り組むことにより、我が国における腎疾患対策が大きく飛躍することを期待する。
目次
1.腎疾患の現状
2.腎疾患対策の現状
3.慢性腎臓病(CKD)対策の今後
3―1.対策の目標
3―2.普及啓発
3―3.地域における医療提供体制の整備
3―4.診療水準の向上
3―5.人材育成
3―6.研究開発の推進
3―7.施策の評価
3―8.その他
検討の経過
腎疾患対策検討会構成員名簿
腎疾患対策検討会作業班班員名簿
図表
1.腎疾患の現状
腎疾患には、原因、病態の異なる疾患が含まれるが、近年、原因の如何を問わず、慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease(CKD):以下「CKD」という。)という広い概念で捉え直し、公衆衛生学的な対策を立てる必要があると多くの国で考えられるようになった。
○慢性腎臓病(CKD)とは
慢性腎臓病(CKD)とは、医学的には「蛋白尿などの腎障害の存在を示す所見」、もしくは「腎機能低下」が3か月以上続く状態と定義されている。
その発症のリスクファクターとしては、高齢、CKDの家族歴、過去の検診における尿異常や腎機能異常・腎形態異常、脂質代謝異常症、高尿酸血症、非ステロイド系消炎鎮痛薬(NSAIDs)などの常用、急性腎不全の既往、高血圧、耐糖能異常、糖尿病、肥満及びメタボリックシンドローム、膠原病、感染症、尿路結石などがある。
CKDは、糸球体濾過量(Glomerular Filtration Rate(GFR):以下GFRという。)によりその病期の進行度が表されており、1~5期に分類されている(表1)。CKD1~3期は自覚症状に乏しく、本人が気付いていないことが多いが、検査により発見することが可能である。最も重度であるCKD5期は腎機能が高度に低下又は廃絶した慢性腎不全の状態であり、人工透析を要する患者が多い。
また、CKDの進行は、その原因となった糖尿病や高血圧による影響を差し引いても、脳卒中、心筋梗塞等の心血管疾患のリスクを高めており、糖尿病や高血圧に匹敵する、心血管疾患の強い危険因子であることも知られている。
○疫学
腎機能が低下し、GFRが60ml/min/1.73m2未満である20歳以上の日本人は約1,098万人と推計されている。このうち、日本人の特性を考慮して、GFRが50ml/min/1.73m2未満の場合がCKD3~5期に相当すると考えると、CKD3~5期の患者は約317万人と推計される。これに、GFRが50ml/min/1.73m2以上で尿蛋白陽性である患者274万人を加えるとCKD患者数は約600万人と推定され、我が国におけるCKDの有病率は成人の約6%と考えられる。
また、慢性腎不全による透析患者の数は増加を続けており、平成18年12月には264,473人に達している(日本透析医学会 我が国の慢性透析療法の現況:図1)。新規透析導入患者も一貫して増加傾向にあり、平成18年には新たに36,373人に人工透析が導入されている。新規透析導入患者が慢性腎不全となった原因としては、糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、腎硬化症、多発性嚢胞腎の順に多く、特に糖尿病性腎症は全体の42.9%を占め、年々急速に増加している(図2)。
更に、腎不全による死亡者数は年間21,158人(平成18年人口動態調査)であり、悪性新生物、脳血管疾患、心疾患、肺炎、不慮の事故、自殺、老衰、肝疾患に次いで我が国における死因の第8位となっている(表2)。透析患者を始めとするCKD患者では、その合併症である脳血管障害や心疾患等が直接死因となっていることが多く、CKDがこれらの強い危険因子であることから、実際にはさらに多くの腎疾患関連の死亡があるものと考えられる。
このように、CKDはその患者数が多く、国民の生命や、生活の質に支障をきたす重篤な疾病である。
○治療法とその進歩
CKDの原疾患のうち、慢性腎不全に至る最大のものは糖尿病性腎症であるが、これは、十分な血糖管理を行うことで、その発症予防や進行の遅延が可能となる。また、高血圧による腎硬化症についても、同じく血圧を適切にコントロールすることにより、その発症予防や進行の遅延が可能である。すなわち、CKDの発症と進展には生活習慣が強く影響していることから、生活習慣の改善によりCKDの発症と進行を防止できる可能性がある。このほか、糸球体腎炎等による腎機能障害については、免疫抑制療法等による治療が現在行われており、良好な治療成績が得られている。
腎機能障害の進行防止のためには、血糖・血圧等の管理のほか、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)・アンジオテンシン受容体阻害薬(ARB)等による薬物療法や、塩分・蛋白の摂取制限等の食事療法が行われている。
これらの治療によっても腎機能障害が重症化し末期腎不全に至る場合には、腹膜透析、血液透析等の人工透析療法や、腎移植が行われる。
このように、CKDに対する治療法は近年進歩を遂げており、治療効果の向上やエビデンスの確立が進んでいる(図3)。
2.腎疾患対策の現状
現在の我が国における腎疾患対策は、健診による腎疾患の早期発見、透析医療の充実及び腎移植を中心に行われてきた。
腎疾患の早期発見のため、老人保健法に基づく基本健康診査、労働安全衛生法に基づく職場での健康診断、学校保健法に基づく学校健診等が実施されてきた。また、人工透析に関しては、医療関係者の資質向上や透析設備の不足地域における設備整備費用の補助による医療提供体制の確保、高額療養費制度や自立支援医療等による患者の医療費負担の軽減、院内感染防止対策、日本透析医会等と連携した災害時の医療提供体制の確保等が行われてきた。
臓器移植対策としては、脳死移植をはじめとする死体腎移植に関する法整備と共に、臓器移植ネットワークや移植コーディネーター等のシステムの確立、国民に対する普及啓発、医療機関等に対する協力要請などが行われてきた。
また、腎疾患に関する厚生労働科学研究としては、生活習慣病対策、特定疾患対策、再生医療、医療安全等に関する研究事業の資金が投入されているほか、平成19年度からは、「腎疾患重症化予防のための戦略研究」が実施されている。
健診による腎疾患の早期発見や、慢性腎不全患者への人工透析対策が政策的に推進されてきた一方で、腎機能に異常のみられた患者の治療や重症化予防については、医療現場に委ねられる部分が大きく、医療現場においても、糖尿病や高血圧などの他の疾患の治療の陰で、しばしばその重要性が見過ごされている。このため、他の疾患で医療機関に受診していても、腎疾患に対する適切な治療が行われないままで、人工透析が必要となって初めて専門医に紹介されるという場合もある。
こうした中、近年、CKDに関する医療水準の向上に関する関係学会の活動が盛んとなり、平成18年6月には日本慢性腎臓病対策協議会が設立された。日本腎臓学会においては、かかりつけ医がCKDの概念を認識し、CKD患者の早期発見・病診連携ができることを主眼とした「CKD診療ガイド」が平成19年9月に作成された。また、日本腎臓学会とCKDに関連する他の学会において、CKD対策に取り組むため合同委員会が組織されたり、各学会のシンポジウム等にCKD対策が取り上げられるなど、関連する学会の共同した取り組みが芽生えてきている。さらに、医学界だけではなく、マスメディアにおいても取り上げられるなど、CKDに対する国民の関心がこれまでになく高まりつつある。
3.慢性腎臓病(CKD)対策の今後
3―1.対策の目標
腎機能異常の重症化を防止し、慢性腎不全による透析導入への進行を阻止し新規透析導入患者を減少させること、さらにCKDに伴う循環器系疾患(脳血管疾患、心筋梗塞等)の発症を抑制することを目標とする。
3―2.普及啓発
○ 普及啓発の対象
CKDは、生命や生活の質に重大な影響を与えうる重篤な疾患であるが、適切な対応を行えば、予防・治療や進行の遅延が可能である。また、患者数が極めて多く、腎機能異常に気付いていない潜在的なCKD患者が存在すると推測される。
このため、国民に広く普及啓発を行い、健診の受診を促すなど、CKDへの意識を高めることが重要である。また、健診で異常を発見されても医療機関を受診しない者や、糖尿病、高血圧、メタボリックシンドローム、CKDの家族歴などを有するCKDハイリスク群、医療機関で治療中のCKD患者もCKDについての啓発活動の重要な対象であると考えられる。こうした活動を効果的に実施するためには、医療関係者、医療保険者、行政機関への啓発も重要である。
○ 普及啓発の内容
普及啓発すべき内容としては、
1.CKDが極めて患者数の多い身近な疾患であること
2.自覚症状に頼ると発見が遅れるが、尿検査や血清クレアチニン検査を受けること等により発見が可能なこと
3.腎機能の低下により将来透析に至る可能性があることや、心血管病変の進行が早まることなど、生命予後の悪化、入院リスクの増加、健康関連QOLの低下をもたらすこと
4.CKDが予防、治療や進行の遅延の可能な疾患であること
5.CKDが生活習慣と深く係わり、生活習慣の変更により改善が可能であること
などがある。
CKD重症化予防を広く普及・啓発することにより、それぞれの国民が「自分のこととして考える」ことが望まれる。CKDに関する国民の理解には様々な段階があることから、対象に応じた普及・啓発を実施することが望ましい。
とりわけ、CKDや糖尿病・高血圧等の患者への普及啓発にあたっては、CKDの発症や重症化につながる要因、尿蛋白量、血圧、コレステロール、血糖、GFR等のデータの解釈の方法、治療や生活習慣改善の方法、CKDや心血管病変の進行を抑えることのできる具体的目標値などを織り込むとともに、興味を持って受けいれられるよう工夫を凝らすことが望ましい。
○ 普及啓発の方法
普及啓発にあたっては、国による様々な広報媒体、地方公共団体が発行する広報等を積極的に活用するほか、マスメディアを通じて働きかけるなど、広く国民への周知を図ることが重要である。
地方公共団体等には、健診や保健指導の場を活用するほか、健康教育のための講演会、市民公開講座等の開催により、普及啓発を実施することが求められる。健診や保健指導を担う医療保険者の役割も重要である。日本慢性腎臓病対策協議会、関係学会等は、こうした普及啓発における教材の提供などの技術的な支援や、インターネットを活用した情報発信を行うなど、正確な情報を国民に伝えることが期待される。普及啓発の実施にあたっては、医師だけでなく、保健師、看護師、管理栄養士、薬剤師など、普及啓発活動の担い手となる人材が適切に役割を分担することが望ましい。
普及啓発活動は、すでに社会的認知度の高い糖尿病やメタボリックシンドロームに関する普及啓発と協調して行うことにより相乗的な効果も期待される。また、これらの活動の実施及び周知にあたっては、積極的に地域のマスメディアの協力を得ることが望ましい。
3―3.地域における医療提供体制の整備
○ かかりつけ医と専門医療機関等の連携
CKD患者の多くは、既に様々な疾患によりかかりつけ医を受診していると思われるが、CKDの予防・治療が、医療機関や診療科の狭間で見過ごされることのないよう、スムーズに診療連携を行うことが、極めて重要である。
必要に応じかかりつけ医が専門医療機関に紹介を行い、的確な診断と治療方針を決定するとともに、専門医療機関がかかりつけ医に逆紹介を行い、診療を継続していくシステムの構築が望ましい。また、後期高齢者については、日常の診療においても、腎機能が低下していることに配慮することが望ましい。かかりつけ医は、地域の資源(例えば各都道府県栄養士会が設置する栄養ケア・ステーション等)を活用することによって、更に効果的な生活指導を実施しうる。
専門医療機関は、かかりつけ医の状況など地域の実情に配慮しつつ、地域連携クリティカルパス(地域の複数の医療機関における治療計画)を策定し、活用することが望ましい。地域連携クリティカルパスは、診療水準の向上や、先進地域における優れた医療連携体制等の取り組みを反映して、随時改定を図ることが望ましい。
○ 保健指導
健診などで、検尿やGFRに異常が発見された際には早期にかかりつけ医への受診勧奨を行うことが重要である。
また、CKDの発症要因の一つとしてメタボリックシンドロームが含まれることから、メタボリック症候群の患者に対する保健指導は、CKD対策の観点からも重要であり推進すべきである。CKDは脳血管疾患・心筋梗塞などの心血管疾患の危険因子であることが明らかとなっていることから(図4)、心血管疾患のリスクを軽減するためにも、CKDの早期発見や重症化予防のために、CKDを意識した保健指導を併せて実施することが望ましい。
○ 関係機関の役割
都道府県は、医療計画等を活用して、地域の実情に適合したCKDの診療体制を確保するべきである。それぞれの医療圏において、効果的な医療連携システムを構築し、専門医療機関とかかりつけ医が地域に応じたそれぞれの役割を担うとともに連携を図ることが望ましい。このような体制整備を行うに当たり、地域医師会、関係学会等が協力するとともに、保健師、看護師、管理栄養士や薬剤師等の医療関係者、医療保険者、患者代表等が加わるなど、幅広い連携体制を確保することが望ましい。CKDに関する問題意識や医療提供体制は地域によって異なっていると思われるが、とりわけ、医療関係者の間でこれまで認識が薄かった場合には、都道府県が積極的に関与し、取り組みを進めることが求められる。
また、都道府県は、医療機能の情報提供の一環として、保健所等を通じ専門医療機関に関する情報を提供することが望ましい。
このほか、都道府県・市町村は、健診、健康保険、介護保険等の各種資料・統計を活用して、地域における腎疾患や人工透析の現状を明らかにし、地域の特徴や課題を整理し、各関係機関との間で情報を共有するとともに、対策のターゲットとなる対象集団を明確にするなど、保健指導や診療体制の構築に反映することが可能である。
国や関係学会は、日本医師会等の協力を得て、医療連携や診療水準の向上を図るための情報提供や支援を進めることが望ましい。更に、経年的に健診情報や診療の結果などを整理し共有することが可能な方法の検討等についても、医療連携を促進する基盤整備として、考慮するべきである。
関係学会は、地域における先進的な活動とその成果を学会誌等で広く周知し、他の地域への普及を促すべきである。また、専門医がかかりつけ医からの相談に的確かつ迅速に答えられるよう、インターネットを活用するなどした、診療支援体制の整備を図ることが望ましい。
3―4.診療水準の向上
○ ガイドラインの作成・普及
既に、日本腎臓学会によって、かかりつけ医を対象とした「CKD診療ガイド」が策定されているが、これをかかりつけ医へ広く普及させるためには、内容をより分かりやすくした小冊子の作成・普及が求められている。
また、現在、日本腎臓学会においてエビデンスの質を踏まえた新しい「CKDガイドライン(仮称)」の作成が進められている。その作成に当たっては、日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本循環器学会などの関連学会と連携するなど、合併症を持つCKD患者を総合的に診療する際の指針として活用できるものとすることが期待される。
「CKDガイドライン(仮称)」の完成後は、腎臓、糖尿病、循環器の専門医および、これらの疾患を診療する機会の多いかかりつけ医へ普及することが重要である。CKD患者の専門医への紹介についても、地域特性を考慮しつつ、かかりつけ医の理解を得て推進する必要がある。
また、健診・人間ドック等広く活用できるCKD判定基準、CKD患者への生活習慣指導の方法、受診勧奨の基準などについても、関係学会が協力して作成し、普及していくことが必要である。
さらに、保健師、看護師、管理栄養士等がCKD患者に対する保健指導のスキルを高めるための方法の確立及び教材の作成を行うことも重要である。
これらの普及については、各地域の実情に応じた対応が必要である。
○ 関連する疾患の治療との連携
CKD患者は、糖尿病、心筋梗塞、脳血管疾患等の疾患を合併することが多いことから、これらの専門医と腎臓の専門医が共通の認識の上で診療を行うことが重要である。CKD、糖尿病、高血圧等の診療指針や患者手帳は、これらの学会同士が連携を図りながら作成し普及を図ることが望ましい。
3―5.人材育成
CKDは自覚症状が乏しいことから、発見や病状の把握、治療方針の検討には、検査データやCKD発症・進展の危険因子を評価することが必要であり、また、治療に当たっては、総合的な生活習慣の改善を指導する必要がある。このような診療、指導のできる知識と経験を持った人材の育成が行われるべきである。
CKD患者数は極めて多く、すべての患者に腎臓専門医が対応するのは困難である。腎臓を専門とする医師以外にも、CKD患者の診療、指導を熟知しCKDの診療を担うかかりつけ医等の医師や、CKD診療の補助を行うコメディカル等の人材育成が必要である。教育・研修を受ける動機づけとして、関係学会・団体による認定プログラムの検討が期待される。
○ 専門医・かかりつけ医の人材育成
腎臓専門医数は、患者の数に比して少なく、また、地域によって腎臓専門医の数にも差がある。このため、腎臓専門医の育成を進めるとともに、CKD診療を行うかかりつけ医の資質向上を目指した取り組みを行うべきである。
健診を契機にかかりつけ医に受診を勧奨された患者について、かかりつけ医が検査すべき項目、検査結果から専門医に紹介すべき基準、専門医に紹介する基準に該当しないCKD患者に対する生活習慣の改善や血圧・血糖などの管理についての指針は、既に日本腎臓学会の「CKD診療ガイド」に示されている。
今後は、かかりつけ医に対して積極的な啓発活動を行い、これらの指針の現場での活用を図ることが重要な課題である。地域医師会、関係学会等、地域におけるCKD対策の推進に関係する機関が、かかりつけ医に対するCKD診療に関する研修会、講演会等の教育の機会を提供することが望ましい。また、日本医師会や関係学会は、生涯教育においてCKDに関する研修を推進するとともに、書籍やeラーニングの活用を含め、教材等を一層充実することが望ましい。
○ コメディカルの人材育成
CKDに関する診療を補助すると共に、患者が自己管理を可能にするために、CKD予防・進展防止の重要性を説明し、特に管理栄養士等による食事指導をはじめとした生活習慣改善や、服薬コンプライアンスの向上等を図る指導を行うことが、保健師、看護師、管理栄養士、薬剤師等のコメディカルに求められる重要な役割である。CKDの指導・管理に精通したコメディカルの育成のためには、関係学会と職能団体が連携した研修会・講演会の開催や、生涯教育のための教育プログラムの開発等を進めることにより、教育体制の充実を図ることが望ましい。
日本腎臓学会においては、保健師、看護師、管理栄養士、薬剤師等を対象とした「腎臓病療養指導のための講習・検討会」の定期的な開催が予定されており、更に「腎臓病療養指導専門師(仮称)」の認定制度が検討されている。また、日本栄養士会と日本腎臓学会は「栄養ケア・ステーション」の充実に向けて協力しており、全国で質の高い栄養指導を実施できるよう環境整備を図ることが望ましい。
また、非ステロイド系消炎鎮痛薬(NSAIDs)の常用など薬剤投与がCKD重症化に影響することから、薬剤師に対するCKDに関する教育や啓発を行うことが望ましい。
3―6.研究開発の推進
CKD診療を効果的かつ効率的に行うため、診療システムの構築と検証、リスク因子の同定等を進めるとともに、今後わが国での増加が予測される疾患の病態解明や治療法開発に関する研究などを推進するべきである。
具体的には、以下のような研究を推進すべきである。
1) 診療のエビデンス確立及び実践に関する研究
① 早期発見の方法と有効性(スクリーニングの検査項目、カットオフ値、スクリーニング後の精密検査プロトコール等)
② 生活習慣改善等によるCKD重症化予防の有効性の確立、診療の標準化、及び地域における優先課題の抽出
③ CKD(透析導入後を含む)の病態別の心血管危険因子の同定、進展抑制
④ 高齢者に対する薬物投与の影響
⑤ CKD対策が及ぼす効果の評価
2) 病態の解明と治療法開発に関する研究
① 糖尿病性腎症発症予防と進展阻止法に関する研究
② わが国における腎硬化症の発症・進展における危険因子の解明
③ 慢性糸球体腎炎の治療法の開発
④ IgA腎症を含む腎臓病における血管病変進展機序の解明
3―7.施策の評価
CKD対策の効果(アウトカム)を継続的に評価するとともに施策が着実に実施されているか(プロセス)についても適切に評価を行い、その後の実施に反映させることが望ましい。
アウトカムに関する指標としては、CKD対策の効果が上がれば、年齢調整後の人口当たりの透析導入患者数が減少することが期待される。原因疾患別、地域別に分析を行うなどにより、対策の効果を評価することが望ましい。このほか、患者調査、人口動態調査、国民医療費等の統計は全国規模で活用することが可能である。
また、CKD発症者数、CKDのステージ移行率、CKD患者の予後、心血管系合併症の発症率等の経年変化に関する疫学調査が対策の評価に活用されることが望ましい。
このほか、地域におけるプロセスに関する指標としては、健診受診率、健診での要指導・要医療の患者数と健診後の医療機関受診率、CKD患者への適切な処方や栄養指導の実施率、CKD患者の外来中断率、医療連携における紹介率・逆紹介率等が考えられる。
3―8.その他
CKD対策の取り組みが、国民の健康の維持、増進等の成果につながるよう、これまでに掲げた対策の実現性を高め、効果的に実行することが重要である。そのためには、現場の医療関係者や患者等の自発的な取り組みに加え、関係学会等による研修認定プログラム等、推進を促す何らかのインセンティブがあることが好ましい。
また、腎疾患対策のうち、本検討会の重点的な検討範囲とは異なるが、生活習慣病対策等のCKD予防につながる対策が重要であることは言うまでもない。また、末期腎不全の治療法を選択できる環境整備、人工透析の合併症への対応も含めた、慢性腎不全対策の充実も、引き続き重要である。
検討の経過
[第1回 腎疾患対策検討会] 平成19年10月1日
○腎疾患対策検討会の設置について
○腎疾患対策におけるこれまでの取組について
[第1回 腎疾患対策検討会作業班] 平成19年10月29日
○腎疾患対策検討会作業班の設置について
○関係者ヒアリング
(作業班班員)
松川 洋子 北海道上川町保健福祉課健康増進グループ
(参考人)
菅野 丈夫 昭和大学藤が丘病院栄養科
栗原 紘隆 (社)全国腎臓病協議会常務理事
[第2回 腎疾患対策検討会作業班] 平成19年11月20日
○関係者ヒアリング
(参考人)
宮崎 正信 医療法人宮崎内科医院院長
伊藤 裕 慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科教授
[第3回 腎疾患対策検討会作業班] 平成19年12月25日
○今後の腎疾患対策のあり方について
[第2回 腎疾患対策検討会] 平成20年3月17日
○今後の腎疾患対策のあり方について
腎疾患対策検討会構成員名簿
飯野 靖彦 日本医科大学腎臓内科教授
内田 健夫 社団法人日本医師会常任理事
斎藤 明 東海大学医学部腎・代謝内科教授
椎葉 茂樹 富山県厚生部長
辻 一郎 東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野教授
寺岡 慧 東京女子医科大学腎臓外科教授
○菱田 明 浜松医科大学内科学第一講座教授
廣瀬 千也子 社団法人日本看護協会常任理事
松尾 清一 名古屋大学大学院医学系研究科病態内科学講座腎臓内科学教授
松村 満美子 NPO法人腎臓サポート協会理事長
宮本 画像1 (18KB)
宏 社団法人全国腎臓病協議会副会長
(○:座長)
腎疾患対策検討会作業班班員名簿
秋澤 忠男 昭和大学医学部腎臓内科教授
○飯野 靖彦 日本医科大学腎臓内科教授
藤垣 嘉秀 浜松医科大学医学部附属病院第一内科講師
松川 洋子 北海道上川町保健福祉課健康増進グループ
山縣 邦弘 筑波大学大学院人間総合科学研究科病態制御医学専攻腎臓病態医学教授
(○:班長)