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○電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律(電気事業関係)の解釈について
(平成27年7月3日)
(政労発第0703第1号)
(各都道府県知事あて厚生労働省政策統括官通知)
(公印省略)
1 本通知発出の趣旨
本通知は、労働政策審議会電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律の在り方に関する部会報告書「今後の電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律(電気事業関係)の在り方について(報告)」(別添、平成27年2月2日)において「スト規制法第2条において禁止される争議行為に関する解釈通知については、現在の電気事業の状況や、今後の電力システム改革等に伴い業務内容の変化が見込まれることも踏まえて必要な見直しを行うべき」とされたことを受けて発出するものである。
このため、昭和28年8月12日労働省発労第27号通知中、【定義】(一)及び【第二条の解釈】を削除し、昭和52年11月2日労発第95号通知についてはこれを廃止するものとするが、本法の趣旨については何ら変わるものではない。
2 電気事業の定義
本法にいう「電気事業」とは、電気事業法等の一部を改正する法律(平成26年法律第72号。以下「改正法」という。平成28年4月1日施行。)の施行前までは、引き続き、①一般電気事業、②卸電気事業を指す。
改正法の施行後は、①一般送配電事業、②送電事業、③事業主又は労働者が第2条の禁止行為を行うことによって、電気の安定供給の確保に支障が生じ、又は生ずるおそれがあるものとして厚生労働大臣が指定する発電事業者が営む発電事業を指す。
したがって、電気供給に直接関係のない小売電気事業における事業主及び労働者の争議行為が本法の対象外であることは言うまでもない。
3 第2条の解釈
(1) 判断基準
本法は、特定の業務における争議行為を一律に禁止しているのではなく、具体的な争議行為が第2条にいう行為に該当するか否かについては、専ら当該行為が発電、送電、給電、変電及び配電に直接に障害を生じさせる客観的具体的な可能性があるか否かにより決すべきである。
(2) 本条に違反する行為
「電気の正常な供給を停止する行為その他電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」とは、電気供給に直接関係のある発電、送電、給電、変電及び配電の業務について規定したものであり、スイッチオフ等の積極的行為はもちろんのこと、作為・不作為の別を問わず、当該行為の性質上このような障害を生じさせる行為をいい、結果の発生について客観的具体的な可能性がある行為であれば必ずしも障害が現実に発生することを要しない。
すなわち、停電のみならず電圧・周波数の低下を来す等の行為はもちろん、事故時・災害時等の緊急時において電気の安定供給を維持・回復するための作業に従事しないこと等も含むものである。
(3) 本条に違反しない行為
庶務等、業務の性質上、当該労働者の争議行為が、電気の正常な供給に直接に障害を与えないことが、客観的に明らかな場合には、本条に違反しない。また、当該事業場の設備及び規模、電力需給の状況、人員の配置及び稼働の状況、業務の運行状況等の諸般の事情を考慮すれば、当該争議行為が電気の正常な供給に直接に障害を生じさせないことが客観的に明らかな場合も、本条に違反するものではない。
使用者側の何らかの対応措置が採られない限り、当該争議行為により「電気の正常な供給に直接に障害」が生ずる可能性がある場合であっても、あらかじめ電気の正常な供給に障害を生じさせることがないように関係労使間で十全の協定がなされ、それに従って現実に措置が採られる場合にあっては、争議行為時における電気の供給態勢が労使のかかる措置により客観的に確保されているといえるのであって、このような状況の下になされた争議行為は、本条に違反するものではない。
(4) 本条違反の効果
本条違反の行為に対しては、本法では罰則規定は設けていないが、このような行為は当然労働組合の正当な行為ではないから、労働組合法第1条第2項による刑事上の免責が失われる結果、電気事業法の罰則等が適用される。また、民事上の免責も失われる結果、このような行為によって生じた損害の賠償責任を生じ、かつ、解雇その他の不利益取扱いを受けても不当労働行為の救済を受けられないこととなる。なお、かかる行為をなすべき旨の指令は違法行為を指令するものであるから、労働組合の正当な行為でなく、したがって労働法上の保護を受けられない。また当該行為が現実に行われた場合には、その指令の性格にもよるが、刑法の共犯理論によって、その指令した者も処罰されることがある。
本条は労働者のみならず事業主にも適用されるのであるから、事業主も例えば発電、送電、給電、変電及び配電の運転要員等に対するロックアウトのような、電気の正常な供給を停止しその他電気の正常な供給に直接に障害を生じさせるような争議行為を行い得ないものである。このようなロックアウトを行った場合には、電気事業法の罰則の適用を受ける。
(5) その他
本条は、電気事業における正当でない争議行為のすべてを規定したものではない。したがって本条に抵触しない争議行為であっても、それが暴力の行使(労働組合法第1条第2項)を伴う等、一般法理に照らし正当性を欠く争議行為が許されないことはもちろんである。
電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめないことが客観的に明らかであるような方法、態様において争議行為が開始された場合であっても、その後の状況の推移いかんによっては、電気の正常な供給に直接に障害がもたらされる可能性が生ずる場合がある。このような場合にあっては、争議行為を中止するなり、あるいは争議行為の方法、態様を変更するなりして、電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめるような結果の発生を回避する義務があることは当然である。
[別添]
今後の電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律(電気事業関係)の在り方について(報告)
平成27年2月2日
「電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律」(昭和28年法律第171号。以下「スト規制法」という。)は、昭和27年の電産スト等が国民経済と国民の日常生活に与えた影響が甚大であったこと等に鑑み、翌28年に制定された法律である。
具体的には、争議権と公益の調和を図り、公共の福祉を擁護するため、電気事業(一般電気事業及び卸電気事業)の労使の争議行為のうち、「電気の正常な供給を停止する行為その他電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」を禁止すること等を内容としている。
スト規制法については、「電気事業法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」(平成26年5月16日衆議院経済産業委員会、平成26年6月10日参議院経済産業委員会)において、「電力システム改革に関する法体系の整備に併せ、所管省庁において有識者や関係者等からなる意見聴取の場を設けその意思を確認し、同法の今後の在り方について検討を行うものとする」とされたところである。
これを受け、今般、労働政策審議会電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律の在り方に関する部会において、平成26年9月11日以後、現地視察を2回、審議を6回行い、下記の1.~3.の観点から今後のスト規制法の在り方について検討した結果、4.の結論に達したため、報告する。
記
1.労働基本権の保障とスト規制法
スト規制法の検討に当たっては、憲法上保障される労働基本権やそれを具体化した労使関係法制との関係を整理し、検討することが必要である。
(1)憲法及び労働組合法との関係
憲法第28条は、労使間の対等な交渉を促進するために、労働者に団結権・団体交渉権・団体行動権(争議権)を保障している。このうち争議権については、全ての争議行為に保障が及ぶわけではなく、主体・目的・態様(方法)等の観点から、正当と認められる場合にのみ、保障が及ぶものとされている。こうした争議権保障の趣旨から、労働組合法では、労働組合による「正当な」争議行為について刑事・民事免責を享受できることが、確認的に規定されている(第1条第2項、第8条)。
スト規制法は、電気事業等において争議権の保障が及ばない「正当でない争議行為」の方法の一部を明文で禁止したものとされている。また、禁止される「正当でない争議行為」すなわち「電気の正常な供給を停止する行為その他電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」については、従来から通知によって解釈(判断基準や対象となる行為の例示等)が示されているが、その内容によって現在、「正当な争議行為」の行使に影響を与えているのではないか、といった懸念が指摘されている。
(2)労働関係調整法との関係
労働関係調整法は、労働組合法と相俟って、労働関係の公正な調整を図り、労働争議を予防し、又は解決することを目的とする法律であり、同法では、争議行為が行われた場合に、国民の日常生活等に大きな影響を与える公益事業(電気事業を含む)に対して、争議行為の予告義務や内閣総理大臣による緊急調整等の特別な規制が設けられている。
スト規制法も労働関係調整法の緊急調整も、いずれも国民生活等への影響に鑑みて争議行為を制限する点で共通し、この点で、スト規制法は「屋上屋」との指摘もあるが、前者は、正当でない争議行為の範囲を明らかにしてその防止を図ることを主眼とするものである一方、後者は、正当な争議行為も含めて一定期間禁止し、その間にあらゆる手段を講じて労働争議を調整・解決することを狙いとする点で異なる。
2.電気の安定供給と特殊性
スト規制法の検討に当たっては、対象とする電気事業の置かれた以下の状況を踏まえることも必要である。
(1)電気の安定供給の重要性
スト規制法の制定時と比較すると、今日では、国民経済及び国民の日常生活における電気の安定供給の重要性は飛躍的に増大している。電気は、常時不可欠で代替不可能なエネルギー源であり、運輸事業や電気通信事業など他のインフラを支えるインフラでもある。停電等が消費者や需要者に与える損害は計り知れないものとなっている。
現在の電気事業に携わる労使は、電気の安定供給への使命感を持って事業を推進している。また、電力会社は電気の安定供給に資するための設備投資を積極的に行ってきており、スト規制法制定当時と比較して電気供給の安定性は飛躍的に向上している。一方で、特に現在は、東日本大震災や原子力発電所事故を契機として、電力需給が逼迫している状況であり、多くの企業が電力供給の制約を事業活動の懸念材料としている。また、計画停電等を経験した直後である国民の立場からすると、争議行為による停電発生の可能性が増すことに対しては、強い不安の念が示されるものと思われる。
(2)電気事業の特殊性
(1)のほか、電気事業が有する「特殊性」(スト規制法第1条)として、主として以下の点が挙げられる。
・ 電気事業には、一定規模の需要家を除いて地域独占が認められており、他の事業者によって代替できないこと。特に送配電部門については、電力システム改革後も地域独占が認められている。
・ 電気は貯蓄が不可能であり、常に需給を一致させる必要があること。需給バランスを崩すと電力ネットワーク全体が維持できず、予測不能の大規模停電が発生する。
もっとも、諸外国の労使関係法制には、公益事業に対して争議行為を規制する法制はあるものの、電気事業に限定して争議行為を規制する法制は見当たらない。また、スト規制法以外の国内法令においても、事業規制を除いて、電気事業に限定して規制を設けている事例は見当たらない。
3.電力システム改革の影響も想定した検討
3段階に分けて進められている電力システム改革のうち第2弾に当たる「電気事業法等の一部を改正する法律」(平成26年法律第72号)によって、発電事業、小売電気事業は全面的に自由化され、電気事業の類型が見直されることとなった(送配電事業については引き続き地域独占)。
これに併せ、スト規制法の対象となる「電気事業」についても、①一般送配電事業、②送電事業、③事業主及び労働者が第2条の禁止行為を行うことによって、電気の安定供給の確保に支障が生じ、又は生ずるおそれがあるものとして厚生労働大臣が指定する発電事業者が営む発電事業、と改正されることとなった。
また、第3弾電力システム改革として、送配電部門の中立性を確保するための法的分離の検討が進められている。こうした電力システム改革が与える影響も想定しつつ、以下の点について検討することが必要である。
(1)電気事業者間の競争環境
第2弾電力システム改革法の施行後は、厚生労働大臣が、電力システム改革の進展の状況に応じて、スト規制法の対象となる発電事業者を機動的に定める仕組みとなるが、電力システム改革後も直ちに発電事業者間のシェアが大きく変わることは想定されず、実態が変わるまで時間がかかることも想定される。しかし、その後、競争環境が大きく変わる可能性もあり、現状で見通しを立てることは困難である。引き続き、電力システム改革の進展の状況を注視することが必要である。
(2)電気事業における労使関係
電気事業における労使関係については、現状、労使ともに「安定・成熟している」という認識で一致している。労使の間では、産業レベルや企業レベル等の様々なレベルで建設的な労使協議がなされるとともに、団体交渉も真摯に行われており、電気の安定供給への影響に配慮し、争議行為に関して必要なルールも取り決められている。また、近年では争議行為の実績はない状況である。
一方、電力システム改革後については、労使ともに「電気の安定供給に対する使命感は変わらず、労使関係も安定するよう努力する」という認識であるが、電力システム改革による自由化後や法的分離後に、現在のような安定した労使関係が保たれるか不安があると懸念する意見もあり、電力システム改革が労使関係に与える影響は不透明である。
いずれにしても、自由競争の下での健全な労使関係の中で労使協議を通じてお互いの力で労使関係上の課題を解決していくことが基本であることには変わりがない。
(3)電気事業の業務
電気事業の業務は、水力発電所・変電所を中心に無人化・自動化が図られているが、事故対応や応急措置等の非日常業務を中心に社員(手動)による対応がなお必要である。争議行為時に非組合員によって業務を代替できるか否かについては、労働者代表委員は、非組合員である管理職の体制等から、非組合員による代替は十分可能ではないかという認識である一方、使用者代表委員は、機械化等で置き換えができない業務には、日頃の業務や訓練で培われた一定の技能等が必要であり、職場のマネジメントを主な業務とする管理職では容易には代替できないという認識であり、労使の間で見解が一致しない。
また、電気事業の業務は、発電・送電・変電・配電と高度な連携が必要であるが、第3弾電力システム改革によって法的分離が実現した場合には組織の「壁」ができるため、より複雑で高度化したオペレーションが要求され、現場労働者の知識・経験も一層求められる可能性がある。
こうしたことから、電力システム改革による業務内容の変化が見込まれる中、現時点で非組合員による代替が可能と判断するのは困難であると考えられる。
4.今後の方向性
今後のスト規制法の方向性を考えるに当たって、憲法上規定された労働基本権の保障の観点が重要であることは言うまでもない。しかしながら、電気の安定供給と特殊性、今後の電力システム改革の影響も踏まえると、以下の方向性が適当である。
(1) 現状では、①電力需給が逼迫し、供給への不安が残っていること、②電力システム改革の進展と影響は不透明であることから、引き続き注視することが必要である。
このため、スト規制法について、現時点では存続することでやむを得ない。
なお、労働者代表委員からは、スト規制法は電気事業の労働者の憲法上の労働基本権を制約している上、既に労働関係調整法の公益事業規制がある中で更に規制を設ける根拠は存在しないと考えられることから、同法は廃止すべきとの意見があった。
(2) 一方、スト規制法第2条において禁止される争議行為に関する解釈通知については、現在の電気事業の状況や、今後の電力システム改革等に伴い業務内容の変化が見込まれることも踏まえて必要な見直しを行うべきである。
(3) スト規制法の在り方については、電力システム改革の進展の状況とその影響を十分に検証した上で、今後、再検討するべきである。