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○室内空気中化学物質の室内濃度指針値について

(平成31年1月17日)

(薬生発0117第1号)

(各都道府県知事・各保健所設置市長・各特別区区長あて厚生労働省医薬・生活衛生局長通知)

(公印省略)

厚生労働省では、関係省庁と連携して、シックハウス対策の総合的な推進に取り組んでいるところであるが、今般、「シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会」(座長:西川秋佳 済生会宇都宮病院病理診断科主任診療科長)において、平成31年1月17日付けで新たに「中間報告書―第23回までのまとめ」が取りまとめられたことを踏まえ、室内空気中化学物質の室内濃度指針値(以下「指針値」という。)について下記のとおりまとめたので、建築物衛生その他の生活環境政策の推進に活用していただくとともに、貴管下の関係団体、住民等への周知を図るようお願いする。

今般、キシレン、フタル酸ジ―n―ブチル、フタル酸ジ―2―エチルヘキシルの指針値を改定したので、既に指針値を定めた物質とともに下表に示す。なお、改定した3物質の個別のリスク評価の詳細は別添に示すとおりである。

ここに示した指針値は、現状において入手可能な科学的知見に基づき、人がその化学物質の示された濃度以下の曝露を一生涯受けたとしても、健康への有害な影響を受けないであろうとの判断により設定された値である。これらは、今後集積される新たな知見や、それらに基づく国際的な評価作業の進捗に伴い、将来必要があれば変更され得るものである。

揮発性有機化合物(VOC)

毒性指標

室内濃度指針値

指針値の設定日及び改定日等

ホルムアルデヒド

ヒト吸入曝露における鼻咽頭粘膜への刺激

100μg/m3

(0.08ppm)

設定日:

平成9年6月13日

アセトアルデヒド

ラットの経気道曝露における鼻咽頭嗅覚上皮への影響

48μg/m3

(0.03ppm)

設定日:

平成14年1月22日

トルエン

ヒト吸入曝露における神経行動機能及び生殖発生への影響

260μg/m3

(0.07ppm)

設定日:

平成12年6月26日

キシレン

ヒトにおける長期間職業曝露による中枢神経系への影響

200μg/m3

(0.05ppm)

設定日:

平成12年6月26日

改定日:

平成31年1月17日

エチルベンゼン

マウス及びラット吸入曝露における肝臓及び腎臓への影響

3800μg/m3

(0.88ppm)

設定日:

平成12年12月15日

スチレン

ラット吸入曝露における脳や肝臓への影響

220μg/m3

(0.05ppm)

設定日:

平成12年12月15日

パラジクロロベンゼン

ビーグル犬経口曝露における肝臓及び腎臓等への影響

240μg/m3

(0.04ppm)

設定日:

平成12年6月26日

テトラデカン

C8―C16混合物のラット経口曝露における肝臓への影響

330μg/m3

(0.04ppm)

設定日:

平成13年7月5日

クロルピリホス

母ラット経口曝露における新生児の神経発達への影響及び新生児脳への形態学的影響

1μg/m3

(0.07ppb)

但し小児の場合は0.1μg/m3

(0.007ppb)

設定日:

平成12年12月15日

フェノブカルブ

ラットの経口曝露におけるコリンエステラーゼ活性などへの影響

33μg/m3

(3.8ppb)

設定日:

平成14年1月22日

ダイアジノン

ラット吸入曝露における血漿及び赤血球コリンエステラーゼ活性への影響

0.29μg/m3

(0.02ppb)

設定日:

平成13年7月5日

フタル酸ジ―n―ブチル

ラットの生殖・発生毒性についての影響

17μg/m3

(1.5ppb)

設定日:

平成12年12月15日

改定日:

平成31年1月17日

フタル酸ジ―2―エチルヘキシル

ラットの雄生殖器系への影響

100μg/m3

(6.3ppb)(注1)

設定日:

平成13年7月5日

改定日:

平成31年1月17日

総揮発性有機化合物量(TVOC)

国内の室内VOC実態調査の結果から、合理的に達成可能な限り低い範囲で決定

暫定目標値

(注2)

400μg/m3

設定日:

平成12年12月15日

注1:フタル酸ジ―2―エチルヘキシルの蒸気圧については1.3×10-5Pa(25℃)~8.6×10-4Pa(20℃)など多数の文献値があり、これらの換算濃度はそれぞれ0.12~8.5ppb相当である。

注2:この数値は、国内家屋の室内VOC実態調査の結果から、合理的に達成可能な限り低い範囲で決定した値である。TVOC暫定目標値は室内空気質の個別の揮発性有機化合物(VOC)を総合的に考慮した目安として利用されることが期待されるものであるが、毒性学的知見から決定したものではなく、含まれる物質の全てに健康影響が懸念されるわけではない。また、個別のVOC指針値とは独立に扱われなければならない。

(別添)

キシレン、フタル酸ジ―n―ブチル、フタル酸ジ―2―エチルヘキシルの個別のリスク評価の詳細

1 キシレンについては、最新の国内外の評価機関における評価結果を考慮して、ヒトにおける長期間曝露の疫学研究に関する知見から、耐容気中濃度を基に算出し、室内濃度指針値を870μg/m3(0.20ppm)から200μg/m3(0.05ppm)とする改定案を示した。

2 フタル酸ジ―n―ブチルについては、最新の国内外の評価機関における評価結果を考慮して、ラットを用いた生殖・発生毒性の用量反応関係に関する知見から、LOAELを基に算出し、室内濃度指針値を220μg/m3(0.02ppm)から17μg/m3(1.5ppb)とする改定案を示した。

3 フタル酸ジ―2―エチルヘキシルについては、最新の国内外の評価機関における評価結果を考慮して、ラットの雄生殖器系への影響に関する知見から、NOAELを基に算出し、室内濃度指針値を120μg/m3(7.6ppb)から100μg/m3(6.3ppb)とする改定案を示した。

1.キシレンの室内濃度に関する指針値改定について

ごく最近までのキシレンに関する毒性研究報告について調査したところ、以下のような結論を得た。(下線部は、当初の指針値策定時から追加で得られた情報及びそれを根拠とした指針値改定案の設定方法についての記述である。)

(1) キシレンには、o―キシレン、m―キシレン及びp―キシレンの3種の構造異性体が存在し、多くの場合、これらは混合物として市販されている1)

(2) 遺伝子傷害性については、細菌及びほ乳類の細胞(in vivo及びin vitro試験)を用いた変異原性試験が行われているが、いずれの結果も陰性であった1)

In vivo試験においては、ショウジョウバエに対する劣性形質致死試験で疑陽性の結果が見られたのみであった1)

遺伝子傷害性に関し、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(3) 発がん性に関しては、ヒトでの疫学的研究において、キシレン曝露による発がん性を明確に裏付ける知見は認められていない2)

また、マウス及びラットを用いた強制経口投与による発がん性試験では、いずれの結果も、動物への発がん性ありと結論づけるに足るデータを示していない2),3)

なお、個々の異性体に着目したデータはない2)

以上により、ヒト及び実験動物におけるキシレンの発がん性については十分な知見がないことから、IARCでは、ヒトに対してキシレンが発がん性であるとは分類できない(グループ3)と評価されている2)

発がん性に関し、他に注目すべき知見を示唆する最近の研究報告は、特に見いだされていない。

(4) これらのことから、WHOでは、ヒトに対してキシレンが発がん性であるとは分類できないものの、遺伝子傷害性を示さないとみなされることから、キシレンの室内濃度に関する指針値については非発がん性影響を指標とし、TDIを求める方法で算出するのが適当と判断されている1)

(5) 一般毒性については、ヒトがキシレンに曝露された場合、眼や咽喉への刺激、呼吸抑制、肝臓及び腎臓の変化、脳への影響などが引き起こされる8)。眼や咽喉への刺激性については、2,000又は3,000mg/m3(460又は690ppm)のキシレンに15分間曝露された6人のボランティアのうち4人と、1,000mg/m3(230ppm)に曝露された1人が眼刺激性を訴えたことが報告されている一方、423,852又は1,705mg/m3(98,196又は392ppm)のキシレン混合物に30分間曝露されても、眼、鼻又は咽喉への刺激性は認められなかったとの報告もなされている3)

(6) 動物実験データとしては、Mongolian gerbils(ラットの一種)を用いて3ヶ月間の吸入曝露を実施したところ、その後4ヶ月目の時点で、被験動物の脳領域の大部分にastroglial proteinの濃度上昇が認められ、gliaの増殖が示唆された。gliaの増殖は種々の神経障害の発現に特徴的である可能性があり、トリクロロエチレン、エタノール、テトラクロロエチレンなど他の溶剤に曝露された動物にも同様の所見が認められていることから、キシレンの潜在的な神経毒性を示すことが示唆される3)

(7) キシレン曝露によって、中枢神経系における感覚系、運動系及び情報処理機能が影響を受ける可能性のあることが、ボランティアによる実験的研究の結果として報告されている3)。4時間以上にわたって435~870mg/m3(100~200ppm)のキシレン曝露を受けると、外部刺激に対する反応にわずかな異常が生ずるとしている研究もある3)が、p―キシレン300mg/m3(69ppm)を4時間曝露させても何ら異常は認められなかったとする報告もある5)。以上により、4時間曝露のNOAELは300mg/m3(69ppm)とされている3)

(8) 生殖発生毒性については、キシレンが胎盤経由で母動物から胎児へ移行することがヒト及び実験動物によって示されている3)

催奇形性試験の結果、キシレンは、母動物への毒性を引き起こさない濃度か、わずかに引き起こす濃度でも、胎児の体重減少と骨形成の遅延を引き起こし得る。齧歯類各種におけるLOAELは、1日当たりの曝露時間の長さ(6~24時間/日)によって500~2,175mg/m3(115~500ppm)が報告されているが3)、胎児の体重減少に関するLOAELは、マウスでの500mg/m3(115ppm)が最小値である6)。なお、骨形成の遅延については、骨形成に関する評価基準が明確化されていないことから、この変化を適切に評価することは不可能であった3)

一方、870mg/m3(200ppm)のキシレンにラット母動物を曝露させ(1日6時間、妊娠4日目から20日目まで)た後に生まれた仔ラットの出生後発育に関する研究報告では、特に雌の仔ラットで、中枢神経系発達への影響を示唆する行動異常(Rotarod performanceの低値)が認められた7)

(9) 平成12年の評価では、以上の知見からヒトの曝露に関する研究報告がより重要なものと考えると、上記(7)における曝露濃度300mg/m3(69ppm)がNOAELとされるところであるが、この数値は4時間曝露という短時間の曝露に基づくものであり、長期間曝露される状況に外挿するには適切とは考え難いと判断した。よって、上記(8)におけるラットでの中枢神経系発達への影響が示唆された870mg/m3(200ppm)をLOAELと考え3)、LOAELをUF(1000)で除すことによって、870μg/m3を設定した。

(10) 一方、ATSDR(2007)の評価8)では、以下の研究結果にもとづいて、吸入曝露の慢性MRL(Minimum Risk Level:最小リスクレベル)を求めている。

職業曝露に基づいた疫学調査研究において、Uchidaら(1993)は中国のゴム長靴製造、プラスチックで被覆した導線の製造、印刷業の労働者のなかから、キシレンに曝露した労働者(溶剤への曝露のうち70%以上がキシレンの3異性体である者)として175人(男性107人、女性68人)を調査した結果を報告している。曝露群、対照群ともに勤続年数平均7年であり、勤続期間中に職場内の変化がなく、年齢、飲酒の頻度、喫煙習慣が同程度であった。キシレンへの曝露は3異性体を併せて幾何平均で14ppm、最大で175ppmであった。異性体のうち、m―体への曝露が約50%、次いでp―体が30%以下、o―体が15%以下であった。労働者らは、エチルベンゼン(幾何平均3.4ppm)、トルエン(幾何平均1.2ppm)にも曝露していた。溶剤曝露量における男女差はほとんどなかった。男女の曝露群で主観的症状の有病率が対照群に比べて有意に上昇した(p<0.01)。眼及び鼻の炎症、咽頭痛、浮遊感の増加に加え、吐気、睡眠中の悪夢、不安感、健忘、集中力の欠如、突然の起立後の失神、食欲不振、握力低下、手足の筋力低下、肌荒れが増加した。曝露群をキシレンの曝露濃度(1~20ppm,>21ppm)で分類した場合、勤務の間に報告された症状として、眼の刺激、咽頭痛、浮遊感が濃度に依存して増加した。血液学的、臨床生化学的パラメータ、尿検査結果については曝露群と対照群で有意差はなかった9)

(11) ATSDRの評価では、上記(10)の疫学調査研究における幾何平均曝露濃度として14ppmで平均7年間の曝露条件で観察された不安、健忘、集中力の低下等の影響をLOAEL14ppm(61mg/m3)と設定している8)。このLOAELに不確実係数100(LOAELの使用10;個体差10)と調整係数3(慢性の神経毒性影響に関する知見の不足)を適用して、慢性、吸入曝露のMRLが求められた。

14ppm/100/3=0.05ppm(61/300=200μg/m3)8)

(12) 最近の国際的な評価結果を考慮すると、動物実験結果より算定された耐容気中濃度870μg/m3を採用するより、ヒトにおける長期間曝露の疫学研究によって算出されたMRLに基づき、キシレンの室内濃度に関する指針値を200μg/m3(0.05ppm;25℃における換算値)と設定することが適当とされた。

(参照文献)

1) WHO飲料水水質ガイドライン(第2版)第2巻 健康クライテリアと関連情報(日本語版)1999年5月18日(原題:Guidelines for drinking-water quality, 2nd edition, Volume 2, Health criteria and other supporting information. 1996)

2) IARC. Xylenes (in Re-evaluation of Some Organic Chemicals, Hydrazine and Hydrogen Peroxide). IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. 1999; 71: 1189-1208

3) IPCS. Xylenes. Environmental health criteria 1997; 190

4) ATSDR (Agency for Toxic Substances and Disease Registry). Xylene. Tox FAQs 1996; Internet address: http://www.atsdr.cdc.gov

5) Anshelm Olson B., Gamberale F. and Iregren A. Coexposure to toluene and p-xylene in man. British journal of industrial medicine 1985; 42: 117-122

6) Ungvary G. and Tatrai E. On the embryotoxic effects of benzene and its alkyl derivatives in mice, rats and rabbits. Archives of Toxicology 1985; 8 (Supplement) : 425-430

7) Hass U. and Jakobsen B. M. Prenatal toxicity of xylene inhalation in the rat: A teratogenicity and postnatal study. Pharmacology and Toxicology. 1993; 73: 20-23

8) ATSDR (Agency for Toxic Substances and Disease Registry). Toxicological Profile for Xylene. 2007.

9) Uchida Y. Nakatsuka H. Ukai H. Watanabe T. Liu YT. Huang MY. Wang YL. Zhu FZ. Yin H. Ikeda M. 1993. Symptoms and signs in workers exposed predominantly to xylene. Int Arch Occup Environ Health. 64: 597-605.

フタル酸ジ―n―ブチルの室内濃度に関する指針値改定について

ごく最近までのフタル酸ジ―n―ブチル(以下「DBP」という。)に関する毒性研究報告について調査したところ、以下のような結論を得た。(下線部は、当初の指針値策定時から追加で得られた情報及びそれを根拠とした指針値改定案の設定方法についての記述である。)

(1) 遺伝子傷害性については、細菌における変異原性試験が行われているが、陰性の結果が得られている1)

L5178Yマウスを用いたlymphoma cell assayでは、非代謝活性化条件における最高用量で変異体の発現頻度の増加が認められたものの、当該試験については偽陽性の結果が得られやすいという特徴がある2)

CHO(Chinese Hamster Ovary)細胞においては娘染色体交換及び染色体異常が引き起こされなかったものの3)、チャイニーズハムスター線維芽細胞においては、非代謝活性化条件下で、疑陽性の結果が報告されている4)

マウスを用いたin vivoの小核試験では陰性を示しており2)、その他の遺伝毒性試験においても、概ね陰性の結果が得られている1)

遺伝子傷害性に関しては、最近の研究報告においても、特に注目すべき知見は得られていない。

(2) 発がん性試験は実施されていないが、2種類の1年間反復投与試験では、いずれも腫瘍の過剰発生は認められていない5),6)。発がん性に関しては、最近の研究報告においても、特に注目すべき知見は得られていない。

(3) これらのことから、ヒトに対してDBPが発がん性であるかどうかは明白でないが、遺伝子傷害性を示さないことから、DBPの室内濃度に関する指針値については非発がん性影響を指標とし、TDIを求める方法で算出するのが適当と考えられる。

(4) 一般毒性では、マウス及びラットに対する急性毒性は弱いが、高用量では通常行動の抑制、呼吸困難、運動調和の欠如等が認められている1)。ヒトに対する感作性が数例報告されているものの、動物に対する皮膚又は眼への刺激性はほとんど認められておらず1)、感作性についてもほとんど認められていない1)。ヒトに対する偶発的な大量曝露では、悪心、嘔吐感や目眩に引き続き、頭痛、眼の痛みと刺激、流涙、羞明感と結膜炎が引き起こされ、尿検査においても色調の異常や、潜血などの所見が認められている7)

(5) 短期間の反復投与毒性に関しては、ラットに420mg/kg/day以上の用量で経口投与を行ったところ、ペルオキシゾームの増加及び肝腫大等、被験物質の投与影響が認められている1)

(6) いくつかの長期反復投与毒性試験が行われているが、多くは経口投与によるものである。吸入曝露による毒性関連情報は限られており、毒性評価を行うに際し必ずしも十分なものとは言い難いことから、経口投与による毒性情報が評価の対象とされる1)。例えば、ラットに3ヶ月間、強制経口投与を行ったところ、120mg/kg/day以上の用量で肝相対重量の増加が認められている6)。また、ラットを用いた混餌投与による13週間の反復投与毒性試験において、体重増加抑制、肝腫脹、精巣及び精巣上体の重量減少、肝細胞変性、ペルオキシゾームの増加、精巣の胚細胞変性など、肝臓及び精巣が標的と考えられる投与影響が認められる。LOELはペルオキシゾームの増加で356mg/kg/day、それ以外の肝臓と精巣の変化で720mg/kg/dayとされている2)。さらに妊娠ラットを用いた混餌投与試験においても類似の変化が認められており、この場合のNOELは雄で138mg/kg/day、雌で294mg/kg/dayとされている2)。特に精巣への影響については種差が大きく、マウス及びハムスターでは発現の程度が弱いことが示唆されている1)。なお、マウスを用いた亜慢性毒性試験では、体重及び臓器重量への影響や肝臓の病理組織学的変化が報告されており、NOELは353mg/kg/dayとされている1)

(7) 作業環境条件下における疫学的な調査がいくつか行われているが、全般的な傾向として、勤続年数が長くなるに伴い、疼痛や知覚異常などが次第に持続していく労働者の割合が増えていくことが示唆されている1)

(8) 一般毒性に関しては、最近の研究報告においても、特に注目すべき知見は得られていない。

(9) 生殖発生毒性に関する知見がいくつか存在する。全体として、精巣等の顕著な重量減少、精母細胞数の減少、精細管の変性、精巣中における亜鉛及び鉄の含有レベルの低下、テストステロンの血清中濃度の減少及び精巣中濃度の増加、コハク酸脱水素酵素の活性の低下、亜鉛の尿中排泄量の減少等の投与影響が、250mg/kg/day以上の用量で認められている1)

(10) 実施された生殖発生毒性試験の中では、ラットを用いた世代試験の結果が注目される。DBPの混餌投与が、対照群と3投与群(それぞれ雌雄の平均値で66,320及び651mg/kg/dayに相当8))に対して行われており、320mg/kg/day群では、母動物の体重変動は認められないが第1世代の児動物で体重減少が認められており、これは被験物質の投与影響と考えられる。また、すべての投与群において、生存児動物数の減少が統計学的に有意に認められている。

一方、第2世代の児動物における影響はより大きく、すべての投与群において児動物の体重減少が認められている。また、320mg/kg/day群以上で陰核又は陰茎の奇形、精細管の変性、精巣上体の欠如又は発育不全などの異常所見が認められたことに加え、親動物には見られない、651mg/kg/day群での精子形成能への軽微でない影響が認められている。

(11) 平成12年のDBPの室内空気指針値設定時では上記(10)の生殖発生毒性試験のLOAEL(66mg/kg/day)を基に室内空気指針値が設定された。

(12) その後、平成26年6月に報告された食品安全委員会によるDBPの食品健康影響評価書9)において、精巣毒性を含め生殖・発生毒性のより低用量における用量反応関係が検討された。NOAEL又はLOAELのうち、最も低い用量が得られた試験は、雌ラットの妊娠15日から出産後21日までの混餌投与試験(Lee et al. 2004)10)であった。本試験では、精母細胞の形成遅延がみられた児動物及び乳腺の組織変性がみられた雌雄の児動物が、最低用量投与群から増加したことに基づき、LOAELを母動物の用量として1.5~3.0mg/kg/day(飼料中濃度20ppm)と評価された9)。 TDI算出に用いるLOAELとして全投与期間のDBP摂取量の加重平均(2.5mg/kg/day)が用いられた9)。一方、不確実係数については、LOAEL設定根拠所見である雄の乳腺の腺房細胞の空胞変性及び腺房萎縮は、生後20週でも持続していたこと、一方、より重篤な影響に結び付く可能性のある雌の乳腺の腺房乳芽及び雄の生殖細胞(精母~精細胞)にみられた形成遅延は、生後11週には回復していたことから、これらの毒性の程度を総合的に判断した結果、種差10、個体差10に、さらにLOAELを用いたことによる係数5を追加した500とすることが適切と判断された9)

(13) 以上の最新の評価結果に基づき、食品安全委員会において評価されたDBPのTDI(LOAEL2.5mg/kg/day/500=)0.005mg/kg/dayより室内濃度指針を設定することが妥当であると考えられた。

(14) 日本人の平均体重を50kg、1日当たりの呼吸量を15m3とすると11)、0.005(mg/kg/day)×50(kg)/15(m3/day)=0.017mg/m3=17μg/m3となる。

これをppbに換算すると、1.5ppbとなる。

(15) よって、ラットにおける生殖発生への影響に基づき、DBPの室内濃度に関する指針値は17μg/m3(1.5ppb;25℃における換算値) と設定することが適当と考えられる。

(参照文献)

1) IPCS (International Programme on Chemical Safety). Di-n-butyl Phthalate. Environmental Health Criteria 1997; 189

2) NTP (National Toxicology Program). NTP technical report on toxicity studies of dibutyl phthalate (CAS No. 84-74-2) administered in feed to F344/N rats and B6C3F1 mice 1995; Toxicity Series No. 30

3) Abe, S.and Sasaki, M. Chromosome aberrations and sister chromatid exchanges in Chinese hamster cells exposed to various chemicals. Journal of the National Cancer Institute 1977; 58 (6): 1635-1641

4) Ishidate, M.and Odashima, S. Chromosome tests with 134 compounds on Chinese hamster cells in vitro - a screening for chemical carcinogens. Mutation Research 1977; 48 (3/4): 337-354

5) Smith, CC. Toxicity of butyl stearate, dibutyl sebacate, dibutyl phthalate and methoxyethyl oleate. Archives of Industrial Hygiene and Occupational Medicine 1953; 7: 310-318

6) Nikonorow, M., Mazur, H. and Piekacz, H. Effect of orally administered plasticizers and polyvinyl chloride stabilizers in the rat. Toxicology and Applied Pharmacology 1973; 26: 253-259

7) Sandmeyer, EE. and Kirwin, CJ. Esters. In: Clayton GD and Clayton FE ed. Patty's industrial hygiene and toxicology 1981; Volume 2A: Toxicology, 3rd rev ed. New York, John Wiley and Sons Inc., 2345-2346

8) NTP. Final report on the reproductive toxicity of di-n-butyl phthalate (CAS No. 84-74-2) in Sprague-Dawley rats 1991; Report No. T-0035C; NTIS Publication No. PB92-111996

9) 食品安全委員会 器具・容器包装評価書フタル酸ジブチル(DBP)平成26年6月

10) Lee KY, Shibutani M, Takagi H, Kato N, Takigami S, Uneyama C, Hirose M.: Diverse developmental toxicity of di-n-butyl phthalate in both sexes of rat offspring after maternal exposure during the period from late gestation through lactation. Toxicology. 2004; 203: 221-238

11) 厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室.「パラジクロロベンゼンに関する家庭用品専門家会議(毒性部門)報告書」.平成9年8月28日

フタル酸ジ―2―エチルヘキシルの室内濃度に関する指針値改定について

ごく最近までのフタル酸ジ―2―エチルヘキシル(以下「DEHP」という。)に関する毒性研究報告について調査したところ、以下のような結論を得た。(下線部は、当初の指針値策定時から追加で得られた情報及びそれを根拠とした指針値改定案の設定方法についての記述である。)

(1) 動物実験の結果、急性毒性は低い。動物を用いた経口投与による主な症状として下痢が認められている1)

(2) ヒトにおいては、志願者による経口投与実験で10,000mgで軽度の胃腸障害及び下痢が認められている2)

(3) 変異原性については、in vitroでの、マウスリンフォーマL5178Y細胞を用いた姉妹染色分体交換試験や、チャイニーズハムスターの肝細胞を用いた遺伝子突然変異試験で一部陽性の結果が得られているものの、細菌やほ乳類培養細胞などを用いた各種試験では、基本的には陰性の結果が得られている。また、in vivo試験においては、陰性の結果が報告されている3)

(4) DEHPについては、平成12年6月に食品衛生調査会毒性部会・器具容器包装部会合同部会において安全性評価が行われ、TDIを40~140μg/kg/dayと設定している。この時の評価の概要については以下のとおりである4)

1) 毒性影響における種差

DEHPの安全性評価においては動物の種による感受性の差が問題となる。げっ歯類においては、共通して肝臓及び精巣への影響が認められるが,カニクイザル等の霊長類では影響は認められていない。

2) 肝臓への影響

DEHPのげっ歯類の肝臓への影響として、ラット及びマウスの2年間の反復投与における肝腫瘍の発生が挙げられる。

2000年のIARC(国際がん研究機関)専門家会合における検討5)においては、

(i) DEHPはペルオキシゾーム増殖作用を介するメカニズムで肝腫瘍を発生させること

(ii) マウス及びラットの発がん性研究においてペルオキシゾーム及び肝細胞の増殖が観察されたこと

(iii) DEHPに曝露したヒト肝培養細胞及び霊長類の肝臓でペルオキシゾームの増殖が認められなかったこと

から、肝発がんの主なメカニズムはPPARαを介した経路によるもので、PPARαに関してはげっ歯類とヒトでの種差が大きいことから、DEHPの発がん性の分類を従来のグループ2B(ヒトに対して発がん性を有する可能性がある)からグループ3(ヒトに対して発がん性があると分類できない。)に変更された。しかし、PPARα欠損マウスでもDEHP投与によって肝腫瘍が生じることやげっ歯類における発がん作用にはPPARα以外にもCAR等の核内受容体の関与するなど、複数の作用経路が提唱されていることから、IARCは2011年に再評価6)を行い、グループ2Bに分類し直している。

3) 精巣及び生殖毒性

DEHPに関するラット及びマウスの精巣毒性及び生殖毒性に関する多くの試験成績のうち明確な無毒性量(NOAEL)の得られている数少ない実績を見ると、まず、マウスによる生殖発生毒性試験(Lambら、1987)7)におけるNOAELは、生殖発生に関する明確な有害影響(母体当たりの出産生児数及び生児出産率の低下 等)を指標として14mg/kg/dayである。

次に比較的低用量のDEHPをラットに投与した時の影響を見た報告(Poonら、1997)8)におけるNOAELは、精巣の病理組織学的変化を指標として3.7mg/kg/dayである。

ラットに低用量のDEHPを投与したもう一つの報告(Arcadiら、1998)9)については低用量でも精巣毒性が確認されているが、DEHPの投与量が不明で、毒性についても不明確であるなど報告に不備がある。

4) 内分泌かく乱性

フタル酸エステル類については、ホルモン様の作用及びそれに基づく生体障害の可能性が問われているが、フタル酸エステル類全般についてヒト乳がん細胞(MCF―7)を用いた試験報告ではDEHPは増殖活性が認められていない。また、酵母の系でも活性は認められていない。他方、MCF―7の増殖活性で見た別の報告によれば用量相関性の増加が認められており、その最低濃度は10μM(=3.9mg/kg)であった。

その他のin vitro試験成績を含めて検討すると、DEHPにおける内分泌かく乱の可能性の如何については今後の研究を待たなければならないが、in vitro試験から求められる最小作用濃度(10μM)でも、従来の精巣毒性で求められているNOAEL値に較べて著しく低用量とはいえず、さしあたり一般毒性についてはこれまでの毒性試験の評価方法で判断することは差し支えない。

5) 食品衛生調査会毒性部会・器具容器包装部会合同部会における評価では、上記のような検討の結果として、DEHPのTDIについては、精巣毒性及び生殖毒性試験におけるNOAEL3.7mg/kg/day及び14mg/kg/dayから不確実係数100を適用して、当面のTDIを40~140μg/kg/dayとすることが適当であるとされた4)

(5) 平成13年のDEHPの室内空気指針値設定時では、それまでの最新情報を検討したが、平成12年の食品衛生調査会毒性部会・器具容器包装部会合同部会での安全性評価の結果を見直す必要に足る新規情報は得られておらず、当該安全性評価の結果を基本とすることが適当と考えられた。その結果、TDIのより低い値、すなわち3.7mg/kg/dayをDEHPのNOAELと考え、これにUF=100を適用して得られたTDI=0.037mg/kg/dayを基に指針値が設定された。

(6) その後、平成25年に食品安全委員会からDEHPの食品健康影響評価書10)が報告され、以下のように評価された。

げっ歯類において雌雄の生殖器系に対する影響が示されており、特に妊娠期及び授乳期の母動物を介したDEHPの曝露によって、雄児の生殖系に対する影響が比較的低用量から認められている。このような生殖毒性に関しては、抗アンドロゲン作用をはじめ様々な機序が提唱されているが、いずれも仮説の段階である。発生毒性に関しても、PPARαの関与が示唆される知見があるものの、現段階で確立された作用機序はない。実験動物に対する生殖・発生毒性の用量反応関係を検討したところ、複数の試験において、おおよそ10mg/kg/dayで雄生殖器系への影響がみられていた。このうち、最も低いNOAELが得られた試験はラットの妊娠7日から分娩後16日までの強制経口投与試験であった(Christiansen et al. 2010)11)。雄出生児におけるAGD短縮及び生殖器官の重量減少に基づくNOAELは3mg/kg/day、LOAELは10mg/kg体重/日であった。食品安全委員会では、調査した動物試験のうち生殖・発生毒性を指標とした最も低いNOAEL3mg/kg/dayを不確実係数100(種差10,個体差10)で除した0.03mg/kg/dayをDEHPのTDIと設定した。

(7) 最新の評価結果に基づき、平成25年に食品安全委員会において評価されたDEHPのTDI(0.03mg/kg/day)より室内濃度指針を設定することが妥当であると考えられた。

(8) 日本人の平均体重を50kg、1日当たりの呼吸量を15m3とすると12)、0.03(mg/kg/day)×50(kg)/15(m3/day)=0.1mg/m3=100μg/m3となる。

これをppbに換算すると、6.3ppbとなる。

(9) 以上により、ラットの雄生殖器系への影響に関する評価に基づき、DEHPの室内濃度に関する指針値は100μg/m3(6.3ppb;25℃における換算値)と設定することが適当と考えられる。

(参照文献)

1) Hodge H.C. Acute toxicity for rats and mice of di(2-ethylhexyl)phthalate with a note upon the mechanism. Proc. Soc. Exp. Biol. Med. 1943; 53: 20-23.

2) Shaffer C.B., Carpenter C.P., Smyth H.F.Jr. Acute and subacute toxicity of di(2-ethylhexyl) phthalate with note upon its metabolism. J. Ind. Hyg. Toxicol. 1945; 27: 130-135.

3) IPCS (International Programme on Chemical Safety). Diethylhexyl Phthalate. Environmental Health Criteria 1992; 131.

4) 食品衛生調査会毒性部会・器具容器包装部会合同部会.資料6「フタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)の安全性評価結果について」.平成12年6月14日.

5) IARC: Di (2-ethylhexyl) phthalate. IARC Monogr Eval Carcinog Risks Hum. 2000; 77: 41-148

6) IARC: Di (2-ethylhexyl) phthalate. IARC Monogr Eval Carcinog Risks Hum. 2013; 101: 149-284

7) Lamb JC 4th, Chapin RE, Teague J, Lawton AD, Reel JR: Reproductive effects of four phthalic acid esters in the mouse. Toxicol Appl Pharmacol 1987; 88: 255-269

8) Poon R, Lecavalier P, Mueller R, Valli VE, Procter BG, Chu I: Subchronic oral toxicity of di-n-octyl phthalate and di (2-ethylhexyl) phthalate in the rat. Food Chem Toxicol 1997; 35: 225-239

9) Arcadi FA, Costa C, Imperatore C, Marchese A, Rapisarda A, Salemi M, et al.: Oral toxicity of bis (2-ethylhexyl) phthalate during pregnancy and suckling in the Long-Evans rat. Food Chem Toxicol 1998; 36: 963-970

10) 食品安全委員会 器具・容器包装評価書フタル酸ビス(2―エチルヘキシル)(DEHP)平成25年2月

11) Christiansen S, Boberg J, Axelstad M, Dalgaard M, Vinggaard AM, Metzdorff SB, et al.: Low-dose perinatal exposure to di(2-ethylhexyl) phthalate induces anti-androgenic effects in male rats. Reprod Toxicol 2010; 30: 313-321

12) 厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室.「パラジクロロベンゼンに関する家庭用品専門家会議(毒性部門)報告書」.平成9年8月28日.