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○高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)について

(平成30年5月29日)

(/医政安発0529第1号/薬生安発0529第1号/)

(各都道府県・各保健所設置市・各特別区衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局総務課医療安全推進室長、厚生労働省医薬・生活衛生局医薬安全対策課長通知)

(公印省略)

医療行政の推進につきましては、平素から格別の御高配を賜り厚く御礼申し上げます。

高齢化の進展に伴い、加齢による生理的な変化や複数の併存疾患を治療するための医薬品の多剤服用等によって、安全性の問題が生じやすい状況があることから、平成29年4月に「高齢者医薬品適正使用検討会」を設置し、高齢者の薬物療法の安全対策を推進するために、安全性確保に必要な事項の調査・検討を進めています。

今般、当該検討会において、「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」を取りまとめましたので、貴管下医療機関等においてご活用いただきますよう、周知方お願いいたします。

なお、本指針で使用している用語については、下記のとおり、併せて留意をお願いします。

1.「薬物有害事象」は、薬剤の使用後に発現する有害な症状又は徴候であって薬剤との因果関係の有無を問わない概念です。

2.「ポリファーマシー」は、単に服用する薬剤数が多いのみならず、それに関連して薬物有害事象のリスク増加、服用過誤、服薬アドヒアランス低下等の問題につながる状態をいいます。

高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)

はじめに

高齢者、特に75歳以上の高齢者の増加に伴い、高齢者に対する薬物療法の需要はますます高まっている。一方、加齢に伴う生理的な変化によって薬物動態や薬物反応性が一般成人とは異なることや複数の併存疾患をそれぞれ治療するために投与された薬剤同士で薬物相互作用が起こりやすく、薬物有害事象が問題となりやすい。同時に、生活機能や生活環境の変化により薬剤服用にも問題を生じやすい状況がある。本指針は、高齢者の薬物療法の適正化(薬物有害事象の回避、服薬アドヒアランスの改善、過少医療の回避)を目指し、高齢者の特徴に配慮したより良い薬物療法を実践するための基本的留意事項をまとめたガイダンスとして、診療や処方の際の参考情報を提供することを意図して作成された。本指針は、上記の目的から65歳以上の患者を対象としながら、平均的な服用薬剤の種類が増加する75歳以上の高齢者に特に重点をおいている。

本指針の主たる利用対象は医師、歯科医師、薬剤師とする。患者の服薬状況や症状の把握と服薬支援の点で看護師や他職種が参考にすることも期待される。一方、患者、家族などは利用対象としておらず、気になる点があれば医療関係者に御相談願いたい。

※本指針では、薬剤の使用後に発現する有害な症状又は徴候であり、薬剤との因果関係の有無を問わない概念として「薬物有害事象」を使用している。なお、「副作用」は、薬剤との因果関係が疑われる又は関連が否定できないものとして使用される。

1.ポリファーマシーの概念

高齢者の薬物有害事象増加には、多くの疾患上、機能上、そして社会的な要因が関わるが、薬物動態/薬力学の加齢変化と多剤服用が二大要因である。多剤服用の中でも害をなすものを特にポリファーマシーと呼び、本指針でも両者を使い分けた。ポリファーマシーは、単に服用する薬剤数が多いことではなく、それに関連して薬物有害事象のリスク増加、服薬過誤、服薬アドヒアランス低下等の問題につながる状態である。

何剤からポリファーマシーとするかについて厳密な定義はなく、患者の病態、生活、環境により適正処方も変化する。薬物有害事象は薬剤数にほぼ比例して増加し、6種類以上が特に薬物有害事象の発生増加に関連したというデータもある(図1)。一方、治療に6種類以上の薬剤が必要な場合もあれば、3種類で問題が起きる場合もあり、本質的にはその中身が重要である。したがって、ポリファーマシーの是正に際しても、一律の剤数/種類数のみに着目するのではなく、安全性の確保等からみた処方内容の適正化が求められる。

2.多剤服用の現状

(1) 複数施設で処方されている薬剤を含めた服用薬の全体像

高齢者では、生活習慣病等と老年症候群(「4.多剤服用時に注意する有害事象と診断、処方見直しのきっかけ」参照)が重積し、治療薬や症状を緩和するための薬物の処方が増加し、多剤服用になりやすい傾向がある。図2に全国の保険薬局における処方調査の結果を示すが、75歳以上の約1/4が7種類以上、4割が5種類以上の薬剤を処方されている。

図1.服用薬剤数と薬物有害事象の頻度

図2 同一の保険薬局で調剤された薬剤種類数(/月)

(平成28年社会医療診療行為別統計)

併存疾患の増加と同時に、複数の診療科・医療機関の受診により、処方薬の全体が把握されない問題や、重複処方も関係するため、ポリファーマシーを解消するには、医療関係者間の連携や患者啓発が求められる。

図3 ポリファーマシーの形成と解消の過程

(2) ポリファーマシーの形成

図3.にポリファーマシーが形成される典型的な2つの例を示す。新たな病状が加わる度に新たな医療機関又は診療科を受診していると、それぞれ2,3剤の処方でも足し算的に服用薬が積み重なり、ポリファーマシーとなることがある(図3、例1)。また、新たな病状を薬剤で手当てしていくと、薬物有害事象に薬剤で対処し続ける“処方カスケード”と呼ばれる悪循環に陥る可能性がある(図3、例2)。

これらによるポリファーマシーは、例えばかかりつけ医による診療が開始された際に薬剤の処方状況全体を把握すること、又は薬局の一元化などで解消に向かうことが期待されている。(図3下)

3.薬剤見直しの基本的な考え方及びフローチャート

(1) 処方見直しの一般原則

外来受診時、入院時、施設入所時などさまざまな療養環境で、また新たな急性疾患を発症し薬物有害事象の可能性を見いだした状況で薬剤の見直しは可能である。

○ 高齢者総合機能評価

高齢者では、さまざまな原因から服薬アドヒアランスの低下が起こりうる。高齢者総合機能評価(Comprehensive Geriatric Assessment;CGA)の主な構成要素である認知機能や日常生活動作(Activities of Daily Living;ADL)、生活環境、患者の薬剤選択嗜好などを評価することで、臓器障害や機能障害、服用管理能力の把握につながる。この過程で、患者が受診している診療科・医療機関を全て把握するとともに、処方されているあらゆる薬剤(要指導・一般用医薬品(以下、「一般用医薬品等」という。)、サプリメント等も含む)や服薬状況を確認することも必要である。

○ 腎機能等の生理機能のモニター

腎排泄が主たる消失経路である薬剤では、加齢変化に伴う腎機能等の生理機能の低下や薬物有害事象の観察等を行い、投与量の減量や投与間隔の延長など慎重な投与を考慮する。

○ 処方の優先順位と減量・中止

ポリファーマシーを回避するような処方態度を心がけることが大切である。ただの数合わせで処方薬を減らすべきではない。服用回数の減少や配合剤の導入など服薬錠数の減少は服薬アドヒアランスの改善には有効であるが、薬物有害事象を回避することを目的とした場合には、下表のポイントを踏まえて薬剤に優先順位を付けるなど、各薬剤を再考してみることが勧められる。薬剤を中止する場合には、少しずつ慎重に行うなど、病状の急激な悪化や有害事象のリスクも高くなることに留意する。

各薬剤の適応を再考するポイント

○予防薬のエビデンスは高齢者でも妥当か

○対症療法は有効か、薬物療法以外の手段はないか

○治療の優先順位に沿った治療方針か など

(2) 非薬物療法の重要性

○ 生活習慣病

一般に、生活習慣の改善を行う非薬物療法は、高齢者の疾患治療に有用な場合があり、そのような場合は、薬物治療に先んじて行うことを考慮する。例えば、生活習慣病に対する塩分制限や運動療法は推奨されている。適度な運動は夜間の不眠を解消できる可能性があり、十分な睡眠がうつ症状の治療に有用となる可能性もある。

○ 認知症の行動・心理症状(BPSD)

BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)で使用される薬剤は錐体外路障害や過鎮静などADLに影響を与える薬物有害事象が起きやすいため、まずは非薬物療法が推奨される。一方、極端な生活習慣の変更は生活の質(QOL)を低下させる可能性があり、無理のない程度に留めることも重要である。BPSDの出現時に適切に薬剤を使用せず身体抑制のみを行うことを推奨しているのではない。

(3) 専門医の立場からの考え方

専門医(歯科医師を含む。)の立場で疾患の治療を行う際には、最大限の病状改善を目標とした治療の提供が求められている。特に緊急性が高く、重篤な病状である状況においては、薬物有害事象のリスクが高くてもより良いアウトカムを目指した薬物療法を選択することもある。しかしながら、高齢者では複数の疾患を併存したり、機能障害を伴ったりすることや薬物有害事象のリスクも考慮し、専門医にも疾患治療の優先順位への配慮や薬物治療によるリスク・ベネフィットバランスの検討を理解していただきたい。また、高齢者は新薬の治験等の対象から除外されることがあり、新薬を安易に処方することのないようにすべきである。

一方、専門医も他領域に関しては非専門医である。薬物療法の適正化には、他の専門医、かかりつけ医及び他職種との連携にも理解が必要である。

(4) 一般的な考え方のフロー

○ 全ての薬剤(一般用医薬品等も含む)の把握と評価

処方の適正化を考えるにあたり、患者が受診している診療科・医療機関を全て把握するとともに患者の罹病疾患や老年症候群などの併存症、ADL、生活環境、さらに全ての使用薬剤の情報を十分に把握することが必要であり、CGAを行うことが推奨される。前述したように、全ての使用薬剤に対して薬物治療の必要性を適宜再考する。

図4―1のフローチャートに処方見直しのプロセスを示す。処方時に注意を要する薬剤を別表1及び別表2にまとめた。この別表1及び別表2の薬剤を含む処方薬全体について有効性や安全性を評価しつつ、ポリファーマシーの問題を確認する。

※日本老年医学会が編集したガイドライン等で、高齢者において潜在的に有害事象が多い可能性のある薬剤としてリスト化された「高齢者に対して特に慎重な投与を要する薬物」を参考に作成。

図4―1 処方見直しのプロセス

○ ポリファーマシー関連の問題の評価

CGAの結果、ポリファーマシーに関連した問題点のある患者では、処方の見直しが必要となる。薬物有害事象が認められた患者では当然被疑薬の中止・減量が必要であるが、薬の管理に関わる要因や腎機能、栄養状態など日常生活における問題点の有無を評価するために、医師が中心となり、薬剤師を含む多職種で問題点に対する協議を行うことが推奨される。

図4―2 薬物療法の適正化のためのフローチャート

※予防目的の場合、期待される効果の強さと重要性から判断する

(高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015(日本老年医学会)より引用)

○ 処方の適正化の検討

図4―2のフローチャートにより、個々の薬剤について現治療法からの継続又は変更の必要性があるかどうかを検討し、薬剤の中で中止可能な薬剤ではないのか、適応疾患や適正用量など推奨される使用法の範囲内での使用であるか、実際に使用患者の病状改善に有効であったか、より有効性の高い、あるいはより安全性の高い代替薬への変更は可能かなどを判断する。

(5) 減薬・変更する際の注意点

現在までに系統的なポリファーマシーの改善のための減薬手順は確立されていない。むしろ、機械的に薬剤を減らすことはかえって罹病疾患を悪化させるという報告もある。薬物療法の効果を判定するうえでは、日常生活の変化などの情報を踏まえ、薬剤の変更や代替薬について検討を行うことが有効である。

さらに、治療法の変更により対象疾患の増悪が認められないか、過剰な治療効果が出ていないか、また変更した代替薬による有害事象が起きていないかなど、慎重な経過観察を欠かしてはならない。問題の発生の有無を看護師等の他職種と情報共有し、確認しつつ、適宜処方の適正化を行っていくことが推奨される。

4.多剤服用時に注意する有害事象と診断、処方見直しのきっかけ

高齢者では、薬物有害事象が医療や介護・看護を要する高齢者に頻度の高い表1に掲げる症候(「老年症候群」という。)として表れることも多く、見過ごされがちであることに注意が必要である。老年症候群を含めて薬剤との関係が疑わしい症状・所見があれば、処方をチェックし、中止・減量をまず考慮する。それが困難な場合、より安全な薬剤への切換えを検討する。特に、患者の生活に変化が出たり、新たな症状が出現したりする場合には、まず薬剤が原因ではないかと疑ってみる。有害事象の早期発見には、関連職種からの情報提供も有用である。

表1:薬剤起因性老年症候群と主な原因薬剤

症候

薬剤

ふらつき・転倒

降圧薬(特に中枢性降圧薬、α遮断薬、β遮断薬)、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬、てんかん治療薬、抗精神病薬(フェノチアジン系)、パーキンソン病治療薬(抗コリン薬)、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、メマンチン

記憶障害

降圧薬(中枢性降圧薬、α遮断薬、β遮断薬)、睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン)、抗うつ薬(三環系)、てんかん治療薬、抗精神病薬(フェノチアジン系)、パーキンソン病治療薬、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)

せん妄

パーキンソン病治療薬、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬(三環系)、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、降圧薬(中枢性降圧薬、β遮断薬)、ジギタリス、抗不整脈薬(リドカイン、メキシレチン)、気管支拡張薬(テオフィリン、アミノフィリン)、副腎皮質ステロイド

抑うつ

中枢性降圧薬、β遮断薬、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、抗精神病薬、抗甲状腺薬、副腎皮質ステロイド

食欲低下

非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)、アスピリン、緩下剤、抗不安薬、抗精神病薬、パーキンソン病治療薬(抗コリン薬)、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、コリンエステラーゼ阻害薬、ビスホスホネート、ビグアナイド

便秘

睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン)、抗うつ薬(三環系)、過活動膀胱治療薬(ムスカリン受容体拮抗薬)、腸管鎮痙薬(アトロピン、ブチルスコポラミン)、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、αグルコシダーゼ阻害薬、抗精神病薬(フェノチアジン系)、パーキンソン病治療薬(抗コリン薬)

排尿障害・尿失禁

抗うつ薬(三環系)、過活動膀胱治療薬(ムスカリン受容体拮抗薬)、腸管鎮痙薬(アトロピン、ブチルスコポラミン)、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン)、抗精神病薬(フェノチアジン系)、トリヘキシフェニジル、α遮断薬、利尿薬

表1は、単剤でみられる薬剤起因性老年症候群を記載したもの。薬剤の併用による有害事象は、別添の別表1及び2の各薬効群の記載を参照する。

(高齢者のポリファーマシー多剤併用を整理する「知恵」と「コツ」(秋下雅弘)より改変引用)

5.多剤服用の対策としての高齢者への薬物投与の留意事項

(1) 薬剤の特性に合わせた開始用量や投与量調整方法(詳細は別紙を参照)

高齢者では薬物の最高血中濃度の増大および体内からの消失の遅延が起こりやすいため、投薬に際しては、投与量の減量や投与間隔の延長が必要である。したがって、少量(例えば、1/2量~1/3量)から開始し、効果および有害事象をモニタリングしながら徐々に増量していくことが原則となる。特にいわゆるハイリスク薬(糖尿病治療薬、ジギタリス製剤、抗てんかん薬等)の場合は、より慎重に投与量設定を行う。代表的腎排泄型薬剤は別表3のとおりであるが、このような薬剤の投与量については、別添の別紙にも示すように、対象患者の腎機能を考慮して投与量や併用薬剤の適切性を検討する。

(2) 薬物相互作用とその対応

薬物代謝が関与する薬物相互作用の多くは、特にシトクロムP450(CYP)が関係する。別表4に代表的なCYP分子種毎の基質、阻害薬、誘導薬をまとめた。基質の血中濃度は阻害薬や誘導薬との相互作用の影響を受ける可能性が高く、阻害薬や誘導薬が存在する場合の基質の作用の増減に注意を払う必要がある。

(3) 高齢者で汎用される薬剤の使用と併用の基本的な留意点

① 同種同効薬同士の重複処方の確認

重大な健康被害につながる薬物有害事象を発生する危険性を回避するため、薬効群毎に同種同効薬同士の問題となる重複処方がないか各医療機関、薬局で確認する必要がある。

② 相互作用の回避とマネジメント

薬物相互作用を起こす可能性のある薬剤の組み合わせが処方されている場合、処方の経緯、患者背景、相互作用により起こり得る作用の重篤度、代替薬に関する情報などを考慮して、効果及び有害作用のモニター、中止、減量、代替薬への変更等を行い、処方の適正化を図ることが重要である。

③ 薬剤の使用と併用の基本的な留意点

薬剤毎の特徴を踏まえ、高齢者の特性を考慮した薬剤選択、投与量、使用方法に関する注意、他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意など、別表1の注意事項を適宜参照する。

A.催眠鎮静薬・抗不安薬

B.抗うつ薬(スルピリド含む)

C.BPSD治療薬

D.高血圧治療薬

E.糖尿病治療薬

F.脂質異常症治療薬

G.抗凝固薬

H.消化性潰瘍治療薬

(4) その他の疾患横断的に使用する薬剤の使用と併用の基本的な留意点

① その他の疾患横断的に使用する薬剤

下記の薬剤は、各症状に対する有効性を適切なタイミングで評価し、漫然とした使用を避け、最小限の使用に留めることを留意すべきである。同時に症状によっては非薬物療法の適用も検討すべきである。具体的な注意事項は別表1を参照する。

I.消炎鎮痛薬

J.抗微生物薬(抗菌薬・抗ウイルス薬)

K.緩下薬

L.抗コリン系薬

② 一般用医薬品等(漢方製剤を含む)、いわゆる健康食品(サプリメントを含む)

○ 医師の処方外で患者自身が使用する一般用医薬品等やいわゆる健康食品の把握

一般用医薬品等や健康食品と医療用医薬品の併用に関連した薬物有害事象も、医療機関を受診しなければ診断は困難である。このため、患者や家族、介護職員などにも自覚を促し、これらの使用状況(使用頻度や服用量)を把握することは、安全性確保の面で重要である。

○ 一般用医薬品等やいわゆる健康食品に関連する有害事象

健康食品は、薬剤との併用により、治療効果に重大な影響を及ぼすことがある。一般用医薬品等でも、薬物有害事象が年間250件前後厚生労働省等に報告されている。一般用医薬品等でも、使用者の誤用や処方せん医薬品との重複などの不適切な使用により、重篤な薬物有害事象を誘発するおそれがある。

(例えば、ビタミンKを多く含む健康食品とワルファリン、カルシウム含有製剤と骨粗鬆症治療薬、セイヨウオトギリソウとフェニトインなどの抗てんかん薬や強心配糖体のジギトキシンなど多くの医薬品に影響を与える。また、総合感冒薬など複数の成分を含有するものが多い一般用医薬品等では、ベラドンナ総アルカロイドなど医療用医薬品では使用されることは稀だが強力な抗コリン作用を有する薬物も含有するものもあり注意が必要である。)

③ 上記以外で注意を要する薬剤

「その他の特に慎重な投与を要する薬物のリスト」として別表2にまとめたので参考にしてほしい。

(5) 処方の見直しのタイミングの考え方

急性期や慢性期の病状を見ながらあらゆる機会をとらえて処方の見直しを行うことが期待されているが、療養環境移行の機会も処方見直しの好機である。(図5)

図5 療養環境移行時における処方変化のイメージ

○ 急性期

急性期の病状とは別の安定している症状に対する服用薬については、相互作用等による薬物有害事象を防ぐためにも、優先順位を考慮して見直しを検討する。また、急性期の病状の原因として薬物有害事象が疑われる場合、薬剤は可能な限り中止して経過をみる。

○療養環境移行時

急性期の病状が安定してきた段階で、急性期に追加した薬剤の減量・中止および急性期に中止した薬剤の再開を含めて、薬剤の見直しについて、包括的に検討する。特に、退院・転院、介護施設への入所・入居、在宅医療導入、かかりつけ医による診療開始等の療養環境移行時には、移行先における継続的な管理を見据えた処方の見直しが求められる。(図5)

○慢性期

慢性期には、長期的な安全性と服薬アドヒアランスの維持、服薬過誤の防止、患者や家族、介護職員などのQOL向上という観点から、より簡便な処方を心がける。漫然と処方を継続しないよう、常に見直しを行う。外来通院患者についても同様である。

6.服薬支援

(1) 服用管理能力の把握

高齢者では、処方薬剤数の増加に伴う処方の複雑化や服用管理能力の低下などに伴い服薬アドヒアランスが低下する。そのためには、表2に示した服薬アドヒアランスが低下する要因を理解したうえで、服用管理能力を正しく把握し、正しく服薬できるように支援する必要がある。

○ 服薬アドヒアランス低下の要因の確認(認知機能、難聴、視力低下等)

認知機能の低下は患者本人との会話から気づくのは難しいため、家族や薬剤師、看護師、介護職員などから生活状況や残薬、服薬状況を確認することが望ましい。その他、表2に示した各要因が、適正な服薬に影響しているか、確認しておく必要がある。

○ 暮らしの評価

患者の暮らしを評価し服薬アドヒアランス評価に結びつけることも重要である。服用薬剤数の増加や処方が複雑になることで理解や意欲の低下につながることがあり、さらにそれらの症状を含む表2の要因も服薬アドヒアランスの低下につながる。

表2 服薬アドヒアランス低下の要因

・服用管理能力低下

1.認知機能の低下

2.難聴

3.視力低下

4.手指の機能障害

5.日常生活動作(ADL)の低下

・多剤服用

・処方の複雑さ

・嚥下機能障害

・うつ状態

・主観的健康感が悪いこと(薬効を自覚できない等、患者自らが健康と感じない状況)

・医療リテラシーが低いこと

・自己判断による服薬の中止(服薬後の体調の変化、有害事象の発現等)

・独居

・生活環境の悪化

(2) 処方の工夫と服薬支援

○ 服薬アドヒアランスと剤形等の工夫

飲みやすく、服薬アドヒアランスが保てるような処方の工夫と服薬支援に関して表3に記した。患者によって飲みやすい剤形や使用しやすい剤形が異なるため、患者が正しく使用できる剤形かを確認する必要がある。一包化を行うことが必ずしも服薬アドヒアランスを向上させる方法ではないことに注意する。

○ 患者の認知機能と支援

認知機能の低下による飲み忘れの場合、家族や看護師、介護職員などが1日分ずつ渡すなどの介助が必要である。やむを得ず自己管理を行う場合は、支持的態度で接し、残存能力に適した方法を工夫することも必要である。

表3 処方の工夫と服薬支援の主な例

服用薬剤数を減らす

●力価の弱い薬剤を複数使用している場合は、力価の強い薬剤にまとめる

●配合剤の使用

●対症療法的に使用する薬剤は極力頓用で使用する

●特に慎重な投与を要する薬物のリストの活用

剤形の選択

●患者の日常生活動作(ADL)の低下に適した剤形を選択する

用法の単純化

●作用時間の短い薬剤よりも長時間作用型の薬剤で服用回数を減らす

●不均等投与を極力避ける

●食前・食後・食間などの服用方法をできるだけまとめる

調剤の工夫

●一包化

●服薬セットケースや服薬カレンダーなどの使用

●剤形選択の活用(貼付剤など)

●患者に適した調剤方法(分包紙にマークをつける、日付をつけるなど)

●嚥下障害患者に対する剤形変更や服用方法(簡易懸濁法、服薬補助ゼリー等)の提案

管理方法の工夫

●本人管理が難しい場合は家族などの管理しやすい時間に服薬をあわせる

処方・調剤の一元管理

●処方・調剤の一元管理を目指す(お薬手帳等の活用を含む)

7.多職種・医療機関及び地域での協働

○ 多職種連携の役割

薬物療法の様々な場面で多職種間および職種内の協働は今後ますます重要になる。特に、医師・歯科医師と薬剤師は、薬物療法で中心的な役割を果たすことが求められる。また、例えば、看護師は、服薬支援の中で、服用状況や服用管理能力、さらに薬物有害事象が疑われるような症状、患者・家族の思いといった情報を収集し、多職種で共有することが期待される。

○ 入退院の療養環境の変化に伴う医療機関等の協働

入院中は、専門性の異なる医師・歯科医師、薬剤師を中心として、看護師、管理栄養士など様々な職種による処方見直しチームを組織し、カンファランスなどを通じて情報の一元化と処方の適正化を計画的に実施し、かかりつけ医と連携することが可能である。

入退院に際しては、入院前及び退院後のかかりつけ医とも連携を取り、処方意図や退院後の方針について確認しながら進める。短期の入院の場合は特に、退院後の継続的な見直しと経過観察につながるよう退院後のかかりつけ医に適切な情報提供を行う。

病院の薬剤師も、退院後利用する薬局の薬剤師及びその他の地域包括ケアシステムに関わる医療関係者に、薬剤処方や留意事項の情報を提供することが望まれるとともに、地域の薬局の薬剤師からの双方向の情報提供も課題である。

○ 医療機関を超えた地域での協働

介護施設や在宅医療、外来等の現場でも、それぞれの人的資源に応じて施設内又は地域内で多職種のチームを形成することが可能である。また、一堂に会さなくても、お薬手帳等を活用すれば連携・協働機能を発揮できる。

入・退院後のいずれの状況でも、地域内や外来の現場でも、地域包括ケアシステムでの多職種の協力の下に、医師が処方を見直すことができるための情報の提供が必要である。例えば、訪問看護師と在宅訪問に対応する薬剤師の連携により、服薬状況、残薬の確認や整理、服薬支援を行うことなども、期待されている。

8.国民的理解の醸成

本指針が医療現場で広く活用されるには、医療を受ける立場にある患者と家族を含む一般の方の理解が必須である。ポリファーマシーに対する問題意識や高齢者にリスクの高い薬剤、薬物相互作用、服薬薬剤の見直し、適切な服薬支援の必要性などは患者・家族や介護職員では理解が難しい場合がある。一方、薬剤の減量や中止により病状が改善する場合があることを患者等にも理解していただく必要があり、広く国民に薬剤の適正な使用法の知識を普及させることが望まれる。本指針の精神である「患者中心」の医療を実践するためにも、医療関係者による一般の方への啓発にも本指針を役立てていただきたい。また、一般向けの教育資材も望まれている。例えば、日本老年医学会と日本老年薬学会等が共同で作成した一般向け啓発パンフレット「高齢者が気を付けたい多すぎる薬と副作用」なども活用し、高齢者における薬剤使用の原則、服薬アドヒアランスの遵守、定期的な使用妥当性の見直し等のプロセスについて国民の理解が浸透することも期待される。また、ポリファーマシーの未然防止のために、ポリファーマシーのリスクや非薬物療法に関する啓発も必要である。

(参考文献)

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● 日本老年医学会:高齢者の安全な薬物療法ガイドライン 2005,メジカルビュー社,2005.

● 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会:骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015,日本骨粗鬆症学会,2015.

[別添]

別表1 高齢者で汎用される薬剤の基本的な留意点

(薬効群と代表的薬剤の一般名[販売名の例])

A.催眠鎮静薬・抗不安薬

加齢により睡眠時間は短縮し、また睡眠が浅くなることを踏まえて、薬物療法の前に、睡眠衛生指導を行う。必要に応じて催眠鎮静・抗不安薬が用いられるが、ベンゾジアゼピン系薬剤は、高齢者では有害事象が生じやすく、依存を起こす可能性もあるので、特に慎重に投与する薬剤に挙げられている。

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

ベンゾジアゼピン系催眠鎮静薬(ブロチゾラム[レンドルミン]、フルニトラゼパム[ロヒプノール、サイレース]、ニトラゼパム[ベンザリン、ネルボン]など)は、過鎮静、認知機能の悪化、運動機能低下、転倒、骨折、せん妄などのリスクを有しているため、高齢者に対しては、特に慎重な投与を要する。長時間作用型(フルラゼパム[ダルメート]、ジアゼパム[セルシン、ホリゾン]、ハロキサゾラム[ソメリン]など)は、高齢者では、ベンゾジアゼピン系薬剤の代謝低下や感受性亢進がみられるため、使用するべきでない。また、トリアゾラム[ハルシオン]は健忘のリスクがあり使用はできるだけ控えるべきである

非ベンゾジアゼピン系催眠鎮静薬(ゾピクロン[アモバン]、ゾルピデム[マイスリー]、エスゾピクロン[ルネスタ])も転倒・骨折のリスクが報告されている。その他ベンゾジアゼピン系と類似の有害事象の可能性がある。

ベンゾジアゼピン系抗不安薬(アルプラゾラム[コンスタン、ソラナックス]、エチゾラム[デパス]など)は日中の不安、焦燥に用いられる場合があるが、高齢者では上述した有害事象のリスクがあり、可能な限り使用を控える。

投与量、使用方法に関する注意

漫然と長期投与せず、少量の使用にとどめるなど、慎重に使用する。ベンゾジアゼピン系薬剤は、海外のガイドラインでも投与期間を4週間以内の使用にとどめるとしていることも留意すべきである。

ベンゾジアゼピン系薬剤は急な中止により離脱症状が発現するリスクがあることにも留意する。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

多くの薬剤は主にCYP3Aで代謝されるため、CYP3Aを阻害する薬剤との併用はなるべく避けるべきである。CYPの関与する主な相互作用は、別表4を参照。

メラトニン受容体作動薬ラメルテオン[ロゼレム]は、CYP1A2を強く阻害する選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のフルボキサミン[デプロメール、ルボックス]との併用は禁忌である。また、オレキシン受容体拮抗薬スボレキサント[ベルソムラ]は、併用によりCYP3Aでの代謝が阻害され、作用が著しく増強するため、クラリスロマイシン[クラリス、クラリシッド]などCYP3Aを強く阻害する薬剤との併用は禁忌である。

B.抗うつ薬(スルピリド含む)

高齢者のうつ病の治療には、心理社会的要因への対応や臨床症状の個人差に応じたきめ細かな対応が重要である。高齢者のうつ病に対して三環系抗うつ薬は、特に慎重に使用する薬剤に挙げられている。

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

三環系抗うつ薬(アミトリプチリン[トリプタノール]、アモキサピン[アモキサン]、クロミプラミン[アナフラニール]、イミプラミン[トフラニール]など)は、SSRIと比較して抗コリン症状(便秘、口腔乾燥、認知機能低下など)や眠気、めまい等が高率でみられ、副作用による中止率も高いため、高齢発症のうつ病に対して、特に慎重に使用する。

スルピリド[アビリット、ドグマチール]は、食欲不振がみられるうつ状態の患者に用いられることがあるが、パーキンソン症状や遅発性ジスキネジアなど錐体外路症状発現のリスクがあり、使用はできるかぎり控えるべきである。

SSRI(セルトラリン[ジェイゾロフト]、エスシタロプラム[レクサプロ]、パロキセチン[パキシル]、フルボキサミン[デプロメール、ルボックス])も高齢者に対して転倒や消化管出血などのリスクがある。

投与量、使用方法に関する注意

痙攣、緑内障、心血管疾患、前立腺肥大による排尿障害などの身体症状がある場合、多くの抗うつ薬が慎重投与となる。

三環系抗うつ薬とマプロチリン[ルジオミール]は、緑内障と心筋梗塞回復初期には禁忌であり、三環系抗うつ薬とエスシタロプラムはQT延長症候群に禁忌である。

スルピリドは使用する場合には50mg/日以下にし、腎排泄型薬剤のため腎機能低下患者ではとくに注意が必要である。褐色細胞腫にスルピリドは使用禁忌である。

SSRIは急な中止により離脱症状が発現するリスクがあることにも留意する。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

SSRIの使用に当たっては、CYPの関与する相互作用などを受けやすいため、併用薬に注意が必要である。特にフルボキサミンはCYP1A2を、パロキセチンはCYP2D6を強く阻害し、併用禁忌の薬剤もあることから、注意が必要である。CYPの関与する主な相互作用は、別表4を参照。また、非ステロイド性抗炎症薬や抗血小板薬との併用は出血リスクを高めることがあるため注意が必要である。

C.BPSD治療薬

BPSDの原因となりうる心身の要因や環境要因を検討し、対処する。薬剤がBPSDを引き起こすこともあるため、関連が疑われる場合、まずは原因薬剤の中止を検討する。これらの対応で十分な効果が得られない場合は薬物療法を検討する。

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

薬物療法としては、症状に応じた薬剤の使用を検討する。

抗精神病薬は、幻覚、妄想、焦燥、興奮、攻撃などの症状に対して使用を考慮してもよいが、抗精神病薬のBPSDへの使用は適応外使用であることに留意する。定型抗精神病薬(ハロペリドール[セレネース]、クロルプロマジン[コントミン]、レボメプロマジン[ヒルナミン、レボトミン]など)の使用はできるだけ控え、非定型抗精神病薬(リスペリドン[リスパダール]、オランザピン[ジプレキサ]、アリピプラゾール[エビリファイ]、クエチアピン[セロクエル]など)は必要最小限の使用にとどめる。

抑肝散が使用されることがあるが、甘草が含まれるため、偽アルドステロン症による低カリウム血症に注意する。

抗うつ薬が認知症のうつ状態に用いられる場合がある。三環系抗うつ薬は、認知障害のさらなる悪化のリスクがあるためできる限り使用は控えるべきである。

投与量、使用方法に関する注意

抗精神病薬は、認知症患者への使用で脳血管障害および死亡率が上昇すると報告があるため、リスクベネフィットを考慮し、有害事象に留意しながら使用する。認知機能低下、錐体外路症状、転倒、誤嚥、過鎮静等の発現に注意し、低用量から効果をみながら漸増する。効果が認められても漫然と続けず、適宜漸減、中止できるか検討する。

半減期の長い薬剤は中止後も有害事象が遷延することがあるので注意が必要である。

非定型抗精神病薬には血糖値上昇のリスクがあり、クエチアピンとオランザピンは糖尿病患者への投与は禁忌である。

ブチロフェノン系(ハロペリドールなど)はパーキンソン病に禁忌である。

抗精神病薬や抗うつ薬の多くは肝代謝であり、高齢者では通常量より少ない量から開始することが望ましい。また、てんかん発作の閾値の低下を起こすことがある。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

抗精神病薬や抗うつ薬の多くは主にCYPによる肝代謝を受け、CYPの関与する相互作用に注意が必要である。CYPの関与する主な相互作用は別表4を参照。

D.高血圧治療薬

高齢者においても降圧目標の達成が第一目標である。降圧薬の併用療法において薬剤数の上限は無いが、服薬アドヒアランス等を考慮して薬剤数はなるべく少なくすることが推奨される。

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

Ca拮抗薬(アムロジピン[ノルバスク、アムロジン]、ニフェジピン[アダラートCR]、ベニジピン[コニール]、シルニジピン[アテレック]など)、ARB(オルメサルタン[オルメテック]、テルミサルタン[ミカルディス]、アジルサルタン[アジルバ]など)、ACE阻害薬(イミダプリル[タナトリル]、エナラプリル[レニベース]、ペリンドプリル[コバシル]など)、少量のサイアザイド系利尿薬(トリクロルメチアジド[フルイトラン]など)が、心血管疾患予防の観点から若年者と同様に第一選択薬であるが、高齢患者では合併症により降圧薬の選択を考慮することも重要である。

α遮断薬(ウラピジル[エブランチル]、ドキサゾシン[カルデナリン]など)は、起立性低血圧、転倒のリスクがあり、高齢者では可能な限り使用を控える。

β遮断薬(メトプロロール[セロケン]など)の使用は、心不全、頻脈、労作性狭心症、心筋梗塞後の高齢高血圧患者に対して考慮する。ACE阻害薬は、誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者には誤嚥予防も含めて有用と考えられる。

サイアザイド系利尿薬の使用は、骨折リスクの高い高齢者で他に優先すべき降圧薬がない場合に特に考慮する。

投与量、使用方法に関する注意

過降圧を予防可能な血圧値の設定は一律にはできないが、低用量(1/2量)からの投与を開始する他、降圧による臓器虚血症状が出現した場合や薬物有害事象が出現した場合に降圧薬の減量や中止、変更を考慮しなければならない。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

Ca拮抗薬の多くは主にCYP3Aで代謝されるため、CYP3Aを阻害する薬剤との併用に十分に注意する。CYPの関与する主な相互作用は、別表4を参照。

E.糖尿病治療薬

高齢者糖尿病では安全性を十分に考慮した治療が求められる。特に75歳以上やフレイル・要介護では認知機能や日常生活動作(ADL)、サポート体制を確認したうえで、認知機能やADLごとに治療目標を設定すべきである。

※2016年に日本糖尿病学会・日本老年医学会の合同委員会により高齢者の血糖コントロール目標(HbA1c値)が制定

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

高齢者はシックデイに陥りやすく、また低血糖を起こしやすいことに注意が必要である。インスリン製剤も、高血糖性昏睡を含む急性病態を除き、可能な限り使用を控える。

SU薬(グリメピリド[アマリール]、グリクラジド[グリミクロン]、グリベンクラミド[オイグルコン、ダオニール]など)のうち、グリベンクラミドなどの血糖降下作用の強いものの投与は避けるべきであるが、他のSU薬についてもその使用はきわめて慎重になるべきで、低血糖が疑わしい場合には減量や中止を考慮する。

SU薬は可能な限り、DPP―4阻害薬への代替を考慮する。

メトホルミン[グリコラン、メトグルコ]では低血糖、乳酸アシドーシス、下痢に注意を要する。

チアゾリジン誘導体(ピオグリタゾン[アクトス])は心不全等心臓系のリスクが高い患者への投与を避けるだけでなく、高齢患者では骨密度低下・骨折のリスクが高いため、患者によっては使用を控えたほうがよい。

α―グルコシダーゼ阻害薬(ミグリトール[セイブル]、ボグリボース[ベイスン]、アカルボース[グルコバイ])は、腸閉塞などの重篤な副作用に注意する。

SGLT2阻害薬(イプラグリフロジン[スーグラ]、ダパグリフロジン[フォシーガ]、ルセオグリフロジン[ルセフィ]、トホグリフロジン[デベルザ、アプルウェイ]、カナグリフロジン[カナグル]、エンパグリフロジン[ジャディアンス])は心血管イベントの抑制作用があるが、脱水や過度の体重減少、ケトアシドーシスなど様々な副作用を起こす危険性があることに留意すべきである。高度腎機能障害患者では効果が期待できない。また、中等度腎機能障害患者では効果が十分に得られない可能性があるので投与の必要性を慎重に判断する。尿路・性器感染のある患者には、SGLT2阻害薬の使用は避ける。発熱・下痢・嘔吐などがあるときないしは食思不振で食事が十分摂れないような場合(シックデイ)には必ず休薬する。

投与量、使用方法に関する注意

高齢者では、生理機能が低下しているので、患者の状態を観察しながら、低用量から使用を開始するなど、慎重に投与する。腎機能が低下している患者については、別表3を参照。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

インスリン製剤やSU薬以外でも複数種の薬剤の使用により重症低血糖の危険性が増加することから、HbA1cや血糖値をモニターしながら減薬の必要性を常に念頭においておくべきである。

SU薬やナテグリニド[ファスティック、スターシス]は主にCYP2C9により代謝されるので、CYP2C9阻害薬との併用に注意する。CYPの関与する主な相互作用は、別表4を参照。

SGLT2阻害薬は脱水リスクの観点から利尿薬との併用は避けるべきである。

F.脂質異常症治療薬

生活習慣の指導に重点を置きつつ薬物治療を考慮する必要がある。

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

スタチン(ロスバスタチン[クレストール]、アトルバスタチン[リピトール]、ピタバスタチン[リバロ]など)投与により、65歳以上74歳以下の前期高齢者において心血管イベントの一次予防、二次予防の両者共に有意な低下を認めたため、特に高LDL血症に対してはスタチンが第一選択薬として推奨される。

75歳以上の後期高齢者では、スタチンによる心血管イベントの二次予防の有意な低下が認められている一方、一次予防の有効性は証明されておらず、一次予防目的の使用は推奨されない。

スタチン以外の薬剤については十分なエビデンスがないため、慎重な投与を要する。

投与量、使用方法に関する注意

スタチンの使用においては、高齢者においても筋肉痛や消化器症状、糖尿病の新規発症が多いとされており、これらに対する注意が必要である。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

スタチンとフィブラート系薬剤(フェノフィブラート[リピディル、トライコア]、ベザフィブラート[ベザトール]、クリノフィブラート[リポクリン]、クロフィブラート)の併用は横紋筋融解症の発症リスクがあり、腎機能低下例には原則併用禁忌である。

シンバスタチン[リポバス]、アトルバスタチンは主にCYP3A、フルバスタチン[ローコール]は主にCYP2C9で代謝されるため、これらのCYP阻害薬との併用によりスタチンの血中濃度が増加する可能性があり、その有害作用に注意を要する。CYPの関与する主な相互作用は、別表4を参照。

また、肝取り込みトランスポーターであるOATPを阻害するシクロスポリン[ネオーラル]はスタチンの血中濃度を増加させる。特にロスバスタチン、ピタバスタチンはシクロスポリンとの併用は禁忌である。

G.抗凝固薬

高齢では抗凝固薬投与時の出血リスクが高いことに配慮し、リスク・ベネフィットバランスを評価して投与の可否を判断すべきである。複数の抗血栓薬等の長期(1年以上)併用療法はなるべく避ける。

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

直接作用型経口阻害薬(DOAC)(アピキサバン[エリキュース]、ダビガトラン[プラザキサ]、リバーロキサバン[イグザレルト]、エドキサバン[リクシアナ])は、アジア人ではワルファリンと比較して消化管出血のリスクは少ないとされ、高齢患者では使用しやすい薬剤であると思われる。ただし、高度の腎障害のある患者にDOACは使用禁忌である。

投与量、使用方法に関する注意

DOACの抗血小板薬との併用療法においては、出血リスクが上昇するため、冠動脈ステント留置後など投与せざるを得ない場合においても長期間投与は避けるべきである。脳卒中のリスク評価にはCHA2DS2―VAScスコアが、抗凝固薬投与時の出血リスクの評価にはHAS―BLEDスコアがそれぞれ有用である。このほか、高齢患者ではがんや転倒の既往、ポリファーマシーも大出血のリスクとされる。

ワルファリン[ワーファリン]は定期的にPT―INRを確認することにより抗凝固作用がモニターできるが、DOACはモニターができないため、定期的に腎機能を確認し、用量が適正であるか見直しが必要である。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

ワルファリンおよびDOACはそれぞれ、併用薬との相互作用に十分注意が必要である。CYPの関与する主な相互作用は、別表4を参照。リバーロキサバンは強いCYP3A(あるいはP糖蛋白)阻害薬である複数の薬剤が併用禁忌に指定されている。ダビガトランやエドキサバンはP糖蛋白阻害薬との相互作用に注意が必要である。特にダビガトランは強力なP糖蛋白阻害薬であるイトラコナゾールは併用禁忌である。

ワルファリンはビタミンKを多く含む食品や健康食品の摂取にも注意が必要であり、納豆、クロレラ、青汁に関しては摂取しないように指導する。

H.消化性潰瘍治療薬

消化性潰瘍治療薬は特に逆流性食道炎(GERD)において長期使用される傾向にあるが、薬物有害事象も知られており、長期使用は避けたい薬剤である。

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

プロトンポンプ阻害薬(PPI)(エソメプラゾール[ネキシウム]、ランソプラゾール[タケプロン]、ラベプラゾール[パリエット]、オメプラゾール[オメプラール])は、その有効性に関する報告が多く、第一選択として使用される。

H2受容体拮抗薬も有効な治療薬であるが、腎排泄型薬剤であることから腎機能低下により血中濃度が上昇し有害事象の生じる可能性が高くなる。また、高齢者ではせん妄や認知機能低下のリスクの上昇があり、可能な限り使用を控える。

ボノプラザン[タケキャブ]はPPI同様に強力な胃酸分泌抑制作用があり、PPI使用時の注意に準じた経過観察を考慮する。

投与量、使用方法に関する注意

PPIは安全性が高い薬剤であるが、長期投与により大腿骨頚部骨折などの骨折リスクの上昇やクロストリジウム・ディフィシル感染症のリスクが高まることが報告されている。さらに長期使用によるアルツハイマー型認知症のリスクの上昇についても報告がある。

H2受容体拮抗薬(ファモチジン[ガスター]、ニザチジン[アシノン]、ラニチジン[ザンタック])は、腎排泄型であり、腎機能が低下している患者の使用の際に注意する(代表的腎排泄型薬剤は別表3を参照)。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

PPIはCYP2C19で代謝されるが、代謝における同酵素の寄与率は薬剤により異なる。難治性GERDや重症の食道炎、NSAIDs内服による消化管出血リスクの高い症例を除いては、8週間を超える投与は控え、継続する場合にも常にリスクを考慮する。CYPの関与する主な相互作用は、別表4を参照。

H2受容体拮抗薬のうち、シメチジン[タガメット]は複数のCYP分子種を阻害することから、薬物相互作用に注意を要する。

I.消炎鎮痛薬

NSAIDsは上部消化管出血や腎機能障害、心血管障害などの薬物有害事象のリスクを有しており、高齢者に対して特に慎重な投与を要する薬剤の一つである。

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

NSAIDs(セレコキシブ[セレコックス]、ロキソプロフェン[ロキソニン]、ロルノキシカム[ロルカム]、ジクロフェナク[ボルタレン]など)の使用はなるべく短期間にとどめるとともに、上部消化管出血の危険があるため、プロトンポンプ阻害薬やミソプロストール[サイトテック]の併用を考慮する。

セレコキシブ、メロキシカム[モービック]等の選択的COX―2阻害薬はNSAIDs潰瘍発生のリスクの低減が期待できるため、特に消化性潰瘍の既往のある高齢者でNSAIDsを使用せざるを得ない場合に使用を考慮する。

アセトアミノフェン[カロナール]はNSAIDsには分類されないが、消化管出血や腎機能障害、心血管障害などの薬物有害事象のリスクがNSAIDsに比べて低いと考えられるため、高齢者に鎮痛薬を用いる場合の選択肢として考慮される。

投与量、使用方法に関する注意

NSAIDsは腎機能を低下させるリスクが高いため、軽度の腎機能障害を認めることが多い高齢者においては、可能な限り使用を控え、やむを得ず使用する場合でもなるべく短期間・低用量での使用を考慮する。また、心血管疾患のリスクも高めるため、これらの基礎疾患を合併する高齢者への投与についても注意が必要である。NSAIDsの外用剤と内服薬の併用や、NSAIDsを含有する一般用医薬品等との併用でも薬物有害事象が問題となる可能性があるため、注意が必要である。

アセトアミノフェンを高用量で用いる場合は肝機能障害のリスクが高くなるため注意が必要である。一般用医薬品等を含めて総合感冒剤等に含まれるアセトアミノフェンとの重複にも注意する。

いずれの鎮痛薬を用いるにしても、疼痛の原因・種類を評価した上でその内容に応じた治療を行なうことが重要であり、適切な評価を行うことなく鎮痛薬を漫然と継続することは避けるべきである。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

抗血小板薬や抗凝固薬、糖質ステロイドの併用患者ではNSAIDs潰瘍のリスクが上昇するため、これらの薬剤を使用する場合は、なるべくNSAIDsの変更・早期中止を検討する。レニン・アンジオテンシン系阻害薬(ARB、ACE阻害薬など)、利尿薬(フロセミド[ラシックス]、アゾセミド[ダイアート]、スピロノラクトン[アルダクトン]、トリクロルメチアジド[フルイトラン]など)とNSAIDsの併用により腎機能低下や低ナトリウム血症のリスクが高まるため、これらの併用はなるべく避けるべきである。

J.抗微生物薬(抗菌薬・抗ウイルス薬

急性気道感染症のうち感冒や、成人の急性副鼻腔炎、A群β溶血性連鎖球菌が検出されていない急性咽頭炎、慢性呼吸器疾患等の基礎疾患や合併症のない成人の急性気管支炎(百日咳を除く)、および軽症の急性下痢症については、抗菌薬投与を行わないことが推奨されている。一方、高齢者は上記の感染症であっても重症化する恐れがあることに注意が必要である。

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

細菌感染症が想定され抗菌薬を開始する場合は、原則的にはその細菌感染症の想定されるまたは判明している起因菌に感受性を有する抗菌薬を選択する必要がある。不必要に広域なスペクトラムを有する抗菌薬の長期使用は、薬剤耐性菌の増加に繋がる恐れがあるため注意が必要である。

投与量、使用方法に関する注意

治療期間についても、原則的には感染症の種類毎の標準的な治療期間を遵守する。治療期間が短すぎる場合には治療失敗や再発の恐れが、また治療期間が不必要に長過ぎる場合は薬剤耐性菌の増加に繋がる恐れがあるため注意が必要である。

投与量に関しては、疾患や抗菌薬の種類毎に標準的な投与量を遵守するが、高齢者では腎機能や肝機能が低下している場合も多いため、それらの状況に応じて適切な用法・用量の調整を行う。ただし、急性疾患では、まず十分量を投与し有効性を担保することが、治療タイミングを逸しないためにも肝要であり、高齢者であるからといって少なすぎる投与量で使用した場合、有効性が期待できないだけでなく、薬剤耐性菌の増加に繋がる恐れもあるため注意が必要である。投与量を調整する場合、一回投与量を減ずるか、または投与間隔を延長するかの判断は、薬理作用等の薬剤特性を考慮して行う。例えば、フルオロキノロン系抗菌薬(ガレノキサシン[ジェニナック]、シタフロキサシン[グレースビット]、レボフロキサシン[クラビット]、トスフロキサシン[オゼックス]など)等の濃度依存性抗菌薬の場合は、一回投与量は減ずること無く、投与間隔を延長するほうがよいと考えられる。

バンコマイシン塩酸塩やアミノグリコシド系抗菌薬(カナマイシン)、フルオロキノロン系抗菌薬、セフェピム[マキシピーム]、アシクロビル[ゾビラックス]などの薬剤については、腎機能の低下した高齢者では薬物有害事象のリスクが高いため特に注意が必要である。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

マクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシン[クラリス、クラリシッド]、エリスロマイシン[エリスロシン])やアゾール系抗真菌薬(イトラコナゾール[イトリゾール]、ミコナゾール[フロリード]、ボリコナゾール[ブイフェンド]、フルコナゾール[ジフルカン])はCYPの阻害作用が強く、この経路で代謝される他の薬剤の血中濃度が上昇し薬物有害事象が問題となる恐れがある。CYPの関与する主な相互作用は、別表4を参照。カルバペネム系抗菌薬は、バルプロ酸ナトリウム[デパケン]と併用した場合、バルプロ酸の血中濃度が低下するため併用禁忌である。

フルオロキノロン系抗菌薬はNSAIDsとの併用で痙攣誘発の恐れがあるため注意が必要である。

テトラサイクリン系抗菌薬(ミノサイクリン[ミノマイシン]、ドキシサイクリン[ビブラマイシン]、アクロマイシン)、フルオロキノロン系抗菌薬は、アルミニウムまたはマグネシウム含有薬剤、鉄剤との同時服用で、キレートを形成し吸収が低下するため、併用を避けるか、服薬間隔を空ける必要がある。

ワルファリンは抗菌薬との併用時に抗菌薬の腸内細菌抑制作用によりビタミンK産生が抑制され、抗凝固作用が増強する恐れがあるため、血液凝固能を注意深くモニタリングし必要に応じ用量を調整する必要がある。

抗HIV薬、抗HCV薬は、薬物相互作用が問題となる組み合わせが多岐に渡り、且つ血中濃度の変動も大きいものが多いため、問題がないかどうか個別に注意深く確認する必要がある。

K.緩下薬

便秘の原因となる薬剤(表1を参照)を使用している場合は、原因となる薬剤の変更・中止を検討する。水分制限がある疾患でなければ、水分摂取を促し、食物繊維を取り入れた食事療法と適度な運動で改善を図る。

高齢者の特性を考慮した薬剤選択

マグネシウム製剤(酸化マグネシウム)は浸透圧下剤として用量調節しやすく、頻用されているが、高齢者は腎機能が低下しており、高マグネシウム血症に注意が必要である。

ルビプロストン[アミティーザ]は、クロライドチャネルアクチベーターであり、血清中電解質に影響なく便をやわらかくさせるため、硬便のため排便困難となっている症状に使用を検討する。

ナルデメジン[スインプロイク]は、オピオイド誘発性の難治性便秘であれば使用を検討する。

投与量、使用方法に関する注意

マグネシウム製剤を使用する場合は、低用量から開始し、高用量の使用は避ける。定期的に血清マグネシウム値を測定し、高マグネシウム血症の症状である悪心・嘔吐、血圧低下、徐脈、筋力低下、傾眠などの症状がある場合はマグネシウム製剤の中止と受診をすすめる。

刺激性下剤は長期連用により耐性が生じて難治性便秘に発展することがある。また、センナなどに含まれるアントラキノン誘導体は大腸運動異常や偽メラノーシスを引き起こす。刺激性下剤の使用は頓用にとどめるべきである。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

マグネシウム製剤は、フルオロキノロン系・テトラサイクリン系抗菌薬などの吸収を低下させるため、これらの薬剤との服用間隔を2時間程度空ける必要がある。

L.抗コリン系薬

抗コリン作用を有する薬剤は、口渇、便秘の他に中枢神経系への有害事象として認知機能低下やせん妄などを引き起こすことがあるので注意が必要である。

投与量、使用方法に関する注意

認知機能障害の発現に関しては、ベースラインの認知機能、電解質異常や合併症、さらには併用薬の影響など複数の要因が関係するが、特に抗コリン作用は単独の薬剤の作用ではなく服用薬剤の総コリン負荷が重要とされ、有害事象のリスクを示す指標としてAnticholinergic risk scale(ARS)などが用いられることがある。

抗コリン系薬剤の多くは急な中止により離脱症状が発現するリスクがあることにも留意する。

他の薬効群の薬剤との相互作用に関する注意

抗コリン作用を有する薬物のリストとして表にまとめた。列挙されている薬剤が投与されている場合は中止・減量を考慮することが望ましい。





抗うつ薬

三環系抗うつ薬(イミプラミン[イミドール、トフラニール]、クロミプラミン[アナフラニール]、アミトリプチリン[トリプタノール]など)

パロキセチン[パキシル]


抗精神病薬

フェノチアジン系抗精神病薬(クロルプロマジン[コントミン]、レボメプロマジン[ヒルナミン、レボトミン]など)

非定型抗精神病薬(オランザピン[ジプレキサ]、クロザピン[クロザリル])

パーキンソン病治療薬

トリヘキシフェニジル[アーテン]

ピペリデン[アキネトン]

抗不整脈薬

ジソピラミド[リスモダン]

骨格筋弛緩薬

チザニジン[テルネリン]

過活動膀胱治療薬

(ムスカリン受容体拮抗薬)

オキシブチニン[ポラキス]、プロピベリン[バップフォー]、ソリフェナシン[ベシケア]など

腸管鎮痙薬

アトロピン、ブチルスコポラミン[ブスコパン]など

制吐薬

プロクロルペラジン[ノバミン]

メトクロプラミド[プリンペラン]

H2受容体拮抗薬

すべてのH2受容体拮抗薬(シメチジン[タガメット]、ラニチジン[ザンタック]など)

H1受容体拮抗薬

すべての第一世代H1受容体拮抗薬(クロルフェニラミン[アレルギン、ネオレスタミン、ビスミラー]、ジフェンヒドラミン[レスタミン]など)

※高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015に列挙されている抗コリン作用のある薬剤、Anticholinergic risk scaleにstrongとして列挙されている薬剤およびBeers criteria 2015のDrugs with Strong Anticholinergic Propertiesに列挙されている薬剤のうち日本国内で使用可能な薬剤に限定して作成

別表2 その他の特に慎重な投与を要する薬物のリスト

分類

薬物

(クラス又は一般名)

推奨される使用法

主な薬物有害事象・理由

抗パーキンソン病薬

パーキンソン病治療薬(抗コリン薬)

(トリヘキシフェニジル[アーテン]、ビペリデン[アキネトン])

可能な限り使用を控える。

代替薬:L―ドパ

認知機能低下、せん妄、過鎮静、口腔乾燥、便秘、排尿症状悪化、尿閉

ステロイド

経口ステロイド薬

(プレドニゾロン、メチルプレドニゾロン[メドロール]、ベタメタゾン[リンデロン]など)

慢性安定期のCOPD患者には使用すべきでない。

増悪時、Ⅲ期以上の症例や入院管理が必要な患者では、プレドニゾロン40mg/日を5日間投与が勧められる。

呼吸筋の筋力低下および呼吸不全の助長、消化性潰瘍の発生

ジギタリス

ジゴキシン[ジゴシン、ハーフジゴキシン]

0.125mg/日以下に減量する。

高齢者では0.125mg/日以下でもジギタリス中毒のリスクがあるため、血中濃度や心電図によるモニターが難しい場合には中止を考慮する。

ジギタリス中毒

利尿薬

ループ利尿薬

(フロセミド[ラシックス]など)

必要最小限の使用にとどめ、循環血漿量の減少が疑われる場合、中止または減量を考慮する。

適宜電解質・腎機能のモニタリングを行う。

腎機能低下、起立性低血圧、転倒、電解質異常

アルドステロン拮抗薬(スピロノラクトン[アルダクトンA]、エプレレノン[セララ])

適宜電解質・腎機能のモニタリングを行う。

特にK高値、腎機能低下の症例では少量の使用にとどめる。

高K血症

β遮断薬

非選択的β遮断薬

(プロプラノロール[インデラル]、カルテオロール[ミケラン])

気管支喘息やCOPDではβ1選択的β遮断薬に限るが、その場合でも適応自体を慎重に検討する。

カルベジロール[アーチスト]は、心不全合併COPD例で使用可(COPDの増悪の報告が少なく心不全への有用性が上回る。気管支喘息では禁忌)。

呼吸器疾患の悪化や喘息発作誘発

α遮断薬

受容体サブタイプ非選択的α1受容体遮断薬(テラゾシン[ハイトラシン、バソメット]、プラゾシン[ミニプレス]、ウラピジル[エブランチル]、ドキサゾシン[カルデナリン]など)

可能な限り使用を控える。

代替薬:(高血圧)その他の降圧薬

(前立腺肥大症)シロドシン[ユリーフ]、タムスロシン[ハルナール]、ナフトピジル[フリバス]、植物製剤など

起立性低血圧、転倒

第一世代H1受容体拮抗薬

H1受容体拮抗薬(第一世代)

可能な限り使用を控える。

認知機能低下、せん妄のリスク、口腔乾燥、便秘

制吐薬

メトクロプラミド[プリンペラン]、プロクロルペラジン[ノバミン]、プロメタジン[ヒベルナ、ピレチア]

可能な限り使用を控える。

ドパミン受容体遮断作用により、パーキンソン症状の出現・悪化が起きやすい。

過活動膀胱治療薬

オキシブチニン(経口)[ポラキス]

可能な限り使用しない。

代替薬として:他のムスカリン受容体拮抗薬

尿閉、認知機能低下、せん妄のリスクあり。

口腔乾燥、便秘の頻度が高い。

ムスカリン受容体拮抗薬(ソリフェナシン[ベシケア]、トルテロジン[デトルシトール]、フェソテロジン[トビエース]、イミダフェナシン[ウリトス、ステーブラ]、プロピベリン[バップフォー]、オキシブチニン経皮吸収型[ネオキシテープ])

低用量から使用。

前立腺肥大症の場合はα1受容体遮断薬との併用。

必要時、緩下剤を併用する。

口腔乾燥、便秘、排尿症状の悪化、尿閉

骨粗鬆症治療薬

活性型ビタミンD3製剤

(アルファカルシドール[アルファロール、ワンアルファ]、エルデカルシトール[エディロール])

アルファカルシドールは1μg/日以上の投与は控える。

サプリメントを含むCa製剤との併用で高カルシウム血症による認知機能低下やせん妄などを引き起こすことがあるので注意が必要である。