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○「新医薬品開発における環境影響評価に関するガイダンス」について

(平成28年3月30日)

(薬生審査発0330第1号)

(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医薬・生活衛生局審査管理課長通知)

(公印省略)

新医薬品の開発段階における環境影響評価に関する基本的な考え方について、別添のとおりガイダンスを取りまとめましたので、貴管下関係業者に対して周知方お願いします。

なお、本ガイダンスは、現時点における科学的知見に基づく基本的考え方をまとめたものであり、学問上の進歩等を反映した合理的根拠に基づいたものであれば、必ずしもここに示した方法を固守するよう求めるものではないことを申し添えます。

[別添]

新医薬品開発における環境影響評価に関するガイダンス

1 目的

ヒト用医薬品の有効成分として用いられる化学物質は、医薬品が本来の目的による使用や未使用の医薬品として廃棄されることにともない、環境中に排出された際には、医薬品成分としてもつ生理作用に加えて、化学物質としての化学的、物理的及び生物学的な性状に由来して、生態系に影響を及ぼす可能性がある。また、環境生物の多様性を考慮すると、環境生物の中には医薬品有効成分またはその代謝物に対してヒトよりも感受性が高い生物種が存在する可能性がある。

本ガイダンスは、新規に承認される新有効成分含有医薬品(以下「新医薬品」という。)の上市にともない、化学物質としての性状に由来する直接的及び間接的に生じる環境に対する負荷を推定し、その影響を評価して、ヒトの健康と生態系へのリスク低減に資することを主眼とする環境影響評価法について、その背景や基本理念を概説することを目的とする。

2 国際的な背景

多種多様な化学物質がヒトの健康や環境に与える影響を正しく評価し、適正な管理下で有効に活用する必要性が求められており、1992年の国際連合環境開発会議(地球サミット)で採択された「アジェンダ21」1の「第19章:有害化学物質の管理」において、化学物質管理の国際的な取組の基礎が策定された。さらに、2002年に開催されたヨハネスブルグ・サミットでは「アジェンダ21」の内容を実施するための指針となる「ヨハネスブルグ実施計画」2が採択された。この計画では①人と環境の保護をその目的とすること、②透明性のある科学的根拠に基づくリスク評価・管理の手法を用いること、③その際、予防的取組方法(precautionary approach)に留意すること等が化学物質管理の国際的な基本理念として確認され、化学物質が人の健康や環境に及ぼす悪影響を2020年までに最小化することを目指すことや、国際的な化学物質管理に関する戦略的なアプローチを2005年までに作成することなどが合意された。

これらの流れを受けて、2006年の第1回国際化学物質管理会議(ICCM)で採択された国際化学物質管理戦略(SAICM)では「2020年までに化学物質が健康・環境への著しい影響を最小とする方法で生産・使用されるようにすること」という具体的目標が掲げられた。EUにおけるREACH3の策定や米国におけるTSCA4の改正、あるいは日本の化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(以下「化審法」という。)の改正などの各極で進められている化学物質管理に関する取り組みの多くはこの「アジェンダ21」と「ヨハネスブルク実施計画」の実現を目指す世界的潮流の一環として位置付けることができる。

3 わが国における現状

わが国においても、化学物質は化審法によって、農薬は農薬取締法によって、それぞれヒト健康と環境生物の両方に対する影響評価が規定されている。例えば、化審法の冒頭にある目的には以下の記載があり、ヒトと生態系の両方への影響が配慮された法律であることが明示されている。

「この法律は、人の健康を損なうおそれ又は動植物の生息若しくは生育に支障を及ぼすおそれがある化学物質による環境の汚染を防止するため、新規の化学物質の製造又は輸入に際し事前にその化学物質の性状に関して審査する制度を設けるとともに、その有する性状等に応じ、化学物質の製造、輸入、使用等について必要な規制を行うことを目的とする。」

一方、医薬品等を対象とする医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「医薬品医療機器法」という。)では、公衆衛生の向上の観点から、ヒト健康への影響評価について詳細に規定され、個別製品に関して、ヒトにおける有効性、安全性等について評価を行ってきたところである。改めて述べるまでもなく、医薬品も化学物質であり、前述の国際的な取組の中での位置付けを考慮する必要があるが、生産量・流通量が相対的に少ないことにより環境影響に対する負荷が比較的低い点やヒトに対する治療効果というベネフィットを重視する観点から、日本を含む世界において、管理すべき化学物質のカテゴリーとしてヒト用医薬品の優先順位は必ずしも高くなかった。実際、2012年の第3回ICCMでは医薬品を新規の政策課題の対象範囲にすることの是非についての議論が先送りされていた。しかしながら、2015年の第4回ICCMにおいては、環境残留性がある医薬汚染物質(Environmentally Persistent Pharmaceutical Pollutants:EPPP)が新規の政策課題として採択され、また、医薬品以外の化学物質に関する環境影響評価の法規制が国内で整備された現在に至っては、わが国において医薬品の環境影響評価について検討すべきと考えられる。

医薬品医療機器法で規制される医薬品の中でも動物用医薬品については、動物医薬品の承認審査資料の調和に関する国際協力(International Cooperation on Harmonisation of Technical Requirements for Registration of Veterinary Medicinal Products, VICH)によって2000年及び2004年にガイドラインが制定されており、日本でもそれに沿った形で日本動物用医薬品協会の自主基準5や動物医薬品検査所のVICHガイドライン解説書6が発行されている。

4 実施に向けた検討及び課題

ヒト用医薬品の環境影響評価の実施に向けて、以下のような課題を認識し、産官学の連携を図りつつ総合的かつ計画的に検討を行う必要がある。

(1) 評価の対象範囲

環境影響評価から除外すべき医薬品について検討する必要がある。例えば、医薬品として使用されるビタミン、電解質、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、炭水化物、脂質等の栄養成分は、食品等からの排出に比して少なく、環境に対して著しいリスクをもたらす可能性が低いと考えられる。さらに、ワクチン剤は、生理活性作用は強いが、酸化処理により分解しやすく、下水処理により分解効率も良いとされるため、本環境影響評価の対象から除くことが考えられる。ホルモン剤については、生理活性作用は強いが、酸化処理により分解しやすく、下水処理により分解効率も良いとされている。また、天然のホルモン作用物質による影響と区分が難しい。したがって、ホルモン作用の影響を指標とした本環境影響評価は、当面、天然由来及び人工のホルモン剤を対象としないことが考えられる。

また、評価対象は、医薬品の有効成分(未変化体)を基本とするが、主要代謝物の中で何を評価対象とするべきかについては、医薬品毎に個別に判断すべきと考える。

(2) 環境影響評価フロー

ア 評価の手法

VICHガイドラインや欧米のヒト用医薬品の環境影響評価に関するガイドラインで共通する環境影響評価法としては、まず環境中予測濃度7を机上の計算で求め(参考1参照)、その濃度がアクションリミット8を超えた場合に代表的生物種(藻類、甲殻類、魚類等)に対する毒性試験や環境動態試験(環境中における易分解性試験(参考2参照))を実施し、予測無影響濃度9を求めて、環境中予測濃度と比較するという段階的評価方法が採用されている。

この方法の利点としては網羅的に環境影響評価が出来るという点が挙げられるが、欠点としてはすべての試験メニューを実施するには費用や時間がかかる点が挙げられる。そのためにも、国内外の規制との調和や産業振興への影響も考慮した評価方法についての検討が必要である。また、アクションリミットの設定次第で実際の試験を実施すべき化合物数が大きく変わるにも関わらず、アクションリミットに科学的妥当性を与えることがしばしば困難であり、結果として、ほとんどすべての化合物が対象となってしまうような極端に保守的な低い規制値、あるいは逆に、セーフティネットの役割を果たさないような高い規制値が設定されてしまう危険性が挙げられるため、アクションリミットの設定に際しては慎重な科学的議論が必要である。

その他の環境影響評価の方法に生物毒性試験の結果を利用するアプローチとしては、環境省が推進している生物応答を利用した水環境管理手法10、あるいは、米国、カナダ、ドイツ、フランス、韓国で既に実用化されているWhole Effluent Toxicity(WET)といった手法11がある。

元来、これらは複数の化学物質が含まれる工場等からの排水の環境影響を代表的生物種の毒性試験によって総体的に把握し、排水による環境影響の低減を図るための規制手法であるが、ここで提唱されている「化学物質による影響を把握するためにまず代表的生物種に対する毒性試験をスクリーニング的に実施する」という評価コンセプトは本ガイダンスで述べられる新医薬品の環境影響評価フローにおいて、藻類、甲殻類及び魚類を用いた評価系をスクリーニング試験として優先的に実施するアプローチの方向性と一致している。

イ 評価フロー

我が国における環境影響評価の実施は、国内において新医薬品の開発を行う中で、承認申請のための評価資料とは別に、環境中予測濃度がアクションリミットを超えるか否かの評価(参考1参照)を行い、超える場合には、各社において、環境中における易分解性試験(参考2参照)や、代表的生物種3種類のスクリーニング毒性試験を実施して予測無影響濃度を求め(参考3参照)、そのデータを将来の環境影響評価のために保有しておくこととし、承認後、国内流通量に応じて、定期的に計算した環境中予測濃度あるいは国内の代表的河川で測定された実測値が予測無影響濃度で除した値が近い将来に「1」を超えることが予想された時点で、環境動態試験等のより網羅的な試験メニューを追加実施する、といった段階的なアプローチも可能と考える。

この方法の利点としては、開発段階において、各社において取得しておくべき環境影響評価試験データが最小限に抑えられることや、承認後、国内流通量が多くなった場合、すなわち新医薬品の販売による利益の一部を追加試験実施費用に還元すれば良いので、比較的小規模な企業にとっても経済的負荷が少ないという点が挙げられる。一方、欠点としては、河川で実測する場合ではその手間や費用を考慮する必要があり、試料採取から分析やレポート作成に至るまでの効率的な事業スキームが現時点では存在しないことが挙げられる。

その他の評価アプローチとしては、開発段階において、申請前に代表的生物種3種類のスクリーニング毒性試験に加えて、環境動態試験等の網羅的な試験メニューもあらかじめ実施しておくことで、市販後の対応を省略できる選択肢を複数用意しておくことも想定でき、海外において、承認申請するためのヒト用医薬品の環境影響評価を実施済の企業にとっては有力なオプションとなり得る。

(3) 評価結果の取扱い

医薬品は、使用段階においてヒトに投与されることを前提として製造販売・使用されるものであるため、ヒトの健康リスクは医薬品としての承認審査時に十分に評価されており、環境を通じた曝露が実際の医薬品としての処方による投与量を上回る可能性は極めて低いと考えられるため、環境を介した健康影響リスクは考慮しない。

ヒト用医薬品のベネフィットを重視することを前提に、環境影響評価の結果については、企業活動の中で環境への配慮について検討するための材料として用いることとする。また、企業の環境影響評価への取組みの透明性の確保に向けた取組みに反映することが望まれる。

5 結語

医薬品の開発に当たって、その医薬品の成分が環境中に放出されることにより生じるおそれのある環境リスクの可能性を開発企業があらかじめ一定程度把握しておくことが重要である。

米国においては、1998年に、欧州では2006年にヒト用医薬品の環境影響評価に関するガイドラインが発効されている。わが国においても、SAICMで掲げられた2020年までのマイルストーンも踏まえ、産官学が連携し、引き続き課題について検討を行うことが望ましい。

――――――――――

1 「環境と開発に関する国際会議」(1992年、リオデジャネイロで開催)において宣言された「環境と開発に関するリオ宣言」をうけた、環境を保全することにより将来の開発が可能であるとの考え方(持続可能な開発)に基づく、21世紀に向けての行動計画のこと。(http://www.un.org/esa/sustdev/documents/agenda21/)

2 「アジェンダ21」の実施を促進するため、持続可能な生産消費形態の実現に向けた取り組みに関する文書。(外務省外交政策;http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/wssd/)

3 新欧州化学品規制。ヒトの健康や環境の保護のために化学物質とその使用を管理する欧州議会および欧州理事会規則のこと。(http://echa.europa.eu/)

4 米国の有害物質規制法。(http://www.access.gpo.gov./uscode/title15/chapter53_.html)

5 動物用医薬品環境評価ガイドライン自主規制(社)日本動物用医薬品協会(http://jvpa.jp/jvpa/?p=1509)

6 http://www.maff.go.jp/nval/hourei_tuuti/pdf/kankyoeikyo_guideline.pdf

7 市販される以前に、設定された年間推定生産量をもとに、算出される濃度。

8 生物毒性試験を実施するか否かを判断する数値。例えば、EMAのガイドラインでは0.01μg/Lの値が採用されている。

9 藻類、甲殻類及び魚類の適切な種を用い、一定の基準に基づき実施された生物毒性試験において得られた無影響濃度に、評価係数を適用することにより求められた濃度。

10 排水中には低濃度であっても多種多様な化学物質が含まれている可能性があり、これまでの個別の化学物質を対象とした毒性評価では、良好な水環境に対して確実で迅速な対応が難しい場合がある。そこで、生物応答を利用して、複合影響を含めた毒性評価を実施する水環境管理手法が検討されている。

11 生物応答(バイオアッセイ)を利用した廃水管理手法。

【参考1】

○ 環境中予測濃度の求め方の例

市販される以前に、年間推定生産量をもとに、下記の式で算出される環境中の予想濃度。

PEC表層水={(年間生産(使用)量)÷(人口)}×(年間使用期間係数)÷(排水量)÷(希釈係数)÷365日

ここでは、一例として、年間使用期間係数は季節性のある医薬品については「3~4」、年間を通じて使用される医薬品については「1」を、排水量は「350(L/人/日)」を、希釈係数は「10」を当てはめて算出する。人口は最も新しい人口統計により求める。

【参考2】

机上で算出した環境中予測濃度が0.01μg/Lを超えた場合において、易分解性試験(例えば、OECDテストガイドラインTG301A、TG301B、TG301C、TG301D、TG301E、TG301F、TG310等)を実施し、環境中における分解速度により判断する。

【参考3】 評価フロー